『避難民の方は我々の誘導に従って落ち着いて行動してください』
ーーC.E70.3.22
世界樹攻防戦から1ヶ月、Z.A.F.Tが投下したNジャマーの影響により未曾有の混乱が訪れた地球のロシアのシベリア。年中真冬の冷寒に見舞われ、作物も育ちにくい極寒の厳しい環境下で俺は家族と暮らしていた。
5つ歳の離れた妹と両親の四人暮らし。決して裕福な家庭ではなかったが、家族四人で寄り添いながらシベリアの気候に負けない家族の暖かさの中で生活を送ってきた。
『お兄ちゃん、待ってよ』
『気を付けないと転ぶぞ』
俺から少し離れた所から、幼い妹が俺の下まで駆け寄ろうと小走りしてくる。
俺達の周囲には同じように避難場所を目指して先を急ぐ人達で溢れ帰っている。我先にと避難場所を目指している人達は自分の荷物と家族に気を配ることで精一杯。周りを気にする余裕などどこにもない。勿論幼い小さな妹のことなど視界に入っていないだろう。
『あっ!』
道行く人の足につまづいた妹は雪が積もる地面に転んでしまった。転んだときの痛みで涙目になりながら立ち上がる妹。それだけではなく、転んだ時に付着した雪が服に浸透し、冷たい風と浸透した雪の寒さに妹は体を震えさせる。
『言わんこっちゃない』
妹の側まで歩み寄り妹の目線まで体を低くする。妹の慎重は130cm前後。俺は172,3cm。必然的にかなりの低くしゃがみこまないといけない。
『心配すんな、兄ちゃんは何処にもいったりしねぇよ』
涙目の妹の頭を撫で持っていたハンカチで雪を拭う。
『二人とも急ぐわよ』
Nジャマーが投下されたその日から全てが狂いだしていた。
投下地域に限らず、地球全体の電子機器が高出力EMPにより全て破壊されたことで、通信・食料・電気・水道等の広範インフラが確保出来なくなった。それらを移動・運搬する手段もだ。当然そうなってしまえば、俺達のような過酷な環境下で暮らしている人間がどうなるのかは自ずと見えてくる。
俺達は運べる非常食と必要最低限の荷物を持って生まれ育った土地から避難を始めた。
地球連合は、全世界のNジャマーの影響で貧困に喘ぐ人たちへ一時的な救済措置として仮の宿営地を建設し、食料等の配給を始めた。
世界中で同時に同じことが起きているため、この救済措置は永くは続かない。具体的な解決策を講じるまでの間の繋ぎでしかない。
寒さに震える妹の幼い手を握り俺は荷車を引く両親の後を追った。
『こうしていれば少しは温かいだろ。こうしていれば兄ちゃんは何処にも行かないって分かるだろ』
『うん!』
地球連合軍の誘導の下避難場所で避難生活を始めて早2週間。同じ境遇の人達との共同生活。食料は有限、一度に配給される量も多くはない。少ないながらも俺と両親は成長期で育ち盛りな妹の成長の妨げにならないように自分の分の食料を可能な限り分け与えた。
質素で味もお世辞にも美味いとは言えず、栄養価も高くはない。それでも嬉しそうに食べる妹の姿を見れるだけで俺と両親は充分だった。
避難生活を始めて1ヶ月が経とうとしていた。未だに食料・エネルギー問題の解決の糸口は見えていない。戦争も一進一退の攻防を続けている膠着状態。次第に避難民に配給される食料も減ってきていた。保管していた食料の底が尽き始めていた。それだけではなく、食料は戦場にいる兵士や一部の上位者達に優先的に配られていたのだ。
戦争なのだから仕方がないと言えばそれまでだが、俺は空腹に苦しむ妹の姿を見兼ねていた。勿論妹だけではない。両親や近所の人達にも同様の感情を抱いていた。
そこで俺はある決心をしていた。俺ももう18。身体的にも精神的にももう成人と言っても過言ではなく、年齢も若くて一番の働き盛り。だからこそ俺は『地球連合軍』に志願することを決めたんだ。
避難場所に貼られているポスターには地球連合軍への勧誘が記載されていた。見回りや介抱をしてくれる連合軍兵士も避難民の中から有志を募っていた。更にラジオでもしきりにZ.A.F.Tの行為を非難と、地球連合の活動を支持する放送が流れていた。
『省みろ! 今回の事件は地球圏の静謐を夢想した、一部の楽観論者が招いたのだ! Z.A.F.Tの決起などはその具体的一例にすぎぬ。また1ヶ月前の地球全土のに大打撃を与えた、 Nジャマーの投下政策を見るまでも無く、我々の地球は絶えずコーディネーターによる様々な危機に晒されているのだ! 地球、この宇宙のシンボルを忽せにしないためにも、我々は誕生した。地球、その真の力を再びこの手にするためにブルーコスモスは立ち上がったのだ!』
『お兄ちゃん......今の人の言っていた意味って何?』
『お兄ちゃんやお父さんやお母さんを虐める悪い奴等をやっつける為の人達を集めているんだよ』
志願を決心してから俺の行動は早かった。連合軍兵士に頼み込んで願書を入手。早速必要事項を全て記入した。そして自分の考えを両親に打ち明けた。両親は俺が連合軍兵士になることを後押してくれた一方で、戦争に行くことを悲しんでもくれた。
それでも俺は行くと両親に告げた。両親は未成年者用の願書にサインしてくれた。サインをしてもらった同日の晩に俺は駐在する人事課の連合軍兵士に願書を提出。その後諸々の身体検査等を済ませ、願書も通り、俺は正式に地球連合軍への入隊が決まった。
新兵は先ず約3ヶ月の教育期間を送る。場所はロシア首都モスクワにある大西洋連邦の基地。
入隊が決まってから2ヶ後に大西洋連邦の基地への移動通知が届いた。そして家族と別れる時が来た。
『お兄ちゃんどこに行くの?』
見送りには家族を含めたご近所さん達といった人達が集まってくれた。俺はバスに乗り込む前に家族へ別れの言葉を告げた。
『お兄ちゃんはこれから悪い奴等をやっつけに行ってくるんだよ』
『直ぐに帰ってくるの?』
『ごめんな。直ぐには帰ってこれないんだ』
『何処にも行かないって行ったのに......』
俺に会えなくなると知った妹うつむき泣きそうになっていた。それが俺の心にぐっと来ていた。
『約束するよ。戦争が終われば絶対に帰ってくる。その時はターニャの欲しい物を一杯買ってやるし、食べたい物も何でも食べさせてやるよ』
『ほんとう! 約束だよお兄ちゃん!』
何でもと聞いた途端笑顔になる妹ターニャ。現金な妹だけど年相応の反応で、またそれが可愛いんだ。
『あぁ、本当さ。約束するよ。ほら、約束の証の指切りしよう』
『『指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ます。指切った』』
指切りを終えた俺は妹から両親に向かい直す。
『気を付けてねカイル』
『頑張れよ』
『......行ってくるよ父さん、母さん』
いざ別れるとなると涙が込み上げてくる。今まで一緒に暮らすのが当たり前だったのにそれが当たり前でなくなる。当分の間会えなくなると思うと涙が止まらなくなる。けど、妹の手前や湿っぽいのも嫌いな上に格好も悪かったから込み上げてくる涙をぐっと堪え、別れを告げた俺はバスに乗り込んだ。
乗り込んだバスには同じように志願した同年代から少し年上の人達が乗っていた。
俺はバスの窓側の席に座り外にいる家族に方を向き続ける。それはバスが出発しても変わらない。家族の姿が見えなくなるまでずっと家族の顔を見続けた。それは俺だけではなく、他の乗員も皆残してきた家族の方向を窓から顔を出したりしながら向き続けていた。
ひもじい生活を続ける家族を残すのは後ろ髪を引かれる思いがしたが、もう決めたことで何よりもこんな俺でも力になりたいと決心していたからだ。それに、上手く活躍して良い給料が入れば、家族をこんな生活から解放させてまた元の生活に戻れるかも知れないと思い込んでいた。
実際、それは間違っていなかった。それなにり従事すればそれなりに金が入るようになってきた。
だが、そんなものは最早必要では無くなってしまった。
入隊して教育期間をこなしてきて2ヶ月。残りの1ヶ月は配属される部隊への移動の準備等が主だった。その時出会ったのが同僚であり相棒の『アキム・ケーネス』だった。出身も教育分隊も違ったが、配属される部隊が同じになり、後半は配属部隊員同士の交流が盛んになり、その時に意気投合した。
お互いに意気込みや目標を掲げあった。アキムは18でもう婚約者がいるときた。その婚約者為にも早く昇進して活躍したいと言っていた。
そしていよいよ部隊への移動の日にその訃報を聞いてしまった。
"シベリアの避難民キャンプがZ.A.F.Tの誤爆により全滅した゛と。
あの日ほど泣いた日はない。あの日ほど後悔した日はない。もう二度と家族に会えないことと妹との約束も果たせなくなってしまった現実を突きつけられ、心の整理がつかないまま部隊へ移動した。
移動して数日は虚無感が俺を襲った。何をするにしてもやる気が出なかった。それが数日続いた。アキムや他の同僚や隊長も気を遣ってくれた。
あの時から俺の時間は止まってしまった。同時にコーディネーターに対する激しい憎悪を抱くことになった。
俺は今でも忘れない。いや、忘れてはならない。あの時の無力さと悲しみを決して。
◆ ◆ ◆
『約束だよお兄ちゃん』
「はぁはぁはぁ......!」
久し振りに思い出した過去。体全体に冷や汗が流れ、ベットのシーツとシャツは汗でびしょびしよになっていた。
「済まない......許してくれ。何もしてやれなかった兄ちゃんを許してくれ」
ベットに横たわり左腕で両目を隠し、妹と家族に対して謝罪する。Z.A.F.Tの誤爆が原因なのだが、力のない自分が一番が憎い。
第32独立機動郡は次なる任務の為に大西洋を艦で横断し、インド洋に入っていた。一度スエズ基地で補給を受けた後に、中東に残留するZ.A.F.T軍を遊軍と共に叩くことになったのだ。
外は夜明け前。到着までまだ時間があり、見張り配置がない俺達は到着までの間休養が与えられていた。まともに寝れること事態希なことであるため、アキムを始めとした同僚はぐっすり寝ている。
目を覚ました俺は寝るどころではなかった。妹との約束を果たせなかった無念と何もしてやれなかったことの悔しさで枕を濡らすことしか出来なかった。
◆ ◆ ◆
「ブリーフィングを始める」
涙が枯れるまで泣いた俺は朝から目を真っ赤にした状態だった。そのまま基地に到着した俺達はストライクダガーの整備補給を受け、次の作戦の為のブリーフィング室でブリーフィングをしていた。
「今回の作戦、遊軍と共同での中東に残留するZ.A.F.Tを叩くことに代わりはない」
隊長がプロジェクターに映し出される敵が存在すると思われる地域の地図を、指示棒で指しながら話を進める。
「だが、上層部からの追加で我が隊に3名の特使が加わった。紹介しよう。メルサ少尉とゴルレア少尉とアサン少尉だ」
隊長の後ろから名前の上がった三人の人物が前に出てきた。年齢的に見ても俺やアキムと変わらないだろう。だけど、その三人の表情は何処か変な感じがする。なんと言うか、俺達とは違う気がする。
「紹介に預かったメルサ少尉だ。乗機は105ダガーだ」
「同じくゴルレア少尉よ。乗機はバスターダガー」
「アサン少尉だ。乗機はデュエルダガー」
三人の自己紹介に隊員全員がどよめいた。何故ならば、彼らの機体はストライクダガーのバリエーション機であり、一部のエースにしか支給されていないMSだからだ。それらの機体が支給されるエースは戦場に置ける救世主や英雄と言っても過言ではない戦績を上げているからだ。そんな人間が自分達の部隊に加わったのだ。驚かないわけがない。
「歓迎されているところ申し訳ないが、我々はある特別な任務を遣わされている。よって君達とは別行動になると思われる」
メルサ少尉の言った特別な任務が俺には少し引っ掛かった。理由はわからないが、何となく何か有りそうでそんな気がしてならなかったからだ。ただの思い過ごしかもしれないが。
「その特別な任務とは何でしょうか?」
アキムが唐突にそう質問した。アキムの質問に対してメルサ少尉は「答える義理はない」と返答した。どうやら俺達とは仲良く出来なさそうな人達であることが判明した。
「あまり長く喋っている暇はない。間もなく作戦開始時刻だ。全員装備を確認した後、乗機に搭乗し輸送機に乗り込め。今から10分で全て済ませろ。以上解散!」
解散の合図でブリーフィング室から仲間がぞろぞろと退出していく。あの三人は俺達とは別の扉から出ていった。その後ろを隊長が付いていく。やはり何かありそうだ。
「感じ悪いなあの3人」
「何を企んでいるのか......得体が知れない」
早くも俺はこの作戦に不審感が募っていた。そしたその不審感は見事に的中することになっていたことを俺はまだ知らなかった。
◆ ◆ ◆
「何故、部下に隠さねばならない?」
部下達が去った後で私は3人の特使の待機室に足を運んでいた。理由はこの作戦の本来の目的を秘匿しなければならない理由を探るためだ。
「話す必要がないからだ。一般兵は一般兵らしく命令通り戦っていれば良い」
「部下は使い捨ての駒ではない。作戦を遂行する以上作戦の目的を話す義務が私にはある。それをせずに部下を戦場に送りだし何かあればどうする気だ!」
怒りを露にし、3人に対して怒鳴り付けながら私は右手で勢いよく机を叩いた。室内に響く私の怒鳴り声と机の衝撃の音を前にしても3人は眉ひとつ微動だにさせない。
「これはムルタ・アズラエル様からの直接的な命令だ。奴等は命令通りにさせることに変わりはない」
「こんな非人道的な作戦に部下を巻き込むわけにはいかない!」
「これはまた不思議なこと言う。何故非人道的なのだ? 奴等はコーディネーター。『人間ではない』のだぞ?」
奴等の言い分に私は我慢の限界が訪れようとしていた。
「ふざけるな! 奴等もコーディネーターとは言え同じ人間だ! 今にしてみれば、貴様らブルーコスモスに付き合った結果がこれだ! 貴様らに振り回され地球連合はおかしくなった!」
私は最近の地球連合のやり方とブルーコスモスのやり方は気に入らなかった。特にブルーコスモスのやり方は顕著だ。裏では表に出せないことを平気でやっている。
「それとこれとは関係のないことだ。話を反らすな」
「私は勝手に部下に話す。こんな戦犯紛いなことをさせるわけにはいかない」
「......いいのか? そんなことをして?」
「あなたの娘さん10歳になったばかりなんでしょ?」
「サンディエゴの良いマンションに奥さんと二人暮らしか、怖いな.....強盗や誘拐などには気を付けないといけない」
私の怒りは急激に収まっていった。何故ならば奴等が私の娘の存在と詳細を口にしたからだ。ここまでやるのか連中は!
「そういうことだ。下手な行動は慎むことだ。我々は我々の障害となるのならば、連合と言えど容赦はしない。元より厄介者だから貴様はこんな部隊に飛ばされたのだろ?」
この部隊の別名は『葬儀部隊』。常に部隊から棺桶が出棺。他部隊とは別の離れた地域で作戦を単独で遂行させられ、危険度や人員の死傷は度外視された任務を言い渡されることから、他部隊からはそう言われている。血の気が盛んで手に終えないような問題児や厄介者で編成されている。
その事を部下は気にしてないが、私はいつも気にしている。いつ部下死んでしまうのか。また死なせてしまうのか。気が気でいられない。馬鹿ばかりだが、私にとってはかけがえのない部下達だ。
「わかったらさっさと貴様も準備をしろ。隊長の貴様が遅刻しては士気にも影響が出る上に、長として示しがつかないだろ」
メルサは最後にそれを告げ部屋から出ていった。私の両脇から銃を突きつけてきた二人も銃を戻し、その後をつける。
部屋に一人残された私は再び込み上げる怒りと、自分の不甲斐なさと無力に震えることしか出来なかった。
「部下に『非戦闘員のコーディネーターの捕獲』の片棒を担がせることになるとは......」
ブルーコスモスのムルタ・アズラエルの指示により、地球に在住する非戦闘員のコーディネーターを生け捕り、Z.A.F.Tの捕虜を連合の兵士として洗脳と再調整する計画を聞いた時私は人の残酷さを垣間見てしまった。
こんな計画に限らずこの戦争事態も既に大義など存在していないというのに。
ネーミングセンスとか本当に無いのだと、自分でも認めざる得ない。
難しいです......こういった系統。