東京喰種√D   作:白雫

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第17話 《paradox》V.S.対策局8区支部 ③

 ────『ドラキュラ』が、ニヤリと笑った。

 

 

「ユミ…………?」

 

 ドサリという音とともに、しわくちゃにされた白衣を纏う、武田上等捜査官だった(・・・)体が地面に落ちた。

 

「ユミ………おい………」

 

 その顔からは生気という生気が失われ、

 

「返事しろ!?ユミ!」

 

 袖からでた手も、ズボンの裾から覗く足も、ことごとくがミイラのようになっていた。

 ミサカが、枯れ果ててしまった彼女に駆け寄り、蒼白な顔をさらに白く染め上げて、ロシア人の血をひく金髪を振り乱して声を上げる。

 

「ちなみに、俺はヴァンパイアではないので?彼女の復活も喰種化もできませーん」

 

 コクリア出身のミサカの野郎が、唯一アイツだけには気を許していた。

 

「あれ、見る度に思うんだけどさ、かなり非道い殺し方だよな」

 

 俺の渾身のギャグにさえ眉一つ動かさず、終始暗い目をしていたミサカは、武田上等と話すときだけはその病的に白くて石のように固い表情を和らげていた。

 

「確かに。

 あれでは自ら挑発しているようなものですしね。

 それに、もうすぐきますよ、アレが」

 

 彼女らは、友人以上の関係だった。

 お互いに下の名前で呼び合って、見ているこっちが恥ずかしいくらいだった。

 

「何か言ってくれ…………なんでも良いから言ってくれ!」

 

 他人に興味を示さず、行き死にに淡白であったあいつが、武田の死にあれほど動揺している。

 目から涙があふれ、顔は悲しみに歪められていた。

 

「ふっふっふっ、大切な誰かを守るのに必要なもの、それは────!?

 あああっ!?またやっちまったぁぁっ!!」

 

 冷静に、そんな事を考えている自分を認識しながら、

 

「おわあぁぁぁ………こんなつもりじゃ…………あぁ……」

 

 頭を抱えてうずくまる『トーレ』を見やる。

 

「始まりましたね」

 

 ………今は、やつは隙だらけだ。

 

「後悔するくらいならやりすぎなきゃいいのに」

 

 幸い、足下に武田上等のクインケが転がっている。羽赫のクインケだ。

 

「これじゃぁ、なんで、《渦潮》とおんなじじゃ───」

 

「ラァァァッッ!!」

 

 ドガガガガッッ

 

「ギャァァ!!」

 

 喰種との戦いは常に冷静に。

 そうじゃなきゃ、弱っちい人間などすぐに殺されてしまう。

 より冷静な判断を。

 冷静でなければ戦局を危うくしてしまう、

 

 頭に血が上った状態など言語道断。部下達の手本になるような戦いを、準特等は見せなければならない。部下を危険に晒すような真似は赦されない───

 

 ────アイツだけは、許さん。

 

 俺はタケダのクインケを撃ち終えると即座に自分のクインケを展開する。

 

 これでヤツを斬り殺す。

 

「シッ────」

 

 先ほどまでの勢いも、一部の隙も見せない戦いの面影もなく、体に突き刺さったクインケの痛みに呻き、膝を折ってうずくまる『トーレ』に向けて全力で走る。

 

 上半身を下げる。腰にためた力を意識。全身をバネのように。

 

 集中する。

 流れていく景色がどんどん遅くなっていく。

 自分の体の動きが遅く感じられる。

 もっと早く動けるはずだ。

 

 足の爪先から髪の毛の先端まで、神経を研ぎ澄ませていく。

 

 体の隅々まで冴え渡っていくような感覚。

 これだ。

 勢いに乗れた。

 

 今なら、今だけならあいつを殺せる。

 

 あと少しで俺のクインケの間合いだ。

 ヤツはまだ、羽赫クインケに与えられたダメージから回復できていない。

 

 どんな太刀筋なら一撃で殺せるか、その()を見極めて────

 

 ふと、ゆったりと動いていく視界の中で、ごく自然に、何の違和感もなく動くナニカが見えた。

 

「何するんですか…………」

 

「ぃ───っ!!」

 

 それは、針のような細さと鋭さを持った、赫子の集まりだった。

 

 地獄にあるという針山のようなそれを回避するために、体内部にためていた力を全力で解放した。

 

 捻り切れる寸前まで腰を回して、体の右側から襲ってきた赫子を、姿勢を限界まで地面に近づけてよけ、その勢いで左の腰に構えていた【けん。】を振り切った。

 

 俺を襲ってきたのは、あの少女の鱗赫だ。

 運良く斬り払うことができたものの、

 

「何してるんですか…………」

 

「あ″っ、ぐふっ」

 

 先ほどとは真逆の方向から伸びてきたツタのような赫子に足を絡め取られ、支えがなくなった俺の体は、背中から地面に落ちた。

 

 その衝撃と痛みで目が覚めた。

 頭に上っていた血がすーっと引いていく。

 それとともに、圧倒的強者どもの前で大きな隙を晒してしまった自分の失態に気づいた。

 

 なんて事をしてくれた。

 自分の命ばかりでなく、部下達の命まで危うくしてしまった。

 

 体に絡みつき、こちらの動きを完全に奪った赫子を見る。

 これほど芸が細かく、器用に動かせるなど、鱗赫である事を考慮しても違和感を感じるほどだ。

 

 長い指先のような赫子がグイッと動き、俺の手から無理やりクインケを奪った。

 

「ソーマさんは、あなた達にできる限りの手加減をしてあげていたんです。

 それなのに、あなた達が弱いのがいけないのに、その女の人が事故(・・)で死んだ瞬間に、命を奪ってしまったことを反省していたソーマさんに向かって…………!!」

 

 …………薄れた意識の中、千住観音か何かのように背から大量の赫子を出している少女が、地面に仰向けに倒れた俺の上に立って、激情をぶつけようとしている事が分かった。

 なんとか逃げようとするも、体が少しも反応してくれない。

 

 蠢く細い赫子達の矛先が、俺へと定まったのが雰囲気から分かった。

 

「新庄さん───!!」

 

「わたしから大切なものを奪うのは───」

 

 口角が嗜虐的に、どこか引きつった形に上げられる。

 

 ああ、そういえば、同期の佐藤が捜査の時に話しかけた小学生の女の子に「キモイ」の一言でバッサリ切り捨てられて、「ようじょこわい」とかバカなこといってたなぁ。

 

 あの時は笑ってやったけど、今思うと、幼女は怖いってよく分かる。

 これが走馬灯ってやつかな。

 

 俺の全身を貫かんと、真っ直ぐに向けられた赫子の切っ先を見て、指先一つ動かせないほどがらん締めにされた体の力を抜いた。

 

 ここまでか。

 

 諦めかけた心が漂白されていく寸前で、ふと、先ほどまで刃を交えていた『トーレ』の存在が引っかかった。

 『トーレ』は、タケダをあのように殺したことに、今まで対峙した喰種のどの個体も見せなかった感情を剥き出しにしていた。

 

 その感情は、『後悔』。

 

 喰種にも、罪の意識があるなど、考えたこともなかった。

 人間である俺達が、牛や米を食べるのに何の罪悪感を抱かないのと同じように、何も感じずに人殺しをしているのだと、そう思っていた。

 

 そのことが、俺の心に(しこ)りとして残っていた。

 

 ああ、俺の命を絶やすために、死神の槍が近づいてきた。

 くっそ、もう少し、頑張って生きておけば良かっ────

 

「ゆる───ッッッ!カ、フッ…………」

 

 ────ビチャビチャと、俺の上に立って跨がっていた少女(『クローバー』)の腹から、地面に寝転がる俺の顔に赤いものが飛び散ってきた。

 

 その胴は、刺々しい赫子に無惨に貫かれ、大穴を開けていたのだった。

 

 ゴポリと、露出している少女の口から、信じられない量の血が溢れ出てくる。

 

「……………は?」

 

 俺の体で唯一動くことを許されていた口から、間抜けな声が漏れる。

 

 一瞬、クインケかと思えるほど、容赦なく喰種の彼女を攻撃していた。

 幼い少女に目を覆いたくなるような重傷を与えた赫子の根本を目で辿ると、その赫子の所有者が『黒薔薇』であることがわかった。

 

 ……………『黒薔薇』!?

 

「は?」

 

「ぁ…………ネオ、さん…………?わたし、は、ゴホッ………一体、なに、を」

 

 『クローバー』が、仲間であるはずの『黒薔薇』に攻撃されたことに対してか、戸惑った声を出す。

 

 有り得ない光景だった。

 仲間のためならばためらいなく命を投げ出すという危険な喰種集団の者が、自分の仲間に攻撃をするだなんて。

 

「やめなさい」

 

 黒一色の喰種が落ち着いた声を出す。

 それは、やんちゃした子供を静かに叱る母親のような、慈愛に満ちた声だった。

 声だけを聞けば、幼い少女の腹部を凶悪極まりない赫子で貫きながら話しているなど、想像もつかないだろう。

 それだけに、その声が出せる『黒薔薇』の異常性が際立っている。

 

 だが、『黒薔薇』はなんの心の動きも見せず、ただ優しく言葉を紡いだ。

 

「それは、あなたの良心が出した答えなの?」

 

「……………!!」

 

 ネオ、と呼ばれた『黒薔薇』の問い掛けに、『クローバー』が息を飲む、声なき声が聞こえた。

 

「我々は、それぞれにそれぞれの良心があることを認め合っているし、別々の良心が作った相容れない正義の両立だって受け入れることを目指している。

 でも、あなたが自分の良心を見失っていたとしたら、それを止めなくてはいけないの。

 それが、仲間が仲間を助けるということだ」

 

 『黒薔薇』の倒錯した人格が、二人で一つのことを話しているような錯覚を生み出す。

 こいつは、情報通り、精神になんらかの異常があるようだった。

 

 俺には、『黒薔薇』の言葉がどうしても論理破綻していて、到底受け入れられるようなものではないように思えた。

 しかし、彼女の言葉に、腹を貫かれたまま宙に持ち上げられている『クローバー』は。

 仲間の赫子に刺されてから、初めて(・・・)涙を見せた。

 

「わた、わたっしはっ……なんて、ことを…………」

 

 『クローバー』は嗚咽混じりにマスクで覆われた頬に手を当て、幼い子供に似つかわしく、自分の行いを反省して泣きじゃくっていた。

 世界で最も残酷な抱擁を受けたまま。

 

 彼女の真下にいる俺に、未だ止まらない血が流れ落ちてくる。

 白衣は既に少女の血液で真紅色に染められていた。

 推定鱗赫の彼女にとって、『黒薔薇』の尾赫が刻みつけた傷は致命傷になるはずだった。

 

 『黒薔薇』が、黒いマスクの下に隠れた柔和な表情を想起させるような、恩愛の()もった声で、『クローバー』に自身の教えを説く。

 

「間違ってしまったことは、二度と元には戻せない。

 ソーマさんも、それはよく分かっているでしょう?」

 

 未だに呻き続ける《paradox》の長に視線を向け、それからまた自分の赫子で吊っている少女に目を戻した。

 

「だが、次に失敗を重ねないようにすることならできる。

 悔い改めて、あなたの良心を忘れないようにしてね。

 我々の良心は、相容れない存在の相互理解と共存の為にある。

 私達がまず良心に従わなくては、私達の正義を受け入れてもらえないよ?」

 

 しかしそれは。

 

「はいっ…………!」

 

 ひどく傲慢で、独善に過ぎる『良心(・・)』だった。

 

 




01. 連日投稿、もう……………かゆ うま

02. »01 甘ったれてんじゃねぇぞ!とっとと書けでなければ氏ね

08. »02 おにぃ~、あくまぁ~、ひとでなしぃ~



………自演スレ、大変失礼致しました。
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