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人それぞれ、という言葉がある。生まれ育った環境なり経験してきたことなりで形成される人格というものは、ほんとうに様々だ。クールな人、お人よし、短気、人を食ったような性格、挙げてみればキリがない。私こと木虎藍が所属するボーダーという組織にもたくさんの人がいて、それだけ変わった人も多い。それは割合で考えれば当然のことで、私はそれに文句をつけるつもりはないけれど、ただ――――。
――――ただ、変態が存在するとは思ってもみなかったのだ。
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ある冬の寒い日、不意に私のスマートフォンが振動でメールの着信を知らせた。つい三日前まで私たちの防衛している三門市において大規模な戦闘が行われていた折のことだったから、おそらくそれに関わる連絡だろうとアタリをつけてメールに目を通す。メールの差出人は思った通りの人だったけれど、その人にしては珍しく内容が具体的に書かれていなかった。“とりあえず本部に顔を出してほしい” という旨の内容で、もともとそのつもりだった私はちょっとした疑念だけを抱いてボーダー本部に向かうことにした。
ぴんと張った冷たい空気が肌を刺す。寒いのが特別に嫌いというわけではないけれど、だからといって元気に走り回れます、なんてことにはならない。そんなことを思っていると小学校低学年くらいの男の子たちが私の真横を元気に駆け抜けていって、その子たちの背中を目で追っていくと、そのうち巨大な建造物が目に入った。本部とは言いながらどう見ても無骨な造りで、要塞みたい、なんて評判が後を絶たない。私個人としてはダムみたいだな、と思っている。そのダムの中に私を呼び出した人がいるということで、私は心持ち歩く速度を上げた。
“伝え忘れていたことがあった” とメールには書かれていた。ということはメールでも電話でも伝えきれない情報量なのだろうか。私は立場上のこともあって面倒なことに関わる機会はそれなりに多いという自覚はあるけれど、ひょっとしたらその類のことなのかもしれない。組織というものは大きくなればなるほど、必ずどこかしらに面倒を抱えるようにできている。そう教えてもらったことがある。メールには作戦室で待っているとも書いてあったので、余計な寄り道をせずに私の所属する隊の作戦室へ向かうことにした。
エレベーターを降りて作戦室のあるほうの廊下へ目を向けると、ちょうどうちの隊の扉に腕を組んで寄りかかっている隊長の姿があった。視線はこちらへ向けられてはおらず、私に気付いてはいないようだ。何をしても絵になるタイプの人で、このまま写真に収めたってよさそうだ。でも私はせっかくなら烏丸先輩の……、ごほん。作戦室に呼び出したのに隊長の立場にある人が外で待っているというのはなかなか考えにくかったので、私は声をかけることにした。
「嵐山先輩、そんなところでどうしたんですか?」
「おお、木虎! 早いな。ああ、それよりすまないな、せっかくの休みに呼び出してしまって」
「お気遣いなく。もともと今日は本部に来るつもりでしたし」
「そうか、それはよかった」
そういって微笑む嵐山先輩の顔立ちは本当に整っていて、さっき絵になるなんてことを言ったけれどそれは冗談でも何でもなく、実際に絵になっている。わかりやすく言えばボーダーの顔として広報の役割を担っているのだ。もちろんそれは先輩だけではなく嵐山隊として。つまり私こと木虎藍も微力ながらボーダーの広報活動をこなしているということだ。ふふん。
「それより先輩、伝え忘れていたこととは? 大規模侵攻の処理ですか?」
「いや、そういう話じゃない。ボーダー隊員の話なんだ」
ひどく不思議な話だ。A級という、組織の中での精鋭とされる立場の人間が聞くようなことではなさそうに思える。規格外の隊員が入ってくるにせよ私個人を相手にする話ではないはずだ。廊下を見渡した限りでは嵐山先輩以外の姿は見受けられなかったし。それに規格外というならつい最近とんでもない新人が二人もボーダー組織の一員となっている。よってこの線はナシ。
さてそうなると入隊の反対ということ、と考えて血の気が引いたところで、先輩が後ろのドアを親指で指した。
「ここに木虎に会っておいてもらわないといけないヤツがいるんだ、待っててもらってる」
「そうなんですか」
内心で胸を撫で下ろしまくっていた私は、先輩には失礼だけど正直そこに誰がいるのかとかはどうでもよくなっていた。嵐山隊が健在ならもうそれでいいじゃない。表面には出さずに安心していると、嵐山先輩の後ろのドアが勝手に開いた。開閉スイッチを押していないのに。論理で考えれば簡単だ、中にいる人が出ようとして――――。
ゆっくりと横にスライドしていくドアから次第に見えてきたのは、あからさまにまともじゃない見た目をした人だった。ぴっちりした長袖の紳士用肌着に学校の制服と思しき黒いズボン、両肩に黄色い輪っかをつけている。それもサイズが妙に大きい。そしてその奇妙な輪っかと同じレベルで目を引くのがその髪型だった。すべての髪が彼から見て右前方にぼさぼさとしながらも統一されているのだ。それもやけに長い。こんなおかしなセットをしなければ背中まで簡単に届くぐらいの長さだ。もう少し言っておくとなぜか彼の顔と髪が垂れている間にはもうひとつ顔が入りそうなほどスペースが空いている。
“あやしい” という言葉を具現化したような人は嵐山先輩ににこやかに話しかけようとして、私の存在に気づき、まじまじと見つめたあとでこう言った。
「やあ、キミが噂のジョゼフィーヌかい?」
「誰ですかそれ!?」
思わず初対面であるのにもかかわらずツッコミを入れてしまった。
「ははは、違うぞマサル。前に話しただろう、うちの隊の木虎だよ」
「なんだジュンジュン、人が悪いなァ。僕はてっきりめそ……、ゲフン!」
まさる、というのはおそらくこの人の名前だろう。それにしてもこれだけ短いやり取りの中だけで尋ねたいことがいくつも湧いてくるとは。ただ直感としてきっとこの人に質問してもまともな解答は得られないだろうことが理解できていた私は、迂遠かつ失礼であることを承知の上で嵐山先輩に聞いてみることにした。
「嵐山先輩、こちらの方は?」
「ああ、花中島マサル。S級隊員のひとりだよ」
「え、S級!? そんな、迅さんと天羽先輩しかいないはずじゃ……!?」
「お、ユーミンとツッキーのことかい?」
知っている人の名前が出たからか花中島マサルなる人物が食いついてくる。というかさっきから思っていたけれど呼び方がむちゃくちゃだ。誰も迅さんのことをユーミンなんて呼ばないし、嵐山先輩のことをジュンジュンとも呼ばない。天羽先輩は人によっては呼んでるかもしれないけれど、少なくとも私は聞いたことがない。ついでに私はジョゼフィーヌじゃない。
現れた人物があまりに異常で混乱していたのか、疑問に思うポイントがずれ始めていた私を元の軌道に修正してくれたのはやっぱり嵐山先輩だった。
「マサルはちょくちょく勝手に旅に出るからな。基本的にはいないものとして扱われている」
「か、勝手に旅、ですか……」
「そう、だから城戸司令のウケは良くないんだ」
そう言って嵐山先輩はくつくつといたずらっぽく笑った。その笑いがどちらに向けられたものなのかはわからないけれど、ボーダーという組織において司令に楯突く行為はほぼあり得ない。勝手に旅に出ておいてふらっと戻ってこられる辺り、本当にS級隊員なのだろう。S級とはそれくらいに途方もない戦力なのだ。さてそんな紹介を受けた当の本人はどんな反応をしているかな、と目を向けると、その人はなぜか首からアコースティックギターを提げていた。
ちょっと待って。いやたしかに視線を向けてはいなかったけど視界の端にはずっと入っていて、その場から動いていないことは間違いない。というかそもそもうちの作戦室にギターなんて置いてないはずだし、どう見てもドアから姿を見せたときは手ぶらだった。それが今や調弦を丁寧に行っているという有様だ。まったく訳がわからない。だってそれは物理的におかしいじゃない。
「えっ、いやそれどこから、ギター? え?」
「フフフ……」
あ、ダメだこの人答える気なさそうだ。
「とまあ、そんなわけだから木虎も自己紹介してやってくれないか」
あまりにも未知の存在と出くわしてしまったことを原因としているとはいえ、礼を失してしまったことを私は恥じた。ましてや嵐山先輩の紹介なのだから、本当ならば私から名乗ってしかるべきなのに。二人のやり取りを見る限りは少なくともそれなりには親しそうだし、嵐山隊の隊員として無礼を働くわけにはいかない。私は所属と名前をきちんと言うことに決めた。
「ボーダー本部A級五位、嵐山隊所属の木虎藍です。今後ともよろしくお願いします」
「ウォンチュウ!」
親指を立てて片目をつぶり、親しげに声をかけてくる。意味はわからないけどきっと肯定の意を示すサインなのだろう。めちゃめちゃいい顔をしているのがまた妙に私の神経を刺激する。それ以前にウォンチュウって。相槌として考えようが考えまいがおかしいでしょう。いくら嵐山先輩と仲が良いからって私はごめんだわ。
私のそんな切実な思いにはまったく気付くことなく彼は顎に手をあててなにやらぶつぶつと呟き始めた。しかも表情は心なしか楽しそうだ。
「うーん、アダ名は何がいいかなあ……」
この人はいったい何を言っているのかしら。アダ名、ニックネーム、愛称。まさか私につける気だとでも言うつもりじゃないでしょうね。待って待って本格的に意味がわからない。ちょっと嵐山先輩、助けて。どうにかしてこの人を止めて。そう思って先輩に視線を飛ばすと、先輩はにっこり笑った。
「お、気に入られたな、木虎」
そうじゃない。そうじゃないんですよ。嫌われたいわけじゃないですけど、だからといってこの人に気に入られたいってことでもないんですよ。今だけはあなたのその爽やかな笑顔が憎たらしいです。口に出すわけにはいかないですけど急いで止めてください。ああ、なんだか今にも考えがまとまりそうな顔をしてる。
「……“キコ” か “闇鍋” かなァ」
ダメだ、どっちもダメだ。片方は小学校のころを思い出すし、もう片方はまったく意味がわからない。心の底から止めたいけれど、でもきっとこの人は私の言うことなんて聞かないはずだ。この場において嵐山先輩は頼りにならない。ということはおそらくアダ名がつけられるのは避けられない。あっちだけは絶対にイヤだ、止めなければ。
「んー、やっぱり闇な……」
「き、キコがいいですっ!」
「おや、そうかい? 個人的には闇鍋のほうが……」
「キコのほうがセンスありますよ! ええ!」
なにかが心の琴線に触れたのか、彼は視線を足元に落として一度身を震わせた。そのあとで跳ね上がるように体を起こして、とんでもなくまぶしい笑顔を浮かべた。
「や、やっぱりかい……? 僕もそう思っていたんだよ!」
ウフフ、君はキコだよ、と幸せそうに私の新しいアダ名を連呼するS級隊員に、私は形容しがたい負の感情と案外チョロいんじゃないだろうかという思いを同時に抱いた。
これからのことを思うと、私は、ひどく落ち込みたくなりました。
気が向いたら続きを書きます