「あーいい湯だ……」
暖かいお湯に包まれながら俺は深く息を吐く。
現在、俺たちはグレモリー家が所有する温泉に来ていた。
効能も確かなようで、入っているだけで体の内から疲れが取れていく感じがする。
「ほら、お前も早く入れよ! しかも何だそのタオルの巻き方は」
「いやですううう! イッセー先輩のエッチィィィィィィ!」
おい、何だ? ヒトが折角気持ちよく入っているのに。
出入り口の方を見れば、一誠がギャスパーの腕を引っ張っていた。
どうやら、中々温泉に入りたがらないギャスパーを入れようとしているみたいだが……ギャスパーのヤツ、何で胸までタオルで隠しているんだ? あいつ男だろうに。
女装までしていると心が女になってくるのかー? まあ、ありうるかな?
「さっさと入れ!」
等と、馬鹿な事を考えていたらいい加減、イラッと来たのか一誠が無理やりギャスパーを温泉に放り込む。
純粋な腕力なら一誠の方が上なので、ギャスパーはあっさりと宙を飛びながら温泉に突っ込む。
激しい水音と共にギャスパーがお湯にダイブする。
「いいやああああああ!! 溶けるううううううう!! イッセー先輩のエッチぃぃぃ!」
「何でだよ」
思わず突っ込む。吸血鬼ってお湯に入ると溶けるの? 訳わからん。
『イッセー、ギャスパーにセクハラでもしているの?』
隣の女風呂からリアスがからかい気味に声を掛けてきた。
「ちょ、違いますよ!」
『あらあら、イッセー君は可愛い子なら何でもいいんですか?』
朱乃も悪乗りし始めたな。
『そ、そうなんですかイッセーさん……』
アーシア何か変な勘違いし始める気がするな。面白そうだから放置するけど。
「朱乃先輩まで何言ってんですか! アーシア、違うからな!」
はは、相変わらず面白いなあ一誠がからかわれている姿は。見てて飽きない。
「相変わらず元気だなお前たちは」
隣に誰かが入ってきた。
見ると、アザゼル先生が頭にタオルを乗せながら気持ちよさそうにしていた。
「先生、確かゼクス兄さんたちと会議じゃなかったけ?」
それが理由でグレモリー領で電車を降りずに魔王領まで行ったはずだが。
「終わったから来たんだよ。サーゼクスの方はまだやることが残っているらしいけどな」
「ふーん」
しかし……。
「先生少し離れろ。風呂で男が近くにいるとか、むさ苦しい」
「ハハハハハ! 遠慮がねえなお前。まあ良いじゃねえか男同士、裸の付き合いってやつよ」
「誰がするかそんな事」
しっしっと手で追い払う俺。
相変わらずアザゼル先生は楽しそうだ。
「そういやあ、カレン、イッセー。お前ら女の胸ってもんだ事あるか?」
「……いきなり何言ってんのさ」
アザゼル先生上せているのか? いや、このヒトは元々こういうヒトだったか。
「い、いえ。揉んだ事無いです」
一誠が近くに来て真剣な表情を浮かべている。
「そうか、カレンの方はどうだ?」
「ノーコメントで」
誰が答えるか。
しかし、この対応が悪かったらしい。アザゼル先生は笑みを深める。
「ほお、どうやらカレンは経験あるらしいな」
「え、そうなの兄貴!?」
「……」
思わず視線をあらぬ方向に向ける。
「どうやら経験済みらしいな」
「マジかよ! いつの間に!」
血涙を流すんじゃないかと思える程悔しそうにしている一誠。
ああもう、疲れるなあ。堕天使の幹部たちは人間の女に誑かされて堕天したって聞いたけど、この手の話には本当に食いつき気味だな。
「相手はリアスじゃあ無いだろうな。流石にイッセーたちが気づくだろうし。そうなると、昔の女か。なあ、どうなんだ?」
アザゼル先生が興味津々な様子で聞いてくる。一誠も聞き逃さないと言った感じでこっちを見ている。
幸いな事に女湯までは聞こえていないようだ。そこだけは本当に感謝だな。
「……何も言わないよ」
「ちょ、兄貴それは!?」
いい加減鬱陶しいので、一誠の頭を掴むと、そのまま湯の中に突っ込む。
「がぼぼぼぼぼ!?」
「丁度いいや一誠、百数えるまでちゃんと入っていようぜ。そーら、いーーーーち、にーーーーい」
「がぼがぼ!?」
長いぞ! とでもツッコミを入れているような目でもがく一誠。
ははは、覚悟しろ。なーに悪魔だからそう簡単に死にはしないだろうぜ。
「お前容赦ねえな……」
呆れたようにこちらを見るアザゼル先生。
「先生もやりますか?」
「やるわけねえだろ……」
ため息をこぼす先生だったが、ふと思い返したように俺に聞いてくる。
「そういや、お前、親父の眷属達に会うんだろ?」
「え、ええまあ。あんまり覚えていませんけど」
突然の話題の変更に戸惑いながらも応える。
「そうか、レオン・グレモリーの眷属達は現魔王たちの眷属と比べても遜色ないほどの実力を持っていた。それでも、神星剣には敵わなかった」
「……」
神星剣……四死剣たちか。
どろりと、胸の内に何かが生まれてくる。
黒い感情が俺の中を侵食するような感覚だ。
「奴らの行方は?」
「まだ流石に分からん。三大勢力が血眼になって探しているんだけどな。
「そこら辺は俺は興味ない。四死剣の連中が出たら俺が相手してやる」
「……ま、神星剣の相手は神星剣が一番だからな。ただ、問題は連中がどれくらい神星剣を集めているかにある」
深刻そうな顔をする先生。
「四死剣と名乗っているからには四人の神星剣使いがいるって考えたほうが良いだろう。ただ、それだけで神星剣が四本だけしかないって訳にはならない。連中がお前の以外の全てを持っていたとしたら、本当にやばいからな……」
俺以外のと言うと、七本か。
「問題ない。俺が全部叩きのめす」
「そういうが、お前の今の実力じゃあ一対一でも奴らには勝てないだろう?」
「…………」
否定したいが、残念ながら先生の言う通りだ。
今の俺はまだ神星剣に振り回されている部分が多い。このままじゃ、碌な勝負にならない可能性もある。
「ま、安心しろ。お前はまだ伸びしろが沢山ある。この夏休みでも、多少は修行するんだ。そこで少しでも伸ばせばいい」
「修行? そんな事するんですか?」
聞いていないが、チャンスではあるな。
恐らく、余り長い時間は使えないだろうがそれでもここで少しでも力を伸ばす必要がある。
「この修行でイッセーの完全な禁手化を……あ」
「あ」
イッセーで思い出した。
ふと、見れば、一誠がお湯に浮かんでいた。
…………。
……やべ。
「おいいいいいいい!! 一誠! 大丈夫かぁ!?」
慌てて一誠を救助する俺だった。
その後、何とか息を戻した一誠だったが、俺はリアスたちにこっぴどく叱られた。
この年になっても正座されて説教とか、笑えねえ……。
******
「もう直ぐ、か……」
温泉に浸かった次の日。俺は実家に戻っていた。
まあ、実家と言ってもあんまり実感が湧いてこないのだけどね。住んでいたのだって物心つくかつかないか位の年だっただろう。
転移魔法等を繰り返し、途中からは馬車に乗って移動した。
「……で、なんでもお前らまでいるんだ?」
馬車の中で喋っている一誠たちを見て言う。
「やっぱ、気になるしさ。兄貴の実家が」
「カレン先輩の生まれ育った場所なのだろ? 私も興味がある」
一誠とゼノヴィアが口々に言う。
「お前らもか?」
祐斗たちの方を見れば、苦笑いが返ってくる。
「すみません。迷惑かとも思ったんですけど」
「ぼ、ぼくも見てみたいですううう」
祐斗のギャスパーは遠慮がちだから良いけど。
「カレンの実家なら私の実家でもあるわ。私が行かない理由なんて無いモノ」
「あらあら、相変わらずリアスはわがままですね。それでも言うのでしたら、私もカレンの実家には興味があります」
但し、リアスと朱乃。お前らは駄目だ。なんでそんな自分気ままなんだ。
「はあ……」
ため息を付く俺。
「……まあ、良いけどさ」
そこで俺はふと、小猫の方を見る。
相変わらずぼうっとしたままだ。
普段からボンヤリとしている所があるのだが、今日は輪にかけて覇気が無い。
俺が聞くのもお門違いかもしれんが、このまま放置しておくのも問題だろう。
とはいえ、俺も今は自分の事で手一杯だ。これが片付いてからだな。
******
馬車で移動する事、数十分。俺たちは俺の実家に到着した。
「ここが兄貴の実家……」
一誠が感嘆するように呟く。
俺は黙ったまま見上げていた。
記憶が正しければ、この館全焼していたはずなんだが見事に復活しているな。
グレモリー本家の城よりも小さいが、それでも人間の一般感覚からすれば本当にデカい。
「リアスお姉さまもここによく来ていらっしゃっていたんですよね?」
「ええ、私も詳しくは覚えていないのだけれどもね。でも、何となく懐かしい気持ちが湧いてくるわ」
アーシアの質問にリアスは目を細めながら言う。
「行くか」
俺を先頭に玄関に歩き始める。
すると、門の前に男女が二人いた。
どちらも金髪の髪をしており、執事の着る燕尾服とメイドの格好をしていた。
男性、というか、青年の方はカールの掛かった髪で左右の腰に細剣を装備していた。
メイドの方は俺とそんなに大差変わらない年頃だ。ただ、佇まいが凛として隙が無い。かなりの強者だろう。
それは青年の方も言えるけどな。
そして、同時に俺は少女の方に強い既視感を覚えていた。
「……まさか、彼女がそうなのか?」
「カレン?」
俺は迷うことなく歩を進める。
やがて、二人の前に着くと、二人は深々と頭を下げた。
「ご帰還、心よりお待ちしておりましたカレン様。よくぞご無事で」
震える様に喜びを露わにしながらメイドが言葉を口にする。
「もうティアちゃんたら……私の方か言わせてもらうわ、カレンちゃん良く戻ってきたわね」
心から嬉しそうに、青年が……言った。
「カレン、ちゃん?」
ちゃん付けで呼ばれたことなど今まで一度も無かった筈なので、何だか変な感じがしてくる。
「ああ、カレンちゃんあんまり覚えていなかったわね。改めて自己紹介するわ。私の名はセルヴィア。セルヴィア・ロノヴェ。貴方のお父さんのレオンの
宜しくね、と軽くウィンクしてくるセルヴィア。
親父の眷属。そういえば何となく覚えがあるような。
「お久しぶり、です……?」
「覚えていないんでしょ? これからまた親交を深めていけば良いわ」
そう笑って言ってくれるセルヴィアだが、やっぱりこの口調に違和感を感じる。
「リアスちゃんも元気そうね、会うのは本当に久しぶり」
「ごめんなさい。お会いした事はあると思うんですけど……」
「仕方ないわ。リアスちゃん忘れちゃったから」
……? どういう事だ? リアスも忘れた?
「リアスちゃんの眷属の皆も宜しくねえ」
『よろしくお願いします』
一誠たちも揃って挨拶をした。
「さ、ティアちゃん。貴方の番よ」
「ティア……?」
ここにきて俺はその呼び名に引っかかりを覚える。
記憶が刺激を受けている。
そうだ、この少女は……。
「――ティア。ユースティア」
俺が静かに彼女のフルネームを答える。
少女、ユースティアが驚いたように顔を上げる。
髪の色と同じ金色の瞳をこちらに見せながらマジマジと俺を見詰める。
やがて、ゆっくりと泣き笑いのような表情を浮かべる。
「お久しゅうございます、カレン様。――漸く、会えた」
目じりに涙を貯めて、直ぐにでも流しそうな勢いだ。
俺は思わず、指で涙を拭ってやる。
「泣くなティア。――いや、ティア姉と呼んだ方が良いか?」
「いえ、昔ならいざ知らず、今は呼び捨てで。私は貴方様に仕える存在ですから」
再び頭を下げるティア。
頑なだな。
「兄貴、そのヒトの事は覚えているのか?」
後ろから一誠が声を掛けてきた。
「ああ、紹介するよ。彼女はユースティア。昔俺の遊び相手をしてくれたヒトだ」
「お初にお目にかかります」
再びお辞儀をするティアに、一誠たちも挨拶を返す。
そんな中、リアスだけは複雑な表情を見せていた。