全話を投稿した後、初めてお気に入り登録されました!
メチャクチャ嬉しかったです。
今後とももっといろんな人に楽しんでもらえるよう精進したいです!
物語は冒頭に戻る。
「コウキ!!」
十分ほど探し歩いていると、声をかけられた。
先ほどまでは聞き飽きたと思っていたはずの、そして今最も求めていた声。
「……ヨウト」
《手鏡》の効力だろう、ヨウトの姿は先ほどまでの主人公要素詰め込みキャラの姿ではなく、俺同様リアルと同じ姿になっていた。
確かに今の今までヨウトを探していた。このゲームの中で唯一俺の日常と繋がりがあるヨウトと話すことで、少しでも心の安定を計りたかった。
だが、実際に会ってみると、今の現状をより目の前に突きつけられたような気分になり、全く気分は上を向かなかった。
「……大変なことになったな」
こいつのこんなに真面目な顔、初めて見た。いや、違うか。こいつはなんだかんだ言いながらも真面目なときは真面目だ。ただ、そんな時でもこいつは明るく笑うようなやつだから、こんな重苦しい雰囲気を纏ったヨウトを見るのが慣れていないんだ。だからこそ、俺は現状の異常さを、危険度をより理解してしまう。
突然明かされた残酷すぎる現実。このゲームの死、それは現実世界での死を意味する。
こんなこと、どこまでも現実味のない話なのに、今の俺にはこれ以上ないほどの現実感を放っている。
なんとかパニックにだけは陥っていないが……ヨウトはどうなんだ。
「ヨウトは、どうするんだ?」
気づけば思ったことをそのまま聞いていた。
だが、聞いたあとに気づく。悲しいことだが、俺にはヨウトがなんと言うか聞かずとも何となく分かってしまった。正直、今だけは分かりたくなかったが。
「俺は、行くよ」
一言一言はっきりと言った。
……そうだ、こいつは昔からこうなんだ。
何が正しいのか、何をすべきなのか。こいつはいつもそれを瞬時に選びとってまっすぐ先に行ってしまう。
俺は今もこうやって迷っているのに...
それが堪らなく惨めだった。
前に進むことを躊躇っている自分が、惨めだった。
「コウキはどうする?」
行く。
俺だっていつまでも同じ場所にいるわけにはいかない。
このまま立ち止まっていては『前』と同じじゃないか。
言うべき言葉は分かっているのに、どうしても口が動かない。体が萎縮して言うことを聞いてくれない。
「……ごめん」
それしか、言えなかった。
口は動かないはずなのに、その言葉だけは簡単には喉を通った。
あまりの惨めさに自嘲すら出来ない。
その代わりに、ヨウトを見る。
何で、お前はいつもそんなに前を見れるんだよ、と。
そんなこと、俺には無理だよ、と。
それがヨウトに伝わったのかどうかは分からない。だが、ヨウトは静かに目を閉じた。
「……そっか」
ヨウトも、それだけしか言わなかった。
……俺がヨウトが何を言うのか分かったように、ヨウトだって俺が何を言うか予想できたはずだ。
なのに、俺に声をかけてきたのは、俺のことを心配してか、それとも……
「フレンド登録だけはしようぜ。まだしてなかったし」
俺はそれに小さく頷き、フレンド登録を済ませる。
「じゃあ、お互い死なないように頑張ろうぜ」
ヨウトはいつものように笑った……気がした。
俺はもう、俯くことしかできなかった。あまりにもヨウトとの差が広すぎたから。
そして、ヨウトは外へ、さっきまでいたはずなのに、もはや別次元のように感じるフィールドへ出ていった。
お互い、別れの言葉は発さなかった。
翌日。俺は《はじまりの街》の門からフィールドを眺めていた。
昨日、ヨウトと別れたあとのことはよく覚えていない。気づけば今日の朝になっていて、宿屋のベッドの上だった。
どうやら恐怖のあまり眠れない、ということにはならずにすんだらしい。
ただ、あまりの恐怖に精神が既におかしくなっているのかもしれないが。
「......」
どんな時でも脳裏に浮かぶのはヨウトへの罪悪感。
あの時、俺はヨウトを見捨てたんじゃないか? ヨウトと俺は違うというのを免罪符に逃げたんじゃないか?
確かに、俺とヨウトは違う。昨日も思ったように俺はあいつのように動けない。
それでも、俺にも何か出来ることはあったんじゃないか?
ヨウトを一人あの絶望の世界に一人送り出し、俺は俯く以外の選択肢が。
俺は小さくため息をつき。頭を振る。
「……街でも歩くか」
考えていても、何か起こるわけでもないし、昨日のあの時間に戻れるわけでもない。
気分転換もしたいしな。
街はまだ落ち着いていなかった。
それもそうだ、普通の感性をした人は一晩で自分の運命を悟っていつも通り平然と出来るわけない。
このゲームから出る方法を探している人や、こんなことは現実であるはずがないと信じて狂ったように笑う人、あまりの恐怖に体が動かないのか道の隅で座り込んでいる人がほとんどだった。
俺は...どれに分類されるんだろうな? あえて言うのなら脱け殻?
ははっ、バカらしい。
とりあえず、自嘲するほどの余裕はなんとか戻ってきているようでよかった。
そんな調子で自分と街並みを観察しながら歩き続けて三十分。
「へ? ……あわわわーー!!」
どこか間の抜けた声が街中に響いた。
なんだ……今の悲鳴(?)は……?
街の中は《圏内》と言われて、基本的にはHPは減らないらしい。なので命の危険はない。だからこそデスゲームと化したこの世界で死なないために皆町から出ないようにしている。だから悲鳴が聞こえてくるなんてことはないはず……というか今のは本当に悲鳴だったのか?
疑問に思い、声がした方に行ってみる。人が多い方多い方へと歩いていった結果、ちょっとした路地に辿り着いた。
そこには当然のように人の壁が。どうやらどれだけ精神的に参っていても、人間と言う生き物は知的好奇心には逆らえないようだ。あ、俺も同じか。
人の壁を何とか縫って前に出ると……
人が回復ポーションに埋もれていた。
...いや、正しくは違う。埋もれている、というよりは地面に転がった大量のポーションに全身を突っ込んでいるプレイヤーがいた。
しかも道が狭いこともあって余計にポーションが多く感じる。
なんか、シュールな光景だな……
「あいたたた...」
突っ込んでいる人が出てきた。
「うひゃっ!?」
が、ポーションに手が引っ掛かり、またポーション尽くしの地面にダイブしていた。
ここまで来るともはや芸なのではないか、とまで思えてくる。まぁ、転んでいる本人は至極必死なのでそうではないのは分かっているのだが……
「だ、大丈夫か?」
俺は転がっているポーションに足を引っ掛けないように慎重に歩き、今なおポーションにダイブしている人物に近づき、手を伸ばした。
ダイブさん(仮名)は最初俺に対して戸惑っていたようだが、また転ぶことを恐れたのか、すぐさま俺の手を掴んできた。
「あ、ありがとー」
出てきたのは男性プレイヤーだった。年は俺と同い年かイッコ下ぐらい?
本当に困っていたのだろう。軽く涙声になってるし。
……普通、ここまで困っている人がいれば少しぐらい助けてあげようとする人が出てきてもいいと思うのだが。
軽く周りを見るが、好奇心などの感情は見受けられても、それ以上の感情は見られなかった。
この人ごみ、見世物みたいで感じ悪いな。
昨日あんなことがあったのだ。これ以上何か自分たちに火の粉が降りかかるようなことがあるのか気になりここまで見に来たのは分かる。だがその上で自分たちには関係のないところで誰かが困っているだけだと認識して安心して眺めているだけというのはどうだろうか。他人を気遣うほど余裕がないというの分かるが……なんて、俺自身も人のことを言えるような立場ではないことを思い出して避け員歯噛みする。
八つ当たりのように周りを軽く睨むと全員素知らぬ顔で散っていった。
小さくため息をつき、今の思考を他所へやろうと、改めてポーションから這い出てきた人物を見る。
髪は肩にかかる程度の長さで線は細く、色は黒。癖っ毛なのか先端が少しカールしているが、それで髪型としては逆に纏まっている。
身長は少し低い。だいたい、一五〇半ばほど。目はつり目で、なんだか猫を彷彿とさせる。
しかも人懐っこい顔立ちなので、その身長と相まってえらく年下に見える。
「助けられちゃったね。ミウです、よろしく」
「俺はコウキだ。よろしく。でも、なんでこんなことになったんだ?」
「あはは……いやー、ここにいても仕方ないし、クリアに向けて頑張ろうとポーションを買いに来たんだけどね」
クリア。その単語が出てきた瞬間、一瞬だが体がピクリと反応してしまった。
どうやら俺が思っている以上に、昨日のことは俺の精神に深く刻み込まれてしまっているようだ。
俺はばれない程度に目の前のを観察したが、これと言ってなにかに気づいた様子はなかった。
ミウは説明を続ける。
「いざ買おうとした時に後ろから誰かにぶつかられちゃって...」
「その時に買う個数を間違って入力して、所持数オーバーしちゃったと」
「あはは……はぁ」
このゲームでは一つのアイテムの所持数はアイテムごとに決まっている。紙のような軽かったり小さなアイテムであればその上限もかなり多いのだが、ポーションのような回復アイテムは確か30個が上限だったはずだ。それを越えると今目の前で広がっているように超過分、強制ドロップしてしまう。(そもそもゲームが始まったのが昨日の今日でよくここまで買うほどお金たまってたな)
にしても、この現状どうしよう? いっそのこと落ちてるのは売っちゃうとか?
ふと、前を見ると、ミウがこちらを期待するような目で見ていた。
「どうした?」
「あの、よかったらでいいんだけどさ。このアイテム貰ってくれないかな?」
いや、そりゃ、俺はいいけど...
「いいのか? 売ればいくらかお金戻ってくると思うけど」
「うーん、でも一回買っちゃった物だから、お店の人にも悪いしね」
「……じゃあ、遠慮なく」
お店の人って言っても、NPCだから関係ないんじゃ……
咄嗟にそう言いかけたが目の前にいるミウの目があまりにもまっすぐで、冗談を言っているわけでも、恐怖でおかしくなったわけでもないことを物語っていたため指摘の言葉は飲み込まざるを得なかった。
とりあえず足元に転がったアイテムを片っ端からストレージに入れ終わると、ミウがお礼を言ってくる。
「ありがと!! また会えたら会おうね!!」
すると、ミウは街の中を駆けていった。
なんか、台風みたいなやつだったな。一人で慌てて、一人で解決して。
俺はミウが消えていった道の方を見て心の中で、変なやつ、と呟いた。
その夜、俺は《はじまりの街》からあまり離れていないフィールドに出ていた。
ヨウトは今も戦っている。それこそ比喩なしに命を懸けて。それを考えるといてもたってもいられなくなって、今日の朝方も今夜もこうして雑魚mobを狩っていた。
今朝フィールドに出るときは、外に出た瞬間に足がすくんでしまうのではないか、と心配になったが、そんなことはなく、意外と心も安定していられた。といっても、昨日のヨウトと出ていた辺りまでだし、しかも街の近くだ。その二つがあったおかげで錯乱せずにいられたのだろう。
現に、少し遠くまで行こうと思った瞬間、昨日茅場にこのゲームのことを聞いたときのように体がが萎縮してしまって、呼吸が浅くなった。
つまり、怖いわけだ。
何かをしなくては、と思っているのには、何かをしようと思ったら今度は恐怖で先に進めなくなる。それも自分の保身のためにだ。
「どこまでも中途半端だよな、俺」
だからこそ、外には出るがいつでも街に戻れるような近場でしか戦闘をしない。
これを中途半端と言わずになんと言おう?
俺がいつものようにーーーーただし、今回は自分に向けてーーーーため息をついた瞬間、
突如、周りに狼型のmobが連続ポップした。
「な……っ!?」
ざっと見てその数、約三十匹。
こんなポップの仕方、普通じゃない!!
mobのポップにはある程度規則性がある。
ポップの位置はmob同士が近すぎないようになっているし、時間はどれだけ早くても一分ほどは間隔があるはずなのだ。
ある狼は腕に噛みつこうとしてくる。
ある狼はその体で俺に突進をかましてくる。
ある狼は鋭い爪で俺の腹を抉りにくる。
狼たちはまさに飢えた獣だ。その獰猛な牙の間から涎を垂らし、小さく唸りながら、獲物である俺を仕留めようとあの手この手で襲いかかってくる。
「くそっ!」
俺は《バーチカル》で応戦するが、いかんせん敵の数が多すぎる。一体一体はどうにかできても、数で押されてはどうしようもない。
だんだんと、mobを捌ききれなくなってくる。
体に少しずつ赤いラインが走っていき、徐々にHPが減っていく。
このままじゃまずいと、必死にその場から撤退しようとするが、逃げようとした道も塞がれ、背後から攻撃される。
八方塞がり。
そして遂にHPはレッドゾーンに入った。
一秒、また一秒と経つにつれ、体中を駆け巡る死への恐怖が大きく強くなっていく。
ここで俺、死ぬのかな……
それを自覚した瞬間、一気に体から力が抜け始める。
まるで泥のなかにいきなり突き落とされたようだ。
力を入れようにも入らず、動かそうにも体が重くて仕方がない。それなのに心は震えずにただただ水面のように凪いでいる。まるで、恐怖よりも諦めの方が強いかのように。
「……は」
自嘲するように小さく笑みが零れる。
自らの心の有り様をを自覚してしまえば体はいよいよ動かない。ここまでか。心も体も完全に力が抜けきる。
それよりも一瞬早く、
周りに風が吹いた。
そう思わせるほどに、『それ』は速かった。
『それ』はまさに風のように、狼たちにまとわり、何かしたかと思えば、狼たちは次々と倒れていった。
俺はその光景にただただ目を見開くことしか出来ない。
そんな俺など露知らず。目の前の状況は目まぐるしく変化していき、風がやんだとき、俺の近くにいた狼たちが全てポリゴンへと姿を変えていた。
何が起こったんだ……?
「大丈夫?」
俺が突然の事態に唖然としていると、『それ』は微笑みながらこちらを振り返った。
「ミウ……?」
俺の命を救ってくれた『それ』は街でポーションをばらまいていた少年だった。
その後、何とか剣を握って、俺も手伝ってmobを片付けた。
といっても、ほとんどミウが倒してしまったが。
mobを全て倒し終えると、もう一度ミウが俺に振り返ってくる。
「おー、君はさっきの。さっきぶり~」
ミウが手を振りながら言う。その様子は今の今までmobに囲まれていたなんて到底思えない。それこそ先ほど街で会ったときと何も変わらなかった。
さっきまでの戦闘を繰り広げていた人物とはまるで別人のようだ。
俺は強張っていた顔の筋肉を何とかほぐす。
今になって気づいたが、体の体温が今まで感じたことないほどに下がっていた。
これがもし現実世界なら発汗も大変なことになっていたかもしれない。いや、もしかしたら現実の俺の体はまさに今汗だくなのかもしれないが。
「その、ありがとう」
少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが許してほしい。
さすがに俺は命の危険から脱して数分で平常運転に戻れるほど図太い神経はしていない。
でも、どうして。
「なんで助けてくれたんだ?」
しまった。疑問がそのまま声に出てしまった。助けてくれた人に、どうして助けたのか、なんて感じ悪すぎる。
でも、ミウは助けたあとに襲われていたのが俺だって気づいたみたいだし、街での恩返し、ということはないだろう。
だがそうなると余計にわからなくなる。
こんな何もかもが不確かな世界で、いや、仮に現実世界だったとしても、見ず知らずの人が命の危険に陥っていたとしても無条件で助けるなんて人はいない。
この世界にも、外の世界にも、そんな善意は存在しないはずなんだ。
するとミウは微妙に困ったような顔になる。
「うーん、言わなきゃダメ?」
「できれば」
なんとなくだが、俺にとってその答えがとても大事なものになるような気がするのだ。
今まで俺が感じてたもの、見てきたもの、思ってきたことが全て根底から覆されるような、そんな気さえする。
俺のそんな思いが伝わったわけではないだろうが、何度か恥ずかしそうに逡巡していたが口を開いてくれた。
「カッコつけに聞こえるかもしれないんだけど……」
前置きをしてミウが話し出す。
「誰かが困っているのを見て、助けないで後で後悔するのが嫌なんだ。あの時あーすれば良かった、こーすれば良かった、なんて考えるぐらいなら自分の本当の気持ちに従って行動する方がいいでしょ?」
話を聞いて、俺は心臓を鷲掴みにされたような気がした。
だって、それは、今俺が考えていること、ヨウトのことと……
ミウが言っているのは、ヨウトと別れたとき俺ができなかったことをそのまま言っている。
そう思うと、俺はミウから少し目を逸らした。まさにヨウトと別れるときと同じように。
しかし、ミウの次の言葉で俺はまた視線を正面に向けることになる。
「それに、誰かを助けて、相手が笑ってくれたり幸せそうにしてくれたら、こっちも嬉しいから」
まぁ、全部自己満足なんだけどね、最後にミウはそう付け加えた。
言い終えた後、ミウは、やっぱりちょっと照れるね、と恥ずかしそうにしていたが、それに対して俺は唖然としていた。
ミウがそんな、本当に善意だけで動いていたことにもそうだが、なによりこんなゲームの中で、そんな風に考えて行動できているミウに対して唖然とした。
ある意味感銘を受けた、といっても過言ではないかもしれない。
改めて、ミウを見る。
こいつは、ミウは本当に強いんだ。このゲーム、中には発狂するような人もいるような世界に囚われても自分を見失わないし、誰かを思い、助けることができる。
優しさ、覚悟、実力。その強さとはどういった強さなのかは分からない。それでも、ミウがこの世界でも心をねじ曲げずに生きていけるのはそんな心の強さがるからこそだ。
自分の身だけでなく、他人の身まで助けるというのは、つまりそういうことだ。
ーー俺はこの時、初めて誰かを尊敬することを知った。
俺もこんな風に慣れたら……
「じゃあ、もう行くね」
「へっ? あっ!!」
気付くとミウはもう、少し離れたところにいた。
いつの間に……本当に速いな。
「夜は危ないから気を付けてねー!!」
そう言うと、ミウは手を振りながら走り去っていった。
しかも顔はこちらに向けながら。
……お前こそよそ見しまくりじゃん。
ふと、右手で左手を握ってみると、さっきまでは体温が恐ろしく低かったのに、今はいつもの体温に戻っていた。
「はぁー」
大きく深呼吸する。久しぶりに肺に綺麗な空気が入った気がした。
……ミウ、か。
翌日、街はだいぶん落ち着きを取り戻していた。
というよりは、もう発狂する体力も、嘆く体力もなくなって、ただ呆然としている人が増えた、というべきか。
道の隅の方を見れば、何人かが感情のこもっていない表情で虚空をずっと見つめていた。
もしかしたら、俺もこうなっていたのかもしれないと思うと、少し喉に引っ掛かるものがあった。
その光景はあまり見ているとこちらもどんどん気分が下を向きそうだったので、当人たちには悪いが、その場を離れた。
向かうのは昨日と同じように門の前。
……よくよく考えると、俺もここでただ思考するだけなのだから、街の方にいたプレイヤーたちとほとんど変わらないのかもしれない。
「はぁ……」
本当、ため息しか出ない。
俺が今こうやって無為に時間を過ごしている間にも、ヨウトはずっと戦っているのかもしれない。
まさに今のこの状況が俺とヨウトの違いなのだ。
止まるか、進むか。
いや、ヨウトだけではない。もしかしたら昨日会ったあいつとも……
「やめてください!!」
ビクゥッ、体が一気に縮こまる。今考えていた本人の声が聞こえてきたのだから仕方ないじゃないか。
だが、その声のおかげで思考の海から抜け出せた。
というか、今のは……完全に悲鳴だよな。昨日みたいなのじゃなくて。
俺は声の出所を首を回して探す。フィールド側から聞こえてくるわけないから、街の方か!
いた。
探し始めて僅か数分、ミウがいたのは、路地裏からこの門の前の広場に出てきた場所だった。
ミウは四人ほどの男性プレイヤーに囲まれていた。ここからでは聞こえないが、なにか言い争っているようだ。
恐らく、先ほどの呆然としていたプレイヤーたちとは反対方向に精神が参ってしまった人たちだろう。急に怒鳴ったり、物を蹴ったりしている。
今すぐ助けないと! 体が反応するよりも先に頭が判断していた。
だが、逆にそのせいで体が一瞬遅れて急制動をかける。
ミウは俺なんかよりも強い、俺なんかに出番はない。俺がいかなくても丸く収まる。
そんな悪魔の囁きのような声が聞こえてきた。
「くそっ!」
俺はこんな時まで……なんで俺はヨウトみたいに思った通りすぐに動けないんだ。なんで俺は昨日のミウのように動けないんだ。
これじゃあ、ヨウトと別れたときと同じじゃないか。
自分がしなければならないことには体が動かないのに、自分が絶対にしたくない、逃げたくないと思っている方には体が簡単に動く。どれだけ根性無しでくず野郎なんだ俺は。
俺が迷っている間にも事態は進行していく。
ミウを囲っていた一人が腰から剣を抜いたのだ。それを目の前にしたミウの表情にも怯えの色が浮かぶ。
頭が痛くなってくるほどの葛藤。目を見開き目の前で進んでいくその光景がどこかスローモーションに見える。ガチガチと震える奥歯。指がおかしくなってしまいそうなほどに強く握り混んだ手。あぁ、ここまで動きたいと思っているのに、俺はどうして――
瞬間、昨夜のミウの言葉を思い出した。
『ーー誰かが困っているのを見て、助けないで後で後悔するのが嫌なんだ』
ーー違う!!
今、ミウを助けられるのはヨウトじゃない。
今、ここにいるのは俺なんだ!!
今、ミウを助けたいと思っているのは俺なんだ!!
俺は今まで溜めていた何かに強く弾かれるようにミウたちの方へ駆け出した。
悩むな、考えるな。思考なんて、心なんて捨て置け。今お前が頭に浮かべるのはミウを助ける、それだけでいい。
動け、腕を振れ、足を動かせ!!
「やめろぉぉぉぉぉおおお!!」
俺が走り出した時には、男の剣は振り上げられ淡いライトエフェクトを纏っていた。
させない。男たちが射程圏内に入った瞬間、剣を抜き左手側に引き絞った。
さんざん練習したソードスキルの発動モーション。
「はぁっ!!」
全方位単発スキル《ホリゾンタル》でミウを囲っている奴らを吹き飛ばした。
街中など、《圏内》と呼ばれる場所では、剣などの攻撃を喰らってもダメージは入らないが、代わりに威力に応じたノックバックが発生する。
俺のレベルはまだまだ低いが、それでもソードスキルを意識していない方向からまともに喰らえば、その衝撃はかなりのものだろう。
このあと反撃されたらどうしよう、とか攻撃した後に慌てそうになったが、吹き飛んだ奴らは立ち上がるとそのまま一目散に逃げていった。
「た、助かった……」
俺は緊張のあまり体の中にたまった精神的不純物を声とともに、一気に外へ放出する。
や、ヤバかった。あのまま戦闘なんかになってたら間違いなく俺がやられてた。
ていうか、いくら悩むなって言っても後先考えずに突進するのは何か違うくないか俺!?
俺が今さら頭の中で錯乱していると、ポンポン、と肩を叩かれた。ミウだ。
ミウはどことなく安心したように息をついた。
「また助けられちゃったね」
「……君なら助けは要らなかったかもしれないけど」
「ううん、そんなことないよ!」
するとミウは満面の笑顔になる。
「ありがとっ!!」
……あぁ。
なるほど、相手が笑ってくれたり、幸せそうにしてくれたら自分も嬉しい。昨夜、ミウが言ったことがすごく実感できた。
それは、小学校などで先生が言う無茶な希望論なのかもしれない。
それでも、それは真理だったんだ。
そして、そんな考えをこんな世界でもそれを貫き通そうとしているミウは本当にすごいと思う。
「でも、君強いんだね」
「……そんなことないよ」
今回は自嘲とか、そういったものなしに正直にそう思う。
本当に強かったら、俺はヨウトについていったはずだ。
今もこうして、街に留まることなく。
俺は、全然強くなんかない。
しかし、俺のそんな考えに反してミウは何か考えるような素振りを見せる。
そして少しすると、うん、と頷いた。
「ねぇねぇ、パーティ組もうよ」
「え……」
今、何て言った……?
俺は緊張をほぐすために一度唾を飲み込む。
「パーティ……?」
「うん」
さも当然、というようにミウは頷く。
いや、事実これはこの世界では当たり前のことなのだ。
だが、俺にとっては違う。俺は、ヨウトの手を取らなかった。なのに、ミウの手は取るのか?
そんなこと、後々になって出てきたヨウトへの後悔や罪悪感を、ミウと組むことでなくそうとする自己満足でしかない。
確かにヨウトと組むことは断ったけど、今はちゃんと前を向いていますよ……そんな最悪な自己満足。
そんなこと、ダメだ。これはただ楽になろうとしているだけだ。
ごめん無理だ。そう言おうとした。したのに……
ーー本当にこのままでいいのか?
……もう、昨日から散々悩んだ。苦しんだ。後悔もした。
またただ後悔するだけの意味のない日々に戻るのか?
なにより、目の前の現実に絶望して立ち止まるのはもうたくさんだ。
確かにこのまま突き進んだとしても希望を見つけられるとは限らない。道半ばで力尽きて結局死ぬかもしれない。それでも、その時守りたいと思った人を守り抜く力がほしい。
それが俺の本当の思いだと、『あの時』もう答えを出したはずだろう?
これも酷い自己満足だ。なにせただ自分のワガママのために自分の罪を捨てようとしているのだから。
……でも、それでも前に進みたい。もう立ち止まっていたくない。
だから、
「分かった。パーティを組もう。ミウ」
俺の言葉を聞き、弾けるように笑みを浮かべるミウ。
俺は前に進む覚悟を決めた。何も出来ない自分と決別するために。
こうして、俺たちの長い長い、とても長い物語は始まった。
少年は、こうして新たな一歩踏み出した。
この一歩は他人から見れば小さな一歩かもしれない。
笑われる程度のものかもしれない。
それでも、少年は今まで立ちたくても立てなかった新たなステージに一歩踏み出したのだ。
....と、まぁ、これまでの三話、ここまでは少し長めのプロローグでした。
これから始まるのが、コウキの新たなる物語です。
コウキが何を思い、どう行動するのか、これからも応援よろしくお願いします。
そして次回にはアッと驚く出来事が!?
....伏線の張り方を誰かに教えてもらいたい。