秀輝「母さんはかわいいなぁ」
彩花「......」
秀輝「母さん良い匂いするし」
彩花「......」
秀輝「母さん優しいし」
彩花「......んぅ」
秀輝「たまに見せる笑顔なんて絶品ものだし」
彩花「......うぅ」
秀輝「.......」
彩花「な、なに......」
秀輝「なぁ彩花、キスしても良い?」
彩花「~~~~~~~~!!!!???」
秀輝「その反応はいいってことで」
彩花「やっ、ちが!? 秀輝さん待って、ていうかなにさっきからーーーー」
仲良しこよし。
少し休憩を入れようか、と言ってヨウトがテーブルの上にお菓子を置き、一人ずつにお茶を渡す。
私たちの雰囲気が下がりすぎたから、ヨウトなりに空気を入れ替えようとしてくれたんだと思うけど、誰も今はお菓子を食べる気にはなれなかった。
「......」
向かいに座ったコウキを見る。
その表情は今までにも何度か見たことのある、どこか寂しさを含んでいるけど、それを表に出さないような表情。
......さっき聞いた話だと、コウキも昔は明るい、それこそヨウトみたいな天真爛漫な子供だった。
きっと、すごく輝いた笑顔をする子だったんだと思う。
コウキはそういう風に思いきり感情を表に出すことは少ないから、今までどれだけ大変だったのかが、なんとなくだけど想像できてしまう。
コウキの今の性格や表情が悪いだなんて全然思わない、でもーーーー
「......おいおいミウ」
「ふぇ?」
「顔、怖くなってるぞ?」
「っ!?」
コウキに言われて、咄嗟に顔を両手で隠す。
......私、今どんな顔してた?
顔が怖くなってる、なんて、生まれてこの方言われたことがなかった。
変な顔になってなかったかな、と少し恥ずかしくなったけど、頭を振って思考を切り替える。
違う、私は納得がいかなかったんだ。だからこのもやっとした気持ちは否定しなくていい。
「......な? 聞いてもあまりいい話じゃないだろ? ただ俺のせいで父さんが死んだ、それだけの話なんだから」
「それはーー」
「例え、実際は事故だろうと、犯人の男が悪かったんだとしても。俺があの時、変に拗ねたりしないで鍵を閉めていれば起こらなかったことなんだから」
「......」
コウキは迷いもせずに言い切る。
この出来事は、もうコウキは自分の中で消化している。もう、向き合い方を決めてしまっている。
だから、私が何を言っても、そう簡単には揺るがない。
......悔しい。
私が俯くと、コウキはリリちゃんの方を向く。
「リリも、さっきは本当にごめんな。俺が寝てる時に起きたことだったからさ、寝てるときも妙に周りに敏感になっちゃってて。リリにまであんな反応しなくてもいいのにな......」
「......いえ。それは、その......仕方がないと思います。誰だって目の前でそんなことが起これば、トラウマになっちゃう、と思います......すいません。自分から聞いておきながら、こんなことしか言えなくて......」
トラウマ。
その単語に小さく体が震えてしまった。
「いや、リリがさっき言ってくれたことなんだけどさ。話して俺もだいぶ楽になってるから。勝手だけど、俺としては結構助かってるんだ」
「あ......なら、良かったです」
リリちゃんが嬉しそうに笑う。
それにつられるように、コウキも微笑む。
優しい笑顔。私も大好きになった笑顔。
でも、今だけは、嫌な笑顔。
ねぇ、コウキ。なんでコウキは......そんな全部諦めたみたいに笑うの?
私は、今までコウキのことをすごく落ち着いていると思ってた。達観とか、そんな感じ。
でも、この話を聞いた後だと話は変わってくる。
あのコウキの落ち着いた感じは、本当は諦めの証なんじゃないだろうか?
何に対して諦めているのかは、分からない。それでも、まだ私の手はコウキの心に触れていない。それだけは分かった。
ふとヨウトの方を見てみると、ヨウトもコウキを見てどこか悔しそうにしていた。
......そうだよね。ヨウトは私よりも長くコウキのことを見てる。
コウキのこの表情を、もっと長く見てきてるんだ。
ヨウトは私の視線に気づくと、すぐさま落ち着いた表情に戻った。
「まぁ、今までの話はコウキが知ってる話と、コウキの母さんーー彩花さんに教えてもらったことを纏めた話なんだ」
「で、これから先話すのは、俺の話。多分......ミウが今まで疑問に思ってたことの答えは、これで全部分かると思う。ごめん、今まで変にはぐらかしてきて」
「......ううん。こうして今、コウキが話してくれてる。それで私は十分だよ」
「そう言ってもらえると俺も嬉しい......それと、リリは大丈夫か? さっきの話の途中も、顔色悪かったけど」
「ありがとう、ございます。大丈夫です。それに......コウキさんが、私にまっすぐ向き合ってくれているのに、私だけ、逃げたりするのは......嫌です」
「......そっか」
コウキは一度大きく深呼吸する。
いくら向き合い方を決めていても、コウキにとっては辛い過去のはずだ。
それをコウキが私たちに話そうとしてくれている。それなら、私たちはそれをひとつ余さず、受け止める。
私は、受け止めたい。
「ーーじゃあ、続けるぞ」
ーーーー7年前。
お父さんが俺のせいで死んでから、2年後。
俺が、小学2年生の時。
「ねぇねぇ、君、人殺しの子供って本当?」
「......」
朝。登校後。
教室前廊下にて。
......またか。
俺は隠そうともせずにため息をつき、そのまま質問者さんの隣を通り抜けるように教室に入ろうとするーーあ、邪魔された。
その時になってやっと俺は質問者さんの顔を見る。
......やっぱり、上の学年の人か。
何年生かまでは分からないけど、質問者さんは身長が高いし、あと話し方が流暢。
まぁ、上の学年でもないと教室前まで来て質問してこないっていうのもあるけど。
俺は質問者さんを睨み付ける。でもやっぱり年下からこんなことされても怖くないのか全然引いてくれない。
「ねぇ、聞いてんじゃん」
「......お父さんは、人殺しじゃない」
「あ、殺したのって父親の方なんだ」
「......っ!!」
なにも知らないくせに!! 勝手なこと言うな!!
お前なんかに何が分かる!! お父さんは俺を守ってくれたんだ!!
......そんな思いを飲み込んで、俺は拳をこれでもかと握る。
そして今度は多少強引に教室のなかに入った。
学校に入ってみて知ったけど、他学年の教室というのは妙に息苦しい。下の学年が上の学年の教室に行くのなら、教室の前ですら圧迫感を覚える。
だからこうして教室に入ってしまえばさっきの人の追撃は免れることができる。
......まぁーー
「高崎だ......」
ーー俺の場合、自分の教室でも息苦しさは覚えちゃうけど。
教室の色んな所から、ため息とか内緒話が聞こえてくる。
それに対抗して、というわけではないけど、俺は自分の席に座ると同時にため息をついた。
「なぁ、高崎くん」
顔をあげると、机の前にクラスメイトが立っていた。確か名前は......岡くん......だったかな?
クラスでも女の子に人気のイケメンくん、とかなんとか聞いたような聞いてないような。
......今日は連続かぁ。
「えっと、なに?」
「別に、お前が人殺しの子供とかっていうのには興味はないけどーー」
興味がないんだったら放っておいてくれない?
とか言ったらまた争いのもとになるのかなぁ。
「友達が怖がるから、上級生もうつれてこないでよ」
「......そんなの、俺のせいじゃない」
言って、俺は岡くんを睨み付けるーーやった。さっきの人には効かなかったけど、岡くんには効いたみたいだ。
そのまま岡くんは立ち去っていった。
......そういえば、ゲームとかだと相手を倒したら経験値もらえるよね。
俺の場合は、恨み値とか貯まってそうで怖いけど。
適当なことを考えつつ教科書をかばんから引き出しのなかに移動していく、と、いつもなら奥まできっちり入るはずの教科書が今日は入らなかった。
なにか奥に物が詰まったかな?
引き出しのなかを探る。すると。
「......雑巾?」
机の中から、教室掃除用だと思われる雑巾が出てきた。
しかも用意がよく、ちゃんと使用済みのもの。牛乳とか拭いたのかな? 臭いがすごい。
右手で摘まんだ雑巾を観察していると、教室のどこかから小さな笑い声が聞こえてきた。
......こうきたか。
俺はまたため息をつきつつ、雑巾をかけておく棒に雑巾を適当にかけておく。
少しずつランクアップしてる気がする。
前に机のなかに物を入れられたときはノートを破って作った紙くずだった。
あとは......絵の具を使ってるときに服につけられたり?
まぁ、色々あったような気がする。記憶するのも嫌だし覚えてないけど。
そりゃあ、前はイライラもした。怒って殴ったりしたこともあった。
でもそうしたら、お母さんに連絡が行った。
お母さんに怒られるのは別に構わない。お母さん優しいもん。
俺が嫌なのは、お母さんに迷惑がかかること。
お母さんに、負担がかかること。
お母さんは、おとうさんが死んでから、一人で俺を育ててくれてる。
体が弱いのに、バイト? とか働くことも始めて。いつも疲れてて、大変そう。
だから、お母さんにだけは迷惑はかけない。心配をかけない。
だから、俺は我慢する。
それに今日はまだ悪いことしかないけど、そこまでこの教室は悪いものじゃない。
まず良いところ一つ目。それは。
「おっす、おはよう光輝!」
急に、背中をドン! と叩かれた。
振り向くと、そこには保育園の頃からの友達、佐藤陽がいた。
俺は不満が少しでも陽に伝わるように不機嫌顔を作る。
「陽、痛い」
「それは光輝が弱いからだ」
「どう考えても陽が悪いでしょ......」
「あ、そうだ。今日家で晩御飯食べないかって光輝の母さんに伝えといてだって」
......もう陽とは4年ぐらいになるけど。
未だに話の流れが見えてこない。
前になんでそんなに脈絡ないの? と聞いてみたら、最近英語の勉強してるからかな? と言われた。とりあえず英語を話す人全員に陽は謝った方がいいと思う。
......でも、そんな陽のことが、俺は嫌いじゃない。
いつも陽は明るくて、元気がもらえる。それにこう見えて陽は周りがすごく見えていて、頼りになる。
なにより......すごく、いいやつだから。
最近知ったけど、俺と一緒にいる陽も少し悪く言われているらしい。
それでも、陽は隣にいてくれる。そのおかげで、すごく安心する。
「うん、分かった。言っとく」
「おう! また家で一緒にゲームしようぜ」
「うん」
と話していると、チャイムが鳴った。
また後でな。陽はそう言って自分の席に向かう。
陽が自席に座る頃にはクラス全員がもう座っていた。
そして教室の前の扉が開かれる。
......そう、このクラスの良いところ二つ目はこれ。
「さ、みんないる? 出席を取るよ?」
女の先生が、クラス全体に問いかける。
二つ目はーークラスの担任が、尾上先生だったことだ。
「先生さよならー」
「はい、さよなら。気を付けてねー」
どこの教室からかそんな会話が聞こえてくる。
放課後。学校中の教室が賑やかになる時間だ。
そしてこのクラスでも、活動的なタイプの生徒たちが我先にと教室から出ていく。
早く家に帰って遊んだり、外で遊んだりしたいみたいだ。もちろん陽もこの活動組に含まれる。
そんな中、俺は教室を出て生徒の流れに逆らい、職員室の前まで移動した。
えっと......ノックしてから、ドア開けるんだっけ......?
まだ少し慣れないノックを2回。
「失礼しまーす......」
「あ、光輝くん。こっちこっち」
恐る恐る職員室に入ると、尾上先生が席に座って呼んでくる。
尾上先生は、綺麗な人だ。
髪はロングで軽く巻いていて、柔らかそうな雰囲気を体に纏っている。
それに、優しい人だ。
俺はこうして一週間に一回、先生に職員室に呼ばれてる......あ、いや、なにか悪いことしたとかじゃなくて。
呼ばれる理由は悪いこととは正反対。俺が過度なイジメーーというよりイタズラ?ーーを受けていないか、定期的に聞いてくれているんだ。
呼ばれた通り移動して、少しの小話。そしてここ一週間の出来事を報告する。
先生は一つ一つのことに対して頷いて、静かに聞いてくれた。
「ーーこんな感じだったかな?」
「そっか......ごめんね。先生も何とかしたいんだけど、中々細かいところまでは目が届かなくて......」
「先生が悪い訳じゃないもん! 大丈夫大丈夫」
へへへ、と先生に向かって笑う。
他の先生も、俺に対しては良くしてくれているけど、どっか一歩距離をおいた感じに接してくる。
やっぱりどこか怖い気持ちはあるのかもしれない。
でも、尾上先生は違った。
ちゃんとこうして、一つ一つ俺の言うことを聞いてくれた。
それが、すごく嬉しかった。
「先生ももっと頑張ってみるから、光輝くんも辛いことあったら遠慮せずに言ってね? いつでも聞くから」
「うん! ありがとっ!!」
この学校に来て、尾上先生に出会えてなかったら、と思うと本当に怖い。
先生に出会えて、本当に良かった。
だから、俺はまだまだ頑張れる。
そもそも、なんでこんな話になったのか。
俺もよくは知らないけど、保育園に行ってた頃に俺が叩いちゃった子がいた。
もとは向こうが悪かった話だったけど、俺がその子を怪我させちゃったせいでその子のお母さんがすごく怒ったらしい。
それでその人がどこからかお父さんの事件を聞きつけて、その人がお父さんが誰かを殺したっていう話を広めたらしい。
俺を守ってくれた、その話は広まらずに。
そのせいで、今こんな感じのなっちゃったって、前にお母さんが教えてくれた。
「お母さん、陽が今日晩ごはん食べに来ないかって」
家に帰ると、今日はお母さんがいた。
お母さんは仕事している時間がバラバラで、昼間働くこともあれば夜働くこともあった。
いつも大変そうなのに、授業参観にも来てくれた。
......前に、おじいちゃんたちにお金は借りられないの? と聞いたことがあった。
おじいちゃんたちはお金持ちらしかったから。
でも、「おじいちゃんたちは今体調を少し崩していて、心配をかけたくないから。だからお母さんが頑張るのよ」ってお母さんは言ってた。
だから、俺はお母さんに心配はかけたくない。
お母さんはお皿洗いをしながらこっちを見て苦笑いする。
「ごめんね。今日は夜また出ないといけないから」
「そっかぁ」
「だから、光輝だけでも行ってきて」
「うん......分かった」
陽の家とは昔からの付き合いだ。
だからこうして互いの家で晩ごはんを食べたり、泊まったりというのは珍しくない。
それに陽の両親もすごくいい人たちで、お父さんのことがあった後もうちのことを心配して、色々手助けしてくれた。
陽の両親も、本当にいい人だ。
「じゃあ、陽の家に電話してくるね」
「うん......ちょっと待って」
「え?」
お母さんに手を捕まれた。
お母さんの手は濡れていたから、少し冷たい。
「どうしたの?」
「......腕のこのマジックの線、どうしたの?」
「え......あっ」
しまった、と思った時には、お母さんは俺のことを抱き締めていた。
そしてもう何度目かも分からない言葉。ごめんね、ごめんね。とお母さんは俺に言ってくる。
......ダメだ。また心配をかけてしまった。
お母さんのこんな顔、見たくないのに。お母さんの笑顔が好きなのに。
「......お母さん、違うよ。これ、自分で書いちゃったんだ。今日の図工の時間に、手が滑っちゃって......ごめんなさい」
本当のことだ。今日は図工があって、その際に俺は手を滑らせてしまった。
......ただ、その時立ち歩いてたクラスの人がぶつかって手が滑った、ていうのはあるんだけど。
でも、俺が何かされたって思ってないから、大丈夫。
だからお母さん、大丈夫だよ?
どこまで伝わるのか分からないけど、そんな思いを込めてお母さんの背中に両手を回す。
お母さんの体は、いつも通り俺の大好きな暖かさを持っていた。
またある日。
体操服を入れる袋に入れられていた土を、教室のベランダに出て外へ向かって払っているとき。
......ん?
隣のクラスとも共通になっているこのベランダ。そのベランダに膝をついてずっと下を見ている女の子がいた。
手をパタパタベランダの床について、何かを探してるみたいだ。
普段は誰かに関わろうとはあまり思わないけど、あんまりにその女の子が困っている様子だったからつい、声をかけてしまった。
「どうしたの?」
「ひゃいっ!?」
声をかけた女の子は、大声をあげてその場で固まってしまった。
......膝をついて頭を下げた状態で固まっちゃってるから、なんだか俺に土下座をしてるみたい。
なんか、また変な噂が広まっちゃいそうだなぁ。
女の子はゆっくりと俺の顔を見上げてーーーー思いっきり眉間にしわを寄せて睨んできた。
あう、睨まれた......そういうこと多いし、最近は慣れてきたけど、初めて会った相手にされるとやっぱり少しショック。
でも、そんなにずっとこっち見て睨んでこないでも......と思ったけど、途中で違和感を覚えた。
睨まれてるにしては、なんというか、嫌な感じがしない。
......あ。
「もしかして......目が悪いの?」
「へ? あっ、ごめん!! 別に、睨んでたわけじゃ......」
「ううん、別にいいけど」
「えっと......男の子、だよね?」
うん、と返事する。
相当目が悪いのか、この距離でも俺の顔が見えてないみたい。
事情を聞くと、このベランダで転んだときにコンタクトを落としちゃったらしい......両目とも。
......えっと、こういうのなんて言うんだっけ......。
......ドジっ子?
「あの、だから、あまりこの辺歩かないでほしいんだけど......」
「あぁ、踏んじゃうしね」
「うん......ごめん」
女の子はもう一回謝ると、また床に目を近づけてコンタクトを探し始めた。
......コンタクト、か。
そういえば、お母さんも目が悪かったなぁ。
そういえば、お母さんの笑顔最近見てないなぁ。
......笑って、ほしいなぁ。
「......え?」
女の子が驚いて声をあげる。
多分、目が悪くても俺が床に膝を着いたのが分かったからだと思う。
「一緒に探す」
「でも、悪いよ」
「いいよ。今ちょうど昼休みだから時間あるし」
言いながら、そういえば陽と遊ぶ約束してたような......とか思い出したりもしたけど、まぁ、いいか。
前に約束忘れられたから、仕返しってことで。
女の子は、最初俺から少し距離をとっていたけど、最終的には手伝わせてくれた。
.......その後、コンタクトが見つかったのは、授業が始まって少ししてからだった。
「ふふふふーん♪」
「光輝くん、どうしたの? 珍しく鼻唄なんて」
「あ、尾上先生!」
職員室に行くと、尾上先生は席を外していると言われたので待っていると、その本人が戻ってきた。
今日も恒例の報告会。
いつもは圧迫感を覚える職員室だけど、今日はそんな感覚は一切なかった。
というか、気分が良かった。
「昼休みね、コンタクト落として困ってる女の子がいたから、探すの手伝ってあげたんだ! そしたらコンタクト見つかって、ありがとうって言われた!」
あの女の子は俺の顔がちゃんとは見えてなかった。
だから俺のことを怖がらずにありがとうって言ってくれたのかもしれないけど、それでも嬉しかった。
この学校に来て、味方は陽と尾上先生しかいないと思ってた。
同い年の子は、皆敵みたいだった。
でも、そんなことなかった。
あんな風に、嬉しいことがあったら皆、ありがとうって言うんだ。
嬉しそうに笑うんだ。
俺に、嫌な感じじゃない気持ちを向けてくれるんだ!
それが分かったことが、なによりも嬉しかった。
先生は俺の言葉を目をつむって聞くと、少し間を置いて「そうね」と言った。
「......光輝くんは、とってもいい子だもんね。光輝くんはなにも悪くないの。だから、光輝くんは光輝くんらしくいれば、みんな光輝くんの良さに気づいて、友達になりたがると思うよ」
「......うんっ!!」
その後も、少し小話をして、帰る時間になったから職員室を退出した。
先生は昇降口まで見送りに来てくれた。別にいいって言ったけど「先生にも何かさせて」って言ってた。
本当に、いい先生だ。
「じゃあね、尾上先生!」
「えぇ、またね。車に気を付けてね」
「うん!」
俺、この学校で、本当に良かった!
「......そう、光輝くん
下校中、俺は今まで努めて思い出さないようにしていたお父さんとのあの日のことを、なんとなく思い出していた。
今日は、自然と思い出してしまったんだ。
でもそれは悪い意味じゃなくて。
気持ちよく、思い出すことができた。
お父さんの、最期の教え。
「だから......誰かのために頑張れる、優しい子に......なれるよう......頑張れっ......!」
あの時はーーううん。今日まであの言葉の意味が分からなかった。
でも、今日分かった。
あのコンタクトの女の子のおかげで。
誰かのために頑張って、笑顔になってもらえたら、すごく嬉しい。
それに、多分コンタクトの子もあの時は嬉しかったと思う。
そんな、誰かも自分も嬉しくなる。そんなことが、優しい子、にはできちゃうんだ。
そうなりたい、そう思った。
自然と、家に帰る足が速くなる。
そうだ、まずはお母さんのお手伝いから始めよう! 今までもしてきたけど、もっとしよう。
最初は失敗もするかもしれないけど、まだ刃物は痛くて危ないことぐらいしか分からないけど、お母さんに習って、少しずつでもいいから、最後には全部手伝えるぐらいになろう!
そうしたら......
「お母さん、笑ってくれるかな?」
足の動きは、もう全力疾走になっていた。
すぐに家が見えてくる。
今日はお母さん家にいるって言ってた。できれば今日からもう教わり始めよう!
家のドアに手をかける。
「ただいま!!」
俺の声が家のなかに響く。そういえばここまで大声を出したのは本当に久しぶりな気がする。
お母さんはこの時間、大体キッチンで洗い物をしてる。
俺はキッチンに向かう......でも、お母さんはいない。
「あれ?」
買い出しに行ったのかな? と思ったけどさっきドアに鍵はかかってなかったし、それはない。
じゃあ、どこだろう?
とりあえずお母さんの部屋に行ってみるかな? と思ったときだった。
prrrr.......!
電話が鳴った。
この家にある電話は、お母さんの携帯電話とリビングにある固定電話の2つ。
この音は固定電話の方だ。
......とりあえず、出ないと。
お母さんが出ないことに違和感を覚えつつ、俺はリビングに移動する。
電話は......あれ、ない......
いつもはテーブルの上に置いてあるはずの電話が、今はない。
でも、今も音は鳴ってる。
音がする方へ、音がする方へと歩いていく。
そしてーーーー
「あっーー」
あった。
見つけた。
今も鳴り響く電話。
それと一緒に......お母さんが、床に倒れていた。
その瞬間。
頭のなかで、なにかが壊れる音が、確かに聞こえた。
そして、もう知りたくもない絶望が、襲ってきた。
「お母さん!!」
お母さんが倒れていることを認識してからの行動は早かった。
すぐにお母さんの傍に寄って、何度も何度も声をかける。
体も何度か揺する。
お母さんの体は、すごく冷たかった。
この前抱き締められた時に感じた温かさは、どこにもなかった。
頭のなかに、2年前の出来事が再び呼び起こされる。
ただし今度は、悪い意味で。
お母さんが、いなくなる。お父さんみたいに。
お母さんが、もう笑ってくれない?
やだよ、やだよ.......やだよ!!
なんとかしなきゃと思った。
今度こそ、なんとかしないと。
じゃないと、また、大切な人がいなくなっちゃう!!
まずは救急車を......そう考えた時、未だ鳴り続けている電話に気がついた。
表示されている番号に、見覚えがあった。確か......
俺はすぐさま受話器を取る。
「陽っ!!」
『え、あ、ごめん。陽じゃなくてそのマミー。お母さんだよ?』
「陽のお母さん!! お母さんが、お母さんが!!!」
『......! 光輝くん、落ち着いて。どうしたの? 彩花ちゃんに何かあったの?』
「お母さんが......倒れてたぁ......!!」
『っ!?』
「帰ったら、椅子から落ちて、床に......それで、電話......!!」
『......うん、分かった。今すぐ私そっちに向かうから、光輝くんはそこにいて』
「でも、お母さんが......!」
こんなに、冷たくなってて、返事もしてくれなくて!!
『大丈夫! 光輝くんのお母さんは、すごく強い人だよ。絶対大丈夫......だから、私のこと待ってて。もしかしたら救急車が先に来るかもしれないけど。それまで待ってね』
陽のお母さんの声がすごく落ち着いてて、頼もしくて。
俺は少しだけ、落ち着くことができた。
「うん......!」
『うん......それまで、この電話繋いでおくから。陽といつもみたいに話してて』
「うん......」
お母さんは、一命を取り止めた。
その報告が届いたのはお母さんが倒れた次の日だった。
お医者さんの話ーーを聞いた陽の両親の話ーーだと、過労と精神的疲労が積もりに積もって、倒れてしまったらしい。
元々体が弱いこともあって、今回は本当に生死をさまよったって言ってた。
しかも今はまだ生死の境から脱しただけで、意識は戻ってないということだった。だからしばらく入院するって。
疲労については......理由が分かるけど。精神的疲労ーー心の方については、俺のせいかなって、思った。
お母さんも、お父さんのことが大好きだったから。それなのに、俺のせいで......
もっともっと俺がいい子なら、こんなことにならなかったのかな......
そんな考えがずっと頭のなかでぐるぐる回って、一週間が過ぎた。
学校は、行かなかった。
俺は、お母さんが入院している間、陽の家に泊めてもらうことになった。
そして泊まり始めてもう一週間以上。本当にここにいていいのかな? って思い始めた。
だって、そうじゃないか。
陽も、陽の両親も、本当にいい人たちばかりで。それに対して、俺は本当に悪い子で。
俺がここにいたら、陽たちにも迷惑がかかっちゃうんじゃないか? そう思った。
でも、じゃあどこに行けばいいんだろう?
家に戻る? 食べるものがない。
おじいちゃんたちは? 結局迷惑がかかる。
「......」
候補は、これぐらいしか思い付かなかった。
お母さんが目を覚ました。
それを聞いたのは、夜中、眠れなくて水でも貰おうとキッチンに行ったときだった。
でもそこには先客ーー陽の両親がいた。
二人が話していたんだ。
それを聞いたとき、嗚咽を上げて泣き出しそうになった。
よかった、お母さんはいなくならなかった。帰ってきてくれる。また話してくれる。今度こそ謝れる。
また、笑い合えるかもしれない。
そんな想いが、一気に溢れ出してきて。
でも、それは全て次の陽のお母さんの言葉でーー打ち砕かれた。
「それで、どうなったの? あの尾上先生が彩花ちゃんの容態に関わってるかもって話は」
ーーーーえ?
嗚咽が、涙が、全て引っ込んだ。
代わりに溢れ出したのは......絶望。
俺に気がつかずに、二人は会話を続ける。
「......彩花さん、倒れたときに電話と一緒に倒れてただろ? だから電話の相手のせいでストレスが一気にたまって、倒れたんじゃないかって」
「その相手が......尾上先生だった」
「あぁ。それで彩花さんが目を覚ましたときに、聞いてみたんだ。尾上先生になにか言われたんじゃないかって、そしたらーーーー」
聞かない方がいい。
頭のどこかでそうおもったけど、体は動いてくれなかった。
「ーーーーそしたら、あの先生に、光輝くんを転校させるか不登校にさせるように、ずっと脅迫紛いのことされてたって......」
ーーーーーー。
音、なんかじゃない。
確かに今、自分が、壊れてしまった。
それは分かった。
「でも、なんでそんなこと......」
「学校が問い詰めたらすぐに答えたよ。前の授業参観、彩花さんも来てたよな?」
「えぇ」
「その時、彩花さんに男全員の視線が集まって......しかも彩花さんもすごく綺麗で......それが気に食わなかったんだと」
「ーーっ!? たった、そんな、ことで......?」
「あぁ。で、光輝くんを面倒見ていたのは、『イジめられてる生徒を熱心に励ます優しくて良い先生』っていう、レッテルが欲しかったらしい。しかも秀輝くんのあの事件のこと。親たちに回していたのもあの先生だった。光輝くんへのイジメも、そのあとのフォローも全部、自作自演」
「そんなの......許されるわけないじゃない!!」
「あの先生は、問答無用で教育免許取り消し。学校側も謝ってきたよ」
「そういう問題じゃないわよ!! それじゃあ、彩花ちゃんと光輝くんは......」
「......」
そこから先の会話は、聞かなかった。
聞きたくないとか、そういう話じゃなくて。
もう、どうでもよかった。
誰が苦しんで、誰が喜んで、誰が怒って。
そういうのが全部。
もう、どうでもよかった。
俺が寝るのは、陽の部屋だ。
床に布団を敷いて雑魚寝。
陽の部屋に戻ると、陽は気持ち良さそうに眠っていた。
部屋にあるテレビを見れば、寝る前まで陽と遊んでいたゲームのハードが、接続されたままになっている。
「......」
とりあえず、布団の上に座った。
そして、先ほど話題に上がっていた尾上先生の顔を思い浮かべる。
......できなかった。
思い出せなかった。
ただ一週間会ってないだけだけど、どんな顔をしていたか、どんな雰囲気だったか、どんな話し方をしていたか。
全然、思い出せない。
「......」
次に、陽を見た。
......陽も、陽の両親も、本当に、いい人だ。
尾上先生もいい人......だと、思ってた。
でも違った。
本当は裏で全然違うことを考えていた。
陽たちもそうかもしれない......とは思わない。
きっと、陽たちは本当にいい人なんだと思う。思いたい。
でも、そんなの関係ない。
「なんで......なんだろ......」
誰でにでもなく、小さく呟く。
すごくいい人だと思っていた尾上先生。
善意に溢れている。そう思っていた尾上先生。
信用して、大好きだった尾上先生。
......でも、裏切られた。
信用した人には、裏切られちゃう。
いつも誰よりも優しかった、お父さんとお母さん。
いつも温かさを俺にくれた、お父さんとお母さん。
いつも俺のことを想ってくれてた、お父さんとお母さん。俺も大好き。
......でも、お父さんはいなくなった。お母さんも危ないところだった。
信用し合った人は、大好きで繋がった人は、いなくなっちゃう。
信用しちゃダメなの?
大好きになっちゃダメなの?
......俺は、ただ。
いつも笑いあいたいだけなのに。
なのに、なんでこんなに、嫌なことばっかり起こるんだろう......
あぁ、俺が、ダメな子だからか。
ダメな子だから、きっと天罰なんだ。
回りの人ばっかり傷つけて、それで自分だけは安全な場所にいることへの、天罰。
「......」
首を回すと、陽の机の上にあるものを見つけた。
それを見て思い出したのは、お父さん。
......お父さんは、あんなに傷ついてた。俺が鍵を閉めなかったせいで。
なのになんで、俺はこんな、傷が一つもないんだろう?
机から、『それ』を右手で取る。
次に、自分の左腕を見た。
それを見て思い出したのは、お母さん。
......お母さん、倒れるまで疲れてた。俺が腕のマジックの線をもっと上手く隠していれば、お母さん倒れてなかったのかな。
俺が鍵を閉めていれば、お父さんも死ななかったんだから。そうすれば、お母さんも倒れなかったんだから、俺のせいだ。
なのになんで、俺は今、倒れてないんだろう?
ダメだ。やっぱり俺はダメな子だ。
俺のせいで全部がダメになっちゃう。
なのに俺は、こんなに元気で。
そんなの、良いわけがない。
......だから俺は、刃を出した
「......これが、俺が覚えてる全部」
「「......」」
コウキの話が終わって。
コウキが最初に言っていたことが、分かった。
私がコウキに疑問を感じたこと。全部、説明がついてしまった。
コウキが誰にも自分の深い場所を見せてこなかったこと。たまに見せた、冷たい態度。サーシャさんたちに対しての、変な人見知り。たまに見せたすごく脆い状態。コウキの諦めたような表情。
全部、分かった。
「おか、しいよ......」
分かって。
最初に感じたのは、強い、怒りだ。
「おかしいよ! コウキがひどい目にあわなきゃいけない理由なんて、やっぱりどこにもない!! コウキが傷つかなきゃいけない理由なんて、どこにもない!! みんな、なんでそんな酷いことが平然とできるのっ!?」
「......私も、すごく、嫌です......っ!!」
リリちゃんも一緒になって怒ってくれる。
それでも、コウキは諦めたような表情を止めない。
「仕方がないよ。あの時、本当のこと知ってるのは俺とヨウトの家族ぐらいーー」
「そういう話をしてるんじゃないっっ!!」
コウキの声を遮るように叫ぶ。
コウキの表情が、そこでようやく少し変わる。
怒りが収まらない。
昔、コウキの回りにいた人たちに対しても。
そして......自分に対しても。
めちゃくちゃな話だってことは分かってる。
もしもの話、存在し得ない話だってことは分かってる。
それでも。
それでも、コウキが辛いとき、傍にいることができなかった自分が悔しい......
私がいたらこんなことにはならなかった。そんな偉そうなことを言うつもりはない。
でも、なにかはできたかもしれないのに。
「......ん、まぁ、言いたいことはあるかもだけど。それはまた後日ってことで。はい、しゅーりょー」
「っ! ヨウト!!」
ヨウトが空気を入れ替えようとしたのは分かる。
でも、今このタイミングでの茶化しは、ただ堪に触った。
すると、ヨウトがコウキを見ろ、と目配せしてきた。
......あ。
そこで、やっと私は少し冷静になる。
そうだ、何をしてるんだろう私は。
この話で、一番辛いのは、コウキなのに。
それなのに私は......
「......ごめん、コウキ」
「いや、ミウが謝ることないさ」
コウキは優しく笑う。
そして私とリリちゃんは二人ともヨウトに立ち上がるよう言われる。
今日は泊まっていけ、と言われたのでお言葉に甘えることにした。
コウキに「おやすみ」と伝えて、ヨウトに部屋を案内される。
......私は、コウキのことを支えたい。コウキが背負っているものを一緒に背負いたいって考えてた。
それが、コウキの話を聞いてぶれつつある。
コウキが言った、さっきのことを一緒に背負う?
......いやだ。
いやだ、いやだ。
誰かを信用したら裏切られる。
誰かを大好きになったらいなくなる。
そんな悲しい法則、納得できない!!
そんなもの......
「そんなもの、私が壊してやる......!」
コウキだって笑って良いんだ。
誰かを好きになって良いんだ。
私は、新しい誓いを、心に深く刻んだ。
SIDE Kouki
ミウたちに全部話して、どれぐらい経っただろう?
俺はヨウトの家のベランダに一人立っていた。
出てきたのは、別に空を見上げたい、とかそういう高尚な理由じゃない。
なんとなく、ヨウトの家と言えばベランダみたいなところあるし。
「泣いてたのか?」
不意に、ヨウトが後ろから声をかけてきた。
「泣いてねぇよ、ばーか」
「そっか」
ヨウトはそうとだけ言うと、俺のとなりに並んでくる。
......出た、ヨウトのなに考えてるのか分からない顔だ。
「コウキ、最後まで話さなかったな」
「ベランダ?」
「そう」
「......」
さっきミウたちに話した、ちょっとだけ続き。
俺はあの時カッターナイフを振り下ろしてーー陽に止められたんだ。
そのあともみくちゃになって、終いには窓も割れてベランダでもみ合って。
陽に言われたんだ。
「お前が傷ついたら、お前のこと好きなやつが悲しむんだよ!! それぐらい分かれ、バカ!!」
あの時、陽が俺のことをどこまで知ってそう言ったのかは分からないけど。
『その時』は、そのお陰で俺は助かった。
だから今、ここにいられる。
「......なぁ、ヨウト」
「ん?」
「ミウとリリのことだけど」
「おう」
「......二人とも、本当に、良いやつだよな」
「......そうだな」
リリは少し予想外ではあったけど、ミウなら、俺の話を聞いても立ち去らない気がした。
俺はそれだけでも満足だったんだ。
でも、二人とも俺の話を聞いて、真剣に怒ってくれた。
それがすごく、嬉しかった。
俺のことで必死になってくれて、嬉しかった。
だから。
「俺、もっと強くなりたい」
だから俺は、願う。
「今日こんな目にあったけどさ。もっと強くなりたいよ。そしてあの二人を元の世界に帰したい。二人はこんなところにいちゃいけない」
そして、ヨウトもここにいちゃいけない。
「もっと強くなりたい。二人が笑顔でいられる、そんな場所を守れるぐらいに」
「......そうだな」
ヨウトはただ、静かに頷いた。
俺は新たな誓いを、心に深く刻んだ。
はい、コウキの秘密回でした。
これでもうコウキの過去には伏線はない(はず)です!
ただ読んでくださっている方は分かると思いますが、コウキはまだ入院云々という話は出てきていないです。
それについてはちゃんと回収するので大丈夫です。というか多分次回します。
さて、コウキにはとことん落ちてもらいました。
ここまで落ちたら今のように捻くれて育つこともあるかな? と思ってもらえると幸いです。
次回は......とりあえず短めです。