東方物部録   作:COM7M

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東方蘇我録。布都ちゃんは敵。





蘇我屠自古

私、蘇我屠自古が初めて神子様とお会いしたのは四歳の時だっただろうか。実際は物心つく前からお会いした事があるはずだが、覚えているのはその時だ。昔からおとぎ話に出てくる美男子でさえ裸足で逃げていく姿が想像できる程に綺麗で凛々しい人で、私は幼いながら神子様の容姿と独特の雰囲気に惹かれ、初めてお会いした時から神子様の事が好きだった。だが当時の神子様はどこか冷たく、私と会ってくれた時も書物を読むばかりで、私と遊んでくれたり話してくれたりすることはなかった。蹴鞠をしようと言っても体調が悪いと面倒くさそうに返し、私が話をしても上の空で適当な返事が返って来るだけだった。

それでもめげなかった当時の私は中々立派だったと、我ながら褒めてやりたい。しかし私の頑張りは神子様に届くことはなく、神子様の視線が書物から私へ動くことの無いまま一年の時が流れた。

 

それから一年後の私が五歳の時、物部氏の娘の噂を聞いた。私と同じ年の幼子でありながら、難解な書物を次々と読んでいるらしく、神子様と並ぶ才覚の持ち主だと噂されていた。当時の私には噂の内容がよく分からなかったが、試しに父上が読んでおられる書物を目にしたことがあった。四年経った今でも理解できない文字列を当時の私が読み解ける訳も無く、ただただ神子様とその物部氏の娘に感心した。

そしてそれからだろうか。神子様が時折私の話を聞いてくれるようになったのは。普段なら上の空で帰って来る神子様の声が、初めて私の目を見て返ってきた。その時の喜びは今でも鮮明に覚えている。それでも神子様の冷たい雰囲気が変わる事はなかった。

神子様が変わったのはそれから更に八ヶ月後の事だった。まるで人が変わったかのように優しい笑みを浮かべ、美しい声で私の名を呼んでくれた。

 

「久しぶり、屠自古。この間蹴鞠がしたいと言ってましたね。一緒にやりましょうか」

 

私は何故神子様が変わったのか考えるよりも、尊敬していた神子様が優しくなってくれたのが嬉しくて神子様に抱き付いた。彼の細くて少しひんやりした腕に包まれると、今まで抑えていた悲しみが一気に噴き出して神子様の腕の中で目一杯泣いた。それまで無我夢中で頑張っていたが、やはり神子様の反応が冷たいままだったのは私には辛かった。それでも神子様に嫌われたくない一心で泣くのを堪えていたが、神子様が変わってくれたおかげで緊張が解け、今まで涙を溜めていた水門が壊れてしまったのだ。今思うと神子様からすれば迷惑だっただろうが、神子様はごめんなさいと謝りながら私の頭を撫でてくれた。

泣き止んだ時の私の顔は真っ赤だった様で、神子様はクスクスと笑みを浮かべながら、未だ瞳に溜まっていた私の涙を細い人差し指で撫でるように拭ってくれた。

そこからだ、私が神子様に恋心を抱いたときは。私の涙を拭ってくれる神子様がとても大人で、美しく、凛々しくて、私は恋に落ちた。

 

それから神子様とお会いする時、神子様は私の遊びや話に付き合ってくれた。時には書物を音読してくれ、意味を教えてくれたりもした。神子様が私に優しくしてくれる度に、どんどん彼の魅力に引き込まれていった。まるで底無し沼のように…神子様を沼と呼ぶのは失礼か、透き通った海と表現した方がいいか。私は神子様に呑まれていった。

神子様はご自分の話も時折聞かせてくれた。神子様の一日はほとんど勉学や政治家の悩み事相談で終わる為に彼の話題は私には難しいが、それでも神子様の話を聞けて私は嬉しかった。だが神子様の話を聞いていると、一つの事に気が付いてしまった。神子様が嬉しそうに話す話題はいつも物部氏の娘、物部布都の事であることに。

 

「布都はですね」

 

「布都は面白い子ですよ」

 

「なんと布都の弓の腕はですね」

 

布都布都布都布都。時折話してくれる神子様の話題は次第に布都の話ばかりになっていた。

私はそれがたまらなく嫌だった。別に神子様の口から女の名が出てくることには何の不満も無いが、物部布都に関しては別だ。普段他者と深く関わらずに表面上の関係性を作る神子様だが、布都に関しては別だと平凡な私にも理解できた。何より私に対する神子様の対応も、他の大多数と同じ表面上の関係性に感じられたからだ。

神子様にとって布都は私より大切な存在。それが噂でしか聞いたことの無い物部布都への嫉妬の第一歩だった。次第に本当は聞きたくないのに、何か一つでも悪評があればと思い物部布都の話を聞き回ったが、私の嫉妬を増幅させるものばかりだった。日夜剣と弓の鍛錬に明け暮れ、勉学も欠かさずに行う天才児。その容姿もまた有名で、銀色に輝く美しい長い髪に負けない整った顔は、愛らしくも少女らしくない美しさを持っており、神子様と並んでいるとまさに美男美女とのこと。二人の関係には私だけじゃなく蘇我の者は皆嫉妬しており(その嫉妬は私とは違い政治関係のものだろうが)、物部の者は是非とも神子様と布都を婚姻関係にさせたいらしい。

そんな私の醜い嫉妬に気付いたのか、ある時から神子様は物部布都の話をしなくなった。私の事を思ってくれたのだろうが、物部布都に負けた気がして悔しかった。

最初は小さかった物部布都に抱いていた嫉妬心が大きくなってきた時、父上が私に救いの手を伸ばしてくれた。今でもこの時の父上が当時の私の嫉妬に気付いていたのかは分からないが、何にせよ私の事を考えての話だった。

 

「屠自古。お前、豊聡耳様と結婚する気はないか?」

 

「えっ?あ、あります!」

 

一瞬戸惑いはしたが、私はすぐに肯定した。こんな私が神子様と結婚できる。この時ほど蘇我氏の中でも力を持っている父上に感謝したことは無かった。はしたなくも喜びで笑みを堪えられない私に対し、父上はどこか煮え切らない顔をされていた。私が問うより先に父上が口を開く。

 

「豊聡耳様にもこの件を伝えておく。豊聡耳様もお前を気に入っておられる、首を横に振る事はないだろう。だがその時、彼から大切な話を聞くことになるはずだ。お前はその話を聞いた後に改めて結婚するかどうか決めろ」

 

「え?は、はい…」

 

父上の仰っている意味が理解できなかった。口ぶりからするに父上もその大事な話を知っているように聞こえたが、いつもの温厚な父上とは違う冷たい口調に押された為か、その場で追及することはできなかった。

 

だがそれから神子様と出会い、彼の…いや、彼女の話を聞いた時、何故父上が煮え切らない表情をしたのかが分かった。男子として育てられ、男子として生きる事を命じられた少女。それが神子様の正体。

 

「嘘…ですよね…?」

 

「……」

 

擦れる私の声に対し、神子様は小さく首を振るだけで何も言わなかった。

なら、今までの神子様は何だったのだ。今まで私を撫でてくれた手も、抱きしめてくれた腕も、屠自古と呼んでくれた声も、私を包み込んでくれた香りも全て女のもの。それが分かった時、私の脳内は永久とも呼べる時間を彷徨った。

私の大好きな神子様。彼の何もかもが好きだった。彼の中性的な容姿に特徴的な髪形、声や背丈も肌も好きだった。彼の優しさに心打たれ、彼の温かさに心包まれ、彼の聡明さに心がドキドキした。

そんな大好きで結婚したいと思っていた彼の正体が私と同じ女。

私はこの時程大王を呪ったことは無い。せめて初めから彼女が彼として生きる事がなければこんな悩みをせずに済んだのにと、頭の中で何度もうろ覚えの大王の顔を殴る。同時に目の前にいる少女も恨んだ。何故女でありながら私に対してあそこまで優しくしたのか。昔のようにずっと冷たいままでいたのなら、こんなに好きになる事もなかったのにと。こんなに好きでなければ、頭の中で思いっきり顔面を殴ってやれるのに彼への想いが邪魔をする。

 

「ごめんなさい、屠自古…」

 

「な、なんで……なんで神子様が、謝るの?」

 

神子様だって本当は女の子として生きていたかったはずなのに、下らない仏教の思想の所為で神子様は男子として生きるしかなかった。神子様だって被害者だ。それなのにどうして、今にも泣きそうな顔をするの?

 

「あなたへ送った今までの言葉は嘘ではありません。ですが、男子を演じる為に多少なりとも言葉を飾りつけていたことも確かです。屠自古をここまで傷つけてしまったのは私の責任でもあります」

 

今まで神子様が口にしてくれたドキドキする言葉は飾られていたもの。その事実は私の心を打ち砕くには十分な武器だったが、不思議と神子様の声が耳に入る度に彼女への怒りは消えて行った。まるで怒りという雷雲に次々と大きな穴が開き、光が降り注ぐかのように私の心は雷雲よりも光が増えて行った。

溢れてくる神子様への想い()。そうだ、例え神子様が女であっても、私を撫でてくれた手も、抱きしめてくれた腕も、屠自古と呼んでくれた声も、私を包み込んでくれた香りも全て神子様のものだ。

それに気づけた時、自分の気持ちを理解した、整理できたと言うべきか。どちらでもよいが、自分の気持ちを理解できた私の行動は早かった。辛そうな顔をしている神子様の両手を握り、先程まで呆然としていた顔で出来るかは分からないが、可能な限りの笑みを浮かべる。

 

「神子様、私は神子様が男性でも女性でも、私は神子様が好きです。こんな私でよければ将来結婚してください」

 

「…ッ。ありがとう、屠自古」

 

神子様の腕が私の体を包み込んだ。今までも神子様にドキドキさせられたが、どれもどこか表面的で、冷え切った鉄の層があるように感じていた。でもこの時は鉄の層の中に隠されていた、神子様の本心に触れられた気がした。

 

ここまでが私と神子様の切っても切れぬ絆で結ばれたきっかけ。あれからも結局神子様は表面的な口説き文句を止めなかったが、私は気にしなかった。いや、毎回ドキドキさせられているから気にしないと言うのは違うか。どこか冷たく感じていた言葉の、冷たさを気にしなくなったと言えばよいだろうか。

実際それまでも神子様の口説き文句も、表面上のもの(冷たさ)を感じていたがドキドキして嬉しかったし、神子様が本心から放たれる甘い言葉は猛毒の域に達していたので、どこかふざけた感じのする甘い言葉が私の精神には丁度よかった。

月数回の神子様とお会いできる日がいつも楽しみで神子様と会えない日が続くと、神子様に会えないかと呟くのが口癖になってしまう程だった。酷い時には召使達が心配して声を掛けてくれた時もあった。

そんな大切な大切な、神子様と一緒にいられる日。それを潰したのがあのチビ、物部布都だった。

 

「あんた誰だよ」

 

部屋に入ってきたチビにこう言った時、実は私は物部布都がここに来ることを神子様から聞いていた。今までは私とチビの趣味嗜好が違うからあえて会う日をずらしていたらしいが、そろそろ私達を会わせたいとの事だった。何もかも才能に溢れる憎むべき天才児が神子様との時間を邪魔するだけでも腹が立つのに、実際チビが部屋に入ってきた時に不覚にも、噂に違わぬ容姿を持っていると褒めてしまった自分にも腹が立った。

 

「おぬしこそ誰じゃ」

 

爺臭い言葉を使うのも噂通りで、存外召使たちの噂も馬鹿にできないなと思っていると、礼もせずにズカズカと足音を立てて入り、神子様の右隣に座っていた私に対抗するかのように左隣に座った。

 

「物部布都じゃ」

 

「蘇我屠自古だ」

 

知っている。だが私だけが一方的にこいつを知っているのが気に食わず、あえて知らないフリをした。どうせ天才児には地味で平凡な私の話など耳に届いていないだろう。

 

「神子様、この小娘とどのような関係なのでございますか!?ああん!我とやると言うのか!?」

 

「神子様、この女狐とどんな関係な訳だ!?おいお前!私とやるつもりか!?」

 

私を睨み付けてくるこいつが無性に気に食わず、チビと神子様の関係はある程度聞いていたが、たまらず口が動いてしまった。口説き文句の上手い神子様の事だから、既にこいつも神子様に恋をしている可能性もあったし、その辺りについても神子様に問いただしておきたいのもある。

私たちの言葉は綺麗に重なり、まるで鏡の如く神子様を睨み付けると、神子様は冷や汗をかきながら落ち着くようにと手の平を向ける。しかし小娘と言われた私も、うっかり女狐と言ってしまったチビも共に怒り浸透。

 

「言うにことを書いて我を女狐と申したかこの性悪女!」

 

「それはこっちの台詞だ!私より背が低いくせに小娘だと、このチビ!」

 

売り言葉に買い言葉。ここで大人しく口喧嘩に持ち込めばよかったもの、この時の私は感情的になっていて引くにも引けなかった。

 

「上等じゃ蘇我の小娘よ、表に出ろ!」

 

「受けて立つぞ物部のチビめ!」

 

「だから二人とも、できれば仲良くしてくれないかな~」

 

本来なら神子様の言葉を蔑ろにしたりしないが、この時は別だった。今は兎に角このチビを一発ぶん殴ってやりたい気持ちで満ち満ちていた。

私は結構やんちゃ者で、警備や召使達の目を盗んで木を登って外に出て遊ぶことが結構多かった。だからか喧嘩にも比較的強く、いくら相手が噂の天才児様であっても私に勝てないと思っていた。だからか、突然チビが腰に帯刀していた剣を抜いた時はかなり驚いた。

 

「なに剣使ってんだよ。喧嘩なら素手だろう弱虫」

 

我ながらよく冷静に返せたと思う。もう一度同じ状況になることがあれば、声が震えてしまうだろう。

挑発が効いたのか、チビはこめかみを小さく引き攣らせながら剣を投げ捨てた。

 

「ほ、ほ~う…。我を未熟者と言う輩は居っても弱虫と呼ぶ奴はおらんかったぞ。上等じゃ小娘ェ!」

 

よし、上手く私の喧嘩に持ち込むことができた。そう思った刹那、チビの姿が私の視界から消えた。

えっ?

慌てて視界を広くすると、チビがまるで狼の如き素早さで走って来ているのが分かった。その闘志に一瞬後ずさりしそうになったが、神子様の前で無様な格好は見せたくないと唇を噛み締め、思いっきり拳を前に突き出した。私の突き出した拳はチビの顔面に当たる直前に避けられ、次の瞬間にお腹に激痛が走った。

痛みのあまり体から力が抜けてしまい、激痛のするお腹を両手で押さえる。この時ようやく私はチビに殴られたと理解できた。

私とチビでは土俵が違いすぎた。私は普段家で生活し、時折外に出るやんちゃ者。片やこのチビは一日中剣を振るい、矢を穿つ戦士。

痛みを堪えながらもその事実を突き付けられ、痛みよりも悔しさから涙がポロポロと零れてくる。

 

「うわーん!神子さまぁ゛―!」

 

「あーもー。よしよし、痛かったね~。布都、大人げないですよ」

 

「うわぁーーん!」

 

気が付けば神子様の元へ駆け、神子様の腕の中で泣いていた。

悔しかった、ここまで私と物部布都は違うのかと。なんで私はこんなに弱いのだろうと。

 

「おぬし滅茶苦茶弱いのぅ…。自分で言うのもあれじゃが、我の噂ぐらい耳にせんかったのか?」

 

そんな私に追い打ちを掛けるように、聞きたくないチビの声が聞こえる。

知ってるさ。日夜鍛錬に明け暮れ、勉学に励み、召使や領地の者に優しい容姿端麗の物部氏の天才児。嫌と言う程耳に入ったし、嫌みな程に悪評の無いずっと前から大っ嫌いな奴。

唯でさえ私はこのチビに勝てないのにこれ以上負けを認めるのが嫌だったので、せめてもの仕返しにと見栄を張った。

 

「ひっく…。お、お前の噂なんか知るもんかバーカ!」

 

自分でも大好きな神子様の前でこんな姿情けないと思う。でも私にだって誇りがあるから、絶対に負けを認めたくない。

必死にバーカバーカと喚くとチビの腕がプルプルと振るえた。神子様に並ぶ天才児と呼ばれているが、神子様とは違って心が狭い。

 

「この小娘。絞めたりんかったか」

 

「布都、いい加減にしなさい」

 

「むぅ…」

 

いい気味だと内心笑みを浮かべていたら、神子様の顔が私へと移った。

 

「屠自古、あなたにも責任があります。これ以上布都を貶す言葉を使うのなら例え屠自古でも許しませんよ。布都は私の大切な人です。ほら、仲直りする時はどうする?」

 

私の頭の中で神子様の口から紡がれた、私の大切な人、この一文字が繰り返えされ、その一文字以外の部分が曖昧に聞こえてしまった。やっぱり私が思っていた通り、このチビは神子様にとって掛け替えのない存在なのだ。それがどうしようもなく嫌で、今すぐこんな奴嫌いになってと叫びたかった。でもそんな事したら私が神子様に嫌われてしまう。それにこのチビは確かにムカつく奴だけど、やっぱり噂通りの天才児で、認めたくないけど凄い奴だ。神子様が気に入るのも当然だと思う。

 

「うぅ~ッ!分かりました…神子様がそう言うなら…」

 

だから私は、あくまでも神子様を立てるために手をチビの方へ向けた。いくら嫌な奴でもチビも神子様の前では下手な事ができないのか私の手を握る。右手を握る手の感触は、先程圧倒的な力を見せた戦士の手とは思えないほど小さくて細く、繊細なものだった。抱く感想はそれだけで十分な筈だが、ひねくれ者の私は止まってくれない。握力勝負ならいけるかもしれないと思い付き、神子様から顔を見られないことをいいことにチビの小さい手を思いっきり握りしめる。

手の大きさも私の方が大きかったから、チビからすればかなり痛いだろう。しかし僅かに揺らいだものの、チビの表情が痛みを堪えるものに変わる事はなかった。むしろ私の予想とは真逆の、満面の笑みを浮かべると突然右手に激痛が走った。

 

「いっ!?」

 

こ、こいつ握力まで強いのかよ…。でも冷静に考えれば、常日頃鍛錬をしている奴の握力が弱い訳がない。それに気づいた時はもう遅く、チビの手は私を離そうとはしない。

 

「これからよろしく頼むのぉ、屠自古」

 

「こ、こちらこそ頼む、布都」

 

ギギギギと歯を食いしばり怒りを堪え、私が出せる可能な限りの力で布都の手を握り締めようとするが、布都は動じることなく私の手を握り続ける。

 

「ハァ…やれやれ…。仲良くできると思ったんだけどなぁ」

 

結局私は握力勝負でも勝つことが出来ずに、限界に達してまた涙が零れそうになってきた時に神子様が助けてくれた。神子様は赤く腫れた右手を両手で包み、静かに撫でてくれた。こそばゆくかったが、神子様の優しい心が触れた手を通して私の心に伝わるようで、とても心地よかった。

神子様に手を引かれる形で私たちは一旦部屋に戻り、並び方で軽く問答があったものの喧嘩にまでいくことなく、三角形の形で座る事になった。

 

「……」

 

「……」

 

「……そ、そうだ布都。あなたに渡しておきたいものがあって」

 

私と神子様が二人っきりでいられる大切な空間に入ってきたお邪魔虫を睨み付けていると、いつものカッコいい雰囲気には程遠い慌てぶりで、神子様は部屋の隅に置いてあった長い箱へ手を伸ばした。今朝からずっと気になっていたあの箱は布都への贈り物だったのか。そう思うとますますイライラし、神子様は悪くないのについ彼女を睨み付けてしまう。私と目が合うと神子様は一瞬ビクッと肩を震わせたが、わざとらしく視線を反らして何事もなかったように箱を開けた。

 

「はいこれ。この間靴をくれたでしょう。だからこれはそのお礼」

 

思い当たる節があった。一か月ほど前から神子様が履いていられる靴が新品になっていたのは気づいていた。ただ新品の靴なんかよりも神子様の凛々しいお姿を見る方が大切だった所為か、今の今まで気にもしなかった。

そう言えば最近靴を履く時、履きやすい良いものだと靴を褒めていた気がする。う~、物部氏の靴も蘇我氏の靴も大して変わらないはずだろぉ…。

 

私は今までこんな風に贈り物をもらったことが無いのに…。私の怒りの対象は大好きな神子様では無く、大嫌いな布都へと向き、奴を睨み付ける。すると私の視線に気づいたのか布都は私の方を振り向き、未だかつてここまで怒りを覚えた事のないドヤ顔で私をニッと笑った。

ぐぅぅっ!やっぱりムカつくムカつく、大っ嫌いだこんな奴!

 

「ありがとうございます神子様。使うには余りに勿体ない程です」

 

「それでは矢師に作らせた意味がありません。どんな風に使おうとあなたの自由ですが、なるべくなら使って欲しいですね」

 

「は、はい!」

 

心の中で布都の悪口大会を開いている間。どうやら神子様の贈り物が高級な矢だったようで、二人の間で会話が飛び交う。私には矢の良し悪しは分からないが、布都が手に持っている矢が普通の狩人や低級の豪族がそう易々と手に入れられるものではない事は感覚的に分かった。弓に関しての才はもはや一流の狩人でさえも凌駕すると言われている布都がここまで喜んでいるから、私が抱いた感想は間違っていないのだろう。

にしてもだ、私には誕生日以外の時はこんな風に贈り物してくれないのに…。まあ私も神子様に対して何か上げたこともなかったから、そんなに強く言えないけどさ。勿論そこにも理由がある。嫌みな話に聞こえるだろうが、私も神子様も並大抵の物は欲しいと言えば手に入ってしまうから、互いに相手の欲しい物がよく分からない。神子様の誕生日の時は毎年書物を送っているし、私の誕生日の時は可愛い着物をくれるが、どちらも買おうと思えばいつでも買えるもの。それに私は布都のように多趣味では無いから、神子様と一緒にいられるのなら他に欲しい物も無かった。

そう、だから神子様が私に贈り物をくれないのは仕方のないこと。頭でも分かっているし、それを理由に神子様に物をねだろうとも思わない。でも嫉妬している事くらい神子様に伝えたかった。

 

「む~神子様。婚約者の私に一度もそんな風に贈り物送った事無い癖に」

 

バキッ。

自分でも嫌な女だと思う。わざとらしく猫なで声で、婚約者を強調するように伝えた。すると神子様は困ったように、人差し指で頬を掻く。

 

「だって屠自古の欲しい物はよくわから――バキッ?」

 

 

バキッ?

神子様の声と私の思考が一瞬のズレも無く重なった。まるで妖怪の鳴き声を聞いたかの如く、恐る恐る音の発生源へと視線を移動させた。私の目がおかしくなってしまったのだろうか?私の瞳には、布都が手に持っていた矢が無残な姿になって折られている光景が映っていた。

弓の心得がある訳では無いが、何度か矢に触った事くらいはある。少なくともあの竹で作られている棒の部分は、子供が片手で折れるようなものではない。そんな私の常識を打ち砕くように、折られた部分を中心と見ると矢は谷状になって凹んでいた。両手で折るなら片手ずつ矢の端に持つだろうから山上になるはず。

並々ならぬ握力をだけでも異様だが、更に恐ろしいのが布都の表情だ。ニコニコと私と握手した時以上の笑みを浮かべている布都だが、その中身には妖怪の中の妖怪、鬼が存在するように見えた。

 

「え、えっと布都さん?ひょっとして、怒ってます?」

 

「怒る?ははっ、まさかまさか。神子様がどこの小娘とどのような関係になろうとも我には関係ありませぬ。ただちょ~っと急に手に力が入っただけでございますよ。ええ、断じて神子様を取られたなど大それたことは思っていませぬ」

 

さっきまでの私なら小娘扱いされた事に腹を立てて怒り出しただろうが、今のこいつには逆らわない方がいいと体全身が訴えかけている。布都の放つ、神子様とは真逆の覇気に体がガクガクと震えてしまう。

な、何なんだよこいつは。噂通りの天才児かと思ったら妙にガキみたいな部分があって、私に対してやたらと突っかかって来る嫌な奴で。そう思っていたらさっきまでの雰囲気が豹変して突然神子様でさえダラダラと冷や汗を流す程の雰囲気を纏わせる。

結局私の中では布都を一言で表すなら嫌いな奴、この一言に尽きるが、布都の性格を掴む事はできなかった。ただ一つハッキリと分かるのは、布都は私と同じように神子様が好きなのだろう。なのに何故、神子様と私の関係に対して関係無いと言ったのかは理解できないが。

 

夢中になって考え事をしていたので神子様がどうやったのかは分からないが、無事に布都の怒りは収まった様だ。布都は矢を折った件を詫びると、今度は私の方を向いた。

 

「屠自古よ。元よりおぬしには怒っておらん。さっさと泣き止まんか」

 

今までのウザい顔とは違う、並大抵の男子ならあっという間に恋に落ちてしまうだろう愛らしくも美しさを持つ笑みが私に向けられた。

 

「な、泣いてないッ!」

 

物部布都。やっぱりよく分からない奴だった。

強くて、頭がよくて、ウザくて、ガキっぽくて、嫉妬深くて…でも、悪い奴じゃないみたいだ。

私は大っ嫌いだけど。

 




みことじええなぁ…(恍惚)
早くひじみこも書きたい(未定)
せいみこもいいッスよね(未定)
唯でさえ布都ちゃんが原作より嫉妬深いのに、それに加え屠自古も布都への対抗心から負の部分があり、これにひじりんが入って青我が荒すと思うとたまんないなぁ…。
(あくまで妄想です)


屠自古を上手く書けたかは分かりませんが、個人的にはこんな感じの口調かなと。あんまり~やんよって言うのもあれなので。魔理沙の~ぜが多いのも違和感ありますし。

とりあえず今回は物部氏・蘇我氏の話では無く、屠自古と布都をメインに書きました。最近恋愛(百合)が多いですが、もう少ししたら話のスケールが大きくなってくると思います。

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