才能とは、いつの時代、どんな場所でだって不公平なものだ。
それは変わりようのない真実だとマイペースが売りな藍髪少年は考える。努力次第で才能を越えることができるなんてことは虚言だ、傲慢だ。だってもしも努力ですべての事柄を変化できてしまうのであれば、人々は神の存在を自ら否定することになる。神から与えられし祝福、それこそが才能。人々は神から与えられた才能という名の枠の中で生きなければならないのだ。それこそがこの世に生を授かった人間という名の神の子供たちの使命なのだから。
かといって、ヤマトは努力を否定したいわけではない。むしろ推奨したい。確かに人々には生まれもって実力の最大値のようなものは決まっているのかもしれない。できることには限度があるかもしれない。だがそのできる範囲の中で自分が最大限できることは何か、それを模索することはできるはずなのだ。足掻いてもがいて模索し続けて、その先に自分がすべきことを見つけ、それに自分の持ちうる力を注ぎ込み新しい役割を見出だす。その過程こそ努力と呼ばれるものの真髄であり、その到達点こそが結果というものなのだ。
それらを踏まえた上で、ヤマトは声を大にして叫びたい。
人には、できることとできないことがあると。
人には、向き不向きがあると。
お役所違い。努力が実らない。そんなことはこの世の中往々としてあると思う。それでも重要なのは新しいことに挑戦しようとする意欲。自分の新しい面を見つけようとする、その努力。結果が出ないのならまた努力を続ければいいではないか。仮にそれで結果に到達できなかったとしても、その努力は決して無駄ではない。神に与えられた自分の可能性を模索するという行為は絶対に無駄なんかではないはずだから。
だから、ヤマトは決して諦めない。どんなことにも屈しない。与えられた自分の力を信じ、いつまでだって戦い続けてみせるーー
「ーーていう訳で、今回のことはまだ僕の経験値が足りなかっただけだと思うんだ。結論、僕は悪くない。次頑張るよ」
「ほほう......? そういう言い訳をするわけ、ヤマトは.....」
「言い訳じゃないよ、弁明だよ。僕は精一杯努力したんだから何も悪いわけはーー」
「ーー週に5回も取り引きポカしておいて、努力もくそもあるかぁあああああああ!!!!」
ーーまぁ、戯れ言はさておき今日もアインクラッドには気難し少女の叫び声が木霊する。
さすがに今回は藍髪少年も自分が悪いことをしたという自覚はあるのか苦笑いしながら視線を逸らす。
二人は今32層主街区《コパス》のオープンカフェにいた。少し前にヤマトとカリンが《KoB》への突撃を決意したーーということにカリンの中ではなっているーーあの街だ。夜の11時という時間帯のせいか騒いでいる二人に対して夜遅くフィールドから帰ってきたプレイヤーや、このどこまでも広がっていくような夜の静寂を楽しんでいるプレイヤーから非難がましく睨まれるが二人は気にしない。
二人は共に行動するようになってからこの街を集合場所にしていた。その理由はカリンの仕事柄、できる限り中層と呼ばれる場所の中心にいたいという考えからなのだが......今回のカリンの怒りポイントは、まさにその仕事についてだ。
《KoB》突撃以降、ヤマトはカリンの誘いを受けて情報屋として一緒に行動していた。ヤマトの仕事内容は大きく分けて2つ。1つはカリンの護衛。情報屋というのはほとんどのプレイヤーにとってなくてはならない大きく貴重な存在だ。これが他のゲームであったのならば、攻略本やら攻略まとめは販売、ネットに公開されているかもしれないが、この世界に限ってはその常識が通用しない。しかし一度HPが0を表示してしまえば本当の意味で死んでしまうこの世界では情報は何にも変えがたい力と言える。だからこそ、情報屋は重宝されるのだ。
しかし悲しいかな。得をすれば損する人間が出てきてしまうのはこの世界でも変わらない事実。しかも情報を溜め込んでいるというだけでも情報屋というのはその身を狙われやすい。カリン自身、取り引きに行くと待ち伏せをされて襲われた、なんて経験は一度や二度ではない。だからそんなカリンを常に護衛するというのは実力だけはあ有り余っているヤマト向きの仕事だと言える。
2つ目は依頼人の護衛だ。情報屋というのは情報が欲しいと言われればそれを金銭との交換という形で提供する。だがたまに少し困った事案が発生する。それは「このクエストが何度やってもクリアできない」という類いのものだ。もちろんクリアする手助けになる情報が欲しいと言われればカリンは惜しみ無くそれを提供する。だが、その情報を上手く活用できるかどうかは渡された依頼人次第、上手く使えなければクエストをクリアできないままなのだ。
そんな時に上手く事を運ぶために、カリンは依頼人の手伝いをヤマトに頼むのだ。ヤマトがクリアできないまま中層のクエストなんてほとんどない。だからヤマトに依頼人に同行してもらい困ったことがあればその都度その場でアドバイスをしてもらうのだ。
そのどちらもが上手く回っていた。というか少し怖いくらいに上手くいきすぎて言い出したカリンが驚いてしまった。特に2つ目なんてヤマトの性質と仕事内容がマッチしているため仕事の成功率が上がりまくった。
そう、ここまではよかったのだ。ここまでは。
しかし人間というものは欲深いもので現状が上手くいっているともっといけるんじゃね?と調子づいてしまうものなのである。この二人にも、それが当てはまった。
思った以上に上手くいきすぎて、ヤマトが暇になる事態が発生した。そんな時にヤマトが言い出したのが
『僕も情報提供したりした方が効率よくない? もちろんカリンの護衛は続けながらだけど、危険がない取り引きにまで護衛しても無駄じゃないかな?』
と言い出した。その発言にはカリンも一理あったし......なによりもヤマトが自分の仕事をそこまで真剣に考えてくれているとは思わなかった。それが何よりも嬉しかった。
事実ヤマトが護衛した依頼はリピーターがつくほどに全て上手くいっていたし、ヤマトが駆け出し情報屋になってもそこそこ上手くいくんじゃないか? ともカリンは思った。
そんなつい私情を混ぜた思考をしてヤマトにGOサインを出してしまった結果ーー悲劇は起きた。
「どうしてあなたは毎回依頼人からお金を貰うのを忘れてくるのよ......」
「だってそこまで重要な情報でもなかったしこれくらいならいいかなって」
「それじゃあタダ働きじゃないの......」
ヤマトの性質が、ここに来て仇となった。
ヤマト自身が情報屋として働き出すと、当然ヤマトが報酬を徴収することになる。ヤマトはその情報の内容、もしくは護衛内容次第で後払いで構わないと依頼人に言っていた。まぁこれについてはカリンも黙認した。もしも報酬を支払われずに逃げられたらどうするのかとも思ったけども最初はこんなものだろうと。
しかしヤマトは情報を提供、もしくは護衛が終わったあとでも、自分にとってはそれほどの価値はない情報、労働だからと言って自分から報酬を受け取らなかったのだ。それも何度も。
前までしていた依頼人護衛はカリンが報酬を受け取っていたのでそんなことにはならなかったのだが......
「あのねぇ。確かにボランティア精神は美徳だけど、これは仕事よ? 規則は守ってもらわなきゃ困るの」
「分かってるけど......まぁこれぐらいならいいかな、人助けにもなるしって思っちゃって」
「はぁ......」
タダ働きで人を問わず助ける。それも悪くはないだろう。むしろ誉められるべき行為だ。
しかし仕事となるとそれは邪魔なものとなる。なぜなら
さすがにここまで現実の企業通り話が進むとはカリンも考えていないが、恨みを買ってしまうのは間違いない。
「だから、報酬を貰うっていうのは他の情報屋を助けることにも繋がるの、分かった?」
「......うん、ごめん。今回は僕の考えなしだった」
「ん、分かればいいのよ分かれば」
ヤマトが素直に頭を下げるのを見て少し機嫌を直したのかカリンは微笑む。
一緒に行動するようになって、カリンには分かったことがある。荒唐無稽、無軌道、我が道を行くなど予測がつかない行動を多く見せることがあったヤマトだが、よく話し合ってみればその実は少し調子に乗りやすいだけの普通の子供であるということだった。今でも分からないことは多いが、昔ほど理解不能とまでは思わなくなってきていた。
(ほんと、理解
ガン!! そこまで考えてカリンはてテーブルに頬杖ついていた手から顔を落ち額をテーブルに強打してしまう。
途中から自分の思考が少しおかしいことに気がつき疑問符で頭の中がいっぱいになるカリン。大分前から続いている猫パンチモドキと言い、最近はヤマトよりもカリンの方が奇行が目立つというのが同じく《コパス》をホームタウンにしてヤマトたちをよく見かけるプレイヤーたちの感想だったりする。
「カリン大丈夫?」
「何でもない、大丈夫よ......それと、今回の話の結論。ヤマトには情報屋は向いてない、少なくとも今はまだ。前までと同じように私や依頼人の護衛を続けるように」
「えぇ......チャレンジなくして会社は大きくならないよ?」
「どんな会社だって、赤字間違いなしのプロジェクトには資金投入しません」
ちぇっ、とこどもっぽく頬を膨らませながらもヤマトはカリンの言葉にしぶしぶ納得すれば自分用に買っておいた野菜ジュース(っぽい何かの液体)を飲もうとしーー次の瞬間にはテーブルに立て掛けていた薙刀を手に取り、カリンの隣を通りすぎようとする一人のプレイヤーの右腕にその切っ先を突きつけていた。
「ーーっ」
「街中でローブ被ってるのは勝手だけどさ、そんな手元ごそごそ弄らないほうがいいよ、変に疑われちゃうし、視線ももう少し隠した方がいいかな」
ヤマトの薙刀を突きつけられたそのプレイヤーは一瞬硬直した。ここは《圏内》だ、当然ダメージは入らないし傷だって負わない。命の危険はないが急にこんなことを言われてしまえば誰だって思考停止してしまうだろう。
カリンは反射的にヤマトに注意しようとしたが、それは声として発されることはなかった。なぜなら数秒経ってもそのプレイヤーは怒鳴る様子も逃げる様子も見せないからだ。それはつまり、ヤマトが注意した内容が完全に的を射ているからではないか?
それに気づき遅れてカリンも腰を浮かせ、戦闘体制に入り、改めて相手の様子を確認する。
茶色いローブを纏っているため性別は分からないが身長から察するに体型は小柄。そのローブの中は夜特有の薄暗さのせいで見ることができないがカリンたちに対してあまりよくない感情を潜めている、それだけは視線からなんとなく感じ取れ、ヤマトに薙刀を突きつけられている今でもほとんど動じないということからかなりの場数を踏んできているのが分かる。そしてヤマトが注意したその手元。それは確かにローブのなかに収まっていて、まるで何かを探っているかのようだ。
(私やヤマトへの刺客......として雇われたプレイヤー......? いや、それだとわざわざ《圏内》で接近してくる意味が分からない)
《圏内》ではプレイヤーのHPは絶対に減らない。それはこの世界が始まってから絶対のルールだ。もちろんいくつか抜け道はあるものの、そのどれもが今の状況では不可能なものだ。
相手の素性、出方、何もかもがわからない今、カリンにできることはいつ戦闘に移っても退避できるよう武器と逃走用のアイテムを握ることのみだ。相手の態度や雰囲気から自分では手に負えないことを確信したカリンは逃走することに迷いはない。自分ではヤマトの足を引っ張ってしまうことが理解できているからだ。
先程までの会話とは反対に静かすぎる停滞。音の少ないこの真夜中ではこの停滞を邪魔するものはほとんどなく、カリンの集中力はどこまでも高く引き上げられ遅すぎる時間の流れに緊張と苛立ちが募り始めーーそれは呆気なく終わりを迎える。
「ぷふっ」
それが笑いを堪えようとしたのが失敗して吹き出した音だと、カリンはすぐさま理解できなかった。
しかしもう限界だとばかりに続く、この場にそぐわない明るい笑い声で意識はこの場に戻ってくる。
「ニャーハハハハハッ! オレっちの偽物やってた奴が今ごろ何してるのかも気になってやってきてみたケド、なかなか立派になってるナ」
「......まさか」
「そうだヨ、《偽鼠》サン? あんたの予想はあたってル」
ヤマトに薙刀を突きつけられているというのにそんなことは気にせず、左腕で頭に被っているフードを取り、その素顔を現す。
その顔は、ある意味ではカリンが絶対に会いたくないと思っていた顔。目を引く美しいブロンド、頬に三本の線、まるで鼠の髭のようなものがペイントされているその顔をしている本人はにかっと気さくな笑みを浮かべる。
「久し振りダナ。ちょっと商談を持ってきたんだケド......話、聞いてくれないカ?」
テーブルを囲う人数が二人から三人に増え、各々が軽く自己紹介を済ませたところで
始まろうとしていた......のだが、どうしてもこのままでは始められない事案がひとつ発生していた。
「......っ......っっ」
「おーい、カリンやーい。こっちに帰ってこーい」
カリンが今まで類を見ないほどがっちがちに固まっていた。それは見ている側が呆れを通り越して若干疲労を覚えてしまうほどのものでカリンがどれだけ緊張しているのかは明らかというものだ。
どんな相手にもそう動じたりはしない胆力。こうと決めたら簡単には折れたりしない心の強さ。自分が言いたいことは遠慮などせずきっぱり言い切る芯の強さ。それが最近共に行動することが多くなった、ヤマトが抱くカリンの人物像だ。
そしてそれは何一つとして間違っていない。それらの人物像はカリン自身が目指し、到達しているものでもあるし、他の知人に聞いても同じような感想が返ってくるだろう。
だからこれほどの緊張をカリンが覚えるというのは、今目の前にいる人物、ならびにその人物との過去が関係している。
「ニャハハ、そんなに『あの時』のことがトラウマになってるのカ?」
「あ、当たり前じゃない......あんな報復受けたら、だ、誰だってトラウマになるわよ......っ」
「あんな報復?」
「それは聞かないで」
話の流れがよく見えず首を傾げながら問いかけるヤマトだったが、その疑問はソードスキルよりも早い速度で却下される。
あれもだめこれもだめカリンは意地悪だなー、と思いつつも、ヤマトは体を冗談抜きで細かに震わせながら目を回しそうなカリンの反応に見て、さすがに茶化さない方がいいと判断し今度こそ野菜ジュースモドキに手を伸ばしストローに口をつければ少しずつ飲み下す。
そんな二人のやり取りを見てこのままでは話が進まないと感じたアルゴは肩を竦めながら
「それにしてモ......ヤマトだったカ? おにーさんも中々やるみたいだナ。あれくらいの視線でも気づかれるとは正直思ってなかっタ、こっちも情報集めた甲斐があったヨ」
「僕の情報集める人なんて本当にいるんだねぇ......ねぇねぇカリン。カリンが言ってたことは本当だったよ」
「......」
「カリンいい加減帰ってきなよー......えい、げふぅっ」
てっきり《情報屋》同士での会話に発展するものだと思っていたヤマトは急に自分に会話を振られ、さらにその会話の内容も含め二重に驚く。
ただ基本的に会話と真面目な雰囲気を苦手としているヤマトだ。ここは一刻も早くこの話の担当者に復活してもらおうと体を揺さぶったり頬をつついたり最後には自分が飲んでいたジュースを飲ませようとしてみたが、最後のだけはさすがに許容できなかったのかカリンから恒例の猫パンチが飛来。見事油断しきっていたヤマトの顎を捉え吹き飛ばすことに成功した。実はこれが記念すべき猫パンチ初成功の瞬間だったりするのだが、そんなことはアルゴが知るはずもない。
しかしそのある意味いつも通りのじゃれあいのおかげか、いくらか落ち着きを取り戻したカリンは一度頭をリセットしようと深呼吸する。大きく息を吸い、吐く。その後にその場にいるカリンはもう仕事をするときの、頼もしさすら感じさせる彼女になっていた。
「すみません、アルゴさん。私事で勝手に取り乱したりして。もう大丈夫です」
「ン、そうカ。でも二人はすごく仲が良いんだナ? さっきから見てたけどまるで熟年夫婦みたいに感じたヨ」
「「耳タコなくらい言われるけど違います」」
「お、おウ、なんかゴメン.....」
アルゴにしてみればいつも通り少し砕けた会話でまずは相手との距離を縮めようとーーあとついでに彼女自身の趣味を楽しもうとーーからかっただけなのだが、アルゴの予想を越えてくるくらいにいきなり二人が死んだ目で返答してくるため彼女らしくもなく少し動揺してしまった。
ただ動揺はしてもその反応自体はアルゴ好みのものだったらしくシニカルな笑みを浮かべてカリンに向き直る。
「さっきのあんたの情報屋としての話は聞かせてもらったヨ。中々悪くなかっタ、まさかオレっちの元偽物がここまで真っ直ぐに成長しているなんテ、少し感動したヨ」
「そ、そうですか......ありがとうございます」
「あぁ、それにおにーさんの腕も悪くないみたいだシ、これなら問題なく話を進められそうダ」
「商談ですよね? 最前線で活躍してられるアルゴさんが、今さら私なんかから欲しい情報なんてないと思いますけどーー」
「おっト、
これも彼女らしくもなく。アルゴは申し訳なさそうに謝りながらも話を進めることを急ぐ。
この場合の急ぐとは本当に言葉通りの意味なのか、言葉に遊びもなく、話が脱線することもなく先に用件を告げた。
「ーー《鼠》のアルゴから依頼を頼みたイ、力を貸して欲しいんダ。依頼内容は殺人ギルド
「ーーっ」
《笑う棺桶》。その単語が出てきた瞬間に宵闇を貫くほどの緊張がこのテーブルを包む。
ヤマトがその名を聞いて思い出すのはいつかあの森でコウキと共闘して戦ったポンチョのことだ。後々になって調べがついたことだが、あの時ヤマトが戦った相手こそこの世界に恐怖で名前を轟かせている存在、殺人ギルド《笑う棺桶》であり、あのポンチョこそがそのギルドリーダーPoHなのだ。
あの戦闘後に感じた死への恐怖は、月日が経過した今でもヤマトのなかには深く強く刻まれている。もちろん《笑う棺桶》の話題が出た今も、うっすらとではあるがその恐怖は蘇る。
テーブルの上に置いていたヤマトの右手に僅かに力がこもる。それを横目に確認しながらも、カリンは気になる点をピックアップしていく。
「どうしてヤマトなんですか? アルゴさんならわざわざ中層に降りてこなくても攻略組の人に話を持ちかけた方が早いですよね? それこそ私の時と同じあの黒い人......いえ、《黒の剣士》とか」
アルゴはヤマトを調べた、と言っていた。まずその時点で手間がひとつかかってしまっている。ヤマトの居場所、人なりを調べる前に自分がよく関わる相手......それこそ最前線の攻略組プレイヤーに声をかけた方が早いのだ。事を急いでいるというのなら尚更に。
それとも、『そこ』がネックなのだろうか? ラフコフという巨大な敵を相手するのに身内やお得意様を巻き込みたくない、だから無関係かつ強力なプレイヤーであるヤマトが選出された? など多くの疑念がカリンのなかに渦巻いていくが、それをアルゴの答えが切り裂く。
「まず、あんたが言う《黒の剣士》についてだガ、あいつは今回諸事情で参加できなイ。理由は今は関係ないから置いておくゾ。それに今回の話はできる限り内密に行きたいんダ、だから攻略組の力は借りられなイ。だガ、内容からして実力はこの世界でも指折りのものが必要ダ......それプラス、おにーさんじゃないといけない理由があル」
「僕じゃないといけない理由?」
「......誰かを助けることニ、強い意志と責任が持てる人物であることダ」
アルゴはこの宵闇のなかでも美しく輝くブロンドを雑に掻きむしりながら小さくため息をつく。
「こういう精神論はあまりオレっちの分野じゃないんダガ......今回の話には多くの奴の思惑だとカ、想いだとかが絡んでル。そしてそれと同じくらい尊い命もダ。それを全て本当の意味で理解しテ、その上で戦ってくれる奴ってのガ、おにーさん、あんたしかいなかったんダ」
人の想い、命というものはよく使用される言葉ではあるが、その言葉は登場する機会に比べ想像以上に重い。
それを背負って戦うということは自分だけの心身を守ればいいわけではなくなる。逃げるなんて行為は許されなくなってしまうのだ。仮に逃げてしまえばその先に待っているのは人の想いや命という花が悪意に無惨に摘み取られてしまう未来。それを知ってしまえば逃げた本人も一生罪の意識に苛まれる。
ある意味では攻略組のプレイヤーたちも多くの他のプレイヤーの想い、命を預かっている身とも言えるが、それは一人だけで背負っているものではない。だから折れることなく背負っていられる。
しかし今回の話は完全に私情であり、依頼という形だ。アインクラッド攻略という大義名分とは違い、自ら進んで他人のために自分の命を賭けなくてはならない。それもラフコフという最悪最凶の敵を前にしてだ。
生半可な覚悟や実力では意思を貫き通すことはできないだろう。
それが故のアルゴの判断。それが故の最終確認。
ーーお前は、誰かの想いを、命を背負う覚悟はあるのか?
この話は、ヤマトからすれば突然すぎる緊急要請だ。しかもその相手は今日はじめて出会った情報屋。さらにアルゴの口ぶりからするに誰かを助けなければいけないらしい。その相手すらもヤマトにとっては完全な無関係者だ。
『触らぬ神に祟りなし』がプレイヤーの中でモットーになっているこの世界ならば、無視するのが当然。怪しい話など聞かなかったことにするのが一番だ。
「......アルゴ。こっちも遠回りはいらない」
それでもこの少年、ヤマトは進む。見ず知らずの人が笑顔で暮らせるようなそんな未来を見るために。
自ら茨の道を、歩み通す。
「困っている人がいるならどこにだって行くよ。情報はそれだけで十分だ」
ーーこうして全ての歯車が揃い、ゆっくりと動き出す。多くの少年少女たちの運命を揺るがす、辛く険しい運命が。
アルゴに連れられて元々の依頼主の場所に案内されていくヤマトを見送りながら、カリンはぼんやりと考える。
ーーあるプレイヤーがラフコフの集団を一網打尽にしようと考えている。それに協力して欲しい。
アルゴの依頼とは内容としては至極単純なものだった。しかしその目標がラフコフというだけでその難易度はすさまじく跳ね上がる。
そもそも、先程の話し合いでラフコフの名前が出た瞬間に緊張が走ったのはヤマトだけではない。カリンもそうだ。
その理由はヤマトが以前ラフコフと戦ったことがあるからーーというだけではない。それは彼女がこの世界に来た
それはまだ誰にも言ったことがない。今後言うつもりもない胸のうちに秘めた理由。しかしそれはその理由が小さなものだからではない。決して誰に言えないような黒く醜さを持った感情を含んだものだから。
だから本当はカリンも今回は二人に同行したかった。待ちに待った自分の願いが叶うかもしれないそんなチャンスがようやく自分の前に訪れたのだから。
だが彼女は知っている。自分の無力さを。貧弱さを。だから今は耐える。『その時』は遅かれ早かれ、高い確率で自分の前に訪れるはずだから。ヤマトのような存在がいれば、その確率はさらに跳ね上がる。
焦るな、無理はするな、現状を確認しろ。ここでミスしてしまえば今まで生き残ってきた意味が水泡に帰す。
そう自分に言い聞かせながら、また心のどこかではヤマトの無事を祈りながら、彼女は今晩の宿を探しに行く。
その時、ふとアルゴがヤマトに伝えていた本当の依頼主の名前が脳裏をよぎった。
「ニックって......どこかで聞いたことのある名前ね......どこだったかしら?」
彼女は