東方物部録   作:COM7M

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彼女は武道家ではない(普通の女の子)



(怒りの腹パン)

「あんた誰だよ」

 

「おぬしこそ誰じゃ」

 

今まででこやつと仲良くしようと考えている自分がいたが、会って早々その考えは捨てた。我は神子様に抱き付いているこの小娘、蘇我屠自古が嫌いじゃ。

 

事の発端は神子様の部屋での事だが、そこに行くまでの経緯を少し話そうか。

まずは、初めて神子様が我の家に来てから三年の月日が流れようとしていた。我の年は九つ、神子様は我より一つ上なので十になられる。

成長期の三年とは大きいもので大分背丈や手足も伸びて来て、最近では馬にも乗っての外出が多くなった。両親は宮に行く時ぐらいは牛車を使えと言ってくるが、破壊的までの遅さを持つ牛車に乗るのはまっぴらごめんじゃ。冗談抜きで牛車に乗るくらいなら走った方が早い。日本で車輪の乗り物が流行らずに、足での歩きが主流になっているのは馬が少ないのと牛車が異様に遅い所為だ。結局両親が先に折れる形になり、今日もまた馬を飛ばして神子様の元へ通っていた。

だいたい神子様とお会いするのは月に一・二回程度だろうか。時には宮に泊まらせてもらう時もあるが、それは年に一回あるかないか。

 

そんな月に数回の大切な日が今日。自分で言うのもあれだが、我と神子様はかなり仲がよい方だと思う。いや、もっとハッキリ申しておこう。神子様の一番の友人であり理解者は我だと思っておる。

だってそうであろう。性別の秘密については勿論、性別に関する悩みや、とても大きな声では言えない仏教への不満なども我に話してくれる。それだけではなく神子様の我に対する口説き方は、客観的に見ても他の者よりも本気に見える。

そんな神子様の部屋に入った刹那、目に入ったのが神子様に抱き付いている薄い緑色の髪をしたウェーブのかかった小娘だ。怒りを覚えて当然だと思う。

 

「あんた誰だよ」

 

「おぬしこそ誰じゃ」

 

一言目から敵対心剥き出しの口調に、こちらもあえて敵対心を露わした。明らかに初対面の者同士が起こす空気ではないと察したのであろう。神子様が慌てて我等二人に声を掛けようとするが、ギロリと睨み付けて黙らせた。例のくすぐり攻撃を除けば、神子様の悲鳴を聞いたのはこれが初めてだろうか。それ程までに恐ろしい目付きをしているのであろう。

勿論この時の我にそんな客観的な思想が出来る訳も無く、礼もせずにズカズカと神子様の部屋に入って来る。

 

「物部布都じゃ」

 

「蘇我屠自古だ」

 

「……」

 

神子様を間に互いに睨み合う状況になり、神子様は気まずそうに明後日の方向を向いていた。

我は何もしていないのに何故こいつはここまで我に対して敵対心を見せてくるのか。さっさと部屋を出て行けばよいものを。

 

「神子様、この小娘とどのような関係なのでございますか!?ああん!我とやると言うのか!?」

 

「神子様、この女狐とどんな関係な訳だ!?おいお前!私とやるつもりか!?」

 

「いや、えっと…とりあえず二人とも落ち着きましょう…ねっ?」

 

「言うにことを書いて我を女狐と申したかこの性悪女!」

 

「それはこっちの台詞だ!私より背が低いくせに小娘だと、このチビ!」

 

こ、このガキ。せっかく今日は一日中神子様と一緒に居られると思っておった大切な時間を潰しただけでは飽き足らず、一番気にしている背丈の事を言ったな。

 

「上等じゃ蘇我の子娘よ表に出ろ!」

 

「受けて立つぞ物部のチビめ!」

 

「だから二人とも、できれば仲良くしてくれないかな~」

 

神子様の声が聞こえた気がしたが、感情的になっている我等二人の耳に届くことは無く、既に我は庭で屠自古(小娘)と対峙している状態であった。丁度良い、三年前に一度霊力のコツを掴んでからはまさに鬼に金棒状態であった。日頃の鍛錬の成果をぶつけてやろうではないか。

霊力を生み出し放出する以外の過程で必要になるのは想像力。前世でサブカルチャーを見ていたのが想像力の糧となり、より実践的な結界を作成したり、目的の一つであった身体能力強化の術も少しずつだが完成してきておる。ただ残念なのは原作の布都が行っていた炎や竜巻を生み出すのはどうやら道教の術の様で、一応できる事は出来るが物部神道には向かぬ技であった。もっとも目の前の小娘に対してそこまでの力を使う気は無いので今は気にする事はなかろう。

腰に帯刀している剣を抜き出すと、剣に霊力の層を纏わせて切れ味を無くす。いくらこやつが気に入らぬ存在でもこれはあくまで喧嘩であって本物の決闘ではない。

 

「なに剣使ってんだよ。喧嘩なら素手だろう弱虫」

 

「ほ、ほ~う…。我を未熟者と言う輩は居っても弱虫と呼ぶ奴はおらんかったぞ。上等じゃ小娘ェ!」

 

霊力を纏わせた剣を投げ捨て、叫びながら小娘に跳びかかった。

我の瞬発力に驚いたのか一瞬目を見開くが、すぐに拳を構え直して我に向けて真っ直ぐ拳を放った。日頃剣の打ち合いや矢を放っている我の目にはそれは止まって見え、難なく首を傾けて回避すると、胴体に一発軽い拳を放つ。するとどうだろうか。牽制のつもりで放った拳は見事小娘の腹に当たり、小娘は小さい呻き声と共にお腹を押さえて地面に膝を付けた。

そして体を震わせるやいなや、涙目になってキッと我を見上げる形で睨み付けると、傍観している神子様の元へ駆けだした。

 

「うわーん!神子さまぁ゛―!」

 

「あーもー。よしよし、痛かったね~。布都、大人げないですよ」

 

「うわぁーーん!」

 

「……」

 

まさかここまで弱いとは思ってもおらず、気が付けばカッとなっていた頭はすっかり冷めていた。我の喧嘩に乗ってきたので、てっきりそれ相応の強さを持っていると思っていたが、体術は無論蘇我氏が好きな仏教の力も使えぬらしい。幸い我も身体強化を使っていなかったし、溝では無く腹に当てたので子供の喧嘩で収める事ができたが、本気でやっていたら悲惨な事になっていたかもしれぬ。

我とこの小娘の喧嘩で物部と蘇我の戦が始まるなど笑い話にもならん。投げ捨てた剣を拾いチンと音を立てて鞘に納めると、未だに泣き続ける小娘とそれを宥める神子様の元へと行く。

 

「おぬし滅茶苦茶弱いのぅ…。自分で言うのもあれじゃが、我の噂ぐらい耳にせんかったのか?」

 

「ひっく…。お、お前の噂なんか知るもんかバーカ!」

 

こいつがどこか遠い地方の者であるならば我もある程度大人の対応とやらができただろうが、蘇我氏の者が物部氏の中でも有名な我の噂を聞いていない訳がないであろうが。分かり切った質問(できレース)をした自分を棚に上げ、我はまたプルプルと拳を震わせる。

 

「この小娘。絞めたりんかったか」

 

「布都、いい加減にしなさい」

 

「むぅ…」

 

神子様に言われ渋々と小娘から距離を置く。小娘は神子様の腕で宥められながら、時折我の方を見てバーカバーカと叫んでくる。怒りに我を忘れまたぶん殴りそうになったが、これ以上神子様の前ではしたない真似は出来ぬので、痙攣する頬を何とか収めようと顔に力を込める。

また随分と変な顔をしているのか神子様は我の顔を見ながらも苦笑して、腕の中にいる小娘に優しく声を掛けた。

 

「屠自古、あなたにも責任があります。これ以上布都を貶す言葉を使うのなら例え屠自古でも許しませんよ。布都は私の大切な人です。ほら、仲直りする時はどうする?」

 

何故こんな恥ずかしい台詞を本人の前で言えるのだろうか。そして我は何故ここまでポーカーフェイスが下手なのであろうか。つい先ほどまで強張っていた頬が緩み、今にも吹き出しそうな程に嬉しかった。

 

「うぅ~ッ!分かりました…神子様がそう言うなら…」

 

小娘も神子様の言葉には弱いのであろう。口を尖らせて渋々と、仲直りの握手のつもりか我の方へ手を伸ばしてきた。

いくら向こうが100%悪いとはいえ、我もほんの少しは大人げないところがあったので差し出された手を握った。神子様はニコニコと微笑ましそうに我等二人を眺めているが、こやつは神子様から顔が見えないことをいいことに思いっきり力を入れて手を握ってきておった。

鍛えてない同い年の少女の握力などたかがしれているので痛くないが、このまま調子に乗られるのも癪であるので、我はこれ以上ない爽やかな笑顔を作って思いっきり手に力を込めた。いくら小娘の手の平の方が大きくとも握力はこちらの方が上じゃ。

 

「いっ!?」

 

「これからよろしく頼むのぉ、屠自古」

 

「こ、こちらこそ頼む、布都」

 

「ハァ…やれやれ…。仲良くできると思ったんだけどなぁ」

 

暫くは仲良く握手をしていた我等だったが、何故か屠自古が涙目になってきたので神子様が握手を止めさせた。神子様の目を誤魔化せるとは思っていなかったが、我はあえて何事も無かったかのように振る舞った。屠自古もまたこれ以上我に負けるのは嫌だったのか、神子様に泣きつくような事は無かった。

一度神子様の部屋に戻った我等は、神子様を中心に隣に座る形で並ぶ。一応言っておくが普段はこのような並び方はせずに、普通に真正面で対面しておる。しかし屠自古が神子様の隣を空けん限りは我とて離れるつもりは毛頭ない。

そんな我の…我等の心境を悟ったのか神子様はまたまた深く溜息を吐きながらも、いつも通りに座ろうと提案されたので、渋々と神子様から離れて三角形を作るように座った。

 

「……」

 

「……」

 

「……そ、そうだ布都。あなたに渡しておきたいものがあって」

 

部屋を包み込む沈黙を何とか追い払おうと、いつもの涼やかさの欠片も無い慌てっぷりで神子様は部屋の片隅に置いていた細長い箱に手を伸ばす。中に入っている物は見当も付かぬが、今は神子様の贈り物を頂ける優越感が体全身に駆け巡っており、ドヤ顔で屠自古の方を見てフッと笑った。考えていることは同じの様で、我に嫉妬している屠自古と目が合い、我の顔を見るやいなや唇を噛み締める。

ハッハッハ!おぬしとは違い我と神子様との絆は強いものなのじゃ。

 

「はいこれ。この間靴をくれたでしょう。だからこれはそのお礼」

 

心の中で高笑いしている間に、神子様はパカッと細長い箱の蓋を開けた。覗き込むように中を見ると、六本の矢が入ってあった。だが神子様が送って下さった物がただの矢である筈が無く、我が普段練習で使っているものとは明らかに質が違った。矢の棒の部分の()と呼ばれる部位に使われている竹は美しく磨かれており、矢羽に使われている鳥の羽はおそらく鷲のものであろう。矢尻に使われておるのも鉄では無く金が使われておる。

思わず神子様に礼を言うのも忘れ、矢を一本手に取った。最初に思った感想は軽い。だが軽くはあるものの、しっかりとしたつくりになっており、三枚の矢羽も丁寧に手入れされていたのか立派なものであった。

 

「ありがとうございます神子様。使うには余りに勿体ない程です」

 

「それでは矢師に作らせた意味がありません。どんな風に使おうとあなたの自由ですが、なるべくなら使って欲しいですね」

 

「は、はい!」

 

なんて優しく包容力のあるお方なのであろうか。

神子様の優しさに心温まっていた時、この空気に耐えきれなかったのか屠自古が口を開いた。

 

「む~神子様。婚約者の私に一度もそんな風に贈り物送った事無い癖に」

 

バキッ。

 

「だって屠自古の欲しい物はよくわから、バキッ?」

 

まさに文字通り恐る恐ると、神子様の首が亀のようにゆっくりと我の方を向き、そして冷や汗を流しながら我の手元を見つめた。神子様達の視線の先には、右手に握られた高価な矢が見事に折れている光景が目に入ったであろうが、我に手元を見る余裕はない。ニコニコと笑みを浮かべてお慕いしている神子様を見つめる。

 

「え、えっと布都さん?ひょっとして、怒ってます?」

 

「怒る?ははっ、まさかまさか。神子様がどこの小娘とどのような関係になろうとも我には関係ありませぬ。ただちょ~っと急に手に力が入っただけでございますよ。ええ、断じて神子様を取られたなど大それたことは思っていませぬ」

 

屠自古の性格ならばここで突っかかってくると思っていたが、床がガタガタと小さく揺れる音が聞こえるだけであった。

 

「え、えっとですね、屠自古は叔父上の娘で昔から付き合いがあったといいますか」

 

「ほ~う。昔から付き合っていたと」

 

「違いますよ!?いやまあ勿論屠自古の事は好きですが、布都の事も同じく好きって言うか。布都は布都で屠自古は屠自古で~…」

 

飛鳥時代の一夫多妻は当たり前だと言うのに、まるで二股男の様な言い訳に思わずクスッと笑みが零れてしまった。

我は何をそんなに感情的になっていたのであろうか。神子様に何人婚約者がいようとも我には関係ない。これまでもこれからも我は神子様にお仕えして付いていく、それだけじゃないか。

でも神子様の婚約者となると面白くないのは何故であろうか?いつの間にか神子様に対して独占欲を持っていたのか、あるいは……。

 

「ふふっ、もうよいです。すいませぬ、せっかく頂いた矢を一本無駄にしてしまい。今度箆を取り替えてもらいます」

 

自分でも分からん感情を考えても仕方あるまい。今はまず無礼を働いてしまったので、頭を下げる事が大事であろう。

 

「え?い、いえ、構いませんよ」

 

「屠自古よ。元よりおぬしには怒っておらん。さっさと泣き止まんか」

 

「な、泣いてないッ!」

 

 

 

 

驚いた。まさかあそこまで布都が怒るとは思っていなかった。精々頬を膨らまして拗ねるか、もしくは全く興味なさげな反応をするかと思っていたが、矢を片手で折るまでとは私の想像を遥かに超えていた。

何故布都がここまで怒りを見せたのか。まさか本当に私に恋心を抱いているのではないかと思ったが、すぐにその考えは消えた。確かに布都は私の事を慕ってくれているが、それはまるで神職者が神を祭るような、あるいは仏教徒が仏像を崇めるような一種の宗教的なものではないだろうか。

そう思うのは三年前の布都と二回目に会った時の事が原因だ。八カ月前に一時間程度の会話をしただけだと言うのに、私に対する布都の好意は少々行き過ぎていた。普通ならもっと余所余所しく、あるいは媚を売ったりするものだ。何故そこまで私に好意を抱いてくれているのかと問うと、私には他者を魅力する力があると答えてくれた。実のところ私にはその実感が無い。確かに女性に対する口説き文句は女にしては上手い方だとは思うが…って違う。兎に角私にはその実感は無いし、実際そう感じてくれる者は布都ぐらいだろう。屠自古も私を慕ってくれているが彼女は布都とは明らかに違った。彼女は間違いなく私に恋心を抱いてくれている。

おっと、考えが段々ズレてしまっていたな。今考えるべきは布都の心だが…やはり分からない。普通なら恋心の一言で片付くのかもしれないが、先に述べた理由から恋と断定するのは早とちりな気がしてならない。布都も同性愛の思考がある訳ではなさそうだし、書く言う私もその毛は無い。私にとって女性を口説くのは男装を隠すものであり、またちょっとした趣味のようなものだ。そう言うと反感を買うであろうから少し言い換えると、女性は褒められると喜びの感情を目一杯に出してくれる。その喜びを見ると、ついつい私も嬉しくなってしまうのだ。

かと言って男に興味がある訳でもなかった。このまま男装生活を続けて行けばいずれ屠自古と結婚し、あるいは布都や他の女性たちとも結婚し、適当な皇族の子を養子に取るのだろうかとボンヤリと考えている程度だ。私は恋愛感情なるものを誰に対しても抱いていない。

だと言うのに布都や屠自古に対して甘い言葉を囁くのかと問われると何も言い返せない。幼い頃から…今も幼いが、物心ついた頃から政治や宗教の道具として見られてきた私は、どんな感情であれ好意を欲しがっていたのだ。いや、今もなお好意を欲している。分かりやすく、具体的に、目に見える形で。

結局私が布都や他の者に対して甘い言葉を紡ぐのは、ただ自分に好意を向けられたいだけと情けない話だった。今までいくつもの悩みを布都に打ち明けて来たが、こればかりは布都にも言えそうにない。だがいずれ男でも女でもいい、私が誰かを愛せたとしたら、その者に醜い私の心を打ち明けようと思う。

おそらくその相手は、私が少し考えに耽っている間にまた喧嘩を始めていたこの二人の内のどちらかになるだろう。

 

「ほら、二人とも喧嘩してはいけませんとさっき言ったばかりでしょう」

 

「ですが屠自古が!」

 

「だって布都が!」

 

互いに指を突き刺し、またギャーギャーと言い合いを始める二人。

やれやれと溜息を吐きながら二人の間に入って喧嘩を収めつつも、今いる三人での時間がとても楽しかった。ただ布都はもう少し、私への視線を穏やかなものにしてくれないだろうか。

 




色々と難しいお年頃(全員女)
おませな少女達です。

神子は内心結構弱いところがあったりします。私の文では上手く表現できませんでしたが、布都の好意を素直に恋心と受け取れないのもネガティブな一面があるからだったり。布都は布都で原作通り鈍感(アホ)で、また本文では宗教的と言っていますが身近な言い方をするならアイドル等に近い感覚で神子を称えているところもあったり。

次回屠自古視点の話を書きます。

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