東京喰種√D   作:白雫

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暑い中、皆様お疲れさまです。
ウナギとか、食べたいですね。




第9話 地上へ

 

 

 カツン、カツンと、前を行くネオさんの足音が地下道に響く。

 音を反響するこの壁は、実は喰種(グール)の体のように再生するのだということを、1ヶ月もここにいたのに先ほど初めて知った。

 

 少し前の、見知らぬ喰種との戦闘の時に、無惨に穴を開けられた太い柱が、時間の経過と共に再生していったときはびっくりした。

 驚きすぎてそこら中の壁を花の羽嚇を放って爆ぜさせて破壊し、わたしがやっても再生するか試してみてしまったくらいに。

 

 それにしても、穴が開いている光景になんだか既視感と同情を覚えていたわたしは、何も食べず、命を奪うことなく穴を塞げる壁が妙に羨ましかった。

 

 穴と言えば、あの喰種だ。後少しでわたしの体を蜂の巣にしようとしていた彼女の嚇子(かぐね)も、そう言えばわたしと同じ羽嚇だった。

 

(これぞ羽嚇だ!ってかんじだったなぁ)

 

 ふわふわした感じの背中の羽嚇から、まるで羽根を刃にして飛ばしているかのようだった。

 どこぞの喰種の花咲(はなさか)嚇子とは格が違うというか、嚇が違う。

 

 あと、暗闇の中に光る嚇眼も、わたしと同じ片っぽだけだった。

 なんだかわたしと共通点が多そうだったし、なんか仲良くなれそうだな。

 

 

 …………………それはないな。うん、それはない。

 

 あの子、わたしを遠慮容赦なくいきなり攻撃してきたし。なんか、ネオさん達みたいに戦うことが好きそうな喰種だったし。

 わたしはそんなんじゃないからなぁ。みんなと仲良くしたいと思ってますので!

 嚇眼も、戦い過ぎて怪我して見えなくなってただけかもだし。片目だけな気はしなかったけど。

 

 ………まさか、わたしの暗視能力が衰えていたり?

 どうしよう。24区の喰種にとってはこれ致命的すぎるよ。

 

 

 そんな風に、取り留めもないことを考えていると、

 

「アリス、この1ヶ月間、よく頑張りましたね」

 

「え?あ、ありがとうございます!ネオさん達のお陰です!」

 

 そう言えば、わたしここに1ヶ月もいたんだよなぁ。

 なんだか、隠れ家で楽しい生活を送っていたのがずっと昔のことに思えてきて、少しだけ寂しかった。

 

「アリス、お前が自分で努力して生きようと思わなければ、この結果は得られなかったんだ。誇って良い」

 

「え、エヘヘ………」

 

 それでも、ネオさんに誉められると、頑張って良かった、と思える。それになにより、

「大切な仲間だ」

ってネオさんに言ってもらえたことを思い出すと、嬉しくて、つい笑顔になってしまう。

 

 ここまでしてもらってきたんだ。

 自分の意志でこうなってしまったとは言えないけど、せめてもの恩返しくらいしたかった。

 ひと月前にソーマさんが、わたしを戦力として扱うぞー、的なこと言ってたし、多分これからも戦うことになるんだろうな。

 そういうときに、ネオさん達に少しでも役立てたら良いなって思う。

 あんまり命を奪うことには慣れたくないけど。

 

 

 

 

「アリス」

 

 と、唐突にネオさんが言葉を発する。

 

「なんですか?」

 

「喰種の肉の摂食についてなんだが、」

 

 え?喰種?喰種は美味しくないんですが……。

 

 はっ、まさか!

 

「も、もしかして、喰種のお肉って、毒だったり…………?」

 

「いや?そんなことはないぞ」 

 

 あれ?じゃあ一体なんだろう。

 

「喰種は不味くて、とても喰えたもんじゃないが、」

 

 いや、わたし食べさせられましたよ?お腹いっぱいに。

 て言うか、よく三人分も食べきったよわたし。

 時間こそかかったけど、なんか胃袋が無限に消化してるんじゃないかな、ってぐらいに際限なく食べれてた。

 

「喰種にもRc細胞はかなり多くふくまれているからな。特に嚇胞は残さず食べろよ。

 嚇胞は知ってるよね?」

 

 そりゃ、奪ってしまった命は責任とって食べますけど………

 

「一応は知ってますよ。嚇子が出てくるところですよね?」

 

「そうそう」

 

「で、でもなんでまた喰種の話を?わたしはてっきり、捜査官さん達と戦うものかと…………」

 

「私達のグループは、捜査官達とは勿論争うけど、喰種とも闘うこともあるわ。

 いわゆる縄張り争いとか、勢力争いみたいなもんだ」

 

 あ、そっか。

 喰種同士でも、喰い場を巡っての争いとか、派閥争いとかがあるから気をつけろって『おじいちゃん』も言ってたな~。

 あの時はふーん、程度にしか聞いてなかったけど。

 

 よもやそこにわたしが巻き込まれるようになるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 大分移動したから、もうすぐ地上にでられるんじゃないかなって思う。

 久しぶりにお天道様の下にでられる!

 

 なんか、この言い方だとわたしが監獄の虜囚に聞こえるなあ。

 実際そんなもんだったけど。悪いことしてないとも言い切れないし…………ん?

 

 ………………あ。

 

 ようやく気づいた。

 喉元に引っかかったヒトの小骨のような違和感が、すっと消えたような感じ。

 

 ネオさんが、二人分いるかのような錯覚の原因。

 それはネオさんの口調が、変わっているってことだったんだ。会話の中で、まるで別人が話しているかのように。

 一人称とか、語尾とか、話し方がまるで別人のように変わっていた。

 一度気づいたらなんで今まで気づかなかったんだって思うくらいに、あからさまに違っていたのに。

 

 

「あの、ネオさん」

 

「うん?どうしたのですか?」

 

 ネオさんがこちらを振り返って言う。

 今のは、優しい話し方。女性らしい、お淑やかさがある。

 

「ネオさんって、なんか、よくしゃべり方が変えたりしてませんか?」

 

「ん?ああ、それか」

 

 ネオさんは再び前に向き直って話を続ける。 

 今度はシビアで、かくかくした感じの凛々しい話し方だ。

 

「さっき、嚇胞を食べろって言ったでしょ?」

 

 無言でうなずく。

 

(あ!こっち見てないんだから返事が伝わんないじゃん!)

 

 でも、ネオさんはわたしの頷きの雰囲気を汲み取ってくださったらしく、

 

「喰種の個体一人一人が持つ嚇子の種類は先天的に決まっているでしょう?

 これは、Rc細胞が、それぞれ嚇子の種類によって使われ方が違ってくるからなんだ。

 例えば、尾嚇の嚇子を持つものなら、尾嚇を出すためのRc細胞の運用しかできないのです。それを制御するのが嚇胞なのですけど、」

 

 と、ネオさんが嚇子をズボンの腰の上から出して続ける。

 短パンからスラリと伸びた細い脚が、強靭で真っ黒なネオさんの尾嚇と対比を成していた。

 

「私のこの尾嚇は、私の尾てい骨のところにある嚇胞から出ています。

 尾嚇の嚇胞は、基本的にこの辺りにある。

 羽嚇なら肩辺りに出現する通り肩の辺りに嚇胞があり、甲嚇なら肩甲骨の下辺りに出てくるのでその根本に、鱗嚇は腰の辺りにありますね。

 この嚇胞では、他の嚇子、例えば鱗嚇とか、甲嚇を出すことができない」

 

 ネオさんは次に、Tシャツの後ろ襟から、さっき初めて目にした彼女の羽嚇を出した。

 

「でも、アリスみたいに、生まれながらに嚇胞を複数持っていたりする喰種もいる。

 そうすると、こんな風に、喰種一人で幾つもの種類の嚇子を扱うことができるのです」

 

「………なるほど」

 

「でも、先天的に嚇胞が一つしかない喰種でも、嚇子を複数種類、あるいはすべての種類の嚇子を使うことが出来るようになる方法がある。

 それが、喰種の共喰いというものです」

 

 同族ってことは、喰種が人間じゃなくて、他の喰種を食べるってことだよね。

 ……………あれ?それ、なんか、わたし、半強制的に共喰いやらされてしまってないかな?あれれ?

 

「喰種は他の喰種の嚇胞を体内に取り込むことで、自分の嚇子を強化、あるいは新たな種類の嚇子を使えるようになるの」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!それ、もうわたしやっちゃってませんか?」

 

「ああ。やっちゃってるね」

 

 ネオさんは、どうやら食事の面からもわたしを強くしようとして下さっていたらしい。

 な、なんて良い方……!

 

「でも、良いことばかりというわけでもない。

 良いことばっかりだったら、喰種は皆さん例外なく、人間を狩るよりも同族を狩ることに走っていたはずです」

 

 その言葉に、わたしはピシリと固まる。

 歩みを止めてしまったわたしに振り返り、話を続けるネオさん。

 

「まず、人間の肉とは比べ物にならないほどに不味い。お前、さっきよく全部食べきったよな」

 

「…………なんかそれ、誉められてる気がしません」

 

「ま、まあとにかく。他の喰種の嚇胞を取り入れることによる自分の嚇子強化は、私達の中ではソーマさんが最初に気づいて、他の強力な喰種も行っていることが分かったんです。

 だが、ソーマさんが更に調べた結果、それらの喰種には、何らかの問題が見られることが分かった。

 例えば、殺すことに快楽を覚える者、ひたすらに肉を喰らい続ける者、性格が残忍過ぎて捜査官達に討伐されてしまった者。いろんな喰種がいました」

 

「…………」

 

(なにそれ怖い)

 

 冷や汗が背中を流れる。

 纏めると、共喰いで嚇胞を取り込むと、凶暴になっちゃうってことですよね。

 

 この話の流れだと、ネオさんって、もしかすると──

 

「私も、他の喰種の嚇胞を食べた後から、私の中に別の私が出てきたの。

 どうやら、共喰いで嚇胞を食べるというのは、力を得る代償に、喰種としての道を外れる禁忌だったようだ」

 

 ………………禁忌、ですか。

 

 

 禁忌って言葉の意味、ご存知です?

 

 

(ウワアアアァァァァァン!?)

 

「お、おええええぇぇぇぇぇっ!!」

 

 急いでさっき、残さす食べきってしまった喰種の男達のお肉を吐き出そうと舌奥に手を突っ込む。

 

「まあまあ、待て待て。

 そんなに早まるものではないですよ?」

 

「早まりますよ!?わたしの中のわたし!?それ、完全に心を病んでいらっしゃいますですよ!?」

 

「うっ…………。

 じゃ、じゃあ───お前の殺してしまった喰種の命と魂を(ないがし)ろにしないことこそ、嚇胞を食べて、自分の新たな嚇胞にしてさしあげるっていうのはいかがですか?」

 

「う………」

 

 そんな言い方をされてしまうと、共喰いをして嚇胞を食べることに対する忌避感が薄れてしまう。

 いや、やっぱり自分の中に自分がいるだなんて感覚は、出来れば味わいたくない。

 

「で、でも」

 

「それにだ。

 もし、アリスの殺した喰種が嚇胞の無事なまま捜査官達の手に渡ってしまったとしたらどうでしょう?

 捜査官達(やつら)武器(クインケ)は増え、あなたの奪った同朋の命は弄ばれ、さらに多くの無辜の喰種に被害が及ぶんだぞ?」

 

「うう…………」

 

「今さら、自分のために誰かを殺したくはないとは言わせないですよ?」

 

「そんなこと言いませんよ!」

 

 そこははっきりさせておくとして。

 

「とは言え、他の喰種の嚇胞を取り込んだ喰種は得てして、その取り込んだ喰種の影響を受けたり、本能に流されて我を失ってしまうことが多い。

 コロコロと主張が変わってしまう私の身勝手な話ではありますが、私のようにはならないとおっしゃってくださいませんか?

 アリスには、今のアリスを失ってほしくないんだ」

 

 ネオさんの顔には、わたしへの心からの心配が滲んでいるのが見て取れた。

 話している途中にも、口調が不自然に変わっている。一度気づいてしまうと、自分の中に複数の人格が形成去れてしまうということのおかしさ、不気味さが際立って感じられた。

 

 でも。

 今さらそんなことで怖じ気づくことは許されない。誰よりこのわたしが許さない。

 こんなにもわたしのことを思ってくださるネオさんの言うことだ。どうして拒否することがありましょうか。

 

 わたしは、ネオさんに安心してもらうため、ネオさんの信頼に応えるため、恥ずかしくはあるけれど、わたしの中の決心を言葉にして彼女に伝えることにした。

 

「わかりました。

 嚇胞は食べます。自分で殺してしまった喰種の方のお肉は、責任を持ってしっかり食べます。

 でも!わたしは、頭がおかしい子にはなりたくないです!

 殺してしまった方がわたしの中に居続けるというのは、わたしにとってはむしろ歓迎すべきことです。その方のことを忘れないですむのですから」

 

 先ほど喰らい尽くした男性達を思い浮かべながら話す。

 

「わたしが奪ったすべての命が、わたしの血肉を作り、わたしの力となってくれるのでしょう。

 でもわたしはわたしを見失うことは絶対に避けたいです。

 わたしはわたしなんです。大切な自分を、わたしが喰らった誰かに乗っ取られることだけは、絶対にさせませんから。

 ですから、ネオさん」

 

 必死に自分の心の中でごちゃ混ぜになっているバラバラな言葉を紡ぎあわせて、わたしの気持ちを伝えられれば。

 

「うん」

 

「これから、わたしの大切な仲間でいてくださいますか?」

 

 わたしは、命を懸けてでも守りたいと思えるような、大切な仲間が欲しい。

 『おじいちゃん』達がわたしににしてくれたように、わたしも自分の大切な方を守りたい。

 

「………もちろんですよ。

 アリスはすでに、私の、いや、私達の大切な仲間だ」

 

 その言葉に、頬が緩み、心がフワッとした喜びに満たされた。

 

「───その通りだよ~、アーリスちゃーん!」

 

 突然、聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。

 

 少しの懐かしさを覚えながら見上げると、

 

「やあやあ久しぶり!」

 

 ソーマさんがわたしを見下ろしていた。

 マスクを外した状態を見たのはこれが初めてだなぁ。

 

 

 ……………ん!?

 

 いや、あれはソーマさん、なのかな?

 なんか、スゴくイケメンな外国人の男の人にしか見えない。

 声がソーマさんに酷似してるだけの別人では…………?

 

「ねぇねアリスちゃん、今なんかすんごく失礼なこと考えてなかったかい?」

 

「い、いいえ別に」

 

 うん、彼は間違いなくソーマさんだ。ソーマさんに違いない。鋭いし、ムカつく感じの口調なんかはばっちりソーマさんだった。

 

「ほんとかなー?」

 

 まあいいや、とソーマさんが呟いた。

 

「上がっておいで!よく頑張ったね!」

 

「………ええ、なんとか」

 

 少しだけ照れくさい。

 ただ、彼らと送るこれからの生活にワクワクしてしまっている自分を感じていた。

 

「早く上がってきなよー、っておいおい、アリスちゃんパンツ一丁じゃん!」

 

 なんだか自分でも慣れてしまったこの格好を指摘されて、はっとする。

 慣れって怖いなって思いました。

 

「え?ああ、これは戦ってるときに破れ」

 

「うわー、痴女がおるよー、俺、アリスちゃんは大和撫子だと思ってたのぎゃー!?こら!羽嚇飛ばさない!!」

 

 なんか失礼なことをほざく輩がいたので蟻の巣作って差し上げようと思ったのに。

 蟻の巣は、一つの穴から沢山の穴に分岐するんですよ?穴を一つ作った後に爆ぜさせてそこから沢山穴を作ろうと思いまして?

 

「まあまあ落ち着いてっ!こんなこともあろうかと、ちゃんと服は用意してあるからさ!そこのハシゴで登っておいでよ!」

 

「………分かりました」

 

 渋々返事をして、地上へと続くハシゴに手をかけて、わたしは久しぶりに24区外へと出て行った。

 

 




ではここらで。


次話はもう書き終わっていますが、特にご要望が無ければ明日か明後日に投稿します。
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