61話目 なんでもない1ページ
「ん、あー……」
目が覚めると知らなくもない天井だった。
リリのカルマ回復クエストも無事終わり、ヨウトの家に皆で住むようになってからまだあまり日数が経っていないせいか、朝起きるたびに微妙に落ち着かない気分になってしまう。それでも毎回快眠熟睡はできているんだから、なんだかんだ俺も順応している気がするけども。
「寝癖は……まぁ、この世界だとつかないんだけど」
それでも、毎朝自分の髪や顔を手鏡でチェックしてしまう。そうなると意外と便利なのが、この世界に入ってすぐに茅場晶彦に渡された手鏡だ。
軽く顔色と寝癖をチェックし、いつも通り問題はなし。そして寝間着からラフな普段着に着替えてリビングに向かう。
着替えや道具にしたって、少ないウィンドウ操作で何でも出せると言うのはやはり便利なことこの上ない。これ、現実に戻ったら動くのが億劫で仕方が無くなるんじゃないかとウィンドウを見つめながら小さく唸る。
「あ、おはよコウキ」
「おはよミウ」
リビングに来ると先に起きていたミウがソファに座っていた。その右手にはちょうど俺と同じ手鏡が。どうやらミウも同じく鏡を見ていたらしい。
自分を魅せることに興味がない俺と違って、女の子なら鏡は必要不可欠な品物なのかもしれない。だとしても、ヨウトの家に住むようになってからミウが鏡を見ている場面にはかなり出くわしている気がする。《化粧》スキルでも取りたいのだろうか? それなら喜んで押しつけ──教えてあげるのに。
「ヨウトとリリは?」
姿が見えないあと2人の住民の所在を聞く。
今日は休養日だ。攻略に出る予定もガイアクエストを進める予定もないためまだ寝ていてもおかしくはない。
とはいえ、リリはいつも誰よりも早く起きて朝ご飯だったりアイテムの調達をしているから、俺よりも長いこと寝ているとは少し考えにくい。
「リリちゃんは買い物に出ちゃった。私も着いていこうとしたんだけどこれくらいでミウさんに動いてもらうなんてとんでもないです! 私1人で大丈夫です! ……って断られちゃって」
「んー……リリ、あれ以降変な方向にまた生真面目になっちゃったよなぁ」
罪の意識はリリ自身でどうにかするしかないと言ったのは俺だ。でもだからと言って罪の意識に耐えかねて押し潰されてしまうのでは元も子もない。
ただ最近のリリは本当に楽しそうに笑うようになった、と、思う。そうなのだとしたらリリの気質が元から奉仕精神旺盛ということなのかもしれない。ならここで下手に口を出しても余計な気を遣わせるだけか。
なんて、考えてみたりもしたけども。人間関係なんて苦手、そう豪語していた俺が偉そうに何様だよ、とつい苦笑いしてしまうものの、こんな風に人のことを見ることが出来るようになったのは少し嬉しかったりもする。
「それで、ヨウトは──」
と、そこまで言ったミウの言葉を遮るようにして家の奥からドタドタと慌ただしい音が聞こえてくる。
そんな音を出すのはここの住人では家主しかいない。
「おはよ! 2人とも早いな。せっかくの休みなのに」
奥から出てきたのは何故か攻略に出る時と同じ完全武装状態のヨウトだった。
その姿に俺とミウ2人首を傾げながらも「おはよ」と挨拶を返す。
「やっぱり日頃の習慣的に中々ずっとは寝れないよ。それよりヨウト、その格好何だ? 今日って休養日だよな?」
「あぁ、そうなんけど……うん、ちょっと呼び出し食らっちゃって」
「呼び出し? 誰から?」
「攻略の鬼から」
ヨウトは両手の人差し指を頭の上に持ってきて角を作る。どこか嫌そうな苦笑いから察するに。
「お前、またなんかしたの?」
「またとはなんだまたとは──ただちょっと、アスナとキリトの関係を突いてみただけで」
「──と、言うわけです」
ずっと言葉を遮られていたミウが呆れたようにため息をついて、そう締めくくる。
どうやらミウは事の顛末を知っているらしい。もしかしたらアスナから直接事情を聞いているのかもしれない。
「それにしても、またすごい地雷を踏み抜きに行ったな。あの2人の関係って攻略組の中でも七不思議に数えられてるくらい謎なのに」
「実際に踏んでみないと地雷か宝か分かんないだろ?」
「で、実際に地雷だったわけか」
「てへぺろ」
また興味本位で聞いたってことか。そういう話ならミウのように呆れてしまうのも分かる。これはヨウトが悪い。
もう少し話を聞いてみると日頃のヨウトのおちゃらけた態度+今回のことでアスナの堪忍袋の諸がぶち切れたらしく、お説教諸々ということで呼び出しがかかったらしい。
向かうのはKoB本部。そういうことなら全力装備で向かうのも分かる。あんな殺伐としたところ、丸腰では怖くてそうそう近づけない。
「しかも呼び出し時刻まであと20分です」
「遅刻ギリッギリじゃねぇか!? さっさと叱られてこい!」
うぇーん! とふざけた悲鳴を上げながらヨウトが家を出発していった。まぁ、あいつの足なら間に合わないということはないだろう。実際にそんなことになったらアスナの怒りがこっちにまで飛び火しそうだなぁ……絶対に間に合えよ、ヨウト。
ヨウトを見送ったところでシン……と家の中から音が消えた。俺とミウ、互いの顔を見合わせ小さく笑い合う。
「なんか、変な感じだね」
「そうだな。最近絶対に3人以上で行動してたから、久しぶりに2人になるとめちゃくちゃ静か」
俺とミウだけでも会話は盛り上がるし、コミニュケーションだって取れる。ただやはり人数が減るというのはそれだけで音の量も減る。
俺たち2人は会話のない時間も嫌いではないが、せっかくの休みだ。会話くらいあった方が楽しいだろう。
と、ミウの向かいのソファに座ったところで、ミウがずっと手に持っている手鏡に目が行った。
「そういえば、ミウも最初にもらった手鏡ずっと使ってるよなあ。もしかして気に入ってるの?」
俺もまだ持ち続けている手鏡。今は何の効果も無い、ただ映った物を反射するだけのものだが、最初は作成されたプレイヤーたちの姿をリアルの姿に強制的に変えるために配られた物だった。
つまり、このデスゲームの始まりを告げる役を担っていたと言っても過言ではない。
そのせいもあって、プレイヤーたちのほとんどがこの手鏡に良いイメージを持っていない。配られたその日に目の前の現実を受け入れられず叩き割った者までいる。
あのヨウトでさえ、俺やミウが手鏡を使っているところを見ると少し顔色を曇らせる。
だから相当な理由がなければ、普通は処分しているはずの一品だ。
そんな俺の質問の意図をミウも察したのか、少し考える素振りを見せた後、どこか曖昧な笑みを浮かべる。
「……そうだね、むしろ何も思い入れがないから、まだ使っているのかも」
「思い入れがない?」
「うん、何ていうのかな。私も早く現実に戻らなきゃ、やることたくさん残ってるんだから! ……ていう気持ちも皆と同じように確かにあるんだけどね。でも、その、だからってそこに必死さまではないというか。真剣味が足りないのかも。だからあまり
「……」
ミウの言葉はどこか論点が定まっていない気がした。でも、言いたいことはすぐに理解できた。
確かにミウは生きることには必死であっても、この世界を脱出することには必死ではない気がする。自由気ままに、でも目標は持って。そんな
それがこの世界に囚われている者として、正しい生き方なのかは分からないけど、正しかろうと間違っていようと、俺にはそれをどうこう言う資格はない。
何故なら、俺も同じだからだ。
「そんなところは似てなくても良いのにな……」
「……? コウキ、今何て言った?」
「いいや、何でもないよ。ただ最近、ミウ鏡見てることが多いけど何か気になることがあるのかなって」
「う゛ぇ!?」
なんか今、女の子にあるまじき声が聞こえた。
ミウは顔を引き攣らせたまま一瞬固まり、笑って誤魔化そうとするも顔は以前引き攣ったまま、そのせいでなんか変な表情になっている。相変わらずミウは表情に出やすい。
ミウは何度か小さく唸った後、俯いてボソリと呟いた。
「──じゃん」
「ん?」
「だから! ……一緒にいる時は、可愛く、思われたいじゃん……」
「……………………………………………………………………ゴフッ」
頬を染めながら恥ずかしそうに見上げてくるミウを前に、なんか口から人にあるまじき音が出た。
誰に思われたいのか、なんでそんな風に思われたいのか。そんな小賢しい思考がいくつか頭の中を飛び交うが、そんなことよりも、目の前の女の子の破壊力がヤバくてなんかこっちの頬も熱くなってきた。
「……」
「……」
無言が続く。気まずい。さっき会話がない時間も苦ではないとか言ったけどごめんなさい、嘘です。今めちゃくちゃ気まずいです誰か乱入して来てください。
そんな風に願うものの、こんな時に限って誰もいないのは先ほど確認済みである。
「……ん」
「え」
すると、ミウがおもむろに立ち上がる。この気まずい空気を打ち破ろうとした、と言うよりは他に気になることができたという感じ。そしてそのまま歩いて移動して──ぽすん、と、俺にくっつくようにして隣に座った。
「えっと、ミウさん?」
「……コウキの真向かいに座ってるのって、やっぱり何だか落ち着かないから」
「まぁ、うん、確かに最近向かい合って座ることってなくなったよな、人数増えたし」
「うん、だから、隣に座るの」
だから、隣に座る。
何が『だから』なのか、いまいち分からないがきっとミウの中ではそれが理由として成立しているのだろう。
いつも通りのちょっと急展開なミウの行動に、俺もいつも通り苦笑いする。なんだかんだ俺もミウが隣にいるのはリラックスするのか、先ほどまでの妙な雰囲気はもうどこかに飛んでいっていた。
「コウキ」
「んー?」
「こんな風に2人でいるのって前なら普通だったけど、今の普通はヨウトやリリちゃんたちもいるワイワイした私たち4人組の方。コウキは、どっちの方が好き?」
「……難しい質問だな」
「そう?」
「そう。気が楽って意味ならミウと2人きりだな。何も言わなくても互いの考え分かったし、何か決める時もすぐに決まったし。じゃんけんとかさ」
「じゃあ、今は?」
「今は考えなきゃいけない人数が増えたから、やっぱり気を遣う場面は多いよ。ほら、俺ってコミニュケーション能力低いし。でもその分、色んな考えを知る機会が増えたし、さっきも言ったけどやっぱり賑やかで楽しい。そう言う意味なら、今が好き」
「ふふ、なんかコウキらしい」
「そう?」
「そう。変に小難しく考えてる辺りとか特に」
「俺はミウやヨウトみたいに即断即決できないの。熟考型なの」
「えー? 優柔不断じゃなくて?」
「優柔不断はミウだろ。いっつもお菓子選ぶ時あっちが良いかこっちが良いか迷いまくってる癖に──」
そんな、取り止めのない、何でもない会話が延々、延々続く。たまに俺がからかいすぎてミウが拗ねたり、ミウに反撃されて俺が平謝りしたり、困ったり、笑ったり。
日常の1ページが、また1つ、埋まっていく──
SIDE Lily
買い物に出たのは良いものの何を買うのか何も考えていなくて時間がかかってしまった……というか、いつもご飯を作ってくれてるのはミウさんなんだから、ミウさんの意見を聞かないと何の意味もないのに……
「最近、空回りしすぎてるなぁ……」
カルマクエストもクリアして、またこうしてコウキさんたちと一緒にいられる毎日。
コウキさんは変わらず優しくて。
ミウさんは前以上に私と仲良くしようとしてくれて。
ヨウトさんはいつも私のことを監視するように見ていて。
三者三様。私との接し方は違うけれど、それでも全員が私がここのにいることを許容してくれている。
それがどれだけ恵まれていることなのか。私が理解している以上なのは間違いない。
だから、恩返しがしたい。何か力になりたい。そんな想いが前以上に強くなっている。
だから、前以上に色々しようとして、鈍臭い私は、今のように色々失敗している。
何をしているんだろう、と思う。でもそれ以上に、自然と笑みが浮かんでしまう。
自由に自分がしたいことができているのが、本当に楽しくて仕方がない。
空回りはしている、でも無理はしていない。
今できることの全てが、楽しくて楽しくて仕方がない。
だからきっと、今の私の在り方は、何も間違っていない。
「……とはいえ、ミスすることは間違ってるんだけど」
あはは……と1人苦笑いする。
次からは変に気を遣わず、ミウさんと一緒に買い物に行こう。そう決めてヨウトさんの家の扉をくぐる。
ヨウトさんはアスナさんにお説教を受けに行くってミウさんが言っていたから、今家にいるのはコウキさんとミウさんの2人だけのはず。
2人のことだから、また仲睦まじく話しているんだろうなぁ、と2人の笑顔を想像する。
少し、嫉妬する。羨ましい。でも私は2人が好きだから、2人が仲良くしているところを見ても不思議とこちらも笑顔になってしまうことが多い。
……こういうの、ドラマで見たことがある。よくいる幸薄げなサブヒロインだ……言って自分で悲しくなってきた。
「……あれ?」
と、私が1人脳内でテンションを下げていると、予想と違う家の中の様子に首を傾げる。
てっきり楽しそうに会話していると思ったのだが、リビングに来ても会話が一切聞こえてこない。もしかして部屋では暗しているんんだろうか? といつも皆で話し合っているソファに目を向けて──その理由が分かった。
つい、ため息をついてしまう。ただ、やはりその後に私に浮かぶのは笑顔だ。今回は呆れの要素が強いけど。
「……こういうところ、敵わないなぁ。ミウさんって色々ずるいですよね」
私の視線の先──ソファには仲良く肩を当て合いながらうたた寝しているコウキさんとミウさんの姿。2人の寝顔があまりにも幸せそうで溢れる愚痴もつい、声量を気にしてしまう。
2人のことだ。目を覚ますのも同時だろうし、きっと一緒にお腹が減ったとか言い出すに決まっている。その時のために私は間違ってもコウキさんたちを起こしてしまったりしないよう物音に注意しながら、私でも作れる軽食の用意を始めるのだった。
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