ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか 作:BBBs
「……確実に討伐隊のことを待ってるね」
ロキ・ファミリアの団長、フィン・ディムナはホームでもたらされた情報に一言呟く。
『黒焔のアステリオスは8階層に留まり続けている』と。
黒焔のアステリオス討伐作戦が発動してから約7日、各ファミリアとギルドのバックアップで十全の装備を整えている間に得られた情報は常に同じだった。
今までの動向から5階層から18階層の間を行ったり来たりと彷徨いていたが、討伐作戦発動前後から8階層から一歩も出ずに居座り続けている。
一転した行動に一体どういう意味があるのか? 今までの行動から推測したフィン。
「8階層はそれなりの広さだ、それこそ集団戦を行っても問題ないほどに」
「そうだとして、それをどうやって知ったのかも気になるのぉ」
「考えられる奴の目的からも馬鹿げている、と一蹴できないか……」
そう、フィンが言った通りにあのミノタウロスは『討伐隊を待っている』。
「だーかーらーよー! 最初から言ったじゃねぇか!」
ドンっと机を叩きながら立ち上がるのはベート。
「あの野郎は戦いてぇだけだってよぉ!!」
牙を見せ唸るように、ベートは苛立って叫ぶ。
それを見たフィンらファミリア幹部はそのベートの苛立ちを理解できた。
心情からの理解ではなくベートの性格などからの判断、ベートは『アステリオスに見逃された』事で鬱憤を溜めている。
ダンジョンで一人、周囲に仲間が居らずソロであるときにモンスターに敗北すると言う事は、比喩でも何でもなく『死』を意味する。
だがベートは生きてダンジョンから連れだされた、モンスターであるアステリオスと戦って敗北したと言うのに。
ベートの主張する『戦いたいだけ』と言うのも理解できた、アステリオスは誰彼構わず襲いかかるような、ダンジョンで見られる普遍的なモンスターと隔絶している。
通常ダンジョンに湧いてくるモンスターは冒険者を見つければ、見境なく襲ってくると言うのにアステリオスは明らかに『選別している』。
Lv.1や2の冒険者は手を出されなければ相手をせず、油の乗ったLv.3や4には襲いかかる。
また襲われた全員が死亡しているわけではなく、戦って負けたがとどめを刺されずその場を去ったと言う報告もいくつも上がっている。
そう言った情報を統合した結果、黒焔のアステリオスは『戦いたがっている』、もっと具体的に言えば『強者を求めている』と言う結論に至った。
「……全く困るね、
固有の名称を付けられた奇妙なミノタウロスにはもう一つの名が付けられた、それが『
通常のモンスターなら絶対見られない行動を行う、おかしいといえばおかしいが本当にそれが
そもそもあのミノタウロスが未踏破領域から登ってきた可能性もあるし、ミノタウロスに酷似した姿を持つ全く別の存在の可能性も大いにある。
『我々が知らない』だけであれが
「より深層の未発見モンスターか……、はたまた別の存在なのか……」
未踏破階層のモンスター、基本で言えば下に行けば行くほどモンスターは強くなる。
上層の階層主よりも深層の通常モンスター、あるいは希少モンスターの方が強いこともままある。
「未発見だとしても最低でも59階層よりも下、本当に困ったな……」
59階層の発見済み通常モンスターでも一匹なら、アイズとベートなら余程の下手を打たなければ負けない。
その二人をしてあっさりと負かせた、ベートに至っては全力を出してかすり傷一つ付けられなかった。
階層主でもこうは行かないだろう、それほどまでの怪物。
そんなのが上層階、それもダンジョン出入り口付近で彷徨いているなどまさしく
「フィン、お主……」
ファミリア幹部の一人、ドワーフの『ガレス・ランドロック』が気付いて言う。
「ああ、こんな事初めてだ……」
フィンがゆっくりと、皆に見えるように手を挙げる。
「親指の震えが止まらない、それに日を追う毎に強くなってきてる」
うずきではない、はっきりと見てわかるほど明確にフィンの親指だけが震えていた。
それはフィンが持つ力の一つ、『危険を教えてくれる親指』であり、文字通りフィンの身に危険が迫れば親指を通して教えてくれるもの。
奇妙なのは現在ダンジョン内ではなく外のオラリオに居ると言うのに親指が危険を知らせている事、まるで親指だけが逃げようとしているように見えるほどに。
そのフィン・ディムナ、無数に居る冒険者の中で本当に数えるほどしか居ないLv.6の冒険者。
Lv.6に至るまで相応の試練を乗り越え偉業を成してきた、その中で親指がうずくことは幾度と有ったが『震える』ことなど初めての経験。
「相当危険なようだ、それこそ倒したらLvが上がりそうなほどにね」
Lv.6のフィンを持ってしても、アイズとベートを同時に相手をして無傷で制圧することは出来ない。
そもそもどちらか片方であっても無傷とは行かないだろう、それを易く行ったアステリオスはどれほどのものか。
それを聞いて誰もが息を呑む、単身で深層の未到達領域開拓を試みたほうがまだましかもしれないともフィンはつぶやく。
「怖いなら引っ込んでてもいいんだぜ」
フィンを持ってして危険、重くなる空気を払拭したのはやはりベート。
「ベート! あんた!」
横暴な物言いにファミリアの主力の一人、『ティオネ・ヒリュテ』が勢い良く立ち上がるも。
「ハッ! 俺はあの野郎には借りがある、何倍にもして返さねぇと気がすまねぇ!」
ゴンと握った拳同士を勢い良くぶつける、それこそファミリアの方針で討伐に赴かなかったとしても自分だけでも参加すると言いたげに。
「……私も」
そんなベートに小さく手を上げて賛同するのは。
「アイズ! あんたも!」
「……言い訳はできない、だから」
全力を出さなかった、そんなものはダンジョンでは言い訳に成らない。
ミノタウロスだと侮って敗北した、結果論にすぎないがそれが全て。
勝利か敗北か、生か死か、余りにもシンプルな弱肉強食の
ベートと同じように屈辱もあるかもしれない、だがそれと同時にアイズには新たな光が見えたのだ。
乗り越えがたい限界と言う壁にぶつかる中で、今まで見てきたどんなモンスターよりも強大な存在。
フィンが言うように、あれを倒せれば限界を超えれる。
それがわかるほどに、あのミノタウロスは強い。
「なら、決まりやな」
パンっと一度の叩く音、手を叩いたのはファミリアの主神『ロキ』。
「うちの可愛い
嗤う、苛立ちと憤怒を抱擁した笑顔。
「欠片も残らんくなっても、文句はないやろなぁ……!」
牛風情が、そう言いたげに椅子に浅く座ったロキ。
「なんたらの牛、リベンジしたいんやろぉ? なあ、ベェートォ……」
「……と言う訳だ」
もとより参加するとギルドに返事をしている、親指が震えているからといって参加しないなんてことは今更出来ない。
「親指が震えるからといって参加しないなんて出来ないよ、僕も前代未聞のモンスターを見てみたいからね。 それに……、怖いからといって縮こまって震えるような団長についていきたいと思うかい?」
「ハッ! 俺ならゴメンだな!」
「よっしゃ、よくわからん牛をぶっ潰して今夜は打ち上げや!」
禍々しいとも言える笑みから、いつもの胡散臭い笑みに戻したロキが言う。
敵の居場所は8階層、潜って倒して帰ってくる日帰りが出来る。
無論、倒せたならの話では有ったが。
「……皆、無事帰ってこんとしょうちせんで?」
「ハイッ!」
皆が返事をする、危険過ぎる敵ではあるが一致団結して乗り越えてみせると。
「まとまった所でワリィんだが、一つ提案があんだけどよ」
その空気の中で、ベートが軽く手を上げ、アイズも同調するように立ち上がった。
翌日の早朝、中央広場には多数の冒険者たちがひしめいている。
所々に高くファミリアの紋章が掲げられ、それぞれが忙しなく動いていた。
「ひえー、めちゃくちゃ居るじゃん」
いくつも風でたなびく旗を見て『ティオナ・ヒリュテ』が驚く。
それは当然でオラリオの各系統の上位ファミリアが軒並み参加しているのだ。
普段なら数百と言う冒険者が集っても広々としている中央広場が、今は整理され通路用に開けられた道でなければまともに通れないであろうひしめき具合。
同時にアステリオスと戦闘を行う冒険者の武器や防具、戦いのために用意されたアイテムの数々。
百を超える大型ケースが並んで、ダンジョンの中へ運び込まれるのを待っていた。
「壮観と言えば壮観だね、たった一匹のモンスターのためにこれほどの用意をしてるんだから」
やり過ぎとも思えるのも、数少ない一級や二級の冒険者が連続して敗北や死亡していることに起因する。
このまま放って置いてダンジョンから出てこられてオラリオに被害が出る可能性があるし、出てこなくても上位の冒険者が倒され減り続ける可能性もある。
そうなる前に徹底的に叩いておく、それが今回の目的でもあるだろう。
「……ギルドは僕らよりも相当情報を集めていると見ていいね」
普段なら腰の重いギルドが、これ程までに速く動くなど通常なら考えられないこと。
見逃された冒険者の訴えも有ったかもしれない、それでも速過ぎるが。
「何はともあれ、今は黒焔のアステリオスだね」
「話通りなら他のことを考えている暇など無いだろうな」
強いを通り越して『凶悪』と言っていい、下手をしなくても負けかねない。
アイズとベートの言葉を元に戦術はある程度練ったが、まだ見せていない能力も有り得るので慎重に行かねばならないだろう。
フィンは己の中から油断を消して、討伐作戦開始による移動を開始したのであった。
『黒焔のアステリオス討伐作戦』の概要は簡単だ。
まずアステリオスと戦闘を行う冒険者たちの疲労を極力減らすため、湧いてくるモンスターの露払いは各ファミリアから参加するLv.3や4の冒険者達によって即座に駆逐される。
数百名の第二級冒険者の露払いで8階層に運び込まれるケースの安全も保たれ、今も8階層で待ち受けるアステリオスを討伐する。
それだけであり戦闘に関しては冒険者たちに一任され、連携を取るもよし、ファミリアだけで叩いてもよしと、アステリオスを討伐できればいいとギルド。
フィンたちも他のファミリアと連携を取ることなど考えていない、正確に言えば連携など取れよう筈もない。
数が少ない故に必然的に有名になる第一級冒険者たち、だが殆どが名前だけを知っているに留まり。
どのような動きができるのか、どんな攻撃手段を持っているのか、そう言った事はほとんど情報として流れてこない。
知ろうと思えば調べて知ることもできるが、一歩踏み込んだ程度であまり参考に成らない。
そういった事も有り、それぞれのファミリアは連携を取ることは出来ない。
参加するファミリアだけで戦いを挑み、ダメなら次のファミリアが挑む。
全員で一斉に掛かると言う手もあるが、それぞれが足を引っ張り合う可能性も十分ありえるので、それならば各ファミリアのみで攻撃した方がいい。
何より知らぬ冒険者より知る冒険者、連携を期待できるファミリアだけで挑んだほうがはるかに勝率が高いと言うことでそういう構図となった。
そしてその一番手に名乗り出たのがロキ・ファミリアだ、勿論功名心目当てではなく名乗り上げたのは二つの理由が有ったがためだ。
一つは『黒焔のアステリオスの脅威を知らせるため』、恐らく他の冒険者は侮っているだろうとフィンは予想を着けていた。
アステリオスに攻撃を仕掛け返り討ちにあった第二級冒険者と同じ末路を辿りかねない、負けたベートとアイズの『Lv.5』は伊達ではないため他の第一級冒険者でも簡単に命を落とすだろう。
それを是正するための一番手、そしてもう一つの理由は……。
「そんな! 危険すぎます!」
話を聞かされた団員の一人、戦闘に参加できないLv.3のエルフの少女『レフィーヤ・ウィリディス』がアイズに縋りつくように触れる。
「団長も何か……!」
「レフィーヤ、これは決定事項だ」
フィンに顔を向けるレフィーヤ、その間に入って止めたのはリヴェリア。
「リヴェリア様……」
「何よりアイズの意向だ」
それ以上の口出しは許さん、そう言いたげにレフィーヤを見るリヴェリア。
「……ごめんね、レフィーヤ」
「アイズさん……」
「こうしなきゃ、進めないの。 ベートも、私も」
光明と暗雲、アイズとベートの心にはその二つが入り込んでいた。
アレと、黒焔のアステリオスと対峙しなければ進めない。
だから向かい合うのだ、一番手の第二の理由として。
「大丈夫、死ぬ気なんてないから」
「……必ず、戻ってきてください!」
「うん」
「絶対です! 絶対ですよ!」
何度も絶対と連呼するレフィーヤに、その都度頷くアイズ。
「いつまでも遊んでんじゃねぇ!」
邪魔だと言ってそれを止めさせたのはベート。
「この先だろうがよ、さっさと準備しやがれ!」
横暴な物言いだが、反感を抱かずアイズは強く頷く。
アレが居る、それだけで言いようのない感覚が全身を駆け巡る。
ベートも同じだった、感情と交じり合うそれはやはり言葉に出来ない感覚。
強いて言葉にすれば、昂ぶっていると言ってよかった。
これはまだ爆発させる時じゃないと抑えながらも湧き出る傍から駆逐され、掃除されたルームとルームを繋ぐ短い通路を通り抜けて現れるのは8階層で一番広いルーム。
先頭のロキ・ファミリアに続いて、続々と他のファミリアメンバーがルームに入ってくる。
進んでいれば自然と戦闘員だけで固まり始め、ルーム入口付近には開封されたケースがいくつも並んでいた。
「ほう、あの中か」
オラリオの最強、『猛者』オッタルが感嘆めいて呟く。
視線の先には赤い小山、よく見ればそれはモンスターでキラーアント。
何かに向かって群れ、それが積もり上がって出来上がった蠢く小山。
ではキラーアントは一体何に群がっているのか? と考えれば自然と答えは出た。
懸命に群れて食らおうとしている存在が居て、それが出来ずに積み上がって小山と化している状況だと判断できた。
「………」
それを前にベートは笑みを浮かべ、その時がきたと力を漲らせる。
アイズもそれに習った、愛剣の『デスペレート』を鞘から引き抜いて進む。
同時に足を止めたのはベートとアイズ以外の戦闘員、先の取り決めで最初に挑むのはロキ・ファミリア。
そしてその中で一番に挑むのはベートとアイズ。
「………」
冒険者とは命を賭けて挑む者、上を目指すが故にその命を賭ける時がまた来ただけ。
「………」
乗り越える、確固たる意思を持って進む。
だからこそ現れるのだ、深層のモンスターたちでは決して味わえないだろう感覚を求めて。
「こっちから出向いてやったんだ! さっさと出てきやがれ!」
ベートの一喝に赤い小山が揺れる、蠢くキラーアントたちも更に積み上がって動きを止めようとする。
だがそれは叶わず、強固な意志に呼応して爆発した。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
衝撃に地面が捲れキラーアントの群れが文字通り消し飛び、燃え上がる黒き焔が姿を現す。
舞台は整った、楽しい楽しい命を賭けた闘争が今、始まった。
長ったらしくなったので戦闘は次