エギル「一つ聞きてぇんだが。お前さんは、女には興味はねぇ、とかそういうタイプなのか?」
ヤマト「え? なにいきなり......」
エギル「いやな。俺が見る時はお前さん、カリンとよくいるが、聞く話によると他の女の子ともいるらしいじゃねぇか。なのにお前さんのそういう浮いた話は一切聞かない。それで少し気になってな」
ヤマト「どこ情報なのそれは......? うん、まぁ、そこそこ女友達? はいるけど、別にそんな話はないね。あ、でも僕が女の子に興味ないとか、そういう話もないから」
エギル「つってもなぁ。じゃあ、どういうタイプが好みなんだ?」
ヤマト「うーん、そうだねぇ......強いて挙げるのなら」
エギル「挙げるとするのなら?」
ヤマト「僕のこと、好きだって言ってくれる女の子かな? ほら、そう言われるとすごく嬉しいし、僕も意識しちゃうしね」
エギル「......そうだな。(はぁ、これはカリンも、前途多難だな)」
「ありがとうございましたー」
ヤマトが街外れのとある家から出てくる。
例のオレンジプレイヤーたちの戦闘から2時間後、ヤマトはクエストの依頼主のもとへ戻り、報酬を受け取ったのだ。
思えば、これほどに大変だったクエストもなかった。
最初に倒れている人を見つけたかと思えば、その人に騙されてオレンジプレイヤーたちに囲まれ。やられかけたかと思えば、突然の乱入者。そして共闘......。ヤマトはこのゲームの中で自分が歩んで来た道は割りと他のプレイヤーたちよりはダイナミック、かつバイオレンスだと思っているが、それでもこの日は波瀾万丈過ぎた。
(......カリンのところに行く前に、少しブラブラするかな)
ヤマトは外の空気を肺一杯に吸い込んだ後、大きく吐いて街を歩き出す。
とにかく、この体の中に凝り固まった嫌なものを外に吐き出したかった。
町並みをボーッと見ながら思い出すのは、先程までの戦闘のことだ。
あの戦闘、ヤマトは助けがなければ間違いなく......死んでいた。
もとはと言えば、ヤマトが誰かを助けようとした結果、ヤマトは死にかけたのだ。その行動自体はヤマトも悔いてはいないし、助けてもらったコウキたちには少々申し訳ないと思うが、反省する気も一切ない。
それでも、どうしても思ってしまう。
今この瞬間、戦闘が終わって一息ついてしまったこの瞬間だからこそ、考えてしまう。
もしも、あの時コウキたちが来なければ、自分は今、もう死んでしまっているということを。
そのことを考えると、胃の中がズンッと急に重くなる。僅かにではあるが、指の先が震えてくる。
変わっているだの、《黒の剣士》ほどの強さを持っていると言われても、ヤマトはまだ15歳。リアルならば中学校でワイワイ騒いでいる年なのだ。『死』に直面すれば、泣きそうにもなるだろうし、理不尽に叫びたくもなる。
そう考えれば、ヤマトはやはりいくらか達観しているのだろう。だからこそ、『死』に直面したその場では落ち着いていられた。だからこそ、今になってその恐怖が襲いかかってきている。
いや、もっと正確に言えば戦闘が終わった瞬間からそれは襲ってきていた。ポーチを探す、何て言っていたのも、今になって思えばとにかく体を動かして余計なことを考えたくなかったからかもしれない。
(強さになんて興味はないけれど......それでも)
ヤマトは自分の右手を見て、それを強く握った。
......例えば、コウキが強さを求める理由は、自分の大切な人を守るためだ。
例えば、ミウが強さを求める理由は、助けられる可能性を否定しないためだ。
では、ヤマトは?
自分が生き残るため? 誰かを助けるため? ただ強くなるため?
分からない。
ヤマトは、そういった面でも、コウキたちを羨ましいと思ったのだ。
隣に誰かがいて、その人のために戦うようなことができる、そんな関係が。
(今の自分のスタンスが嫌な訳じゃない。むしろ気に入ってる)
なら、なぜこんなにも心細く感じるのだろう?
分からない。
そこまで考えて、ヤマトは大きく頭を振る。
あぁ、らしくないらしくない。またらしくない考えをしているめんどくさい。
朝も似たような考えをした気がするヤマトは、再びため息をついて落ち着こうとする。
大きく吸って~......
「見つけたわよ、ヤマト」
「はぁ~~~~......」
「会っていきなりため息ってどういうことよ!?」
「え? あぁ......」
ヤマトが前を向くと、いつの間にかカリン(怒りゲージ80%)がプンプンしていた。
それを見た瞬間、ヤマトはなんとなくとだが胸が軽くなった気がした。
あれ? これはどういうことだろう? とヤマトは首を捻る。
「なによその私のことが誰か分からないみたいな反応!?」
(あ、やっぱり気のせいかな。いつも通り少し面倒だけど見てて面白いカリンだ)
違う意味でまた安心するヤマト。
この藍髪少年は、大事なところでいつも通りの鈍感系主人公なのだった。
「それで、なんでカリンがここにいるの? エギルの所でにゃーにゃーしてなくていいの?」
「にゃーにゃーしてるってどういうことよ......あなたが何かオレンジプレイヤーたちとの戦闘に巻き込まれたって聞いてしん......偵察に来たのよ!!」
「はぁ......?」
所変わって街中のとある広場。この広場は円形の広場の中心に大きな常緑樹が立っていて、その木の周りにベンチが配置されている。
この頃気温が上昇してきたこのアインクラッドでは、隠れ避暑地として用いられる場所だ。
ヤマトたちも今はそのベンチのひとつに並んで座っていた。
そしてカリンの言葉を聞いて、ヤマトは首を捻る。
(あの戦闘の情報が、もう出回っている......? いくらなんでも情報が早すぎる......)
仮に上がっている情報が、ボス攻略達成! とかならば、ヤマトも納得がいく。そういったプレイヤー全体に関わる情報は多くの情報屋、多くのギルドが情報を大々的に流すからだ。
だが、今回の場合はただのプレイヤー間の戦闘。しかもオレンジプレイヤーたちとの戦闘だ。情報としての注目度は限りなく低い。
「ねぇ、カリン、僕が戦闘に巻き込まれたって......どこで聞いたの?」
「は? どこって、別にどこでもないわよ? ただ情報収集しようといつも通り転移門近くで耳を澄ませて盗み聞きしていたら、あなたの情報が聞こえてきたってだけで......」
「転移門って、この層?」
「え、いや......もう少し下の層だけど......」
急なヤマトの真剣な表情に気圧されたのか、いつもよりも幾分動揺しながら答えるカリン。それに対してヤマトはさらに疑問が浮上する。
この層で聞いたのなら、まだ情報に上がっても理解できた。あの森に今近づくのは気を付けよう! というような感じで広まってもおかしくはない。
だが、別の層となるといよいよきな臭くなってくる。
(こんなの、誰かがわざと情報を拡散しているとしか思えない。じゃあ誰が? コウキたち......は、ない。メリットが無さすぎる)
そこまで考えて、閃いた。
いた、この情報を垂れ流しにした場合、得をする人物が。
ヤマトはヨウトが言っていたこと、というより、あのポンチョの男が言っていたことを思い出す。
『俺たちはいつでもお前たちを見ている。それを忘れるな......』
(......なるほど、こうきたか......)
ヤマトは心の中で大きくため息をついた。
そうなると、次にカリンが質問してくることは......
「あっ、それよりも! ヤマトあなた、何か変なスキル使ったって噂になってたけれど、あれ、本当なの?」
(やっぱり......)
ポンチョの男がヤマトに対して打てる有効な手段。それはヤマトが戦闘中に使った『あのスキル』を、情報拡散することだ。
これをすることによるヤマトへの実害は、実際はそれほどない。せいぜいが色んなプレイヤーに質問攻めに逢うことぐらいだ。
だが、間接的には違う。
小さなもので言えば、質問攻めによる精神的疲労。大きなもので言えば、その他大勢の犯罪者プレイヤーたちに、ヤマトの対策を打たれてしまうことだ。
ヤマトはもともとソロで、オレンジプレイヤーたちに狙われやすい、という条件がある上に、対策まで打たれると、ヤマトはかなり辛い状況に立たされてしまう。
もちろん、それだけでヤマトに完封勝利できるようにはならないが、それでも狙われやすくなるというのは確かだ。
(あの時スキルを見せるのは失敗だったかな......? いや、それだと僕は死んでたから、間違ってはない、か。完全にあのポンチョに負けたなぁ......)
別に、勝ち負けにはそこまで固執していないヤマトだが、それでも戦闘でも負け、情報戦でも負けてしまうと、さすがに頭に来るものがある。
だが、この場にはヤマト以上に頭に来ている人物がいた。
「ちょっと、私の話聞いてる!?」
「うーん、聞いてるよー。にゃーにゃーしているっていうのはねーー」
「どこまで話戻してるのよ!?」
「冗談だって......はぁ、ま、カリンならいいか」
元々、カリンにはこのスキルについて話すつもりではいたのだ。ある意味では、説明の手間が省けていいか。
ヤマトはそう思い込むようにして、ウィンドウを開き、いくらか操作し、可視モードにしてカリンに見せる。ちなみにその間カリンは「私ならって......どういうこと、なのよ? なのよ!!」と、錯乱ツンデレを起こしていたが、もちろんヤマトはスルーした。
カリンはウィンドウを見せられて、最初は訝しんでいたが、スキル欄のある項目を見ると、その表情が情報屋のものに変わった。
「これ......なに? かみ......《
「うん、カリン、今まで聞いたことある?」
「......いえ、私が知る限りは......ないわね。多分、最前線の方でもないと思う」
やっぱりか、とヤマトは小さく息をつく。
《神体》スキル。このスキルはヤマトがあるクエストをクリアしたときに、突如発現したものだ。
今使えるソードスキルは《ツーエジッドソード》のみだが、それでもその強力さは言わずもがなだ。
最初、ヤマトはクエストクリアの報酬としてついたスキルだろう、と思い、特に気にしてはこなかった。
だが、ヤマトがクリアしたクエストを、同じくクリアしたプレイヤーに、《神体》スキルが発現した、というプレイヤーは一人もいなかったのだ。
あくまでも、それはヤマトが素人丸出しの情報収集の方法で入手した情報。100%の正確さなんてものはなかったが、今になっても《神体》スキルという名前を聞かないということが、そして今カリンが言ったことが何よりの証明になっている。
(このスキル......やっぱり何か特別なものなのか......)
「それで、どうするの? このスキル、もう大分広まっちゃってるわよ?」
「......そうだねー」
ヤマトも、自分一人でスキルの独占を企んでいるわけではない。先ほども言ったように、もう少しすれば自分からカリンに相談するつもりではあったのだ。
ただ、このスキルは誰でも習得できるようなものではない、特別なもの。ヤマトはなんとなくとだがそれが分かった。
カリンも似たようなことを感じたからこそ、すぐにヤマトから情報を聞かずにいる。
ヤマトは少し考える素振りを見せた後。
「......その噂っていうのは、どんな感じで広まってる?」
「どんな感じっていうと......あなたの容姿とかよね? それは藍髪で薙刀装備って感じで、今までのとほとんど変わらないわね」
「そっか......」
正式に公開すべきか、伏せるべきか。
公開すれば、もしかしたら多くのプレやーがまた新しい力を得ることができて、結果的に助かる人が増えるかもしれない。
後ぐされもないし、ヤマトの良心としてもそちらの方が楽だ。
......だが、それは楽観視ではないか? とヤマトは考える。
公開して誰も《神体》スキルを得ることができなければ、待っているのはヤマトとして面倒な質問攻めだけではないのだ。
待っているのは、嫉妬や憎しみといった、負の連鎖。混乱だってあり得る。
それならば、ただなにも考えずに公開するのは、違うのではないか?
「......ねぇ、カリン」
「はいはい。大体考えてることは分かってるわよ。あなた以外にこのスキルが出たって言う人が出てくるまではこの情報、流さないわよ」
それでいいんでしょ? とカリンがつまらなさそうに言ってくる。
ヤマトは、少し驚いていた。
確かにカリンとの付き合いはそこそこになるヤマトだが、まさかここまで考えていることを読まれるとは思わなかったのだ。
ヤマトがカリンのことを見ていると、その本人は「な、なによ?」となぜか狼狽している。
「いや、カリンは何気にすごいなーって」
「何気にってなによ......」
そこから始まる会話は、またいつも通りのヤマトによるカリンいじり。
とめどない話に、どうでもいいような会話。
ヤマトは、もうこの時には、先ほど感じていた妙な心細さなど完全に忘れてしまっていた。
それは何を意味するのか、ヤマトはまだ気づかない。
なにより、ヤマトは他に気にすることがあったから。
不意に、2人の会話が途切れる。
「......」
「......」
「......なに?」
いつまで経ってもただヤマトのことを見るだけのカリン。
カリンは呆れたようにため息をつく。
「今日は、去らないのね」
「え?」
「今までの会話からして、ヤマトって私のこと一通りからかい終わると、どこか行くでしょう? なにか言いたいことがあるのならさっさと言ってくれない、面倒だから」
「......カリンってもしかしてアレ? 僕のこと結構好きだったりする?」
「なんでそうなるのよ!?」
だよねー、と返すヤマト。
ただ、ヤマトがついそう勘ぐってしまうほど(まぁ、完全に間違っているとは言い難いが)にカリンが今言ったことは正しかった。
しかもそれも今日でもう2度目。どんな人物でも自分のことが嫌いと明言している相手にそんなことを言われてしまえば、驚いてしまうだろう。
「あっ、それと今の台詞、前に僕が言った言葉じゃなかったっけ?」
「あー、もうにゃによさっきから!! 喧嘩売ってるのね!? 買ってやるわよもーーーー!!!」
「呂律回ってないよ?」
「うるさーーーい!!」
ビュビュン!! と連続して放たれるカリンの拳を、座ったままでかわすヤマト。
それを見てカリンはさらに頭に来る。
「こっちはあなたのことちょっとしん..してるっていうのに!! なによその飄々っぷりは!! むかつくーー!!」
「えっ!? あれ、これってデレ? デレなのかな!? でも僕今もこうして殴られてるからやっぱ違う気がする!!」
そのまま互いに軽く息が上がるまでケンカ(笑)をし続けること数分。
息を荒らしながら、カリンが言う。
「なにか、言いたいこと、が、あるのなら......いいなさいよ! らしくない......!!」
「......っ」
らしくない。
その言葉をカリンに突きつけられ、ヤマトははっとした。
(まったく......今日はカリンに完敗だなぁ)
ヤマトは立ち上がり、再びウィンドウを操作しながら考える。
そして最後にウィンドウをタップしてあるアイテムをーークエストの報酬で貰ったアイテムをオブジェクト化する。
そうしてヤマトの手の平に現れたのは、エメラルドのような緑色の宝石が中央に配置されている指輪だった。その緑色の宝石が映えるように、石を覆う金属部分は金色で、表面にはなにか文字のようなものが彫られている。
ヤマトはそれをじゃっかん恥ずかしがりながらも、どこかで何かを期待しながらも、無造作にカリンに突きだした。
「ん」
「......っ! えっと......なに、これは?」
もちろん、急にそんなことをされても、カリンは疑問符を浮かべることしかできない。
ただ、一瞬妙な間があったが、ヤマトもそれどころではなかったので気づけない。
「なんというか、いつものお礼? みたいな。今回のこともそうだけど、カリンにはいつもお世話になってるから、そのお礼」
いつまで経ってもカリンが受け取ろうとしないのが少々面倒になったのか、ヤマトは指輪を多少無理矢理カリンに押し付けて渡した。
先ほどまでとは逆に、今度はカリンが驚く番になった。
ただ、その驚きは悪いものではない。カリンは現状に思考がついてくると、「えっ? えっ!?」と錯乱した後、ヤマトに聞く。
「えっ、あの、もしかして、今回のクエストってもしかして......」
「うん、カリンへの恩返しになにかないかと思って受けた。エギルが言ってたこともほとんどウソ」
指輪を渡す、という最大の難所をクリアしたヤマトは、時間が経つにつれどんどん平常運転に戻っていくが、それに対してカリンはどんどん混乱していく。
その証拠にカリンの顔は、超真っ赤でにやけながらもそれらを取り繕おうとするせいで、ちょっと説明しきれないほどにすごいことになっていた。これは女の子が男の子にあまり見せちゃいけない類いの顔である。
そんな中、カリンはなんとか現状を打破するためにーーそして自分の顔を何とかするためにーー反撃に出る。
「こ、こんな高価そうなもの、受け取れないわよ! いいわよ、その......あなたへの協力は、半分私の楽しみでもあるんだし!!」
言い訳のためになんか自分の他の本心を暴露してしまっているカリンだが、当然それには気づかない。
さらにカリンもウィンドウを操作して、あるアイテムを取り出す。
それは、エギルの店で見た《ケモ手》なるもの。
「そ、それに!! 私これもうエギルさんから貰ったからこれ以上は貰えないというかというか......」
「いいよ、これ僕の自己満足だし。あと受け取ってもらわないと、僕、今回オレンジに襲われ損だし」
「うぅ......」
ヤマトに完全に話の主導権を持っていかれ、恨めしそうに半眼で唸るカリン。
ふっふっふ、カリンは実は押しに弱いことなど、とうの昔に知っておるのだよ。と、なぜか悪役風に考えるヤマト。
そんな2人がまともにぶつかれば、まぁ、結果なんぞ誰でも分かる。
結局、カリンはヤマトからのプレゼントを受けとる他なかった。
最初は少し申し訳なさそうに受け取ったカリン。だが、もう一度指輪を見ると、
ふと、小さく笑った。
その笑顔を見た瞬間、ヤマトは思った。
(......あぁ、なるほど。今回の僕の『らしくない』行動の意味が分かった)
分かってみれば何てことのない理由。多分、どんな人間でも一度は思ったことのあること。
ただ、当たり前すぎて気づけなかった。
(僕、この笑顔が見たかったのか......)
カリンに恩返しがしたかった。それも嘘ではないのだろう。
ただ、それが本当の目的ではなかった。
あの、カリンがヤマトに、なにか言ってほしいと弱味を見せたとき。あの時にヤマトに見せた笑顔。ヤマトはあの笑顔をもう一度見たいと願った。
笑っていた方がかわいいから、いつもヤマトの前では仏頂面だから、カリンにも楽しんでほしいから。ヤマトがカリンの笑顔をもう一度見たいと願った理由は多々あるが、ヤマト本人は「なんとなく」と答えるだろう。
実際、そうなのだから仕方がない。
その「なんとなく」には、どういう感情がどれほど詰め込まれているのかは分からないが。
だが、今ヤマトが分かることと言えば、それは一つ。
ヤマトが、カリンの笑顔が好きだということ、それだけだ。
(......まぁ、誰の笑顔でも嫌いじゃないけどね)
......そこからもう少し掘り進んでいけば色々得るものもあるだろうに。
この少年は、本当に鈍感野郎である。
ヤマトとしてはこの辺りで大変満足した。なのであとはまた適当にカリンいじりに移行しようかと思っていた。が、カリンが指輪を見ながら言った。
「......ねぇ、翡翠......エメラルドの石言葉って、知ってる?」
カリンの言葉に、ヤマトは少し興味を引かれた。
「石言葉......? それって花言葉みたいなものなの?」
「えぇ。宝石にも、色々な意味合いがあるのよ」
カリンが再びベンチに座ったので、ヤマトも続いて隣に座る。
「エメラルドの石言葉は、幸運とか、幸福とか......それに、ありきたりではあるけれど、愛とか」
「へぇ、確かに花言葉みたいだね」
「......」
カリンが無言のままヤマトのことを見るが、ヤマトはその意味に気づかない。
カリン自身も気づいてほしいとは思ってないが、ただ、少しイラついただけだ。
まぁ、あなたはそうよね。とカリンは前置きして、話を続ける。
「......ま、そんな石言葉から派生して、災難とかから守ってくれるっていう意味も持つのよ」
「でも、少し意外かもね。カリンって、そういうの全然信じないタイプだと思ってた」
「うるさいわね、自分でも分かってるわよ......実際、占いとか風水とか......あとは心霊的なものも信じないわよ」
ん? とヤマトは首をかしげた。
ではなぜ石言葉は信じているのだろう?
ヤマトがそれを聞くよりも早く、カリンが口を開いた。
「......そうね。ヤマトが今日、『らしくない』行動していたし、私も少し、『らしくない』話をしてみましょうか」
そう言うカリンの表情は、どこか寂しげだった。
その表情を見て、ヤマトはいつかの、シリカと別れたあとのカリンとの会話を思い出した。あの時も、カリンは似たような表情をしていた。
あの時と違うところを上げるとするなら、カリンの雰囲気だろう。あの時のカリンは、自分で自分の感情を理解できていないように戸惑っていたが、今は、理解した上で寂しそうにしている。
ヤマトはそれを分かった上で、カリンの話を、聞こうと思った。
きっと、カリンにとって大事なことだろうと思ったから。
そして、カリンまた一度小さく笑うと、語り始める。
「私、昔ーー小学生ぐらいの時は泣き虫だったのよ。今は自分でも分かるぐらいにスレてるけど、もっと物静かなタイプだった。学校だったら、教室の隅で一人本を読んでるような、そんな感じ。
まぁ、だからなんだろうけれど、イジメの対象として、最高だったんでしょうね。私はクラスの女子にイジメられ始めた。......多分、容姿とかも理由にはあったんでしょうね。私そこそこモテたから。
イジメの内容は......聞いても気分のいいものじゃないだろうし省くわね。ま、ヤマトが想像するものの倍はひどいと思うわよ? 女子はその辺り子供でも容赦ないから。
そんなイジメを受けた私は、当然だけど、泣いたわね。そりゃあもう。毎日毎日イジメイジメイジメ。その度泣いて泣いて泣いて。でも意外なことに、涙って枯れないのよね。いっそ涙が枯れてしまえばもう少し楽だったかもしれないけど。
さて、そんな私には憧れて、それで大好きな存在がいた。......お姉ちゃんよ。私のお姉ちゃんは、もうとにかく明るくて、優しくて、の割に頭は悪くて2つ下の私に勉強を聞いてきて。正直、鬱陶しく思うことも多々あったけど、それでも、大好きだった。
お姉ちゃんはそこそこシスコン気味でね......ま、私も言えないけど。私がイジメられて、どこかで泣いてると、いつもどこかで見てるのかってぐらいにタイミングよく現れてね。それで私に言うのよ「泣いてる妹も可愛い!!」って......笑っちゃうわよね。普通、そこは頼れる姉アピールってことで、慰めたりするところだと思わない? でも、しないのよね、これが。ただ泣いてる私に抱きついて、頬擦りして......こっちは泣いてるってのに。
でも、私、その時間は、嫌いじゃなかった。
どこまで考えてたか分からないけど、多分お姉ちゃんは分かっていたんだと思うのよ。泣いてるとき、私が一番欲しいもの。......ん? あぁ、あなたには教えないわよ。
そして私が4年生の時。つまりお姉ちゃんが6年生の時。お姉ちゃんが修学旅行に行くことになったのよ。私は、自分が一人ぼっちになると思ってお姉ちゃんに旅行に行かないでってせがんだのよ。家に帰れば親もいるし、寂しくはないけど、学校とか、登下校は一人ぼっちだから。
するとお姉ちゃんも、なんとか学校に残ろうとしてね......それでもできなかったのよ。まぁ、今考えれば当然なんだけど。
そこでお姉ちゃんが考えた折衷案が、『お下がり』だったのよ。
お姉ちゃん曰く「私の道具には私の魂が宿る!」とか言って私に人形のキーホルダー渡して。だから安心してってことなのよ。ひどい理屈だけど、それでも私はいくらか安心できたのよ。
......うん? なによその顔。って、そりゃあここまで言えばオチは見えてくるわね。
クラスの女子はそのキーホルダーに目をつけてね。私も抵抗したんだけど。それはもう見事に引き裂かれてね。子供って怖いわね。
その日から、私は自分の部屋に閉じ籠りだした。学校なんて場所にもう行きたくなかったし、それになにより、お姉ちゃんに合わせる顔がなかったのよ。お姉ちゃんからもらって、本当に嬉しかったキーホルダーを、お姉ちゃんに見せたくなくて。
お姉ちゃんが旅行から戻ってきても、私はお姉ちゃんに会わなかった。そのせいで余計に寂しくなって、部屋の中で泣いてるくせにね。
それから10日ぐらい経った日。唐突に部屋の窓が割れてね。何事かと思ったら、そこからお姉ちゃんが入ってきたのよ。2階よ? 2階。普通窓割ってまで入ってくる?
久しぶりに見たお姉ちゃんの顔は、いつも通りの笑顔かと思えば、泣いてたのよ。
そして私にいつも通り抱きついて言ったの。「ごめんね。すぐにこうしてあげられなくて、ごめんね」......私が勝手に閉じ籠っただけなのにね。
それからは、私もお姉ちゃんもわんわん泣いて。お姉ちゃんが先に泣き止んだんだけど。その時にポケットからあるものを取り出してね。お姉ちゃんがそれを私に突きつけてきたのよ。なにかと思って受け取れば、エメラルドの指輪だったのよ。......そう、ね。これにすごくよく似てるわね。
もちろん、子供に本物のエメラルドのの宝石なんて用意できるはずもなくてね。それはお姉ちゃんが旅行先のオリエンテーションで作った紛い物だったけど。でも、受けとるときにさっき私が言ったエメラルドのことを聞いて。「ごめんね、お姉ちゃんのキーホルダーはお姉ちゃんの力が足りなかったよ。でも、これなら大丈夫! 何て言ったってお姉ちゃんパワー100%だからね!! いやむしろ100%を越えちゃってるからね!! なにか放出しまくりだよ!!」って、よく分からない言葉を聞いて。
それで、その時、私は本当にお姉ちゃんのことを尊敬したんだ。こんなに誰かの心を救ってくれるなんてすごいって。
だから、私もお姉ちゃんみたいになりたいって思った。そのためには、もっと強くならないとって。
その次の日からはまた学校に登校して。その日からまた頑張って。
気づいたときには、イジメなんてなくなってた。要は気の持ちよう、ってことなのかもしれないわね。
......そんなこんなで、私はこの指輪に、ちょっとだけ強い思い入れがあるのよ。
......だから、この指輪は、そんな簡単には貰えない、あなたに返すーー」
「いや、そうはならないよ」
「ちっ」
小さく舌打ちして、渋々と指輪をストレージに入れるカリン。その雰囲気には、もう先ほどまでのしんみりした感じはどこにもない。
......そう、しんみり、していたのだ。先ほどまで。
その事実に、ヤマトは妙な違和感を覚える。
先程の話の内容は、つまりはカリンとその姉の感動物語だ。それも、カリンが強くなるまでの。
その話の途中で、しんみりするのは分かる。だが、最後の最後まで、しんみりとしたまま話終えた、カリンの心境がヤマトには分からない。
これは、カリンにとって『よい』話ではないのだろうか?
「......」
ヤマトには分からない。分からないが。
目の前にいる女の子が、今、泣いていることだけは分かった。
もちろん、目から涙をこぼして、感情を表現しているわけではないけれど。
それでもヤマトには、カリンが泣いているように感じた。
でもそれは、現状を嘆いているからでなく、過去の、もう終わってしまった出来事に対して、嘆いているようで。
その出来事を、ヤマトがどうこうすることはできない。ヤマトには時間遡行なんて、便利な能力はないのだから。
だから、ヤマトは。
(......過去のことは、お姉さんに任せよう)
ヤマトは、『今』をなんとかしようと思った。
お姉さん、すいません。と、ヤマトは心の中で一度謝った後、カリンに向かって笑った。
ヤマトは、カリンには抱きつけないから、せめて笑顔ぐらいは再現しようと思ったのだ。
「依頼主の人から貰うときに、聞いたんだけどさ。その指輪、なんか『厄除け』の効果があるらしいんだよね」
「......」
「しかもそれは本物。どこかのだれかさんはお姉さんから貰った『偽物』でも、笑顔になって、強くなれたんだから。本物ならもっとすごいことになるんだろうねぇ」
「......」
「もしかしたら、嫌いな人にさえ笑えるような、
「......なによ、それ」
「ん? 『らしくない』ことだけど?」
ヤマトの言葉を聞いて、カリンは黙りこんだ。
だがそれは、いつものように言い返すことができないからではなく、言い返す必要がないから。
「......そうね、『らしくない』ことをしていたわね。今は」
そう言って、カリンはまた小さく、笑った。
その表情や雰囲気には、もう泣いているようなものはない。
あるのはただ、笑顔だけ。
この時、多分、この2人は、なにか見えないもので繋がれていた。
ただ、それも一瞬のことだ。それを断ち切ったのは......まぁ、やはりと言うべきか、ヤマトだった。
「でも、何が一番らしくないって言えば、こんな話してるときにカリンが《ケモ手》着けてることだよね」
「..................」
一瞬の静寂。
そして。
次の瞬間には、凄まじい風切り音を上げながらヤマトに迫ってくる《ケモ手》があった。
「あぶなぁ!?」
完全に不意打ちだったこともあり、ヤマトは一瞬反応が遅れたが、なんとかかわす。
だが、残念なことにも、カリンの腕は2本あったりする。
再度迫ってくる《ケモ手》。
「えっ、ていうか何!? カリンそれ装備してるの!? しかもなにその謎の攻撃力!! ほとんど化け物クラスだよねぇ!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーーい!! あなたはここで絶対に八つ裂きにしてやるっっっ!!」
「確かにその装備ならできそう!!」
......なぜ、この鈍感藍髪少年は、自ら死にに行きたがるのか。それは永遠の謎である。
だが、こうしてヤマトもカリンも笑っていることから、それは悪いことばかりではないのだろう。
2人、そして、誰にでもコンプレックスや、負い目というものはある。だが、それは乗り越えることはできる。
ヤマトはまだ気づかない。
自分が、コウキたちに対して羨ましいと望んだその関係。それは簡単に手に入ることを。ヤマトが手を伸ばせば、それを握り返してくれる人たちは、ヤマトが思っている以上にいることを。
そして、カリンはまだ気づかない。
自分が、望んでいた、なりたいと思っていた目標。それは、もう手に入れていることを。カリンは、もう強くなっていることを。
2人がそれに気づく時は、それほど遠くはない。
はい、ASの方の交差後でした。
今回初めて長文の台詞を入れてみましたが、どうでしょうね? 読みやすいでしょうか?
ここは少し迷いました。場面を変えて追体験風に語っていくか、今回のようにカリンに長々と言わせるか。言わせるにしても、ヤマトくんに間で相づちを打たせるか。結果的にこうなりましたが、難しいですね。
次回は......本編の交差後です。