力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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今回出番のないカリンです。
知人に書いてもらいました。とてもイメージ通りで可愛いです!


AS10話目 藍髪少年の折れない決意

 

 

《ドロアの大渓谷》を谷沿いに北上していった先にある山、《ドロアの荒山》。アインクラッドはその構造上どうしてもどの階層も高度に限度が出てしまうため《ドロアの荒山》は現実の山と比べるとどうしても見劣りしてしまう。だがそれでこの山がプレイヤーたちに与える印象が柔らかくなるかと問われれば答えはノーだ。

 小山と表現されるであろう《ドロアの荒山》だが、その山肌にはいくつもの切り立った崖や、牙を彷彿とさせるような鋭くとがった岩がいくつも存在するからだ。それらが放ち続ける自然の怒りとも言えそうな強いプレッシャーは、生け贄となるプレイヤーたちを今か今かと待ち続けているかのように感じる。

 そしてその印象は決して間違っていない。事実、この山で戦闘をするのであれば敵となるのはmobだけではなく地形もだからだ。mobの攻撃を避けた際にその鋭い岩の先端が体と接触してしまえば問答無用でHPを持っていかれてしまうし、これでもかとばかりに尖った形状をしている山だ。崖近くでは地面の強度もあまりなく、重量装備のプレイヤーが下手に踏ん張ったりすると足場が崩れ崖下までまっ逆さま、なんてことが攻略中何度か起こってしまっている。

 だからこの山を探索、攻略するのであれば軽装備で挑むことをおすすめする。さもなくば岩先が尻に刺さって割れちまうゾ、というのがこの世界で最も有名なガイドブックに記されている注意書だ。

 

 

「──ま、こんなとこだろ」

「ヘッドぉ、なんでまたこんな殺風景な所に来るんだよぉ。今からでもあいつらのこと闇討ちしようぜぇ、闇討ちっ」

「馬鹿かお前は。お前《奇術師》の奴に完敗してたじゃねぇか。それとも、あのまま置いてきてほしかったか?」

「ちょちょちょ、そりゃないぜヘッドォ。は〜ぁ、まさかこんな敗走する羽目になあるななんてなぁ」

「fuck…お前が油断したからだろうが。最初から真面目にやっときゃ結果もちったぁ違っただろうによ」

 

 崖の壁に背中を預けながら話す2人──《笑う棺桶》リーダーことPoH、そして同じく幹部ジョニー・ブラックだ。

 2人はコウキたちとの戦闘後走り続けこの荒山まで逃走していた。

 コウキによって切り落とされたPoHの左腕は、時間経過により部位破損時間が終了し元通りになっている。今は縄が解けたジョニーと共に回復ポーションを飲んでいるところだ。

 

(それにしても、気掛かりなのは《奇術師》の野郎だ。確かに前に戦った時も他のプレイヤーとは違う何かは感じたが……まさかジョニーを一方的に倒すなんてことになっているとはな。面白ぇ)

 

 ジュルリ、飲み干したポーションから口を離し舌舐めずりする。

 その仕草は獲物を前にした蛇のような残忍さを醸しだしながら、なのにその目に浮かぶのはまるで新しい玩具を見つけた子供のように爛々と輝いている。

 ククッ、今にも溢れ出してしまいそうな狂った笑みを噛み殺しながらPohは今後の動きを考える。

 

 今回の事件ではジョニーが少々大掛かりに動いてしまった。しかも、それを最前線のプレイヤー複数人に認知される形で、だ。

 おそらく今回の事件の手法はもう使えないだろう。さらにしばらくはプレイヤー全体がオレンジ、レッドプレイヤーの動きに敏感になる。

 殺人は快楽、悦楽を感じる甘い蜜のような行為であると同時に、自らの頭に銃口を押し付けながらトリガーを引き続けるロシアンルーレットのようなひりつくスリルを感じる行為だ。

 

 それゆえに、引き際は見極めなければならない。ただ好き勝手に殺し楽しむだけでは楽しみは長くは続かないのだ。

 

「ったく、殺る時は人目を避けろって何回も言ってんだろうが……まぁいい。しばらくは大人しく良い子でレベリングに集中するか」

「悪かったってヘッドォ。これからは気をつけるってばぁ」

 

 そこでようやく諦めがついたのかジョニーはずた袋の中ではぁ、と息をつく。

 やれやれと頭を振り、アジトに戻るかとPoHが壁から背中を離す──瞬間。

 

 

 

 

 空気を裂く音を纏いながらどこからともなく現れた直剣の切っ先と、直前で抜刀したPoHの短剣が弾けた。

 

「Wow……まさかこんなタイミングでお前と出会うとはな、ニック」

「あら、暗殺大好きな貴方にそんなことを言われるだなんて思ってもいなかったわ、PoH」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2本の剣が打ち合うより少し前。

 

 ヤマトはアルゴに言われた依頼主との合流地点に到着した。

 そこは入り組んだ地形をしている《ドロアの荒山》の中でも最も最奥にある小さな洞窟だ。

 乾いた地形特有の脆そうな土で出来上がっている洞窟だ。水気は一切なく、外と同じで鋭利な岩があちらこちらに見える。

 そんな中にいたのは腰ほどまであり緩やかなウェーブを描いている茶髪と、どこかの気難しい少女とは正反対の落ち着いた大人の雰囲気を持つ女性だ。

 身長は女性にしては高い、170cm程度はあるんじゃないだろうか? 

 

「えっと、君がニック?」

 

 ヤマトがおずおずといったように尋ねる。

 マイペースの権化とまで言われる彼は人見知りなどしたことはない。それでもそんな訪ね方になってしまったのは目の前の女性が纏っている覇気のようなものに少し気圧されたからだ。

 まるで、極限の集中状態の中にいるのに、笑いながら(・・・・・)怒っている(・・・・・)。そんな異常とも言えるような雰囲気にゴクリ、と息を呑む。

 

 そんなヤマトに対して件の女性──ニックはどこか胡乱げにヤマトの方を見ると眉を顰め小さく舌を鳴らした。

 

「……あぁ《鼠》が寄越した援軍って奴ね。いらないって言ったのに、余計な世話を」

 

 初対面の相手にボロクソに言われるとは思わなかったヤマトは目をパチクリとする。

 だがこれでとあることの理由が分かった。アルゴはこの場所の近くまで案内はしていたのだが、すぐそばで別れて「後はヨロシクっ!」とすたこらどこかに逃げていってしまったのだ。最初は戦闘に巻き込まれないためかとも考えたのだが、これが原因かとヤマトはため息をつく。

 

 質問に対しての答えはもらえなかったが、とりあえず目の前にいるのはニックご本人ということで良さそうだ。

 

「アルゴに聞いた話だと1人であの《笑う棺桶》に喧嘩を売りに行くってことだけど、本気なの?」

「えぇ、と言っても今は2人で行動しているみたいだけれどね。それに今は戦闘後で多少疲弊しているはず、今急襲すればどちらかは殺せるでしょう」

「殺す……」

 

 殺す。

 ある程度予想はしていたとはいえ、重さある言葉に今度はヤマトが眉を顰める。

 軽々しく口にしようと思えばできる、しかしその本質は想像を絶するほどに重い言葉だ。

 

「貴女は、殺すって言ったけど、それ以外の道は本当にないの? 何があったのかは僕にはわからないけれど、それはこの世界での、いいや、僕ら人間にとっての最大のタブーだ」

「言葉をそのまま返しましょうか。何も知らないのであれば、首を突っ込まないでほしいわね。殺す以外の手段? そんな話は、そんなラインはとうの昔に過ぎ去っているのよ。レッドプレイヤーだから殺すんじゃない、私は私の覚悟を持って奴らを殺す」

 

 お前は私の邪魔をしに来たのか、言外にニックの視線がそう言っている。

 

「貴方、確かヤマトとか言ったかしら?」

「僕の名前、知ってるんだ」

「強い奴の名前は大概知っているわ。貴方の強さは認める。身のこなしや雰囲気からでもそれが伝わってくる程なのだから。それでも、それだけよ、貴方には。貴方には、ただの強さしかない。強いだけの強さ」

「……」

「貴方には、私を止めるだけの理由も、覚悟もない」

 

 なぜ、そこまでのことを言われなければならないのか、とは思わなかった。

 それよりも、胸に刺さる言葉だ。強いだけの強さ、なるほど、確かに自分には戦う覚悟や理由はないかもしれない。

 それでも。

 

「アルゴに言われたんだ」

 

 それでも、意志(・・)はある。

 

「想いや命を、本当の意味で理解して戦ってほしいって。僕が、それを本当に理解できているのかも、貴女の覚悟も分からないけど、それでも──」

 

 

 

 

「──それでも、手を伸ばせば届く手を、僕は諦めたくない」

 

 

 

 

 

「……好きにしなさい」

 

 ここで何を言っても無駄だし、どれだけ言っても時間の無駄だ、とニックは切り捨てる。

 いや、無駄どころか余計だと思った。この男は、あの力無き少年とは違う。世界の辛さや暗さ、負の面を知らないのだから。何を言っても伝わりはしないだろう。

 陽の元で太陽に手をかざす者と、夜空に浮かぶ星に手を伸ばす者とでは決定的に違うのだから。

 

「今から《笑う棺桶》の幹部2人を急襲しに行く。私はPoH……ポンチョ男の方を狙うから、貴方はずた袋を被っている男のほうを狙いなさい」

「……はぁ、分かった」

 

 仕方なしとばかりに頷くヤマト。そもそもこのまま1人で行かせては本当にニックが死んでしまう可能性もあるのだ。頷くしかヤマトには選択肢がなかった。

 こうして、互いが互いに認め合えず仕方なく割り切るしかない相性最悪コンビは誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は戻り、現在。

 ニックがPoHと剣を打ち合うのに少し遅れて、ヤマトも飛び出し予定通りずた袋の男──ジョニーへ突撃する。

 今回の獲物は刀。集団戦になることや、広くはない地形から小回りの効く方を選んだ結果だ。

 疾走し、ジョニーが自分の間合いに入った瞬間、下からの切り上げ。まだ状況把握ができていないジョニー相手であれば必殺の間合い、必殺の一閃。

 だが。

 

「っと、危ねぇなぁおいおいおい! なんで今日はこんなに先客万雷なんだぁ、あぁ!?」

 

 ヤマトの想像以上にジョニーの判断、動きが早い、刀は短剣の刃に阻まれ、ジョニーの体に傷ひとつつけることは叶わない。

 この後の作戦は特にない。各個撃破を狙うだけだ。

 ヤマトとしてはもしニックが誰かを殺そうとするのであれば何とかして止めに入ろうと開戦前は考えていたりもしたのだが、

 

(今の攻撃に反応されるということは、そこまで甘い相手でもないか)

 

 認識を改める。それにニックが相手しているあの相手、よく見れば以前自分をPKしようとしたグループのリーダーだ。まさかあの時の彼がPoHだったとは。

 ジョニーとの鍔迫り合いの中で状況確認を終えたヤマトは一度バックステップを入れ距離を取る。

 

「ジョニー・ブラックさん、だっけ? 確か麻痺毒大好きなダガー使いさん、だったよね」

「おぉ、そうだよ? 麻痺大好きナイフ大好きのジョニー・ブラックさんさぁあ! そういうお前はなんですか? あの女のお仲間さんですかぁ?」

「仲間……なのかな。多分、暫定的にね!」

 

 再びジョニーに接近し、刀の横一線。先ほどよりも力強いその振りは防御したジョニーの体を一瞬宙に浮かす。

 逃がさない。ヤマトはさらに一歩踏み込み体が流れているジョニーの胸元目がけ突きを繰り出す。が、それは刃を流すようにダガーを当て回避される。

 

 ジョニーもそのままでは終わらない。吹き飛ばされた勢いを着地のタイミングで足に溜め、一気に放出。爆発的な勢いで迫ってくるジョニーに対して刀を盾にする。

 

 ギィィィンッッ!! 鋭い金属音が響く。

 

 そのまま近距離で何度か打ち合うがヤマトもジョニーも一閃も違えずに防ぎ切る。

 

(強い、な)

 

 改めて思う。隙をついたかと思えばするりと抜けられるし、嫌な所を的確についてくる。

 しかもその武器は強力な麻痺毒が塗られているという話だ。超近距離は基本避けたほうがいい。1番いいのは距離を置いて戦うことだが、

 

(それができたら苦労ないんだけどね!)

 

 ジョニーの剣を弾きながら思考する。

 まず、この地形。鋭い岩が多く、道も決して広いとはいえない。あまり派手に動き回ると岩の接触ダメージを受けてしまう恐れがある。

 だというのにジョニーは接触ダメージなどお構いなしとばかりに飛んで跳ねて動き回ってくるヒットアンドウェイを基本的な戦法として攻めてくる。

 

 

「君、接触ダメージが怖くないの?」

「はぁ? ダメージが怖くてレッドなんてやってられないんだよぉおっ?」

 

 そんな精神論でどうにかなってしまうものなのか、とヤマトは歯噛みする。

 これが、命の重みを軽く見ているかどうかの違い、ということだろうか。

 これでは全ての距離でジョニーにアドバンテージができてしまう。

 

(これ、かなり面倒だな)

 

 敵の技術は一流、地形も敵に有利。ヤマトには奥の手である《神体》スキルがあるが仮にジョニーを無力化できたとしても反動デバフがPoHにバレている以上無闇には使えないだろう。

 つまり頼れるのは──純粋な実力のみ。

 

(それなら、これはどう受ける?)

 

 何度目かのステップバック。その最中に納刀し足が着地した瞬間、スキルモーションへ。

 単発刀ソードスキル《紫電》。

 重く、速い。刀スキルの中でもかなりの威力を持つソードスキルの一つだ。

 抜刀された刀はまさに紫色のライトエフェクトを纏いながらジョニーに迫る。

 それに対してジョニーはニヤリと笑う。

 この時を待っていたとばかりにジョニーは回避行動に出る。その判断と動作も早い。この動きは間違いなく、

 

(《紫電》のソードスキルを知っている!?)

 

 そうとしか思えない反応の良さだ。刀スキルはまだあまりプレイヤー間では使われていないスキルだ。一応mobでも使うmobはいるが《紫電》を使うmobはさらに少ない。

 

 予想以上の反応にヤマトが驚いている間にも戦闘は進む。

 完全にソードスキルをかわし切ったジョニーはスキルディレイで無防備なヤマトの体にお返しだとばかりにダガーに淡いピンク色のライトエフェクトを纏わせる。

 単発短剣ソードスキル《クールピアース》。

 このスキルは威力は低いものの状態発生率にボーナスがかかる。さらにジョニーの狙いは状態異常が通りやすいヤマトの首元。獲った、と突きを繰り出しながら笑みを浮かべかけるジョニーの顔が一瞬で別のものに変わる。

 

 刀を振り切った状態からさらに体を回して刀でジョニーのダガーを弾いて見せたのだ。

 確かにヤマトのソードスキルは単発でディレイの時間は少なかったかもしれないが、それにしても今の反応は事前にこう動くと決めておかないとできないものだ。

 この反応には流石のジョニーも声を上げる。

 

「な、んだよ今の反応はぁ!?」

「デバッファーが絶好のデバフチャンスを目の前にすれば、そりゃそこ狙ってくるって分かるよ」

 

 ジョニーのソードスキルの勢いに押されて後退しつつも直撃を免れたヤマトは、したり顔で刀を肩に担ぎながら笑みを浮かべる。

 どうだ、自分はお前の予想のさらに上を行ってやったぞ。お前の攻撃なんて全てお見通しだという雰囲気を出しながらもヤマトの内心はそれほど余裕はない。

 

(今の攻防は確かに予測できた。けど、次もできる保証はない、何より──)

 

 ちら、とヤマトは自分のHPバーを見る。

 今の攻防で1割ほど削れていた。

 原則として、ソードスキルと打ち合う場合、同じくソードスキルで撃ち合わないとダメージを負ってしまうのだ。

 今回はたまたまジョニーのソードスキルがかなり威力の弱い部類のものだったためこれだけの反動ダメージで抑えられているが、他のソードスキルではこうはいくまい。

 さらにヤマトはジョニー本人にまだまともなダメージを与えられていない。ジョニーのHPはいくらか減っているが、それは全てジョニー自身が岩に接触した際のダメージだ。ヤマト自身にはジョニーに対しての有効打が今の所存在しない、

 

 そしてジョニーの方にも余裕はなかった。

 攻撃を読まれる。それはつい先ほど、《奇術師》との戦闘で嫌というほどに経験したことだ。あれほど一方的に読まれた印象は今でもジョニーの脳裏に焼きつている。

 もしかしたら、こいつも自分の攻撃を全て読んでいるのではないか、と。そうでもなければ先ほどの反応はあり得ないのだから。

 

 ヤマトは攻め手に欠け、ジョニーは攻めるべきか守るべきか決めあぐねている。

 2人の戦闘は心理戦も介入し始め、千日手の様相を示し始めていた。

 

 

 

 

 

 

「ふん、相変わらず気持ちの悪い剣筋ね。まるで掴みどころがなくて嫌気がするわ」

「おいおい、そうcoolな態度を取るなよニック。俺としちゃあ中々ない全力で戦える機会なんだからヨォ」

 

 ギギギィギギッッ!! 耳障りな金属音が絶え間なく鳴り続ける。

 ニック対PoH。こちらも現在は膠着状態に陥っていた。

 こちらの2人はジョニーのようなヒットアンドアウェイを基本スタイルにはしていない。そうなれば地形、足場の悪いこの環境、さらに初撃をPoHが完璧に対応した以上、接近戦が基本となる。

 

「私、前に言ったわよね? コウキには手を出すなって」

「そいつは勘違いってやつさ、今回俺はヘマをした仲間のhelpに行っただけで、あいつに手を出す気はなかったんだぜ?」

「戯言を……!」

 

 一度剣を引き再び怒りと共に剣を叩きつける、が、状況は変わらない。辺りに甲高い音が鳴り響くだけだ。

 PoHとの問答に意味はない。こいつは人の心を揺さぶり、怒らせ、迷わせ、自らの好きな方向性へと誘導する。

 それは分かっているのにどうしても怒りが抑えられないのはPoHの術中に嵌っているということかもしれない。

 

「人を陥れることだけが生きがいのような男の貴方が、そう何度も同じプレイヤーに干渉するはずがない、今度は一体何を企んでいるの!」

「かはは! おぉい、ニックぅ、えらく《奇術師》の野郎にご執心じゃねぇか。お前がそこまで言うってことはやっぱりあいつには何かあるってことだなぁ!」

 

 PoHは強引に鍔迫り合いの位置を下方に下げると、くるりと体を回転させ蹴りを放つ。それをニックは剣とは反対の左腕でガードする、がしかし少し体が流れてしまう。

 その隙をPoHは見逃さない。二連撃短剣ソードスキル《シザーズスラッシュ》。このスキルは一撃目を右上からの振り下ろし、二撃目を左からの振り下ろしで十字のライトエフェクトの軌跡を描くスキルだ。

 

「くっ……はぁっ!」

 

 一瞬の苦悶の声の後発せられる気迫ある声。

 それと同時になんとか姿勢を整えたニックはライトエフェクトを纏わせた直剣を体を回転しながら発動させる。

 単発片手剣ソードスキル《ディメンションズ・ネイル》。

 背後に向かって発動させるこのスキルをさらに体を回してPoHへのカウンターとして放つ。

 衝撃。

 ギィィィァァアン!! 今までで最大の金属音。

 ソードスキル同士が衝突したことによりお互いのスキルがブレイクされる。

 衝撃によりお互いの距離が開き、間ができる。

 

「コウキのこともそうだけれど、それ以上に、私は貴方が自分の近くを蠢いているだけで気に食わないのよ。誰だって、自分の家に土足で上がられたら気に食わないものでしょう?」

「あぁ? あぁ、そういやJapanese は部屋で靴を脱ぐんだったな。はっ、なら、靴を綺麗に整頓すればいくらでもお邪魔してもいいのかねぇ」

「比喩も伝わらないような頭の空っぽ具合で羨ましいわね」

「わざとに決まってんだろ、ニック。大体汚す汚さないの話なら、俺はあんたの尊厳なんてとっくの昔にメチャクチャにしてるだろうが」

 

 クハッ、とついに我慢できなくなったPoHの笑い声を聞いてニックの怒気が一層強まる。

 

「……それは、レナのことを言っているのかしら?」

「そうだそうだ、レナって名前だったなぁあいつ。いやぁ、あの時は本当に楽しかったぜ、なんと言ったって──」

 

 PoHが話せたのはそこまでだった。

 ガリッと奥歯を噛み潰したような音とともに、ニックが単発片手剣ソードスキル《スラント》を叩き込んできたからだ。

 一瞬意表を突かれながらも冷静に単発短剣ソードスキル《ラビットバイト》で応戦する。

 スキルは違うものの先ほどと同じソードスキル同士の激突。

 どちらも初期スキルで威力よりもスピードに重きを置いているものだ。

 発動もほぼ同時、威力も同等、プレイヤースキルは言わずもがな2人とも最高峰。

 ならば、優劣をつける他の要素があるとするならば。

 

「お前が、レナの名前を口にするなぁぁああああああああ!!!!」

 

 激昂。

 あらん限りの力で剣の柄を握り込みながらニックのソードスキルがそのまま直進していきPoHの短剣と衝突、一瞬の拮抗の後、そのまま強引に叩き込むようにしてニックの剣がPoHの肩を浅く切り裂いた。

 ソードスキルの勢いのままPoHの横を走り抜けていくニック。しかし勢い余って岩壁の鋭い岩に腕が突き刺さり、ガクンとHPバーが削れる。

 

 だがそんなことは知ったことではない。PoHがスキルをブレイクされディレイに陥っている今がチャンスなのだ。

 今使えるソードスキルの中で最高のものを叩き込む。

 キィィィン、と細くも確かな音を上げながらいっぱいまで引き絞った片手剣をPoHに対して構える。

 クリムゾンレッドのライトエフェクトを纏うそスキルは単発重攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。

 ニックが引き絞った腕を前に突き出した瞬間、エンジンめいた轟音を撒き散らしながらニックの体ごと片手剣が突き進んでいく。

 空気も音すらも切り裂いて進むその切っ先は防御しようとしたPoHの短剣よりも一瞬早く、その

 体の左腕を切り飛ばした。

 

「shit!!」

 

 再びPoHの隣を駆け抜けていき、PoHのその左腕が地面に落ちて無数のポリゴンに変換される瞬間を目の端で見届ける。

 偶然にもどこかの少年と同じ戦果を1人で上げた。

 その事実には気付かないままニックはさらにソードスキルのモーションに入る。

 次は先ほどと同じ《スラント》だ。先ほどの《ヴォーパル・ストライク》によってPoHのHPはかなり削られている。これ以上無駄に強力なスキルはもういらない。それよりも確実で素早いスキルを選択すべきだ。

 

 だがPoHも黙ってはいない。ダメージディレイから抜け出してすぐにスキルモーションに入る。こちらもまた先ほどと同じ《ラビットバイト》だ。

 そのモーションを目にして僅かにニックは眉を顰める。

 

(さっきと同じ展開で同じスキル……それなら至る結果もまた同じのはず。それなのにあえて同じ押し負けたスキルを使うその理由は……?)

 

 スキル発動までの一瞬で相手の考えを押し図る、が、答えは出ない。片腕のないPoHのそのモーションがさらにPoHの雰囲気の異常さを助長している。

 どちらにせよ、体勢的にもスキル的にも有利なのは自分のはずだ。あとはその場で判断するしかない、と腹を括るニック。

 それを見て何を思ったのかニヤリと笑うPoH。

 

 そして、互いのスキルが発動する。

 そうなってしまえば結果までは一瞬だ。互いの距離が一瞬で潰されシステムに導かれるままに互いの対象へと剣が振られる。

 ニックの剣はPoHの首元へ。

 PoHの剣は──ニックの足元の地面へ。

 

(しまっ──)

 

 ニックに自分のミスを自覚する時間はなかった。

 ステータスの差だろう。ほんの僅か。瞬きよりも短い刹那の差でPoHの短剣が先にニックの足元の地面に叩きつけられた。

 結果、脆かった地面は一瞬にして崩れる。

 

「──クソ」

 

 足場を失い体勢を崩したニックのソードスキルは強制的に解除されディレイに囚われる。

 そんな中でも足場はどんどん崩れていき、ついにニックの体が足場のない崖へと放り出される。

 必死に腕を伸ばす。が、届かない、絶望的なまでに足場が遠い。

 

「クソォぉぉぉおおおおおお!!! PoHぅぅぅぅううううう!!!!」

「勝負はお前の勝ちにしておいてやるよ、ニック。もし生きていたらまた会おうぜ。good luck」

 

 PoHは笑いながらそう言って、落ちていくニックに背を向ける。

 高さ20メートル以上の自由落下。この世界にはいくつものスキルが存在するが、重力という力に抗う術は、ない。

 自分のHPを見て着地後に生きている自信はない。それほどまでにこのゲームの落下ダメージはリアルでシビアだ。

 

 悔しい。

 もうあと一歩まで追い詰めたのに。やっと、やっとあの借り(・・)が返せると思ったのに。自分はこんなところで、こんな結果で終わるのか。

 死への恐怖はあまりない。ただ目頭が熱くなるほどの悔しさが体中を駆け回る。

 無駄だと分かりながらも諦めきれない自分が勝手に上へ上へと手を伸ばす。

 瞬間。

 

 

 ぐっと、その手を掴まれた。

 

 

「は……?」

「掴まって!!」

 

 そこでようやく自分の外側へと意識を向けたニックは自分の手を握りしめさらには抱き寄せる人物が誰かを知る。

 ヤマトだ。

 どういう訳だか、この英雄希望の少年は崖が崩れた後に崖から飛び降りてニックに追いつき抱きしめるに至ったのだ。

 よく見ればヤマトの体には細い線のようなダメージエフェクトが至る所に刻まれている。どうやらジョニーとの戦闘も熾烈を極めていたようだ。

 ニックが確認できたのはそこまで。ヤマトはニックを抱き込むと自分がニックの下になるように体の向きを調整した。

 

「バ──」

 

 ──カと言葉を続ける暇もなく。

 ズドンッッッッッッッッ!!! と人間2人分の重量が落ちた重低音が辺りに伝播した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー……死んだかと思った。《神体》スキルの新しいスキルに防御型のがあってほんとよかった……)

 

 辛うじて、数ドットだけ自らのHPを残したヤマトは今しがた自分が落ちてきた崖上を眺めながらぼんやり考える。運よく岩のない平らな足場に落下できたおかげだ。いやほんとに、よく生きてたな。

《神体》スキル、防御型能力スキル《天岩戸》。

 このスキルは《ツーエジッドソード》とは真逆に自らの攻撃力が半分になる代わりに防御力が倍加されるという効果だ。

 落下ダメージに防御力の数値がどれほど有効なのかはヤマトにも分からなかったが、上手くいってよかった。

 

「どうして、助けたの」

 

 1人冷や汗をかきながらも一息ついているヤマトの腕の中で、同じく無事だったニックがむくりと起き上がり問いかける。

 その質問に対して気難しい少女の顔がうっすら浮かんだヤマトだが、答える言葉はいつも通り変わらない。

 

「貴女を、助けたかったから」

 

 カッコをつけたいわけでも、威張りたいわけでもない。

 ただ助けたかった。だって、死んでしまったらそれで何もかも終わりなのだ。

 次も、明日もない。本当の終わり。

 そんなものを、そんな人を、ヤマトは見たくはない。

 

「貴女にどんな事情があるのかはやっぱり分からなかったし、もしかしたら今後も知る機会はないのかもしれない、けど、可能性すら摘んでしまうことはどういうことか、もう一度だけでも良いから考えてみてほしい」

「そんな、理由で……」

 

 いや、どんな理由だろうと人間というものは命を張れることをニックは知っている。

 例えばコウキのように。例えばミウのように。

 そこに違いがあるとするなら、自分をどこまで曲げないかということだけ。

 

(でも、それなら、やっぱり私の考えは変わらない。変えられる訳がない。なぜなら私は、あいつを殺すためだけにこの世界に来たのだから)

 

 痛ましい、とまで言ってもいい『向こう』の世界の友人の姿を思い浮かべる。

 もうあれから、一度も自分に笑いかけてはくれない、あの子を。

 

 ニックは一度ため息をつき何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「一つ、貸しにしておくわ。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。もうこんな無謀な突撃はやめてほしいけどね」

「それは約束しかねるわね」

 

 そう言うとニックはウィンドウを操作し、ヤマトに対して決して安くはない金額と回復ポーションを譲渡し「じゃあ」と言って立ち去った。

 合わないパートナーとの共闘に、《笑う棺桶》幹部との戦闘、さらに崖上からのノーバンジージャンプ。今日一日の濃さを思い出すとヤマトはもう一度寝転がり今度は大の字になり。

 

「あ────!!! 疲れた────!!!」

 

 今日一日の感想を大声で叫ぶのであった。

 

 

 




大変お久しぶりです。
まだ読んでくれる人がいるか分かりませんが、こっそり再開します
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