フラグ!   作:椎名翔平

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 私が小説を書き始めて、通算二作目の長編ということになります。
一作目は多くの人へ後悔するレベルには至っておらず、元々星空文庫様で公開していたのですが、完結した状態で公開停止をしました。
 そして新たに思いついたのがこの作品という訳です。
 世の中には様々な『決まり事』や『お約束』などが存在し、それは二次元に限らず、現代の世界でもあり得ることだと感じています。時折――いわゆる二次元と三次元は全く別のものだという考えを耳にしますが、私はむしろ、三次元で日常茶飯事に起こっている事を表現したのが二次元なのではないかと思います。
 私はこの作品を通して、現実世界で日々起こっている事を見つめていけたらなと、漠然と思っています。




 この世の中にはいわゆる『~フラグ』と呼ばれるものが存在する。

フラグとは“特定の言動をすることにより、ある決まりきった未来がやって来てしまう“ことを大雑把に指す。

 よく人々は「朝登校しているとパンをくわえた女子高生とぶつかる」というが、あれも主人公が“遅刻しそうになり、急いで登校する”という行動を起こしているからこそ、“パンをくわえた女子高生とぶつかる”というシチュエーションが出来上がってしまうのであるわけで。要するにフラグというのは『お約束』だとか『決まりきった事』という言葉で表すことが出来る、という話である。

 それで何が言いたいのかといえば、それは『フラグ』について言及し理由でもあるわけなのだが、俺がフラグというやつに日夜悩まされていることだ。

 道路の端を歩けば自動車に泥水を吹っ掛けられ、学校帰りにファミチキを食べているとサラリーマンとぶつかって落としたとか、買ったばかりの新品のマフラーを電車内に置き忘れてしまうだとか……こと『フラグ』に関しては、枚挙に暇がないのが実情である。

 

 ああ、俺の人生はどうなるのだろう…………。

 

 

 俺はいつも通りの時間に起床し、適当に顔を洗ってからリビングに向かう。既に母親が朝食の用意を済ませテーブルに並べている最中だ。ほかほかとしたご飯が白く眩しく、香ばしく香りを放つ焼き魚というラインナップはいかにも純和食といった感じだ。

パジャマ姿でごろごろしている小学四年生の妹に目を向ける。小学四年生に関わらず、既に何人かの同級生から告白されるなど、将来の成長が楽しみな、大人な妹である。傍まで移動して頭をわしわしと撫でる。

「こら莉緒、お行儀が悪いぞ」

「あは。ごめんねお兄ちゃん。莉緒悪い子だね」

てへっと舌を出して頭をこつんと叩く莉緒。こういう仕草が大変幼さを感じさせて女の子らしいと思うのだが、普段の言動とか雰囲気とかがそれを打ち消していて、『ませた妹』という形容以外に当てはまるものはないくらいだ。

俺にしがみついてきてさっきから甘えてくる妹を引きずりつつ、着席していただきますを言う。

「そういえば芯も今日で二年生よね、今年こそ彼女さん出来ると良いわね」

俺が一所懸命白米を頬張っていると、向かい側の母さんがそう悪戯っぽく言ってくる。

……母さんは、俺が年齢=彼女いない歴という通例に当てはまることを知っていて言っているのだ。これだから質が悪い。

俺は努めて平静を保ちつつ応える。

「……そうだな」

「もし高校生の間に彼女さんが出来なかったら、莉緒がお兄ちゃんをもらってあげるね」

「莉緒のその気持ちはとてもありがたいんだが――」

「――うん、日本では法律で、“近親者同士の結婚は禁止”されているんでしょ?」

「ああ、そうだ」

妹の気持ちが本当にありがたいし、どれだけ俺が慕われているか知っているのだが――お兄ちゃんだけど、愛さえあれば関係ないなんてわけにはいかないのである。

そうしていつもよりのんびりと朝食を摂っていると、きょとんとした表情で母さんがこちらを見つめていた。視線だけで「何だ?」と問い掛けると、母さんは掛けてある時計を示しながら尋ねてくる。

「芯、あなた学校行かなくていいの、遅れるわよ?」

「へ?」

なんて間抜けた声を出したのだろう――そんなことを思いつつ、後ろを向く。

――――八時二十分。始業まであと十分。

窮地に陥った時ほど、人間は頭が真っ白になるというが、この時ほど痛感したことはない。俺は字面通りに脳内がホワイトアウトし、状況を理解するのにじつ実に三十秒を要した。

そして理解して第一声……

「うわやべえええええええええ、フラグがああああああああああああ!!」

「「フラグ?」」

母さんと莉緒がユニゾンでそう問いかけてくる、しかしこうしてはいられず、俺は準備してあった鞄をひっつかむと一目散に駆け出した。

「何でもない、こっちの話だ。行ってきます!!」

慌てて玄関を飛び出した俺は、家の前から左に曲がり、駅の商店街を目指して駆ける。途中顔なじみの店主のおじちゃんが「どうしたー?」と言ってきたが、それに「おはようございます!!」と返して先を急ぐ。

ついにその角を曲がれば駅というところで、目の前左方から人影が飛び出してきた!!咄嗟によけようとするも勢いを殺しきれずぶつかり、互いに飛ばされてしまう。

「大丈夫ですか、けがはないですか!!」

痛みがやっと引いた頃、慌ててその人物に目を向けると、何と女子用の制服を身に纏った女子高生だった。

 散らばったであろう荷物を拾おうと目線を下げると……ひらりと舞ったスカートの合間から、これまた何とも可愛らしい水色の縞パンが見えてしまった。

俺の目線がある一点に釘付けになっていたためか、その女子高生が怪訝そうに俺の目線を辿り、同じところで止まり、やがてみるみる顔が真っ赤になっていき――――

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

とてつもない悲鳴をあげたかと思えば、女子高生は去り際に鞄で俺をひとしきり叩いた後、逃げるように立ち去ってしまった。

残されたのは、女子高生が俺の高校の制服を着用していたことへの疑念と、脳裏に焼き付いて離れない水色の縞パンの残像だった。

 そんな一幕もありつつ、俺は何とか我が高校まで辿り着く。目の前に見える新クラスの掲示に向かってえっちらおっちら歩いていると、後ろから肩を誰かに叩かれた。

そこには俺の幼馴染みである早河かおりが、むすっとした表情でいた。

「もう芯、今日は何で来てくれなかったのさ!!」

「珍しく朝食をのんびり食べ過ぎてさ、それで遅くなったんだ。悪い」

顔の前で手を合わせて謝罪の意を示すと、俺の顔をまじまじと見つめた後、ふっと表情を柔らげて、俺の手を握ってくる。

「全く芯ったらうっかり屋さんだね。明日雨が降っちゃうよ?」

「どういう意味だし。何気に酷いぞさおり!!」

軽口を叩き合いながらも掲示板の前まで到着する。幸い今年もかおりとは同じクラスになれるらしく、昔からの癖で、互いに抱擁を交わしてしまい周囲からの視線がとても痛く、穴があれば入りたくなった……ともあれ俺とさおりは昇降口をあがり、階段を二階まであがる。

――『2年C組』。俺たちが二年間使用する教室で間違って無さそうだ。

繋いでいた手を離すとおもむろに顔を近づけて、「今年もよろしくね芯」と言って、俺の唇にそっとキスをしてきた。

かおりの唇はとても柔らかくてしっとりとしていて温かくて――突然の事に驚く暇も無く、やや頬を染めながら教室に入るのを目線で促してくる。

 中には既に何名かの同級生が待機しており、一様に緊張した面持ちでいる。席に荷物を置き、かおりと窓際付近で談笑する。俺たちが仲の良いのを認めた男子たちが、ちらちらとこちらを横目にうかがってくるのが分かる。しかし、それは厳密に言えば俺では無くさおりに注がれている視線だ。

かおりは、決してお世辞でも無く、本当に美少女と表現していい。潤った唇やすっと通った鼻筋などが引き立てる整った顔立ちに、腰の辺りまで伸ばされた緩やかな髪、(本人に教えてもらったのだが)上から八二・五九・八三という、男子からしてみれば理想的なプロポーション。どれもが女性としての魅力を兼ね備えていて、中学時代などは異性からの告白に留まらず、同性からもしょっちゅう来ていたのを覚えている。

 (話は飛ぶが)どうしてスリーサイズを教えてくれたのかといえば『幼馴染み』だからだそうだ。

しかし俺は何か別の大切な理由があるのだと思い、尋ねてみたのだが「乙女の秘密なので教えられません」と取り付く島もなかった。スリーサイズを教える時点でどうかしているというのに、それ以上にどういった秘密があるのか不思議なのだが……そういうわけで、俺はそう思うことにしている。

 男子たちからの視線もスルーしつつかおりとの雑談を終えると、やがて学級担任であり、俺の去年の担任でもあった半井美浪先生がやって来た。ニックネームは『ナミちゃん』で保健体育科の教師を務めている。学年を問わず多くの生徒からの人望に篤く、その姿を一目見ようとせん男子の輩も少なくないとかなんとか……そんな先生は教壇に立つと、まずはぐるっと教室を見渡して第一声を放った。

「早速ですが、ここで転校生を紹介したいと思います」

そこで教室が突如騒然とする。それも無理からぬことだろう。ここは決して都内とは言えず、むしろ郊外の中のせいぜい中心部といった雰囲気の立地なのだから、そういった転校生ネタには疎くても何ら不思議は無い。

クラスメイトがあーだこーだと議論しているなか、美浪先生は廊下の方へ声を掛ける。

つられるようにドアが開き、その姿があらわになる――刹那、俺は水色の縞パンを思い出してしまった。どうして脈絡も無くそんな事を想像したかというと、決して俺が変態だとかではなく、その転校生が女子であり、しかも今朝方ぶつかってしまった女子高生だからである。

 いかにも優等生といった歩き方で中央に立つと、黒板に名前を記していく。コツンとチョークの置かれる音がし、そして、彼女は口を開く。

「――――咲野珠洲です。これから二年間皆さんのお世話になります。至らぬ点があるかとは思いますが、どうぞよろしくお願いします」

ぺこりとお辞儀をして再び顔を上げる。第一印象――――とても綺麗な人だと感じた。これは別に見惚れてしまったというわけでは無く、心から感じた、そういう話である。

咲野珠洲と名乗った女子をみやり、美浪先生は口を開く。

「では咲野さんは、斎藤君の隣の席に座ってもらおうかしら」

「はい、分かりました」

彼女――咲野は凛として返事をすると、こちらを向き……そして俺と目があった瞬間しかめっつらを作り「ゲッ」と口にだしやがった。こっちだってお前になんて会いたくなかったっての。

俺たちがしばらく睨み合っていたのを怪訝に思ったのか、美浪先生は咲野に尋ねる。

「咲野さん、何か気になる事でもあった?」

すると咲野はこちらを一瞥してから、にっこりと微笑みながら返す。

「いいえとんでもありません。ただ、隣の男の子がどこかで見た事あるような人でしたから、少し驚いてしまっただけです」

そう言って咲野は俺の隣に歩いてくると、机横に鞄を引っ掛け、俺をしっかりと見据えてこう告げた。

「よろしくね、芯くん」

「……」

誰が返事なんてしてやるもんか。百歩譲って、確かにパンツを見てしまったのは認めるけども、しかし見ず知らずの人(後に同級生と発覚)を鞄で執拗に叩くのは、いくらなんだってやり過ぎだと思うのである。

というわけで俺は何も返さず、ただ相手を睨み返していると、ちょうどホームルームが終わる頃になっていたのであった。

 放課後体育館裏に呼び出された俺は、友人に断ってから向かった。

早速お昼過ぎから活動をしているサッカー部や野球部の掛け声を遠くに聞きながら、渡り廊下を通り、部室棟脇を行く。

 呼び出した張本人は、しゃがんで、植えられた花などを見ていた。その横顔は長い髪に隠されてうかがい知ることは出来ないようだ。

そばまで寄ってから「おい」と声を掛けると、咲野はゆっくりと顔を上げ、俺だと分かるとにっこりと、先ほどと同じように微笑んでから口を開いた。

「あら芯くん、どうしたんですかこんなところまで。まさか花を見に来たわけでないですよね?」

「……そっちから呼び出したんだろう、忘れたのか?」

「――とんでもないですよ。約束を違えるような女ではありませんので」

俺が半眼を送ってやると、咲野は慌てたような仕草で否定する。

「そんな胡散臭そうな目で見ないでください、本当ですから、信じて下さいよ」

このままだと本題を切り出せないままになりそうだったので、俺から話を振ってみる。

「それでここに呼び出した本当の目的は何だ? まさか立ち話をするために来たわけでもないだろう?」

「あ、そうでした」

咲野は芝居掛かった口調でそう言うと、俺の瞳を正面から見据えて告げた。

「実は私、人の内面、具体的には悩み事が見えるんですよ」

「また随分急な話だな。それで……どういうことだ?」

「どういうことと聞かれましても――ただ、昔から、私と出会う人の感情が手に取るように分かる、そういうだけの話です」

「その話と今日の呼び出しの何の関係が?」

「――――あなたは今悩んでいる事があるようですね?」

本当に俺に悩みがあることを看破してみせた事に、驚きと恐怖を抱きつつ、冷静に答える。

「……まあな。勉強の事だったり友人のことだったり、はたまた家族のことだったり。とにかく悩み事が尽きねえんだ最近」

すると咲野はやれやれと首を振り、哀れなものでも見るかのように、俺に問い掛ける。

「私が言っているのはそういうありふれた悩みの事では無いんです」

いよいよ訳が分からない。こいつが言っているように、生まれながらにして常日頃の悩みの種なぞ、俺には無いはずなのだが……この女は何を言っているのだろうか。

そんな俺の様子を見て、咲野は口を開いた。

「その様子から察するに何を言われているのか理解できていないようですね。では私が教えてあげます。――――あなたは『フラグ』というものに悩まされています」

「――――!!」

 俺は本当に驚いてしまって、頭の中が真っ白になってしまう。

俺が『フラグ』に悩まされている。確かにこれは事実だ。しかしそれをこの女が知って一体何になるのだと言うのだろう。

 今まで俺の悩み、特に『フラグ』については周りにほとんど相談したことが無かった。もし俺の身の回りにおかしなことが沢山起こったとしても、周囲の大人は、人よりも何倍も不幸な目に遭いやすい少年なのだと思っていたからだ。

ただ一回きり、母親に相談したときは、そんなおかしなことがあるはずがない、テレビの見すぎだとされて取り付く島もなかったのだ。こうした理由により、俺は今まで『フラグ』と向き合ってきたのだが……普通こうしたシチュエーションだと、二次元の世界ではヒロインから協力を申し出られるパターンなのだが、まさかそんなのが現実には起こるまいと思っていると、咲野が口を開いた。

「――――私が芯くんの『フラグ』解消のお手伝いをします」

「……ですよねえー」

やはりというかなんというか、咲野は俺にそう告げたのだ。まあ予感はしてたんだけどね『フラグ』のおかげで。

 しかし、いきなり見ず知らずの、それも転校生に協力を申し出られるとは、怪しいことこの上ないのだが、逆にチャンスでもある。生まれてからずっと悩まされていた体質から解放される千載一遇の好機でもあるのだ。確かに咲野のことを全面的に――いや、まったく信じていないが、ここはとりあえず相手の出方を見るためにも、申し出を了承するのも悪くは無かった。だから俺は咲野に声を掛ける。

「分かった。咲野の申し出、ありがたく受け取るよ。これからよろしく頼む」

「分かったわ芯くん。私の方こそ何に力になれるか分からないけど、精一杯努力していくから、よろしくね」

咲野は今朝方クラスに振りまいたようなとびきりの笑顔で俺に言った。危うく惚れそうになる俺だが、この女の本性が分からない以上、深く考えないことにする。

すると咲野は俺を上目遣いに見つめてこんなお願いをしてきた。

「そしたらさ芯くん、私のことも下の名前で呼んでいいよ」

「は? 何言ってんだお前。どうして俺が咲野を名前で呼ばなくちゃいけないんだよ」

「もう。女の子にそんなこと聞くなんて、芯くんは『デリカシーに欠けますよ』?」

まるで某アニメの台詞を引用したかのような口ぶりに思わず吹きそうになるのをこらえ、何とか返事をする。

「分かったよ――――珠洲」

「うん。改めてこれからよろしくね、芯くん」

かくして。俺の『フラグ』解消という目的のため、協定関係を結ぶこととなるのだった。

 帰宅してリビングで一息ついていると、妹の莉緒が膝の上に乗っかって来た。いきなり感じられた女の子特有の体の柔らかさにびくっとしてしまった。莉緒もきょとんと俺を見上げている。

「どうしたのお兄ちゃん、莉緒がいきなり来てびっくりしちゃった?」

「あ、ああ。……いや、莉緒の体もすっかり成長したんだなって。何か大人になりつつあるんだなと思って」

「えーそれ私へのセクハラー? ――ん、でもありがとうお兄ちゃん」

そう言って莉緒は体を預けてくる。俺はその人肌の温もりに、心の中に出来たもやもやが一気に解消されていく気がして、思わず莉緒の頭を撫でていた。

莉緒は何も言わずただ身を委ねるように、気持ちよさそうに俺に体を預けている。

どれくらい時が経っただろうか。しばらくして莉緒の寝息が聞こえてきたので、莉緒の顔がこちらに向くように抱きなおして、背中をそっとさすってやる。

 手のかかる妹から段々と成長しつつあることに実感を覚えつつ、髪も撫でてやりながら、一定のリズムで繰り返される安らかな息を聞き、俺はこれから起こるであろう事態に思いを馳せ、そしてため息を吐くのである。

 

 翌日俺が登校すると、珠洲が開口一番にのたまった。

「部活に入りましょう芯くん!!」

「お、おう」

突然の出来事に動揺した俺は思わず周囲をうかがう。そこにはいきなり始まった茶番に目を見開く女子や、根本的に俺と珠洲が共にいることへの嫉妬の視線を向けてくる者など、様々な視線が俺たちへ一方的に浴びせられていた。彼らから目線を外しつつ珠洲に先を促す。

「それで部活に入る事が――」

「そう、それなんですよ、よく聞いてくれました!!」

待ってましたと言わんばかりに言葉を弾ませる珠洲に俺は苦笑してしまう。

 しかし珠洲は部活に入ると言ったが、そんなお誂え向きな部活がこの学校に存在しただろうか。俺の知る限りではそんなものは無かったはずなのだが……いや一つだけ心当たりが。

「……もしかして珠洲が言っているのは、『都市伝説研究会』のことか?」

「そうです」

 『都市伝説研究会』。世の中のありとあらゆる都市伝説について研究している同好会のことである。

メジャーな例で言えば、トイレの花子さんを実際にトイレに言って検証したとか、四時四十四分に四番目のトイレをノックしてきたとか、信ぴょう性に全く値しないものを数多く調査してきたため、生徒からはその存在さえもはや意図的に認知されていないのである。

そしてこの同好会のもう一つの、もしくはこちらがメインの活動目的とも言えるが、ずばりお悩み相談というサービスまでしているのである。

兵庫県を舞台とした某国民的アニメを想像してもらえればおおかた間違いは無いはずだ。要するに『ありとあらゆる、不思議な体験をした人の悩み』を聞く活動なのである。

 恐らく珠洲が言っているのはそうした同好会の活動目的のことを言っているのであろうが、これは確かに魅力的な話ではあった。

「――――そうだな。今日の放課後にでも早速行ってみようか」

「はい。分かりました」

珠洲は男子を虜にするような、とても眩しい笑顔を俺にくれ、そして友人らの輪に入って行った。

 さてどうしたもんか。俺の『フラグ体質』ともいうべき、生まれ持ってのハンデが、遂に解決に向かうやも知れない。そうすれば本当に願ったり叶ったりなのだが……珠洲が言った通り、その同好会に行ってみて、何か有益な話が聞けることを祈ることにする。

 そして放課後、俺は珠洲と連れ立ち教室を出て部室棟へと向かう。途中何人もの生徒が俺たちを振り返っては声を漏らしていく――当然珠洲の方に、である。一切俺に向けてでは無いのでご安心を。

 さて。周囲から注目を浴びつつ部室棟にやって来た俺たちだったが、突然珠洲が目の前で足を止めたので、俺は彼女に少しだけぶつかってしまった。

「きゃっ」という女の子らしい悲鳴をあげつつ、珠洲はきっと俺を睨み「何するのよ」と怒ってきた。

「お前が急に立ち止まるから、俺が止まり切れなかったんだよ」

「……あっそう」

珠洲はつんとそっぽを向いてすたすたと足を踏み入れていくので、俺はその後をついていく。

 この学校の部室棟は一階が運動部系の部屋、二階が文化系の部屋と区切られていて、棟に入るときは上履きに履き替えるのが規則となっている。これは他校と比較しても稀な例だと感じる。

二階にあがり、左手に見えてきたのが『都市伝説研究会』。

同好会の雰囲気を出すためなのか、扉の飾り付けがやたらとおどろおどろしく、一目見ただけでも恐怖を与え、実際、隣の珠洲は「ひっ……」と喉をひきつらせて俺にしがみついていたほどだ。

 勇気を振り絞りドアノブを回すと、そこには何とまあ、至って普通な内装が広がっている。

棚には整然と何かの資料が収められ、教室の中央には長机とそれを囲むようにパイプ椅子が並んでいる。教室脇には湯沸かし器などが備えられており、まるで何かのアニメにでも出てきそうな風景だ。

俺たちが入ってきたのに気付いたのか、一番奥の椅子に座り本を読んでいた、眼鏡をかけた男子が顔をあげた。

「おや? 見慣れない顔だが、君たちは一体?」

「すみません!! 私は『2年C組』の咲野珠洲です。今日はあるお願いがあって、隣にいる芯くんと来ました」

「珠洲から紹介されました、同じく『2年C組』の斎藤芯です。お願いというのは、俺の“特別な体質”のことについてなのですが」

すると、彼は眼鏡の奥をきゅぴーんと光らせ、俺たちに座席を勧めてきた。多少戸惑いつつお言葉に甘えさせていただくと、珠洲がこつんと俺の脇腹を小突いてきた。珠洲はその横目に同好会員を映しながら俺に問うてくる。

「……ねえ芯くん。本当にこの人たち大丈夫かな」

「それはどういう意味だ?」

「だって、何か胡散臭いんだもの――様子を見たところ、あまり熱心に活動していなさそうなんだけど」

珠洲に言われて俺も部室を見回してみる。

何故か部室の備品であるテレビで心霊映像を熱心に見ている会員、呪文のようなものを唱えながら必死に何かの儀式を行っている会員、極めつけは隅で降霊術をしてみせている生徒など、確かに珠洲の言わんとしているところも分からなくも無かった――否、十全に理解できてしまった。

「……まあ確かに、全幅の信頼を置くには、ちょっとアレな同好会だな」

「でしょう? だからあまり頼りにならないかも……」

珠洲とそんな会話をしていた時、何やら作業をしていた、先ほどの眼鏡の男子が俺たちの向かい側に着席した。

そして珠洲に目が留まり、「おや?」とメガネのフレームを上げた。

「もしかして君は、噂の美少女転校生の珠洲さんではないか?」

「……え。あ、はい、そうですけど」

そして俺だけに分かるように、小声で「何で呼び捨てなのよ」と悪態を吐いていたがあえて無視。

――――さてその後面倒くさい質問攻めにあったのでカットさせていただく。

眼鏡の男子はまたもやフレームを指でくいっと持ち上げ、こう言った。

「紹介が遅れたが、私はこの『都市伝説研究会』の会長である佐木乃雄介だ。活動内容は、こんな辺鄙なところに来るくらいだから知っていると思うが、端的にいえば、世の中にいるであろう不思議な体験をした人を発掘することだ。

――――とまあそんなわけで、改めてよろしく頼むよ、芯君に咲野さん」

……ちなみに、珠洲は断固として俺以外に名前で呼ばれることを拒否し、この会長氏に名字で呼ぶことを強制――もといお願いしていたりする。会長氏改め佐木乃先輩は俺たちに問うてくる。

「それで、芯君の“特別な体質”とはどんなものなのかね?」

現在自身が知り得る限りの『フラグ体質』についての情報を、佐木乃先輩に説明した。佐木乃先輩はふうむと唸ってから、またもや眼鏡を人差し指で押し上げてから言った。

「……一通り話を聞かせもらったところ、どうやら、私たちが今まで研究してきたどの都市伝説にもあてはまらない、レアケースの様だね」

「……そうなんですか?」

「ああ。今まで『不幸体質』の人を見た事はあったのだが、その人は自身が幸せになれば、周囲が不幸に見舞われるというものだったからね……その点、芯君の他人を巻き添えにするという意味では、似ているとも言えなくないのだがね」

「じゃあ。芯くんのこの体質は直すことは不可能ということですか?」

珠洲がテーブルに身を乗り出して佐木乃先輩に問う。俺自身ここへ来るのも、本当に藁にも縋る思いなのだ、ここで望みがついえるようなことがあるのは勘弁願いたい。

そんな俺たちの深刻な雰囲気を察したか、佐木乃先輩は「まあ」と前置きして、優しい表情で言ってきた。

「でも、決して望みが無いというわけでは無いさ――自分たちの研究してきたどの事例にも合致しないだけさ、必ずや君のその体質を根本的に治す方法を見つけるさ」

「雄介先輩……」

珠洲が打ち震えたように、胸の前で手を組みながら、佐木乃先輩を見つめる。珠洲は自身が(俺以外に)名前で呼ばれるのを嫌っている割には、他人を呼び捨てにするのはオーケーなんだな――ここらへんが、いわば珠洲のコミュ力の高さとも言えるのかも知れないが。

 先輩に多大な迷惑が掛かる事を察した俺は、先輩に感謝の念を伝える。

「先輩、本当にありがとうございます。これから多くご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。」

「私からも、本当にご協力いただけることになり、本当に嬉しいです。是非芯くんの『フラグ体質』を治してください」

「私は人助けをすることがとても好きなんだ。自分が全力を尽くして人が幸せになるのらば、それはやり甲斐があるというものだよ――だから芯君も咲野さんも、私たち『都市伝説研究会』に、どんと任せるといい」

「はい、よろしくお願いします……!!」

その日は同好会の会員を紹介してもらい、軽い雑談をしてから、お暇させていただいた。

帰り道を並んで歩いていると、不意に珠洲が口を開いた。

「ねえ、芯くん」

「ん、なんだ?」

「……今日私が君にした話、覚えてる?」

「――ああ。“他人の内面――悩み事や、その時々の感情”が見えるとかいう話か」

「うん。生まれた頃から備わっているって言ったけど――正確にそれを自覚したのは、小学校の頃かな。友達とケンカをしてね、私その時酷いことを言っちゃったんだ。

どうしたら仲直りが出来るか必死に考えていて、学校でその子のことを何となく見ていた。

仲直りしたくてどうしてもその子を見ちゃうなんてことあるじゃない? ふと見たら、頭の中に誰かの声が聴こえてきたの。最初はとてもノイズが掛かっていて分からなかったんだけど、次第にはっきりとするようになって、それでその声がケンカしている子のものだって分かって……内容がね――『もうあの子とは絶交だ。あんなこと言う珠洲ちゃんなんて、友達じゃない』って」

「……」

「今思えばなんてことは無い、相手の事を思っての拙い言葉なんだけど……当時の私はとてもショックを受けて、それ以来話すことは無かったし、彼女の引っ越し先だって知らない。その、小学校の一件以来、人の内面が見えることが多くなって。

 喜び、怒り、哀しみ、楽しい――人間の『喜怒哀楽』と、それに付随する、必ず誰かに対して発せられる言葉。色々なものが見えすぎて、私は混乱した。どうして自分にこんなものが見えるのか悩んで、一週間寝込んだ事もある。他人の内面が見えるせいで、人間関係を深く作る事も無くなって……それでケンカも絶えなくなって、周りからは感じ悪いとか色々言われて」

「……もしかして、今回転校してきたのも、それに関係があるのか?」

珠洲はこくんと頷き――――その瞳に微かな涙が見えたような気がしたが、夕日に照らされて、たちまち見えなくなってしまう。

今朝珠洲に言われた時は実感が湧かなかったが、こうして本人の話を聞くことにより、俺はとても胸がもやもやした。

 このもやもやは何だろうか――――それは、きっと彼女が生まれ持つ『他人の内面が見えてしまう』というハンデにより、多くの事を我慢し耐えてきたことに対するやるせなさや、それを周囲に打ち明けて来なかったことがうかがえることへの悲しみとが入り混じったものなのだろう。

 俺自身もこの『フラグ』というものが幼い頃から頻発していることにより、幼少時代は特に一風変わった子供という認識をされていた節があり……そして、俺の親友が学校を休みがちになった頃に感じた、あの時の感覚は今でも忘れない――――その後彼は亡くなってしまった。

 俺はその後毎日、どうして何もしてやれなかったんだと、責任感に駆られた。周囲の大人は「彼の死は決して君のせいでは無い」と優しく言葉を掛けてくれた――しかし、それは、当時の自分にとっては大きな間違いだった。

目の前に『フラグ』というある種の選択肢が現れていたにも関わらず、俺は何もせずただ傍観していることを選んだのだ。

『未来は決して一つでは無い』――ある人物の言葉だが、その時俺は“彼の死”が待ち受けている未来が訪れると認識していながら、“変えない”という選択肢を取ったのだ。

――だから大人たちの言葉は大きな間違いだったのだ。

 

 いつのまにか駅前までやって来ていた。

遅くまで残っていたせいか、時刻は六時半をまわり、周囲は買い物客や通勤帰りのサラリーマンなどでごった返していた。

人並みに紛れて歩を進めていく。周囲の人たちが度々振り返っていくのだが、大方ケンカ中である高校生のカップルとでも思っているのだろうが、珠洲はそんなのは気にする余裕も無いようで、先ほどからただただ歩いている。このままだとこの波にさらわれてしまいそうなので、仕方なく、珠洲の手を握る。珠洲が驚きに満ちた表情で――目を見開いて、握られた手を凝視する。次第にその頬がほんのりと赤く染まっていき、遂に、そっぽを向いてしまった。そしてぼそっと一言。

「……どう」

しかし意味が分からず、俺はもう一度聞き返した。

「何が?」

すると珠洲はばっと俺を振り返り、唇を尖らせながらも、瞳だけは切なげな色を浮かべるという何とも言えない表情で問うてくる。

「だーかーらー!! 私の手の感じはどうなのって聞いているの!!」

「え!?」

いきなり大声を出したからだろう、道行く人が足を止めて、俺たちの方を注目してくる。珠洲の綺麗な顔が間近にある。瞳は今や涙を大いに湛えていて、今にも決壊してしまいそうで、程よく湿った唇はとても柔らかそうだ、キスをしたらきっと気持ちいいんだろうな……いやいやいやいやいやいや、何を考えているだ俺は!? 今は珠洲が「私の手の感じはどうなのか?」と聞いているのに、俺が珠洲の整っていて可愛らしい顔に見惚れていてどうする。

 俺は一つ深呼吸、珠洲の瞳をまっすぐ見据えて言ってやった。

「……とても温かい。女の子の手を初めて触ったけど、とてもすべすべで、柔らかくて、それで――とても優しい感じがする」

「芯……」

珠洲は呆然と俺の顔を見つめている。やばい、やっぱり今のはまずかったか――そう思っていると、珠洲の唇が、言葉を紡いだ。

「……嬉しい」

「え?」

「私の事をそんな風に言ってくれた男の子は、今までで芯が初めてだよ――本当にありがとうね…………今なら私の想いを伝えても、いいのかな…………」

最後の方がいまいち聞き取れず、俺は聞いた。

「何を伝えるんだ?」

すると珠洲がおもむろに、つんとつま先立ちになると、いきなり――――ちゅっと可愛らしい音を立て、キスをしてきた。

 突然の事に、俺は脳の処理が追いつかない。

どうして珠洲は俺に、キスなんかしているんだ。俺たちは出会ってまだ一日と経っていない間柄なのに、一体彼女の心境にどういった変化が……。

考えが脳内でスパークしていると、たっぷり十数秒はあろうかとつけていた唇を離し、珠洲は俺を見据えて告げた。

「斎藤芯くん、私はあなたのことが大好きです。私の悩みを聞いてくれて、それに親身になってのってくれて、私のことをとてもほめてくれた……だから――――」

まるで。珠洲は大切な何かを人に託すような、そんな表情になり、頬をも真っ赤にしながらも、必死に俺に想いを伝えようとする。

「――――だから……私と付き合ってください!!」

 

こうして俺は、新学期に転校してきた転校生で、互いに人に言えない秘密を持った、咲野珠洲とお付き合いをすることになったのだ…………。

 




いかがでしょうか。是非ご意見・ご感想をいただけたら、嬉しく思います。
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