力無き少年のソードアート・オンライン   作:Aruki

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今回のイラストです! 病みミウも中々良いものです(愉悦)


【挿絵表示】






66話目 有力な少女の原罪

 そもそもの話、俺はミウについて知っているようで、ほとんど何も知らない。

 好みだとか趣味だとか人柄だとかはおそらく、この世界にいる誰よりも知ってはいる。しかしそれだけだ。内面的なことは何も知らないのだ。

 何を考えてそういう行動に出ているのか。何を想ってそういう行動に出ているのか。

 そんなミウの根本の話。それを俺はほとんど知らない。

 なぜか? ミウが話したくなさそうだから、それもある。

 だが何よりも、俺自身が積極的に踏み込まなかったからだろう? 

 ミウから近づいてくれるから、それに胡座をかいて、俺から近づく努力をしなかった。

 ミウは、俺のことを何度も救ってくれているのに。力になりたいなんて思いながらも、それじゃあどこまで行っても口先だけだ。

 でも、そんなのはもう嫌だ。俺はミウにいつでも手を差し伸べてやれる存在でありたい。ミウの笑顔を曇らせるものなんて全て消してしまえるほどの力が欲しい。

 

 だから俺は今日、初めてミウに一歩踏み込む。ミウの笑顔を取り戻すために。

 

 

 

 

 

 

 

 荒野でミウに声をかけてから再び街に戻ってきて、今は街中を流れる川の近くにあるベンチに腰掛けていた。しかし何か話すわけでもなくただお互いに川を見つめている。

 隣り合って座っているのに、今のミウとの間には不透明で分厚く高い壁を感じる。見通すのも、登るのも壊すのも難しそうな絶対的な壁を。

 ミウも、俺に対してそんな壁を感じていたのかな、なんて考える。だとしたら、ミウはその壁を壊してくれた。それに俺も何か返したい。

 こんなところで躊躇っている場合じゃないんだ。

 

「ミウ、なんであんなところで1人で戦っていたんだ?」

「……別に、大した理由はないよ。なんとなく、昼間の体力が有り余ってたから、消化したくて圏外に出てただけ」

「それにしては鬼気迫る感じだったけどな」

「それは……」

 

 そこでミウの言葉が止まる。

 しかしそれ以降俺の言葉も続かない。あーくそ、こういう言い回しはヨウトの特技であって俺は不得意中の不得意だ。

 結局真正面から当たるしかない。

 

「ミレーシャさんを殺したあの守護獣、あれを連想してたんじゃないのか?」

「……」

「あれは……ミウのせいじゃないよ。どうしようもなかったんだ。俺も、ミウも」

「そんなこと、そんなことなかった。私の手はミレーシャに届いた。手を伸ばさなきゃいけなかったんだ。なのに、私は……」

「自分を責めたい気持ちは分かるよ、でも──」

「分かる? 本当に?」

 

 ミウは何かを堪えるかのように俯き、膝に乗せていた両手をこれでもかとばかりに握りしめる。

 

「本当に分かるの? 私の悔しさや情けなさ、やるせなさ、何もかも全部、分かってくれるの?」

「俺もあの時、ミレーシャさんに一緒に助けられたんだ。分かるよ」

「ううん、分かるはずがない、だってあの時転んでしまったのは私で、私を守るためにミレーシャはあの守護獣の目の前に立ったんだから。私の罪は、消えない。消えちゃいけないんだ」

「俺に、自分のことを許しても良いって教えてくれたのはミウだ。だったら、難しいかもしれないけど少しずつでも自分のことを許してみないか?」

「ふふ、そんなこともあったね……でもそれならなおさら、私は私を許せない。許して良いはずがない。誰に許されたとしても、許されるこそ、私は私を許しちゃいけないんだ」

 

 気持ちは、分からなくもなかった。だって昔の俺は、いや今の俺も父さんの件で自分のことを許しきれていないのだから。

 それでも、今は俺のことなんて関係ない。ミウについてだ。

 

「でも、それでも、破滅的な行動だけじゃ罪は償えないし、消えないよ」

 

 自分を痛めつける行為はある意味で楽なのだ。自分1人で完結する行いだから。

 でもそれじゃあ罪を償うなんてことにはならない。ただの逃げと同義だ。

 しかし、ミウはもう堪えきれないとばかりに歯を噛み締めると顔を上げて俺を睨みつけてくる。

 

「だったら、だったら! どうすればいいの!? コウキ言ってたよね!? 自分からも他人からも罰を与えられて許されたときが罪が消える時だって! それなら私は一生罪を償えない。私は誰からも責めれられないんだから!!」

「ミウ……」

「それとも、コウキが、コウキが私のことを罰してくれるの!?」

 

 ミウの慟哭が静寂な街に木霊し、吸い込まれていく。

 あまりに一気に叫んだからかミウはそこで言葉を切ると荒くなった息を必死に整える。

 そうしていく中で自分が無茶苦茶なことを叫んでいると思ったのか「ははは」と乾いた笑い声をあげる。

 

「ごめんね、コウキ、訳分かんないよね、こんなこと言われても、本当にごめん」

 

 言うとミウは今までのことなど無かったかのようににっこりと笑うとスッと立ち上がりこの場を立ち去ろうとする。

 

「待ってよ、ミウ」

「コウキ……?」

 

 その手を俺は捕まえる。離さないよう、離れて行かないよう強く。

 今ここでミウを行かせれば、きっと明日にはいつものミウに戻っているような気がする。今の叫びも何もかもを無かったことにして、心の奥底に閉じ込めて。

 でも、それじゃあダメなんだ。ミウを救ったことになんてならない。ただ問題の先送りをしているだけだ。

 

 助けるって誓ったんだ。誰でもない、自分自身に。

 俺は大きく息を吸う。逃げないように。目を逸らさないように、腹の奥に力を入れる。

 

「ミウ、ミウが何を抱えて今まで戦ってきたのか、俺は知らない。もっと早く聞かなきゃいけなかったのに、自分のことで精一杯になってることを言い訳にして逃げてきてた。でももう逃げない。俺もミウの隣に本当の意味で立ちたい。だから、抱えているものがあれば話してほしい。そして、少しでも良いから俺にもそれを一緒に抱えさせて欲しいんだ」

「……」

「頼む、ミウ。俺も、ミウの力になりたいんだ」

 

 助けるチャンスをくれないか。必死にそう頼み込む。

 もちろん、話してくれたからといって俺が何かできるとは限らない。徒労に終わるかもしれないし、下手なことを言ってミウを傷つける可能性だってある。

 でももうミウを傷つけることを恐れて、傷ついてる今のミウを見ないふりをするのは嫌なんだ。

 結局のところ自分の都合だ。偽善と言われるものだろう。それでも構わない。ミウを助けたいと言うこの気持ちだけは本物なのだから。

 

 言葉という名の手をミウに必死に伸ばし続ける。そして。

 

「……コウキ」

「うん」

「私のこと嫌いになっていい。軽蔑していいから。聞いてよ」

「……うん」

 

 その手は、届く。

 

 

 

 

 

 

 

 ミウ──大野美海(みうな)は子供の頃から今のような性格だった。

 明るくて、優しくて、人懐っこくて、よく笑う。そんな子供だった。

 そんな彼女には友達も多くいるし、家族仲も良好だ。人間関係で言えば申し分ないと言える。

 これから話すのは、そんな子供がいかにして捻れていったかという物語。

 ミウという存在の異質性の根幹を知る、物語。

 

 

 

 

 

 

 SIDE Miuna

 

「美海ー! ドッジボール行こうぜー」

「行くいくー」

 

 とある小学校の2年生のとある教室。私は友達の誘いに乗って昼休みを無駄にしないためにも走って体育館に向かおうとする。

 しかし、ふと気になり後ろを振り返る。そこにはいかにも大人しげな女の子が1人。おさげを2つ肩に流している可愛らしい子だ。

 その子は教室の片隅で本を読んでいる。私の視線に気付いたのか自分の視線を本から上げて私を見つめる。

 

 ──行かないの? 

 ──私はいい。

 

 一瞬のアイコンタクト。それだけで相手の言いたいことが分かり相変わらずだなぁと私は苦笑いする。

 

「おい美海ー! 早くしろよー!」

「ごめーん、すぐ行くからー!」

 

 先に行っていた男の子が急かすように言う。体育館の場所取りはまさに戦争。早い者勝ちのスピード勝負なのだ。モタモタしていれば他のグループに占領されてしまうこともある。

 私は女の子に背を向ければいざ行かんとばかりに全力疾走で体育館に向かった。先生に走るなと怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふー、今日も私のチームの勝ちだね」

「くそぅ、なんで毎回勝てないんだよ!」

 

 放課後。昼休みのドッジボールの激闘の結果に私がニンマリしていると相手チームだった男の子たちが悔しそうに唸る。

 私にボールを当てようなんて100年早い。と胸を張って鼻を伸ばすと男の子たちは余計にぐぬぬと唸った。これなら先生に怒られた甲斐もあるというものだ。

 

「次こそ絶対に勝つからな! 次は体育のサッカーで勝負だ!」

「いいよー。いつでもかかってきなさい」

「調子乗りやがってー。絶対美海にすごい、負けたー! って言わせてやる」

「えー、できるかなー?」

「少なくとも、テストの時なら勝てる!」

「それはずるくない!?」

 

 あはは、と一団皆で笑い声が上がる。

 くそう、いくら私でも勉強を出されては引かざるを得ない。というか、男の子なら頭じゃなくて体力で勝負してみなよ! 

 などと考えるこの頃の私は、今よりもさらに、それもかなり男勝りな性格だった。

 だからこそ。

 

「じゃあ美海、一緒に帰ろうぜー」

「あー、ごめん。ちょっと今日用事あるから、先に帰っててー」

「えー……分かったよ、じゃあまた明日なー」

「うん、またー」

 

 こうやって慣れない嘘をついてみたりもする。

 こんな私が、女の子のようなことをするのが、どこか照れ臭かったから。

 私は他の子たちの姿が玄関を出て見えなくなったのを確認すれば、急いで支度をして

 校庭に出る。

 この学校の校庭は少し広くて、サッカーグラウンドの外側西に草花が生い茂っている原っぱがある。

 そこに、彼女はいた。

 

千智(ちさと)ちゃん、ごめん遅くなっちゃった」

 

 彼女──中内千智ちゃんは小走り気味にやってきた私を見て微笑む。

 

「大丈夫だよ。まだ全然明るいし。きっとまた男の子たちに一緒に帰ろうとか言われてたんでしょ?」

「え、うんそうだよ。よく分かったね、すごい!」

「うーん……分かると言うか、分かりやすいというか」

 

 苦笑いを返してくる千智ちゃんに首を傾げる私。

 たまに千智ちゃんは私にはよく分からないことを言う時がある。私の頭が悪いせいかもしれないけど。

 千智ちゃんは「まぁ、そんなことより」と手をパチンと叩いて空気を入れ替える。

 

「今日も花の冠一緒に作るんでしょ? 時間もあまりないし、早く始めましょ?」

「うん!」

 

 他の子たちに内緒にしているのはこれだ。

 初まりはなんて事はなかった。放課後、校庭を使ってサッカーをしていた時、ボールがあらぬ方向へ転がっていき、今と同じ原っぱにいる千智ちゃんを見つけた。

 その時も千智ちゃんは花冠を作っていて、それを見た私は、

 

「すごいね、可愛い! 私にはそんなことできないや」

 

 と言って、そのお返しに、

 

「そんなことないわよ、もしよかったら教えてあげるよ?」

 

 という千智ちゃんの申し出に乗り、今のような関係ができた。

 

 千智ちゃんはすごく女の子らしい子で、絵も上手だしお洋服も可愛いし、なんというか女の子オーラがすごい。

 そのせい、というわけでもないけど、体育とかは苦手みたいで、昼休みに何度か一緒に遊ぼうと誘った事はあるけどドッジボールとかはしたことがない。というか、私以外の女の子はあまりそういうことはしないらしい。楽しいのに、ドッジとサッカー。

 

 とはいえ、そんな私でも女の子っぽい遊びには憧れを持っていたりもする。私の家族は男兄弟が多くて遊ぶのも体を動かすことのほうが多いし、お下がりでもらう服もほとんどが男の子のものだ。

 だからこそ、千里ちゃんみたいな子は私にとって憧れの塊と言っても過言ではなかった

 

 そんなわけで、放課後は毎日ではないけど千智ちゃんに花冠の作り方を教えてもらっている。

 最近は少しずつだけどうまく行くようになってきた、んだけど。

 

「うーん、どうやったら千智ちゃんみたいに綺麗にできるの?」

「美海ちゃんはお花を折る回数がちょっと多いんだと思うよ。そのせいでしわくちゃになっちゃう」

「むー…….」

 

 難しい。スポーツなら全力で体を動かしたり相手のことを見て動けばどうとでもなるけど、この花冠造りというのはなかなかに手強い。何せ力任せにやれば折れてしまうし、自分以外に誰かが存在するわけでもないから。

 

「ねぇ、何かコツみたいなものってないの?」

「コツかぁ……そうだね、送る相手のことを想いながら作ること、かな」

「送る相手?」

「そう、そうすれば綺麗なものを渡したいって自然と思えるでしょ? そうすれば丁寧に作れる、と、思う」

 

 言いたいことを上手く纏められたのか自信がないのか千智ちゃんは最後の方言葉がふらふらと揺れるように話す。

 でも、言いたいことは分かった。すごく素敵な考え方だと思う。

 渡したい相手かぁ……

 

「思いつかないなぁ」

「美海ちゃんって、結構ば──ばかだよね」

「結局ばかって言うなら言い直さないでよ!?」

 

 がーん、と擬音が聞こえてきそうな感じで涙目になる。しかもなんでばかって言われたのか分からないから納得がいかない。

 シクシクと悲しみながらも花冠を作っていると千智ちゃんはくすくすと笑う。

 

「ふふ、ごめんなさい。お詫びに良いものあげるから許してね」

「良いもの……?」

「えぇ、じゃーん」

 

 千里ちゃんは自分のランドセルを漁ると中から綺麗にラッピングされた小包が出てくる。

 淡いピンク色の生地にキラキラとしたラメのようなデコレーションがしてあってとても綺麗だ。

 

「はい、美海ちゃんにあげる。クッキーよ。私が作ったの」

「え、自分で作ったの!? 千智ちゃんすごい!」

 

 中のクッキーが割れないように丁寧に受け取れば早速袋の中身を確認する。中には千智ちゃんの言う通り何枚かのクッキーが入っていた、しかも猫の形や犬の形など色々な動物を彩った形をしていてすごく可愛い。

 

「すごいすごい! すっごく美味しそうだし可愛いよ!」

「ふふー、昨日お母さんと一緒に作ったの。美海ちゃんにあげようと思って頑張っちゃった」

「そうなの、ありがとー!」

「これで美海ちゃんも不良の仲間入りね」

「え、あ……」

 

 そうだ。学校にはお菓子とかオモチャは持ってきてはダメなんだ。今このお菓子を喜んで受け取った時点で私も悪いことになる。

 あわわと私が慌てふためいているとそれを見て千智ちゃんはまた笑う。

 

「大丈夫よ美海ちゃん。放課後だしこんなのバレっこないわ」

「そう言う問題なのかな……?」

「そう言う問題よ。だいじょーぶ!」

 

 そう言われるとそんな気もする。再びクッキーを見ればふんわりと甘い匂いが私を襲う。

 ……うん、問題ないね! 放課後だし、校庭だから学校内じゃないし大丈夫大丈夫! 

 わーい、と思考停止して再び喜び始める私。その時になんとなく分かった。

 

「あ、そっか、これが千里ちゃんが言ってた渡す相手のことを考えて作る、ってことなんだね」

「これ?」

「うん、千里ちゃんが私のことを考えて作ってくれたから、このクッキーはこんなにも綺麗だし、可愛いし、美味しそうで、私も嬉しいんだ」

 

 温かい気持ちが、心を満たす。クッキーというもの以上に何か大きな、嬉しいものをもらったような気がして。

 自然と笑みが浮かんでしまう。嬉しくて仕方がない。

 

「ありがとう、千里ちゃん、すっごく嬉しい」

「ふふ、どういたしまして。そうだ、それなら今度私の家で一緒にお菓子づくりしない?」

「お菓子づくり……」

 

 ぽわんぽわんぽわん、と頭の中で想像する。友達の家で一緒にお菓子づくり。なんだかそれはとても女の子っぽいイベントな気がする! 

 

「うん、したい、お菓子づくり!」

「なら決定ね。学校が早く終わる日がいいから来週の月曜日にしましょうか」

「うん!」

 

 また新しい、嬉しいイベントが決定した。

 千里ちゃんと一緒にいると嬉しいことがたくさん増える。きっとこれからも、もっともっと──

 

 

 

 

 

 

 

 あるところにいつも笑顔で優しい王子と、その王子ととても仲の良い従者がいました。

 その2人は本当に仲が良く、主従の関係を超えて友人のような絆で繋がれていました。

 王子はその従者のことが好きでしたいつも頼りになってかっこいい自慢の従者でした。

 従者は王子のことが好きでした。少し頼りなくて泣き虫なところがあったけれど、いつでもニコニコと太陽のように明るく笑っていて、自分にも国民にも温かな気持ちを送ってくれる王子でした。

 

 穏やかな国、穏やかな日常。しかしある日突然それも終わりを告げました。

 戦争が始まったのです。

 国民は悲しみに染まり、豊かな国土は脅かされ戦いはどんどん悪化していきました。

 弱虫な王子はみんなで逃げようと言います。しかし従者は言います。戦わないと何も変わらないと。自分の意思を見せないと何も守れはしないと。

 

 王子たちは戦いました。戦って戦って戦って──ついに、従者が命を落としました。

 王子は泣きました。一晩中泣きました。悲しかったのです、悔しかったのです、憎かったのです。

 どうしてこんなことにと嘆き続けました。それでも、王子は強く心を持ちました。

 従者が死の間際に言ったのです。

 王子の笑顔が好きでした。どうかずっと笑っていてくださいと。最後まで守れなくてごめんなさいと。

 大好きな従者の最期の言葉です。王子は必死にそれを叶えようとしました。

 王子は笑い続けました。悲しくても、怖くても。

 王子は戦い続けました。大切な国民を守るために。

 

 そんな王子の姿に国民たちも勇気づけられ、心癒され、奮起づけられ、頑張りました。

 こんな悲しい戦いは間違っていると、笑い合える平和が欲しいと。

 そうして最後には王子たち引きいる国は戦争を休戦に持ち込み戦争は終わりました。

 悲しいことは終わりました、笑顔の毎日がまた始まりました。

 逃げるだけではダメなのです。泣いているだけではダメなのです。憎むだけではダメなのです。

 立ち向かうこと、笑い合うことが大切なのです。

 それを王子たちはずっと、ずっと言い伝え続けました。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

「どうしたの美海ちゃん」

「今日の国語の時間読書感想文の授業だったよね。その時に読んだ本がちょっと気になって」

 

 可愛らしい見た目とタイトルの癖にその中身が人が死んだりする戦争ものだった、というショッキングな事態そのものも悩みの種ではあるけど、問題はそこではなく、感想文を上手く書けなくて先生にめちゃくちゃやり直しを言われたことでもない。

 お話の途中、従者が死んだ時に言っていた言葉である。

 ずっと笑っていてください。笑うというのは強制されたり誰かに支持されてしないといけないことなんだろうか。良い話だとも思ったけどそれは絆という綺麗なものとは何か別のもののように感じた。

 

「美海ちゃん、着いたよ」

「んぇ?」

 

 うーむ、と珍しくも頭を捻らせながらも考えていると爆発しかけたところで千里ちゃんに声をかけられて意識が戻る。

 いつの間にか千智ちゃんの家に着いていたらしい。私は頭を振って思考も現実に戻す。

 そう、今日は約束していたお菓子づくりの日だ。いっぱい楽しもう! 

 

 そう決め込んで私たちは一緒に千智ちゃん家に入る。私はお邪魔しますと。千智ちゃんはただいまと。

 

「あらいらっしゃい。あなたが美海ちゃんね。千智からいつも話は聞いてるわよ」

 

 家に入ってすぐに奥から出てきたのは千智ちゃんのお母さんだ。前に授業参観日に見たことがあある。

 すごく綺麗な人で長い髪で髪先が緩くウェーブしているのが素敵だと思う。

 

「こんにちは、お邪魔します、今日はよろしくお願いします」

「礼儀の良い子ねー。ウチの子といつも仲良くしてくれてありがとうね」

「いや、その、私の方がいつも千智ちゃんに仲良くしてもらってるから、じゃなくて、してもらってます」

「ふふ、無理に難しい言葉を使わなくても良いわよ。気疲れしちゃうでしょう?」

 

 私の下手くそな敬語もすぐに見破られてしまって少し恥ずかしくなる。でも千智ちゃんのお母さんも千智ちゃんに似てすごく優しい人だ。あ、いや、この場合千智ちゃんがお母さんに似てるのかな。

 

「もうお母さん、美海ちゃんをからかうのはそれくらいにしてよ。さ、美海ちゃん。早速一緒にクッキーを作ろう」

「うん!」

 

 私と千智ちゃんはお家に上がり荷物を下ろせばすぐにキッチンに向かう。

 2人分のお揃いの可愛いエプロンが用意してあったり、私たちの身長を考えて台座が二つ用意してあるのはびっくりした。

 そうして千智ちゃんのお母さんに見守られながら、早速クッキー作りの始まりだ。

 とは言っても特別な加工はしないただのクッキーだ。生地を作って整形して焼いて冷やす。これだけでほとんど完成だ。

 生地をこねるときに意外と力が必要で手が痛くなったり、焼きたてのクッキーが美味しそうで突いて手を軽く火傷したりもしたが楽勝だった、ラクショー。

 

「美海ちゃん、ちゃんと手を冷やすのよ?」

「ごめんなさい」

「美海ちゃん考えてることがすぐ顔に出るからなぁ」

 

 らくしょうだったもん……ぐすん。

 

 

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「良いのよ。私も千智も美海ちゃんと一緒にお菓子作りできて楽しかったから」

 

 夕方。出来上がったクッキーを3人で食べ終わり、帰る時間となった。

 初めて作ったけどあんなに美味しくできたのは本当に嬉しかった。きっと2人が丁寧に教えてくれたからだ。

 

「千智、美海ちゃんを大通りまで送ってあげなさい。この辺り、道を覚えてない人には迷路みたいになってるから」

「うん、分かった」

「え、でも……」

「いいよ美海ちゃん。私も保育園の頃迷子になったりしてたし、心配だから着いていくよ」

 

 う、来る時ずっと考え事していたせいで道順が怪しかったから、実はすごく嬉しい申し出だ。

 私は申し訳なくなりながらも「じゃあ、ごめんけど、お願い」と千智ちゃんにお願いする。

 

「何かあったら危ないからね。2人とも手を繋いで行きなさいよー」

「うん、分かったお母さん」

「じゃあ、すみません、今日はお邪魔しました」

「えぇ、またいつでもいらっしゃい」

 

 千智ちゃんのお母さんに別れを告げて、千智ちゃんと手を繋ぎ歩き始める。

 今でもあのクッキーの味が思い出せるほどに美味しかった。練習したら私の家でも作れるようになるのかな。

 

「美海ちゃん、今日はありがとう」

「え、何が?」

「今日私の家に来てくれたこと。私、友達を家に呼ぶのって初めてだったから、私もなんか嬉しくなっちゃって」

 

 なんだか、モニョモニョとした気分になる。

 千智ちゃんが喜んでくれていることが嬉しいというか。うまく言えないけどなんだかにやついてしまう。繋いでいる手に無意識に力がこもる。

 

「私こそありがとう、だよ。今日はいっぱい新しいことを知れたし、嬉しいこともいっぱいあった。ありがとう、千智ちゃん」

 

 横断歩道を渡りながら満面の笑みを返す。この横断歩道を渡ったらもう大通りだ。今日のところはお別れになる。

 

「今度は私が得意なこと千智ちゃんに教えたいな。スポーツとか!」

「でも私、運動神経あんまり良くないし……」

「大丈夫だよ、最初は皆下手なもんだよ。やってみたら面白くなるよ!」

「……美海ちゃんがそう言うんだったら、じゃあやってみようかな」

「うん! 約束! ふふー。今度は私が色々教えてあげるんだー」

「うわー、なんだかスパルタそー」

 

 あはは、と2人して笑い合うのと同時横断歩道を渡り終える。

 ここでお別れだ。

 

「じゃあ、また明日学校でね」

「うん、またね美海ちゃん」

 

 明日からももっともっと楽しいことが待っている。

 大好きな千智ちゃんと一緒ならどんなことをしても楽しい。

 そんな想いを胸に、別れの言葉と共に手を離す。明日の楽しみに胸を跳ねさせながら──瞬間。

 見えた。確かに見えたんだ。反応もできた。

 

 

 

 横断歩道を渡っている千智ちゃんに猛スピードで迫ってくる自動車が。

 

 

 

「あ」

 

 今ならまだ間に合う。その手を再び掴んで引き戻せば間に合う。助けられる。

 そう思うのに、私の体は自分の体が大切とばかりに全く動かないで。

 手を握らない私と目を合わせたまま、凄まじい衝突音と共に、千智ちゃんの体は左の方向へと真横に吹っ飛んだ。

 

 それを私は、ただ見ていることしかできなくて。笑顔から驚きの顔に変わっていく千智ちゃんの表情を見ていることしかしなくて。

 気づいた時には、千智ちゃんの体は2回、3回とアスファルトの上をバウンドして路上に転がっていた。

 千智ちゃんを轢いた車はコントロールを失ったのかそのまま壁に電柱に激突して煙をあげながら停止する。

 

「ち、さと、ちゃん……」

 

 きっと実際には数秒しか経ってなかったんだろうけど、この時の私にはその数秒が何十分、何時間にも感じられて。

 そんな私の思考がようやく回り出したのは、千智ちゃんが倒れているアスファルトが赤黒い何かの液体で染まってきたタイミングだった。

 

「びょ、病院、救急車……!」

 

 そして今になって事態の深刻さを理解する。

 私は震える手でランドセルの中に入っている連絡用の携帯を取り出す。いつもは何気なく触っているこの携帯でさえ、今この瞬間だけは命を助けるための道具だ。そう思うと携帯を持つ右手が震えて仕方がない。

 間違っても落としたりしないようしっかり握りしめながら1、1、9と数字を押していく。入力する指も震え上がってしまっていて中々入力ができなくてもどかしい。

 

 そしてコール音の後すぐに電話にでた人に今の場所と現状を伝える。声も震えてしまって何度もつまり聞き返されてしまったがなんとか伝え切る。

 

 そして電話を切った後、私はもたつきからまる足でふらふらと歩きながらも千智ちゃんの傍に歩き寄る。

 千智ちゃんは仰向けで道路に倒れていた。いや、これは転がっていると言ったほうが適切なのかもしれない。

 

「ちさと、ちゃん、千智ちゃん、千智ちゃん!!」

 

 もう一度彼女の名前を呼べば感情が一気に溢れ出してくる。どうしようどうしようどうしよう!! 通報は!? もうした、誰かに助けを、近くに誰もいなさそうだ、戻って千智ちゃんのお母さんに、でも何て言うの? それに千智ちゃんを置いてこの場を離れるの!? 

 

 頭の中で多くの選択肢がぐるぐるぐるぐると回り続けるが、どれも行動には移せない。

 私が混乱している最中、千智ちゃんの瞼がピクリと震え、ゆっくりと開かれる。

 

「千智ちゃん!!」

「み、うな、ちゃ……ん? そこに、いるの……?」

「いる、いるよ! 私はちゃんとここにいる!!」

「ふふ……よか、ったぁ……寒くて寒くて、でも……体が、動かなくて、仕方がないんだぁ……でも、みう、なちゃんがいる、なら、安心」

「うん、うん! もう救急車も呼んだから! すぐに来てくれるから」

 

 どこか遠くの方でサイレンが聞こえてくる。ここに急行中の救急車かもしれない。それならば本当にもうすぐ来てくれる。来てくれる、はずだ。

 

「みうな、ちゃん、泣いてるの……?」

「へ、あ、あれ、泣いて、る……?」

 

 千智ちゃんに言われてようやく自分が泣いているのだと気がつく。

 溢れ出した涙が止めどなく流れ落ちて、それが傷だらけの千智ちゃんの顔を濡らす。

 

「だめだ、よぉ……みうなちゃん、は、泣いたら……わたし、みう……なちゃんの、わらっ、てるかおが、すきなん……だぁ」

「私の、笑ってる顔……?」

「うん……いつも、おひさまみたいで、キラキラ……してて、あったかいの……だから……み、うな……ちゃん、には、わらってて、ほ……しい、なぁ」

「うん、分かった、笑うから、いくらでも笑うから! 千智ちゃん頑張って!」

 

 自然と応援するような言葉が出てしまう。

 だって、千智ちゃんが話すたびに、言葉を発するたびに、千智ちゃんの命が溢れて出ているような感覚があったから。

 このまま放っておいたら、今にも千智ちゃんはどこかに行ってしまいそうで。瞼を閉じてしまいそうで。

 

「千智ちゃん? 千智ちゃん! 千智ちゃん!!」

「きこ、えてる…………よ……」

 

 そして本当に瞼を閉じてしまう。何度も何度も声をかける。でももう千智ちゃんからの反応はなくて。

 

「いやぁああぁあああああああああああ!!」

 

 絶叫の後、私の記憶はない。

 






お気に入り、感想、評価、もらえるだけ作者がとてもめちゃくちゃ大喜びしてはしゃぎ踊りますのでどうかお願いします。

それとイラストですが、こちらも感想等あれば欲しいです。知人が大喜びします。
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