力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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58話目 力無き少年は立ち上がる。薄幸少女の涙を悲しいもので終わらせないために

 全てを飲み込んでしまうかのような大地の割れ目。その割れ目を見下ろしていると自分の覚悟や体まで飲み込まれそうになる。それを拒否するように俺は右手に携えた剣を強く握る。

 ここ43層東端の渓谷ーー《ドロアの大渓谷》はこの世界でもそうはお目にかかれないほどの自然の雄大さを感じさせる場所だ。

 それ故に景色も絶景中の絶景だが、その立地の悪さ、そして大したイベントがないことからこの場所だけ層の賑わいから隔絶された別世界のように感じる。

 そんな場所だからこそ、奴等も溜まり場のひとつとし、また俺たちとの待ち合わせ場所にしたのだろう。

 敵の数はここから肉眼で確認する限り10と少し。もしかしたらまだ壁際に隠れているかもしれないが......多分、このぐらいなら問題ないだろう。

 

「そろそろか......」

 

 ピピッという軽快な電子音とともにメッセが届く。ミウからだ、もう準備ができたと報告が来る。

 覚悟はここに来るまでに充分してきた。あとは、全てを動かし始めるだけ。

 小さく息をつきーー俺は一歩前に足を踏み出した。

 何もない、崖の外へと。

 一瞬の浮遊感。そのあとすぐに襲ってくるのは体の奥底から冷えてしまうような恐怖と、体内の臓器が全て競り上がってくるかのような不安感。

 俺の体は重力にしたがって崖のそこへと垂直落下していく。

 怖い。とにかく怖い。もしもひとつでもミスをすれば俺はこのまま地面に激突からのあの世行きコースは決定だ。

 それでも、やめようとは思わない。

 今でも頭のなかはぐちゃぐちゃで、何が正しいのかなんて微塵もわからない。分かっていることと言えば、俺が今していることは10人いれば10人が馬鹿だと評するような行為だということ、そして。

 俺の中に、リリを見捨てるなんて選択肢は、最初からなかったということだけだ。

 ゴォオオオオとすごい勢いで景色が前から後ろへと通りすぎていくなか、絶対に体が絶壁から浮かないようない体勢を整える。

 底まで残り10メートルほどになったところで、俺は外壁に足をつけ、勢いのまま走る(、、)

 《ウォールラン》という《疾走》スキルを取っていることで可能になる技術だ。このスキルのお陰で短い距離だが壁を走れるようになる。

 上空から降ってくる俺には誰も気づかない。当然だ、普通人が崖から飛び降りてくるとは考えないだろう。だからこそ、俺からは峡谷の底の状況が手に取るようにわかった。

 今の状況は単純明快。リリがあのパンク男ーージョニー・ブラックに襲われているところだった。

 

「リリぃぃいいいいいいいい!!!!!」

 

 感情が赴くままに、そして少しでもジョニー・ブラックの意識を俺へと向けるために俺は叫ぶ。

 高速で垂直落下走行していた俺は最後に壁を思いきり蹴る。重力を無視するかのように体にかかる力の向きを下から横へと変える。

 体がねじきれるかのような負担がかかるが、知ったことではない。無理矢理進行方向を変えた俺は勢い全てを乗せて剣を振り切る。

 俺が剣を振り始めてから間違いなく最速最高の威力を誇る剣閃がジョニー・ブラックが振り上げていた短剣に走る。それはもはや剣閃というよりも砲弾と言った方が正しい。

 そんな力の塊である俺の剣閃は何に妨害されることもなく、ジョニー・ブラックの短剣を簡単に弾き飛ばす。そのまま俺の体は地面に向かって放り投げられるが、ジョニー・ブラックの剣を弾いたことにより幾分速度が落ちている。俺は今しがた振った剣をそのまま地面に突き立てブレーキをかけるようにして体にかかる勢いを殺す。

 無理をしてしまったせいかブレーキ代わりにした剣にはすぐさまヒビが入り、折れたかと思えばそのまま光の粒子に変わってしまった。耐久値に限界が来てしまったのだろう。だが構わない。今折れたのはついさっき店で買ってきた安物を装備もせずにただオブジェクト化して使っていたものだ。

 俺は背後に庇うようにリリとジョニー・ブラックの間に割って入り、背中に携えている愛用の片手剣を引き抜きジョニー・ブラックに相対する。

 

「コ、ウキさん......っ」

「おう、待たせて悪い、リリ」   

 

 後ろから震えながらも安堵するようなリリの声が聞こえ、顔だけ後ろに向け微笑む。

 そのリリの声を聞いて、本当によかった、俺は間違っていなかったと思った。

 リリを助けるという話になっても、やはり一度刺された記憶というのは俺の心にしっかり刻み込まれていた。

 怖かったんだ。もしかしたら助けに来てもやはりまた襲われるかもしれない、そんな可能性に俺の心は怯えていた。

 だから、よかった。

 リリを信じて、ここまで助けに来ることができて。致命的になる前に、リリの味方になることができて。

 

「ひひひっ、かっくいー。まさにヒーローみたいな登場の仕方だ」

「......お前がジョニー・ブラックか?」

「うんうん、そうだよぉ? 昨日ぶりだね《奇術師》サン? ヘッドに言われて半信半疑だったけど、まさか本当に来るとはねー......でもーー」

 

 キィン、と金属が擦れるような音や下卑た笑い声が辺りから数多く聞こえてくる。気付けば俺はラフコフのメンバーにぐるりと囲まれていた。

 その光景はいつかのポンチョ男相手にヤマトと共に戦ったあの状況を思い出させる。

 自分が武器を握っていないことを加味しても、自分が有利な立場になったことを理解したのだろう。頭陀袋を被っているため表情は分からないがジョニー・ブラックの雰囲気がどこか緩んだものに変わるのを感じる。

 

「ここまでリスク負ってぇ、リリちゃんを助けに来る意味なんてあったのかなー?」

「仲間をいたぶろうなんて思考してるお前たちには分からないだろうな」

「ひゅぅ、言うね......じゃあその意味ってのを俺たちにも分かるように教えてくれよ!」

 

 その言葉が、この場を動かす引き金となる。

 総勢10人以上という馬鹿げた数のオレンジプレイヤーが一斉に俺に向かって襲いかかってくる。

 俺に向けられる狂気とも言えるような数々の殺意、脅威的な数々の武器。ポンチョ男のときとは違って逃げることは許されない上にリリを庇いながらの戦いになる。

 それでも。

 

「ジョニー・ブラック。お前、戦略とか苦手だろ?」

 

 俺は不敵に笑みを浮かべながらリリを守るように敵の攻撃を一つ受け止める。

 それだけで、俺とリリに襲いかかっていた凶刃はそのほとんどが持ち主と共に吹き飛ばされていた。

 

「ミウさん......ヨウトさん......っ?」

 

 リリの様子から二人が予定通りの動きで突入してきてくれたことを知る。

 俺を囲っていたオレンジプレイヤーはそのほとんどがミウとヨウトによって俺から離され、今俺に向かって来るプレイヤーは二人だけだ。

 この程度の人数であればリリを守りながらでも対処可能だ。

 そもそも、ジョニー・ブラックはここに二人のプレイヤーが来ることを知っていたはずだ。ならばその二人に対して何人か刺客を送りこの場への到着を遅らせ、その間に奇襲を仕掛けた俺を倒し地盤を固めるのが定石。

 それを俺に対して仲間を全員向けてしまったに留まらず、こんな狭い空間で俺を囲むようにして陣形を取ったのも頂けない。

 この峡谷は広いといっても十分と言えるほどに空間を確保できているわけではない。それなのにわざわざ動きにくくなる陣形を取る、ジョニー・ブラックが取れる手段でも下の下だろう。

 

 だがトップが指示を出すのが下手でもその部下の動きはいい。先程から俺の動きを封じようと鍔競り合いに持ち込もうとしたり、コンビネーションを活かして足を狙ってくる。

 しかしリリが背後にいる以上後退はあまりできない。だから俺は右手の剣と左手の拳を使って敵の二人から距離を取りながら戦う。

 

「どう、して......どうして、来るんですか......?」

 

 右から片手剣で斬りかかられるのをステップで小さく左にかわし、続けてもう一人の敵が突進してくる。強引に鍔競り合いに持ち込む気だ。

 それに対して向かってくる敵に向かって一度剣を振って牽制、敵の動きが止まったところを《閃打》を打ち込み無理矢理距離を取る。さらに拳を突き出した勢いそのままに体を回転させ最初に剣をで斬りかかってきた敵に逆に斬りかかる。

 

「私に、意味なんて......価値なんてないのに......なのに、どうして来るんですか!?」

「価値がないなんて言ってんじゃねぇ!!」

 

 俺は力強く叫ぶ。それに意識を向けてしまったせいで一度相手の攻撃がかすってしまうがそんなことは気にならない。

 これだけは、絶対に言っておかなくてはならないから。

 

「リリ! 俺たちがどうして命かけてここに来てると思ってるんだ!? どうして一度刺した相手を、こうして体張って守ってると思ってるんだ!? もうその時点で俺たちはお前って存在を全力で肯定してんだ!! リリに価値がないなんて絶対に誰にも言わせない!!」

「そうだよ!!」

 

 俺の叫びに呼応して、今度は剣を流麗に振りながらミウが叫ぶ。

 

「リリちゃん! 今度はもっと話そうよ! もっとリリちゃんの話、私は聞きたいの! もっともっと話し合って、今度は本当の意味で、友達に......ううん、親友になりたい!」

 

 ミウはいつものように、絶対に見捨てない。理不尽な理由で死の瀬戸際に追い込まれた人に手を伸ばし続ける。困っている人の希望であり続ける。光であり続ける。

 そんな中に、ヨウトだけは黙ったまま冷めた目のまま淡々とラフコフのメンバーと戦闘を繰り広げているが......それは今は仕方がない。

 

「コウキ、さん......ミウさん......っ」

 

 俺たちの心からの叫びを聞いてリリは涙を流す。その姿は見えないがそれでもリリの中にあった何かが溶けて涙として流れていっているのは確かに感じた。

 ......この世界に来てもうすぐ一年。俺はその時間のほとんどをミウやヨウトと一緒にいて、ボロボロになりながらも支え合ってここまで来ることができた。

 でも、きっとリリは違う。一人で多くのものを抱え込んで、壊れそうなほどの恐怖と一人で戦って、すべて投げ出したくなってもそれもできなくて。

 そんな長い時間をリリは強いられてきたんだ。

 その事実が、それに気がつけなかった自分が、悔しい。

 もうリリはこれ以上苦しむ必要なんかない。だから。

 

「お前らは......退いてろぉ!!」

 

 再び俺の足を狙ってきた剣戟を素早くかわし腰を落として逆に相手の足をローキックで刈る。

 体勢を崩した相手の顔面に《閃打》を叩き込み地面に沈める。もちろんそこで動きは止めず、刈った足で踏み込み後ろにいる敵に向かって大きく跳躍。距離を潰して背後に向かって斬りつける《ディメンションズ・ネイル》を敵の片手剣に当て体ごと吹き飛ばす。

 邪魔な奴等は振り払った。せめてリリだけでも先に逃がすことができればーー

 

「っ、コウキさん! 危ない!!!」

 

 え? と声を出す暇もなかった。

 まるで蛇のように、ぬるりと人間の関節を感じさせないような滑らかな動きでジョニー・ブラックは俺の懐に潜り込んできた。

 

「俺のこと、ちょっと舐めすぎじゃない~?」

 

 そうして、また緊張感ない気の抜けた喋り方のまま、ジョニー・ブラックは俺に向かってまさしく不可視の領域に達している剣閃を放ったーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side Nick

 

「それデ、なんでお前はこんなとこにいるんだヨ?」

 

 心半分気分よく、もう半分は気分悪く。そんな不思議な心境で私たちはある場所に向かっていた。

 ここ最近、私がこれほどまでに気分がよくなったことはない。それこそこの世界に来てからでも上位に食い込むほどに良いことがあった。

 だから今日一日くらいは剣を忘れて、貴重な紅茶でゆっくりと時間を過ごすのも悪くないーーと思いたいのだけれど、現実はなかなか私を甘やかしてはくれない。

 そもそも私に起こった『いいこと』というもの自体が、もう一方の悪いことが起こるからこそ誘発的に起こったものだ。分けて考えることができないのが非常に歯痒いところ。

 しかし、その『悪いこと』というのも私自身にとってそう簡単に片付けることができない大きなものであることもまた事実。それをどうにかしようと今行動に移してはいるものの、やはり心のバランスというものは難しい。

 嬉しさ憎さが入り交じったため息を小さくついたところに、先程の問いかけが飛んできた。

 

 今回の目的地への同行者である情報屋、《鼠》ことアルゴ。彼女に視線を向けるとそんな緩慢とした私の反応に気分を悪くしたのか僅かに私を見る目に力がこもる。

 そんな彼女の反応も少々面倒くさく思い、髪をかきあげる。

 

「なに? 貴女そんなにあの子たちに懐柔されたの? 情報屋なら変に特定のプレイヤーに感情移入しない方がいいわよ」

「......そんなの言われなくても分かってるヨ。だガ、情報屋としては有力なプレイヤーがみすみす死ぬようなことはなくしたいんだヨ」

「そ、ならコウキたちの心配ばかりしていないで、今も頑張って前線に挑戦している攻略組のために動いた方がいいんじゃないかしら?」

「オレっちだって今からほとんど死にに行こうとしてるバカたちを知っちまったら無視なんてできないんだヨ」

 

 結局、感情移入してるじゃない。その一言は飲み込んでおくことにした。

 それを言ってしまえばまた面倒なことになってしまうし、彼女の言い分も分からないものではなかったから。

 あの子たちーーコウキとミウはこの世界でも少々異質な存在だ、というのはここ最近の私の感想だ。

 この世界に来てしまってその性質が変質してしまった者、捻れてしまった者、そんなのは多くいる。いや、程度に大小の差があるだけで全員と言ってしまってもいいかもしれない。

 だが、あの二人はどこか違う。

 コウキは、まるでこの世界に来て、時間と共に元々あった『異常』が無くなっていくかのような変化を見せていった。そんな良い変化はをこの世界で得ることができた人物なんて私はコウキくらいしか知らない。弱かった子供が強い大人へと成長していく......そう、成長だ。コウキの変化を表す言葉としてこれ以上に的確な言葉はないだろう。

 そんな面白い変化を見せられたからこそ、私もどこか彼を気にかけている。

 

 そして、ミウ。ミウは......ひどい。

 彼女の性質と、この世界の性質そのものが、この世界と合わない。それも致命的で、決定的なまでに。

 だからこそ、彼女はあそこまでーーいや、これには私も原因があるのだから、無責任に決定付け切り捨てていい問題ではない。

 

 そんなアンバランスな二人だからこそ、おそらく多くの人間があの子たちを気にかけ、放っておけないと考えるのかもしれない。

 それはもちろん、アルゴも私も、例外ではない。

 その事実に今更ながらため息をつき、私も懐柔されているではないかと唸りながら彼女に返す。

 

「心配なんて無用よ。あの子たちはもう十分強い。妙なフォローなんてすればそれこそ邪魔になるくらい。それはもうさっき確認したから間違いないわよ」

 

 早朝よりは深夜に近い時間。約束の場所にコウキは現れた。

 私がそこにいるだなんて知らなかっただろうに、それでも彼は来て、言った。

 

「時間がないんだ。もう悠長なことは言ってられない。俺には、仲間を守る力が必要なんだ。いつかとか、そのうちとかじゃなく、今すぐに。だから、試しに来た......頼む、ニック」

 

 そうして、コウキと私の、約束よりも早い戦いは始まった。

 結果は......もう知っての通り。コウキは十分にこの世界で戦っていける()を私に見せた。

 力に正義も悪もないことは百も承知だが......きっとコウキのあの成長は正しい成長なのだろう。だからこそあんなにもコウキは真っ直ぐでいられる。

 ーーだから、むしろ。今一番歪み、壊れてしまっているのはきっとーー

 

「結局、そこは丸投げするしかなさそうね」

 

 私にはそんな()無い(、、)。だから、それは他人に任せることしかできない。

 それでも。

 

 ーー少しだけ、ほんの少しだけ、彼らの幸福を、奇跡を、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 Side Lily

 

「はっはー! 今のを捌いちゃうんだぁ? すごいすごい、完全に隙を突いたつもりだったのになぁあ!」

「誰がこの場でお前から目を離すかよ......っ! こっちの情報収集能力なめんな!」

 

 コウキさんは後退を繰り返しながらジョニー・ブラックの剣を弾き、ジョニーの間合いから離れ続ける。

 一度は完全に懐に潜られたコウキさんだったけど、そこから繰り出されるジョニーの攻撃は腕にかすらせるまでに留めていた。

 ジョニーの短剣には常に強力な麻痺毒が仕込まれている。でもどんな麻痺毒でも攻撃するだけで100パーセント麻痺するものなんて無い。だからこそ、ジョニーは相手の隙を突き麻痺毒が通りやすい場所ーー例えば防具の下や胴体、首などーーを狙って攻撃してくる。ジョニーの強力な麻痺攻撃のその真相はジョニー自身のプレイヤースキルによるものということだ。

 でも、それは逆に言ってしまえば。これでもかというほどまでに対麻痺ポーションを飲んだりすることである程度麻痺にかかりにくくなるということでもある。もちろんそれには急所を取られないようにするだけのコウキさん自身のプレイヤースキルが必要不可欠だけど。

 

「情報収集能力ー? ならこんなことももちろん知ってるんだよねぇ? リリちゃんがもうプレイヤーを殺したことだってある殺人鬼なんだってさぁ!!」

 

 ジョニーの言葉にがんっと強く頭を打たれたような感覚に陥る。

 殺人鬼。まさにその通りだ。私は最初はどうであれ、コウキさんに出会う直前の時はもう人を殺めることに小さな快感を覚えてしまっていた。人を楽しんで殺める。そんなの殺人鬼と言われて当然だ。

 多くの殺人の記憶が蘇り恐怖や罪悪感から唇を噛み締める。やっぱり、もう私はコウキさんたちとはーー

 

「......確かに、それはどうにかしなくちゃならない......でも!!」

 

 私の思考を断ち切るかのようにコウキさんの声と剣戟が鳴り響く。

 顔を上げればコウキさんが再びジョニーの短剣を弾き、鋭い剣気をジョニーに放って、言った。

 

 

 

「それはリリを助けない理由になんてならない! リリの罪は重いし、そう簡単に償えるものじゃない......それでもリリが自分の負債を返すために努力するのなら俺はあいつの味方であり続ける! リリがやり直すチャンスまでも奪おうって言うのなら、そんなやつら全部と俺は戦ってやる! それが俺の答えだ!!」

 

 

 

「コウキ、さん......っ」

 

 止まったと思ったはずの涙が再び流れ始める。

 もう何が嬉しいのか細かくは分からない。それくらいに、コウキさんは私の全てを助け救ってくれている。コウキさんの一言一言が、私の光になって救いをくれる。

 なんでこんな私に、とはもう思わない。その意味をコウキさんたちは示してくれたから。私が大切に想っていた場所は、その根本がなにも変わっていないことが分かったから。

 

「あははははっ! かっこいー。かっこよすぎるよ《奇術師》さん! そんなかっこいいなら《英雄》とでもこれからは名乗ればいいんじゃないかなぁ?」

 

 それでも、この場には私にとっての(コウキさん)と同時に(ジョニー)もいる。

 それは私を決して闇から離そうとはしない。再び連れ込もうとしてくる。

 

「さてさて、かっこいー台詞を惜しみ無く披露してくれたわけだけど......それだけでどうにかなるほど、この世界も、俺も甘くはないんだよねー? リリちゃんもお前も、結局二人揃ってゲームオーバー。この状況なら誰だって分かることだろぉ?」

「......ま、普通はな」

「自分は普通じゃないってぇ? ははっ、それこそ馬鹿げてる。さぁさぁ! 馬鹿でひ弱な《奇術師》さんの解体ショーだ! 種も仕掛けも用意できないこの状況でお前に勝ち目なんてありゃしないんだからぁ!」

 

 まるで......いや、本当に殺しが楽しくて楽しくて仕方がないというようなジョニーの前口上。それが終わると同時に今までの我慢を解放するようにしてジョニーはコウキさんに接近する。その早さはミウさんのようなトッププレイヤーとなんら遜色はないほどだ。

 その短剣から繰り出されるのは悪魔のように命を刈り取る一撃。その一撃を繰り出す短剣には死を加速させる強力な麻痺毒が塗られている。

 下手な防御はむしろ逆効果。急所に触れれば最後、麻痺毒でなぶり殺しにされる。回避も防御も困難な、コウキさんの体を狙うその一撃を前にコウキさんはーーひょい、と。いっそ間抜けな効果音がつきそうなほど余裕を持って体を傾けかわした。

 

「な......?」

「確かに、俺はいつも小細工使い放題でぎりぎり生き残ってきたさ。そして今回はそんな仕込みもできなかった。だからーー」

 

 言って、コウキさんは傾けた体を戻す勢いそのままに、剣を、振り抜いた。

 

 

 

「ーーだから、実力勝負だ。正面からお前をぶっとばす。ジョニー・ブラック」

 

 

 

 

 

 

 

「クソぉ! クソクソクソクソクソクソクソクソぉ!! クソがぁああ!!」

 

 当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない当たらない。ジョニーの攻撃は全て、コウキさんには届かない。

 ジョニーはわざとコウキさんのいない場所に攻撃している、そんな変な想像が浮かんでしまうほどに、ジョニーの攻撃は外れる。

 

 かわすかわすかわすかわすかわすかわすかわす。コウキさんはジョニーの攻撃を全てかわしきる。

 コウキさんはジョニーのが攻撃する場所を、未来を知っている、そんな妙な妄想が浮かんでしまうほどに、コウキさんは攻撃をかわす。

 まだ二人の戦闘が開始して数分しか経っていない。けれど、この剣の世界での数分とはもう決着がついていて何の不思議もない時間だ。それほどの時間のなかで、コウキさんに攻撃が当たったのはジョニーが放った初撃のみ。途中からはジョニーの攻撃を余裕もってかわすコウキさん。それどころか今はコウキさんの反撃がほとんどジョニーにヒットしている一方的な展開。それはあまりにも異常極まる光景だった。

 

 コウキさんを侮るわけでも、馬鹿にするわけでもないけど、それでもコウキさんの実力は高く見積もってもこの世界では中の上。この世界トップ争いに加わってもおかしくはない笑う棺桶(ラフィン・コフィン)幹部、ジョニー・ブラックをここまで圧倒する展開は想像がつかない。

 

「なんでぇ、当たらないんだぁぁ!!」

「お前なんかよりももっと強い短剣の使い手と特訓してたからな、それも毎日」

 

 ジョニーの横からの斬りつけをコウキさんは膝を落として難なくかわし、さらに足払いでジョニーの体勢を崩しにかかる。それをジョニーは後方に飛ぶことで辛うじて回避するが......着地した瞬間、一気に接近してきたコウキさんの拳に反応できずさらに後方へと殴り飛ばされる。

 ここで一気に決めるつもりなのか、それともジョニーのさらなる手を警戒してのことか。コウキさんはさらに追撃しようとジョニーに接近する、が、それはいくらなんでも強引すぎる。待っていたとばかりにジョニーは頭陀袋から見える両の目をにやりと尖らせ、迫ってくるコウキさんにカウンター気味に短剣を振るう。それをコウキさんは予測していたのか足で急ブレーキをかけかわすが、ジョニーのその攻撃はフェイントだ。剣を振った勢いそのままに体を回転、さらにもう一度コウキさんへの攻撃を放つ。

 しかし、コウキさんはジョニーの第二波を緑色の籠手で受け止め、逆に右手に握っている剣の柄尻をジョニーの後頭部に叩きつけた。

 

「《奇術師》ぃ!! お前ぇ、なんかしただろぉ!! そうじゃなきゃこんなことに......っ!!」

「分からないか? 分からないだろうな。俺だって分からないまま何ヵ月も悩んで、何ヵ月も挑戦して、何ヵ月も失敗したからな。必死に考えて考えて......分からないままやられてろ」

 

 コウキさんが踏み込む。それはなにも不思議な動作ではない。誰でもするような攻撃のための予備動作。その次の瞬間にはコウキさんの剣が振るわれる。誰にだってわかる未来。ジョニーはそれに対して回避行動を取ればいい。実際、ジョニーはコウキさんの攻撃を予測して動いていたーーそのはずなのに。

 

「ぐっ......てめぇ......っ」

 

 コウキさんの剣閃は目標を見失うことなくジョニーへと吸い込まれていく。辛うじてジョニーはその攻撃を自らの短剣で受け止めてはいたが、ジョニーでも辛うじて。他の人物であればどうなっていたかなど簡単に想像がつく。

 コウキさんの攻撃は全てヒットし、ジョニーの攻撃は全てをかわされる。言葉にすれば簡単だが、実際にそれを見るとなるとここまで気味が悪い光景もそうそうない。

 ジョニーはいつも通りであることから、やはり変わったとするならそれはコウキさんの方だ。

 

 コウキさんのスタイルは特にこれと言って変わっていないように見える。攻撃方法にも変化はないし、武器や防具にも変化はない。唯一少しは変わったのは場が硬直し互いに隙を探している間の『待ち』の時間。その間コウキさんの体が不規則に揺れているくらいだろうか? でもそんなの、ボクサーがステップを踏んで次の動作に移りやすくなるのと同じで、スタイルそのものが大きく変わるほどではない些細なーー

 

「ジョニーさん何やってんすか!! そんなにゆっくり(、、、、)してないで早くそんなやつ片付けてくださーーぐぁあ!?」

「はーい。戦闘中によそ見はダメだよ」

 

 コウキさんとジョニーの戦闘に介入しようとしたジョニーの部下が、呆気もなくミウさんにその足を切断され、無力化される。

 この渓谷という地形が完全にミウさんに味方をしている。動くには広く、集まるには少々手狭なこの渓谷で、小柄なミウさんは立ち回りやすい上に、ミウさんが得意としている《ホリゾンタル・デュアル》が一方的にヒットしていく。これほどミウさんがやりやすい場所というのもないだろう。

 しかも何とかミウさんの攻撃を掻い潜ってもその先には高速で移動を続けるヨウトさんがいる。ヨウトさんはミウさんが攻撃を当てそびれた敵やコウキさんに向かっていく敵に一撃入れることで怯ませ、その間にミウさんがさらに一撃を入れている。

 いや、そんなことよりももっと気になる情報があった。

 

 ジョニーが、ゆっくり動いている? あれほどコウキさんと動き回っているのに?

 ジョニーが実はさらに奥の手を隠している? あれほど苦しげに戦っているのに?

 何がどうなっている......?

 

「さて、俺たちもこれからさ、色々用事があるんだ。リリとだってもっと詳しく話したいしさ」

「何を言って......!?」

「だからーーもう終わらせるぞ」

 

 そう言ってコウキさんは一瞬、間を空ける。次の瞬間には駆け出し一気にジョニーへと迫った......はず(、、)

 その動作はこの戦闘中何度も見たもののはずだし、もっと言えば朝の訓練も含めれば数えるのも億劫になるほど見てきたはず(、、)

 そのはずなのに、コウキさんを完全に見失う。

 速すぎて見えないだとか私の予測と違う動きをしたからとか、そういう話じゃない(、、、、、、、、、)。その場から本当に消えたように感じ気づけばーー

 

「これで、降参してくれないか?」

 

 ーーコウキさんはジョニーの首元へと剣の歯を当て、戦いは決していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集団において、リーダーを叩けば集団は和を自ら乱していき崩壊していくというのはコウキさんの談。

 それは間違っていない考えだったらしくジョニー・ブラックを捕らえてからは部下たちの統制も乱れ大した時間もかけないうちに散り散りに逃げていってしまった。

 コウキさんやヨウトさんとしてはできる限り捕獲して《黒鉄宮》に送りたかったらしいけど、さすがにあの人数全員というのは難しい。

 最終的にリーダーさえ捕まえておけばいいという判断に落ち着いた。

 今は同じ渓谷で縄で生け捕りにしたジョニーを全員で囲むようにして見張っている。

 でもそれは何かジョニーから情報を聞き出そうとしているわけではなく、これからジョニーを《黒鉄宮》送りにする算段をつけていた。囲んでいるのは単純に妙な動きをされないためだ。

 その間ジョニーは何度も暴れようとしたが、ジョニーのポーチに入っていた麻痺毒をコウキさんが奪い、ジョニー本人に浴びせ無理矢理静かにしていた。

 

 さて、と。話が一段落着いたところでヨウトさんが仕切るように声をあげる。

 

「それで、リリはどうすんの?」

 

 私に対する嫌悪感や敵意を隠さないままに告げる。

 いつもとは違う私の呼称に、ヨウトさんがどれだけ私を異物として扱っているのかが分かる。

 前までとは違う時間、雰囲気が流れ、嫌というほどに私がしてしまったことの重大さを再認識させられる。

 でも、それに対して不服はなかった。むしろ当然の反応だ。コウキさんやミウさんは許してくれるけど、大切な人が傷つけられたらヨウトさんのような反応が普通。

 自罰的になっているわけではないけど、それでも私がしたのは綺麗な絵画に墨汁を垂らしてしまうような、そんな行為なのだから。

 だから、ヨウトさんの非難の視線は甘んじて受ける。その上で、私がどうするか、どうしたいかを告げる。

 

「私はーーっ」

 

 どんっ、と。

 口が動くよりも先に、体が動き、言葉が届くよりも先に結果が出ていた。

 

「えーー?」

 

 あの時と同じように、コウキさんの現状が理解できていない気の抜けた表情が見える。

 私がコウキさんを突き飛ばした。コウキさんにしたことは違うけど、コウキさんに起こった状況はあの時とかなり近い。

 私を信じていたミウさんは困惑を。私をまだ疑っていたヨウトさんは剣を抜こうとする。

 でも、そのすべての反応が、遅い。

 だって、もう結果は出てしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Wow......まさか反応されるとはな」

 

 

 

 

 

 

 

 すさまじい勢いで私のHPが削れていくのを視界の端でぼんやりと見ながら、私は地面に崩れ落ちる。

 ーー本当の悪魔が、来た。

 

 




すみません......最近、作者事情で更新が遅れてしまいました。くそう、自由登校とは名ばかりのものだったのか......
最近ちょっとずつまた書けているのでぼちぼち更新再開します。

感想欄にコメントが来てくれていたのがとても嬉しかったです!
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