――パンッ!――
部室内に響く乾いた音。
「どう、少しは目が覚めたかしら?」
音の発信源は一誠とリアスの間から。リアスが一誠の頬を叩いたからだ。
「部長、俺やっぱりアーシアを助けに行きます!」
「……どうして分かってくれないのかしらね」
最早、この問答は平行線の一途だな。
俺は部室のソファー座りながらこの口論を見ていた。
事の発端は一誠からだ。こいつ、今日の夕方あろう事か再びあの金髪美少女シスターのアーシア嬢と出会ったのだ。
ホント、この町だって別に狭く無いのにすごい巡り合わせの良さだな。
まあ、今はそれは置いておこう。問題はその後だ。
一誠の奴、アーシア嬢を遊び――世間ではコレをデートという気がするが――に誘ったのだ。
そしてその後、堕天使にアーシア嬢を連れ去られたのだ。
もうここまで来てしまえば、コレは堕天使側の問題だ。俺たち悪魔が手を出していい話ではない。
嫌なもんだが、これは仕方か無い。
が、この愚弟。あろうことかアーシア嬢を救い出したいと言い始めやがった。
当然、そんな事リアスが許すはずがない。
もし、堕天使側にいるあの子を勝手に奪えば、堕天使に悪魔が喧嘩を売ったことになってしまう。こちら側にその意志が無くてもあちら側が難癖つけてくるれば、そんな物いくらでも変えられる。
仮に一誠がはぐれ悪魔だったらまだ話は一誠の単独行動で、悪魔側は知らないと言えば何とか言い逃れが出来るだろう。だが、一誠はリアスの眷属。加えて言うならば、リアスの実家は侯爵と言う。当然、悪魔界でもそこそこの地位にあるんだろう。
その眷属である一誠が堕天使側に喧嘩を売れば相当マズイ事になるだろう。それを彼女は懸念しているんだと思う。
……まあ、単純に自分の眷属である一誠を危険な目に遭わせたくないのもあるんだろうけど。
「じゃあ、俺を眷属から外してください。俺一人でも救いに行きます!」
「あのねえ……!」
おいおい、一誠のヤツもう意固地になってないか? あいつって昔からあんな感じで頑固だし。そろそろ止めた方が良いかな。
「部長」
俺が止めるかどうか迷っていると、朱乃がリアスに近づいて、耳元で何か囁いた。それを聞いたリアスは顔を一段と険しくした。
何だ? 俺が訝しげにしているとリアスが机から離れた。
「イッセー。私は急用が出来たから朱乃と夏蓮を連れて出るわ」
「ちょ、部長!?」
おいおい、急用とはいえ話が終わっていない状態で行くのかよ? いくら何でもリアスがそんな事するはずが……。
てか、俺も!? 何でさ?
「ほら、夏蓮。行くわよ」
「いや、まあそれは良いんだけど」
戸惑いながらもソファーから立ち上がって部室のドアに近づくリアス。
「部長! まだ話は終わって――」
「イッセー、『プロモーション』って知っている?」
イッセーの言葉を遮って、リアスが唐突に話し始める。
プロモーションってあれだよな? チェスの『
「プロモーション?」
一誠は知らないようで首を傾げていた。
「イッセー。貴方は『
「うぐっ」
な、何故ばれた? 顔に出てたか?
「確かに普段ならば『
えーと確か……。
「通常のチェスと同様、敵陣地の最奥、最も重要な場所まで入り込めば、昇格できるのよ。つまり、私が『敵地』と認めれば貴方は『
あー、アレか。成る程。『
つまりは、俺と一誠は朱乃や木場、塔城ちゃんの『
「それともう一つ。
リアスは一誠に微笑みながら言う。
「
……強く思う。何か感情論だな。神様が造った物らしいから、そういう摩訶不思議な現象を起こすのかもしれないな。
「さ、行くわよ二人とも」
「はい」
「リョーカイっと」
先に出た二人の後に続くように出ようとして、扉付近で立っていた木場の前で少し立ち止まる。
「あー木場」
「はい、何ですか先輩?」
うーん、何か改まって言おうとすると何だか恥ずかしいな。普段から愚弟、愚弟と言っているからだろうな。けどまあ、言わないとな……。
「その、一誠のことよろしく頼むよ? ああ見えて結構無茶するからな」
一誠には聞こえないように小さく言うと、一瞬、木場は驚いたような顔をしたが直ぐにいつもの笑みを浮かべた。
「何だかんだ言って弟が心配なんですね」
「うっせ。……弟を心配しない兄はそうそういねえよ」
「そうですか……分かりました。任せてください」
お、やっぱり木場はさっきのリアスの言葉の意味を理解していたか。さすが、イケメンは頭の出来も違うな。
「じゃ、よろしく頼むわ」
「はい、それでは」
「おう」
それだけ言い、俺は部室から出た。
廊下に出ると、二人はニヤニヤして待っていた。……何だよ、気味悪いな。
「ふーん、貴方、本当はイッセーの事がとても心配なのね?」
「あらあら、全くその通りですわね」
うぐ! 聞こえていたか。てか、何だその顔。まるで弄るモノを見つけたような顔は!
「普段はあんなに愚弟、愚弟って言っているのに」
「ホントですわ。よく説教しているって噂が随分流れていますし」
「「ニヤニヤ」」
「うるせーよ! 何だそれもう恥ずかしいな! 弟を心配する兄貴がいて何が悪い!?」
「いえ、別にそれは良いのよ? 唯ね……」
「貴方みたいに普段から弟を怒っている人が心配するなんて言うなんて……」
「「ツンデレみたい……」」
「あんた等何!? それが言いたかったの!?」
もうやだ! シリアスな展開じゃ無かったの!? 何だか俺を弄るために外出たみたいじゃん。
『えーと、先輩? 何だか騒がしいんですが……』
「何でも無い! 直ぐに行く!」
あーもう、すっげー恥ずかしい。
「ほら、急用なんだろ? 速く行こうぜ!」
「はいはい」
「うっふふふふ」
早足で行く俺の後を、リアスと朱乃が笑いながら付いてきた。
もう絶対あんな事言わん!
******
「で、急用って何だよ」
夜の町を歩きながら俺はリアスに聞いた。
あの後、転移魔方陣で町の外れにある森に来た俺たち。
俺は森の中を歩きながらリアスの後を付いていった。
リアスが俺の質問に答える。
「さっき朱乃から報告があってね。何でも堕天使数体がこそこそ動きを見せたそうよ」
っ! 堕天使が?
「おいおい、ここはお前の領土なんだろ?」
悪魔界の公爵家のリアスは悪魔のお偉いさんからここら一帯を領土として頂いているそうだ。
と言っても、別に税を取り立てるみたいなことはしない。ただ、此処での悪魔営業をお偉いさんに正式に許可されたというわけだ。
「あれ? 今回の堕天使の行動に介入しないんじゃなかったのか?」
そう、リアスは今回の件は一切介入しないと言ったのだ。
「ええ。けどね、ちょっと気になることがあるの。それを少し確かめにね?」
「なーるほど」
……何が「少し確かめにね?」だ。瞳から戦意が漂っているぜ。
つーか、だからさっきあんな事言ったのか。
『私が『敵地』と認めれば貴方は『
コレはつまり、リアスがGOサインを出したと言う事だ。
全く、優しいよな。リアスは。分かっていたけど。
一誠? 必ずアーシア嬢を助け出せよ? でないとリアスに申し訳が立たなくなるだろうよ。
「夏蓮、場合によっては戦闘になるわ。十分気をつけてね」
「はいはい。あ、そうだ。なあリアス」
「何?」
「俺もさ『プロモーション』やってみたいんだけど、出来る?」
『プロモーション』の話を聞いていたら、何だか俺もやってみたくなった。俺もまだ『
「ええ。私が許可すれば出来るわ」
「よしっ!」
やったね。楽しみになってきた。
「あらあら。何だか楽しそうですね」
「ん? ああ、まあね。……この力を試してみたい」
俺が笑みを浮かべると、リアスと朱乃は若干表情を赤くしていた。
「え、と……何?」
「え、いいえ! 別に……」
「ええ。唯、貴方の笑みが……その……」
? 何だ、はぐらかすな。普段ならあんまりこういう事しないのに。
「……思わず見惚れた、何て言えないわね」
「……ですね」
「何か言ったか?」
「「何でも無いっ!」」
何だよ。何か寂しいな。
******
それから少しまた歩いて、森の開けた場所に来た俺たち。
「さて、居るのは分かっているわ。出てきなさい、堕天使達!」
リアスが高らかに叫ぶと、空から三人の堕天使が羽を羽ばたかせながら現れた。
「あ」
「ふむ、君はやはりグレモリーの関係者か。成る程」
三人の堕天使の内の一人、アレは俺の腹をぶっ刺した野郎! 確か、ドーナシークって言ったか。
「ごきげんよう、堕ちた天使さん達。ちょっとお話がしたいんだけど」
「ほう、私どもでよければ答えよう」
仰々しく返すドーナシークだが、その瞳には見下しの感情が込められていた。
見れば、残りの二人にもその見下し感が多分に含まれていた。
そんな視線の感情をちゃんと理解しているであろうリアスはそんな事をまるで出さず、話を続けた。
「最近、あなた達が私の領土で活動して居るみたいだけどそれは堕天使全体での計画なのかしら? 一応そういう事ならちゃんと聞いておきたくてね」
「あら、そんな事を聞きに来たの?」
ゴスロリを来た堕天使が笑いながら言う。
「ふっ、今回はあくまで我々単独のモノだ。しかし、今回の件により同志レイナーレは至高の治癒の能力を手に入れ、アザゼル様に気に入られるだろう」
ドーナシークが両手を大きく広げながら大袈裟に言う。
と言うか、普通にバラしたよ、こいつら。自分たちが上層部無視して勝手に動いているって。
「へえ……」
ドーナシークの言葉を聞いたリアスが目を細める。
「それにしても貴様たち、たった三人で我々に相対してどうする気だ? 大人しく帰るなら見逃してやっても良いぞ?」
最後の堕天使が上から目線でものを言ってくる。
それに同調するように、他の堕天使たちも笑っている。
完全にこちら側を下と思っているな。女二人に男一人。弱者と思われているのかね?
しかし、そんな安い挑発、我らが主様には全然効果は無いようだ。
「……自分たちの実力も弁えず、愚かなこと。良いわ、堕天使総意の計画では無いのね。なら、何の事前通告も無く私の活動領土に入った罪で消し飛ばしてあげるわ!」
リアスが高らかに宣言すると、堕天使が殺気立ち始めた。
「言ったな小娘が! 悪魔風情が我ら至高の堕天使を倒すだと? おごがましいわ!」
そう吠えると、三人の堕天使が翼を広げて光の槍を出現させた。
俺たちも臨戦態勢に入る。
そこで俺はリアスに話しかける。
「なあ、リアス」
「何?」
「あの俺を殺った堕天使。あれ、俺にくんない?」
「……リベンジ?」
リアスの言葉に頷く。
「ああ。やられっぱなしは気にいらねえ。だから――」
俺は『
「あれは俺が狩る。誰にも邪魔はさせない」
「そう……なら、あの堕天使は貴方に任せるわ。けど、自分で言ったんだから、ちゃんと勝ちなさいよ」
「ははっ! 安心しろ。――負ける気がしない」
俺の言葉にドーナシークは怒りが頂点に達したようだ。
「良いだろう……貴様は私自らが消滅させてくれるわ!」
「はっ、吠えてろ。……その首、体とおさらばさせてやるよ」
俺は剣を構えると、叫んだ。
既にリアスから許可は貰っている。やってみるぜ!
「プロモーション『
俺がそう宣言すると、体の内から力が沸くのが分かる。
コレが『プロモーション』。すげえな。本当に力が沸く。
「プロモーション!? 貴様、『
「ああ。さて、やるか」
そう言うと、俺は地面を蹴った。
っ! 俺は自分で出した速度に思わず驚いた。
速い! 木場を見てて分かっていたが、『
何とか気を取り直して、俺はそのままドーナシークに斬り掛かった。
「はああっ!」
「むっ!」
ドーナシークが光の槍で俺の剣を受け止める。
「成る程! 悪魔となったことで身体能力が上がっているな! プロモーションの影響もあるだろうが、それでも中級堕天使の私と互角とはな!」
「はっ! アンタ中級か。良いねえ。アンタを倒せば更に強くなれる! そんな気がするぜぇ!」
俺は力を更に入れてドーナシークを押し返す!
押し負けたドーナシークは翼で体勢を整えながら高笑いする。
「はっはははは!! 成る程、君は戦闘好きか! 欲望に忠実な悪魔だな」
「褒め言葉として受け取っておくよ! 一応ね!」
確かに戦うのは好きだけど、何か他人に言われるのは心外だな!
「はっ!」
「むっ!」
何度も切り刻む俺たち。
膂力は殆ど同じ。力で押し返すのは至難のわざだ。
だが、『プロモーション』して『
このまま行きたいところだが、残念ながらこのままではヤツを倒すとまではいかないだろう。
要は、決定打が無いんだ。必殺技ってやつ? もしくはそれに準ずるモノ。
というか、この
さてさて、どうするか?