「ほんっとうにごめんなさい!!」
ミウとの話し合いの次の日。ナフさんに呼び出しをもらい《ガイア》に移動した後、唐突にミウがヨウトとリリに向かって頭を下げた。
いや、2人にしてみれば唐突だったと思うが、俺からすると朝からミウがずっとうずうずしている様子を見ていたので、俺も変に緊張してしまった。
ヨウトとリリはいきなり謝られて何が何だか分からないとばかりに疑問符を浮かべる。
ミウは言葉が足りなかったとばかりに「えっと……」と自分の頭を整理しているみたいだ。なんというか、ミウは相変わらず不器用だよな、色々と。
「あの、昨日までのこと、勝手に1人で落ち込み続けて皆の空気を悪くしたり、勝手な行動したりして、本当にごめんなさい」
これも、ミウ自身の罪との向き合い方の一つなんだろうなと思う。言ってしまえば、別にあやっまらなくても良い事柄だとも思う。それでもミウが頭を下げるのは、それがミウの在り方だからだろう。
そんなミウに対して2人は仕方がないぁとばかりに笑みを浮かべる。
「大丈夫だよミウちゃん。誰も気にしてはいないから。まぁちょっと暴走しただけだよあんなの」
「そうですよ。いつもミウさんにたくさん助けてもらってるんですから、少しくらい私たちにも迷惑をかけてください」
「うん、ごめん、ありがとう……!」
2人の言葉にうっすら涙を浮かばせながら応えるミウ。
きっと今までのミウならこういった場面でも裏では自分を傷つけ続けていたんだろう。自分が悪いと。謝っても罪は消えないと。きっと今でもそれは思っているのかもしれないけど、昨日までとは違うはず。
もっと前向きな、違うものへと変わってるはずだ。
だからこそ、俺は安心してミウを見ていられる。
そして今度は俺の方を見るミウ……って、なんで俺?
「コウキも、これからもよろしくね! 相棒!」
「え」
なんか今まで聞いたことのない名称で呼ばれた。
ポカンとしてしまった俺より先にリリがその言葉に反応する。
「相棒って、どういうことですか?」
「ん? 相棒は相棒だよ。私はコウキの相棒で、コウキは私の相棒」
「相棒……まぁ、今までも2人はそんな感じでしたから、別に良いですけど……なんだか他意があるように聞こえるのは気のせいですか?」
「特にないけど……でもまぁ、今までよりももっとコウキに頼ろうって思ったからさ」
「今までよりもって……」
リリが驚いたように言葉を切る。
無理もない、今の言葉に俺も驚いている。今までミウは誰かを助けることはあっても進んで誰かに助けを求めることはなかった。それなのに今の発言だ。
確かに昨夜の話し合いでずっとミウの隣に立つとは言ったが、いきなりそこまで明言してもらえるとは思わなかった。俺はもう少し、ちょっとずつ俺のことも頼ってくれるようになると思ってたんだけど。
するとヨウトが俺のすぐ隣まで寄ってきて耳打ちしてくる。
「へぇ、昨日の夜2人ともいないなぁとは思ってたけど、なんかあったな?」
「いや、まぁ、ちょっと……」
「聞いても良い感じ?」
「ミウに確認した方が良い感じ」
「んー、ならやめとく。なんか重そうだし。せっかくミウちゃんが明るく振る舞ってるんだしな」
「悪い、助かる」
こう言う時のヨウトの立ち回りは本当に上手いと思う。見習いたいところだが、それができるのなら昨日みたいにミウを傷つけることもなかった。
難しいところだなぁ、と俺が現実逃避していると。
「それでコウキさん、ミウさんの今の言葉どういうことなんですか!?」
リリが現実に引き戻してきた。
やっぱり逃避させてくれないっすか?
必死にリリにミウ言葉にそれ以上の他意はない(はずだ)と弁明していたらナフさんに呼び出された場所に辿り着いた。
今回はナフさんの部屋ではなく43層の《青樹殿》の広間──ソルグとヨウトが戦ったあの場所だ。
なんで今日はこちらなのだろう、と扉を開けると中にいたのはナフさんと護衛であると思われるカイムと……見知った女性。しかも何故か、いつものメイド服ではなく、豪華なドレスを着飾っていた。
……いやいやいやいや、まさかそんな訳。
嫌な予想に冷や汗がブワッと浮かぶ。自分の予想を否定し続けるがそれをナフさんの言葉が遮る。
「今日は、《宝珠》を全て集めた功績を讃えて、《森人》の長であり、次期王女候補のレイア様がコウキ君たちに改めて感謝を述べたいと言うことでね。ご足労願ったという訳さ」
《森人》の長。次期王女候補。
「え、王女候補って、レイアのことだったの!?」
そしてミウの驚きの声。
つまり、俺の予測通り。そしてミウの言葉通り。
あのメイドのレイアさんは、このドレスを着たレイアさんということだ。
「ん? 君たちはレイア様とお会いしたことがあるのかな?」
「いや、お会いしたというか、いつも着いてきていたというか、お連れしたというか……」
「ふふ、騙すような真似をしてしまってすみません、皆さん」
俺たちの動揺を感じ取ったのか面白そうにくすくすと上品に笑うレイアさん。
その笑い方は依然と全く同じものでありながらも、身分が分かり、今の服装でされてしまうと
全く違うものに感じてしまう。
「じゃあ、何で今まであんな姿で俺たちの近くにいたんだ……?」
「趣味です」
言い切られてしまった。ちなみにそれはどちらが? 近くにいる方? メイド服の方?
ナフさんが「やれやれ、またか」と頭を振っているあたり、おそらく常習犯なのだろう。
追求するべきかどうか微妙に悩んでいるとレイアさんが小さく咳払いを入れて空気を入れ替える。そうすると場が今ままでの明るく軽い雰囲気から、厳かで重い雰囲気へと移り変わる。
「まず、《宝珠》収集の件は本当にありがとうございます。私たちは《ナーザ》とは違い戦闘はあまり得意とはしていない種族です。皆様のお力がなければこんなにも早く収集が叶うことはなかったでしょう」
確かに、《ガイア》の戦士は連携や罠には長けていても戦闘面では《ナーザ》の《エイジス》に一歩遅れを取る気がする。
……でも、それならだからこそ。きっと力ある《森人》であるミレーシャさんは、《ガイア》に取ってとても貴重なものだったのではないだろうか?
ミウを見る。ミウも同じ考えに至ったのか表情を少し暗くする。が、視線に気がつくと俺に向かって微笑む。昨日流すべき涙は流したからと、そう言ってくれる気がする。
「そして、ミレーシャの件ですが」
そんな俺たちのやり取りがあったから、と言うわけではないがレイアさんの話題がそちらに移る。
そうしてレイアさんが浮かべた表情は、鎮痛な面持ち。
「……彼女の最期は、どういうものでしたか?」
「私たちを守って、笑ってくれていました」
ミウが即答する。こればかりは他の誰にも譲れないとばかりに。
ミウの言葉を聞いたレイアさんは「そうですか……」と一度目を閉じてミレーシャさんの名前を呼ぶ。
次に目を開けた時には王女の顔に戻っていた。
「彼女が《森人》としての使命を果たし、私たちの友人である皆様をお守りできたのであれば、彼女の心も浮かばれると言うものでしょう。帰ってこれなかったことは心が痛むばかりですが、私たちは、前を向いて歩いていかねばなりません。それ故に私は皆様にこう言います。彼女の、ミレーシャの最期を見届けてくれて、ありがとうと」
「レイアさん……」
ナフさんと言っていることは同じでも、レイアさんの言葉には温かさがあった。血が通っていたからだろう。本当にミレーシャさんのことを想って綴られたその言葉にミウの言葉が震える。
ミウの反応にレイアさんは微笑む。ミレーシャさんのことをそこまで想ってくれてありがとうとばかりに。
「ミウ様。こちらを貴女様にお送りさせてはもらえませんか?」
そう言ってレイアさんがミウに手渡したのは、緑色の宝石が先端に施されたイヤリングだ。
「これは……?」
「これはミレーシャが使っていたものです。彼女は本当にミウ様のことを気に入ってしましたから。どうか貴女様に持っていてもらいたいのです」
「ミレーシャの……」
レイアさんの言葉を反芻するミウ。そして手渡されたイヤリングを握り込み、額に当て目を瞑る。
まるでそこに残っているミレーシャさんの意思を感じ取るかのように。
そうすること数秒。ミウは拳を額から離し目を開ける。
「ありがとう、レイアさん。このイヤリング、喜んでもらいます」
「よかった、きっとミレーシャも喜びます」
2人とも、本当に嬉しそうに笑う。きっと、こうやって笑い合えるだけでも、昨日のミウとの話し合いには意味があったと思う。
ミウはそのままウィンドウを操作すると早速今もらったミレーシャさんのイヤリングを装備する。
「えっと、どうかな? 似合う?」
「ええ、とってもお似合いですよ」
レイアさんの言う通り、緑色のイヤリングはミウの装備と相まってとても映えて見える。
ミウが照れたように笑みを浮かべると、レイアさんは微笑みの後、再び空気を引き締める。
「では、本日の本題です。皆様に《宝珠》を集めてもらいましたが実際に儀式を行うのはここから一つ上の世界……貴方様方の言い方であれば階層ですか。そこにある神殿にて行うのです」
まだ上があったのか、攻略中は見かけなかったから、またこれもイベント中でないと発現しないイベントマップの中にあるのだろう。
「《宝珠》集めも終わった今、この世界に踏みとどまっている理由はありません。以前と同様に、私たちを護衛して、上の世界にまで連れて行ってもらいたいのです」
「今回はレイア様に僕、そしてカイムが同行するよ」
レイアさんの説明の足りない部分を横に控えていたナフさんが付け加える。
「でも、護衛と言っても、カイムは俺たちよりも強いんじゃないですか?」
「強さ、は分かりませんが、カイムは守ってもらう必要はありません。カイムも私たちを守るために着いてきてもらうのですから」
「と言うことは、カイムと一緒にレイアさんとナフさんを護衛してほしいってことですか?」
「はい、そうなりますね」
なるほど。前回はミレーシャさんが護衛の仲間に加わっていたが、今回は《ガイア》最強とまで言われるカイムか。
護衛対象は増えたが、隊列を組んで護衛する以上、そこまでのデメリットではない。
それに一つ上の階層程度なら死んでしまう危険は限りなく少ない…….そう言ってつい最近予想以上の敵と戦うことになったが。
少し悩む。が、右手をミウに握られる。
「大丈夫だよ、皆いるんだから」
ミウの笑みに緊張が解れるのを感じる。
……ミウを支えると言っておきながら、すぐにミウから支えられては形無しだ。自分の情けなさについ笑いが溢れるが、これ以上に頼もしいものもない。
「分かりました、護衛の件、お引き受けします」
そうして、《ガイアクエスト》2回目の護衛クエストが開始された。
護衛はやはりというべきか、そこまでの難易度ではないようだ。
順調に迷宮区を抜けて44層に辿り着いた俺はひとまず一息つく。
前回が前回だっただけに中々気を抜けない、と言うこともあり、まだ終わってもいないのに気疲れの方が体力よりも先に来てしまった。
他の皆もそうなのか一区切りであるこの地点で各々息を吐いている。
「お疲れのようですが、大丈夫ですか?」
「カイム」
あまりにも疲れを見せすぎたのかカイムが声をかけてくる。
しまった、まだクエスト自体は終わっていないのだ。もう一踏ん張り、気を張らなければ。
「大丈夫だよ。戦闘もそこまで大変じゃないし、というかカイムがかなり前衛やってくれてるし」
毎回のことながら、《エイジス》に力が劣ると言いながらも《ガイア》の戦士の力には驚かされる。
ミレーシャさんがアタッカー寄りのステータスと動きをしていたのに対して、カイムはどちらかというとタンクの動きをしてくれる。
それも抜群の安定感だ。43層での戦闘では一度もmobの攻撃を盾で受け損ねたことはなかった。
さらに攻撃力にも目を見張るものがある。今ではもう比べようもないが、カイムの片手剣から繰り出される攻撃は、あのミレーシャさんをも上回りかねないものに見える。
ソルグと互角という話だが、それも納得の存在感と実力だ。
「カイムの方こそ大丈夫か? もしよかったら前衛変わるけど」
「ありがとう。でも心配には及ばないよ。君たちにはいざという時のためにレイア様やナフ様の近くにいてもらいたい。何が起こるか分からないからね それに──」
言って、カイムは同じく前衛を務めているミウの方を見る。
「彼女と比べると、僕の働きも霞んでしまいそうだからね」
そう、カイムの言う通り。今日のミウはいつも以上になんというか、神懸かっていた。
今までだってキレのある動きに攻撃だったのに、今日はそれにさらに磨きがかかっている。
mobが近づいてきたりポップすれば誰よりも早く初撃を与えほぼ確実に体勢を崩す。そしてそこを俺やカイムが攻撃することでほとんど労力なしに倒してこれた。
カイムの方へ直接攻撃してきたmobほどはカイムが確実に止めているが、それと比べると確かにミウの動きは凄まじい。
「コウキー今日の私どう? かなり動けてない?」
「うん、正直驚いてる。なんでそんなに急にキレが良くなったんだ?」
「んー……心の問題かな?」
「心の問題?」
「そう、昨日いっぱい泣かされたから、スッキリして元気満タン、みたいな?」
「その言い方ほんと誤解招くからやめてください」
「えー。じゃあ街に着いたらここのケーキ奢ってよ。それでチャラかな」
「え、ここのケーキってめちゃくちゃ高いじゃん!」
確かちょっとした防具なら買えるほどの値段だった気がする。
癒そうな俺の顔を見て西氏、と意地悪に笑みを浮かべるミウ。
「だからこそ、だよー。約束ね」
「はいはい、分かりましたよ……」
お財布事情が寂しいことになりそうである。
あと後衛に配置しているリリから妙に重い視線を感じる気がするが、気のせいだと思う。というか思いたい。
「乙女の波動を感じますねー」
「レイアさん!? いつの間に背後に。と言うかこんな前に出てくると危ないですよ」
「大丈夫ですよ。私になにかあればカイムの責任ですから。私には関係ありません」
「またそんな戯れを……」
やれやれとカイムが頭を振る。やはりこういったレイアさんの行動は日常茶飯事のようだ。
そんな様子を見て少し気になることがある。
「あの、レイアさん。今のレイアさんと王女としてのレイアさん、どちらが本当のレイアさんなあんですか?」
「そんなの簡単なことですよ。どちらも私です」
あまりの断言に一瞬気を抜かれる。しかしレイアさんの言葉は止まらない。
「二面性を感じるかも知れないけれど、どちらも私ですよ」
微笑みながら言うレイアさんの言葉に、不意にミレーシャさんのことを思い出した
そういえばミレーシャさんはメイド服のレイアさんに少し畏まった態度をとっていた気がする。今にして思えばそれはこう言うことだったのだろう。
少ししんみりとしてしまったのを感じ取ったのだろう、レイアさんは「あー」と少し強引に話題を逸らしにかかる。
「そう言えばご存じですか? この階層には流れる星が見える場所があるのです。神殿の近くですがとても綺麗なんですよ。もしよろしければ皆様も見に行ってみることはどうですか?」
「へぇ、流れる星、流星ですか。良いですね、すごく!」
流星という言葉にミウの目が輝く。俺でも少し心揺らされるイベントなのだ。こういうイベントにミウが反応しない訳がない。
その詳しい場所を聞きながらもmobへの対処をしっかり行いながらも俺たちは護衛クエストを完遂したのだった。
44層にある神殿。下の層の《青樹殿》のことを考えると、さぞ大層な見た目をしているんだろうなと考えていたのだが、現実はただの暗い洞窟だった。
子供が砂山を作って適当に手を突っ込んで穴を掘ればこうなるだろう、というような見た目の洞窟。入り口や通路に何か特別な像や儀式的なものが置いてあるわけでもない、本当にただの洞窟。
強いて違うところを挙げるとするのなら、洞窟の壁に松明が点々と掛かっていて迷うようなことにはならなさそうな作り、ということだろうか。
レイアさんたちに案内されるがままに着いて行き、到着したのはこの洞窟で初めて出てきた大きな広間。広間には4つの通路が十字に繋がっていて、そのうちの一本から俺たちはやってきた。
この広間だけは、洞窟の中で異質な空気感がある、まず、純白な石材でできた柱がところどころに倒れていたり、広間の中央にはうっすらとだが何か線のような物が見える。その線を目で追っていき全体像を把握するとあるものに見えてきた。
「魔法陣……いや、《ガイア》の国章?」
線の全体像はカイムたちの防具に刻まれている紋章と同じもののように見える。
「分かるかい? 国章が大地に刻まれているこの場所こそが、《ガイア》の王座継承の儀を行う儀式場だよ」
「実際に行う時は中央にある、あの台座に皆様に集めてもらった《宝珠》をはめ込んで行うんです」
レイアさんが指で指し示した場所には、地面や周りの柱とはまた別の素材でできていると思われる台座がある。
長さ1メートルほどの立方体の形をしているそれには上面に確かに六つに窪みがある。あそこに《宝珠》をはめ込むのか。
「とはいえ、実際に儀式を行うのはまだ数日ほどの猶予が必要です。まだ私の《森力》が高まりきっていませんから」
「《森力》の高まり?」
「はい。《森力》は使えば使うほど強固で強大な力となります。王座に着くのに《森力》が低いとなれば、王を名乗れたとしてもそれはカカシの王と成り果てるでしょう」
「つまり、名実ともに王になるためにはレイアさんの力がまだ足りないってことか」
「お恥ずかしい話ですが、その通りです。私の力は《千里眼》。この力を使えば過去を少しの間ですが見ることができます。代々この力を宿した者が王座へと着いていたのですが……中々《森力》を上げられず。ナフの力の《治癒》のように使いやすい力ならばこうでもなかったのでしょうが」
「そればかりは仕方のないことですよレイア様。どれだけ僕の力の方が使いやすくとも、国政に必要となるのは間違いなく、貴女の力です」
レイアさんの言葉を首を振って嗜めるナフさん。
確かに本当に過去が見れるのであれば、国政は上手く行きやすいのかもしれない。レイアさんには嘘が全く通じなくなるということなのだから。
《森人》の人たちは《森人》の人たちで色々と悩みがあるんだなぁ。
「そして、私たちの力は満月の日に最も強くなります。それまでにできる限り私の力を高めて、満月の日、つまり数日後に満を辞して儀式を行いたいと考えています」
レイアさんの話を聞きながらふと考える。
そう言えば、過去が見れるのであれば、いつどうして《ガイア》と《ナーザ》が仲違いをしてしまったかが分かるようになるんじゃないか?
というより、もしかして、レイアさんは王女になることでそれを考えているんじゃ。それなら確かに《ナーザ》との外交も、国民の不安も取り除ける。
前にミレーシャさんが儀式さえ行えれば上手くいくと言っていたのはこのことを知っていたからか
思い至ったことが表情に出た、ということもないと思うがレイアさんは俺の顔を見つめて小さく頷く。おそらく、俺の考えは当たっている。
でも、じゃあなんでそれを口にしないんだ? と考えているとそれよりも先にレイアさんが動いてしまった。
「なので、皆様には儀式の日に護衛を行なってもらいたいのです。その日が最も攻撃を受けやすい日でしょうから。それまでの間はカイムや戦士の方々だけでも大丈夫です」
「それなら今まで通り何か困ったことがあれば手助けするよ?」
「いいえ、ミウ様。この世界は戦力図としては《ナーザ》の方が優勢なのです。ですから下の世界のようにみだらに辺りを動き回るのはあまり得策とは言えません」
「なるほど、だからここまで来る時の移動も急ぎ気味で来たのか。バレると一気に押し潰される可能性があるから」
「はい、《ナーザ》の民全てが私たちを敵対視しているとは考えていません。現にソルグ様のような方もおられます。それでもいつ狙われるか分からない。地の利は相手にあるのですから」
ヨウトの言葉に頷きながらレイアさんが応える。
そういうことであるなら仕方がない。また連絡が来るまで《ガイアクエスト》はストップということだろう。
もうほとんど佳境を迎えていると思ってやってきた手前、微妙に肩透かし感があるが、まぁ、危険んなことがないに越したことはない。
それなら今日はもう解散かな、などと考えているとレイアさんが「そうだ」と表情を綻ばせる。
「この辺りには星がよく見える場所があるのです」
「星? 星って……空に浮かぶ星?」
この世界に、基本的には星という概念はない。なぜなら空は青く見えていても、この世界の空というのは上の層の地面なのだから。それでも夜行動できるのはリアルでの真夜中とは違い、薄ぼんやりとだが夜でも明るいからだ。
だから星が見えるところなんてそうそう──あ、違う、そういうことか。
「えぇ、夜空に浮かぶ光のことです。この洞窟は世界の終端部に近い位置に存在するので、少し移動すると星が見えるのです」
そう、この世界の終端部──つまり浮遊城アインクラッドの外周部には手すりが施された層の端が各層に存在する。
そこではアインクラッドの外側が見える。だから星空を見上げることも可能ということだ。
「それに今日は確か星が流れる日だそうです。私たちを護衛してもらったお礼……に、なるのかは分かりませんが、安全に星が見ることのできる場所をお教えします」
「本当ですか? やったぁ! リリちゃん、星だって星! それも流れ星!」
「はい、言われてみればもう随分と見ていない気がします」
流星と聞いてテンションが急に上がりだす女子2人。
それも無理はないか。娯楽というものがかなり少ないこの世界だ。流れ星なんてイベントはきっとかなり大きめの一大事なんだろう。
「じゃあ、すみません。その場所教えてもらってもいいですか?」
そんな2人を見てしまえば、行くかどうかんて一瞬で決まってしまう。
その日の夜。
俺たちはレイアさんに追いせてもらった外周部の位置に到着した。
もしかしたらこれも手の込んだイベントの一つで急に戦闘が始まるかも、なんてことも考えたりしたがそういうことは一切無く、森から少し出たその場所はどこまでも静謐さ保ったままだった。
外周部の地面はどの層も同じでコンクリートのような、岩のようなよく分からない材質のもので固め完全な水平に作られている。この世界らしくない、完全な人工物感のある代物だ。
そこにミウが持ってきたシートを広げて俺たちは夜空を見上げていた。
「キレー!」
「星々が瞬いていますね……でも、リアルの星座の位置とは一致しませんね、やはり人工物なんでしょうか?」
「あれ、リリちゃんって結構星に詳しかったりする?」
「えと……はい。リアルにいた頃は望遠鏡で見てたり…….」
「え、それって天体望遠鏡!? すごい、本当に個人で持ってる人いるんだね」
ほえー、とミウがまぬ──可愛らしい声をあげていると、俺の脳裏に引っかかるものがあった。
そういえば。
「ヨウトも持ってたよな? 天体望遠鏡」
「ん? あぁ、まぁね。俺も小さい頃よく星見てたりしてたけど……」
そこでヨウトの言葉が切れるのと同時、しまったと内心思う。
リリと《笑う棺桶》との一件以降、ヨウトとリリの関係性が前よりも余計に拗れてしまった。
自分を裏切り者として考えているリリと、いつまた裏切るか分からないから監視を続けるヨウト。
以前とは完全にパワーバランスが逆転してしまっている。
以前と同じく、結局混ぜるな危険な対応しかできなかった俺とミウだが、俺もつい気が抜けて話をヨウトに話を振ってしまった。
場に流れる微妙な空気感。まずい、こういう時に空気を入れ替えるヨウトが、今回はそういう仕事を望めない。
そうなるとこの場でそういうことが得意なのは。
「えっと、ヨウトも星が好きなんだね!」
希望の星のミウは爆弾を放り込んできた。
確かに『天体望遠鏡』という話題から『星』という話題に話は変わったといえば変わったが、結局話のメインがヨウトとリリだ。
ミウー! と苦笑いを送るとごめんー! と苦笑いが返ってきた。くそう、打つ手がない。
などと俺たちがあわあわしている間にヨウトが少しめんどくさそうにため息をつく。
「小さい頃家族で近くの山まで星を見に行ってから好きになったんだよ……リリは?」
仕方がない、という雰囲気は全開で出ているがヨウトの方から歩み寄ってくれた。
なんかヨウトからの俺とミウに対する信頼的なものが目減りしたような気もするがきっと気のせいだ。
対してリリは一瞬詰まりながらもヨウトに臆せず返答する。
「私は、昔、お父さんとプラネタリウムに行ったのが、始まりでした。そこで聞いた星座の話がとても素敵なものに思えて……」
話していく中で少しずつ緊張も解けていったのだろう。リリは口元に笑みを浮かべながら過去を振り返る。
リリから聞いた話になるが、リリがヨウトを苦手にしていたのは多分ジョニー・ブラックの飄々とした雰囲気がヨウトと近かったから、らしい。だからリリ側にはもうヨウトを嫌う理由はない。
なのに今度はヨウト側に問題が、と人間関係は儘ならないものである。
それでも今の会話を見るに、普通に話せる日はそんなに遠くはないんじゃないだろうか、とも思う。
それを感じて俺とミウは喜びから笑みを浮かべる。
「さぁさ、せっかく星を見に来たのに下ばかり見てたら勿体無いよ、今は星を見よ!」
今度はナイスパス! とミウを褒める。
そして俺も言われた通り座りながら星を見上げる。確かにリアルと比べると星の並びが多少違うような気もするが、俺はそこまで詳しくないので何がどう、とまでは言えない。
星が流れるのはいつになるんだろう、と考えていると背中に圧力を感じた。というか、ミウが背中合わせに座って体重をかけてきていた。
「背もたれないと疲れちゃうからかーして」
「いや、まぁいいけど、仮想世界で疲れるか? 座ってるだけで」
「聞こえなーい」
楽しそうに笑いながらミウが言う。何がそんなに楽しいんだろう。こちとら変な緊張で落ち着かないと言うのに。
うむむ、と小さく唸っていると今度は右肩と左肩に圧力が。
「私も疲れちゃうので、失礼します!」
「えーリリちゃんも? コウキの横とかずるい」
「知りません、ミウさんから始めたことじゃないですか!」
「えーと……それで、ヨウトは何故に俺とミウにもたれかかっているので?」
「ノリと楽しさから」
あ、そうですか。やっぱり楽しんんでるだけかよテメェ。
なんだか自分がおもちゃにされている様で微妙に気に食わないが仕方がない。今日はもうこのまま空を見上げよう──と思い空を見上げ直した瞬間、一つ光が流れた。
「あ、今流れた! 流れたよね!?」
「え、ど、どこですか?」
「左の方左の方! あ、また!」
「本当だ、今度は見えました!」
「へぇ、この世界でも本当に流れ星って流れるんだな」
「流れ星といえば願い事だけど、皆考えてあるの?」
3人が思い思いに声を上げ、続けて言った自分の言葉について考える。
願い事。そんなもの、この世界にいればいくらでもある。
元の世界に帰りたい。皆が無事でありますように。強くなりたい。本当に、いくらでも。
でも今その中でも1番強い気持ちは。
──ミレーシャさん。貴女の願いは、想いは、必ず果たしてみせます。
そしてその願いは皆同じだと言うことは、背中からの温かみで十分伝わってきた。
ミウを、ヨウトを、リリを、《ガイア》を、守ってみせる。必ず。
そう皆で星に近いながら、俺たちは流れていく星々の光を眺め続けた。
──《ガイア》が《ナーザ》から宣戦布告が告げられたという連絡が来たのは、それから2日後のことだった。
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