「遠路はるばるご苦労様でした」
「......此方こそ息子さんのことをこのような形で報告することとなってしまって申し訳ありません」
作戦から一週間が明けた今日。俺はアシムの故郷であるウラジオストクを訪れていた。
冬始めのこの頃。冬のロシアは猛烈な寒波が押し押せており、ロシア人にとっては何てことのないありふれた日常であるが、長らくロシアから離れた熱帯や温暖な気候下で従事していた俺にとってはロシアの冬は久し振り過ぎて寒さが少々身に凍みていた。
家族を失ってからは実家のあったシベリアを始めとした各都市には滅多に訪れる機会が減っていた。精々墓参りくらいだろう。墓参りという習慣は東の国の『日本』の風習を見習って家の家庭で実施されていた。死者や先祖を敬う気持ちに感銘を受けたからである。元々日本には俺が幼い頃に旅行で訪れてもいた。
そんな中で久し振りの故郷への帰省が親友の訃報届けになってしまったことは悔やみ切れない。あのときもう少し早くに俺が異変に気付いていれば、また結果は違っていたかもしれない。
「息子の手紙には常々貴方のことが書かれていたわ。『向こうで波長の合う仲間と出会えた』って入隊したての頃もそう綴って......」
上官と揉めたり、気に入らない奴としょっちゅう喧嘩したりと、バカばかりやっていたからその時の事をどんなに風に伝えていたのかはわからない。今となっては良い思い出でだが、そんな友人とは二度と一緒にバカをすることが出来ない。
解ってはいてもすんなりとは認めきれない。つい先日まで隣に立っていたい奴が忽然といなくなってしまったのだから。
「......此方が遺品です」
ロッカー内のアシムの遺品が納められた木箱をアシムの母親に手渡す。
白い布に包まれた木箱を空け中身を確認するアシムの母親。
「確かに受けとりました」
中身を確認し改めてアシムの死を実感。顔は平常心を保っていようとしていても、そのエメラルド色の瞳から零れ落ちる涙は彼女の心境を正直に示している。
「......私はこれで失礼します」
俺がアシムの母親にしてやれることはこれだけだ。アシムの遺品と彼の死を伝えること以外、今この場で俺に出来ることは何もない。
「......息子は、アシムはお役に立てただしょうか?」
「......素晴らしい軍人でした。最後の最後まで地球連合軍人として尽力していました」
辛いなんてものじゃない。同胞のそれも親友の訃報を届け出るのは。アシムは幾分かはましな方だった。中にはその死を伝えられないまま帰りを待つ肉親がごまんといる。
地球連合という巨大な組織の中で俺達の命なんてのは些細なものに過ぎない。兵士が一人死んだところで戦争が終わるわけがない。
全ての業務を終えた俺はアシムの実家を後にし、車に乗り込むみウラジオストクの街を走り抜けていく。
戦争が起きていることなと微塵も感じさせない穏やかなウラジオストクの昼風景に、心が少々安らぐ。
「もうお前は本当にいないんだな......」
ウラジオストクから基地に戻るまでの道のりの中で、車を路肩に停車させ、車体に凭れながらタバコを吹かす。
アシムが死んだときに沸き起こったコーディネイターへのこれ迄にない怒り、憎しみ。あの場にいる全てのコーディネイターを殺した後も消えることは無かった。作戦が終了し何日か経った後でも。
だが、何故か今はあの時程の感情が沸き起こらない。何故か無性な虚しさが憎しみを上回っている。
「そろそろか」
タバコを車内灰皿に押し込み再び基地へと車を走らせていく。
◆ ◆ ◆
「......これで全員か」
ウラジオストク北方基地に戻ると既に他の部隊員は、基地から一時期に借りているレストエリアに集結していた。
「アシムの件は無事に終えました」
「そうか......先ずは座れ」
空いているソファーに腰をかけ、対面に座る隊長の顔を見つめる。神妙な顔付きで部隊員全員を一瞥すると隊長は今回のミーティングの件の切り出しを始める。
「今回のミーティング内容は事前に報せていた通りアシムの件での解除ミーティングだ。普段なら私情等は抜きにするところだが、今回に関しては私情を全面的に押し出してくれて構わない。今のありのままのお前たちのことを話し合って貰いたい」
事後ミーティングということで、前回のアシムの一件のみならず、部隊員の誰かが殉職した時にこうして全員で集まっては各々の感情を吐き出すことになっている。
非難、雑言、罵倒、何でもありだ。目的は俺達のメンタルケア。他の部隊は知らないが俺達の部隊では実施するのが決まりだ。
「俺からいいですか隊長」
「話してくれ」
隊長の次に古株のサンドラ曹長が最初に口を開いた。
「アシム......あいつは俺にしてみれば自分のガキのような存在だった。いつもわんぱくで年に似合わない生意気なガキだった。あいつが目の前で死んだとき、俺は大粒の涙を流しながらがむしゃらに銃を撃っていた。誰に撃ったか、何発撃ったのか分からない程に」
うんうんと頷きながらサンドラ曹長の言葉に相槌をうつ俺達。
「全て終わった後に眼に入ってきたのは俺が殺したであろうコーディネーター達だ。その中には年端もいかない幼子も含まれていた。今でも夢の中にそいつらが出てくるよ。そして俺は思っちまった、取り返しのつかないことをしたって。それがアシムの敵であってもな」
ブルブルと手を震わすサンドラ曹長。軍歴の長い曹長であってもあの作戦でのことがトラウマになっているようだ。
軍歴が長い軍人であってもショックによるPTSDを患うことがあると聞いたことがある。曹長は正にそれかもしれないな。
「俺も曹長と同意見です。非戦闘員をコーディネイターだからといって殺しちまったことを悔やんでいます」
俺達は確かにコーディネーターを憎んでいる。けどそれは戦争が始まってからのことだ。戦争で露呈したコーディネーターの野蛮な行為に対して憎んでいるだけであってコーディネイターの全てを、少数派ながら元から憎んでいたわけじゃない。
俺達はブルーコスモスとは違うんだ。
「あいつらは憎いよ。けどそれ以上に自分も憎い。コーディネイター共と同じようなことをしてしまったて事実が!」
曹長を切っ掛けに次々と自分の心情を暴露する仲間達。一見すれば戦争中に軍人が何を泣き言を吐いているのだと、指を指され兼ねないが、それだけ俺達がまともである証拠だ。
今の地球連合はおかしい。ブルーコスモスの掲げるモノに飲み込まれつつあり、当初の大義が薄まりつつある。
本音は全てのコーディネイターの排除など望んではいない。
「カイル、お前は?」
話を降られた俺は今自分が思い馳せていたことを包み隠さず全てを打ち明ける。
「俺はコーディネイターを殺して殺して殺しまくるために軍人になりました。全ては家族を奪ったコーディネーターへの復讐の為に。アシムとは教育過程で知り合い、以後教官への反抗等のバカを共にし、部隊配属後も寝食を共にした親友でした」
ダメだ......アシムの事を話し出すと涙が溢れそうになる。苦楽を共にした友との思い出が次々と脳内を駆ける。それでも喉と唇を震わせながら言葉を続ける。
「アシムが殺された時も曹長や他の皆のように我を忘れてコーディネイター達を殺した時の感覚が今も消えません。怒りと悲しみが体の原動力となり、アシムを失ったことは家族を失った時と同様の憎しみをコーディネイターへぶつけました」
「そして他の皆が思ったように俺も虚しさを感じました。自分がしたことは俺がかつてコーディネーター達にされたことと同じようにしか思えてならなかった」
もしかすれば、あの時のコーディネイターの中に生き残りがいれば、かつての自分のようにナチュラルである俺達に対して憎しみを抱くことになる。いや、そもそもが、彼等も地球軍によって家族を失った移民系のコーディネイター達。
残念ながら地球軍の中には非戦闘員であろうが何だろうが、容赦なく虐殺を行っている者もいる。主にブルーコスモスを中心に。
だが、そうなるようにしてきたのは向こうだ。俺は悪くない。少し前までならそう考えただろう。だけど今は果たして本当にそれでいいのか? それで済ませてしまっていいのか。と、考えている自分がいる。
闇雲にコーディネイター達を殺すことはブルーコスモスのしていることと何ら変わりはない。
「俺はブルーコスモスとコーディネイターは嫌いです。だからこそ、自分のしたことがブルーコスモスや残虐なコーディネイター共と同じであることが許せません」
コーディネイターは殺す。だがそれは自分や周りに牙を向けるコーディネーターだけだ。無差別殺戮がしたいわけではない。
「俺はこれからも地球連合軍人としてコーディネイターと戦います。戦争が終わるまで徹底的に。ここで逃げ出してはこれまでに死んでいった者達へ顔向けが出来ませんし、この戦争に勝利することが戦死者達への最大の慰みとのるでしょう!」
熱くなっていっているせいか、論点が擦れ話が脱線してしまった。けどこれが俺の本心だ。
「......お前の言いたいことはわかる。俺もブルーコスモスのやり方は気に入らない。奴等が台頭してから地球軍は変わってしまったと言えなくもない」
「アシム以外にも今日までに多くの部下を失った。これ以上部下を失いたくはない。敢えて言う。死ぬな。生きろ。そして憎しみに囚われたまま戦うな。殺すな」
立ち上がった隊長が俺達全員に向かって告げる。
「相手を敬え。ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが、相手を思いやる気持ちを忘れるな。戦争中だからこそ言うんだ」
相手を敬い、思いやる......難しい要求だ。戦争中で、コーディネイター相手にそれは要求が過ぎると思うのは俺だけではないはず。
「特にカイル、お前はまだ若い。お前のような若者がこんなつまらないことで潰れていくのは見るに耐えない。お前だけじゃない。他の全員、他の仲間達も。未来あるお前達がこの先の時代を担う。新しい時代を作るのはお前達なのだ」
隊長が意外にも理想家であることが判明したわけだが、戦後のこと、この先の時代のことなど考えたこともないな。俺は今この時間を、戦争を生き抜いていくのに精一杯。
「今は大事の前の小事。戦争に勝つのも大事かもしれないが、俺が見るのはその先の未来だ。コーディネイターとナチュラル......共に歩む時代が来ると俺は信じている」
コーディネイターとの共存。そんなことを望む大衆がいるのだろうか。現時点では俺は望んではいない。コーディネーターとナチュラルとの格差は埋めようがない溝。格差は常に争いの火種となる。
隊長には悪いが、俺はコーディネイターとナチュラルら別々に生きるべきだ。境界線を設け、お互いに関与しない不可侵の領域が。
「ふん、何をしているのかと思えばこんな茶番劇か。そんな甘い考えでよく生き延びてきたな貴様ら」
扉の向こうから例の三人が姿を現した。あの時だけの一時的な編成だったはず。それなのに三人がここにいるのは何故だ?
「改めて紹介しよう。本日付けで正式に我が隊に編成された三人だ。仲良くしてやってくれ」
正式に編成されただと? アキムや他の仲間達の代わりとなる補充要員か?
「不本意だが、貴様らと共に過ごすこととなった。だからといって馴れ馴れしくはするな。貴様らのような仲良しこよしの甘い考えに感化されたくはない」
それだけを吐き捨て部屋を立ち去ろうとする三人。
「今回は良いが、今日から俺の部下になったからにはここのやり方には従って貰う。俺達は家族だからな」
「勝手にほざいてろ」
隊長の呼び掛けに捨て台詞で答えたメルサ。そんなメルサ達三人の背後で笑う隊長。
「ハハハ、お前はアキム以上に厄介になりそうな奴等だ。お前達二人が入ってきた時も手を焼いたけどな」
「俺達はあいつらよりは酷くはないです」
一悶着ってわけじゃないが、少しやさぐれてた時だから隊長や先輩達にも平気で食って掛かっていたな、そういえば。
「ぐだぐだになっちまったが、これでミーティングは終了だ。全員解散!」
しんみりとしたミーティングだったのに、結局最後はこうしてぐだぐだになっちまうのか。俺も皆もアキムもしんみりとしたのは苦手だったから丁度いいか。
「そうだろアキム」
解散の令で誰もいなくなった部屋に一人残り、窓から外を見上げては、天にいるであろうアキムに向かってそう問い掛ける。勿論答えなど反ってくるわけでもないが、アキムなら聞いてくれているだろう。
◆ ◆ ◆
『あまり首尾が良くないみたいですね』
「申し訳ありません"アズラエル"様」
ムルタ・アズラエル。ブルーコスモスの盟主にして現在は新造艦"ドミニオン"に乗艦することが決定していた。最前線に立ち、直接指揮を執ることになっている。
『僕は失敗をぐちぐち咎めたりはしませんが、早く結果を見せて貰いたいですね』
「以前の個体以外の調達を急がせます」
『頼みますよ。僕達は近いうちに宇宙へと上がりますから。僕が不在の間の地球上のコーディネイター共の排除を頼んでいるのだから」
「アズラエル様がお戻りになるまでには地球上のコーディネイター共を一掃してみせましょう」
『君の考えたプロジェクトには期待していますよ。コーディネイター共を捕獲、洗脳、スパイとして活動させる他、自爆、同士討ち。此方の人員を割くことなく連中の戦力を低下させることができるかもしれませんからね』
「その通りです」
『それでは期待していますよ』
通信を終えたブルーコスモスの幹部は近くにいたブルーコスモスのメンバーを呼び寄せる。
「現在の個体数は?」
「10人ほどです」
「少なすぎる。もっと大勢のコーディネイター共を捕獲しろ! あいつらにもそう伝えろ!」
宇宙に上げようかどうしようか悩む。
敵兵士の洗脳しての再利用はセガールの沈黙シリーズからです。