フラグ!   作:椎名翔平

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 こんにちは椎名翔平です!! 数日ぶりの更新です。
今回のお話は、いよいよ自分たちの持つ体質を知るために、動き出すお話となっていますが、加えて彼らの過去の一端にも触れて行きたいなと思います。



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二週間後の試験最終日。俺と珠洲は放課後に待ち合わせをし、先日訪れた喫茶店でお昼を食べることにした。

何でも今日は珠洲のお目当てのものがあるらしいので、彼女の買い物に付き添うことになったのだ。

土曜日のお昼時だからかそれなりに混雑している駅ナカは、どこか慌ただしささえ感じる。

エレベーターで十三階へ上がり、喫茶店前に置かれている、名前を書きこむ用紙を確認する。あと二~三人の順番があり、店員によると、おそよ十分くらいの待ち時間だという。

「……そういえば、芯くんとここに来たのも、どれくらい前かな」

「いやいや。そんな前じゃなったはずだけど――確か、三週間前くらだったか」

「あの時は私が芯くんと仲直りした日だったよね」

「ああ。珠洲に何かあったんじゃないかって……俺のせいで珠洲との関係がぎくしゃくしていることに、本当に心配だった。だって、珠洲がいきなり素っ気なくなってしまうから、俺に愛想を尽かしたんじゃないかって……」

珠洲は俺の顔をのぞきこんで、ふっと微笑みを浮かべる。

「うん。だからあの時は心配かけてごめんね……私もどうしていいか分からなくて、自然と芯くんとも距離を置きたくなっちゃって……」

きゅっと握られた左手からは、珠洲の温もりがひしひしと伝わってくる。

そうして甘酸っぱい時間を過ごしていると、いつのまにか俺たちの順番が巡ってきた。

俺の名前を呼びあげた店員の、なんとも微笑ましそうなものを見る表情は、まるで「何て初々しそうなのかしら……」とでも言いたげだった――実際付き合って二か月弱だから反論の余地が無いのだが……。

俺たちは、この間来店したときと同じ席に通された。そしてまたまた偶然が起きる。

「いらっしゃいませ、ご注文がお決まりでしたら、近くの店員をお呼びください」

そう言って深々とお辞儀をしてみせた女性が、この間応対してくれた人だからだ。

俺と珠洲は彼女の顔を見るなり、思わず驚きの声を上げてしまう。

「あなたは、あの時の……」

「あの時、あなた方の接客を担当した『中村 一華』と申します。その後お二人はいかがでしょうか?」

中村さんにそう問われ、俺は慌てて答える。

「お、おかげさまで、珠洲とは今でもお付き合いさせてもらっています。

その頃は知り合って間もない時期だったので、このような落ち着いた場所で、互いに話し合えたことは本当に良かったと思っています。その節はどうもお世話になりました」

俺の隣に座る珠洲も、こくこくと頷き、同意の意を示している。……顔が真っ赤なのは、きっと照れているからに違いなかった。

俺たちのそんな様子を見てか、中村さんはこれぞ大人の余裕といえる非常に美しい笑顔を浮かべる。

「それは良かったです。それではごゆっくり」

そう言って一礼すると、中村さんは奥へ下がっていった。彼女を見送り、俺たちは顔を見合わせ、

「…………あの人――中村さんが、まさかあの時の人だったなんて」

「全く驚きだよな」

「おまけに、あの時に私たちが話していた内容が聞かれていたと思うと、物凄く恥ずかしいな……」

珠洲は両手をあて、くねくねと体をよじる。……正直言ってその仕草はとても愛嬌があって、今すぐにでも抱きしめてやりたかったが、何とかそれを抑え込み、珠洲にメニューを見せる。

「……照れるのもそれくらいにしておいて。ほら、珠洲は何が食べたい?」

「……ん。私はこのランチセットがいいかな」

珠洲のいうランチセットとは、トーストにサラダとコーヒーかミルクがついてくるものだ。確かに、女の子がお昼に食べるものとしては、お手軽と言えるのかも知れない。

「結構良さそうじゃん。それじゃあ俺は、このハンバーガーのセットにしようかな」

「芯くん結構食べるんだね」

「うん。今朝しっかり食べて来なかったから、余計お腹が空いてさ。危うく試験中寝るところだった」

「ちゃんと試験は受けなくちゃいけないよ?」

珠洲が唇を尖らせて頬をぱんぱんに膨らませるものだから、俺は珠洲の可愛らしさに耐え切れず、頭を思わず撫でてしまう。

突然の事に驚きを隠しきれていない珠洲で、きょとんと俺を見ていたが、やがてもじもじと体をよじらせると、上目遣いを俺に向けてくる。

「……芯くん、どうしたのいきなり。私結構びっくりしちゃったんだけど……」

「あ、ごめん!!」

俺は慌てて珠洲の頭から手を離す。

彼女の艶やかな髪の感触が、未だ手のひらから消えることが無く、何だか気まずくなってそっぽを向くと、珠洲が言った。

「……芯くんったら、恥ずかしいよぉ」

それから俺と珠洲は、甘酸っぱい時間を(以下略)。

 

 翌日、俺と珠洲は、埼玉県にある『鉄道博物館』へ向かっていた。

 俺たちの最寄り駅からは約一時間半と若干遠距離ながらも、俺が無類の鉄道好きで、是非と勧めた所快く承諾してくれたのだ。

西武線とJR八高線を経由して、JR中央線の八王子駅に到着する。JRの大宮駅までの直通列車が出るためである。

 八王子駅を出発した列車は、この先立川駅、武蔵野線新秋津駅などに停車し、在来線と新幹線の乗り継ぎ駅である大宮駅に終着する。

「一本の電車で目的地まで行けるのって、とっても便利だね」

「うん」

そんな会話をしていると、列車がホームに入ってくる。

国鉄時代から走っている『115系』と呼ばれるこの車両は、今度のダイヤ改正で廃止されてしまうようで、この時間帯にも関わらず多くの鉄道ファンが撮影している。

ドアが開き、乗客が乗り込んでいく。俺たちは二人掛けのロングシートに腰掛ける。

 『115系』の電車が独特のモーター音を響かせながら発車し、最初の放送が入る。

「本日は『ホリデー快速むさしの号』をご利用いただき、ありがとうございます。この列車は大宮駅行きでございます。中央線立川駅を出ますと、次は武蔵野線の新秋津、東所沢、北朝霞、終点大宮駅の順に停車してまいります。

この列車は中央線三鷹・東京方面へはまいりません、立川から先の武蔵小金井、新宿、東京へは、立川駅でお乗り換えください――――」

放送を聞き流しながら車窓に目を向けていると、珠洲が尋ねてきた。

「この電車って、立川から先武蔵野線に入るって言ってたけど。どうやって?」

「……うーんと、簡単に言えば、中央線の国立駅の先に、武蔵野線と繋がる連絡線みたいなのがあるんだよ。普段は貨物列車とかが使うものなんだけどね。それを借りて運行しているというわけ」

「なるほどねー」

そんな会話をしているとあっという間に立川駅を発車し、列車は国立駅に差し掛かる。

 やがて分岐器を通過したため、車体が揺れ、その弾みで珠洲が俺の方にふらついてきた。

「きゃっ」

俺は慌てて珠洲の身体を受け止める。

未だ何度しか抱いた事の無い、珠洲の身体はとても柔らかく、肌はとても滑らかで、女の子だということを実感してしまう。珠洲は俺の腕の中で顔を赤くしながら、可愛らしく睨みつけてくる。

「……芯くんのえっち」

「――理不尽だよ珠洲……」

そんなやりとりを交わしていると、列車は武蔵野線に合流する。

 この『ホリデー快速』は、来たるダイヤ改正の影響で、車両が『113系』から武蔵野線の『205系』へと運用が変更になるのだ。ちょうど今日がその最終日なわけだったのだが。

 ホリデー快速は、二つ目の停車駅の新秋津に到着する。

―プシュー―という独特の開閉音とともに、大勢の客が乗り込んでくる。

埼京線の乗り換え駅である武蔵浦和や、京浜東北線との連絡駅である南浦和などに向かわず、直接大宮駅まで直通するところが、この臨時列車の最大の特徴ともいえる。

向かい側に腰掛けた通勤客が、俺たちを興味深そうに見ている。

(高校生のカップル……仲が良さそうだ。初々しい)

と顔にはっきり書いてあったので、俺はさりげなく珠洲の手を握りつつ、それとなく愛し合っている事を示して見せる。その通勤客は笑みだけ返すと、小説を読みだした。

珠洲は俺に手を握られたことに不意を衝かれたようで、手は離さずも「どうして?」と目だけで語る。珠洲の問いに答えるように、俺は頭を軽く撫でてから言う。

「……最近こういうスキンシップが少なくなってきたから、つい、したくなって……」

「――ん。それは分かるけど……今度は場所を考えてよ?」

珠洲は俺に釘を刺しつつも、俺に体を預けてくる。女の子としての身体の感触が俺の理性を否応なしにかき乱したため、たまらず、指と指の間で挟むようにして彼女の髪を梳く。

「…………んん。芯くんくすぐったいよぉ」

 

 鉄道博物館に到着したのは午前九時半ごろだった。

駅の改札を抜けた先にあるプロムナードには、既に大勢の客――ざっと百人以上――が並んでおり、今か今かと開館を待ちわびている状況だ。係員に案内され俺たちも列の最後尾に並ぶ。

「珠洲は、まず何がしたい?」

「うん。最初は“シュミレータ”がしたいな」

「……?」

俺は珠洲の言葉で気になるものがあったので、訂正する。

「珠洲、“シュミレータ”じゃなくて、正しくは“シミュレータ”だからな?」

「えっそうなの!?」

「英単語にも『simulate』って単語があるだろ? それと一緒だよ」

「ふむふむ、なるほどね」

「珠洲は鉄道、好きなのか?」

「そこまでってほどでは――いわゆる『鉄ちゃん』とか『鉄子』みたいに呼ばれる人ほどではないけど……でも、電車に乗れば、先頭車両から何となく景色を眺めたりはするかな?」

「まあ確かに。それはファンの人たちに限らず、ってところがあるのかも知れないな。

珠洲は昔ながらの車両と、環境に配慮した電車と、どっちが好き?」

しばらく考える素振りを見せて、

「……それは環境に配慮した電車の方が、地球にも優しいし、何かメリットとか色々あるんじゃないかな?」

「うん。でも俺は必ずしも、古い電車ばかりが悪いとは思わないんだ」

「どういうこと?」

「確かに古いものは古いものなりに理由があって廃止されるのは理解できるんだよ。

でも、特に国鉄と呼ばれる時代から活躍している車両――具体的には、俺たちが、今朝八王子駅から乗ったやつだって、昔から活躍していたんだよ。

中央線では、数年前まで『201系』という電車が引退して、その後を『E231系』が引き継いだ」

「そういえば、今朝、駅でオレンジ色のラインの電車を見たけど、あれがそうなの?

あの電車にはどんなメリットがあるの?」

「うーん……例えば、前のものに比べて、車内が広々している点かな。これは乗車率にも関わって来るんだけど。例えば、前者が十あるスペースのうち七しか有効活用できないとする。しかし、後者の車両の場合だと、十のうち八あるいは九ものスペースを、乗客を乗せるために割けるわけ」

「ほうほう」

「他には、加速や減速する性能とかかな、分かりやすい例で言えば。

例えば、八十キロの時点でブレーキを掛けて三十秒必要なものと、二十秒に短縮できるものだったら、どっちがいい?」

「それは後のほうだよね。だって、何か緊急な事が起こった時、すぐに止まれる方がいいもん」

「要するに、急を要する事態により素早く対処できるように、車両の性能も更新していかないといけないわけなんだ」

「鉄道って、沢山配慮することがあるんだね」

そんな会話をしていると、前の方で列が動き出す。

 プロムナードを後にして、パスモで現金支払いと入館手続きを済ませてから、ゲートへと向かう。予め手続きを済ませたパスモをかざすと、ピッという音とともにゲートが開く。この感じは、さながら駅の改札を通るような感覚に近い。

 早速シミュレータホールに向かう。先乗りした客が随時運転していて、様々な列車のモーター音が響き、どこか賑やかな様子を作り出している。

まずは京浜東北線から運転することにした。

この路線は埼玉県の大宮駅から神奈川県の横浜駅を結ぶ、総延長五十九・一キロの路線で、駅数は三十五である。

 順番を待っていると、珠洲が裾をくいくいと引っ張って尋ねてきた。

「芯くんは鉄道好きなの?」

「そうだね。物心ついた時から、電車乗るときは必ず先頭から運転士が運転する様子を見ていたりしたよ。電車=憧れって言っても過言では無いかも知れない」

「それじゃあさ、この鉄道博物館にも、もう何回も来ていたり?」

「うん。二〇〇七年にここが開館してから、月に三回か四回は必ず来てるよ」

「凄!! 芯くんの鉄道愛は半端じゃないね」

やがて、開館して間もないからか、すぐに運転の順番が回って来たので、まずは、珠洲からやることにした。

椅子に座りスタートボタンを押すと、目の前の映像が切り替わり、準備が整う。

「珠洲の向かって左にあるハンドルで、手前に引くと加速して、反対に倒すとブレーキがより強く掛かるよ。

駅に入る時は、ギリギリのところで常用最大を掛けて、停止位置に向けて段々と緩めていくのが鉄則かな」

「ん、分かった」

そこで珠洲はハンドルを一番手前まで引いた。

シミュレータ全体が揺れて、映像が連動して動き出す。珠洲はまるで子供みたいに歓声をあげている。

「すごい、動いたよ、芯くん!!」

「おう。でも運転中は前を見ていないと危ないからな」

運転している大宮~さいたま新都心の区間は、駅間一・六キロ、所要時間二分と短い。

そのため、あっという間に、映像上にさいたま新都心駅が見えてくる。

「俺が合図したら、ハンドルを非常に手前まで倒してな」

「了解だよ」

停止位置までの残り距離が、三百八十――三百七十――三百六十と減っていき……。

「おし、倒して」

ザッというハンドルの倒れる音がして、直後、電車が減速を始める。

残り百メートルになったところで、『B3』位置まで緩める。列車は緩やかに減速していき、ちょうど『0.00m』の地点で停車した。

「おお、なかなか上手いじゃん珠洲」

素直に上手な運転だったので、珠洲の頭を撫でてやると、珠洲はくすぐったそうに身をよじって、

「……ん、ありがとう芯くん」

と言った。

 

 シミュレータでひとしきり遊んだあとは、ヒストリーゾーンで昔ながらの電車を見学し、ラーニングホールで鉄道の基盤を担う様々なシステムについて触れ、時刻はお昼時となった。

今日のこの後の予定を話し合いながら、お昼をどうするか話し合っていると、珠洲が提案してきた。

「私、この『フレンドリートレイン』でお昼食べたいな」

「どれどれ……『国鉄の車両で、走りゆく電車たちを見ながら、鉄道旅している気分を味わうことができます』か――結構良さそうじゃん、ここにしようぜ」

「うん!!」

フレンドリートレイン付近のお店で、駅弁と飲み物とを購入し、車内へ向かう。

時々団体の予約が入るこの休憩場所だが、幸い今日は入っていないらしく、多くの家族連れが楽しいひとときを、思い思いに過ごしている。

「結構人がいるんだねー。どこも埋まってそうだよ」

「もうちょっと奥に行こう」

俺たちは対面式の二人掛けのシートに腰を落ち着けた。ふと窓の外に目を向けると、オレンジと緑のラインが入った電車が、風を切るかの如く走り去って行く。

「あれは何線?」

早々とお弁当の包みを解き、タコさんウィンナーを頬張っている珠洲が問うてきた。

「ん? あれは高崎線だな――通称『湘南新宿ライン』とも言うけど」

俺が答えると、「ふーん」と特に興味も無さげに目を遣る珠洲。その視線の先を、今度は緑色のラインの電車『埼京線』が通過していく。

「……俺もお昼食べよう」

珠洲がどことなくぼーっとしているので、俺はちゃっちゃとお昼を食べることにした。

隣に置いた鞄からお弁当箱を取り出して、顔をあげた時、ふと目の前のシートに座った男女に目がいった。

快活そうな笑顔を浮かべて、二人の女性に応じている男性は、見た目で二十代半ばといったところ。

対して、向かって右側に座った女性――というよりかは、幼さを残す顔立ちの女子は、二十歳直前。

向かって左側の女性は、男性と同じく二十代後半といった雰囲気だが、一目見ただけでも“美人”という形容がぴったりの女性だ。腰まで伸ばした癖一つの無い髪に、目鼻立ちが整い、唇は触れたらとろけてしまいそうな感じ。

「それにしても、美桜が俺と同じ大学に行きたいって言った時は驚いたよ。それまで、パソコンのパの字も言った事の無かった美桜が、ある日突然宣言するんだからさ」

男性のそう言われた『美桜』という女性は、怒ったような口調で返す。

「……そんなこと無いよ。私がその道を考え始めたのも、兄ちゃんが一生懸命に大学の勉強をしているところを見たからなんだよ? 

確かに、高校入るまではパソコンには微塵も興味無かったし、兄ちゃんがそれに没頭しているのを見て「何か暗いな……」とさえ思ったもん。

でも、兄ちゃんがそんなに夢中になっているんだったら、私にも理解できるかなと思って始めたのが、そのきっかけかな」

その話を受けて、今度は、向かって左の女性がくすっと笑みを零して言う。

「ふふ。美桜ちゃん、事あるごとに『兄ちゃんと同じ大学に行く!!』って言っていたもんね。最初に聞いたときは、ただ単にブラコンぶりをアピールしているだけかと思ったわ。

でも話を聞いているうちに、秀平くんに触発されて、パソコンの道を目指し始めた事を聞いて、何だか、私まで嬉しくなったの。

――それは多分、私の大切な友達であり……かけがえのない『旦那さん』である秀平くんが、そうやって人に希望を与えていることに対してなのかも知れないわね」

「凜空……」

何だかそっちのテーブルでは、昔話に花が咲いているようで、『凜空さん』という女性は頬を染めて、時折秀平という男性の様子を伺っている。

その様子を見ている美桜という女性は、微笑ましいもを見る眼差しで見守っていて……。

思わずその様子に魅入っていたため、俺の向かいに座った珠洲が不思議そうに尋ねてきた。

「……どうしたの芯くん? さっきからあっちの人たちばかり見てさ、何かあったの?」

「いいや。ただ仲が良さそうだなあと、思っただけだよ」

「へえ――確かに、いかにも何年来の付き合いって感じするよね」

珠洲がその様子を一瞥してから俺に言ってきた。すると珠洲は、俺に聞こえるくらいの声で呟いた。

「――――私たちも、周りから見たら、仲の良いカップルに見えるのかな」

「珠洲……」

その、まるで自分に問いかけるかのような言葉は、あっというまに霧散して……。

珠洲は切なそうな、今にも泣き出してしまいそうな、そんな雰囲気を纏う。

……元々お互いの秘密を共有したことから、関係が始まった俺と珠洲だったのだが、ある事がきっかけで、俺たちはお付き合いをすることになって……だから、今珠洲はこの関係を繋ぎとめているものがただの“秘密を共有している”という事実だけなのではないかと、心配しているわけで……。

テーブル越しに珠洲の頭を撫で、髪を優しく梳いてやり、彼女の瞳を見つめて言う。

「……大丈夫。珠洲は俺のかけがえのない彼女で、俺も珠洲の事をとても愛しているよ。付き合うきっかけがどうであれ、俺たちはお互いを好きあってお付き合いしているんだから、何にも心配することは無い。だからそんな悲しそうな顔するなよ……」

珠洲はこくんと頷くと、おもむろに俺の隣に座り、寄り添うようにもたれかかってくる。

そのおかげで珠洲の様々な女の子としての身体の感触が感じられて、鼓動が早鐘のようだ。たまらず、珠洲の腰に手をまわして抱き寄せると、珠洲が俺の胸に顔をうずめる。

珠洲の頭が目の前にあって、彼女の綺麗な髪からは、シャンプーの香りが漂う。

指と指の間とで挟むように梳いてやると、「芯くんのえっち……」と彼女は言ったが、未だ身を委ねたままだ。

 一瞬理性がカムバックしてきたので、ふと横を見ると、先ほどの男女のグループがこちらをまじまじと見つめていて、まるで過去を懐かしむような眼差しを送ってきていた。

「……ふふ。あの子達、とっても仲がいいわね」

「そうだな。――――俺たちも高校生の頃、あんな感じじゃなかったか、凜空」

「そうだね……あの時は秀平くんが突然私の家に来たから、びっくりしちゃった。

挙句の果てに私を抱き締めて、今思い返せば、とても恥ずかしいようなことを言うんだもの。あれからお母さんに散々問い詰められたんだからね」

「……うっ、それはマジですまん。あの時は舞い上がっていて、つい自分を忘れていてだな」

「――大丈夫だよ。もう気にしてないから、秀平くんが気に病む必要は無いよ」

何となく雰囲気が甘酸っぱくなってきたので、俺たちはさっさと昼食を完食して、フレンドリートレインを出た。

それからしばらくは先ほどのグループの話題で持ち切りとなり、最終的には、自分たちもあんな風になれるかなと珠洲が呟いた事により、気まずい雰囲気になってしまい……。

 時刻は四時半を少し回った頃合で、そろそろ帰宅しようかというタイミング。

大宮から地元の最寄りまでは一時間半かかるため、俺たちは『ニューシャトル』の鉄道博物館駅に向かう。

ホームで列車が到着するのを待っていると、珠洲が自然に俺の方へともたれかかる。

「どうした珠洲、疲れたか?」

「うん。ちょっと歩き過ぎたかも知れない……」

珠洲は頭を抑える仕草をする。彼女の頭をそっと撫でて、右腕で優しく抱き寄せてあげる。ぴったりと密着しているのでお互いの体温が生で感じられて、とても心地が良い。

「間もなく列車が到着します、危ないですから、黄色い線の内側までおさがり下さい」

アナウンスが流れてから程なくして、ニューシャトルがホームに滑り込む。

乗務員室付近の二人掛けのシートに腰掛けると、珠洲は俺の肩に頭をのせて、すやすやと眠りに入ってしまった。桃色のみずみずしい唇が微かに開き閉じを繰りかえし、彼女の胸が呼吸に合わせて上下している。そんな姿が愛おしく思えて、俺は彼女の手をそっと握った。

 

 珠洲を見送るため先に彼女の最寄り駅に向かい、到着するや否や、彼女はこう言った。

「そういえば、ママが迎えに来てくれるって、さっきラインで言ってたよ」

「そっか。じゃあ、今日はここで……」

「何言ってるの。芯くんも来るんだよ、私の家に」

「え?」

それは心からの驚きだった。別に珠洲の家に行くのを、反吐が出るほど嫌っているのでも無いし、ましてご両親と不仲であるというわけでもない。

…………ん? 両親?

「……そういえば、まだ珠洲のお父さんと挨拶していなかったな」

「そう。だから、芯くんの目的は、私のパパに挨拶することなんだよ?」

ご両親に挨拶を済ませるのはマナーなので、それをとやかく言わないが、何というか……心の準備が出来ていない。

 そんなやりとりをしていると、一台の乗用車が俺たちの横に停車した。

案の定、中から珠洲のお母さんが降りてきて、手を振りながら近づいて来る。

「お帰り珠洲と芯くん。今日のデートがどうだった?」

その問いに真っ先に珠洲が答える――頬を赤く染めて。

「……とても楽しかった。今まで鉄道をこうしてまじまじと見たのは無かったし――芯くんが色々鉄道のことについて話してくれたから、飽きることは無かった。……また行こうね芯くん?」

そう言って、珠洲は『恋人繋ぎ』で俺の手を握る。

その様子を見た珠洲のお母さんは「本当に仲良いわね……若いっていいわよね」と呟き、

「さあさあ二人とも、車に乗ってね」

お言葉に甘えて、俺も車に乗せていただく。

発車してから、俺は断りを入れて、母さんに遅くなることをラインで伝える。

するとノーウェイトで『りょうかーい。楽しんできてね……別に珠洲ちゃんの家が良かったら、そのままお泊りしてもいいのよ?』と返信が来た。

――珠洲の家に止まれるかはひとまず脇に置いておき、俺はスマホをしまう。隣に座った珠洲が俺の顔をのぞきこむ。

「芯くんのママ、何だって?」

「ひとまず、俺が珠洲の家に行く事は了承してくれた。

……あと、珠洲の家にお泊りしてきても良いって言ってたけど――それはとりあえず無しの方向で」

「えーどうしてさ」

俺の予想と反して、珠洲は唇を尖らせて、頬を膨らませる。

「そんなの分かんないじゃん、ねえ、ママ?」

すると、ずっとハンドルを握っていた珠洲のお母さんが、信号で一時停止したところでこちらを振り向いた。

「少なくとも私は良いわよ。むしろ芯くんなら大歓迎……あ、さすがに部屋は別になるけけど」

「当たり前ですよ……」

嘘か本当かは分からないが、とりあえず珠洲のお母さんは前向きのようだ。いずれにしろ、お泊りさせていただくとすれば珠洲のお父さんの許可が必要になる。

車で十分ほど揺られて、いよいよ珠洲の自宅に到着した。

夕時とあって、徐々に日が伸びてきているため、辺りは茜色に染まりつつあり、付近の街道は車の往来が激しい。

 珠洲のお母さんに玄関を開けてもらい、中に入れていただく。

見慣れた、整理整頓の行き届いている廊下を抜け、リビングに入る。

 そして俺は、居間に置かれたソファに悠然と座り新聞を読む、珠洲のお父さんらしき人物を見つけた。お父さんは人が入って来たことに気づき、後ろを向くと、俺と視線を合わせて訝しげな表情になる。

「……その男の子は、誰だ?」

すると珠洲がきっぱりと答える。

「パパ、この人が私の彼氏だよ!!」

「……」

珠洲のお父さんは、それを聞いて、呆然とした表情で固まってしまった……どうやら本格的に、娘が彼氏を連れてきたことに対して茫然自失のようだ。

珠洲のお母さんが呼び掛けると、それに手を振り「……大丈夫だ」と返し、再び俺に向き直る。

「――――とりあえず自己紹介をしてもらってもいいか……?」

「は、はい……珠洲さんと同じ『2年C組』の斎藤芯です。二年生になってから、珠洲さんとはお付き合いをさせていただいています。よろしくお願いします」

俺が一礼すると、何回か瞬きをしてから、ふっと優しい笑顔になり、俺に言葉を掛けてくれた。

「そうか。……珠洲の彼氏が、こんな優しくてまじめで誠実な男の子で、私は安心したよ。これからも、珠洲をよろしく頼むよ」

「は、はい。こちらこそ、珠洲さんを幸せにします」

そう俺が言った瞬間、隣から「ぐるるるるる……」と洒落にならない声がしたので、予想はしつつも、そちらを向くと珠洲が真っ赤になって俺を可愛らしく睨んでいた。

「芯!! 幸せにしますって……結婚するんわけじゃないんだから大げさよ…………」

「あっ……」

言われた、俺は段々とその言葉の意味が分かってきて、突如俺の顔が赤くなるのを自覚した。珠洲は何故か俺の手を恋人繋ぎしてくる。

そんな俺たちの様子を先ほどから面白そうに見物している珠洲のご両親は、互いに目を見合わせた後、お母さんが台所に向かい、お父さんは再び新聞を読み始めた。

何事も無かったかのように扱われ、俺たちは更に恥ずかしくなり、手近なソファに隣り合って腰かけることにした。

 今日一日の疲れからか、珠洲は座るや否や、俺の肩を枕にして寝息を立て始めてしまった。

両親が作業をしているのを見計らって、俺は珠洲の寝顔をそっと見た。

神様が与えたのだと思うような綺麗な目鼻立ちに、つぶらな瞳に被さる睫毛が、どこか女性らしさを感じさせる。

……こうして珠洲と触れ合っている時の癖が無意識に出てしまい、俺は、珠洲の髪をさらさらと梳いていた。

気持ち良いのか、珠洲は軽くみじろぎして、さらに俺に抱きついてきた。俺の左腕で圧迫されその形を変えているふくらみが、ふよふよとしていて気持ち良く……どぎまぎしながら、(一方的な)触れ合いを楽しんでいると、珠洲のお母さんがお盆にお茶などを載せて戻ってきた。

「あらあら。本当に珠洲は芯くんに甘えているみたいね。まるで親と子のようね」

「そんなこと無いですよ。こうやって珠洲が俺に好意を寄せてくれているのはとても嬉しいですし、僕たちにはこれくらいの距離感がちょうどいいんですよ」

「二人が幸せそうでなによりね。……珠洲ったら芯くんに抱きついちゃって。ごめんねんさいね本当に」

珠洲のお母さんは本当に申し訳なさそうに謝って来るので、俺は慌ててそれを否定する。

「いえいえとんでもないです。僕は珠洲さんの事が大好きですし、こうやって珠洲に甘えてもらえるのは、僕自身嬉しいですから。気にしなくて大丈夫ですよ」

「そうね」

珠洲のお母さんはそう言って微笑み、隣で眠る珠洲の頭をそっと、愛おしげに撫でる。

その後はご両親と談笑して時間が過ぎてゆき、気づけば、時刻が六時半を回っていた。

このまま居座るのも失礼なので、俺は帰宅することにした。

「珠洲さんのお母さん、あの……」

「私のことは、涼夏でいいわ」

「涼夏さん、僕そろそろ家に帰ろうと思うのですが」

すると珠洲のお母さん改め涼夏さんは、きょとんとした表情で、俺に言った。

「あら、泊まっていかないの?」

「……さすがにもうすぐ夕食でしょうし、そこまでお世話になるのも悪いですし……」

「芯くんなら、私は夕飯ご馳走するし、泊まってもいいわ。問題は――」

「俺も特に異論はないさ」

珠洲のお父さんが新聞から顔をあげて俺の泊りに賛成し、そして、未だ俺の肩を枕にして眠る珠洲が、しがみつきながら「帰っちゃだめ……」と呟くので、俺はとうとう追い込まれてしまう。

「――――今日はよろしくお願いします……」

 

 その後夕飯をご馳走になり、お風呂の後にリビングでくつろいでいると、お風呂上がりの珠洲が俺のもとまで真っ先にやって来た。濡れた髪をタオルで拭う姿や、火照った肌などが、珠洲の家にいるという事実と相まってとても色っぽく感じられる。

寄り添うように座った珠洲は、テレビに視線を向けながら、尋ねてきた。

「ねえ芯くん、これからどうしようか?」

「これからって――――ああ、あれのことか」

「うん。そろそろ調べ始めないと、やばいんじゃないかなあって」

「何ヶ月か前に都市伝説研究会に話を聞いてから、全くと言っていいほど言っていないからな……先延ばしには出来ないよな、珠洲にとっても俺にとっても」

「そうだね……こうやって、私と芯くんが一緒になれたのも、何かの縁だと思うし」

珠洲は俺の肩にもたれかかり読書を始めた。こうなっては何をしようと反応しない珠洲なので、俺は適当にスマホをいじりながら時間を潰す。

どこかからか「二人は仲がいいな」とか「本当よね」などと会話が聞こえてくるが、最近疲れていて空耳でも聞いているのだと思うことにして、俺もスマホをいじろうとし……ふと隣をみやると、珠洲は本に目線を固定したまま、耳朶まで赤くしていた。どうやら本人的にはもの凄く恥ずかしかったみたいである。

 珠洲が船を漕ぎ始めた頃、涼夏さんが俺に尋ねてくる。

「芯くん、明日の事なんだけど、どうするのかしら?」

「はい。明日はこちらを早く出て、自宅から学校に行きたいと思います」

「じゃあ、朝に車で送るわね。恐らく電車も本数少ないでしょうし」

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

 用意して頂いた部屋は、珠洲の部屋の隣にある客間。

軽く見渡してみれば過ごす分には全く不自由は無さそうで、特に、ベッドに関しては二人なら入りそうな広さのもので、珠洲のご両親がどれだけ苦労しているかが分かる。

軽く荷物整理などをして布団に潜りこみ、携帯をいじっていると、不意に扉がノックされる。扉の向こうで待っていたのは珠洲。ブルーと赤のチェックのパジャマに身を包み、眠たそうな目で俺を見ていた。

「どうしたんだ珠洲、こんな時間に。寝られなかったのか?」

「……うん。芯くんが隣にいると思うとね…………」

「お、おう……」

珠洲が眠たそうな目をこすりながら、俺にぽすんと体を預けてくる。抱き留めた体から感じる珠洲の温かさ、洗い立ての肌の香りやシャンプーの匂い、全身で珠洲の身体の柔らかさを受け止める恰好で、俺の鼓動が早まる一方だ。

とりあえずベッドの縁に腰掛けると、先ほどみたいにもたれかかってくる。しかし既に船を漕ぎ始めている珠洲に、俺は提案する。

「……寝るか?」

――まさか、俺に甘えるためだけに、ここを訪れたわけでは無いはずだ。

珠洲はいやいやをするように、

「…………芯くんと一緒にねるうぅ………」

珠洲が先に布団に潜り、俺が後から布団に入る。

すると、珠洲がまるでぬいぐるみを抱くかのように俺にしがみつくので、押し付けられた珠洲の様々な身体の部分がとても柔らかく、何だか気分が舞い上がってきたので、俺はさっさと睡魔に意識を売り渡すことにした――――。

 

 翌日。凛とした鳥のさえずりに目を覚ました俺は、ここが珠洲の家で、自分は咲野家に泊めていただいていることを思い出し――一気に眠気が吹っ飛んでいった。

……起きようとすると、俺にしっかりと抱き付いて離れない珠洲が、離されまいとさらにしがみつてくるので、(その可愛さも相まって)なかなかベッドを出られない。

時間は六時頃。今から支度をしていけば、学校には十分間に合う。

電車を経由して通う珠洲もそろそろ起きないといけないので、肩をゆすぶってやる。

「珠洲、学校遅れるぞ。俺もそろそろ出ないといけない」

彼女の長い髪を耳にかけささやくと、目をひとしきりこすり、ぼーっとした瞳で見てきて、

「……芯くん、おはよう」

ふにゃっとした笑顔に、彼女に抱き付きたい衝動を抑えて、ぶっきらぼうに答える。

「寝ぼけてないで……早く顔とか洗ったら?」

「……ん、そうする。芯くん連れて行って?」

「……お姫様抱っことかしないからな、一人で行けよ?」

「芯くんのいじわる……」

洗面などを済ませたら、俺はいよいよ咲野家を辞することになり――。

 自宅に到着して車を降りると、涼夏さんがにっこりと微笑みながら、

「芯くん、また家に遊びにきてちょうだいね。いつでも歓迎するわ」

「はい。その時は、またよろしくお願いします」

涼夏さんは再度微笑みを返してくれると、助手席に座り船を漕いでいる珠洲を見やり、苦笑する。

「……全くこの子ったら。今朝、あんなに芯くんを送ると言って張り切っていたのにね」

「本当に、そうですね……まあ、この後学校で会うので」

「そうね……じゃあ、またね」

涼夏さんはシートベルトを装着し、サイドブレーキを解除して車を発進させ、いよいよその姿は見えなくなった。

 

 朝食を食べ終え、身支度を済ませてリビングに向かうと、ソファでごろごろする莉緒がいた。

ソファにうつ伏せの形でねそべり、足をぱたぱたさせて、何やら雑誌を読んでいるようだ。近づいてみると、それが小学生の女の子達に人気のあるある有名な一冊だった。

「莉緒、何読んでるんだ?」

「あ、お兄ちゃん。これ面白いんだよ。何でも、小学生でも馴染めるようなファッションが紹介されていて、そのテクとかが載ってるの」

差し出された雑誌を受け取り、ぱらぱらとめくってみると、なるほど確かに流行をきちんと押さえて、写真や図などを使い分かりやすく説明してあるようだ。

「確かにこれは良さそうだな。莉緒はいつもお洒落さんだから、さらに可愛くなったら、お兄ちゃん嬉しいかもな」

俺の言葉に莉緒は軽く頬を染めて、しがみついてくる。

「……ん、ありがとうお兄ちゃん」

その後は二人で談笑をした後、俺は学校に向かった。

 

 学校に続く一本道を歩いていると、背後から思いっきり肩を叩かれた。

「痛え。誰だよ――」

そう思い振り返ってみると、そこにはかおりの姿があった。五月に相応しい明るい笑顔を浮かべている。

「おはよう芯、何だか久しぶりな気がするね」

「バカ言え。教室で毎日会ってるだろうが」

「それもそうだね。――ところでさ、最近、咲野さんと一緒にいることが多いみたいだけど、どうかしたの?」

……そう。最近俺と珠洲が何かと一緒にいるのを噂する者が絶えないのだ。

俺は追及されるたび『何もない』として、何とかかわしていたのだが、事実が明るみに出てしまうのは時間の問題といえた。かおりには曖昧に事を伝えることにした。

「……咲野がさ、転校してからまだ学校とかクラスに馴染めていないって悩んでいて、席が隣同士になった俺に頼んできたんだよな」

「まあそれはそれとして……最初のホームルームで、咲野さんと見つめ合っていたけど、何かあったの?」

「それはだな――朝登校していたら、目の前から咲野が飛び出してきてぶかってしまって、その彼女が偶然同じクラスだったから、互いに顔を覚えていたわけ」

「なるほどね……“朝急いで登校したら、街中で女子高生とぶつかる”イベントか……まるで漫画とかアニメみたい…………」

ふと、珠洲が何か呟いた気がしたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。

「今、何て言ったんだ?」

「何でもないよー。……ほら、もうすぐで着くよ、急ごう!!」

その後しばらく俺の脳内に引っかかっていたそれは、放課後にはすっかり頭の中から消えていたのだった。

 

 俺と珠洲は、放課後部室に向かった。

いつも通り、思わず鳥肌が立ってしまいそうなデザインの扉を開けると、中にはいつものメンバーが揃っていた。佐木乃先輩は、俺たちが席につくのを確認して口を開いた。

「さて今日も芯君の『フラグ体質』について話し合おうではないか」

部員全員が頷き、佐木乃先輩が続ける。

「それで、最近芯君の体質の方はどうかな?」

「最近は、鳴りを潜めている感じですかね――珠洲の体質の方も含めて」

「ちなみに私の方も、ここ数か月は特に変わった様子は無いですね、雄介先輩」

珠洲に名前で呼ばれたことで一瞬の驚きを見せた佐木乃先輩だったが、すぐに平静を装うと、眼鏡を指で押し上げてから言った。

「……ふむ。どうやら君たちの体質には一定の周期があるようだね――具体的には、それが頻発する『A』の時期と、潜伏期間とも呼ぶべき『B』の期間があるような感じさ」

「ということは、今僕たちはその『B』の時期にあると言うんですか?」

「状況を整理するに、そういうことになるだろう。芯君や咲野さんは、今まで何か心当りはあるかい?」

佐木乃先輩にそう問われ、俺たちはしばらく考え込む。必死に脳内の記憶を辿っていると、珠洲が真っ先に口を開いた。

「――私の『人がどんなことを考えているのか』が見える体質を自覚したのは……あれは確か小学校に入ってからだったと思います」

それはこの間珠洲が話してくれたことだ。友達と仲たがいの状態になり、偶発的にその友人氏の考えている事を知ってしまったとか。

「小学校の間は、何日かに一回は必ず起こっていました。どんなに間隔が長くても、一週間開く事はなかったと記憶しています。

中学校に入ってからは何十日に一度くらいに落ち着いて、高校では何ヶ月かに一度だったのですが――高校二年生になるにあたってこの高校に転校してきて、その時ふと勘付いたんです。転校先の高校で、私の運命を変える様な人と巡り合うって……」

珠洲は目を若干伏せる。その表情はどこか切なげで、一瞬にして、部室に決して軽く無い雰囲気が漂う。

そのことを敏感に察知したのだろうか、佐木乃先輩は珠洲に質問した。

「……どうしてそうだと気づいたんだい?」

「…………分かりません。ただ、町に引っ越してきた時から、そういう感覚……いや、ある種“予感”が強くなっていったのは確かです。

今思えば、その時だけ、どうして芯くんの体質に似たような事が私にも起きたのか、全く分からないんですよね……」

珠洲は目の前に置かれた湯呑の一点を見つめながら、ただぽつりぽつりと語った。

珠洲がそれ以上の事を語らないのを見て、俺も口を開く。

「――僕が自分の体質をはっきりと認識したのは、やはり小学校の頃でした。

ある時期から学校を休みがちになった友人がいたんです……当然どうしたのかなって心配しますよね? だから僕は彼の家を訪ねる事にしたんです。

彼は至って元気そうで、もうすぐ治るから、そうしたら学校に行けるようになると言いました。俺はその言葉を信じることにしたんです。子供だから楽観視していた面もありました。

 しかし、一週間しても彼は学校に戻ってこないんです。不安に耐え切れなくなって、僕は彼の家に電話しました。でも誰も出なくて……その瞬間、僕の頭の中に何かのメッセージのようなものが出てきたんです。

――この先、あなたの友人は交通事故により亡くなります。それを変えるためには次の行動のどれかを選択してください。なお、何もしない場合はこのメッセージを無視してください。

一、学校に問い合わせてみる

二、付近の病院を手当たり次第に回ってみる

三、母親に聞いてみる

四、その他――

何の事か分からなかった僕は、何かの冗談だろうと思い、そのメッセージを無視して……

一週間後、“友人が交通事故により亡くなった“と母親から知らされました。

 …………僕は深く後悔しました。どうして目の前に『友人の死』という重大な出来事が迫っていたのに、見殺しにしてしまったのか。

そんな僕の様子を見た家族や親戚、さらには先生やクラスメイトまで、僕のせいでは無いと慰めてくれました――――でも、それは間違っているんです。

“全力を尽くして、それでもなお結果が悪いものになった”ことと、“最初から何もしないまま悪い結果になってしまった”こととでは、全く違うんですよ!!

友人の未来が俺に託されていたのに、俺はそれを台無しにしてしまった……」

俺の様子を感じ取ったのか、珠洲がそっと手を握ってくれて、そっともたれかかる。

女の子の柔らかさと体温が、今の俺にはとても心地良い。

「…………芯君は、彼を助けてやれなかったことに責任感を持っているという事か……」

それっきり佐木乃先輩は黙ってしまった。

そこから数分、互いに黙り合ったまま、湯呑に口をつけたりなどして過ごす。

「でも、私がこの体質になったこととしては、決して悪い面ばかりでは無いんです」

珠洲の言葉に部室の面々がそちらに顔を向け驚いたような表情を浮かべる。もちろん俺も珠洲がそんな事を言うとは思わなかったので、思わず珠洲をみやる。

「私がその体質を自覚するまでは、割とやんちゃな性格で、周りの事なんか顧みない、そんな女の子だったんです。

でも『他人の心が見える』という体質のおかげで、容易に心の機微が分かるようになりましたし、人間関係も円滑に行くようになりました。

確かに、私たちを縛める体質は厄介で邪魔なものかも知れないですが、一方で、私たちにある面では福を成すこともあるのだということです――――でも私は体質に頼る事無く、友達と楽しく喋ったり、お出かけしたりして、毎日を送りたい……だから、私はこの体質を解消させたいんです」

そのように語った珠洲の目は決然としていて、そのオーラが部室全体に染み渡り、部員全員の表情が優しくなった気がした。

「そうか……咲野さんは強い人なんだな。普通、そこまで何かに苦しめられる人は、そこから何が何でも抜け出そうとあらぬ力を振り絞って、最終的には――――変な話だが、自殺する人だっているんだからな……そうして体質と闘いながら、妥協点を作る点でいえば、君は本当に立派な人間だと私は思う」

珠洲は驚いたように目を見開いて、やがて目に大粒の涙を浮かべ始めた。

 部室一同が慌てふためく。まあ当然のことというか……途端に女の涙を見せられては、そこいらの男性はたじたじになるのも無理もないというものだ。

そうした周囲の様子もお構いなしに、珠洲はぼろぼろと涙を流して、嗚咽を漏らす。

珠洲の過去に何があったのか……未だ知らないが――でも、この涙が彼女の体験してきたことの壮絶さをありありと表しているに違いないかった。

 心の底から自分を取り巻く環境を変えることを望んで、人間関係をも上手く行えるようになりたいと欲して、ゆくゆくは自分の力で歩んでいこうとさえする彼女が、今までどのような苦労をしたかは、この涙に隠されている気がしてならない。

 俺はそっとハンカチを取り出して、彼女の目元にあててやる。

たちまちハンカチの片面、約四分の一程度が濡れたところで珠洲は泣き止んだのだが、突然「寝る」と言いだして、ゼロ距離まで近づいて俺にもたれかかると、すぐに寝息を立て始めてしまった。

 やれやれと思いつつも、彼女の頭を撫でたり髪を梳いたりしてみて、改めて俺の彼女は芯がある強い女の子なのだと実感する。目元に零れたしずくがきらりと光る。俺はそれをそっと拭う――――温かく、まるで珠洲の意思の強さを物語っているようで……。

「…………今日の部活はここまでにしておこう。今日の咲野さんは何だか、とても疲れているようだし、後の事は彼氏である芯君に任せるとしよう」

そう言うなり、身支度を瞬く間に済ませてしまった都市伝説研究会の面々は、これまた一瞬の間に部室を去っていった。

 残されたのは、ふたりっきりの静寂と規則正しい珠洲の寝息だけ――――。

彼女の寝顔を見やる。あれだけの意志表示をしたおかげか、表情はとても可愛いげのあるものだ。思わず見惚れてしまいそうになってしまうが、女の子の寝顔をまじまじと見るのもデリカシーが無さすぎるので、彼女の唇にそっとキスするだけに留めておく。

 その後下校し、珠洲と駅前で別れる。なお、珠洲にこっそりキスをしたことを打ち明けたところ、顔を真っ赤にしてたいそうお怒りになられた……キスするなら起こした直後にしてほしかったとか、もっとムードを大事にしてほしかったとか――珠洲をあえて起こさずにキスした理由は可愛かったから……などとは口が裂けても言えないので、黙っておくことにする。言ったら再び面倒事になりそうだからな。

 なんやかんやあって家に帰宅すると、妹の莉緒が、俺が玄関に入ったタイミングを見計らって抱き付いてきた。妹のすべすべの肌の感触を感じながら、頭を撫でて言う。

「ただいま莉緒」

「うんお兄ちゃん、おかえりなさい。お風呂入ろう!!」

「……ったく。分かったよ。いくらダメって言っても莉緒が聞かない事、お兄ちゃんも良く理解したから」

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

莉緒は満面の笑みを浮かべ、俺にさらに抱き付いてくる。小学五年生でありながら、平均より成長している胸の感触とかが柔らかくて、触れ合った肌の温かさとかに、俺はどぎまぎせざるを得ない。

自室から着替えなどを持ってくると、俺は莉緒の手を引いて脱衣所に向かうのだった。

 

 その日の夜。俺はパソコンで、とある大学を調べていた。名前は『北浜大学』。

詳しいことは分からないが、この大学に、世の中のありとあらゆる特異的な体質を研究している先生がいると、この間部室で貸していただいた本に書いてあった。

実質的に自分たちの体験談しかなく、行き詰まっている状況にあるなか、この場所は事態の打開に繋がるのではないかと期待もしている。

その先生――石北教授を紹介しているホームページをチェックしてみると、確かにその中に、様々な体質について研究している旨の記載があり、一般の人も相談に訪れているそうだ。そのまま記事に目を通していくと、やがて『面会をご希望の方はこちらから』というリンクを見つけたのでクリック。

次に、様々な情報を入力する画面が出てきた。その画面を一通り確認した後、珠洲にLI

NEでメッセージを送る。

『咲野珠洲:それで、北浜大学がどうかしたの?』

『斎藤芯:この間部室で読んだ雑誌にこの大学の教授の記事が載っていてさ。そのついでにホームページ見てみたら、割と本格的に研究しているみたいで、ひとまず話を聞きに行ってもいいんじゃないかなと思って』

『咲野珠洲:まあそれはそれでいいけど……いつ行くの?』

『斎藤芯:三週間後には試験だからなあ……極端に言って明日とか?』

『咲野珠洲:無理言わないで。明日は友達と原宿に買い物に行く予定が入ってるから無理よ』

『斎藤芯:マジか。そうすると、来週の金曜日とかは、体育大会の振り替え休日だけど、どう?』

しばらくした後返信がきた。

『咲野珠洲:ごめんお風呂入ってた……そうね。その日なら私も予定入ってないから、外出できそうね』

その後は当日の予定を軽く話し合ってお休みを言って、就寝した。

 




 いかがでしたでしょうか。今回主人公の心情描写には、特に気を遣い執筆しました。それは物語の根幹ともいえる場所なので、今もこれからも大切にしていく点ではあります。
 そして、おそらく次回からは、作中の大学に言って様々な話を聞いてくるところからスタートするものと思われます。(もしかしたら、意外な展開があったり……?)

 さて、芯くんと珠洲が鉄道博物館(※実在)にデートしに行くお話で、休憩するシーンが確かあったと思います。その場面で『凜空』だとか『秀平』だとか『美桜』だとかいう赤の他人の名前が出てきたと思いますが――――正直言いますと、彼らは私の第一作目の長編小説の登場人物だったりします。
 原稿を書いている時に、思わず愛情が蘇ってしまい度々登場してしまう彼らなのですが、投稿する際にはやっぱり無し、ということがままあり……そして今回は、そのまま出てもらう事になりました。
 いつか彼らの登場する小説もアップ出来たらいいなと思いますので、期待せずに待っていて下さい。
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