力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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56話目  時として呆気なく崩れてしまう物

 ーー意味が、分からなかった。

 

 俺の腹からリリの短剣が突き出ている意味も。

 その剣が引き抜かれ、俺が後ろに倒れていくことも。

 その結果見えるようになった、短剣を握って震え続けているリリの表情も。

 意味が、分からなかった。

 

「リ、リ......?」

 

 理解しようとしても、どこか決定的なところでストップがかかってしまう。

 そんな俺の頭はただ茫然と、リリの名前を呼ぶことを選んだ。

 自分の声がひどく引きつっていることに、そのとき俺はようやく気がついた。自分のHPバーを確認すれば、いつの間にか《麻痺》の表示がされている。

 ダメだ、思考がまとまらない。俺はさっきまでリリと一緒に守護モンスターと戦っていた。そしてとどめをさす瞬間に何故か俺が攻撃を受けた。油断もしていなかったのにどうして、いやそもそもそもこの麻痺表示はなんだ体が動かない早く解けろ早く解けろ早く解けろ早ーーーー

 

「いや、いやいやいやいやいやぁぁっっ!!!! 違うちがうチガウ!!! わた、わ、私は、っあぁ!! こんなこと、なんで、ごめんなさっ、うぁあぅぅう!!」

「リリ......?」

 

 リリの声を聞き、ぷつり、と俺の錯乱が止まる。

 リリ(仲間)が悲しんでいる、それは俺にとって何よりも優先して解決しなくてはならない出来事だ。

 それと同時に、徐徐にだが思考が回り始める。それに追従して状況が頭のなかで整理されていく。

 

「はははっ! おいおいおい、リリちゃんったら相変わらずサイコー!」

 

 整理されていく情報のなか、新たな情報が頭に放り込まれる。

 聞こえてきた新たな声はひどく暢気そうな......俗な言い方すればチャラい口調。ヨウトがテンション高い時の口調をさらに軽い口調に直した感じだ。

 だが今はそんな暢気な声を出すような状況ではない。だからこそその声はひどく狂気染みている。

 麻痺で動かない首の代わりに眼球運動で声のした方に視線を向ける。

 そこにいたのは、服の至る箇所にチェーンやら鋲やらが施された、黒系統のパンクな装備を身に纏ったプレイヤーだ。

 顔はずたぶくろのようなマスクで覆われているため見ることは叶わないが、その声からするに恐らくは男。

 そいつが不規則にゆらゆらと体を揺らす度に彼の装備品の金属が擦れあい、じゃらじゃらと音が鳴る。理由はわからない、が、その音はひどく俺の焦燥感を掻き立てる。

 そして、その焦燥感の正体はすぐに分かる。

 その男の頭。ただしくはその素性に浮かんでいるプレイヤーカーソル。その色は鮮やかなオレンジだった。

 オレンジプレイヤーだ。

 この状況で犯罪者プレイヤーに出くわすというだけでも最悪に近い。なのに現実はさらに俺を追い詰める情報を与えてくる。

 男が右手に携えているナイフ、どこかで見覚えがある。そう、いつもいつも、毎朝毎朝、これでもかというほどに。ついさっきも俺自身が味わった。

 その剣は、リリの短剣にそっくりだった。

 それは、何故だ? 偶然か? 何か意味はあるのか?

 分かる。今俺は必死に見ないふりをしている。一度でもそれ(、、)に目を向けてしまえば、もう全てが変わって、終わってしまうような気がしたから。

 

 パンク男は錯乱しているリリに近づき強引に抱き寄せる。それを見た瞬間、全身に力がこもるが、この世界でシステムに逆らうことはできない。俺の体は麻痺のせいで動く気配を見せない。

 そんな俺を見て、パンク男はけらけらと子供のように笑う。

 

「《奇術師》さーん? 俺のことが気になんのは分かるけどさぁ? そんなにこっちばっか気にしてていーのかーなー?」

「なにを......っ!!?」

 

 瞬間、ようやく思考が本調子に戻る。

 俺とリリは、ついさっきまで守護モンスターと戦っていたのだ。

 その戦闘の際、俺たちはどちらか一方にのみヘイトが集まらないよう配慮していた。だから、基本的には最後に攻撃した方にヘイトが向く。

 ならば、あのゴーレムに最後に攻撃したのは誰だったか。

 体中の感覚機関が一気に鋭くなっていくかのような嫌な感覚。寒気何て言葉では言い表せない、凄まじいまでの死の気配。

 戦っている最中に何を呆けているんだ。だがその反省ももう遅い。いつの間にか近づいてきていたゴーレムの、まさに岩石そのもののような重く大きい腕が、俺に振りおろされた。

 

「ぐぁ、がぁっ!?」

 

 ゴーレムの腕に押し潰されるより早く、ギリギリのところで麻痺が切れてくれたお陰で籠手を着けた左腕を体の前に構えることに成功する。

 だが、あまりにも膂力に差がありすぎる。直撃そのものは避けることができたものの、俺の左腕はゴーレムの攻撃に負け弾かれ、肘辺りから無理矢理千切れてしまった。

 痛みはない。だがその代わりに夢のなかで大ケガを負った時のような幻痛が襲ってくる。

 自分の体の一部がポリゴンになって、消える。その光景が自分の未来のような気がして、俺の心は恐怖に包まれそうになる。

 俺は必死に体を起こしゴーレムから距離を取る。片腕がないためか酷くバランスがとりにくい。

 

「くっそ......リリは.......どこだ、リリ!?」

 

 先程までリリたちがいた場所に目をやれば、すでに二人の姿は消えていた。

 ゴーレムのヘイトは今俺にのみ向いているのだから、逃げるのも容易だろう。

 今すぐにでも追いかけたい。あの男にもそうだが、リリにだって聞きたいことは山ほどある。だが、今は他人のことを気にかけているほど俺に余裕はない。後退した俺めがけてゴーレムはすぐに襲いかかってきた。

 

「ち......っくしょおお!!」

 

 とにかく逃げるしかない。

 片腕がないことでバランスの悪い自分の体を無理矢理振り回しながら、俺は逃走を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りHPバーは一本、しかもレッドゾーンにまで追い込まれた《ザ・フルムーン・ゴーレム》は、俺の予想通り今までのアルゴリズムとは違った攻撃を見せてくる。

 そのひとつひとつの攻撃が、いとも簡単に木をへし折り、土を抉る。どれか一つでもまともに当たれば先程の攻撃で減ってしまった俺のHPでは耐えきることは難しい。

 それらを走ってぎりぎりかわし続けながらも俺は思考を止めない。

 まず、大前提となることがらがある。

 ......いい加減認めねばなるまい。俺は、リリに背後から刺された、ということ。

 どういう関係をどういう経緯で結んだのかは分からない。分からないが、リリと先程の男は仲間で、リリは隙をついて俺に攻撃をしかけた、ということだろう。しかも剣に痺れ薬を塗るという周到さまで見せて。

 リリの目的や今まで積み重ねてきた信頼、今はそれはどこかに捨てておく。大事なのは、俺は今リリーがいなくて(、、、、)一人だということ。

 そして、今もなお無機物的に破壊を撒き散らし続け俺を攻撃してくるゴーレムは、基本二人以上で倒すよう考えられているだろうこと。

 一人の俺では、こいつに勝つのは難しい。だから逃げるしかない。

 

「と、思って逃げ続けてるんだけど......、さすがに無理か!?」

 

 戦うのが二人以上であれば、逃走も二人以上と考えられているのか。

 どれだけ走り回ってもゴーレムから逃げきれる様子が全くない。むしろどんどん追い詰められているような気さえしてくる。実際には彼我の距離はほとんど変わっていないのだが、あれだけの巨体に追いかけ回されるというのは、やはり精神的疲労も半端ではない。

 

 やはり、戦ってゴーレムを倒すしかない。

 おそらく一人では反撃できるチャンスはそう多くない。その少ないチャンスでゴーレムを確実に倒すにはゴーレムの弱点を突くしかないだろう。

 ゴーレムの弱点。それは胸の部分にある満月の紋章、そのちょうど真後ろの背中の部分にあるコア。

 どうにかゴーレムの背後に回ってそのコアにソードスキルを当てるしかない。

 

 ゴーレムがつき出してきた拳をかわしながら一歩前に出る。そこからさらにもう一歩ステップしゴーレムの背後に回り込もうと試みるが。

 

「ーーっ!? くっ、攻めきれないーー!」

 

 俺の踏み込みに合わせるようにゴーレムは広げた腕そのままに上半身を真横に回す。それだけでまるで扇風機を真上に向けて回転させているかのようだ。

 回転するその腕に近づくのは危なすぎる。迫ってくる腕を膝を落としてかわした俺は後退を余儀なくされるが、ゴーレムはそんなことお構いなしに再び攻めてくる。

 まずい、このままでは倒す倒さないの問題じゃない。俺の集中力が切れた瞬間にやられる!

 もう出し惜しみなんてしている暇ではない。

 俺は一つ覚悟を決める。

 

「集中しろ......」

 

 今も俺に迫ってくるゴーレムの腕は一度意識からはずし、先程まで最高だと思っていた集中状態の、さらに上を目指す。

 ミウのあの状態にはほど遠い。だがそれでも構わない。俺はすべての感覚を研ぎ澄ます。

 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、第六感に至るまで、すべてのセンサーを体中に張り巡らせ、最大の状態にする。

 その感覚を言葉に表すのは難しい。もっとも近い表現をするのであれば風呂の浴室に入った瞬間の、力が入りながらも抜けていくような、あんな感じだ。

 そうして、その『一瞬』を逃さないようその状態を保ち続ける。獣が獲物を捉えるための最高の瞬間を黙してただひたすら待つように。

 ただただ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、待つ、まーー今。

 自分すら裏切るタイミングで体を動かし、自分とゴーレムの認識をずらす(、、、)

 それだけで。

 ドゴォオオンッッ!!と、まるで目標と目算がずれた(、、、)かのように、ゴーレムの腕は俺のすぐ横の地面を抉る。

 上手くいった。急遽使ったにしてはこれ以上ないぐらいに最高の出来だ。

 このチャンスは無駄にはできない。とどめをさすため俺は右手にある剣を強く握って強く踏み出す。

 

「あ、れ......?」

 

 俺の間抜けな声と共に、すとん、と呆気なく。俺の意思に反し俺の体は後ろに倒れてしまう。

 元々、無理があったのだ、まだ完璧にできてもいない技術を、腕が片方なくてバランスの悪い今の状態でこなそうとしても。

 それを無理に行った結果、簡単にバランスを崩してしまった。

 自分の実力を計りきれなかったため起こってしまった致命的なミス。自分の完全な努力不足。

 この先に待っている未来は誰でも分かる。すぐさま攻撃を再開したゴーレムの豪腕によって俺がミンチにされる。俺自身、それを一瞬覚悟した。

 だが、俺が間抜けな声を出してしまった理由は、そんな現状に絶望したからでもなければ、現実逃避したからでもない。

 

 

 ドスン、と重い音と土を巻き上げながらゴーレムが不自然に前方に倒れ付したからだ。

 

 

 

「な......? くっ!」

 

 目の前の出来事を理解はできなかったが、これが待ちに待ったチャンスと直感した俺は地面を蹴るように体を起こし駆け出す。

 うつ伏せになったことで丸見えになったゴーレムのコアへの接近は、今までの苦労がなんだったのかと言いたくなるほどに簡単だった。

 今度こそバランスを崩さないよう気を付けながら、俺は剣に光を纏わせ《サード・リメイン》をコアに叩き込んだーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、はぁっ......あっ、はぁっ!」

 

 乱れきった息を整えるのはもう諦めた。

 ゴーレムとの戦闘が終わった俺に降りかかったのは戦闘の疲労感だけではなかった。

 あと少しのところで死んでいたという恐怖、次から次へと訳の分からないことが起こったことに対する疑心、不安。そして、リリの行いに対する、終わりのない自問自答。

 リリはどうしてあんなことをしたんだ......?

 答えがでないことなんて誰よりもわかっているのに、それでも問いを止めることはできない。

 この場で俺が入手したものは二つ。

 一つは今回の目的のアイテムである《宝珠》。この《宝珠》が入手できたということはミウたちも上手く守護モンスターを倒したのだろう。これでこのクエストはクリアとなる。

 だが、俺が気にしているのは、もうひとつのアイテム。

 それは、ゴーレムを倒す要因となったアイテムーートラップであるトリバサミだ。

 

 このトリバサミには見覚えがある。これは《青樹殿》の《水廊室》で俺がシラルさんに教えてもらいながら製作したトリバサミの一つだ。

 このトリバサミの特徴は大型mobにのみ反応するトラップであるということ。大型犬mobを対象にしているのだからそのサイズも大型。刃も相手が固くても確実に挟むような構造になっている。だから今回のようなゴーレムに仕掛けるのはこれ以上ないくらいに効果的だろう。

 だが、このトリバサミは置くだけで設置できるような簡単な仕込みにはなっておらず、トリバサミの他にもロープや多くのものが必要となってくる特別なものだ。

 もちろんそんなに手の込んだ、時間のかかるトラップはゴーレムに追われていた俺にはできない。ならば、誰がこのトラップを用意し、施したのか。

 そんなもの、決まっている。

 この《ガイア》特製のトリバサミを入手、いや、作る(、、)ことができて、なおかつトラップを仕掛ける相手がゴーレムだと断定できる人物。

 

「......リリ......」

 

 まるで俺を助ける(、、、)かのように置かれていたトラップを見つめながら、俺のことを殺そう(、、、)とした仲間の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「コウキ!?」」

「あ......あぁ、ミウ、ヨウト、おかえり」

 

 ゴーレムを倒したあと、あのコンディションのまま一人で戻ろうとすれば間違いなく死ぬと思った俺は、《転移結晶》を使って一足先に43層の主街区《リーエン》に帰ってきていた。

 それから二人にリリのことを相談するため圏外と圏内を区切る門の前で二人の帰りを待っていたのだが、あまりの疲れのせいかいつの間にか眠ってしまっていたらしい。目を覚ました俺は門にもたれ掛かるように崩れ落ちていた。

 軽く頭を振って無理矢理目を覚ます。

 すると視界の左上にメッセージアイコンが出ていることに気がつく、どうやら眠ってしまっている間に届いていたらしい。

 さっと素早くメッセを確認し......息が詰まった。

 

「コウキ、大丈夫だった? コウキのHP一回すごく減ったときあったけど......」

「え、あ、いや......大丈夫、ちょっとへましただけだよ。この通り今も生きてるし、心配すんな」

「じゃあ、リリちゃんはどうしたんだ? さっきから姿が見えないんだけど、今は別行動してるのか?」

「それは......」

 

 今度は言葉がつまる。

 どう説明するか迷う。そもそも俺だってリリが何をどう考えてあんな行動に出たのかはまだ分かっていないのだ。それを中途半端な情報だけ二人に言ってもいいものなのか? それに今のメッセのこともある。

 しかし、その僅かな俺の迷いは、この二人の前では明らかに悪手だった。

 

「......ここじゃなんだ、とりあえず《ガイア》に戻る前にウチで話そう」

「あぁ......」

 

 ヨウトもミウも俺の反応からどこまで察したのかは分からないが、リリがいないことから何か(、、)は想像したのだろう。どこか表情を引き締めながら言ったヨウトの言葉に従い、俺たちは43層の《転移門》をくぐり、42層に移動。そのまま最近俺たちの家にもなっているヨウトの家に向かった。

 俺たちはそれぞれテーブルを囲んでいるソファに座る。ちょうど俺の過去話をした時に近い構図だ。一つ違うのは、今回は四つある席が一つ空いているということだ。

 何から説明したらいいか分からない俺は、起こった出来事をそのまま話すことにする。

 

「......守護モンスターとの戦闘中、リリに背後から攻撃された」

 

 変えようも繕いようもない真実。それを口にした瞬間この部屋の空気が張りつめるのを感じた。

 ミウとヨウト。それぞれが何を考えそんな空気になったのかは分からないが、今はそれを気にできるほど俺にも余裕はなかった。

 そのまま俺は起こったことを事務的に、無機質的にたんたんと話す。

 

 混乱した俺の前に現れた妙な雰囲気の男のこと。

 その後その男とリリいなくなって俺一人でゴーレムと戦ったこと。

 その際、リリが仕掛けたと思われるトラップのおかげでゴーレムに辛勝したこと。

 そしてーー

 

「それと、これがさっき俺に届いたリリからのメッセだ」

 

 リリとは別れたあともまだパーティとして繋がっていた。だから今もリリのHPバーは視界に確認できる。こちらから一方的に切ることもできるのだが、これは唯一残っているリリの安全が確認できる方法だ。切るわけにはいかない。

 俺はウィンドウを可視モードにして二人に見せる。

 そこに映し出したリリからのメッセには、簡素に、しかしこれ以上ないぐらいに怪しく、こう書かれている。

 

 ーー私は43層東端の渓谷に連れ去られました。お願いです、助けてください。

 

 .......誰が見ても分かる。罠だろう。

 この他にも誰か他の人を連れてくれば殺すと脅されている、日時は明朝5時までなど書かれていた。

 のこのことリリを助けにいけば大人数に囲まれてPK。簡単に想像がつく。ここまで分かっていて普通わざわざ助けにいこうとはしないだろう。

 

 ......ここまでのことを一通り話せば、ヨウトがぽつりと小さく言葉を溢す。

 

「その男の口調と雰囲気、覚えがある。多分ジョニー・ブラックだ」

「ジョニー・ブラック.......?」

「あぁ、二人とも知ってるだろ? この世界でも最悪最凶の殺人ギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》。その幹部の一人だ」

「《笑う棺桶》......」

 

 珍しくミウが負の感情を前面に押し出しながらその名前を口にする。

 《笑う棺桶》。そのギルド名を耳にするようになったのはここ最近のことだが、その実績は凄まじい。

 幹部三人を台頭としながらメンバーの一人一人が狂気じみた振る舞い、行動をし、隠そうともしないその狂気、殺意を辺りにばらまき続ける、悪魔のような存在だ。

 実際その狂気にさらされ、尊い命を落としてしまったプレイヤーは少なくない。いつだったか最近は前線プレイヤーも犯罪者プレイヤーに狙われているという話を聞いたが、もしかしたらあれも《笑う棺桶》絡みだったのかもしれない。

 PK=《笑う棺桶》、そんなイメージが最近のアインクラッドでは常識になってしまうほどに、勢力を伸ばし続ける危険なギルドなのだ。

 そのメンバーの、しかも幹部と関わりをもってしまうとは......自分の運命ながらに不運すぎる。

 

「さて、とりあえずこれで一通り情報は出たな。ここからどうするかは大きく分けて二通りだと思う」

 

 ヨウトは指を2本伸ばしながら冷めた(、、、)声で続ける。

 

「1つ目はリリ含めコウキの仕返しに行く。仲間が刺されたんだから正当性はあるだろ。ただこれは仕返しに行っても報酬は俺たちの自己満足だけ。正直ラフコフを相手にするにはメリットとデメリットのバランスが取れてないわな。それにリリまとめてぶっとばす方針だからミウちゃん向きじゃない」

 

 指を一つ折りながら言うヨウトにミウは何度も頷く。その表情はヨウトが言う2つ目の提案に乗る気満々という具合だ。

 ミウの考えていることは分かる。ミウならば、こんな状況であっても進む方向は一つだろう。

 だが、それと同時に、ヨウトが考えていることもうすぼんやりとだが予測がついてしまった。

 

「それで、2つ目はーー」

 

 やめろ、それは提示してはダメだ。

 その提案は最も簡単で、最も確実で、最も安全で、最も常識的な案。だからこそ、一度言ってしまえば、そちらに流されてしまう。

 そんな俺の願いもむなしく、ヨウトはその案を提示する。

 

 

「ーーこの話はなかったことにして、完全に無視を決め込むこと。この案が俺としてはおすすめかな?」

 

 

 

「......何を、言ってるの......?」

 

 ある程度覚悟ができていた俺とは違って、ショックを隠せないでいるミウ。その表情はまるで呼吸の方法を忘れてしまったかのように蒼白なまま固まっていた。

 それも仕方がないだろう。ヨウトは隠さない言葉の刃に当たり前という毒を塗ってこう言っているのだーーリリなんて知らない。見殺しにしろと。

 

「何って、至極まっとうな提案だよ、ミウちゃん。リリは裏切って俺たちの的に回った。だったらもうどうなろうと知ったことじゃない」

「敵って......! リリちゃんは敵じゃないよ。何か理由があったのかもしれない、実際コウキの話じゃリリちゃんの様子おかしかったんでしょ?」

「かもしれない、だろ? 決定的な理由にはならない。様子がおかしかったのだって人が人を殺すんだから当たり前じゃないか?」

「でもだからってヨウトはできるの!? 今まで一緒に頑張ってきた仲間のリリちゃんを、少しの迷いもなく見殺しにするなんて! 私はできない、そんな真似、もう二度(、、、、)としたくない! リリちゃんが生きてる限り、私はーー」

「助けを求めてなかったら?」

「え......?」

 

 ヨウトの思わぬ切り返しにミウの言葉が止まる。

 一度ヒートアップした互いの思考を落ち着かせるよう間を取るように、いや、駄々をこねる子供を嗜めるかのように、ヨウトは息をつく。

 

「リリが完全に俺たちを裏切っていたのなら、助けなんか求めてるわけないだろ?」

「そんなの、まだ分からなーー」

「もし、リリが強制されて、嫌々コウキを裏切ったのだとしても、それは変わらないだろ? 俺なら罪悪感で押し潰されそうになって、助けよりも死を選ぶね」

 

 極論過ぎる。

 俺、そして多分ミウもそう思っただろう。人の思考はそんな黒と白みたいに単純明快な形はしていない。

 だがそのヨウトの極論は、極論であるがゆえに一概には否定できない。黒と白のように別れてはいないからこそ、グレーも存在するからこそ、ヨウトの極論も内包しているのだから。

 ヨウトの極論は、一面から見れば絶対的な正解だ。中途半端なものはいらないという、ヨウトの考えそのものに則った正解。

 そんな答えの前に、ミウは歯を食いしばってヨウトに相対ーーしなかった。

 ミウはただ、ヨウトが空けた間を使って落ち着けた感情のまま真っ直ぐにヨウトを見返す。

 

「ーーそれでも私は、リリちゃんに手を伸ばすよ。私は、私の自己満足のために、手を伸ばす。大好きな人たちと一緒にいたいから我儘を貫くよ」

「な......」

 

 ミウのあまりにも自分勝手な、それでいて正しい(、、、、)答えに今度はヨウトが言葉を詰まらせる。

 ミウの雰囲気はいつものそれとは違うものだが、意見はいつもと変わらない。さすがはミウだ。いつだってどこだって、正しい道を選び続ける。光のような存在。

 しかしミウのその意見は、この局面において正しいかどうかと問われれば、やはり悪手と呼ばれるものなのだろう。それを理解しているヨウトは話の締めとして俺に意見を求めてくる。

 

「結局、今回の件の被害者はコウキだ。コウキはどうしたいんだ?」

「......俺、か」

 

 ヨウトの問いに緩慢に返す。

 リリのあの行動から、どうにも力が入らない。いや、心に火が灯らない。まるであの剣に塗られていた麻痺毒が心にまで及んでしまったかのように。

 だから、先程までほとんど会話にも参加しなかった。

 ーーだがそれは、先程までの話。

 二人の話し合いを聞いていて、少しずつとだが、話の問題点が見えてきた。

 

「......あくまで、心境としては、ミウに賛成だよ。リリの本心がどうであれ、俺はリリを見捨てたくない。今もまだ、俺の心はリリを仲間って思っているんだから」

 

 でも、と俺は続ける。

 

「現実問題はそうはいかない。あのラフコフ相手に物事を見切り発車する訳にはいかない。リリも大切だけど、俺は二人のことも大切だから」

 

 そう、ヨウトが言っているのはそういうこと。

 ヨウトは俺とミウを大切に想っていてくれている。危険な目に合わないよう、細心の注意をはらってくれているのだ。

 そのために敵となってしまった相手にはどこまでも冷酷に、冷徹に対応する。

 そしてその考えは、俺もかなり近いものを持っている。

 ミウやヨウトには傷ついてほしくない。必要以上にリスクを負わなくてもいいではないか。この世界で死んでしまえばそれは本物の死に繋がるのだから。

 安全第一。厄介事には見て見ぬふり。それがこの世界の常識。力が無い者ならなおさらだろう。

 それなら、俺がすべきことは、決まっている。

 

 

 

「だから、俺はーー」

 

 

 

 ゆっくりと告げた実に俺らしい小心者な意見にミウは不満そうに眉をひそめ、ヨウトは小さく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 




今日は2話投稿です。
22時に2話目を投稿します。
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