どうぞ。
(───こんなの、やっぱりおかしい!)
わたしが初めてヒトの命を奪い、それを食べた日から、すごく長い時間が経っていた。
テルさんは、
「ちょっと仕事に呼ばれてっから」
と、少し前にどこかに行って、暫く帰ってこない旨のことを伝えてきたから、再会は随分経ってからだろうな、と思う。
喰種としての“常識”を、それまでの常識と良心を諦めて受け入れていたわたしは。
今まで感じていた、いや、囚われていたと言っても差し支えないような高揚感から解放されて、安心しながら死の危険に怯えるという人生初の体験をしている。
自分でも器用だな、と思える状況。
今なにを考えているのか、なにが正しかったのか、どうすべきだったのか、自分でもよく分からなくなってきてしまってきた。
頭に
ヒトの命をわざわざ奪って、全て食べることなんて無かったのに。
こんなことしなくたって、わたしは死んでしまったヒトのお肉を少し食べるだけで十分だったのに。
戦って喰らって戦って戦って拳を交え蹴りの応酬をして襲い来る赫子を赫子を赫子を赫子をかわしてかわして避けて逃げて喰らって穴を開けられ手をもぎ取られ喰らって足を切り裂かれ────────
わたしの腕の肘から先を食いちぎったネオさんが、
「ああ…………………っ」
と恍惚とした表情で宙を見上げ、獲物を見る目でこちらを見てきた瞬間に、それまでの興奮が波を引くように去っていって、後に残ったのはただ、この場にいることに対する不安と恐怖だった。
なにが正しくて、なにが間違っているのか、理性にまで表出してきた喰種の獣性が、わたしの従っているべき良心を、あるべき思考を鈍らせていたんだ。
戦ってはヒトの肉を喰らい、傷ついてはヒトの肉を喰らう。
避けていた赫子の使用も躊躇わず、ただ自分のエゴを満たすためにヒトの肉を喰らう。
喰種の本能を刺激するには十分すぎる環境だった。
(………ああ…………わかったわ)
ソーマさんの狙いはこれだったんだ。
「あなた方はオカシイですっ!!少しは落ち着いて、こんなこともう止めてください!」
わたしの喰種としての本能を引き出して、非戦闘員だったわたしの人生を、無理やりこの方達の戦力にするための。
痛みに慣れさせ、ヒトの肉を喰らうことに慣れさせ、他人を傷つけることに慣れさせ、赫子の扱いに慣れさせ、
「考え事して余所見したり、」
わたしが
そのための、“訓練”と言う名の───
「口動かす暇があったら………」
────あ
「体を動かしなさい」
「あ″あ″あ″あ″あ″あ″っ っ っ」
おなかに何度目かも分からないような突貫工事を施されて、わたしはその痛みに絶叫した。
ハイになっていた時は、わたしも頭がおかしかった。
というか、ソーマさんにとてつもなく危険なクスリを盛られてたんじゃないかって疑った方がいいレベルだ。
殴られ切られ、何度おなかに穴を開けられようと、それを埋めて治すためにヒトの肉を食べることも、それがわたしを強くするための愛なんだって思って受け入れてしまっていた。
よく考えてみれば誰にでもわかることだった。
「も、もう止めて、くださぃ………」
例え喰種だから死なないと言っても、無闇におなかに新しい穴を作ってはいけない。
当たり前。
そしてそれを埋めるためにヒトを喰らうなんて、普通に生きるために他者の命を奪ってしまうことよりも、ずっと非道い罪だ。
それが、自分で穴を開けられることを受け入れているようじゃ、もうどうしようもない。
こんなの間違っている。
わたしの抗議も虚しく、
「ほら、新しいお肉ですよ」
と、ネオさんが無表情で肉を押しつけてくる。
(ああっ イイニオイ 色も新鮮で 血がしたたって タベタイナァ ……………っ!)
すんでのところで体を押し止め、ネオさんから受け取ろうとしていた肉から慌てて飛び退く。
ビチャビチャ ボトボト
(~~~~~~☆)
その激しい動きに、開いた穴から臓物が出てきて、何度味わっても慣れない、自分から大切なナニカが出ていく感覚に怖気が走り、遅れてきた臓物喪失の痛みがおそってくる。
目が、ちかちかする。
「なんですか、なんで避けてるんですか?
今さらでしょう。あなたは喰種なんだから、ヒトを必要な時に食うことを躊躇ってはいけない。それはあなた自身の命を粗末に扱い、あなたが今までもらってきた命を無駄にして、踏みにじることだ」
「……………それ、なら」
心の中にむくむくと育っていた感情をさらけ出す。
「それなら、わたしが死んだら、ネオさんとテルさんがわたしを食べればいいんです………っ!」
「………………」
ネオさんがはっとしたような表情になる。
まさかわたしの訓練と人肉喰らいを正当化するための持論が裏目にでるなんて思っていなかっただろう。
「あなた方がわたしを食べればっ、わたしの命は、わたしの奪ってきた命は、決して無駄にならないじゃないですか!
わたしが
「………………」
「ヒトの命を、余分に奪うことなんてやるべきじゃなかった!
わたしは少しだけ食べれればそれで生きられた!」
唖然として黙り込むネオさんに畳み掛けるようにわたしは言葉を紡ぐ。
長い間の疲労と苦しすぎるわたしへの調教に、わたしの心はもう折れていた。
「もういっそのこと、わたしを殺してくれれば「アリスはさ、」
突然、わたしの言葉を遮るようにしてネオさんが尋ねてくる。
「自分から死にたいとおもってるの?」
「─────」
( え?)
ネオさんは、本当に不思議そうな顔をしてわたしに聞いてきた。
「そ、それは、」
予想外の問いに言葉がつまる。
わたしを食べろ、なんて言ったけど、わたしは、まだ、例えこんなところにいたとしても、まだ死にたくなかった。
「あなたが最初に自分で殺して食べた彼のこと、憶えてる?」
「え?も、もちろんですよ!」
そんなこと、忘れるわけがない。
「そのときにあなたはなんて言ったの?」
「え、えと…………あなたの命を、大切にしますって」
「あなたがあなたの命を諦めることは、彼の命を大切にしてることにはならない」
先ほどまでの、わたしをなぶるような視線を孕んだ顔ではなく、真剣さを帯びた顔でネオさんが言う
。
ネオさんは、わたしが思ってたよりずっと表情の変化があった。
「力なき故に、力ある者に好き勝手に蹂躙されるのが、傲慢を振るわれるのがイヤだったんじゃないの?
大切なものを奪われるのがイヤだから、それをされないために力が欲しかったんじゃなかったの?
あなたが殺したっていう捜査官は、あなたの生きたいという、生き物として当然持つべき、あなたのエゴで死んだのでしょう?」
「……………っ!」
「今さら自分のエゴを否定しようだなんて、そんなことはできない」
(………そ、それでも)
「…………わ、わたしは、わたしの良心がダメだと思うことはしたくない!無闇に誰かの命を奪うのはだめなんですっ」
「……………あなたの“良心”では、確かに誰かを殺すことは受け入れられない“悪”なのかもしれないけど」
ネオさんは、わたしを優しげに見つめながら続ける。
「あなたの命を奪おうとする誰かも、あなたの大切な誰かを殺そうとする奴も、同じように“悪”なのではないか?」
「………………」
「大切なものを守るのには、力が必要だ。
それをつけるために奪う命は、お前にとってどんなものだ?
それはあなたの良心に背いているの?
あなたの大切なものを守れる力を持たないことは、良心に従っていることなの?
全ての欲望にあらがうこと無く従っているのは、あなたの良心に背くかもしれない。
でも、自分の欲望をすべて捨てて、ただ他者に呑まれ、奪われるのは、本当に受け入れられるのかしら?
アリスは、どちらを守るの?
あなたの命と、あなたにとって大切な命?
それとも、お前の大切なものを奪う命?」
…………どちらだなんて、そんなの、選べないよ。
それを選ぶのは、あんまりにも傲慢だ。
「全ての生き物は、無意識のうちに、自然に命の取捨選択をしている。
それは、どんな生き物も逃れられないことよ。
それを意識してやるのは、お前の心に大きな負担になるぞ。
でも、あなたがキチンと考えて、選択の責任を忘れずに生きていくなら、それは決して悪じゃない。
それどころか、それを意識しない者たちよりもよほど、謙虚で素晴らしいことだ。
苦しいもの。そんなこと、進んでやろうとは思わないわ。
でも、もしお前が悩んだ末に決定した命の選択なら。
それは、きっとあなたにとって最も正しくて、あなたも受け入れられる結果になるんじゃないかと、私は思う」
「ネオさん…………っ!」
ネオさんは、わたしの抱えていた苦しみに真面目に応えてくれて、しっかりと彼女の答えを伝えてくれた。
「確かに人間には受け入れられないことね。
恨まれるかもしれないし、拒絶されるかもしれないし、逆に命を奪いにおそってくることだってある」
その言葉に、わたしの肩がビクッと反応する。今、何よりも恐れていることだった。
自分の良心に従っていた方が、やっぱりいいんじゃないか。
どちらの方が、よりイヤなんだろうか。
「でも、それは例えば、ヤマアラシが天敵から身を守るために棘を背中に持っていることと同じ。
ハンミョウが力強いアゴで天敵に反撃するのと同じだ。
自然なことなんだからね。
人間に嫌われることを悲しんだり、それが辛くて自分を諦めるのは、おかしいんだ」
ネオさんの言葉に、わたしの中にあった躊躇いや、不安がだんだんと晴れてくる気がした。
「…………少し、考えさせてください」
「いいよ。
お前には辛いことだろうが、耐えろ。
あなたなりの答えを、あなたが出してみて。
落ち着いて考えて、自分でちゃんと納得できる答えを生み出すことが出来たら、それを大切にしてね?
今まではテルやソーマに同調して、刷り込みでも善いのでは、と思っていたが、アリスが自分の意志で心の底から納得できる思想が出来たら、そっちの方がぶれなさそうで良い。
アリスはもう、私たちの大切な仲間なんだから」
失礼なことを言ったのかもしれない。
わたしは彼女に殺されても文句の言えないことを言ったのかもしれない。
彼女に、彼女達にとっては、わたしがなにも考えずに自分たちに従っている方が望ましかったのかもしれない。
でも、これからわたしがソーマさん達に加わったとして、大切な場面で迷ったり、選択を躊躇うようなことで彼女達を傷つけたり、危険な目に遭わせたりしたら、わたしは今までに比較できないほど後悔したはずだ。
だって、ネオさんが、わたしを大切な仲間だって笑顔で言ってくれたから。
いつの日か、千夜ちゃんに、
「アナタって、ホントに情に流されやすいわね。
そう言うのをチョロインって言うらしいわよ」
と言っていたとおり、わたしはチョロいのかもしれない。
でも、少なくとも、ソーマさんではなく、ネオさんの笑顔だったら、信じてもいいんじゃないかなって思う。
ネオさん達が、わたしの大切な、守りたいモノだって思っても、良いよね。
「…………ネオさん、もう一合わせお願いしても良いですか?」
「うん。もちろんだよ。
ま、せいぜい腹に穴、開けられないようにするんだな」
「ひっ…………お、お手柔らかに…………」
わたしは引きつった顔でお願いしたけど、彼女の表情を見るにそれは不可避な未来なんだろうな。
少しだけ、まだ心に残った違和感に首を傾げながら、もう一度わたしは他ならぬ“わたしのため”に、半径の小さい赫子を数本背中から出して、ネオさんに向き合った。
一回だけって言ったのに、あれから何度も何度も、前から後ろから、時には横から覗けるようにおなかに穴を作られて、穴の修復のために何度目かも曖昧な摂食のとき。
今まで食べていた、至福の味を提供してくれていたお肉とは違って、控えめに言ってすごく不味いお肉を食べて、
(でも、飲み込まないわけにはいかない!
食事が不味いことを顔に出さないのはよく練習したから得意なのよ!)
と思って、意地で食べきった後。
わたしの反応をジーッと見るネオさんを見て、
(あれ?ま、まさか、顔にでてた………?いや、最近やっていなかったけど、そこまで鈍っているはずは………)
と考えていたのだけど、ネオさんはわたしには何も言わなかった。
じゃあ何だったんだろう、と思って、ふと、ネオさんに対して唯一残っていた違和感の正体に気づいた。
ネオさんと話していたとき、1対1で話している感じがなくて、どちらかと言うと、なんとなく、二人のネオさんと話している気がしていたんだ。
まるで、ネオさんが二人いるかのような。
なんとなく、そんな変な雰囲気があったきがした。
(やっぱり気のせいかな?)
わたしの疑問は、ネオさんが唐突に再開した虐待、もとい訓練によって意識の彼方に漂っていって、いつの間にか忘れてしまっていた。
いかがでしたでしょうか。
明日から、まだ会社の方もいれば、学校が夏休みの方もいらっしゃると思います。
私は、明日から補習です(泣)
化学って、なんでしょうかねぇ?
あれは、ちょっとだけ憎んでます。私の夏休み………
国語と英語と数学は発展講習みたいなのに出られるんですよ!本当ですよ!?
蝉がたった二週間の余命をかけて、命を燃やしています。夏の風物詩ですね。
家の朝顔も綺麗な花を咲かせるための蕾を頑張って作っています。
補習等々が終わったら、長野の祖母の家に行って高校最後の夏休みをすごしたいと思っています。
ヒマワリが綺麗なんですよ~。
あと、個人的には旧家の襖全開からの風鈴ぶら下げて濡れ縁に寝っ転がりながらああ~って言うのが一番好きです!
暑い日が続きますが、お疲れのでませんように。
では。