ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか   作:BBBs

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頑張るあの子

 目覚め、意識が急速に浮上する。

 同時に感じたのは喉に絡みつく何か。

 

「──ッカ、ガハッ」

 

 顔を横に向けながら嘔吐く、喉を迫り上がって口から飛び出る。

 そして口の中に広がるのは、最近感じていなかった血の味。

 閉じていたまぶたを開くと、ぼやけて広がる景色。

 その端に映るのは覗きこんでくる複数の影。

 

「団長!」

 

 ぼやけていた視界が次第に焦点を合わせ、はっきりと顔が識別できるようになった。

 

「……ゴホッ、じょう、きょうは……」

 

 もう一度咳をして、現況を確かめるべく口を開く。

 

「フィンは致命傷からの、辛うじての蘇生。 我らがロキ・ファミリアは様子見中だ」

「あれに割って入るなど、ゴメンじゃわい」

 

 リヴェリアとガレスの返答、もう作戦通りには動いていない。

 戦闘の音らしきものは聞こえないが、言う通り他のファミリアがアステリオスと戦闘を繰り広げているのだろう。

 それと同時に喚き声というか、いつものと言った感じの騒ぎ。

 ティオネがティオナに羽交い締めにされて、他の面々は此方を見ていた。

 

「……大丈夫ってわけでもなさそうだがよ、どうすんだ」

 

 ベート、右足のズボンが赤く変色して穴だらけ。

 彼なりに心配はしてくれているようだった。

 

「なんとかね、助かったよ。 ベートもアイズも、無事でよかった」

「……こっちも何とか」

 

 肩や腰、具足も使い物にならなくなったのか外しているアイズ。

 穴が目立って赤黒く変色しているインナー、胸当ても赤黒く染まっていて吐血したのだろうことがはっきりわかる。

 

「……ティオナ、離しても大丈夫だ」

 

 必死にティオネを抑えていたティオナに、もう抑える必要はないと言えば。

 

「団長! 団長!!」

 

 涙を流しながら飛びこんでくるティオネ、正直体当たりを食らって二人して転がりそうになったがなんとか耐えた。

 

「大丈夫、僕はこの通りだ」

 

 ティオネの背中をさすり、泣きじゃくる子供(ティオネ)をあやす。

 よしよしと、あやしている時間はどれくらい経ったか。

 一分か、それとも十分か、まだ落ち着けないのか小声でなにか言い始めていたティオネを引っ張り上げる者が一人。

 

「もういいじゃろう、向こうはあまり待ってはくれんぞ」

 

 ガレスがティオネを引き剥がしていた。

 ティオネはティオネでバタバタと暴れ、「もうちょっと団長の!」とか言いながら放り出される。

 

「ほれ」

「ああ、ありがとう」

 

 気付けの一杯、そんな感じで万能薬を渡されてそれを呷る。

 

「……ふぅ、この感覚は二度と味わいたくないね」

 

 万能薬の強力な治癒効果にて死の淵から蘇り、今しがた受けた傷は全て回復した。

 流石ディアンケヒト・ファミリア製だ、と死地から救い上げてくれた万能薬を褒める。

 

「……さて」

 

 立ち上がって体の動作を確かめる、腕を回したり屈伸したりと違和感がないか動かす。

 

「問題ないようだ……、それで確かめたいが今戦っているのは誰だ?」

「フレイヤ・ファミリアだ」

「攻撃は当たったか?」

「いいや、あの猪人も参加してるっつーのに当てられてねぇ」

 

 やはりか、もしかしたらとオッタルに期待したが無理だったか。

 

「あと、支援の冒険者たちが攻撃されてるよ」

「死なない程度に痛めつけている、お陰で回復薬の消費が一気に増えているようだ」

「なるほど、狙い通りってことかな」

 

 万能薬の効果を目の当たりにして、直接破壊するか消費させるように動いているのだろう。

 考えていた以上に知性があるようだ、他のモンスターなら決してこんな行動は取らないだろうな。

 

「そうか……、それじゃあこれからの事を言っておこう。 僕らがアステリオスに勝てる可能性は、万に一つ以下と言っていい」

 

 僕の断言に誰も異を唱えず、ベートは舌打ちをしながら顔を背けた。

 

「アイズとベートのあの攻撃を受け止められた時から、僕らの武器による攻撃は何一つ通じないのは分かっていた」

 

 瞬間的に移動するあの一撃を受け止める、離れて見ていた僕らでさえ速すぎて捉えきれない攻撃をより近くのアステリオスは捉えた。

 それよりも圧倒的に速度で劣る攻撃が当てられるかと言えば否、現に僕の全力の投擲をあっさりと掴んで投げ返され死に掛けた。

 今攻撃を仕掛けているフレイヤ・ファミリアの攻撃が当たっていない以上、アステリオス自体の俊敏性もかなりのものだろう。

 パワーとスピード、どちらも大きく上回る相手に接近戦を仕掛けるのは、余程の策が無ければ自殺行為にすぎない。

 

「だからこのまま攻撃を仕掛けても、今のフレイヤ・ファミリアの二の舞い。 死にに行くようなものだ」

「ではどうする? 正直に言って私の魔法も当てられる気はしないぞ」

「そこは考えようさ」

「ふむ、策があると?」

「いいや、策は無い」

 

 策があるような思わせぶりな事を言って否定する僕に視線が集まる。

 

「じゃあどうするの? あんなの放っておけないよね?」

「放ってはおかないさ、あれが地上に出ないとも限らないしね」

「止めようがない相手を止めるか、血が滾る……と言いたい所だがのぉ」

 

 複数で向かっても攻撃を当てられない相手、言わば倒せない相手だ。

 

「当てられないなら、当てられるようにすればいい」

「策があるんじゃねーか!」

 

 吠えるようにベートが言うが、僕はそれを否定する。

 

「いいや、策はないさ。 ただ作戦とは呼べないだけ、相応しい言い方をすれば……、『賭ける』だろうね」

 

 ある程度の勝算を持って行うのが策なら、勝つか負けるか分からないのに行うことは『博打』だ。

 

「ちなみにだけど、賭けに勝ったとしても倒せる保証は当然無しだ。 攻撃を受け止めたからと言って当たればダメージを与えられると考えるのは早計、あれだけのパワーとスピードを支える肉体が簡単に傷付くか疑問だしね」

 

 我々のステイタスに耐久があるように、当然向こうにも耐久は存在するだろう。

 勿論ステイタスと同様の意味かどうかはわからないが、反動だけで体がバラバラに千切れ飛んでも可笑しくない攻撃を片手で受け止めるのだ。

 生半可な耐久力など持ち合わせていないだろう、少なくとも二人の攻撃を受け止められるだけの耐久力を持ち合わせているはずだ。

 

「……そう考えれば打つ手なし、か?」

「だから賭けなのさ、此方の持てる最大の攻撃が当たっても本当に通るかどうかわからないからね」

 

 考えれば考えるほど、今まで出会ったモンスターが全く強く見えないほどの手強さ。

 すさまじいパワーとスピードを持っていながら、その体長は3メドルに満たない。

 これが大型種なら当てる算段などいくらでも付けれるが、実際は特に大柄な冒険者よりも一回り大きい程度なのに俊敏性が極めて高い冒険者よりも速く動くなど悪夢に等しい。

 そこに尋常ではない耐久力も付いてくるかもしれない、もう討伐を諦めて地上に帰りたくなってくるくらいだ。

 

「……賭けに勝つか負けるか、もしかしたら負けるだけの結果しか無いかもしれないがやるしか無い」

 

 皆が神妙に頷く、それこそ大昔に有った神々が降臨する以前のダンジョンの穴からモンスターが飛び出してくる話が現代に蘇る可能性が大きい。

 それを止められるかどうかの瀬戸際、出てくるモンスターが一匹だけであってもアレであれば甚大な被害を齎す事は想像に難しくはない。

 

「だからこそだ、僕は欲張りで行こうと思う」

 

 勝算は限りなく低いと見た、安全を選んでも変わらないのならここは大きく一点賭けだ。

 

 

 

 

 

 ロキ・ファミリアが前進する、脅威としか言えないモンスターの元へ向かって。

 その中で面々はフィンの言葉を反芻する。

 

『いいかい? アステリオスは間違いなく手を抜いている、殺そうと思えば先ほどの僕のように出来るのは証明済みだ』

 

 あれは楽しんでいる。

 

『その手加減をしているのが狙い目だ、アイズとベートの挑戦を受けたり、負傷した二人にとどめを刺さなかったり、遊んでいると言ってもいい』

 

 一定以上の知性を備え、戦いに楽しみを見出している。

 

『だから挑戦する、だから賭けになる。 なりふり構わず襲ってくるなら失敗、挑戦に乗ってくるなら成功』

 

 まともにやっても勝てないなら、まともにやらないで仕掛けるしか無い。

 

『勿論乗ってきたからといって賭けに勝ったとは言えない、賭けに勝ったと言うのはアレを追い払って僕ら全員が生還すると言うこと』

 

 余りにも難しいこと、単身でモンスター・レックスに挑んだ方がマシではないか。

 

『さあ、博打の概要は簡単だ。 僕らがアステリオスを挑発し、賭けに乗ってくること。 そして向かってくるアステリオスを限界を超えて迎え撃つこと』

 

 全力で届かないなら全力を超えるしか無い、それでも届かないなら打つ手はない。

 

『それじゃあ行こうか、偉業を成すための冒険を』

 

 フィンを先頭に、疎らな支援の冒険者たちの視線を受けながら向かう。

 そこには巨大な絶望と、それに押し潰されかかっている僅かな希望。

 そんな感情がこもった視線を向けられるのは理解できた、自分たちでは到底届かないモンスター、そしてそれと対峙する格上の第一級冒険者たち。

 自分たちが倒せないモンスターを倒すことを、自分たちより強い冒険者達に託して、それが今まさに打ち砕かれたためだ。

 耳を澄まさなければ聞こえない音、何かが地面を打ったり、ぶつかる音に砕ける音など聞こえない小さな……足音と風切音。

 

 開けた空間を前にロキ・ファミリアは見た、一対一で向かい合う冒険者とモンスター。

 一人はオラリオ最強、唯一のLv.7がフィンたちに背中を向け全力で体を動かして武器を振るう。

 生半可なものなら両断して余りあるそれをモンスター、異色のミノタウロスが軽やかに回避する。

 同時にオッタルは力づくで武器を引き戻して腰を落とす、それは足を地に着け避けることを放棄した体勢。

 わずかに遅れて大きな音とともにオッタルが水平に吹き飛んだ、三秒ほど滞空して足を着けて大剣を地面に突き刺す。

 

 長く刻んだ擦った足あとと大剣によってえぐれた地面、距離にして約20メドル、滞空した距離も合わせれば100メドルに届くか否か。

 フィンが見たところオッタルに傷はない、だが今しがた盾に使った大剣は大きな凹凸が幾つもあった。

 視線を移して見たモンスター、アステリオスも傷らしい傷は一つも見えない。

 その他周囲に第一級冒険者の姿は見えない、生死は不明だが恐らくはアステリオスにやられてしまったのだろう。

 そして今、最強が吹き飛ばされ膝を付いていた。

 

 絶望を感じるのは無理もない、オラリオ屈指の実力者がモンスターに弄ばれているのだから。

 ……だからこそ背負おう、第一級の冒険者として、オラリオ最強の一角を担うファミリアの団長として、周囲の冒険者達の希望を。

 

「行こうか、リヴェリアはここで構わない」

「そうだな、皆に期待しよう」

「うん、じゃあガレス、頼むよ」

「任された」

 

 足を止めていたロキ・ファミリアが再度進み出す、リヴェリアとガレスを残して。

 杖を地面に着いて集中し始めるリヴェリアと、その斜め前で大戦斧を構えて佇むガレス。

 

「オッタル、代わろう」

「……フィンか、止めておけ」

 

 息を吐いて大剣を支えに立ち上がるオッタル、その忠告を聞いてもフィンは足を止めない。

 

「止めてどうにかなる相手かい?」

「………」

「通じる可能性がある切り札は二つだけ、それを切る。 通用しなければ僕らの負けだけどね」

 

 呟きにも似た言葉、そのまますれ違い僕以外誰もオッタルに声を掛けないまま進み続ける。

 

「椿も無事だといいんだけどね……」

 

 姿の見えない知り合い、窮地を救うことが出来た彼女の姿が見えないことに不安が過る。

 だがそれもすぐ頭の中から追い出す、友の安否を思うことすら致命傷に繋がりかねない。

 思うのはただ一点、限界を超えた先に居るモンスターの打倒。

 

「………」

 

 見据えた先には仁王立ちの大怪物、握っていた拳を開けばボロボロと小さな粒。

 恐らく飛ばしていた石礫だろう、モンスターの基本戦略、と言っていいかわからないが基本群れで襲ってくる。

 単身でも向かってくるもの、モンスター・レックスなども居るがあれは違うだろう。

 なにせ【あまりにも知恵がありすぎる】、はっきりと言って今見えるアステリオスはミノタウロスのきぐるみを着た謎の冒険者なのではと思うほどだ。

 それほどまでに通常のモンスターとは隔絶している、勿論戦闘能力もだ。

 

「……あれが未踏破領域のモンスター・レックスならまだよかったかもしれないね」

 

 徐ろに槍を構える、力を入れ過ぎず抜き過ぎず、真の意味で臨機応変に対応できるよう思考さえも柔軟に。

 

「作戦通りだ」

 

 それに誰も答えない、実際の所自分に言い聞かせているに過ぎない。

 失敗は死と繋がっている、それも自分ではないリヴェリアの死だ。

 あれが、アステリオスが考えている通りの知性を持つならこちらの考えを看破してくるかもしれない。

 その上であえて我々の掌で踊ってくれるだろう、……それは賭け、アステリオスからすればゲームに付き合ってくれる可能性が高い。

 この博打の僕らの勝利条件は『リヴェリアの魔法行使』、対してゲームであるアステリオスの勝利条件は『リヴェリアの魔法行使阻止』。

 

 僕らはアステリオスをリヴェリアの元へと行かせないこと、アステリオスはリヴェリアの元へ行き殺すこと。

 引き分けは存在しない明確な勝敗が決まる博打でありゲームである、勿論博打である僕らは堪ったものじゃないけど。

 

「……フゥー」

 

 一つ息を吐き、槍のフォルティア・スピアを掲げる。

 

「ロキ・ファミリア……」

 

 その槍を見た後方のリヴェリアが魔法詠唱を開始したのを感じ取る。

 

「攻撃!」

 

 団長としての号令、それに最も速く反応したのはアイズ。

 風を纏いながら消えるような加速、次いで駆けるのは風の魔法を使ったアイズを除いて最速のベート。

 僕はそのベートの背中を追いかけて走り出し、背後に付いてくるのは双子のティオネとティオナ。

 それと同時にアステリオスも動き出す、はっきりと言って大股歩きと言った様相。

 だがその速度で十分だった、集中して詠唱を始めるリヴェリアの魔法は相応に長い時間が掛かる。

 

 しかも困ったことに今回のは範囲を狭める、本来は高火力を広範囲で、と言う魔法を収束して放つ。

 だがその威力は今までリヴェリアが放ってきた魔法とは隔絶する威力が出ると言う。

 元は広範囲を焼き尽くして焦土にする魔法を一点に集めるのだ、単体に対しての威力は推して知るべしと言える。

 その代償がより精細な魔力の操作と長い詠唱時間、その上複雑であるために一度決めた場所から途中で変えることは出来ない。

 故にアステリオスを押し返して詠唱の時間を稼ぎ、尚且つ所定の位置まで移動させなければならない。

 

 これが階層主級や大型のモンスターなら問題なく皆でやってのけただろうが、そのモンスターたちが可愛く見えるアステリオスにやれと言うのが博打と呼んだ所以。

 

「──フッ!」

 

 いち早くアステリオスの元へ迫り、踵をこすりながら減速して右手をしならせるようにデスペレートを振る。

 ボッ、と風が飛びアステリオスの足元へ。

 それに対してアステリオスは風が届く前に跳躍、風で抉れて足場が悪くなるのを避けるように前へと飛ぶ。

 

「──オォッラッ!!!」

 

 飛んだアステリオスの上空から襲撃するのはベート、体を捻りながら脳天へと打ちつけようとするムーンサルトキック。

 並のモンスターなら受け止めた部位ごと粉砕する蹴りを難なく右腕で受け止め、反動でアステリオスは地面へと落ち、ベートは天井に向かって跳ね上がる。

 その予測される着地地点に向かって武器が飛ぶ、それは当たれば抉り食い込む矢の鏃に似た投げナイフ、ティオネが投げつけたフィルカ。

 地面にヒビを付けながら着地するアステリオスは、目前に迫ったフィルカをピンっと人差し指で弾く。

 

「そんなに簡単にさぁ!」

 

 走りこんだ慣性そのまま、ティオナが極めて硬く重いアダマンタイト製の大双刃、ウルガを力任せに叩き付けようと振り払う。

 アステリオスはそれを足を開いてティオナの身長の半分まで屈んで避けるも、そこを狙って前転宙返りでフォルティア・スピアを振り下ろす。

 しかし叩きつけたのは地面で、アステリオスは腕を斜め前に突き出して後方へと飛んで回避。

 くるんくるんと身軽に回転してアイズの上空を越えて着地、そこは動き出す前と同じ場所。

 ブレのない見事な着地、アレが冒険者だったなら拍手の一つも送りたくなるほど見事なバランス。

 

「やっぱ遊んでやがるか、牛野郎!」

 

 ドスンと、数秒掛けて落下して着地したベートの一言。

 

「だろうね、違ったとしても次でわかる」

 

 着地したところが『偶然』にも動き出す前と同じ、もしかすれば、かなり低い確率ではあるが『たまたま』同じ所に戻った可能性もある。

 だけど、恐らくは意図してあの場所に戻ったんだろう。

 

「第二波だ」

 

 こちらを見据えながら、肩の調子を確かめるように腕を回していたアステリオスが動き出す。

 その速度は小走りと言った所、それでも神の恩恵(ファルナ)を得ていないヒューマンの成人男性の全力疾走とそう変わらないだろう。

 冒険者単位で見れば先ほどの大股歩きと同じく遅い、しかしリヴェリアが詠唱完了するまでに十分到達できる。

 

「攻撃!」

 

 アステリオスが迫ってくるのを待つことはない、僕を含めてロキ・ファミリアのLv.5に届く皆は全員アタッカー。

 機動力を使って痛烈な一撃を叩き込む、守りに入ることは決して向いていない構成。

 だからこそ攻めに入り、守勢に回ってしまえばアステリオスは止められない。

 例外としてリヴェリアとガレスが居るが、リヴェリアは魔法使いで、ガレスは極めて高い耐久力を持つがそれに負けない凄まじい豪腕を誇る。

 前に出て耐えながら敵を両断する超前衛型、しかしロキ・ファミリアの第一級冒険者たちの中で一番俊敏力がない。

 

 故に今回はリヴェリアの守りを任せ、足がある他の者で攻撃を仕掛ける。

 

「続け!」

 

 今度は僕が先陣を切る、足に力を込めて一直線に走る。

 その斜め後方のに少し遅れて付くのはティオネとティオナ。

 一気に飛び込んで腹、頭、右足の蹄に順次突き込む。

 一切の遊びがない全力の突き、それをアステリオスは腹と頭の一突きを右手で払い、右足を外に開いて避ける。

 右足を外側に動かしたことにより、股が開いて一瞬の停滞。

 

 そこを逃さず斬りこむのは双子、左からティオネが振るう湾短刀のゾルアスが、右からはティオナが振るうウルガがアステリオスに襲いかかるも。

 体を屈めてゾルアスとウルガの軌道を左右の手で押し退けて払う、そこへ眉間を狙った一突きを見舞おうと突き出すが、右から左へと頭を動かして角であっさりと軌道をずらされた。

 まだだ、更に攻撃を続けて加えようと双子の姉妹と僕との左右の間から踏み込んでくるのはアイズとベート、共に引き絞った弓矢のような溜めた一撃。

 抉る一突きと砕く蹴り下ろし、前方5方向からの畳み掛ける連続攻撃にアステリオスは手で受け止めた。

 左手でベートの蹴りを、右手でアイズの突きを受け止めてほんの僅かな硬直、再度攻撃に移るには短すぎる間にアステリオスは後方に飛んでまた元の位置へと戻った。

 

「……決まりだね」

 

 これではっきりとした、アステリオスは完全に遊んでいるのは勿論のこと、僕らでは万に一つの勝ち目でさえ夢を見すぎている事が。

 圧倒的なパワーとスピードを兼ね備えるのがこれほど厄介とは、隙を可能な限り消した波状攻撃でも掠らせることも出来ないとは。

 明らかに僕らには、いや、冒険者で相手にできるモンスターではない。

 いずれ倒されるモンスターかも知れないが、今の僕らでは間違いなく皆殺しにされるだけの膨大と言っていい彼我の戦力差がある。

 そうなり得る結果は既に出ている、今そうなっていないのは『アステリオスが遊んでいる』からだ。

 

 アステリオスの動きからもそれはありありと分かる、なにせ『自ら制限を付けている』のだから。

 つまり『全力を出さずに、かつハンデを自らに課してゲームに興じている』。

 『リヴェリアに対して一直線に進むだけ』、その上『こちらに攻撃を仕掛けてこない』事をハンデと言わずして何と言うのか。

 次の進行でそれらは勘違いとわかるかもしれないが、恐らく次も同じように攻撃せずに僕らを突破するつもりだろう。

 でなければ遊んでいる意味が無い、そして僕らには『遊んでもらわなければ困る』。

 

「……攻撃!」

 

 三度目の攻防、今度はアステリオスも走りだす。

 それは敏捷特化のLv.2から平均的なLv.3の冒険者の疾走とそうかわらない。

 急激な速度の上昇にも慌てず、今度はベートが先陣を切る。

 

「遊んでいけやッ!!」

 

 前傾姿勢で加速していく、風となり速度をそのまま乗せた蹴り。

 と思いきや一瞬で視界から消えたように見える動きでの水面蹴り、しかし見切っていたんだろうアステリオスは少ジャンプでベートの上空を飛び越えようとして。

 

「ッラッ!!」

 

 ベートが体を捩じ上げて、腕の力だけで回転しつつ逆立ちしながら両足をアステリオスの腹へと向かって蹴り出す。

 それを右手で受け止めながら、反動で天井へと飛ばされるアステリオス。

 クルリと体を回転させて天井に足を向けたところでウルガを振り上げたティオナ。

 十分な溜めを作った振り下ろし、ティオナのパワーも相まって凄まじい破壊力を持って二つ名に相応しい一撃。

 

「ちょっ!?」

 

 突風を巻き起こす振り下ろしを足の蹄で受け止め、反発するように高速で落下。

 それを迎え撃つのは跳ね上がったベート、足場のない空中でも見事に足を動かして頭に蹴りを叩きこもうとしたが。

 

「何だとッ!?」

 

 体を丸めるように上半身を前に倒して、ベートの蹴りを空振らせた。

 すれ違いざまにくるりと前転して地面へと降り立ち、前進しようとしたのを止めるのは僕ら。

 アステリオスの左右前方からアイズとティオネが攻め立て、正面から僕がフォルティア・スピアを突き出す。

 第一級冒険者の三面攻撃、相手がLv.7のオッタルであっても仕留められるだろう攻撃を前に、アステリオスは腕を動かすだけで凌いでいく。

 逸らされ、あるいは受け止められて腕以外に攻撃は当たらない、そもそもアステリオスは僕らの全力の攻撃を手のひらで受け止めているのに傷らしい傷が全く付いていない。

 

「ッッ!」

 

 耐久力もずば抜けている、恐らく足や胴体に当たっても手のひらと同じく傷付かないかもしれない。

 それでも手を緩めることなく、アステリオスの前進を止めるべく攻撃を繰り出し続ける。

 

「冗談じゃ、無いわよッ!」

 

 だが止まらない、風を纏い更なる高速化を果たしたアイズの剣撃と、縦横無尽に振るわれる二刀のティオネの連撃。

 そして僕の頭、肩、胸、腰、膝、蹄と高低差を交えた一突き一突き、腕に痛みが走るほどの全力攻撃を持ってして前進を止められない。

 不味い、アステリオスが止まらない。

 後退しながらの僕らに焦りが浮かぶ。

 

「くっ!」

 

 リヴェリアとアステリオスの距離が次第に縮まっていく、疾うに一度目と二度目の前進距離を超えてなお更新し続ける。

 

「アイズッ! ティオネッ!」

 

 ならばと二人の名を叫ぶ、意図を察してくれた二人の攻撃がより苛烈になり身を厭わない猛攻を仕掛ける。

 そして僕は一足でアステリオスの正面から飛び退き、地に足をつけて腰を落とす。

 槍を持つ腕を引きながら上半身を捻る、ミシミシと体が軋む感覚を覚えながら更に体を捻る。

 背中がアステリオスから見えるほどに、より体を軋ませて力を溜め。

 

「食らっとけやッ!!」

 

 超高速でベートが落下し、アステリオスが角で蹴りを受けて僅かに足を止め。

 

「──オォッ!!」

 

 槍を撃ち放つ。

 黄金の穂先、勇気の槍(フォルティア・スピア)がアステリオスへと邁進した。

 先ほどの全力の投擲よりもなお速い、黄金の一閃が大気の壁だけを撃ち抜いて、アステリオスに届いた。

 紛うことなき全力を超えた一撃、全身に走る痛みにそう確信するも……無傷のアステリオスは寸分違わずスタート地点へと着地していた。

 

「ッハァッ! はぁ、はぁ……、これは、きついね……」

 

 溜め込んだ息を吐き出し、一気に襲い掛かってくる疲労に汗を流す。

 落下してきたティオナも集い、ファミリアとアステリオスが対峙する形へと戻った。

 

「……第一級冒険者の力を合わせれば、アステリオスを倒せる? ギルドも、随分と面白い冗談を、口にしてくれたよ……」

 

 笑いさえ浮かんでくる絶望的な現状、切り札足りえるかわからないリヴェリアの魔法に頼るしかない状況。

 もし通じなければどうしようもなくなる、それこそ神々に祈らなければいけなくなる。

 

「……まったく、ダンジョンに降りる前の、僕は相当驕っていたようだ……」

「団長……」

 

 何とか呼吸を整え、体中に走る痛みに耐えながら槍を構え直す。

 ファミリア一丸となればどんなモンスターでも倒してのける、それが出来るだけの戦力であると確信していた。

 ロキもファミリア史上最高の状態と言ってくれた、嘗て最強だったゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアを知っている身としても劣っているとは思っていなかった。

 だが目の前にいるあれはその確信をいとも容易く砕いてくれた、倒せると甘い考えをしていた昔の僕を殴りたくなる。

 討伐作戦に参加しないと言う選択肢は無かったにしてもだ、予想を超え過ぎたモンスターに対してもっと何かできたんじゃないかと後悔も過ぎる。

 

「……さて、第四波だ」

 

 たった一匹の大津波、この場に居る誰も彼も容易く飲み込むアステリオスを前に気力を振り絞って体に叩きこむ。

 悲観している暇はもう無くなった、ならば勝利への可能性を手繰り寄せるために全力を超えて戦うだけ。

 

「ロキ・ファミリア……、攻撃!」

 

 結果はどうあれ、間もなく終わるだろう戦いを決めるために僕らは四度、疾走する。

 

 

 




多分次で戦い終了

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