アリスがいきなり襖を開けたことに、かなり大きな反応をした少年は、
「いっ、いきなり何すんだよっ」
と、自分がビビってしまったことへの照れ隠しか、アリスに逆ギレしてしまう。
もしかしたら、彼か、あるいは彼の家族が、自分を助けてくれたのかも知れない。
(何って言われても…………。……………?)
胸の奥に感じる違和感に、心の中で首を傾げる。
…………あ、この子以外に、人がいない…………?
違和感の正体らしきものは拭えなかったものの、直近の問題に対応しようと、アリスは思い直す。
周囲に人の気配が感じられないことに一抹の疑問を抱きつつも、警戒を解いたアリスは、
(とりあえず、この子から……………)
恥ずかしさからくる苛立ちを隠さない彼の反応に困ったような笑みを浮かべて、
「大丈夫…………?」
と尋ねる。
少年から見て、自分より年下に見える容姿を持つアリスの問いかけは逆効果だったようで、プライドが刺激された彼は、顔を真っ赤にして───
「───目が覚めたのかい?」
後ろから割り込んできた自分の父親に、ムスッとした顔をした。
一方アリスは、突然入ってきた壮年の男性に、適切な対応をするために体を緊張させようとして、
(だ、ダメダメッ、私はもう戦わないって決めたんだ!というか、私はなんでっ、命の恩人っぽい人と戦おうと……………)
短く息を吐いて、無理矢理に肩の力を抜く。
「父さん……………」
「おや、もう起きていたのだね」
まだ若さも見える彼の言葉に、何か返さないとと慌てて、
「あ、あの、私………あ、か、カエデって言います。その、ええと───」
アリスという名を出すのが怖くなってしまって、彼女はつい
─────アリスは、もう捨てたんだ。
もう半年以上会っていない親友の顔がチラリと脳裏をよぎり、アリスは意図せず暗い顔になる。
「…………ああ、無理して何かを話そうとしなくてもいいよ。
誰にでも、誰にも言いたくないことの一つや二つ、あるものだ。気にしなくていい」
「あ、その………………えと、ありがとうございました」
少しだけ勘違いはあったけれど、自分を気遣い、助けてくれた彼に、アリスはまずお礼をしようと頭を下げた。
実際、彼の言ったことは当たらずとも遠からずなのだし。
その心遣いに、アリスは甘えることにした。
「君は、グールなんだろう?」
「あ、はい、そうです」
ん?と、また違和感がアリスの胸によぎる。
そんな彼女の様子には気づかず、彼は優しげな口調で話を続ける。
「ゆっくりしていくといい。君がどうしてあそこに倒れていたかは知らないけど、我々は君を歓迎しよう。
この家には、行き場のなくなったグールが住み着いていてね。
何かあれば、私かコイツに言ってくれ」
と、男性は彼の傍らにいた少年───どうやら息子らしい───の頭をなでながらそう言った。
「ああ、遅れてしまったが、私はヒルマ、コイツはセイだ」
もう少し休んでおきなさい、暇になったらこの屋敷の中を見て回ってもいい、と言って、ヒルマとセイはアリスの寝ていた部屋から遠ざかっていった。
彼らの厚意に頭を下げ、体の疲れを感じたため、もう少し休んでいよう、と畳の上に敷かれた布団に足を向けて、
アリスは、自分が僅かに感じた違和感の正体に思い至った。
彼らが、喰種なのかヒトなのか、その判断が付かなかった。
(なんで…………)
例えば相手がヒトだったとして、アリスを喰種だと知ったらどういう反応をするか。
アリスが喰種だと知らずに助けてしまったヒトなのか、それとも喰種と知っていて助けたのか。
前者であれば、バッチリ顔も見られた状況で逃げ出すことへのリスクが大きいし、なにより喰種だとバレてしまった瞬間の顔を見たくなかった。
今回の場合は後者であったために、なんとか助かったものの、もし仮にヒトに助けて貰ってしまっていたらと思うと、心がギュウッと締め付けられるような感じ。
騙していたことを知られてしまった瞬間にどんな顔をされるのかと、有り得ないIFの話にアリスは怯える。
それはあるいは、もう会えないであろう彼女らへの、罪の意識─────
思考の迷路に迷い込みそうになった頭を振って、無理矢理に恐怖を断ち切る。
そうじゃない、とアリスは考える。
問題は、別の所にある。
つまり、殺伐とした、殺し合いに半年間身を浸してきたアリスが、今後の行動、下手をすれば自分の命運にさえ関わるような、他社に関する情報を気にすることが出来なかった、という点だ。
否、『気にすること』が出来なかったのは、根本的な原因があったから。
そう。
情報が、得られなかった。
(足音、なんで聞こえなかったの………………?ニオイもわからなかった………………
……………どうして?)
彼らの、気配を隠す技術がうまかった?
じゃあ、なんで気配を隠したの?
誰から?
なんで、分からなかったの……………?
久しぶりの投稿。
申し訳ない。