ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか 作:BBBs
「追い抜くな!!」
フィンが号令を掛ける、それは一直線に迫ってくるアステリオスを見てのこと。
リヴェリアを目指して進む最大級の怪物は、さらなる速度を持って進んで来る。
恐らくは武器を持たないヒリュテ姉妹に匹敵する、それはLv.5の領域に完全に踏み込んだ速度。
つまり攻撃を仕掛けて抜き去られ、後続が足止めを出来なければそのままガレス、引いてはリヴェリアへと到達されかねない。
「倒すことを考えるな! 足を止めることだけを考えるんだ!」
況してや全員疲労している、自傷とも言える全力を振り切った攻撃の反動が体を蝕んでいる。
今抜かれても追いつけるのはアイズとベートだけ、勿論追いつけてもアステリオスを止められるかわからない。
何とか押し返しても、次は更に速くなって迫ってくるだろう。
そうなれば次はどれぐらいの速さになるだろうか? 次はファミリア一の俊足であるベートでも追いつけないかもしれない。
風の魔法でそれ以上の速度で移動できるアイズでも追いつけないかもしれない。
当然アイズにも限界はある、既に何度も使用して精神力も消耗している。
その上でアイズを頼みにすれば、すぐにでも精神疲労で倒れるだろう。
「アイズ、ここからは魔法の使用は禁止だ。 ここぞという時以外には使うな」
それを回避する手段、果たしてアステリオスは回復は認めるか? 答えは『否』だ。
そんな暇はない、使用しようとしても邪魔をしてくるだろう。
手持ちの回復薬を取ろうとすれば視線がこちらに向く、意識しているのは間違いない。
注意を引き付ける手段として使えないことはないが、どの方向から攻撃しても察知しているために死角を作らせるのも難しい。
「攻撃!」
それぞれが構えて走り出す、フィンは今まで考えていたことを頭から取り除く。
仲間の動きを見て最善だと思われる行動を導き出し、全力を超えて攻撃を繰り出す。
その一手、ティオネがゾルアスを軽く上に放り投げながら、フィルカを何本も指に挟んで引き抜いて投げつける。
アステリオスへと飛翔するフィルカは、先程よりも更に速い。
限界を超えて受ける負傷を利用した、スキルの
だがそれも高速でアステリオスの背後へと飛んで行く、上半身を動かしてフィルカを回避したのだ。
「ここまでか」
それを見てフィンは呟く、速くなったのは移動速度だけではなかったからだ。
フィルカの間をくぐり抜けるように上半身を動かして避けた、見る者によってはアステリオスの体をすり抜けたように見えただろう。
ただでさえ高速の体捌きが、ここに来て更に速くなった。
「ティオナ! 走らせるな!」
「りょーかいっ!」
号令、聞いて飛び出すのはウルガを手元で回転させながらのティオナ。
回転がより早くなり、ティオナを中心として突風が吹き荒ぶ。
50、40、30、20と距離が縮み。
「こ、ん、のぉぉぉっ!!」
自分も回転してさらに遠心力を加えての一振り。
ウルガの切っ先はアステリオス、ではなく手前の地面。
超重量であるウルガがスキルによって強化されたLv.5の力で限界を超えて振るわれる、ミシミシと腕が千切れ飛びそうな筋肉の断裂音を聞きながらの限界超え。
そのティオナがウルガを振り抜いた時には、地面がアステリオスの方向へと爆ぜて石礫の津波のような光景が生まれる。
ティオナの正面水平から垂直まで約90度、垂直に近い土砂の飛翔は瞬時に10メドルはある天井へと大量に届き、水平に近い土砂は散弾となって巻き込まれた者をひき肉にする威力で飛ぶ。
同時に地面も大きくえぐれて、まともに歩けないほどの変容を見せる。
レベルなど関係ない、幾ら身を固めても広範囲に広がる無数の弾丸となった礫に曝されて全身を穿たれた後、大量の土砂に飲み込まれる。
それが普通の者、普通のモンスターであったなら。
「──全然効いてっ!?」
土砂の壁を浴びながらもぶち抜き、ティオナの上を越えていくのが一匹。
「そこでぇ! 止まってやがれええええええ!!」
足場のない空中での、威力を追求した攻撃。
それがフィンが選んだ戦術、避けきれない状況で威力重視の攻撃。
目的は打倒ではなく足止めであり、空中で攻撃を加えて押しとどめる。
足が地面に付いていればいくら攻撃を当てても踏ん張って耐えられる、だからこその空中。
瞬きの間に5回、ベートが蹴りこんだ回数と逸らされた回数。
その蹴りを逸らす腕、それを利用して回転しながらの連撃。
「ティオナ!」
空中の超高速で繰り出される瞬撃の間にフィンは走りこみながら腰から瓶を引き抜き、腕を力なくぶら下げたティオネに放る。
近寄って手渡す暇はない、ぶつける気で万能薬を投げつけて、ティオナはウルガを手放しながら左手で受け取ろうとして、割れた。
ティオナの手前でパリンと砕けて、内容物が地面に撒き散らされた。
「──ッ! ベート! すられているぞ!」
「ッ!? チィ!!」
フィンがティオナに投げつけた万能薬を砕いたのは、また瓶に詰まった万能薬。
ベートが回転してアステリオスの手が届く位置に晒したのが原因、それを素早く引き抜いて盗み取り、ティオナへと飛んで行く万能薬へと投げつけたのだ。
「──まっ……ったくぅぅ!!!」
空中での攻防が弾けるようにして終わり、後方へと飛んで行くベートと大きく速度を落としてもリヴェリアへと近づきながら降りてくるアステリオス。
それを見ながらウルガを掴み直したティオナは、痛む腕を押しながら肩に担いで走り出す。
休めばリヴェリアに近づかれ、手早く回復しようとすれば妨害が入る。
今あるだけで決めろ、そう強要される戦いに大きく溜め息を吐きながらティオナが気合を入れなおす。
「ぜぇえええったいに! 行かせないんだから!!」
それに合わせてティオネも駆ける。
「ティオナ!」
残るフィルカを引き抜いて、全てアステリオスに向けて弾けるように投擲。
大きくなり続ける負傷が憤化招乱の効果を増大させ続ける、それをもって超高速の弾丸と化した投具。
100メドルなど一瞬で0にする速度を持ってしても、アステリオスは着地と同時に左手だけで掴み取り、ゼロコンマ一秒にも満たない停止。
どれほどの幸運か、ティオネの束縛魔法リスト・イオルムによって
だがそれも瞬時に振り切って動き出すが、背後から追いかけるティオナには十分すぎる時間。
踵で地面をこすりながら、一回転の後にウルガの横薙ぎ。
それもヒョイッと軽くジャンプしてアステリオスは避けるが。
「うぅぅぅぅっ、ぁぁぁぁああああああ!!」
ティオネはゾルアスを逆手に持ち、致命傷一歩手前になるほど自分の体を突き刺しながら爆発的な突進。
左手のゾルアスを投げ捨て、スキルの
地面が砕けるほどの踏み込みに全身を乗せての一突き、短距離ながらその速度はアイズのリル・ラファーガに匹敵した。
捨て身──、そう表現するしかない攻撃さえも、アステリオスは右掌だけでそれを受け流した。
すれ違うように交差し、アステリオスは前へ、ティオネは受け身も取れずに激しく転がっていく。
「ティ──」
「ティオナ!」
後方に転がっていったティオネに振り返ろうとすれば、フィンがティオナに呼び掛ける。
アステリオスに向かって槍を突いて払うフィンに、その隙を消すようにアイズが切り込んでいく。
抜かれまいと進路上で必死に抵抗する二人、それを見て後ろに流れていった姉の姿を振り払いながらアステリオスの背中を追いかける。
「こんのちくしょおおおおおお!!」
二人の抵抗により足が鈍ったアステリオスへと追いついたティオナは全力でウルガを振り下ろす。
振り下ろされたウルガが地面を抉り、アステリオスはまた飛び上がる。
「
そこに向かってアイズは即座に風の魔法を行使、瞬時にアイズに纏わり付く風が暴れ回り。
「──リル・ラファーガ!!」
地面を蹴りだして爆発的突進、鋼鉄以上の硬度を持つモンスターの皮膚をも容易く食い破る刺突を、アステリオスは左前腕で受け止めて斜め上に吹き飛ぶ。
天井に叩き付けられるように大きく食い込みながら削って止まり、スタート地点にアステリオスは戻った。
「……最後、かな」
とうに限界は超えている、ロキ・ファミリアの面々は満身創痍だ。
身体と精神を酷使に酷使を重ねて使い続け、全ての面で大幅な能力の低下が見られた。
肉体の傷が酷いのは自傷からのスキルを発動したティオネだろう、文字通り血だらけで今も傷口から出血が見られる。
精神に最も負担を掛けているのはアイズだった、攻撃のチャンスを作るために風の魔法を重ねて使い続けていたために精神疲労を引き起こしかけている。
第一級冒険者、Lv.5以上の冒険者が全力を超えて仕掛けてなお、未だ無傷のモンスター。
これ以上無理だ、そうフィンの口から漏れる。
出来て後一回、それも命を削っての反抗。
まだ数分ほどしか経っていないというのに、あまりにもリヴェリアの集中が遅すぎると愚痴りたくなるほど時間が引き伸ばされたように遅く感じていた。
そうしてちらりと離れた背後のリヴェリアを見れば、瞼を閉じて玉の汗を無数に流して集中力を高め続けていた。
遠征に行けばリヴェリアの広範囲殲滅魔法は見られるが、服を濡らすほどの大量の汗をかきながらの集中など見たことはない。
魔法に才あるリヴェリアであれなのだ、アステリオスに叩きこむ魔法が尋常でないことを理解してしまったフィン。
「……ここから指揮は無しだ」
ならば全てを出し尽くしてなお、力を振り絞らなければならない。
「……攻撃はそれぞれに任せる」
フィンが左手を開き、魔法を詠唱し始める。
「魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て」
鮮血のような紅い色の魔力光がフィンの左手を包み、その左手で槍を掴めば魔力光が槍に移って穂先を紅く染める。
その穂先を額に押し当てれば、紅い魔力光がフィンの額から入り込み。
「
フィンの底に眠る闘争本能とも言える好戦欲を引き出し、理性を弱めて敵だけを討ち滅ぼす狂戦士へと変貌させる魔法。
「ぅっ、ぁぁぁぁあああああああああッッ!」
小さなうめき声からの大咆哮、美しい碧眼が血のような紅に変貌。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
それまであった内なる肉体の負傷が無かったかのように、爆発的とも言える過剰な肉体的能力の上昇。
それを持ってしてフィンはアステリオスへと躍り掛る。
その光景をただ見ているだけのロキ・ファミリアメンバーは居ない、誰も彼もスキルを行使しながら駆け出す。
これまでの戦いで一番、そう言える速度域。
その限界を超えた力を前に、アステリオスは掻き消えた。
最高峰の質を持つ第一等級武装が悲鳴を上げるほどに力を込めて振るわれた攻撃が、あまりにもあっさりと払われた。
魔法によって限界を超えてなおさらに力を引き出したフィンの壊滅的な一突きを、そっと横へと逸らされて。
スキルとアビリティの相乗効果で肉体的負担を無視したベートの破滅的な蹴りを、上半身を少し動かして避けて。
負傷を発動キーとしたスキルによるフィオネとフィオナの暴虐的な力によって振るわれるゾルアスとウルガの一撃を、両開きの扉を押すように手で押しのけて。
鋼鉄をも削り取る暴風を纏った神速とも言える瞬間的な突撃を仕掛けたアイズのリル・ラファーガを、下へと誘導するように上から押し付けて逸らされた。
それはあまりにも無情だった、能力的に言えばLv.7どころか8に届いた、身を削った超高能力に至ってなお通用しなかった。
ボロボロとなっていた5枚の壁が崩壊し、残るは最後の一枚だけ。
迫るアステリオスを相手にすればそれはあまりにも頼りない、リヴェリアを守る盾として諦めるほどの脆弱さと言えた。
それでもだ、残る最後の壁であり盾であるガレス・ランドロックは全てを解き放つ。
「よくやった」
ガレスに焦りや諦めはなかった、むしろ誇らしい気持ちでいっぱいだった。
これほどの相手にあれだけ持たせたのだ、このような偉業は他のファミリアに出来ようか?
否、断じて否。
ガレスはその輪に加わることに躊躇いはなく、命すら投げ出す覚悟があった、
「ォォォォォオオオオオッッ!」
呼気と共に裂帛の気迫、瞬時に迫る黒焔の巨体へと向かって肩に担いでいた
それだけで地面が爆発した、その範囲の中に居たアステリオスは浮き上がりつつも前に進んでリヴェリアの元へ。
当然ガレスはそれを許さず、空中にいる避けれないアステリオスに向かって、重厚な肉体を跳ね上げてグランドアックスを叩きつける。
オラリオ一の剛力によってアステリオスはクレーターとなっていた地面へと砕き沈み込み、更にそこへと縦に回転してグランドアックスをもう一度振り下ろした。
もう一度衝撃で地面が爆発しながら、更にアステリオスを地面へと押しこむ。
「間もなく、
精神の集中が終わり、ようやくとも言えるリヴェリアの詠唱が始まる。
「無駄にはせんッ!!」
詠唱を耳に入れながら、ガレスはもう一度とグランドアックスを振り下ろすも、アステリオスは右手で払い除ける。
それだけでグランドアックスが弾き飛ばされて、地面を何度もバウンドしながらはるか遠くに飛んで行く。
「忍び寄る戦火、
反動で左腕がへし折れたが、構うこと無く腰の剣を引き抜いて、逆手に持って思い切り突き下ろす。
腰まで地面にめり込んだアステリオスは、振り下ろされた剣を左腕で防げば、ガレスの全力を超えた剛力に耐えられずに刀身が圧し折れて砕ける。
「開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む」
アステリオスが右腕で地面を抑え、地面から体を引き抜こうとしたところにガレスの右拳。
杭をハンマーで打つように、地面が割れるほどの剛拳がアステリオスを地面に縫い付ける。
「至れ、紅蓮の炎、無慈悲な猛火」
ガレスが右腕を振り上げ、更に打ち付けようとしたところにアステリオスは力づくで地面から抜けだして拳を受け流す。
それでも生身の肉体から出てはいけない音を鳴らしながら、連続して拳打を放つガレス。
「汝は業火の化身なり」
それも全て空振り、速く重たい踏み込みによってガレスを簡単に押し退けて最後の一枚を抜く。
終わりだ、そう言いたげなアステリオスの咆哮を耳に、上空から剣撃が振り払われる。
「ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを」
飛び込んできたのは風を纏うアイズ、鼻先へと迫る切っ先をアステリオスは屈伸にて回避。
そうしたアステリオスは突如足を取られ、空中で回転する。
足を払って浮かせたのはベート、アダマンタイトですら柔らかいと言えるぐらいの硬いアステリオスの足を、骨を折りながら払い飛ばす。
「焼きつくせ、スルトの剣――」
浮いたアステリオスにスピンしながら槍をぶん回し、思いっきり振るい薙ぐのはフィン。
反動で後方に弾かれつつも着地して蹄を地面にこすり、両腕を上げて挟み込むようなティオネとティオナの一撃を受け止め。
「──リル・ラファーガァァァッッ!!!」
なけなしの精神力を振り絞り、出力限界を超えて飛翔する。
狙いはガラ空きの胸部へと、振り絞った刺突を叩き込み。
「──我が名はアールヴ!」
アステリオスのスタート地点に発生した魔法陣へと押し込んだ。
それは忘れ去られた神話の再現だった。
たった5メドルの小さな小さな地獄、かつて世界を燃やし尽くすと言われた巨人の名を持って行使されたリヴェリアの魔法。
魔法陣の内側は火が火を飲み込んで炎となり、炎が炎を飲み込んで劫火となる。
真っ赤に荒れ狂う炎の柱が全てを燃やし尽くし、何者であろうと生きることを許さない。
「ッ! 後退しろッ!!」
すさまじい熱量が魔法陣越しにロキ・ファミリアを炙る、100メドル以上離れてなお肌を焼きかねない超高熱。
その漏れた熱が周囲の地面を熱し、瞬く間に赤熱してドロドロに溶けていく。
それは地面だけにとどまらず、渦巻く劫火の柱が上の天井にも届いて同じように融けてボトボトと地面の上に落ちる。
魔法陣を中心として地面が赤熱して沈んでいき、マグマのようになった天井にも穴が開いていく。
その光景に誰もが魅入った、目に焼き付いてはなれない強烈すぎる光景。
未踏破の深い階層に居る階層主でも、あれを受ければ確実に滅んでしまうであろう火力。
その中に全力を超えてアステリオスを叩き込んだ。
渦巻く劫火の柱が荒れ狂っていたのは五秒か十秒か、そう長くない時間が来て魔法陣が消失する。
それと同時にカランカランと軽い音が鳴って、リヴェリアが前倒れに伏した。
歩くだけでも激痛が走る体を引きずって、リヴェリアの元へ集まるロキ・ファミリア。
「……見事じゃ」
一番軽症のガレスがリヴェリアを抱き起こす。
大量の汗で濡れて、瞼を閉じて動かないリヴェリア。
「……精神、疲労、か。 精神力を、全部、注ぎ込んだ、ようだね……」
大きな呼吸をゆっくりと、言葉を途切れ途切れにフィン。
もう立っているのも辛い、ドスンと次々と腰を下ろす。
アイズもほぼ精神疲労で気絶したように座り込んだ。
「……終わったのかよ」
圧し折れた足のまま、ベートが言う。
「………」
フィンは答えない、アステリオスの肉体が燃え尽き、核である魔石が消滅したところを見たわけじゃない。
やった、倒した、そう判断するには時間が少なすぎる。
だが周囲の冒険者達はフィンの意図など思いもよらない。
「……やった、やったんだ」
「倒した、のか?」
「凄い! 倒したぞ!」
「勝ったんだ! アステリオスを倒したんだ!!」
最初は小さな呟きから、それが瞬く間に伝播していく。
十秒と経たずに大歓声へと変貌する。
絶対的な不利を覆したロキ・ファミリアへと惜しみない賞賛が送られ続ける。
「……倒したってことでいいの?」
項垂れて動かないアイズを抱きかかえながらティオナ。
「……そうだといいけど、さて……」
今後アステリオスが発見されなければ倒したと言える、そうであって欲しいと願いを込めたフィンの返事。
「団長!!」
ロキ・ファミリアのメンバーが駆けてくる、喜びと安堵を表情に浮かべながら。
残っていた万能薬も持ち寄って、浴びせるように飲んで体の負傷を癒していく。
「やりましたよ! 倒したんですよ! あの黒焔を!」
凄い凄いとラウルがまるで自分のことのように喜び、そのはしゃぎっぷりにふと顔がほころぶ。
同じように走り寄ったレフィーヤもティオナごとアイズを抱きしめてわんわん泣いていた。
「……あんなの、もうゴメンじゃわい」
ガレスが疲れたように言う、たしかに勝てる見込みが低すぎるあんなのはもう二度と相手にしたくないと全員が賛同する。
「……つーかよぉ、本当にあの牛は一体何なんだよ」
奇跡的な一戦だった、負けて当然の能力差で指先を、いや、辛うじて爪先を頂きに掛けることが出来た。
それもアステリオスが遊んでいたからだ、最初から最後の攻撃と同じようにやられていれば即全滅していただろう。
「ま、ざまぁねぇけどよ!」
遊び過ぎて身を滅ぼす、アステリオスの状態はまさにそれで、舐めて掛かったことが生死を分けた。
それを大口を開けて笑うベート。
「そうだね、遊び過ぎることは自重しないとね」
格下が格上を食う、ジャイアントキリングを今体験したロキ・ファミリアは身に染みる思いであるのは間違いなかった。
「……はぁー、動きもないし──」
そうしてアステリオス討伐作戦の成功と判断し、撤退の号令を掛けようとしたフィンの言葉が途切れる。
「………」
戦いの余熱とでも言うのか、未だ感覚が鋭くなっていた第一級冒険者達の視線が黒い煙を上げている焼き爛れた地面の穴へと注がれる。
「……くそが! 冗談じゃねぇぞ!!」
ベートが勢い良く立ち上がる、それに続くように他の者も立ち上がった。
「総員即時撤退だ! 持ってきた装備類は全て破棄!」
フィンが大声で号令をかける、焦りが滲みでた一声。
それの意味を解せずに団員たちが首を傾げ──。
「何をしている! アステリオスは──」
黒煙を上げる穴から、赤熱している地面が跳ねた。
「──死んじゃいない!」
体に纏わり付く赤熱してドロドロに溶けたマグマを振り払って、絶望がそこに居た。
「………」
歓声が見る間に収まっていく、倒したと思っていたモンスターが無傷でまた現れたのだから。
「……皆、行けるな?」
無言で頷く、それを見てフィンは次に命令を飛ばす。
「アイズとリヴェリアを連れて行ってくれ、邪魔になる」
顔色が真っ青になっていたラウルがなんとか頷く。
「ラウル、今から撤退の指揮頼む。 レフィーヤも速く離脱するんだ」
同じように顔色が悪く、ギュッとアイズを抱きしめながらのレフィーヤ。
「……まったく」
後方では阿鼻叫喚だった、あれほどの魔法を受けて再度アステリオスが現れたことにもっと大きな絶望を抱いて我先にと逃げ出していたのだ。
あれでは迅速な撤退は期待できない、アステリオスを止められなければどうなるか想像に容易い。
「……どうするか」
右腕を回しているアステリオスを見て呟く、まだやる気が見えてかなり気が滅入っていた。
限界を超えた攻撃でダメージを与えられず、リヴェリアの精神力を全て注ぎ込んだ魔法を受けても無傷。
どうしようもない、どう足掻いても倒せないモンスター。
それをまた相手にしなければいけないと、気が滅入らない冒険者は居ないのではないか。
それでもやらなければならない、戦いを放棄すればアステリオスはどういう行動を起こすかわからない。
体が治っても心は疲れたまま、それでも奮い立たせて武器を握る。
アステリオスをそのままにして置けない、だからこそ前進する。
一歩、二歩、三歩、ゆっくりとだが近づいていく中で、フィンたちは見た。
「──ヴォ」
アステリオスの口が開き。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
腕を上げて叫びだす。
その声量は、声を上げて逃げていく冒険者達にも届いた。
フィンたちが戦闘態勢に入る、向かってくると判断したのだが。
「ヴォー……」
フィンたちを見て、口角が跳ね上がった。
生え揃う白い歯を見せて、楽しそうに笑った。
「……なんだ?」
フィンたちにはそう見えた、だからこそその後の行動、踵を返して階下へと向かって歩いて行く姿の唖然としたのだ。
「………」
ドスドスと悠然と、そのまま八階層から黒焔のアステリオスは姿を消した。
凱旋だった、圧倒的脅威を前に死者無しで切り抜けた英雄たち。
しかしながら、讃えられるべき英雄たちの顔には笑顔がない。
それも当然だ、最初に考えていた通りだったのだから。
ホームへと帰還し、無事に帰ってきた子どもたちを出迎えたのは笑顔のロキ。
ようやった、ようやったとパーティーの準備まで進めていた。
だがそれを留めたのはフィン、パーティーは後回しで事の顛末をロキと戦闘に参加した者たちだけで話した。
最初は笑顔だったロキの表情は、フィンの話が進むにつれて消えていった。
『僕ら、現状の冒険者がどれほど集まっても戦いにはならない』
この事についてフィンもガレスもベートもティオネもティオナも、精神疲労でまだ眠っている二人も笑顔を浮かべることはないだろう。
本気で襲いかかられていたら誰一人帰ってこれなかった、歴然たる事実としてフィンはロキに話した。
ロキはロキで、頬を引き攣らせながら全てを聞いて。
『話がちゃうやろうがぁぁぁぁ!!!!』
テーブルを思いっきり叩きながら、激怒して大声を上げた。
ギルドの事前の説明では第一級冒険者達ならアステリオスの討伐は可能だと説明を受けたのだ。
だが現実はどうだ、終始遊ばれていただけで地上に生きる者ではどうしようもない自然災害のような存在。
それこそ天にて全知全能の力を振るう神、勿論存在として違うがどうにか出来る存在ではないと言う意味で神と同じモンスター。
そんなもんをろくに調査せず戦わせていた、あまりにも手落ちなギルドの対応にロキは憤慨していた。
現状最上位の冒険者たちが根こそぎ消える可能性があったのだ、同時に愛する子どもたちがいなくなっていたかもしれないと思うと表情を歪めるのも仕方がなかった。
そこからのロキの行動は早かった、討伐作戦に参加したファミリア全ての主神に直接会いに行き、今回のあまりにもふざけたギルドの行動に制裁を加える協力を申し出た。
ギルドがファミリアに制裁を加える事があっても、ファミリアがギルドに制裁を加える事など過去千年の中で一度もなかった。
その前代未聞のロキの行動に当然渋る神も居たが、正当性はこちらにあると口を回して丸め込み協力させた。
そうして起こったのはファミリア・ギルド戦争だった、勿論に殺傷沙汰ではなく悪い悪くないと口論となってあれよあれよと事が大きくなった。
ギルド側は一般に知れ渡ることを危惧してこれ以上事を大きくしたくはない、和解として示談を申し出てファミリア側はそれに応じた。
その結果、ロキの口が回りまくった。
今回のアステリオス討伐作戦に参加した全てのファミリアに対して『魔石の買取額アップ』や『ポーションなどのダンジョンに必要なアイテムの一部金額の負担』など。
十を超える特例をギルドから引っ張りだしたのだ、ロキとしては当然その程度で収まるわけはなく、今回の作戦を考えた者の更迭やオラリオからの追放などを要求。
信頼を落とす結果を作りだしたギルド職員は、ロキの要求通り居なくなった。
そういった結果が出た後、ギルドと言うファミリアの主神ウラノスが出張り、この話はこれで手打ちだとロキに宣言する。
これで終わらせて置かなければ、ロキならば今後もこの話を引っ張り延々とギルドから搾り取りかねないと判断されたためだった。
そうしてアステリオス討伐作戦とファミリア・ギルド戦争は終焉を迎え、オラリオは今までよりも大きくなったダンジョンの潜在的危険性を抱えたまま回り続けるのであった。
最後は駆け足、ベルと絡ませたいが潜らないからなぁ。
あと九巻の新設定出ましたけど、この主人公とは全く関係ないので読んでなくても問題なし。
次で最終回、続けるにしてもベルがダンジョンに潜った時に出張ってくることしか出来ない。
どうせグダグダになるのでさくっと終わらせます。