ーー《青樹殿》。
廊下、天井、部屋のなか。建物の至るところには草木が顔を見せていて、屋内なのに自然を強く感じられる場所だ。
なのに森の中や草原特有の獣の臭いや土臭さはしない。本当に草木の匂いだけ。純度100%のその匂いは嗅いでいるだけで心が癒されていくような気がする。入院時代少しだけしたことがあるアロマセラピーににているかもしれない。
《青純殿》の中でも特に草木の匂いが濃い場所である《森人》の部屋。その一つであるナフさんの部屋にて、俺、ミウ、ヨウト、リリの4人は部屋の主であるナフさんと向き合っていた。
俺たちはミレーシャさんの話を聞いて以降、もっと情報を得るためナフさんに頼まれる依頼をこなしていき信頼度を上げていた。
その内容としては《ガイア》近郊の警備、特定のアイテム採集等々。どれも難しいものではなかった。
だが今回頼まれた依頼の内容は今までのものとは少々毛色が違った。
「ーーつまり、僕たちの
「はい。二人とも俺たちの自慢の仲間です。ナフさんの力になってくれると思いますよ」
ここ42層にある《ガイア》の国。だがそれはあくまでも国の土地の一部であり、《ガイア》全体の国土はもっと広いーーいや、
《ガイア》は42層から数層分、
そして今回の依頼。それはミレーシャさんとナフさんを
護衛クエスト、護衛クエ等と呼ばれるこのタイプのクエストは護衛するNPCによって難易度が激しく上下する。
NPCが強くて、一緒に戦ってくれるようなクエストは難易度的にはかなり楽な部類だが、逆にNPCがmobの攻撃一発でやられてしまうようなクエストはかなり難しい。
しかも今回は護衛対象が二人。ナフさんとミレーシャさんの実力がどれほどのものかは分からないが、俺とミウだけでは今回は難しいと判断した。
そこでヨウトとリリをパーティに誘う話に繋がってくる。
俺とミウだけではミレーシャさんとナフさん一人ずつにしか着くことができないが、メンバーが4人になれば二人ずつ着くことができて、mobが多数襲ってきても対処できる。
護衛クエストの攻略法は護衛そのものの数を増やすことと相場が決まっているのだ。
「って、結局は頭数増やしたかっただけじゃん」
「ははは、ソンナコトナイヨー?」
目の前で俺の提案に思案するナフさんに聞こえないよう小声でヨウト突っ込んでくるのを適当にかわす。
ガイアクエストのことをヨウトとリリに説明したとき、ヨウトには半眼でじっとり睨まれた。きっとただ頭数欲しさに二人を誘ったと思われたのだろう。もちろん、それだけが理由ではない。むしろ本命は別にある。
俺とミウが、二人をパーティに誘った二つ目の理由。それは全員の安全の確保だ。
ミウの実力は凄まじい、俺の実力を補って余りあるほどだ。それに最近は俺の実力も少しずつとだが向上している。最前線のmobと戦うことになっても早々負けはしないだろう。
だがそれは
有り体に言えばそろそろ二人だと危険な面も出てきてしまったということだ。そしてそれはソロプレイをしているヨウトとリリにはもっと言えることだろう。
それなら、一緒に行動した方がいいと考えた。
ヨウトなら実力もレベルも問題はないし、リリはレベルが少し届かないが元々スタイルがヒットアンドアウェイだ。適正レベルより少し低くても問題ないし、むしろ体勢を崩したときにフォローできる俺たちがいた方が前線でもリリの安全度は増す。
ヨウトとリリを護衛メンバーに入れることで発生するメリットとデメリットを考慮していたのだろう。ナフさんは瞑目して小さく息をつくと再び俺たちに目を向けた。
「......分かった。これまでのコウキさんたちの動きを鑑みて、信用に値すると判断するよ。元々、僕たちは圧倒的に人手不足な訳だし、こちらからも是非お願いする。ヨウトさん、リリさん。どうか僕たちに力を貸してくれないだろうか?」
「おうっ、なんか大変そうだしな、任せとけ!」
「はい......こちらこそ、よろしくお願いします」
いつものように明るく返すヨウトと、粛々といった具合に返すリリ。
よく考えてみると、俺たち3人以外と話しているリリを見るのは初めてだ。少し新鮮に感じる。
俺が知っているリリは尊敬か侮蔑ってのが多かったから。リリが誰を侮蔑しているのかは今さら明言しないけど。
しかし良かった。もしかしたら新たなパーティメンバーを連れてくることでナフさんの信頼度が下がってしまうかもしれないという懸念点があったが、杞憂だったようだ。
やはり何もかも分からない新しいクエストというのは辛い。アルゴに情報を聞こうにもこのクエストはほとんど情報がないため手探りでやっていくしかない。
「ふふ」
「ん? どしたミウ?」
「ううん。ただこのメンバー全員揃っての攻略って初めてだからさ。ちょっと楽しくなってきちゃって」
ミウの言葉を聞くと共に俺たちは自然と笑みが浮かぶ。
確かにそうだ。このメンバーが全員揃うこと自体はよくあるが、全員揃って攻略に行くのは初めてだ。
それを意識すると妙に心臓が高鳴ってくる。緊張ではない、これは高揚感とか言われるものだ。
仲も良く、実力も折り紙付きである友達と冒険に出る。そんな
人が増えたから安心、と思っていてはダメなのだが、それでもどうしてもこの高鳴りは抑えられそうになかった。
このゲームは遊びではない。でも怖がるだけのものでもない。攻略に対して初めてそんなポジティブな考えを持てた瞬間だった。
42層《ガイア》を出発して2時間ほど。俺たちは迷宮区の中にいた。
上層との行き来には普通、《転移門》を使用するが、《転移門》は基本的に町の中にしかない。ミレーシャさんは町に行こうと提案したのだがナフさんが認めなかった。
理由は単純。《ガイア》や《森人》はあまり人目についてはいけないからだ。
特別な力を持つ人間。そして隠れるように生きている《ガイア》。そんな人たちが必要以上の人の目に入るのは避けたいということだ。
それに、もしも町中で《ナーザ》に囲まれたら、という懸念もあったようだ。それらの理由に関しては俺たちも納得した。
となると。他に上層に移動する方法は限られている。
それが今、現在進行形で行われている方法ーーつまり、徒歩だ。
迷宮区を登り降りすることで、他の層に移動することができるのだが......これがなんとも、めんどくさいのである。
迷宮区までの移動距離、迷宮区そのものの移動距離、そして迷宮区を出てそこから目的地までの移動距離。町で《転移門》を使うよりも何倍もの時間がかかってしまう。
時間がかかる上にかなり前線だから集中力も使う。気が滅入るばかりの護衛だが、俺はあまり辛いとは感じなかった。
「不謹慎かもしれませんが、こんなに大人数で移動となるとなんだかピクニックみたいですね。少し楽しいです」
「うーん、私はピクニックならさっきまでみたいに森の中がいいなー。迷宮区は殺風景だし」
「ふふ、それなら二人とも、この俺が今度絶景スポットの森林に連れていってあげようじゃないか。大丈夫、ちょっと人目がないだけでとっても静かで良いところだから!」
「人目がないって......うわぁ」
「リリちゃん、うわぁ、はやめよう!? なんか反応がリアルすぎてダメージでかい!!」
ミレーシャさんの少し天然な発言を皮切りに始まる日常ショートコント。やはり人数が多くなるということは会話が増えるということとイコールだった。
緊張感、という意味ではあまりよくない傾向かもしれないが無駄に気を張って疲れてしまうのを防止できるこの明るい会話は、今までの俺とミウだけのパーティではあまりなかったものだ。新鮮でもあるし素直にありがたかった。
俺たちは中心にナフさんとミレーシャさんを置き、その回りを四角形で囲うようにしてそれぞれの配置についていた。
さらに前方と後方に目をやれば、そこには《ガイア》独特の緑色の甲冑を身に纏った青年が数人、俺たちと距離が離れないようにして歩いている。
迷宮区は基本的に迷路のような形ーーつまり道がある。
そのためmobとエンカウントするときは森のような四方八方から襲われる、ということはなく正面切って戦うことの方が多い。
だからまず《ガイア》の騎士が先方と
騎士たちを突破してきたmobや
《ガイア》の騎士は筋力値重視の《ナーザ》の騎士ーー《エイジス》とは違い、敏捷値重視だ。だがそれは騎士としてひ弱ということにはならない。
《ガイア》の騎士はパワーがない代わりにコンビネーションやトラップを使って敵を翻弄し、仕留めていく。その技術は俺も学ぶことが多い。
しかしそれでも中には騎士たちの包囲を越えてくるやつもいる。その姿を見た瞬間、俺たちの間に一瞬の緊張が走る。
赤を基調とした甲冑。右手に構えている装飾多めの直剣。なによりも俺たちに殺意を込めて睨み付けるその人間の双眸。
見間違える訳もない。もう何度も見た《エイジス》の騎士だ。
《エイジス》はどこで情報を得たのか俺たちが森を歩き始めるとすぐに襲いかかってきた。元々ナフさんが言っていた『護衛』というのはmobに対してではなく《エイジス》に対してなのだろう。
そうすると、やはりナフさんはまだ俺たちが知らない情報......もっと言えば《ナーザ》という国のことをもっと知っているのかもしれない。
なんだか良いように使われている気もするが、今それを考えても仕方がない。
赤い騎士はソードスキルを使って緑の騎士の包囲を突破。俺たちまで接近してくる。
それに対応するため俺は剣を背中の鞘から引き抜くーーが。
「ーーっ」
一呼吸だった。
俺が構えた瞬間には赤い騎士に向かって二つの軌跡ーーヨウトとリリが迫り、同時に初撃を放っていた。
二人の攻撃力は低いためすぐに倒しきることはできないが、それ以上に、二人の攻撃は騎士の反撃を許さない。
ヨウトの攻撃は急所を狙うような正確さはないが、それを補って余りある攻撃速度で相手の攻撃を封じる。
リリの攻撃はヨウトほどの攻撃速度はないもののその正確さは神がかかっている。騎士が動かそうとしている部位を先回りするように攻撃して同じく動きを封じていた。
そうしてなす術もなく、そして俺たちが何かすることもなく騎士はあっという間にHPを残り3割まで削られ、いつものように悔しそうな言葉を残して逃走していった。
「っと、こんなもんか。リリちゃんいぇーい」
「だからどうしてヨウトさんと先陣切ってるんですか私......ハイタッチもしませんよ」
自分の意思と完全に反対の行動をしているけど物事が上手く進んでしまっているから文句を言いたくても言えない、という風に唸りながら首を傾げるリリだが、実際リリとヨウトはスタイル的に相性は悪くない。
スピードを『力』として扱うヨウト。スピードを『技術』として扱うリリ。住み分けはできているし互いに自分のスピードを出し惜しむことなく活かせる。ここ最近の特訓で互いの動きを完全に把握しているからコンビネーションも取れてしまう......むしろ下手なパーティよりも隙がないほどだ。
それらを踏まえた上で二人は前方に配置しているのだ。リリには悪いがこれが一番安定する。
「......そして同時に二人の関係を改善する可能性も生まれるという完璧なフォーメーション」
「というか、本当はそっちが主目的だよね?」
そんなことはない......と思う。
ミウの指摘に苦笑い返す。そんな悠長にできてしまうほどに俺たちには余裕があった。
手練れが二人増えて少しフォーメーションを考えただけでここまで戦闘が安定するとは考えてもみなかった。圏外は危険な場所、という常識さえも覆しかねない順調さだ。
いや、そもそも本当の攻略というのはこういうものなんだろう。
大人数で安全を確保しつつ必要最低限の緊張感で体力を温存しながらの攻略。今までの俺たちがどれだけハードモードでこの世界を生きぬいてきていたのかが身に染みて分かった。
「すみません! そちらに一匹向かいました!」
「あいよ」
それだけでもこの護衛クエストの難易度は俺が想定していたものよりも低くなっているのだが、それをさらに低くしている最大の要素がある。
その要素である
前衛不仲コンビの弱点は言わずもがな、筋力値が低めということだ。だから今回の狼のように力ずくで突破してくるタイプにはどうしても弱い。
そしてそんな敵が包囲を突破してきた時こそ俺やミウの出番だと考えていたーー少なくとも、最初は。
「ふっ」
しかし、その考えを裏切るように彼女ーーミレーシャさんは一切恐れることなく自分に向かってくる狼mobの中心目掛けて細剣を突き出した。
ドンッッ!! と、細剣から聞こえてくるとは思えないような重低音が迷宮区内に響くと同時、猛スピードで突進してきていたはずの狼は数メートルほど宙に浮き、そのまま吹き飛ばされた。
吹っ飛ばされた狼に騎士たちが攻撃して倒しているのを傍目にミレーシャさんはいつもの微笑みを顔に張り付けたまま細剣を腰のホルダーに納めた。
その動作があまりに綺麗で自然すぎて、もう何度も見た光景なのに俺とミウはただ驚くことしかできない。
「僕たち《森人》は自分達が他より特別な人間、ということを理解しているからね。自衛の術を持っているのが普通さ」
「ってことは、実はナフさんも......?」
「僕は
ナフさんは俺たちに自分の細い体を見せびらかせば肩をすくめて苦笑いする。
やはりここまで強いのは《森人》の中でもミレーシャさんが特別ということなんだろう。
ヨウトやリリは今日初めてナフさんやミレーシャさんに会ったから違和感はないようだが、俺やミウからすれば
ミレーシャさんと言えば慈愛とか善性の塊みたいな、そんなイメージだ。
そんな人物が細い武器使って狼吹っ飛ばしてるような光景だ......乾いた笑みが浮かんでしまっても仕方なくね?
俺とミウがどこか納得いかない感覚に陥りながらも、護衛は滞りなく進んでいき、なんの問題もなく43層の《ガイア》に到着したのだった。
43層の《ガイア》。そこは下の層のガイアと大きな変化はなかった。
賑やかな町並み、自然を強く感じる風景。少し違うところがあるとすれば43層のガイアは国のど真ん中に幅20メートル程の《クレフ川》という川が通っていることで、国が二つに分断されているということだろうか。
そしてここにも《森人》たちの家であり、立場の象徴でもある《青樹殿》はある。
この層の《青樹殿》は国のど真ん中に建ち構えている。つまり《クレフ川》の真上に建っているような形になるのだ。
もちろん川の流れを断ち切って建物を建立するなんて自然に対する冒涜は《ガイア》は行わない。《青樹殿》は川の両岸に足場を作り、まるで建物の橋をかけるかのよう状態で建っている。川幅20メートルを跨ぐようにして建っている《青樹殿》は距離に関係なく見る者を圧倒する。
ただその圧倒、という言葉には暗い意味はない。川底まで澄みわたっている《クレフ川》の水に太陽光が反射され、自然のライトアップを受ける《青樹殿》は神秘的としか言いようがない。
「なんか、いいなぁ。こういう建物......」
「憧れますよね......」
乙女的琴線に触れたのかパーティの女性人が幻想的にそびえ立つ《青樹殿》を前に声を漏らしていた。
でも乙女じゃないにしてもこの建物には俺も目が惹かれる。それほどに美しいと感じさせる建物だ。
《青樹殿》に到着してすぐ、俺たちはナフさん達と別れ、《青樹殿》の前で待っているように言われた。てっきり今回の依頼は護衛のみだと思っていたので、ナフさん達を送り届ければそれでクエスト達成になると思っていたのだが、どうやらまだ続きがあるらしい。
ここからさらにもう一つ上の層に移動なんて話じゃないだろうな、と嫌な予想を立てているとパタパタと慌ただしそうな足音が聞こえてくる。
音の発生源を確認すれば《青樹殿》とは反対側。この国の露店が並ぶ方からメイド服を着た女性のNPCが走ってくるのが見えた。
あのメイド服には見覚えがある。いつぞやミウが「本物!」とテンション高めで叫んでいた、《青樹殿》に勤める使用人が着ていたものだ。
「す、すいません、剣士さま方! 迎えが遅くなって申し訳ーーわわっ!?」
「ふぇーーーー」
ポーン、と。
もういっそ笑う気すら起こらなくなるほど、そしてあれほど綺麗だなんだと思っていた《青樹殿》と同等レベルに綺麗に。
メイドさんが蹴躓き、その体が宙に浮いた。
そして宙に投げ出されたその体はニュートンやら慣性やらなんやらの法則に従いーーそのままミウの体に着弾した。
「「ぎゃんっ!?」」
「って、おいおい、だいじょうぶか二人とも」
「また綺麗に激突したな......」
あまり女の子が出したらいけない悲鳴出しながら激突した二人が地面に倒れた。
ここが圏外なら実際にダメージを食らってそうな激突だったけど大丈夫か......?
「重ね重ねすいませんーー!! あ、あの剣士さま、だだだだ、大丈夫ですか!? 私はいつもこうなんですどうしてもっと落ち着いて行動できないのか。できてたらそもそもお迎えだって遅れなかったしメイド長に毎日お小言頂くようなことにもならいのにーー!!」
「だ、大丈夫大丈夫。一瞬目回りそうになっただけだから、落ち着いて?」
ミウの宥めが効いたのか、ごめんなさいぃ......となんとかメイドさんを落ち着かせることに成功する。
ミウとメイドさんに手を貸して起き上がらせれば、メイドさんは調子を取り戻すかのように何度か咳払いをし、次の瞬間にはスカートの裾を摘まみ上品さを感じさせる動作で俺たちに一礼する。
「お見苦しい姿をお見せしました。この度は《森人》様方の護衛に力添えしていただき、ありがとうござまいました。私はここで剣士さま方のご案内、お世話をさせていただくレイアと申します。以後、お見知りおきを」
メイドさんーーレイアさんは頭を上げればにこりとまるで作り物を彷彿とさせるような完璧な笑顔を向けてきた。さすがは国のメイド。笑顔の教育も完璧らしい。先程盛大にこけていたのが嘘のようだ。
「夕方ごろからここ《青樹殿》にて《森人》様方、剣士さま方の歓迎会が開催される予定です。失礼ですが、正装等はお持ちでしょうか?」
レイアさんに続き俺たちも自己紹介したのちそんなことを聞かれた。
もちろん俺たちはそんな服持っていない。というかプレイヤーのほとんどがそんな服所持していないのではないだろうか? タキシードやドレスが必要なクエストなんて今まで聞いたことがない。
少し不安になりつつ持っていないことを伝えれば、《ガイア》の正装を貸していただけるとつたえられた。助かった。ここからさらに外に出て服を探しに行くのはさすがに骨が折れる。
俺たちが内心安堵の息をついていると、レイアさんは笑顔のまま、
「ですが、私たちの化粧品は外の方々のお肌に合わない可能性があります。なので申し訳ありませんがお化粧だけは皆様がお持ちのものをお使いいただけますでちょうか?」
け、しょう......?
ここ数ヶ月耳にしなかった言葉が脳内を駆け巡る。
レイアさんが噛んだことなんてどうでもよくなるぐらい、俺たちはこのあ後どうするべきかということに頭を回さなければならなかった。
「参ったなー......」
《青樹殿》の中。俺たちに用意された部屋のなかで俺は目に優しい緑色の天井を仰ぎ見ながら言葉を漏らした。
あの後、何とか化粧なしでも歓迎会に参加させてもらえないかとレイアさんに頼んでみたのだが、当然のごとく断られた。
俺たち『剣士さま』というのは、言わば大使のようなものだ。
《ガイア》という国の内部関係者ではなく、外からの協力者。立場的には国でもかなりの力を持つ《森人》に並ぶほどの立場。
しかしそれは同時に、ポッと出の成り上がり者でもあるということだ。そういう立場の人間は大抵、回りからいい目では見られない。
もちろん俺たちのことを尊敬してくれる人物もいるとは思うが、やはりどうしても目の上のたんこぶのような扱いをする人物もいる。
そうなってくると、俺たちの立場を守るためにも、下手に汚い格好で歓迎会に出るわけにはいかないのだ。
簡単に言えば、反感を買わないちゃんとした格好でパーティーに出ろ、ということだろう。
もちろんレイアさんがそう言ったわけではないが、言外にそういったニュアンスが含まれていたのは確かだろう。
しかし、じゃあ化粧しましょう! というわけにはいかない。
まず第一に、化粧品がない。
メイクセットはもしかしたらレイアさんに頼めば貸してもらえるかもしれないが、化粧品そのものがなければどうしようもない。そもそも、化粧品って存在するのかこの世界。
まずそこから分からなかったため、教えてアルゴ先生とメッセを送ってみたところ。
『オー、あるゾー。このゲームは意外と娯楽に手を抜いてないからナー。化粧は女にとって娯楽の一種って考えるヤツもいるカラ、それに必要な道具も存在するシ、スキルも存在するゾ。そのまま《化粧》スキルダナ。《化粧》スキルは化粧品の生産も兼ねてるスキルだからスキル取って化粧品と道具を作れば使えル。それはそうと最近ミーちゃんとはどうなんダ? なんか最近進展があったとかおねーさん小耳に挟んだけーー』
とのこと。
最後の方は質問内容とは関係なかったので読みませんでした。なので特に言及もしません。
試しにスキル欄を見てみたところ確かに《化粧》スキルという文字は存在していた。どうやらあまりにマイナーで見落としてしまっていたらしい。あとはこのスキルをスキルスロットにセットするだけで良い。
つまり、残る問題はただ一つ。
「誰がこの《化粧》スキルなんて、くその役にもたたないようなスキルを取るか、だな」
「「......」」
俺の一言でみんなの視線が目まぐるしく動いたのが伝わってくる。
有名なスキル。そうではないスキル。その違いは有用かどうかだ。
俺たち攻略組で有用なスキルはまず戦闘スキル。次点で武器や回復アイテムなどを作成する生産スキルだろう。
そんななかで酔狂な攻略組のプレイヤーで戦闘とは全く関係のなく、娯楽用に《料理》スキルや《釣り》スキルのようなものを取るプレイヤーもいる。
しかし、それはまだ意味がある。《料理》スキルや《釣り》スキルで手に入る食料は、店で売っているものよりも良いものが多い上に安上がり。この世界でも毎日の食費は案外バカにできないのだ。
しかし、今回の《化粧》スキルは違う。
攻略組ではない中層や下層のプレイヤーでも取っている人は少ないだろう。だって自分の顔を飾れるだけで何も得るものはない。
そんなーー言ってしまえばゴミスキル。誰だって取りたいとは思わない。みんなだってスキルスロットは必要なスキルで埋まっているのだから。
それでも今回はそのスキルを
「や、やっぱり、化粧って言うと女の子のイメージだよな?」
誰に急かされるわけでもないのにヨウトは声を若干震わせる。
それに俺は何度も頷き同意を示す。決して女性人二人に押し付けたいわけではない。だから罪悪感なんて感じない。きっと感じない。
「俺たちが持っててもそもそも使う機会がないしな。今回のためだけに取るのは効率も悪いしな」
「そうなると......私かリリちゃん?」
ミウとリリが首を傾げながら顔を合わせる。その純粋な反応に目を逸らそうとしていた罪悪感がさらに膨れ上がる。
ミウだけは生産系スキルとしては既に《料理》スキルを取っている。さらにもう一つ生産系のスキルを取れというのはさすがに酷というものだろう。
そうすると、残る候補はリリになるのだが、リリもスロットには空きがない......しかしそれは皆
「そういえばコウキ、お前この前レベル上がってスロット一つ空いてるんじゃなかったか?」
ーー同じ......だとよかったのになぁ。
3人の視線が一気に俺に集まった。
「......ほら? やっぱり男が化粧は印象が悪いというか、こういうのは適材適所というか......」
「あの、コウキさん......もし嫌なら私が取りましょうか......?」
「い、いや! 俺が取るのが一番ダメージ少ないんだし、リリに押し付けるわけには......うぅ、でもなぁ......」
決断しきれずころころと意見を変えてしまう。
本当に心のそこから《化粧》スキルは取りたくない。それは男が化粧なんて、という考えではなくて、俺個人の理由として取りたくない。
しかしだからと言ってここでリリに押し付けるのは俺の自己嫌悪が爆発してしまう。でも、うーん......
俺が煮えきれないでいると、ヨウトが良いことを思い付いたとばかりに表情を明るくした。
「ミウちゃん、リリちゃん、ちょいこっち来て」
「どうしたの?」
「なんですか......」
ヨウトは二人を自分の近くに集めれば俺に聞こえないような声量で耳打ちする。
何を話してるんだ......?
よく聞こえないが、ヨウトがああいう表情をするときは大体が俺に不都合なことが起きる。
今回はなにが起きる......というか何を仕込まれるのだろうと身構えていると、話を聞き終えたミウとリリが俺の方を向き、一気に詰め寄ってきた......って、はぁ!?
「コウキ! やっぱりコウキが《化粧》スキルは取るべきだと思うな! コウキ器用だしきっとできるよ!」
「い、いや、器用かどうかはスキルにそこまで関係ないと思うぞ......?」
「でも、最近は、男の人でもメイクさんっていますし.......! コウキさんなら似合うと思います......!」
「似合うかどうかでスキル選ぶわけにもいかないと思うけど......」
「ふふふ、コウキ。これで3対1だぞ? ここからの逆転はいくら《奇術師》でも無理だと思うけど?」
こ、この野郎......!
ヨウトのどや顔を目の前にし、その顔面に《閃打》を叩き込みたくなる。
しかし、3人が言っていることはともかくとしても俺が取る以外で今の状況を収める手段がないのは確かだ。
ため息を一つ。そして俺は押しきられる形で《化粧》スキルを取るはめになってしまった。
こうなってしまったら仕方がない。そう色々諦めると同時に同じぐらい色々と決心した俺は予定通りスキルを使って化粧品を作成する。
何度か失敗してしまったが、作成に用いるアイテムはそこまで貴重なものではなかったので手持ちのもので事足りた。
さてではついに化粧、まずはミウだが......しかしここでさっそく俺の決心が鈍りそうになった。
「......」
「......」
ーーあれ? 化粧って相手の顔至近距離でずっと見なくちゃダメじゃね?
そんな当たり前のことに気付いたのと、ヨウトが俺の視界の隅でにやにやしていることに気付いたのはほぼ同時だった。
なるほど......ヨウトはこれを狙っていたのか......
これは辛い。特にミウの顔が近くてミウの息遣いまで完璧に聞こえてきてしまうのが辛い。
無心無心。俺は機械俺はメイクマシーンと心のなかで唱え続けながら一心にミウの顔メイクアップしていく。
その結果、見違えるほどに、とまではいかないが、メイクする前より綺麗になったと言える程度には整えることができた。
まだまだ熟練度が最低クラスに今の状況では中々に上手くできたと言って良いだろう。
メイクが終わってどこかトリップ状態のミウが俺の前から離れて、次はリリが俺の正面に座る。
......こうして正面から見ると、今さらだがリリも恐ろしいぐらい顔立ちが綺麗だ。ミウが太陽のように輝くような綺麗さとすれば、リリは人形のような儚げな綺麗さだ。
と、いつまでも観察していては悪いと思って俺がメイクを始めようとすると、目を瞑っていたリリが何かに気付いたかのように目を開け......次の瞬間、一瞬だがリリが顔を曇らせた。
「どうかしたか、リリ?」
「あ、いえ......その......」
リリはどこか言い難そうに口ごもったのち、観念したかのように肩を落とし申し訳なさそうに言い出した。
「わ、私が前からチャレンジしているクエストなんですけど......今日クエストに行かないといけないの忘れてました......」
「日にち指定のクエストか......」
先程リリが何かに気付いた様子だったのは忘れたとき用にアラームをかけていたからということか。
リリはあまり予定を忘れたりするタイプではない。だが今回は俺たちがリリを誘ってしまった。それも断りにくい誘い方で。
そのせいでクエストのことが頭から抜けてしまったとはリリは言わないだろうけど俺たちは気にしてしまう。
そして誰よりも相手の気持ちを考えてしまうミウが最初に謝った。
「ごめんね、私たちが無理に誘っちゃったからだね。リリちゃんの予定聞けばよかった......ヨウトも大丈夫?」
「あぁ、俺は大丈夫だけど......」
「そか、なら良かった。でもリリちゃんに今日これ以上付き合わせるのは悪いよ。確かそのクエストもうずっと続けてるんでしょ?」
「そうですけど......で、でも! 元はと言えば私が確認してなかったのが悪いんですし......」
「うーん......コウキ」
ミウが俺の方を見てくる。
リリのことを考えれば行かせるべき。でもリリの考えをただ蔑ろにするのも辛い。そんなミウの考えが手に取るように分かった。当然だ、俺も同じ気持ちだから。
そしてこういう時、いつも憎まれ役を買って出るのはーー
「なぁリリちゃーー」
「ーーリリ、今日はこっち抜けてリリのクエスト優先しろ」
やはり自ら悪役になろうとしたヨウトに被せるようにして言う。
俺が人間関係を崩すかもしれないような行動に出たことが信じられないのか、ヨウトは口を開いていたが今はそっちまで手が回らない。
まるで捨てられそうになっている仔犬のように悲しそうな表情になっているリリをできる限り安心させるため笑いながら続きを告げる。
「別にリリがいらないって言ってる訳じゃないさ。リリ、俺たちは今日からパーティなんだ。互いを助け合うのは当たり前だし、仲間の力になりたいって考えるのも当然だと俺は思う。今回は俺たちがリリを手助けする番なだけだよ。次は俺たちをリリが助けてくれ。これはそういう話だよ」
そして、誰かをーー仲間を助けるにはやはり力がいる。リリが一人で進めているクエストは経験値が良いらしいから、パーティのことを考えればリリにはここで離脱してもらった方がリリ自身にも、そして俺たちも助かるのだ。
俺たちが受けているガイアクエストはパーティのうち一人でも残っていれば途中で誰かが抜けても入っても大丈夫だから、問題ない。
俺の話を聞いたリリはまだ少し暗い表情をしていたが、やがて何か
「はい......分かりました。それなら今回はお言葉に甘えさせてもらいますね」
「でも移動はどうしようか? ここかなり前線だから、リリちゃん一人じゃ厳しいだろうし......私も抜けようか?」
「あ、いえ。転移結晶で戻ろうと思ってますから、大丈夫です」
「そっか。それなら私の渡しとくね。リリちゃんの使っちゃったらリリちゃんの負担大きすぎるし」
ミウが差し出した自らの転移結晶を見てリリはまた遠慮していたが、最後には結局ミウのごり押しに折れて受け取っていた。
でも、確かにこういうときのためにパーティ全体で使える資金みたいなものは用意していた方がいいかもしれない。
そして、リリを見送ってすぐにレイアさんとは違うメイドさんが歓迎会の準備が整ったことを告げに来た。
歓迎会の会場は同じ《青樹殿》の中にある大広間だ。
建物そのものが大きいため大広間も大きく、学校の体育館ほどの広さがある。
そしてやはりこの《青樹殿》の内装も自然の植物を用いた緑色が基本。ただし下の層の《青樹殿》よりも高級感を感じさせるのは建物の所々に金色が施されているからか。
しかしその広さに反して、会場にせいぜい50人ぐらいしか人がいない。しかもその50人のうち半数以上は活気のあるガイア国民ではなく上役っぽい偉そうで物静かな人たち。そのせいもあって空間を広く感じてしまう。
そして大広間の奥ーー上座には純白のテーブルクロスが引かれ豪華な装飾のついたテーブルが一つ。そこにはナフさんやミレーシャさんを始めとした《森人》が7人座っている。
《森人》の人たちは全員が美男美女でどこか神聖な雰囲気を纏っているから、こうして少し離れた場所から客観的に見るとやはり絵になる。
......先程まで俺たち3人もあそこに座っていたのだと思うと、どこか不思議な感覚だ。
歓迎会が始まってすぐに、俺たちは上座にあるあの机の場所にいた。
そこで《森人》の皆様方から護衛の件についてお礼を言われ、またこの国の上役っぽい人ーー確かゴーシンさんだったかな?ーーにお礼を言われた。
ただしそれは、《森人》の人たちの心のこもった感謝ではなく、どこか事務的なもので冷たいものを感じた。
そしてその感覚は嘘ではなかったのを確信した。上座に座っている間、俺たちに向けられたのは俺たちを観察するようなどこまでも冷たくて、同時にどこまでも粘りっこい視線だったからだ。
あの感覚には覚えがある。父さんの事件後に俺や母さんに向けられた大人の視線だ。
自分達に損はないか、何か利用できないかというような視線。
ただこの国の人たちは
話が終われば俺たちは上座から広間の方へ移動となり、今は軽い自由時間だ。
好きに食べて良いということでミウもヨウトも回りの人たちと同じで立食スタイルだ。先程までの視線で溜まった鬱憤を晴らすべく食べに食べまくっている。
それに対して俺は何もしていない。慣れているとは言えやはりあの視線は気が滅入る。
「コウキー」
「ミウ......って、おいおい、その服で走るなって転ぶぞ」
取り皿に大量の料理を乗せたミウが駆け寄ってくるのを注意する。
今ミウが着ているのは《ガイア》から与えられたドレスだ。
さすがは《ガイア》。服にも自然をあしらった装飾や配色がされているものが多い。
そんな中ミウが選んだのはやはり水色の配色が多いドレスだ。
おそらく森のなかを流れる川、それこそ《クレフ川》を模したドレスなのだろう。緑や黄緑色の下地に流線型の水色のラインが走っているドレスだ。
デザインにどこか浴衣のような印象を受けるが、可憐さと綺麗さを兼ね備えたミウにはすごく似合っている。
ただ、慣れないドレスだ。ミウが転んで回りから笑い声が上がるというのは面白くない。
「コウキその服似合ってるね。落ち着いてる感じの色合いってやっぱりコウキに合う」
「それはまぁ、よく言われるけど......緑系統ってあんま着ないから落ち着かないな」
ミウが親指と人差し指でフレームを作りながら俺を見てくる。
俺が着ているのはおそらく森の木々を再現してる袖や胸元がゆったりとした服だ。
緑、黄緑、深緑色で纏めた服で、用意された服では落ち着いた系統の服ではあるが、やはり慣れない色だ。
それにこういう服はミウの方が似合っている。
「......?」
俺の視線が変わったことに気がついたのかミウは首を傾げていた。が、それを言うつもりはない。
正しくは
「ご、ゴーシン樣! 大変です!」
会場の扉を開け放ち、《ガイア》の騎士が一人酷く取り乱した様子で入ってきた。
その騎士のせいで会場の品位が下がることを嫌ったのだろう、俺たちに感謝を述べていた上役さんが固い声を返す。
「何事だ! 今この場には《森人》樣がいると知っての騒ぎだろうな? でなければ刑罰ものだぞ!」
「は、はい。緊急を要する事態であります。実はーー」
周りにの人にまで聞こえる声量で話してしまっている。それほどに余裕がない事態ということだろう。
そして、その
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