東京喰種√D   作:白雫

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今回は少しばかりグロテスクな仕上がりになっております。


第4話 ♡ ♡

 わたしは、テルさんと2人で戦いの訓練をする事になっていた。そのはずだった。

 

「あぐっ!?」

 

「ハハハハッ」

 

 テルさんの放つ足がわたしのみぞおちを抉ってきた。

 わたしはげほっ、と胃液を出しながら咳き込む。

 

(ホント、この(喰種)容赦な──!)

 

「アハハ、ほらほら、ぼーっとしたり声出したりしてる余裕あったら動く動くー」

 

 休む暇もなく顔を蹴られそうになり、咄嗟に腕でガードした。

 

「い、ぎぃっ」

 

(─────痛い!)

 

 ベキッという音が蹴られた腕から響く。

 

 目をやれば、肘と手首の間に新しく可動かない関節ができていた。白い骨が破れた皮膚から飛び出ている。

 

 こんなのは訓練なんかじゃない。ただの虐待だ。

 

「早く直してー。あ、それとも俺が直そうか?ハハハハッ」

 

「い、いいです……あぁぁい″ぃ!?」

 

(~~~~~~!!!痛い痛い痛い!?)

 

 わたしは断ったのに、テルさんが間髪入れずに折れてしまった腕を折れた方向と反対側にへし折って『直した』。

 痛みで目の前がチカチカと白く明滅する。

 それでも、折れた骨も破れた傷口も喰種お得意の治癒力のおかげで治すことができた。

 

「はい、『治った』ね」

 

「も、もうやめてください……」

 

 痛くて辛くて、涙が出てくる。傷が治っても、骨の折れた痛みも心の痛みもとれてはくれなかった。

 

 新品だったノースリーブのワンピースはあちこちが擦り切れてしまっている。わたしの血の赤と布地の白がめでたい紅白のような色合いで、今の状況を皮肉げに語っていた。

 ネオと呼ばれていた彼女もどこかへ言ってしまっていた。

 おんなじ女の人だから、もしかしたら助けてくれるかもしれない。

 この虐待が始まった時にはそう思っていたけど、彼女が何も言わずにどこかへ行ってしまってから随分たっていた。

 わたしが頼れる救いの手は、もうどこにもなかった。

(『おじいちゃん』達に会いたいよ……誰か助けてよ……っ!)

 

「アハハッ、やめないし、泣いたって無駄だって。誰も助けてなんかくれないよ」

 

 そんなわたしの心の内を読むように言うと、テルさんは笑いながら急に近づいてきて、わたしに手を伸ばす。

 

「あう!?」

 

 それに反応出来なかったわたしは、彼に投げ飛ばされて壁にぶつかってしまう。

 

「が、ふ」

 

 背中を壁にしたたかに打ちつけられる。わたしは迫り来る意識の闇に抗えず、気を失ってしまって──

 

 

 

 

 

 

 ────おなかが、熱い!!

 

「なっ、が!?」

 

(何何、何何何何!?)

 

 強制的に意識を戻されて目に入ってきたのは、わたしのおなかを貫く、鋭い棘があちこちから飛び出た赫子だった。尾赫だ。本能的にそれが分かった。

 そいつに持ち上げられることで、わたしの体は宙に浮いていた。

 

「おいおい、まじかよ、お前の赫子で起こすとか……チョーイカレてんなぁ!!さすがネオだぜ!」

 

(まさか、わたしを起こすために!?)

 

「私の赫子は」

 

 この声は、ネオさんだ。顔だけを後ろに向けると、何の感情も浮かばない顔でネオさんがわたしに赫子を刺しているのがわかった。わたしを串刺しにしていることに対して本当になにも思っていないかのような無表情に、わたしは恐怖を覚える。

 

「刺すときと、抜くとき。二回分余計に相手の肉を抉ることができる」

 

 感情をかけらも伝えてこない声なのに、彼女のやろうとしていることは十分伝わってきた。

 

「や、やめてぇ……あ″あ″あ″あ″!!」

 

(~~~~~~~~~!!?)

 

 ネオさんに、ズボズボズボとわたしの体から赫子を引き抜かれて、わたしは今まで味わったことのない痛みに声なき絶叫を上げる。

 

(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!)

 

 もはや意味のある言葉を発することもできない。思考がバラバラになっていく。

 ベチャベチャと、わたしの体が気味の悪い音を立てる。

 支えを失って、わたしは地面に崩れ落ちた。

 血をまき散らし、内臓がわたしのおなかから飛び出て地面に広がった。

 

「ネオ、聞いてくれよ。アリスのやつ、例の赫子いっくら追い詰められても出してこないんだぜ?」

 

「ぅ、いぃ……」

 

(…………な、んで……)

 

 痛みでうまく頭が回らない。

 

「わかりました」

 

 ネオさんは何かに納得すると、

 

「アリスさん、あなたにこれを差し上げます」

 

 彼女のトゲトゲしい赫子で何かを掴んで、倒れるわたしの横に置いた。

 

「~~~!!むむぅぅぅぅ!」

 

 痛みで霞む視界の中、それ(・・)に目をやる。

 

 それは、紛れもなくヒトだった。

 若々しい男の人だ。

 

(!!?)

 

 さるわぐつを咬まされて、ロープで後ろ手に縛られ、足も足首で封じられていて逃げられないようにされている。おそらく会社勤めの若手社員と言ったところなんだろう。夏の暑い時期にもかかわらず、高そうなスーツを着ている。

 

 あまりの驚きに視界が回復するとともに、わたしの中の本能の部分が強く騒ぎ始めた。

 

───美味しそう

 

(ダメダダメダだめだだめだ!!人は殺しちゃだめだ!)

 

 しかし、一度意識するともうそれを忘れることはできなかった。それを無理矢理抑えようと理性が働く。

 

───おなか減った

 

「酷い傷をあなたは受けました。このままでは死んでしまうでしょう」

 

 ネオさんが淡々と言う。

 

「そこにちょうどよく私が狩ってきた人間がいます。あなたが殺して食べでも構いません」

 

───たべたい

 

「ぁ……ぃ、ぃゃ」

 

「何故ですか?」

 

 彼女は感情がまったく読み取れない声でわたしに問いかける。

 

「あなたは今酷い傷を受けています」

 

(誰のせいだと思って──)

 

───わたしのせいじゃない

 

「その傷を治そうと、体が栄養を欲しているはずです。これは喰種として極めて正常な反応ですが」

 

「ムムムーー!!」

 

───おいしそう

 

「現にあなたは今、たくさんの涎を垂らしています。体が正直とは、よく言った言葉です」

 

(……?─────!!?)

 

 わたしの口からは、彼女の言うとおり、信じられないほどたくさんの涎が出ていた。

 

───タベタイ

 

 わたしはそれらの思いを、現実を全て断ち切るように、奥歯で内頬を噛みきった。

 

 醜い本能に従うことだけは、なんとしてでも避けたかったから。

 

「い″っ!ぎ………」

 

「んむ!?」

 

(誰かを殺すくらいなら、死んだ方がましだっ)

 

「なるほど」

 

 ネオさんはまるでわたしの心の声を聞いたかのように一つ頷くと、

 

「アリスさん、あなたは今までに何回ヒトを殺したことがありますか?」

 

 と尋ねてきた。

 

「………ぁ……ぅ……」

 

 なんとか答えようとするも、穴のあいたおなかではうまくしゃべれない。でも、答えなかったらまた赫子で痛めつけられるかもしれない。

 わたしは彼女に指を二本たてて返答する。

 

「ふむ」

 

 ネオさんは、わたしの答えに得心した顔で、

 

「誰かの命を奪うことが怖いのですね?」

 

「……ぅ、あ」

 

 わたしは首を動かして彼女の言葉を肯定する。

 

「だから赫子は使いたくない、と」

 

 当たり前だ。人殺しは、何よりもしてはいけない悪だ。命を奪うことは許されざる罪だ。

 あんなにあっさりと人の命を奪う赫子なんか、戦うために使いたくなんてなかった。

 

(赫子なんか、もう使わないって決めたんだ)

 

「あなたは勘違いをしている」

 

 ネオさんは、そんなわたしの心を読むかのように話し出す。

 

「まず、この男はあなたの今の実力ではそうそう死なないので、戦いの訓練に赫子を使っても良いということ」

 

「おうよ!そのとーりだ!俺はつえぇ奴と戦うために強くなったからな。てめぇ程度にゃ死んでも殺されねー」

 

「ついでに『事故で』殺してくれるとよかったんですが」

 

「ネオォっ!?」

 

「まあ良いです。

 いいですか?他者の命を奪うと言うこと。それは、あなたの命に他者の命を取り込むということ。食物連鎖というのはそう言う風にできている」

 

(何を、言って……?)

 

 「生き物は、ヒトも喰種も、ライオンもシマウマも、ウサギとカメも関係なく、みな他者の命を奪うことで生き長らえることができる。

 つまり、殺すということを言い換えれば、あなたがその奪った命の分を生きると言うこと」

 

 平坦で、まるで機械のような彼女の声が、混乱する頭に響いてくる。

 

「意味のない殺しはない。生き物は自分の命を守るために、少しでも長く生きるために他者を殺す」

 

「へ?そうなの?」

 

「この際だからテルも聞いてほしい。あなたは自らの快楽のためにあまりにも他者を殺しすぎている」

 

 彼女の言葉に、倒れ込んだわたしを見下ろしていたテルさんが疑問符を投げかけた。ネオさんはそれにきちんと受け答えをする。

 

「私がいいたいのは、つまり………え、と」

 

 と思っていたら急にネオさんは言葉につまる。あまりしゃべらなかった彼女は、話すのがが得意じゃなかったからなのか。

 ネオさんは首を傾げながら言葉を紡いでいく。

 

「食べるのは、生きるため。生きるためには、食べなきゃいけない。だから……」

 

「……ん?……んん??わかんなくなってきたぞ……」

 

 テルさんまで何故か頭を捻り始めた。

 

「そう、だから、あなたが生きたいなら、必要な命を必要な分奪うことは受け入れなければいけない」

 

(…………必要な分、命を奪う?)

 

「そ、そんなの、傲慢ですっ……」

 

 わたしは痛みを忘れて、必死にネオさんに反論する。

 

「奪って良い命なんて、そんなのあるわけがないっ。わたしはそれなら死ぬ方を……!」

 

「……そう」

 

 そんなわたしに、ネオさんは何故か言い返さない。

 

「だから、命は大切なんです」

 

(───)

 

 ネオさんのまっすぐで素直な言葉が、わたしの心を揺する。鈍った頭に、わたしの反論は浮かばなかった。

 

「奪ってもいい命なんてない。命は大切だから。

 殺すことは、悪いこと。命は大切だから。

 でも、そうしなければ、あなたの命がなくなってしまう。命の重さは、みんな同じ……って偉い人が言ってた、はず」

 

(………みんな、同じ)

 

「人だって、生きるために他の動物とか、植物の命を奪っている。彼らだって、命は奪われたくない。それは、わたし達喰種も同じ。死にたくない」

 

「あ、それはわかるぞ!」

 

「彼らの命は、彼らの命を守るために他の大切な命を奪うことで存在してるから。

 だから、彼らが守っている命は、彼らだけの命ということではない」

 

(………命を、奪って)

 

 ネオさんがまた饒舌になって、畳みかけるようにしゃべる。

 

「みんな、自分の命には自分の分以上の命の重さがかかってる」

 

(………で、でも)

 

「わたしは、わたしは自殺で死んだヒトの肉しか食べたことないです!!わたしは、他の人の命を奪ったりなんか───」

 

「それも、違う」

 

 ネオさんは冷静にわたしの言葉を遮って言う。

 

「その死んだ人が自分の大切な命が失われなければ、あなたは今生きていない。そして、捜査官にあなたが殺されていないのは、あなたの代わりに捜査官と戦った喰種がいて、その喰種、または捜査官が死んだ。

 逆に言うと、その命がなくなったことであなたが今生きている。

 だから───」

 

 ネオさんは、思いだしたかのように一呼吸すると、

 

「あなたはすでに、誰かの命の上に生きている。その命の重さが、あなたの命に積まれている。あなたの命はあなただけの物ではない。あなたが生まれる前からそうなっていました」

 

(───あ)

 

 ………ネオさんの言葉が、わたしの胸にストンと落ちた。

 言われてみれば、そうだ。

 もし自殺した人がいなかったら、彼らの代わりにわたしが死ぬか、誰かを殺してしまっていたに違いなかった。 

 わたしの命は、誰かの命の上に成り立っていた。

 

 夢でも言われた。捜査官さん達がソーマさんによって殺されることで、わたしが今こうして生きている。

 

(この命は、わたしの物ではないの……?)

 

 わたしはもう、わたしの命が誰のモノなのかわからなくなってしまった。

 不安が顔にでていたのか、

 

「心配しなくて良い」

 

 わたしの心をまた読んだかのように、ネオさんが言った。

 

「あなたの命はあなたのもの。その命が、誰かの大切な命のおかげで生きているっていうことなだけだから。

 草を食べた牛さんをヒトが食べて、そのヒトをあなたが食べる。それだけ。

 だから」

 

 無表情なのに、まるでわたしを助けようとしているかのように、必死にネオさんが言葉を重ねる。

 その真摯な言葉に、わたしが気づかない内に否定していた感情がポカンと浮かんできた。

 

「あなたの命を大切にしてほしい」

 

 ───何故だろう。わたしは耐えることもロクにできず涙を流してしまう。

 

「あなたの命は、あなたのものだから。簡単に死んじゃだめ。

 あなたの大切な命を生かしてくれてきた、誰かの命を無駄にしないでください。

 あなたの命には、数え切れないほどの命がかかってるんだから」

 

「ぅ、うぅぅ……」

 

「な、なんか良い話だ………俺も泣きたくなってきたぞっ……オォォ、ウォォォォンッオイオイオイ……」

 

(わたしは、わたしは、あの人達を殺してしまった人殺しなのに……)

 

「わたしは、生きていても良いの……?」

 

 ネオさんは、少し目を見開いて、少し、ほんの少し口角をあげた。

 それは、わたしが初めて見る彼女の表情の変化だった。

 

「もちろんです。あなたが死ななければならない時は、あなたの命が誰かの命になるときだ」

 

 ネオさんは、わたしを優しく諭すように続ける。

 

「だから、このヒトを殺して食べて、生きてください。

 戦うことを、誰かを傷つけて命を奪うことを恐れないでください」

 

「あ……ふ、えぇ……」

 

 涙が止まらない。彼女の優しさが、わたしを生かそうとしてくれている。

 

「戦うってことは、自分の大切な命をどちらが守れて、どちらが生き残って、どちらがその命を継ぐのかを決めることだから。今まで受け継いできた命を、どちらが継承して生き残るかを決めることだから。あなたが戦うことで、強くなることで救える命はとても多い。

 本当に命が大切だと思うなら、大事に誰かの命をもらって、生きて。それで、強くなって。

 あなたが今すべきことは、それだ」

 

 わたしは彼女の言葉に背中を押されるように立ち上がって、後ろを振り返る。

 ぼーっとした頭は、すでにネオさんに納得させられていて、体はそれ以上に、それ以前に目の前の男のヒトを欲していた。

 床に転がされた男のヒトは、かわいそうなくらいに涙で顔を濡らしていた。

 

 

 

 

 彼と目を合わせて言う。

 

「ごめんなさい」

 

 傲慢なことかもしれない。

 

「あなたも生きたいんですよね?」

 

 ただの自己満足かもしれない。

 

「でも、わたしも、生きたいんです。生きるために、あなたの命、大切に食べて、生きていきます。

 だから───」

 

「ンムムーーッ!!」

 

 それでも、言わずにはいられなかった。

 

 死の恐怖に怯える彼に、泣きながら、でもなるべく笑顔を保ちながら、わたしは言った。

 

「あなたの大事な命を、わたしにください」

 

 背中から、忌々しかったわたしの赫子をだす。

 ソイツは、まるで朝顔の蔓のように細くて、何かに巻きついて、しがみついていないと立てないような気がした。

 朝顔は、自力で立ち上がることができないから、誰かにしがみついたり、地を這ってでも伸びていったりするんだ。

 

 生きるために。

 

「ンムーーッ!!」

 

「──いただきます」

 

 

 

 

 

 羽赫を打ち出したら、爆発する花が咲いてしまうかもしれなかった。だから、わたしは彼を蔓のような形の自分の赫子で貫くことにした。

 なるべく恐怖を与えないように、後ろから。

 なるべく痛くないように、一瞬で。

 

 彼を持ち上げようと赫子を動かしていると、急に赫子の使い方が手に取るように分かってきた。まるで手足のように動かせる。少し多くて複雑な手のような感じだ。

 彼の体を何本もの蔓を使うことで宙に持ち上げた。赫子を彼の足と胴とに絡みつけ、下から持ち上げるようにする事で、彼の体はわたしの頭上に移動する。幾本も絡ませたそれは、触手のベッドのようだった。

 

 身を縛られながらもなお暴れている彼は、今なおこの現状から必死に逃れようとしている。死にたくない、自分の大切な命を守りたいという思いが揺れる赫子から伝わってくる。

 それは、立派な生の証。

 

 

 でも、ごめんなさい。

 わたしの命の一部になってください。

 わたしが絡みつく支柱の一本になってください。

 

 

 

 わたしの蔓は頭を巻きながら、彼の頭を串刺しにした。

 彼の頭蓋を貫き通し、脳漿をこぼさないように注意する。彼の命を、一滴たりとも無駄にするわけにはいかなかった。

 その先っぽから、破裂しないように注意して、わたしは花を咲かせた。そんな調節さえも出来るような気がしたからだ。せめてもの手向けにしたかった。

 

 体が限界に来ていたわたしは、彼の血を赫子から滴らせて口に入れる。

 その後は、まるで飢えた獣のように彼の体を貪り喰らった。 

 その血は朝露に濡れる蔓を流れる甘露のようで、かじった頭ははじけるような刺激を舌に与え、わたしの脳を痺れさせる。

 勢いよく流れ出る血を啜ろうと首に顔をつけて、育ち盛りの赤ん坊よろしく新鮮な血液を吸う。

 

 ズズズズッ グチュ ズズッ

 こぼしてはいけない、勿体ない。 

 

 わたしは今まで触れたこともなかったような高級スーツを破り捨て、彼自身の血で染色された白ワイシャツを引き裂いて、食事の自制ができない鳥の雛のように内臓を啄む。

 

 ムチャ グチュグチュ ブチブチブチ ゴクッ

 

 心臓と肺、胃までは分かったけど、そこからはもう何がなんだか分からなかった。

 でも、残さず食べ尽くせたことは分かった。

 

(あれ?わたし、こんなに食べられたっけ?)

 

 だんだんと理性が削られて細くなっていく。

 

 胴体をすべて食べ終わった後は、手足だ。

 腕の肉を歯でこそぎ落とし、指の肉を一本残らずしゃぶりとって、肉付きの良い太腿をむさぼり食って、足のニオイさえ気にすることが出来ないほど夢中で膝下を食べ尽くした。

 

 ガリガリ ペキッ ゴリゴリゴリゴリ

 

 それでもまだ飽きたらず、残った骨をしゃぶり、時には噛み砕いて────

 

 

 

 

 ───気付いたときには、わたしの周りには、ビリビリに破れて見る影もないスーツと、綺麗になった人骨が、明らかにヒトを構成するには足りない程度の量で散乱していた。

 

 それを見たわたしの中に生まれるのは、今まで感じてきたような罪悪感ではなく、腹を満たせたことへの恍惚感だけだった。

 

「───ごちそうさまでした。」

 

 おなかの傷は、頭を全て食べ終えたときにはもう完治していた。

 

 本能の赴くままにヒトを喰らうわたしを、客観的に、冷静に観察していたもう一人のわたしは、いつの間にか居なくなっていた。

 

 

 名も知らぬ男のヒトの額に黒鳩の朝顔を咲かせて、わたしは喰種として、ヒトの命を奪うことを受け入れた。

 受け入れてしまった。

 

 




ごちそうさまでした。

ではまた。

明日は投稿できるか分からないです(x_x)
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