東京喰種√D   作:白雫

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第6話 日常という非日常───2

 ─────わたしの服はすでに布っきれでしかなかった。

 自分の血と埃で汚れ、擦りむいたり、切られたり、破られたり、おなかのところに穴を開けられたりして、もう左肩にかかった紐から少しだけ布を吊っているような有り様だった。

 

 わたしは、もう今更かな、と思い、その白のワンピースの残骸を取って捨てた。

 後は下の下着しか残ってないけど、結構前から裸同然の格好で戦う練習をし続けていたからか、それともその熱に侵されたか、どちらにせよ、羞恥の感情は生まれてこなかった。

 

 今は、あの朝顔の花のような羽嚇は使っていない。

 喰種にとっては常識的なことだけど、羽嚇の嚇子は短い時間だったら他の嚇子を遥かに上回るスピードと攻撃力が出せるけど、その代わりにすごく燃費が悪い。

 だからヒトのお肉が食べられないときには、ここぞというときにしか嚇子は出さないようにする。

 

 わたしはヒトのお肉を無闇(むやみ)矢鱈(やたら)に食べたくなかったし、撃った嚇子を爆ぜさせることも出来るようになったから、余計に燃料切れになってしまいやすい。

 そのため、最初の方で使ったきり嚇子は出さず、Rc細胞はなるべく傷の治癒に回すようにしてきた。

 

 純粋に体術だけで戦うことに慣れておけば、将来的にも役に立つハズだ。

 

 

「お前すんげー動きが良くなったぜ?アリスは戦いのサイノーあるな!」

 

「本当ですか!?」

 

 テルさんの褒め言葉に反応して、嬉しさから語尾が上がる。

 

「もちのろんだ!」

 

「えへへ……………」

 

 わたしは裏表の感じられないテルさんに褒められて、素直に嬉しかった。

 自分のもつ喰種の血みたいなものが、どんどん引き出せてきているような気がしてきている。

 

 太陽の光が届かず、時を示すものがないから良く分からなかったけど、ここにきてから多分5日から6日くらいはたっているはず。

 その間、テルさんの絶妙な力加減の元、戦いの訓練を積み重ね、疲れが限界まできたら中断して寝て、目が覚めたらまた戦って……………。

 

 わたしは、ただ純粋に今のこの戦闘訓練が楽しくて仕方なかった。だから、途中でめげずにここまで来れたのかもしれない。

 

 あとは、テルさんの教え方が異様に上手だったこともあると思う。

 普段は控え目に言って(・・・・・・・)お馬鹿な感じがするテルさんだけど、こと戦うことに関しては普段の彼が全くうかがえないくらいの素晴らしい先生だった。

 

 もっと、強くなりたい。そしたら、わたしも────

 

(……………あれ?)

 

 ふと、学校の皆のことを思い出した。

 

 わたしの守りたいもので、隠れ家の皆がいなくなっちゃった今、一番守りたいと思う人たち。

 

 レナちゃんとか、ちよちゃんとか、戸籍を偽って入学していたわたしになんの疑問ももたずに優しくしてくれた友達が、今どうしているのか気になって──────

 

 

 ─────普通の喰種になったわたしを思い出した。

 

 

 皆は、わたしのことを受け入れてくれるだろうか。

 皆は、わたしが人殺しだと知っても変わらず友達でいてくれるだろうか。

 

 

 守りたいものを、守る権利が、わたしにあるんだろうか。

 

(………………………っ)

 

 考え出したらとまらなくなった。

 恐ろしい思いは、わたしの中で膨れ上がってきて─────

 

 

「アリス、続きやろうぜ!………………ん?おい、アリス、おーい、聞いてんのか?」

 

「………………あ、ご、ごめんなさい!なんか、ぼーっとしてましたっ」

 

「なんだよ、疲れてんならそう言えよー」

 

「あ、大丈夫です!あの、続きお願い出来ますか!?」

 

 わたしは心中の不安を押し込めて、断ち切るようにテルさんに訓練の続きをお願いした。

 ソーマさんに無理やり連れてこられて強制的に始めたこれが、今はわたしの心の拠り所だった。

 

「そうか?……ヤバかったらちゃんと休めよ!休んで力を蓄えておくのは基本中の基本だからな!」

 

「………はいっ!」

 

 今は、とにかく強くならなきゃ。

 迷っていたら、非力だったら、大切な命を守れなくなることだってあるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしは、自分を襲う嚇子から必死に逃げていた。

 そんなわたしをあざ笑うかのようにグネグネ嚇子(かぐね)が曲がりながらわたしの体を貫かんとしてくる。

 冗談とかではなく、本気で死んでしまうから、そのグニグニを止めて欲しいと声を大にして言いたい。

 避けていたつもりでも、その後に地味にこちらを切り裂きにくる鋭い突起がとっても痛─────っっっ!!

 

「い、ぎぃっ!」

 

 今も、背中を限界まで反ってかわしきったつもりだった一撃がお腹にぃっ───!!

 

「甘い。」

「う″っ!?」

 

 気を逸らしてしまった瞬間に、後ろに回り込んでいたネオさんの尾嚇が右肩を抉ってくる。

 

「遅い。」

「あ、ぐぅっ」

 

 慌てて距離をとろうと、自分の嚇子を蔓の鞭のように使って地面をたたき、跳んで下がったのに、そこを深く抉ってくる。その際にまた、(いばら)の棘のようなそれに引っかかれ、地を蹴る寸前だった左足を削り取られる。

 おかしい。羽嚇の方が早くて力が強くて、一般的には尾嚇より強いはずなのに。

 何とか反撃しようと、空中で蔓を操り、七本の蔓の槍を作り出し、ネオさんに向けて打ち出──

 

「温い。」

「じっ!」

 

 ──す前に攻撃の手緩さを指摘されながら、ネオさんが横に薙払った嚇子で、わたしの槍衾(やりぶすま)はあっけなく打ち払われた。

 

「緩い。」

「あうっ!」

 

 そのまま下から叩きつけられるように振るわれた彼女の嚇子を、曲芸のように空中で身を捻ってギリギリでかわす。

 もちろんその程度で完全に避けられるわけもなく、棘がわたしの太腿を切り裂いていく。

 

「す、少し待っ──」

 

(あっ───)

 

 ネオさんの瞳に宿る色を初めて見た。

 あれは、本気(ガチ)の目だ。わたしを殺りにきている。

 

「………やる気あるんですか?」

 

 ドスっ、グジヮ、という音が地下の空間に反響して。

 身に覚えのある熱さにおなかを見れば。

 案の定、後ろからぶっ刺されていた。

 

「あ″あ″あ″あ″あ″あ″っ…………」

 

(い、痛、いぃぃ!!)

 

 ………あ。

 

「待って!まだ抜かな」

 

 グチャ ズボズボズボ グッシャア 

 

 ………言ったのに

 

「~~~~~!?………………」

 

 わたしの必死の願いも虚しく、獲物を痛めつけてなぶるためにあるかのような棘尾嚇が、わたしの体から勢いよく引き抜かれた。

 一思いに殺そうとしているんだな、ということが感じ取れた。

 

(もう、ダメだ………………)  

 

 地面に自由落下。自分の内臓を撒き散らしながらのこの光景は、かなり最近見た。自分の中の何か大切なものが失われていく感覚は、最近よく顔を出してくる。この子が運んでくるのは、不安と悲しみだった。

 

 ああ、これが図書館の本に書いてあった重力加速度なのn

 

 ゴン

 

 急速に暗くなっていくその視界の隅で、「あっ……」という表情をしたネオさんが見えた。

 やった、ネオさんの、表情の、変化、げっ……と………──────

 

 

 

 

 

 

 ────パシンッ バシィィン

 

「い″………!?」

 

 頬に二回ビンタを強くもらって、わたしは無理やり起こされた。

 

「ほら、口を開けなさい」

 

(い、いぢぁ!?)

 

「もぎゅ!?」

 

 そして、何の前触れもなく、ネオさんがわたしの顔を鷲掴みしてきて、口をタコのようにして開けさせると、ヒトの肉をズボッと突っ込んできた。

 

(いぃ痛いぃ!な、なんで)

 

「食べないと死にますよ」

 

「!!……ムグ、ムグ……ゴクッ」

 

 ネオさんの恐ろしくて現実的な忠告に従って急いで咀嚼し、飲み込んだ。

 ああ、わたしはまた生きるためにヒトを食べている。

 そろそろお腹が減っていたから、すごく美味しく感じられた。

 

(大切な命を、食べているんだ)

 

 と思いながらもう一口を口に入れる。

 今まで意識してなかったことだし、それを思いながら食べるのはかなり心に来るものがある。でも、命をもらっているありがたさと感謝の心を忘れちゃだめだ。

 それだけは絶対に守っていかなきゃ。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「お粗末様」

 

 ネオさんはいつも通りの無表情で私に返す。

 

「はっは、ネオもなかなかエグいなぁ!嚇子でガキの腹に穴開けすぎだろぉ!」

 

「では、テル、あなたのお腹を開けて差し上げよう」

 

「おいアリス、その肉は俺が持ってきたんだぜ?感謝しろよ!」

 

 テルさんがわたしに恩着せがましい言い方をする。

 ていうか、いつの間に戻ってきていたんだろう。ネオさんとわたしを2人きりにして、よくものうのうと………っ!

 あの現場(スプラッタ)見ていたなら止めて欲しかった。

 

 わたしはネオさんの膝枕でしばらく休み、おなかに開いた穴をようやく治せた。

 

「ありがとうございます、ネオさん」

 

 釈然としないものを感じながら彼女にお礼を告げる。

 

「いえ、お構いなく。

 ……ちなみに、今のお肉はこちらの方のものです」

 

「え″っ」

 

 ネオさんの指さす方向につい目をやってしまった。そこには、

 

「──────────」

 

 おなかに穴が開いて物言わぬ骸になってしまったヒトが。

 

「あ″ぅ………」

 

 とっさに食べたものを吐き出そうとして踏みとどまり、しくしくと涙を流すわたしを、ネオさんが不思議そうにみる。

 

「……おなかが痛いのですか?捕れたてのものを用意したのですが。

 ………………あ、服がないということが良くなかったんですね。すまない、配慮に欠けてしまっていた」

 

(違いますそうじゃないっ……!)

 

「わたし、ヒトの命は大切にしようと思ってたのにっ、こんな、こんな簡単に命を奪ってしまうなんて、うぅぅ……」

 

「え、大切に食ってんじゃん」

 

「そうです。新鮮なお肉は、狩りたてのヒトです。新鮮なお肉は美味しいですからね。食べたいときにすぐに食べれるのがいい」

 

「なんでそうなんですか!?」

 

「喰種の命を奪う周期がそうなってるだけです。クマが川でサケをえいやってやるやつと同じです」

 

「………なんか、絶対におかしい。少し難しすぎないでしょうか」

 

 彼女の言っていることを、誰か翻訳して欲しかった。

 

「おかしくねぇって、アリスの方がおかしいんだろ」

 

「え…………わたしがおかしいんですか?」

 

 予想外のテルさんの言葉に動揺する。

 彼の頭は少し残念なんだろうな、と心のどこかでそう思っていたのに。

 テルさんにわかって自分にわからないことがあった、ということにかなりショックを受けた。

 

「そうだ。アリス、生きるために命を奪うことを受け入れるなら、そのタイミングはあなた次第なんだということを受け入れなさい」

 

 ああ、わたしが間違ってたんですね。理解しました。理解してないけど。うぅ……

 

「……………わかりました」

 

(そんなの傲慢だぁぁぁぁぁぁぁっっ!!)

 

 わたしの魂の慟哭は、暗い地下の風景に虚しく音無く響いていった…………………

 でも、喰種として生きていくには、受け入れなければならないのだろう。

 

 わたしは諦めて、ネオさん達の考えを受け入れた。

 

(なんでこうなっちゃったんだろう?どこで間違ったんだろう?)

 

 そう思わずにはいられなかったけれど。

 

「分かってもらえたようで良かった。残さず食べてください」

 

「…………はい」

 

 人生、いや喰種生、諦めが肝心、なの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるビルの屋上にて、人影が2つ、黒に染まった空を照らすようなまばゆい夜景を見下ろしながら、言葉を交わしていた。

 

『──爺さんは死んだのな』

 

『ええ、捜査官どもが和修のクソジジイの『《赤天狗》駆逐』をそれこそ天狗鼻で喧伝してましたからね』

 

『ちっ……』

 

 しかし、彼らの使う言葉は日本語ではなく、中東地域の言語だった。

 舌打ちをした男が続ける。

 

この国(日本)は和修が強過ぎるっつうか邪魔すぎ』

 

『まあ、奴らはそれ(喰種狩り)専門ですからね』

 

『はあ……あのジジイ、引退したんじゃねぇのかよ。部屋に閉じこもって一生趣味の悪いおもちゃ(クインケ)作ってろよ。んで?ウチの被害はどんなもんよ?』

 

『30はくだらないですね』

 

『あーあ、またたくさん死んだよ』 

 

『しょうがないっすよ。あっちはジジイに加えて特等三つも叩き込んできたんですもん、13区の掃除でもする気だったんじゃないすか?それに、例の高校生捜査官の彼が大活躍でしたからね』

 

『ったく、またアリマかよ。あいつにゃ会いたくねぇな』

 

 そう言いながらもニヤニヤと笑うのは、黒い髪に深緑の目をもつ男だ。

 

『でも、天狗の爺さんがかなり頑張ってくれたおかげであちらさんの戦力も大分削れましたからね。ウリエとか、サトウとかは元気っぽいですが』

 

『なんだよそれ、二区に対してちっとも嬉しくないどころか迷惑過ぎんだろ。爺さんめ、特等くらい潰しとけよ』

 

『要求が無茶すぎですよ』

 

『何言ってんだ、レートSSSの嚇者だぜ?あの老いぼれ(手抜き)野郎め。……っち、遺言守ってやったってのに』

 

『守ったって、完全に偶々(たまたま)じゃないすか。寄り道してた証拠だし』

 

『良いじゃねえか。結果がすべてだ。それに、アレは予想外に使えるぞ』

 

といって悪い笑みを浮かべる。

 

『あれ、戦わせるなよって言われてたじゃないすか、ソーマさん』

 

『今はそんなこと言ってる余裕ねぇっつうの』

 

 ソーマさん、と呼ばれた男はやれやれと肩をすくめる。

 

『今時戦えねー喰種なんて生き残れねぇし、ウチには荷物を背負ってるような余力がねぇ』

 

『(よく言いますよ、自分で背負い込んだくせに。)』

 

『なんか言ったか?』

 

『いいえ別に。てか面倒いだけじゃないんですか?東京のアナグラに閉じ込めたりして』

 

『そんなわけねぇっつってんだよ、ヘンリー』

 

『じゃあなんで?』

 

 ヘンリーと呼ばれた金髪の男が、茶色の瞳に疑問を浮かべてソーマを見た。

 

『そりゃ使えるからだよ。さすがは《聖女》の妹だ』

 

『そんなに?』

 

『ああ、育て方によっちゃ、二年もあればてめぇよりも強くなること間違いなしってくらいだ』

 

『化け物じゃないすか』

 

『天才すぎんだよ』

 

『あ、そっちか』

 

『血だろうなぁ。まあいいや、とりあえず俺らは好き勝手に、片されないように気をつけて楽しもうや』

 

『そりゃそうでしょうよ。あ、アリマは調べます?』

 

『止めとけ。下手に藪をつつく必要はねぇよ』

 

 へい、と返事を返して、ヘンリーは腰掛けていた屋上のへりから飛び降りていった。

 

 後に残ったソーマという男の右手の下には、顔の右半分が黒く、左半分が白いマスクが置かれていた。

 

 それはまるで、葛藤に苦悩しながらも、それを悦楽としてを求める者のようで、涙を流しながら、顔を歪めて嗤っているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 




頑張りました。
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