「……」
火山口付近。俺は目の前の茨木童子と対峙していた。
修行最終日。この日は腕輪を外されて俺は久しぶりに神器を手にする事が出来た。
リンドからは散々文句を言われたが。二週間近く誰とも話す事が出来ず、何かに縛られる不快な気分をずっと感じていたらしい。
まあ、腕輪を嵌めたのは俺じゃあ無いんだけどな……。
そして何とか宥めすかしてリンドの機嫌をとる事を専念した。
いやあ、機嫌を悪くした女の機嫌を直すのはマジで大変だわ。つうか、あれか?俺と付き合いのある女が皆がそんな感じなのか?そうだとしたら何か納得がいかないな。
閑話休題。
修行最終日という事で、最後の模擬戦をやる事になった。
まあ、模擬戦と言えるだけの規模では済まされないだろうけど。
因みに禁手化は禁じられている。あくまで自分の素の力と、通常の神器の力のみで戦うように言われている。
『全く、どんな修行をしていると思えば、ここまで強力な鬼相手に素の力のみで戦っていたとは、貴方は自殺願望者ですか?』
そこまで言っちゃう?
『ええ、言いましょう。私の今代の宿主は馬鹿で阿呆で考えなしで、すぐに冷静さを失う子供で馬鹿ですね』
馬鹿って二回言われた。二回言われたんだけど!?
何だろう。まだ機嫌悪いのか?何時になく口が悪いぞこの龍。口は無いだろうけど。
「……そろそろ始めるぞ」
黙っていた茨木童子が口を開く。
「良いか、あくまで使って良いのはその状態だ。禁手化を使うのは禁止する」
「ああ」
「では……」
茨木童子が……構えた。
そう、構えたのだ。この修行期間、一度も構えたことが無い茨木童子が。
「……」
俺も剣を構える。ここまで剣を握らなかったのは恐らくあの時以来だろう。
「……は」
息を短く吐く。
油断するな。一瞬で奴から動きを逸らした瞬間にやられる。
一挙一動に目を凝らせ。見逃すな。さすれば勝機がある。
「……」
「……」
ジリジリと足を動かす。
突起物が多い火山だ。足元にも神経を集中する必要がある。
汗が垂れる。流石に火山口近くだとここまで暑いか。
緊張感が漂う。
そして、それは訪れた。
火山口からマグマが噴出する。
「っ!」
「……」
同時に動き出す。
******
「よお、茨木」
ペルセウスが親しげに話しかけるも、茨木童子は無言であった。
「カレンはもう山を降りたのか」
「……ああ」
「どうだったよ、あいつ?」
ペルセウスの質問に茨木童子は右腕を上げることで答える。
右腕には刀傷が残っており血が流れていた。
「驚いた……カレンの奴、そこまで力を付けたのか」
「あの二人の才を十二分に受け継いでいる。それは間違いないだろう」
「我らが主とその妻の才能か……末恐ろしい」
冥界のみならず、各勢力の上層部にその存在を知られているレオン・グレモリーと朝凪日月。その二人の間から生まれた子供。注目を浴びるのは当然と言えるだろう。
「それよりも、見たかあの傷」
「傷……カレンの胴体に出来ているあの大きな傷か」
「ああ、あれは間違いなく神星剣によるものだ」
かつて自分たちが受けた傷があった場所を摩りながら茨木童子は言葉を続ける。
「神星剣でつけられた傷はそう簡単に治らない。それは俺たちが一番よく分かっている事だ」
眷属の殆どが命を落とし、生き残ったのはセルヴィアと茨木童子、そしてペルセウスの三名だった。
その三人も神星剣でつけられた傷が治らずしばらく生死の境目をさまよっていた。
「カレンは日月の持っていた神星剣の加護のお陰で何とか大丈夫だったようだな」
「……だが、傷跡は残っている」
「まあ、それもそうだが、問題はカレンの持っている神星剣の方だ。間違いなく、四死剣の連中は狙ってくるぞ」
「そして小僧自身も、だ」
二人の間に沈黙が漂う。
「茨木、分かっていると思うが……」
「分かっている。……あの時の約定は守るつもりだ」
「なら、良い」
ペルセウスは空を見上げる。
そこには変わらず、冥界独特の紫色の空があった。
(そういえば、彼女はこの空を嫌っていたな)
――何よこの空。気持ち悪いわねー。人間界の方が断然綺麗に決まっているわ――
冥界に住む全員を敵に回すような物言いを公衆の面前で堂々と言い切るのだから、彼女の豪胆さには呆れてしまう。
だが、そんな彼女に嘗ての主人は惚れ込んだんだろう。でなければ、あれ程にアピールしないだろう。
「さて、我らが新しい主の恋路はどうなるかな?」
これからの事を想像しながら、ペルセウスは笑った。
******
「うぃーす、元気かーお前ら」
茨木童子との最後の打ち合いを終えて、グレモリー本家に帰還した俺。
他の面々は既に戻ったらしく、一同揃っていた。
「カレン先輩、お久しぶりです」
「よお、祐斗。お前も結構ボロボロだな」
「先輩程じゃあありませんよ」
そう言って笑う祐斗だが、体には結構包帯が巻かれている。
そして、身に纏うオーラが随分と変わった。以前よりもずっと洗練されている。
こりゃあ、期待大だな。
「うむ、皆修行はしっかりと出来たようだな」
「おお、ゼノヴィアって、何だその格好?」
思わず唖然とする。
何せ格好が完全にミイラとしか言えないほどに包帯だからけなのだ。
「うむ、怪我したところをどんどん包帯を巻いていったらこうなった」
「お前、薄々思ったが、馬鹿だろ」
「何故だ!?」
いや、そうだろう、どう考えても。
「兄貴」
「おお、一誠か」
確か、一誠も山籠りをしていたんだったな。俺と違うのはドラゴンに追いかけ回されていたんだっけ。
「兄貴は大分強くなったのか?」
「さあ、力の使い方は少しはマシになっただろうけど、強くなったのかは分からないな」
「なんだよ、兄貴にしては珍しく弱気な発言だな」
「言ってろ」
そんな風に軽口を叩いていると、リアスたちも来て、場所を移して修行の成果を話し合う事になった。
そんでもって、何故か俺たち兄弟の修行内容がドン引きされた。
皆、ちゃんとした場所で寝泊りしながら修行をしていたらしい。
「あの、先生?俺たちだけなんか酷くありません?」
「俺もカレンは兎も角、お前は直ぐに逃げ出すと思ったんだよ。正直驚いたぞ」
あっさりと言う先生。
「俺は兎も角って、俺が逃げ出す事は考えなかったのかよ」
「お前の場合、逃げ出したところで茨木童子に連れ戻されて終わりだろ?」
確かに。
「そ、そんな……俺、魚とか、食べられそうな猪とか捕まえたり、水を一回沸騰させてから水筒に入れていたりしていたのに」
「お前、サバイバル技術がしっかりと身についたじゃないか。良かったな」
「そんなんついても嬉しくない!つうか、兄貴もこんな感じだった!?」
「あーいや、すまん。飯に関しては全部差し入れがあったから大丈夫だった」
「なんだよそれーーーーーー!」
涙を滝のごとく流して地面を叩く一誠。
正直、これにビックリだよ一誠よ。
「まあ、一誠よ。こういった辛い出来事の後には必ず良い事もある。そう考えろよ」
「良い事って?」
「…………さあ?」
「間が空いた上に無いのかよ! ちくしょーーーう!」
うるせえな。全く。
「まあ一誠は放っておくとして」
「放っておかないで下さいよ先生!」
「もう、イッセーたら、アーシアお願いね」
「は、はい。イッセーさん」
「うう、アーシア……」
アーシアに抱きつく一誠。アーシアもよしよし、と頭を撫でている。
「しかし、そんだけやって禁手化はで出来なかったか。そこは残念だな」
そう言うが、然程残念そうでも無い様に見える先生。
まあ、そう簡単に禁手化出来たら苦労しないか。俺や祐斗も本人に劇的な何かがあったからこそ、禁手にいったんだし。
だからこそ、先生もそこまで残念そうじゃないんだな。
一通りの成果報告を終えると、夜からのパーティーに向けて女性陣は着替えを始めて、その間男性陣はその辺をぶらついていようと思ったのだが……。
「俺も着替えなきゃいけないのか?」
「此度のパーティーはカレン様の帰還を知らしめるためのものでもあります。その御身はキチンとした礼服を着ないのは考え無しでございます」
そこまで言うか。
仕方なく、本家に来ていたティアから礼服を受け取ろうとする。
「さ、こちらに」
「……ちょっと待て。何、俺はお前によって着替えさせられるのか?」
「? 何か問題が?」
「大有りだよ!」
何が楽しくてこの年になって自分と同年代の女の子に着替えを手伝わられなくちゃいけないわけ!? 嫌だよ!?
「どうされたのですかカレン様?」
本当に不思議そうに首を傾げるティア。
あれーあれのか。俺が悪いのか。俺が間違っているのか。
「い、いやあ、俺もさ、男の子だから、やっぱり恥ずかしいんだよ。な?」
「そうでしたか……申し訳ありません。カレン様のお心を知らずに、仕える者として失格でございます」
本当に後悔しているようで、顔を伏せるティア。
流石にちょっと悪い事しちゃったか?
「ま、まあ、分かってくれれば良いさ。気にしないでくれ」
「はい、でしたら私も心を鬼にさせていただきます」
……はい?
「カレン様のお心、私目にも良く分かりました。しかし、グレモリー家に連なるお方がそのような事で動揺されてどうされますか」
あれ、何か雲行きが。
「これからの長い悪魔としての人生、時としては着付けが難しい服装をお召しになれる事もありましょう。そのような時に先ほどのような事を言うおつもりですか」
もしかしなくてもこれって説教されているよね?
「カレン様」
「は、はい」
思わず敬語が出る。それくらい今のティアには迫力がある。
「今すぐに慣れろとは、私も言いません。ですが、今日は私は介添えをさせていただきますので、そのつもりで」
「……はい」
逆らえなかった。
******
「なあ、兵藤。会長って、カレン先輩の事が好きなのかな?」
「は?」
グレモリー家の庭で匙はそんな事を唐突に言い出した。
一誠は、思わず目をぱちくりとさせるが、直ぐに気を取り直して聞いてみる。
「何だって急に」
「いやさ、会長って先輩に会うといつも生徒会に勧誘していたんだよ。先輩は全部断っていたけど」
「ああ、そういえば、そんな事あったな」
まだ悪魔になる前にカレンがそのような事を食事中に愚痴を零していたことを思い出す。
「……え、マジなのか?」
「そうとしか思えねえ」
半端無いほど落ち込む匙。
「ちくしょう、お前の兄貴は何なんだよ……三年生の中でも二大お姉さまと言われているグレモリー先輩と姫島先輩に好意を抱かれて、しかも会長までって……。納得いかねえ」
「俺に言われても」
「お前弟だろ!? 何か弱点とか無いのかよ!?」
「何を聞こうとしてんだよお前!?」
「闇討ちでも何でも良い! あのヒトを倒して会長を!」
「お前少し落ち着け!」
そうして、女性陣が来るまでギャーギャー言い争いをしている二人であった。