力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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52話目 星の瞬き

「邪魔するぞ」

 

 先程までの談笑が飛び交っていた大広間に、一つの低い声が響く。

 その声は決して大きなものではない。だがそれでもその声は聞く者の心に突き抜けるような、『力』ある声だ。

 低い声によって広間には静寂が訪れ、誰もが声の発生源に目を向けた。

 開け放たれた扉の向こう。そこには赤い甲冑を身に纏った男が立っていた。

 髪は揃えることなく適当に切った灰色の短髪。高身長で俺たちのなかで一番高いヨウトでも見上げる形になる。

 もちろん、赤い甲冑と言ってもそれはヒースクリフや俺たちが知っている《エイジス》の騎士ではない。いや、その男が身に纏っている甲冑はヒースクリフや《エイジス》のそれよりも深い。深紅の甲冑。さらに甲冑の縁には金色のラインが走っていて、この大広間と同じく男の高貴さを表している。

 同時に、目を凝らせばその甲冑には所々に男が歩んできた道のりを示すかのような傷が多くついている。

 その男が纏う雰囲気、纏う装備、全てから男の実力が見てとれる。

 

 男は顔に見あった獰猛な笑みを浮かべれば、先の言葉通りこの大広間に入ってくる。その動作を見てようやく頭が回り始めたのかゴーシンさんは慌てたように騎士たちに声をかけ、自分と《森人》の周りを囲むように指示する。

 自分の周りを囲む、ということはつまり防衛体制に入るということ。今、大広間に入ってきた深紅の騎士は《森人》はもちろん、ゴーシンさんにも危害を加える可能性がある人物と言うことだ。

 一先ず自分の安全を確保し、心に余裕ができたのかゴーシンさんは若干頬を引きつらせながらも深紅の騎士に笑みを向けた。

 

「これはこれは、《紅牙》の異名を持つソルグではないか? 今は式典の最中だ、このような礼儀のなっていない飛び込み参加をしてただで済むと思うなよ......?」

「ははは、これはまた面白いことを言うな。俺の部下を散々傷付け追い返し、あまつさえ『ルール』を破って攻撃をしてきたのはそちらだろう? .......お前らこそ、ここから生きて出られると思ってるのか?」

 

 二つのプレッシャーが正面からぶつかる。どちらも踏んできた場数が違うというのはすぐに分かる、それほどに密度の高い威圧感。

 だが高い、という表現する単語は同じでも、ソルグと呼ばれた深紅の騎士のプレッシャー比べ物にならない。

 この感覚は知っている。確かで圧倒的強者が見せる剣気だ。

 まるで体を弓で射抜かれるかのような鋭く、かつ重いプレッシャーにこの場に射る誰もが一瞬怯んでしまう。

 

「『ルール』とは、そこにいる剣士さま達のことを言っているのか......?」

「ふん......国のお偉いさんたちはそれも気にしているらしいな。「害物(、、)と接触を図るなどと」って具合にな。だが、俺が言っているのはそんな小さなことじゃねえ」

 

 一度言葉を切ると、ソルグは今すぐにでも誰かを斬ってしまいそうな目で俺たち『剣士さま』を睨み付けた。

 

「俺が言っているのは、俺の部下がそいつら害物にやられたことを言っているんだ。明らかに『ルール』を越えた、死んでもおかしくない傷をな......これは明らかに神々への冒涜だ」

「な......おい、ちょっと待てよ!」

 

『ルール』だとかまたよく分からない単語は出てきていたが死ぬだなんだという話は待ってほしい。

 俺たちが近ごろ戦っていたのは《エイジス》だ。会話の流れから察するにソルグは《エイジス》の上司みたいなものなのだろう。

 だが俺たちは《エイジス》を一度たりとも殺していないし、それに近いダメージも与えていない。相手のHPが残り3割ほどになると《エイジス》は勝手に逃走するからそれは間違いない。しかも逃走するときも元気に走っているから、あれで死んでもおかしくないというのは無理がある。ソルグが言っているのは全くの濡れ衣だ。

 

「待ってくれないか? 今の言葉には少々疑問が残る」

「なっ、ナフ樣!?」

 

 俺の言葉を引き継ぐようにして声をあげてくれたのは騎士を置いて単身ソルグの目の前まで来たナフさんだ。

 周りのお偉いさんや騎士たちが慌てふためるなか、紅蓮の騎士と《森人》の会話は続く。

 

「そのダメージを負わされた騎士。その騎士は本当に彼ら『剣士さま』にやられたのかい? 何かそれを裏付ける根拠は?」

「貴様、まさか俺の部下が嘘の報告をしたとでも言うのか?」

「まさか。統率のとれた《エイジス》にそんなひねくれた騎士はいないと思うよ。僕が言いたいのはその騎士を攻撃したのは本当に彼らなのか、ということさ」

「なんだと......?」

 

 自分の目の前まで自ら来たナフさんを対等の存在として見ているのか、ソルグはゴーシンさんの時とは違い、ナフさんの意見を考慮する。

 今、明らかに流れが変わりつつある。ここが境界線、それを誰もが感じ取ったのかこの大広間にナフさんとソルグの会話に割って入ろうとする者はいなかった。

 それに気をよくしたのか、ナフさんは友好的な微笑みを見せながら口を開く。

 

「まず、ソルグ。君自身は傷を負わせた犯人そのものは一度も見ていないのだろう? 傷を負った騎士本人から聞いてもそれは又聞き、互いに認識の誤差はどうしても出てしまう」

「だが、部下が言っていた害物の外見とそいつらは近い点が多々ある。いや、ありすぎる。これは他人の空似というには無理がある」

「ならば、その犯人の心は?」

「なに?」

「もっと言えば、犯人の話し方、所作、考え......そういった外見以外の判別要素はどうだい? 外見は弄りやすいからね。近い人物を元にすれば99%は似せることができる。それほど外見は犯人特定に意味をなさないのさ」

 

 それは、おそらく詭弁と言われるものだろう。

 会話の流れそのものを握っているのがナフさんだからこそ、この会話はナフさん有利に見えるが、実際は『かもしれない』、という論法で立てているナフさんの推論の方が筋が通っていない。

 だが、それでもナフさんの推論には意味がある。

 犯人への報復で最も簡単な方法。それは疑わしきは罰せよだ。

 疑わしい者を全て断罪すればそのなかに犯人がいるだろうという考え方。おそらくこの大広間に入ってきた時のソルグはそのぐらいの考えでいたのだろう。

 

 しかし今はどうだ?

 ナフさんの客観的な意見を聞き続けることでいくらか冷静さを取り戻し、一考するだけの余裕が出てきている。

 ナフさんの考えが正しいとは思っていなくても一理ぐらいはあると思ってくれたのだろう。

 そして多分、ナフさんの狙いもそこにあった。

 今ここですぐさま殺し合いが始まっては損をするのは間違いなく《ガイア》だ。だからこそ、妥協点を作れるだけの余裕を作り出した。

 

「僕も彼らの戦いを見たのは今日が初めてだったけれど、《エイジス》を痛め付けるようなことはしていなかった。一度でもそんなことをしていれば、それは剣に出る。その程度のことは戦う力がない僕にだって分かるさ。なぁ、ミレーシャ、君もそう思うだろう?」

「え!? あ、はい.......はい。剣士さまたちは決してそんな愚劣なことはしません。私を助けてくれたときも追い払うだけでした。嘘偽りはありません」

 

 急に話をふられ、一瞬慌てたミレーシャだったが、すぐに顔を引き締めソルグに相対する。

 ナフさんやミレーシャが俺たちのことをそんな風に思っていてくれたと思うと嬉しくなる。

 それに対してソルグは、ミレーシャの名前が上がると途端に顔をしかめる。まるで触れられたくないところに触れられたかのように。

 

「ふん......《森人》二人にそこまで言われてしまってはな。だがお前たちの言を信じるとしてもだ。お前たちにもその『剣士さま』とやらが犯人ではない証拠はない。あるのは剣を見て得た信頼のみ、そういうことだろ?」

「まぁ、そういうことだね」

 

 言うと、再びソルグは俺たちに視線を向け真っ直ぐこちらに歩いてくる。

 ......でかい。目の前まで来るとそれがよくわかる。

 シバもこれと同等の威圧感は放っていたが、それでも身長が低いぶん押し潰されるような圧迫感はなかった。

 素直に言えば、怖い。

 だがこの圧迫感に今は一緒にミウとヨウトが、それに先程まではナフさんとミレーシャも耐えていたのだと思えば目を逸らすことはできない。そしてそれはミウもヨウトも同じ考えのようだ。

 

 そんな俺たちの態度に、ふん、と鼻を鳴らすとソルグは見下ろす形のまま俺たちに言った。

 

「《森人》二人にそこまで言わせたんだ。貴様らの剣を俺自身で確認する。なんなら3人まとめてで構わん。かかってこい」

「「はい! 一人で挑戦します!!」」

「お前らちょっと待て」

 

 ソルグの言葉にほとんど条件反射としか思えない速度で答えた二人の襟首を引っ張り無理矢理下がらせる。

 今までの重い流れを断ち切るには良い返事だったとは思うがちょっと待ってほしい。

 

「あのな、お前たち分かってんのか? 今回のことは遊びじゃない。多分国と国の話に発展してる。そんな安請け合いしても良い話じゃないだろ」

「そうだけど、あそこまで二人に言われたら黙っていられないよ。私たちを信じてくれたミレーシャたちの力になってあげたい」

「それにだ、3人まとめてでいいとかちょっとムカつかないか?」

「二人の言い分も、まぁ分かるけど......うん、分かった。でもミウがチャレンジするのはダメ。いい加減自分の服を自覚しなさい」

 

 どうやら今の状況はイベントクエストの最中らしい。試してみたが装備の変更がほぼできなくなっていた。剣は出せるのだが服は変えられない。

 そうなると今ドレス姿のミウはダメだ。ミウならもしかしたらドレス姿でもきれいに戦うかもしれないが、危険がありすぎる。

 そのことをミウに告げれば拗ねたように唇を尖らせながらも小さくうなずいてくれた。

 

「むぅ......分かった」

「だからヨウト、頼んでも良いか?」

「おう! まだお前には任せられそうにもないしな」

「......理解が早くて、助かるよ」

 

 俺が戦う、という選択肢もあるのだが......正直、勝機が薄い。

 まだスタイルが完成していないということもあるのだが、単純に相性の問題だ。

 ソルグが背中に携えているのは赤黒く剣の幅も長さも長い両手剣。以前に見たシバの剣とは比べ物にもならない大きさだ。

 ニックとの戦闘やシバとの戦闘で痛感させられたが、俺は大きい武器やソードスキルで攻撃されるのに弱い。パリィや受け流しにはどうしても技術が実力として出てしまうからだ。その場しのぎではどうにもならない。

 外見での判断でしかないが、おそらくソルグもそのタイプ。

 そしてヨウトはそういうタイプを完封する術を持っている、というより、そういう(、、、、)スタイルだ。

 

「んじゃ、このヨウト樣のかっこいいとこを見せてやろう」

 

 

 

 

 

 

 

 ヨウトが戦うことをナフさんとソルグに伝えれば、戦いの場はすぐに整えられた。

 大広間の料理が並べられていたテーブルを動かして即興の開いた空間が作られる。元々広かった空間だ。即興でも走り回るだけの空間を作るのは容易だった。

 わざわざ《青樹殿》の中で行わなくても外に出れば良いんじゃとも思ったのだが、ナフさんに押しきられてしまった。調度品とか壊してしまいそうで怖い。

 開いた空間の外側に、まるで観客席のようにゴーシンさんやナフさんたちは並び、俺とミウもそれに倣う。

 そしてその空間の、戦場の中心。そこには間を5メートルほど開けて正面から向かい合ったヨウトとソルグの姿がある。

 

「一人でかかってくるとはな、その心意気は認めるが、俺相手には些か自信過剰すぎないか?」

「いやー? そんなことはないだろ。同じ人間なんだし力不足ってことは早々ないだろ」

「同じ人間? 違うな。俺は《戦人》。貴様らは害物。そもそも生き物としての各が違う......だから、一つお前に『勝機』を用意した」

「勝機?」

 

 ヨウトが首を傾げると同時、ソルグは自分が背負っていたその巨大な大剣を脇に放り捨てた。

 その代わりにソルグが握ったのは足元に置かれていた、ソルグ自身の大剣より何段階かクオリティが落ちた両手剣。

 それは《ガイア》がソルグに言われて急遽用意した大剣だ。

 ソルグはその剣を握り、ヨウトに対して掲げれば、どこか嘲笑を含んだ笑みを向けた。

 

「俺は俺自身の剣は使わない。代わりの剣を使おう。いや、それだけでは足りないな、初撃は貴様にくれてやろう。それぐらいせねば対等(、、)にはなるまい?」

「へぇ、そんなにサービスしてくれるのか、お前良いやつだな。サンキュ!」

 

 ソルグの嫌みたっぷりの言葉に対してヨウトは間抜けとも取れそうな屈託のない笑顔を見せる。

 この反応には誰もが予想外だったのか、この場にいる全員、ミウですら唖然としていた。

 

「ね、ねぇコウキ。ヨウト良いの? あそこまで言われると私でもちょっと頭に来るんだけど......」

「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ヨウトはあれが平常運転だから。ミウもそれは知ってるだろ?」

「それは、そうだけど......」

 

 ま、納得いかないよな。

 でも俺からしてみればここでヨウトが声を荒げる方が予想できない。これこそがヨウトだ。

 

 ヨウトは腰の鞘から自分の剣を引き抜く。

 ヨウトの武器はかなり細めの片手剣。細剣(レイピア)と見間違えてしまいそうだ。明らかにスピーダー寄りの剣だろう。

 一見がたいもよく甲冑を着込んでいるソルグには通りそうもない武器だ。いや、実際攻撃しても通らないだろう。

 しかしヨウトはそんなこと気にもかけず、自分の使いなれた剣を手の中でくるくると回転させ、握り直せば真っ直ぐとソルグに剣を向けた。

 

「じゃ、言われた通り初撃貰うな?」

「何度も確認はいらん、早くしろ」

「はは、悪いな。じゃあーー」

 

 行くぞ。

 ヨウトのその声が聞こえたのと甲高い金属音が鳴り響いたのは同時だった。

 キィィィン!! と俺やミウではあまり鳴ることのない軽く高い音が大広間に響く。

 瞬き一度分。それだけの時間があればヨウトのステータスならば5メートルの間合いなど簡単に潰すことができる。

 ヨウトの初撃である突きは一寸の違いもなく、ソルグの体の中心線。その胸の位置に放たれた。

 完璧な一撃。勢いを殺すことができない場所に初撃が綺麗に直撃している。

 だが、足りない(、、、、)

 

「......ふん、なんだ、その軽い攻撃はぁ!!」

 

 ヨウトの攻撃によって発生した一瞬のノックバックの後、すぐに回復したソルグは甲冑のみでヨウトの剣を弾いた。

 今のヨウトの攻撃でソルグに与えたダメージはおそらくHPバー全体の100分の1以下。しかもでソルグの動きを止めることはほとんどできていない。

 まさに『軽い攻撃』。蟻が象に噛みつくようなものだ。これではソルグの有効打を与えることは難しいだろう。

 圧倒的ヨウトの不利。しかもヨウトは敏捷値を上げるために軽く動きやすい防御力の低い防具を身に纏っている。これでソルグの反撃を受けてしまえばまさに蟻と象。簡単に薙ぎ払われてしまうだろう。

 

「口動かしてると、舌噛むぞ」

「ぬ......っ!?」

 

 だが、いつものように。当然のようにヨウトは周りの想像を裏切る。

 ソルグが攻撃に転じるよりも早く、ヨウトの二撃目が同じくソルグの胸元に叩き込まれる。

 そうして再びソルグに訪れる、1秒にも満たないノックバック。

 1秒。これはとてもわずかな時間だ。人の言葉ならば一音か二音発声すれば過ぎ去ってしまう、本当に短い時間。

 そんな短い時間に人間ができることはと言えば、おそらく突き出した腕を引き戻す(、、、、)ことぐらいだろう。

 

「ふっ」

 

 小さな掛け声と同時、三度ヨウトの剣が動く。今度は下段からの斬り上げだ。

 そして、ノックバック。ソルグが体勢を崩す。

 ......ここまで来れば、この場にいる誰もが理解する。誰もが思い知らされる。

 《スピードスター》、ヨウトの光速の剣技の恐ろしさを。

 キキキッキキキッキキイイキッキィインッッ!!! まるで電動ノコギリで金属を切断するかのような、もしくは機関銃で弾を無制限に撃ち続けるかのような、絶え間ない金属音が鳴り響く。

 最近、ヨウトと長く特訓していたせいで感覚が鈍りそうになっていたが、やはりヨウトの剣は凄まじい。

 相手がノックバックから回復するよりも早く次の攻撃を繰り出すことで半永久的に自分の攻撃を当て続け、逆に相手の反撃は一切許さない。一度パターンにはまってしまえば抜け出すのは至難を極める。重そうなソルグの甲冑ではなおのことだ。

 このパターンにはまらないためには、いつかのリリのようにヨウトの攻撃を全て弾くかいなすかして、直撃を避け続けるしかない。

 しかし、その大事な初撃を、ソルグは愚かにもヨウトに譲ってしまった。これでは空き巣に自分の家の鍵を渡しているようなものだ。あとはヨウトがその鍵を使うだけで、勝負は簡単につく。

 

「く、うぉぉお!!」

「今さら頑張っても遅すぎだ」

 

 ソルグは何とかしてヨウトのループから抜け出そうとしているが、ヨウトの言う通り、もう何もかもが遅い。遅すぎる。

 あとはこの大広間に、まるで作業のような金属音が鳴り響くだけだ。

 斬る、ノックバック、突く、ノックバック、突く、ノックバック、斬る、ノックバック、突く、ノックバック、斬る、ノックバック、斬るーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーそれから、いつものようにソルグのHPが残り3割を切ったところで、この戦いは終了した。

 ヨウトのあの押しきり方は相手の面目を丸潰れにするようないじめに近いものだ。対人戦で同じことを行えば間違いなく嫌われる。

 だが今回の戦いはイベントだ。こう言ってはあれだが、ヨウトのあの封殺の仕方でも周りからは評価される。

 

「お疲れさま剣士さま。疲れはないかな?」

「いえ、全然! 今からもう一戦って言われても余裕で動けますよ!」

「はは、それは心強い。僕たちのためにありがとう」

 

 ナフさんに礼を言われるヨウトはいつものように笑っている。

 あの笑みから察するに......やっぱり、相当頭にキテたんだろうなぁ、ヨウト。

 元々俺とヨウトではヨウトの方が喧嘩っ早い。そんなヨウトがソルグにあそこまで好き勝手に言われて怒っていないはずがないんだ。

 ヨウトは言った。『ムカつかないか?』と。

 きっと、それがすべての答えだ。

 

 俺がヨウトに微妙な感情を覚えながら苦笑いしているとヨウトによって全身を攻撃され続ズタボロにされたソルグが立ち上がった。

 まだやるのか? と一瞬身構えるが、ソルグの顔に浮かんでいたのは憤怒の色なんかではなく、どこか憑き物が取れたかのような気持ちの良い笑顔だった。

 

「ふふふ、はっはっはっは、なるほどな。参った参った。これでは俺が何と言おうと仕方がないな」

 

 急なソルグの態度の変わりように誰もが頭に疑問符を浮かべるなか、やはり最初に動いたのはナフさんだった。

 

「これで信じてもらえたかな? 僕たちの言葉を」

 

 ナフさんの問いかけに態度で答えるかのように、ソルグの笑いは止まらない。

 

「くっく、あぁ、信じようじゃないか。これほどの剣を扱えるやつを信じなくては、戦の神に背信することになってしまうしな。それにしても、ここまで完封されたのは久し振りだ。小僧! 名前は何と言う?」

「ん? ヨウトだけど?」

「そうか、ヨウト、ヨウト......よし、覚えたぞ。お前は中々に見所がある。害物などと呼んで悪かったな。許せ」

「謝ってくれるなら許すよ。もし今度手合わせすることがあったらちゃんと本気でやりたいな」

「まったくだな。最初から本気でやればもっと楽しめたのにな......勿体ないことをしてしまった」

 

 ソルグは本当に残念そうに息をつけば、今度はミレーシャの方を向いた。

 

「大事なパーティーの最中に無粋な真似をしてしまって、すまなかったな。こういったことはお前が一番嫌うことだと分かっていたが......」

「いえ......おそらく、そちらにも何かしらの都合があったのでしょう? この場にいる人で傷ついているのは貴方だけ......相変わらず、不器用ですね」

「はは、お互いにな」

 

 この二人、仲良いな.......

 二人の会話を見てそう思えるようになったということは、俺もやっといくらか緊張がとけてきたのだろう。

 ソルグは最後にもう一度大きく笑えば、俺たちに背を向け、出入り口の方へと向かっていった。

 

「今回の礼はいつか必ずしよう。今日のことは本当にすまない!」

 

 そう言い残し、まるで台風のように現れたソルグは、また台風のようにこの場から退場した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 嵐が過ぎ去った夜のように、大広間には沈黙が訪れる。

 終わってみれば被害はゼロ。場が荒れることもなく先程の時間がなければ、本当になにもなかったと言い張れそうだ。

 そのなか、ナフさんが出張ってきてからは静かにしていた、ゴーシンさんが俺たちのそばに近づいてきた。

 また何か言われるのか、とげんなりとしていると、ゴーシンさんはその予想を裏切り、俺たちに膝を着いた。

 

「この度の騒ぎを目の前で拝見し、我々も《紅牙》と同じく理解しました。『剣士さま』、あなた方は私たちにとって《森人》樣に並ぶほどのお方がたです。今までの数々の非礼、申し訳ありませんでした」

「や、いやいや、顔をあげてください。俺たち何も大したことしてないですから!」

 

 今回の戦いのメインであったヨウトが俺たちを代表して言う。

 ヨウトは誉められても良いかもしれないが、確かに今回俺とミウは何もしていない。俺たちのことを認めてくれるのは嬉しいがやはり少し気後れしてしまう。

 気になること(、、、、、、)もあるが、今それは置いておこう。

 

「あの、ナフさん。さっきの......ソルグって奴は......」

「あぁ、まだ詳しく話していなかったね。彼は《ナーザ》の騎士《エイジス》のトップに立つ男だよ。《ナーザ》の騎士では間違いなく最強だろうね」

「最強......そんな人が何で今回出張って来たんだろう? 部下に優しい良い上司ってだけじゃさすがに説明できないと思うけど」

 

 今回の出来事は詳細はわからないが、個人ではなく明らかに国家間の話になっていた。

 それほど大きな話を、最強の騎士を投入してパワー思考で解決するというのは、いくら国自体がパワー思考気味の《ナーザ》だからといっても納得しにくい。

 ミウの意見に俺とヨウトが頷くとその理由となる部分をナフさんが説明する。

 

「それは、おそらく君たちが今回の話に絡んでいたからだろうね」

「俺たち......? 外の人間......いや、『害物』がってことですか?」

「僕たちはその表現はあまり好きじゃないけど......《ナーザ》の意思を汲み取るとするなら、そういうことだろうね」

 

 小さくため息をつくナフさんに変わってミレーシャが説明を継ぐ。

 

「私たち《ガイア》とは違い、《ナーザ》は外の人間をあまり好ましく思っていないんです。神を敬わず、ただ自らの欲のみを原動力にし、他のことを全く考えず動く者......害のある生物として見ています」

「だから『害物』なのか......」

 

 頷くミレーシャの表情はむしろ俺たちが気の毒になってしまいそうなほどに痛々しい。

 ミレーシャ本人にはまったく非はないのに、自分を責めてしまっているのかもしれない。

 この会話はすぐに断ち切るべきだろう。

 

「つまり、ソルグが出張って来たのは、《ナーザ》全国民が共通認識で敵の俺たちは一刻も早く排除するためってことか」

「全員、というわけではないだろうけどね。現にソルグ本人は外の人間が害物であるなんて古い考えだ、という考え方をしているようだし」

「だよなぁ、じゃなけりゃ嫌いなやつ()の名前をわざわざ聞いたり覚えたりしようとはしないだろうし」

「ソルグは自分の目で見たものを信じるタイプだからね。《ナーザ》との関係が険悪になるまでは、よく彼はうちに来ていたから、彼の人なりへの理解には自信がある......まぁ、彼がよく来ていたのには別の理由もあるけどね」

 

 ナフさんはどこか優しげな表情をしながらちらりとミレーシャを見る。

 ......あー、そういう系の話か。

 確かに去り際に仲良さげだったし、ミウとヨウトが目を輝かせてる、終いにはミレーシャが微かに赤くなってるから間違いない。

 あれ......でもそうなると。

 俺が小さな思考の引っ掛かりに首をかしげていると、ナフさんとミレーシャさんは部下の人に呼ばれ、事態の収集に繰り出した。

 被害ゼロとはいえ、一時的に他国の主力が攻めこんできたのだ。色々と見直すことがあるのかもしれない。

 俺たちも移動していたテーブルの片付けをしようということで動き出す。

 誰もが動き、慌ただしくなっていく。だから、

 

「どうして、クエストの最初にミレーシャは襲われていたんだ......?」

 

 その小さな間隙につい溢れた俺の呟きは、誰の耳にも入ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とヨウトは力仕事を率先して行うことにした。

 ヨウト曰く「男子の魅力の見せどころ」らしいが、じゃあ誰に見せるのだと聞いたらなんかショボくれた(しかもステータス的にヨウトは力仕事に向いていなかった)。

 とりあえず俺は丸テーブルを。ヨウトは椅子を元あった位置に運んでいると、ヨウトが立ち止まり先程まで自分が戦っていた場所を静かに見ていた。

 その横顔はどことなく大仕事をやり遂げた後のような、達成感とは違う安堵が多く含まれているように感じた。

 だから、少し気になっていたことをヨウトnい聞くことにする。

 

「なぁ、ヨウト」

「ん?」

「お前がソルグと戦ってるの見て思ったんだけど。お前、あの時ソルグが本気だったら......勝ててたか?」

 

 まるで、ヨウトの実力を疑うような質問。

 俺自身その自覚があったから、少したどたどしい聞き方になってしまった。だがヨウトはそんなことは気にしていないのか、いつものように適当に笑う。

 だが、その笑顔から出てきたのは決定的な言葉だった。

 

「ーー負けてただろうな、間違いなく。圧倒的なまでに」

 

 あっさり、しかし決定的な言葉を聞いた俺の心情は乱れるようなことはなく、ああ、やっぱりか、という気持ちの方が強かった。

 良い目を持っていても、実際に対人戦を外から見るということがあまりなくて確信を持てなかった。でもやっぱりそうだった。

 あれだけの威圧感を放てるやつが、あの程度(、、、、)な訳がない。

 

「たはー、ほんと参ったよな。後半なんていつ反撃されるかと思ってずっとひやひやしてたよ。さすがは《紅牙》ってことか」

「やっぱり、後半ソルグはちょっとずつ動いてたよな」

「だな。まさかあの短時間でノックバックが少ない攻撃の当たり方を会得されかけるとは」

 

 ヨウトの攻撃をなんとかする裏技のようなものがあるとするなら、それはヨウトの攻撃に当たりながらも上手く流すことだろう。

 首捻り(スリッピングアウェイ)という、ボクシングの技術がある。

 それは相手の拳が顔面に当たるのに合わせて首を回すことで、拳の威力をいくらか殺すというものだ。

 それに似たことができれば、ヨウトの攻撃によって発生するノックバックは軽減し、反撃のチャンスが生まれる。

 ただしこれは、俺やリリがここ1ヶ月近くの時間を要してようやくできるかもしれない、というところまでいくことができる技術だ。それを戦闘中に会得されそうになったというのはヨウトや俺にしてみれば恐怖でしかない。

 ソルグ。彼は間違いなく、ニックやキリトのようなトップクラスの実力者だ。NPCだとかプレイヤーだとかは関係ない。

 

 対人戦を外から見るというのは新しい発見が多くてやはり勉強になる。いや、それは何も戦闘に限ったことではない。

 

「......なんか、まだ気になってることがあるのか?」

「まぁ、な......」

 

 ソルグの驚異的な戦闘能力。それと並ぶかそれ以上の懸念事項が、今の俺にはあった。

 今回のクエストは、主にヨウトが先頭に立って進められていた。俺は蚊帳の外だった。

 蚊帳の外にいたからこそ気づくことができた違和感。当たり前すぎて、消えかかってしまっていた違和感。

 そもそも、話ができすぎている。

 ソルグが攻めてきたことも、彼が手を抜いてくれたことも、最終的に俺たちが《ガイア》のお偉いさんたちに認めてもらえたことも、いやもっと言えば俺たちが働いていることも。

 これらは、ある人物(、、、、)が盤を上手く動かさない限りなり得ない状況だ。

 ソルグが攻めてきたのは、別にソルグでなくともいい。いくら害物が関係していてもわざわざいきなり切り札を切ることもない。

 ソルグが手を抜いてくれたのはソルグの優しさのおかげだ。もしソルグ以外の人物が攻めてきていたらヨウトはもっと苦戦を強いられていた。

 俺たちが認められたのはこれらの誘導があったからだ。もしもヨウトか別の誰かが負けていたら俺たちの立場は危うくなっていた。

 そもそも俺たちはミレーシャの理想を守るために動いていたはず。なのにいつからか《ガイア》という国まで背負っていた。背負わされていた。

 誰に?

 決まっている。

 

 大広間の騒動の収集に努めているその人物ーーナフさんを見る。

 俺たちは、ミレーシャの理想を守るために、もっと情報が必要だと考え、その情報を得るためにナフさんから出されるいくつもの依頼をクリアしてきた。

 だが、もしもの話。

 もしも、ナフさんが俺たちのそんな考えを見透して、その上で情報を小出しにしていたら?

 俺たちのモチベーションが下がらない程度に、しかし核心には触れさせないよう与える情報を選択していたら?

 もちろんこれはあくまでも推測。いや、推測にすら届いていない憶測だ。

 

「......」

 

 だとしても、俺はもう、ナフさんに100パーセントの信頼を寄せることは、できなくなっていた。

 





執筆時間が足りない......
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