───影ががわたしを追いかけている
わたしは必死で
必死で走ろうとしてるのに、うまく足が動かない。
追いつかれた気がして後ろを振り返る。
ニタァ
血まみれの
────よくも殺してくれたな
違うの、わたしそんなつもりはなかったの、殺すつもりなんてなかった!
────オマエノセイダッ!
やめてよ、やめて……
────痛かったなぁ
ごめんなさい、ごめんなさい……
────腹が急にはぜたんだぜ?
違う、わたしだってあんな風になるなんて思ってなくて……
とっさに嚇子を使おうとしている自分に気づいて慌てて抑える。
────俺はスクラップみたいに潰された……
(もう聞きたくない!!)
わたしは耳をふさいで足元に座り込んだ。
────お前が助かる代わりに私が死んだ……
耳をふさいでも声が聞こえてくることに恐怖する。
や、やめてよ……そんなこと言わないでよ……
────オイシソウダッテオモッタロ?
……そんなこと、思ってない!
────この人殺しめ!
そんなつもりなかったの、信じてよ、信じて……っ!
────お前なんか、死んじゃえばいいんだ。
……その声は、誰?あなたは、誰?
「っ!?……」
突然、モニターの中の彼女が寝台から勢いよく身を起こした。
ハア、ハア、と肩で息をしながら周りを見るのは、黒く艶のある長髪をのばした少女だ。
まだ十代の初頭と言える幼い顔立ちには警戒心がうかんでおり、その右目は血のような赤い瞳孔が黒い球結膜の中にある──嚇眼だ。
彼女が
右側にしか発現していないが、そう言う体質なんだろうか。
彼女は自分を害する存在が見当たらないことを確認したのか、
『ここは……?』
と呟く。まず第一に身辺の確認、次に環境の確認。習ったのか、それとも『なんとなく』か。
それに、
あれは今まで見たことがねえくらいに火力が高かったし、貫通力も相まって殺傷力が半端じゃねぇ。
もしかしたら鱗嚇との
ありゃ使いようによってはおっそろしく強くなるな。
最近、新しいことをしようかと思っていたところだし、良い戦力補充になるな。よく見つけたよ俺、ナイス俺、素晴らしいよ俺。
『誰か……いませんか……?』
さて、まずはお互いの名前を紹介し合わないことには始まらないからね。
俺はマスクをつけてから部屋を出て、彼女のいる部屋に向かった。
最初に目に入ったのは知らない天井だった。
はっとして身を起こし、周囲を見る。
目を覚まして、まず思ったのはさっきまで見ていた悪夢のこと。血だらけの人がたくさん、刃物を持ってわたしに襲いかかってくる夢だ。
今も、どこからかあの人達が現れて襲ってくるんじゃないかという不安から、辺りを注意深く見回してしまっている。
わたし、喰種なのにとっても臆病。
……ふう。
周りがひとまず安全そうだと分かって落ち着くことができた。そうすると、他のことにも意識が向くようになった。出入り口らしき場所も目で確認したところで、状況を整理する。
わたしはとても柔らかいベッドの上で寝ている。多分、ここはホテルなんだ。ベッドは修学旅行で訪れたホテルの物よりずっとふかふか。目に優しい光が枕元の灯りから出ていて、クリーム色の部屋の色とよく調和している。壁の色も絨毯の色もクリーム色で統一されている。
そうすると、どうやってわたしはここに来たのか、ということに考えがいく。ここに来た覚えは全くない。
たしか、右側が白くて左側が黒色のマスクをつけた
そうだ、わたしは、疲れと傷の痛み、人殺しへの罪悪感から逃れるように気絶してしまったんだった。
あの夢は多分、あれがわたしの中にある罪の意識なんだろう。『おじいちゃん』が、夢っていうのは自分の中にある心とか記憶を反映した幻なんだって言ってたから。
わたしは、生まれて初めて人を殺してしまった。そして、人の命を代償にしてわたしが生き残ってしまった。
命を奪うなんて罪は、なによりも忌避すべきことだったのに。
誰かを殺してわたしが生き残るなんて、そんなことして生き長らえて、何の意味があるんだろう。
状況から見るに、あの男の人がここにわたしを運んでくれたのかもしれない。でも、その理由がわからない。
彼が信用できるかどうかわからないし、あの気持ち悪いしゃべり方にはどうも嫌悪感が拭えなかった。
ふと、部屋の出入り口らしい扉から、ガチャリと鍵のあく音がした。
そちらの方に急いで視線を向けて身構える。
「やあやあ麗しの眠り姫、お目覚めですかな?」
そう言いながら入ってきたのは、わたしを助けてくれたあの男の人だった。白黒マスクはつけたままだ。
「……あなたは誰?なんでわたしを助けたんですか?」
「そんなに警戒されると俺も傷つくなぁー。とりあえずリラックスしてよ、寝てた方が良いと思うし」
「……もう大丈夫ですから」
「そう?じゃあいいけど」
彼はそう言うと、近くにあった丸イスに腰掛けて、
「俺の名前はソーマっていうんだ。CCGの
へらへらしながら自己紹介をし始めた。
「キミの名前は?お兄さんに教えてよ」
「……アリスと言います」
信用しきれないとはいえ、命の恩人であるのだから、名乗らないのは失礼だろう。
「へぇー、アリスちゃんかー。名前が迷子の女の子みたいだね!じゃあ、年はいくつ?」
「今年で11歳です」
「ほぇー、小学生じゃん。もっと上かと思ってたよ。学校行ってたの?」
「……中学校に通わせてもらってました」
「……ん?それ天才じゃん!飛び級かよ。勉強とかわかったの?」
「人並みくらいは」
「ほぉ……」
そのマスクの奥の表情はどんなものだろうか。
「よしっ、きーめた!」
彼──ソーマさんはそう言うと、急に立ち上がって言った。
「アリスちゃん帰るとこないっしょ?
「…………」
「そんな怖い目で睨まないでよー、お兄さん悲しいな!」
「……どうしてわたしを助けたんですか?」
「またそれ?そんなの決まってんじゃん、キミがかわいかったからだよー」
「………」
「ホントだって。たまたま目に入ったキミが気に入ったんだよ」
ソーマさんはへらへら笑いながら言った。
その緩そうなら雰囲気からは、さっきわたしの前で見せた圧倒的なまでの戦闘力は窺えない。
「それでさ、おうちに帰れない迷子の迷子のアリスちゃんに良いお知らせが!なんと、アリスちゃんには俺のいるグループに入ってもらうことになりましたー!いぇーい!パチパチ」
ソーマさんはふざけた調子で変なことを言い始める。
「いやー、俺さ、人事斡旋っつうの?そんな感じのことやってるからさ、アリスちゃんにもうちに入ってもらいたいなーって」
急な話に戸惑う。
「アリスちゃん、ぶっちゃけ今は弱いけどさ、俺が思うに結構グールとしての才能あるんだよね。だから今のうちにヘッドハンティングしておこうと思って?」
「……」
「あ、もちろん拒否権はないんでヨロピク!」
ソーマさんは、わたしへの勧誘があっさりと事後承諾であることを明かした。
……やっぱり、この人は信用ならないタイプの
「天使みたいなキミには申し訳ないんだけどさー、ぶっちゃけ俺キミの命の恩人だから?
──命の重さ、キミならきちんと分かってくれるよね?」
そして、恩着せがましさと嫌らしさが百点満点だった。
ベッドのシーツを握り締め、ソーマさんを睨みつけるが、彼は飄々として全く堪えた様子はない。
いきなり死にかけて、あんなに避けていた人殺しをして、助かったと思ったら恩着せがましい悪魔のような男の人に捕まって。
もし神様がいるんだとしたら、わたしは神様に嫌われているか、見放されてしまっているようだな、なんて悲しいことを考えてしまう。
「そうそう、ここのホテルはさ、喰種経営のホテルだから、結構いろんなことやってんのよ」
予想以上の収穫だ。
「例えば、喰種専用レストランとか、喰種専用パーティーとかね!」
「悪趣味ですね」
まだ殺しにすら慣れていない様子のこいつが喰種の趣味の世界を知ってるわけがない。
つまり、言葉から内容を想像して「悪趣味」だって言ってんだ。
喰種専用っつったらニンゲンは入れないということ。
ニンゲンは入れないっつうことは俺ら喰種があいつらに紛れてやることではないってこと。
つまりはニンゲンをアレコレするっつうことだ。
この年齢で、この一瞬でこれだけ頭が回れば充分だ。
それに、いまだに俺に対する警戒を怠っていない。まあ俺レベルまで来ると今のコイツはどうあがいても瞬殺だが。
嘘ならそれを見抜かせない名演技。ホントに11歳ならマジの天才。
どちらにせよ、コイツは使える。
「粗末じゃないっしょ?生き物は例外なく他の生き物をぶっ殺して生きてんだから。むしろそれを有効活用してやってる俺らにニンゲン共は泣いて感謝するべき」
俺の言葉に目を見開く少女。なにそんなに驚いてんだ?
「アリスちゃーん」
「なんですか?」
アリスっつうのは偽名じゃないのな。初対面の俺に本名教えちゃうのはどうなのかね。経験不足だね。
根が良い子だね。いよいよ年齢不詳だ。嚇子も強い。
……育てガイがあるナ
「なんがそんなに不思議だったのん?」
「……いえ、別に」
「あー!わかった、有効活用の内容が詳しく知りたいんだ」
「違います」
「じゃあニンゲン共が他の生き物ぶっ殺しまくってのうのうと生きてるってこと?」
俺の言葉に今度こそ押し黙る。
ガキがムズいこと考えて悩んでらっしゃるのな。
俺的には大歓迎だけど?
「アリスちゃんはおませだねー」
さて、行きますか。
俺は白髪のジジイが立ってるフロントに鍵を返して、ホテル《arrogant》の裏口を出た。
思っていたより多くの方に読んでいただいたようで、感激しております。
お目汚し失礼いたしました。