力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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53話目 過去からの到着点 未来への分岐点

 ーー見える。

 目の前を何度も何度も乱舞する剣閃。私目掛けて放たれるその一つ一つが直撃しようものなら私のHPバーのほとんどを持っていくほどの威力だ。

 それはもう凄まじいなんて言葉では言い表せない恐怖を私に浴びせてくる。

 ここがHPが減らない《圏内》だなんてことは関係ない。そんなこと綺麗さっぱり頭から消し去ってしまうほどの剣閃だ。

 でも、私にはその剣閃が見える。コウキのような優れた目じゃない。でも『見る』ことだけに絞ればコウキの目にも並べるものだと思っている。

 私も今までこの目があったからこそ、多くの攻撃に対処することもできたし、相手の隙を見つけることもできた。

 

 でも、この攻撃に対してはそれだけじゃ足りない。コウキが他人の攻撃テンポの模倣だけでは足りないと感じたように、私もこれだけじゃ足りない。

 まだ先がある。まだ上がある。

 ここ最近の私はそれを念頭に置いて動いていた。

 目指すのはシバくんと戦ったあの時の感覚。シバくんの攻撃を全てさばき続けるような、シバくんの攻撃を全て感じとる(、、、、)ようなあの感覚。

 

「ふぅ......」

 

 だから、私は力を抜く(、、)

 この剣閃の嵐の中、力を抜くなんて猛獣の前で鼻唄を奏でながら寝転がるようなものだ。前までは私もありえないと思っていた。

 でも、今なら分かる。

 感じとるために不必要なものは抜かないといけない。前に言われた心を整える方法、あれはきっとこのためだったんじゃないかと思う。

 

 方法は簡単。心をまとめる(、、、、)。落ち着く必要も、心を波がないよう平らにする必要もない。

 ただ、まとめる。

 私の中にある感情や想い、全てを混ぜ合わせまとめる。

 ......時間にしたらきっと、一瞬もなかったと思う。

 まとめた心をそのままに、改めて目の前で乱舞する剣閃を見る。

 ーーうん、感じる。

 研ぎ澄まされすぎて(、、、、、、、、、)、ほとんど勝手に動き出してしまいそうな体を抑えながら私はそう判断し、動きすぎないようにしながら剣閃をかわしていく。

 私に迫ってくる剣を見てかわすんじゃなくて、感じてかわす。感覚的には着ている服に手で触れられて、それを肌で感じて手から逃げるような感覚。触れられていないのに、触れられているような矛盾した感覚。

 これを、感覚の鋭敏化ってニックさんは言っていた。

 

 その触れられた(、、、、、、)感覚に応えるように、実際に剣が私に触れるよりも早く自分の剣を振るい迎撃する。

 そしてそれは少しずつ、少しずつと完璧な迎撃に近づいていく。

 完璧な反応をし始めた私を見て、相手の表情が変わる。

 そのことが私にはすごく嬉しい。ようやく同じ場所まで行くことができたようで、この人の本気の顔を引き出せるのが何よりも嬉しいんだ。

 

 さらに鋭敏化していく感覚に逆らわず、私は止まることなく体を動かし続ける。

 それに応じて相手も剣を振り、時には私の剣をかわす。

 今この瞬間は、他になにもない。本当に私と相手だけの世界。

 楽しいとは違う。嬉しいともまた違う。多分これは、感動って感情だと思う。

 本当に自分の全てをまとめ合わせて立ち向かえている。それが私には分かった。だからこんなにも感動しているんだ。

 もっとずっとこの世界に浸かっていたい。抜け出したくない。動き続けたい。

 そのためにもっと研ぎ澄まそう。完璧に到達して、その先にも手を伸ばして。そうしてーー

 

 

 

 ーージジッ、という妙なノイズのようなものが脳裏に走ったかと思えば、次の瞬間には膨大な量の『記憶』を強制的に見せられた。

 

 

 

「っ!?」

 

 その異常な感覚に集中力が途切れる。

 もちろん、本当に脳裏にノイズが走ったわけではない。だがそう受け取ってしまうほどの量の『記憶』。

 コウキやヨウト。リリちゃんにアルゴたち......そして、ちさとちゃーー

 

「ここまでね」

「くっ、ふっ!?」

 

 動きが止まった、とは普通の人は思わなかったと思う。

 でもこの人の前ではそんな極小の隙も決定的だ。私の一瞬の思考の空白をつくように振るわれた剣は遮るものもなく吸い込まれるようにして私の体に直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー......疲れた」

 

 綺麗に吹っ飛ばされた私はそのまま地面に寝転がっていた。

 場所はフィールドへと出る門の近く。そんなところで寝転がっているもんだからやはりちらちらと私のことを見てくる人はそこそこいる。

 そんな中、地面がひんやりしてて気持ちいいって思っちゃうのは私もこの特殊な状況に慣れてきてしまったからだろうか?

 それが嫌なら体を起こせばいいじゃないとも私も思う。でも今は体がダルいから仕方がない。

 この感覚の鋭敏化。剣を振っている間は体が軽くなって何でもできるような全能感を得られる。それに実際に反応がよくなっている感覚はある。

 でも、終わったあとが問題なんだ。終わったあとはそれまでの絶好調が嘘だったみたいに体が重くなる。

 極限まで集中しているわけだから多分脳の処理が追い付かないでオーバーヒートしているのだと思う。

 簡単に言えば全力疾走しながら漢字を大量に暗記した後みたいな。そりゃ脳も悲鳴をあげるよね......

 でも、さっき浮かんだ映像、いや、光景は......

 

「いつまで寝てるのよ」

「......私のこと吹っ飛ばしたの、ニックさんですよね?」

「起きるかどうか貴女次第でしょう?」

「......はい」

 

 ぐうの音も出ない。その通りだよね......

 言葉通りばっさり切り捨てられた私は引きずるようにして重い体を起こす。

 今は体が重いけど結局は脳の疲労が原因なんだ。ちょっとしたら回復するから問題はない。

 それよりも、今は気になることがある。

 

「あの......さっきの感じ、どうでした? 私的にはかなり良い感じにできたと思うんですけど......」

 

 感覚の鋭敏化はニックさんに言われて始めたことだ。

 いや、言われたというよりは最終的にはこれをすることになっていたという方が正しいかもしれない。

 特訓を始めて分かったのは、私は精神面がまだ弱いこと。それを補うべくして前にも言ったように心を整える方法を教えてもらった。

 教えるのもめんどくさいからあとはそこから自分で考えて発展しろ、本当にそのままそう言われて今に至る。......やっぱり私の勘違いとかじゃなくてニックさん傍若無人だよね......

 でも方向性は間違っていなかったのか、感覚の鋭敏化をし始めてからはニックさんの反応もよかった。だからどうしても気になってしまう。

 私は、本当に強くなれているのか。

 2層でコウキがニックさんと戦った後は、きっとこんな気持ちだったんだろう。思い出し、私は僅かに緊張しながらニックさんの判定を待つ。

 ニックさんはいつものようにどこか澄ました顔で私を一瞥する。

 

「......まぁ、悪くはなかったわね。今までのなかでは良かったわ」

「......!! あ、やったぁぁぁぁぁ......」

 

 ニックさんの言葉を聞いた瞬間、体の力が抜けそれに合わせるように私は拳を握った。

 やった! やった!! 私は前に進めてる!! 気のせいとか勘違いじゃなくて、私は前に進んでる!!

 よし、よし!と、あまりの嬉しさに何度も拳を作っていればニックさんはそんな私を見て小さくため息をつく。

 

「それだけに、私は色々間違えたのかもしれないけどね」

「間違えた?」

「こっちの話よ。それよりも、あの子との約束の日はもうすぐそこだけど、様子はどうかしら?」

「コウキなら大丈夫ですよ。間違いなく前に進んでいます」

 

 私は力強く断言する。

 私の目から見てもコウキが強くなっているのは確かだ。

 約束の日までに完成するかどうかは分からないけど、それでもどう転んでも特訓を始めるあの日よりは断然強くなっているはずだ。

 

 私の言葉に対してニックさんは「そう」としか返さなかった。前から思っていたけどこの人はコウキのことをかなり気にしている。なのにそれを周りに気づかれないようにしてる節があるからたまに言動が分かりにくいときがある。

 恥ずかしい、というのもあるんだと思う。でもそれ以外のものも見える気がする。なんというか......愛情に近いもの?

 

「あなたからコウキを取る気はないって前に言ったでしょう?」

「な、なにを言ってりゅんれすか!?」

「本当に貴女も分かりやすいわね」

 

 そんなことないです。ニックさんが異常なだけです。

 私は納得いかないように小さく唸る。

 

「とにかく、貴女は入りすぎる(、、、、、)癖があるから、周りのことも見える程度に抑えるよう注意しなさい」

「はい.......ニックさん。今日は妙にアドバイスしてくれますけど、何か良いことでもあったんですか?」

 

 いつもは何か聞いても「えぇ」とか「そうね」とか、終業前の受け付けさんみたいな返事しかしてくれないのに。

 私が首をかしげていると、ニックさんは自分が持つ剣の腹に視線を落とす。

 

「そうね......ただのお節介よ」

 

 そう言うニックさんの目は、どこか苦しそうな色が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Kouki

 

 43層の《青樹殿》には、庭という概念が存在しない。

 それは43層の《青樹殿》が川を跨ぐようにして建っているからだ。42層の《青樹殿》には《ガイア》特有の自然を生かした綺麗な中庭があったため、そういった点ではこの二つの《青樹殿》は差別化ができているのかもしれない。

 それなら43層の《青樹殿》には憩いの場がないのか、と問われればそういう訳ではない。

 水面の光の反射を受けながら美しくそびえ立つその最下層。つまり川に最も近い階の中にある一つだけ特別な部屋、《水廊室》。

 その部屋はヨウトがソルグと戦ったあの大広間ほどの広さがあるわけでも、特別装飾がきらびやかな訳でもない。

 その部屋を特別たらしめているのは、部屋の床にある。

 部屋の床の一部分。そこが透明なガラス張りになっているのだ。

 《青樹殿》の最下層に位置するこの部屋の床をガラス張りにすることで、上空から下を流れる《クレフ川》を存分に眺めることができる。

 しかも《クレフ川》は川底まで透き通って見えそうなほど水の透明度が高い。これほど美しい光景はこのアインクラッドの中でもそうはお目にかかれないだろう。

 

 そんな《水廊室》で、俺とリリはいつもの見回りとは違う作業に勤しんでいた。

 

「そうですそうです。その後金具のところの支えを抜いてください」

「あぁ、なるほど。リリはどうだ? 上手くできそう?」

「すみません、す、少し待ってください、もうできますから」

 

 俺とリリは《ガイア》の騎士であるシラルさんの指導のもと、罠作り作業をしている。

 俺たち4人がいつもの見回りを終え、《水廊室》へ休憩に来たところ、同じく休憩に入ったシラルさんと一緒になった。

 その際、かねてから気になっていたことの解消と、気分転換にとシラルさんに罠作りを教えてもらうことになった。

 休憩に入ったシラルさんに教えてもらうというのも悪いかと思ったのだが、相談してみたところ「自分も気分転換になります」と二つ返事で承諾してもらえた。

 

 そうして始まった罠作りだが......これがまた中々奥が深い。

 地形や環境、目標の敵によって形状も種類も複数あり、また部品一つ一つにも重要な意味がある。

 大事な構造も理解が進むほどに感心の唸りが出てしまう。トリバサミ一つすら何度もなるほどと頷いてしまったほどだ。

 俺は元々こういう細かい作業が好きなこともあったため、作業は楽しく進めることができた。

 隣で奮闘しているリリも手先の器用さには自信があったらしく、珍しく自分から進んで一緒にしたいと言い出していた。今は少し苦戦しているみたいだが、作業そのものはとてもスムーズにできていると素人の俺にも分かるぐらいリリは器用だ。(ちなみに残りのお祭りペアは作業そのものに参加せず町散策に飛び出していった)

 

「あぁ、やっぱりここにいたんですね」

「ミレーシャ。どうかしたか? ミウなら今は町に出てるけど」

 

 ガチャリと部屋に音が響いたかと思えば、ミレーシャが《水廊室》の中に入ってくる。それに合わせてシラルさんが敬礼していた。

 ミレーシャは誰にでも親しく接してくれるが、ミウのことは特に気に入っているらしくよく二人で行動することがあった。

 今回もミウを探しに来たのかと思ったのだが、ミレーシャは小さく首を振った。

 

「今回はコウキさんに用事があって参りました。いえ、ただしくは剣士さまに何ですが......」

「というと、何か困りごとか?」

「はい。そのためにも説明しないといけないことがいくつかあります......お隣に座ってもよろしいでしょうか?」

 

 今さらそんなことを気にするのもおかしな話だなと思いつつ「いいよ」と笑顔で答えれば、ミレーシャは座りながらおかしそうにクスクスと笑う。

 

「え、っと、俺なんか変なこと言ったか?」

「いえいえ。ただちょっとおかしくて......前にミウに聞いた時と答えも表情も同じなものですから」

「あー......そっか」

「二人ともかっこいいですから、言ってること近い時は時々あります」

 

 作業を続けながらも話を聞いていたらしいリリの呟きに俺は首をかしげてしまう。

 ミウはかっこいいけどなー、俺はどうだろ。

 謙遜とか無しにしても俺の生き方ってかなーりひねくれてると思うんだけど......

 そんな思いを抱えたままとりあえずミレーシャの話を聞く体制を作る。

 それを確認したのかミレーシャは一度小さく咳払いすれば、どこか厳かな雰囲気をまといながら話始めた。

 

「まず、私とナフは剣士さまたちに護衛をしてもらってここまで移動しました。でも、元々私たち《森人》はあまり移動を好みません。それはなぜか」

「悪目立ちして、無駄に狙われる機会を減らすため......ですよね?」

「はい、リリさまの見解で間違っていません。ですが今回私たちは移動しました。それはつまり、その狙われるリスクを負ってでも行わなければならないことがあったからです。そして、その目的は儀式です」

「儀式......?」

「儀式と言っても危ないものではないです。私たちのように神を信仰している民はいくつか儀式を行います。それによって神への信仰を示すという面もありますが、私たちの儀式はそれともうひとつ目的があります」

 

 ミレーシャはそこで言葉を切れば、一度深呼吸して再び緊張感ある言葉を放つ。

 

「私たちの儀式は王女の力を高め、正式に王女となってもらうためのものです」

「王女......この国のトップは女性なのか」

「はい。そして彼女もまた《森人》です。能力は過去視というものですが......今はそれは良いでしょう。《森人》の力を高めるには同じ《森人》の存在が必要不可欠です。そして定められた儀式場も。私たちは彼女の力を強め、また、彼女が新しい王女になることを《ガイア》に示すため、ここに集まったのです」

「儀式場もこの建物の中にあるのか.......やっぱ特別な建物なんだな《青樹殿》」

「でも......なんというか、急な話、じゃないですか......? そんなに大事な儀式なのに、なんだか見切り発車のような気が......」

「本当は、儀式はもっとあとの予定だったのですが......今、民が不安になっている中、王女の力がどうしても必要なんです」

 

 確かに、と俺はミレーシャの言葉に頷く。

 国の外での《エイジス》の襲撃や、先日のソルグの事件。どれも事なきを得ているが、一つ間違えれば大変な事態に繋がってしまっていたのも事実。

 その上で実感が湧きにくい透明な恐怖が国民を襲っているのは明らかだ。

 そんな『よく分からない恐怖』にもっとも効果的なのは、絶対的信頼がおける人物の言葉だ。誰もを引っ張って導いてくれる、そう思わせる言葉。

 その人物が、この国では王女なのだ。

 

「でも、《ナーザ》のことはどうするんだ? 儀式よりもそっちを何とかした方がいいと思うんだけど......」

「いえ、むしろだからこそなんです。王女の儀式は私たちに代々受け継がれてきている伝統です。最近の事件が続く中その伝統通りの動きを私たちがすれば、私たちは《ナーザ》とのいざこざには興味はない。敵対の意思も存在しない、ということを伝えることができると思うんです」

 

 戦わなくてもいい道の提示、ってところか.......

 確かに、それが一番だ。元々《ガイア》と《ナーザ》は長い間友好関係にあったと聞く。そんな国同士が今さら面倒な争いを始めるだなんて馬鹿げていると思う。

 でも......

 

「そんなこと、無理ですよ」

 

 俺が頭に浮かべたことと全く同じ言葉が聞こえ、はっとする。

 その言葉を口にした本人ーーリリは、どこか咎めるような口調でミレーシャに続ける。

 

「敵対の意思はない。戦わなくてもいい道の提示。立派だと思います。最高の答えだと思います。でも、その答えは理想論止まりです」

「そ、そんなこと......」

「お、おいリリ、その辺にしとけって」

「ない、と言い切れますか? 誰の犠牲も、何の犠牲もなく成功なんてあり得ません。この世界はそんなに優しくはできていませーー」

「リリ!!」

 

 怒鳴るようにしてリリの話を中断させる。

 リリが言っていることは俺も近い考えを持っているし、実際何も間違っていない。正しいとすら言える。でも、正しいことを正しいままに伝えてもそれだけでは何の意味もない。そのことを俺はミウと共に学んでいた。

 リリには、俺と同じ轍を踏んでほしくない。

 

「す、すいません......極論過ぎました。忘れてください......」

 

 リリは自分が言い過ぎたことを自覚したのか、肩を落としていつも以上に小さくなってしまった。

 だが、何度も言うがリリの考えは間違っていない。俺ももう少し良い止め方があったかもしれないと考え、慰める意味も込めリリの頭を撫でる。

 

「まぁ、今の状況と問題点、解決法は分かったよ。じゃあ、俺たちは具体的に何をしたらいいんだ?」

 

 ようやくここまで話が戻ってくる。

 ミレーシャの話のまま事が進む場合、俺たちの出番はなさそうだった。だがそうするとミレーシャが俺たちにお願いすることがなくなってしまう。

 俺たちに頼むことと言えば力仕事だろう。となると、また儀式の時の警備だろうか?

 

「はい、今回剣士さまたちにお願いしたいのは、儀式で必要な《宝珠》という聖なる石をいくつかある場所から取ってきてほしいのです」

 

 探索系......いや、お使い系クエストか。

 今まで護衛や警備での戦闘など血生臭いことばかりだったからつい物騒な方向に考えてしまった。もちろん取りに行くまでにまた戦闘もあるのだと思うのだが、死ぬか生きるかのギリギリの戦闘があるというのは可能性としては低いだろう。

 

 ただ、懸念があるとするなら今回のクエストにはナフさんが絡んでいるか否かだ。あの人の思惑通りに動かされるとするなら、細心の注意を払わなくてはならなくなる。

 だからまずは懸念事項を潰しておく。

 

「なぁ、詳しく聞く前に質問したいんだけど......今ナフさんはどうしてるんだ?」

「ナフなら今は眠っています。今朝方、負傷者が出てしまって少々『力』を使ったので体力を消耗してしまったみたいで......」

「そっか......」

 

 俺たちが《宝珠》とやらを探しに行くのはおそらく《ガイア》全体の決定だろう。俺が怖かったのは、その上でナフさんの思惑が介入してくることだったのだが......負傷者が出たってのは多分《エイジス》との戦闘でだろう。それは予期できるものではないからナフさんにとっても不確定要素だったはず。なら今回のクエストにはナフさんは介入したくてもできない......?

 確実性には欠けると思うが、ずっと気を張り続ける必要はないと判断する。

 

「話の腰を折って悪かったな、そのある場所ってのはどこなんだ?」

「場所はすべてで6ヶ所。そのうちの3ヶ所は森の中なので私たちが案内したいのですが......」

「今《ガイア》の人は下手に出ない方がいいだろうしな。俺たちだけで行くから大丈夫だ」

「すみません......まず近くにある3ヶ所に行ってもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ん、了解だ。じゃあ細かい場所を教えてもらえるか?」

 

 ミレーシャから教えてもらった場所は確かに《ガイア》からそう離れていない。階層も同じため森の中の3ヶ所ならば今日中に回れるだろう。

 じゃあ出発のためにミウとヨウトを拾わないと、と考えていると、ふと思い付いたことがあった。

 特に重要性もない事柄だったが、気になったからには聞かないと気持ちが悪い。

 

「なぁ、ミレーシャ。ちょっと気になったんだけど。《ガイア》の王女さま予定の人ってどんな人なんだ? 俺たちまだ会ったことないからさ」

 

 俺の質問にミレーシャは、珍しく答えるかどうか迷うような苦笑いを見せながら、おずおずと口を開いた。

 

「とてもお優しくて美しくて、私だけでなく誰もが尊敬する素晴らしい方です......けど、ちょっとだけ、困った方ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本日、案内をさせていただくことになったレイアです。こうして再びお会いできて嬉しいです」

 

 何故か『山菜どこまで食べられますか限界のその先へ』という庶民的なのかそうじゃないのかよく分からない大食い競争にチャレンジしていたミウとヨウトを引っ張るようにして《ガイア》と《圏外》を隔てる門の前まで移動し、いざ出発しようとしていたところ、横合いから声をかけられた。

 レイアさんはこの前と同じく綺麗な動作で一礼しにこりと笑いかけてくる。

 

「あれ? ミレーシャとは俺たちだけで行くって話になってたんだけど聞いてないか?」

「はい、確かにそう命じられました。ですが、《宝珠》の一つは大変いりくんだ場所に置かれているため、やはり案内役がいた方がいいのでは、と考え私自ら立候補しました。ちゃんと王女さまから頂いた令状もありますよ」

 

 そう言ってレイアが広げて見せたのは一枚の羊皮紙。そこには《ガイア》のものだと思われる木々や湖を表した紋章が調印されていた。

 いや、元々疑っているわけではない。ただ安全かどうかという問題が浮上してしまったから聞き返したのだ。

 

「案内はむしろこっちからお願いしたいけど......いいのか? もしかしたら《エイジス》との戦闘に巻き込まれるかもしれないけど」

「大丈夫です。ミレーシャさまほどとはとても言えませんが、私たちメイドも足手まといにならない程度には戦う術を教え込まれています」

「なら良いんじゃない? もしも危険になったら私たちが守れば良いしね!」

 

 メイドであるレイアさんが参加しそうになっていてテンションが高めになっているミウはレイアさんの参加に賛成気味だ。

 二人を見ればヨウトも賛成気味。リリは余計なリスクが上がる可能性を考えているのか少し反対気味といったところか。

 でも確かに、ミレーシャたちの護衛の時も騎士たちも一緒だったとはいえかなり楽だった。4人パーティーの安定性に驚いてしまったほどだ。

 今までは俺とミウだけだったから二手に別れようとすると一人になってしまって危険だったが、今は違う。だから例えばミウとリリにレイアさんを守ってもらうために待っていてもらって、俺とヨウトで偵察に行く、なんてこともできるのだ。

 レイアさん本人から言い出してくれた案内はやはりありがたいため、断る理由はない。

 

「じゃあ、お願いするよ」

「はい、任せてください!」

 

 ふんす、と音が聞こえてきそうな感じで拳を握るレイアさん。前から思っていたけど、この人は結構親しみやすい感じがする。

 こうして俺たちの次の目標、《宝珠》探しのクエストは開始される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宝珠》探しは、想像以上に順調に進んでいた。

 43層はかなり前線寄りの層だが、それでもやはりパーティメンバーが増えたことによる安定感は揺らぎようがない。

 一つ目の《宝珠》は《クレフ川》沿いに北へ行った場所にあった祠で手に入れ、二つ目は南東の森の祠で手に入れた。

 移動中や、祠近くではイベントの戦闘がいくつかあったが、どれも苦戦するようなことはなくレイアさんを守りながらでも何の問題もなかった。

 そうして今は南西の森にある残り一つの《宝珠》に向かって移動中なのだが、その際ミウとリリ、レイアさんを置いてヨウトが俺の隣に並び俺にだけ聞こえるよう小声で話しかけてきた。

 

「なぁ、コウキ」

「そんな真面目そうな顔してどうした? 《ガイアクエスト》のことでなんか分かったのか?」

「あぁ......いや、分かったのは確かなんだけどさ。そんなことじゃないんだ、もっと重要な、ヤバイことが分かっちまった......」

「重要なことって、なんだよ......?」

 

 普段絶対しないようなヨウトのシリアスな表情につられ、俺も息を飲み込んでしまう。

 いつもバカなことを言っているが、そもそもヨウトは俺なんかよりよっぽど頭がいいやつだ。俺が見落としていた重要な事実に気がついてもなんら不思議はない。こうやって小声で俺に話しかけているのもミウたちの混乱を無闇に引き起こさないための気遣いなのかもしれない。

 俺が思わず黙り込めば、ヨウトは表情を変えないままゆっくりと、だが確かにその『答え』を告げた。

 

 

 

「......女が三人寄れば姦しいって、なんかエロくね?」

 

 

 

「......」

 

 

 咄嗟に剣を引き抜いてヨウトに斬りかからなかった俺を誉めてほしい。

 脳の片隅でそんなことかもなー、とは思っていたものの、一瞬でも信じて心配した俺がバカではないか。

 今すぐにでも人を斬りそうな目をしているのは自覚しつつ、そんな目でヨウトを見続ければ、待ってほしいと奴は手を振りながら言ってくる。

 

「姦しいの『姦』の字ってさ、色々こうエロい感じの言葉に使われるじゃん?」

「はぁ」

「それと姦しいって字の成り立ちはさ、女が三人集まれば話好きが三人でうるさい、やかましいって感じなんだよ。ちなみに姦しいってのが訛ってやかましいになったって言われてるんだ、覚えとけよ?」

「で?」

「で、だ。俺はその二つのことを踏まえた上で考えたわけよ。じゃあ女が三人集まってちょっとうるさい状態、つまり姦しい状態ってのもエロいんじゃないかと。そして結果はこれだ!!」

 

 ダン! と無駄な効果音が聞こえてきそうなほどの気迫を放ちながら、前を歩く女子三人に手を向けるヨウト。当然ながら最初の小声はどこへやら、めっちゃ大声である。

 

「女の子が3人揃うだけで何か百合百合しくて仄かなエロさを感じるわけだよっっっ!!」

「もうお前末期過ぎるだろ」

 

 さすがに男の俺でも気持ち悪いと考えてしまうなか、この話の被害者である当人たちはと言えば、

 

「わー、モンスターが勝手に避けていく。レイアの力すごいねー」

「そんなことないですよ。それにこれは《森人》さまたちの《森力》とは違って、ただの体質ですから」

「体質......ですか?」

「はい、体質です。幼い頃から森の中で駆け回っていたものですから、少し人よりも『森の匂い』が強いのかもしれませんね」

 

 ......何だかこちらのことなど気にせず、楽しく会話していた。姦しいってのはこういうことなのだろうか?

 でもレイアさんの体質というのには本当に助けられている。

 あの体質のおかげで移動中は無駄な戦闘はほとんど避けることができた。でなければここまで順調に《宝珠》探しは進んでいないだろう。

 そして何となくスルーしていたヨウトはと言えば、まだ話し足りないのか女子3人を見て何やら唸っている。

 

「でも、まだ少し物足りない感じがするんだよなー」

「いや、お前の欲望満たすために3人いる訳じゃないからな?」

「リリちゃん」

 

 ピクッと、その名前を聞いた瞬間反応してしまう。

 ......こいつも茶化さずに最初からそう言えば良いものを、と思いつつも俺はため息をつき思考を無理矢理切り替える。

 そんな俺を見てヨウトも雰囲気を切り替えたのか、少しだけ声のトーンを落とす。

 

「お前もちょっとおかしいと思ってるだろ? このところ」

「まぁ、な」

 

 違和感は、あった。

 例えば話している時、例えばmobと戦っている時、例えばただ歩いている時。

 ふとした瞬間にリリがどこか悲しそうな、そして辛そうな表情をしていることに気がついたのはつい最近のこと。

 いや、逆か。きっとリリがそんな表情をするようになったのが最近なんだろう。

 

「でも、無理に聞くのもなんだかな。俺たちだって無闇矢鱈に事件のこと聞かれるのは嫌だろ?」

「そうだけど......でも放置しておくのもよくないだろ」

「分かってるよ。だから今度タイミングを見て聞いてみる」

 

 なんだかんだ言ってここまで気にかけるのなら自分で聞けば良いのに、それをしないのは自分がリリに嫌われている自覚があるからだろう。

 相手の気分を害さず、その上で嫌われている相手(仲間)の力になろうとするんだから、本当に良いやつだよな......

 いや、でもその『良い』っていうのは......

 

「......なぁ、ヨウトーー」

 

 俺はヨウトに声をかける。

 もしかしたらここで一つの『ねじれ』を解決できたかもしれない。

 だがその言葉は、新たな介入者によって遮られてしまったーー

 

 

 

 

 

 




話が無駄に長くなる例の病気にまたかかりつつある......もっと文章を圧縮しなければ
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