東方物部録   作:COM7M

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今回のラストに関して反省も後悔もしない。ですがそれ以前の点にミスがあれば反省も後悔もします。

拙者、何度もガールズラブの度合いは後書きで警告入れて来たでござる。


布都の考え

無事に店主との交渉に成功した我と神子様は、一度店を出て街を見回ることとなった。神子様の謹慎が続いている今、次にいつお会いできるか分からぬので、今日はなるべく一緒に居たかったのだ。神子様も我と同じく、一緒に居たいと言ってくれ我のテンションは非常に高い。だがそのテンションも店を出ると共に視界に入った神子様が乗って来た馬によって下がってしまう。理由としては、この時代での馬での移動=ある一定以上の階級の式が成り立ち、それ即ち非常に目立ってしまう。

一応言っておくが我は恥ずかしがりやではなく、むしろ目立ちたがり屋であろう。だが我の好む目立つとは、例えるなら戦場で一騎当千の活躍をし、また神社で布都御魂剣を返上した時の様な主役として目立つものであって、民を道端に避けさせるような目立ち方は好きではない。だから我は街の往来を歩く時には基本的に傘を被り、なるべく目立たんようにしておる。

話しが逸れてしまったが、要は馬での移動や神子様の容姿は目立つので、街を見回るにはいささか仰々しいのではないかということだ。

しかし店前に馬を置いてけぼりにするのも、馬があるにも関わらず神子様を歩かせるのもいかん。結局我は傘を深く被った状態で、神子様を乗せた馬の手綱を引いて歩き回る事となった。

案の定すれ違う民は皆一様に道を避け、地面に手を付けるとまではいかぬが、深々と頭を下げて我等が通るのを待っている状態だった。

 

「何故布都はその傘を被っているのです?」

 

「このような反応をされるのが余り好きでは無くて。それに今ここで我の正体を明かせば、神子様の正体はすぐ悟られますぞ。元より我等の容姿は目立つのですから」

 

おそらく我等に頭を下げている殆どの民は神子様の正体に気づいておらず、ある程度力のある豪族としか思っていないであろう。だがその正体が皇子と知ればどうなるか分かったものではない。存外今とさほど変わらぬ反応なのかもしれんが、パニックになった後では遅い。

因みに世間で噂となっている我と神子様の容姿についての噂だが、我は美しい銀髪に灰色の目を持つ乙女で、神子様は薄い金髪の少女と見間違える程の美男子。我の髪は銀ないし灰色に近く、また神子様も金よりも茶と呼んだ方が色彩的には合っているのであろうが、いろんな意味で的を射ている噂だ。それに灰色と茶色の二人よりも、銀と金の二人の方が噂映えしやすい。

 

「ふふっ。なるほど、布都らしい理由ですね。私を含め普通の豪族はそんなもの気にしないのに」

 

「流石に店内では先ほどの様に傘を脱ぐので、この中には我の正体に気づいている者もおるかもしれませんが。でも道を歩く度道を避けられるのも面倒ではありませんか?」

 

「う~ん、私も一応皇子の身分は隠して街を出歩いておりますが、そこまで身分を落とそうとは思いませんね。道を退いてくれるならそちらの方が楽ではありませんか」

 

神子様の意見は尤もなもので我はそれ以上言い返さなかった。でも有事の時は兎も角、偶には庶民に混じって往来を歩きたいと思う我はおかしいのだろうか?

 

「ところでこれからどこに向かうのですか?」

 

「少し小腹が好きませんか?ちょっとした外食屋があるので是非そちらに」

 

「が、外食屋?」

 

聞き慣れない言葉に神子様は上を向いて考え込む仕草をする。

そう、現代日本では当たり前の様に飲食店が並んで居るが、この時代には外食と呼ばれる発想が無かった。そもそも外食の文化ができたのは江戸時代の頃。当時の江戸は出稼ぎの為に江戸にやって来た男性が集まっており、料理のできない、あるいは料理をするスペースがない者達の為に飲食店や屋台が広まったのだ。そんなこの飛鳥時代に外食店がある理由は言わずもがな我が原因で、その店も我が家がやっている店だ。

事の発端はこの時代の食事回数にある。多くの者が知っておるだろうが、飛鳥時代の食事回数は朝と夜の二回と一食少ない。別に現代人と比べ少食だから二食しか無いのではなく、我も父上も母上も適当な時間に食い物を摘まむ。それでも基本的に一日二食なのは、多くの民が貧しく一日三食の生活が非常に苦しいからだ。

だがこの時代の民は肉体労働だ。唯でさえ栄養が偏っておるのに、一日二食では明らかにエネルギーが不足している。これが逆に労働の作業効率を悪くしているのではないかと思った我は、父上に相談して試しにとあることを実施した。相談の内容は年一の税を少しだけ増やす代わりに、税収を行った民に格安で昼食を提供する施設を作ること。当然収入どころか赤字になりかねんこの施設に父上は猛反対し、何か月にも渡る長期戦でようやく父上が折れてくれた。

未来の事を伏せつつも上記の事を神子様に伝えると、興味深そうに何度も頷く。

 

「しかし民が昼頃に食事をしなかったのは金が無いからでしょう?ならいくら安くなるとも早々人が集まるとは思えませんが」

 

「ええ、神子様の言う通り、最初は閑古鳥が鳴いておりました。しかしそれも料理に肉や魚と言ったものを追加したらすぐに売れましたよ。勿論追加料金など入れず、格安のままの値段で。数が限られているので先着になるのがいささか不満ではありますが」

 

「なるほど。ですが聞けば聞く程赤字にしかならないと思いますが」

 

「当然ですぞ、何しろ利益を求めてやっているのではございませぬ。警備と同じです。街の治安を守るために大きな街を持つ地主は警備兵を雇いますが利益は無い。ですが人件費と言う赤字がある代わりに、治安がよくなる目に見えない実績が得られます。それと同じであります。食費と言った赤字はありますが、民の健康がよくなる事は立派な利益と呼べましょう。それにこの施設の評判が良くなり、他の地域からここに来る者も居るかもしれません。そうなれば自然と働き手や税収が増える。まあこれに関しては二次的な利益ですがの」

 

こうやってすんなりと説明できるのも、父上や母上に何度も何度もやって来たからだ。いかに民の仕事が大変か、そして民の健康がどれほど大切かを伝えるために、我も実際農民と同じ生活をした時もあったか。

思えばこの件は神子様に話していなかったなと、説明している最中に気が付いた。

 

「…凄い。私も政治について考えて来ましたが、正直私の考えていた事がままごとの様だ…」

 

どうやら神子様からすればその施設は悪くない発想らしく、馬に揺られながら指を顎に当てていた。

しかし神子様、それは違いますぞ。

 

「そんなことはありませぬ。我が考えている政治は国力の増加ですが、神子様の考える政治は民を束ね、有能な政治家を生み出す役人の為の政治。比べるようがありません」

 

政治については今までも神子様と熱く語った事はあるが、神子様の考えている政治は後の歴史に名を残す政策の一片だった。例えば今は(うじ)があれば大抵の者が政治家になれる氏姓制度だが、それを改め力のある役人をより活躍できるようにする冠位十二階や、好き勝手する役人を縛る為の17の約束事、十七条の憲法も既に今の神子様の中にはあり、それだけでも誇れることだ。

それに正直なところ、国力増加に関してはいくら神子様であろうとも未来を知っている我に勝つことは不可能だと思う。結局のところ国力の増加とはいかに国が豊であるということ。例え個人が莫大な金を持って居ろうとも、民が貧しければそれは弱い国だ。あくまで我の個人的意見だがの。

 

「そうかもしれないが…やはりちょっと悔しいな」

 

笑顔を作っているがどこか寂しげな瞳。聡明で大人びている神子様だが、分かりやすい所もあるので察しは付いた。

神子様は百年に一人いるかいないかの天才であるが、決して努力をしていない訳ではない。我が剣や弓の練習をしている最中、神子様は政治についての勉強や実際に役人の相談を受けながらも政治について学んでおられた。神子様にとって政治とは、何よりも時間を掛けてきて学んだものなのだ。だからさほど政治を学んでいない我が、思いもよらない政策をしたのが悔しかったのであろう。

年相応の嫉妬は可愛らしいですが、神子様らしくないですな。

 

「フフッ、なら神子様が役人を、我が民の暮らしを変えていけばいいではありませぬか」

 

「え?」

 

「そうすれば綺麗に役割分担できましょう?互いに欠点を補い政策をする、まさに我等に相応しいやり方であると思います」

 

言ってすぐに出過ぎた事を申してしまったと内心冷や汗をかいたが心配無用だった。いつの間にか足を進めていた馬は止まっており、その上には目を真ん丸にした神子様が跨っていた。どうかしたかと見上げながら首を傾げると、神子様はクスクスと小さく笑みを浮かばせ、手招きして手綱を引いていた我を呼ぶ。神子様の心境がイマイチ分からず、頭の中で無数の疑問符を浮かばせながら神子様の元へ近づく。

 

「少し背伸びしてもらえますか?」

 

言われた通り背伸びをしながら馬に跨る神子様を見上げていると、神子様の手によって被っていた傘が取られ、そしてすぐに額にプニッとした柔らかいものが当たった。

 

「えっ?--~~ッ!?」

 

それがすぐに神子様の唇だと理解した我は、神子様から傘を奪い取るとすぐに被り顔を隠した。

いきなりのキスに顔が沸騰しそうな程に熱くなり、それを神子様に見られるのがたまらなく恥ずかしかった。

 

「今の銀の髪って…」

 

「もしかして、布都様?」

 

「少女にも見える金髪の美男子…」

 

「なら馬に乗られているお方は…」

 

我の髪が露出するのを切っ掛けに、辺りがザワザワと慌ただしくなる。まさか、いや、でも、と神子様に視線が集まっていき、神子様はしまったと苦笑している。数人の疑問が数十人の疑問に広がっていき、やがて疑問は確信へと変わっていく。馬に乗られているお方こそ大王の息子、豊聡耳神子。それがこの場に居た者達が出した結論で、皆一斉に地面に膝をついて土下座した。

 

「やれやれ、バレたら仕方ない。すいませんが布都、外食屋とやらはまた別の機会にしましょう。ほら、おいで」

 

我の元へスッと伸ばされる神子様の白く細い腕。高さ、太陽の位置、見上げる角度、おいでと呼ぶ声色。その何もかもが洗礼された様に完璧で美しく、まるで一枚の絵画を見ているようだった。それは己が手で汚してよいものか恐れる程に芸術的で、でも無意識の内に手が伸びている程に魅力的で。伸ばされた手を弱弱しく握ると我の体は引っ張られ、一瞬で視界が高くなり背中に神子様の温もりと柔らかさを感じた。

神子様は耳元で小さく、これはもういりませんね、と呟いて我が被っていた傘を取る。

 

「では少し、静かなところに行きましょうか」

 

 

 

それから馬を走らせて街から少し離れた川の傍までやって来た。我は道中何も言えなかった。声が出なかったのだ。先ほどの神子様のお姿を見てから、胸がはち切れそうに痛くドキドキが止まらない。神子様の腕の中にいるだけで何物にも変え難い幸福感が全身を過り、チラリと神子様の方を見れば、遠くを眺める瞳に惹かれ、思考が麻痺してしまう。

だからか、馬が足を止めても気づかずに、我の名を呼ぶ神子様の声によって正気に返ったのは。

 

「布都?着きましたよ?」

 

「えっ!あっ…、は、はい…」

 

既に神子様は馬から降りており、皇子を見下ろす形で返事をしてしまった。慌てて馬から降りるが、動揺からか地面を見ておらず着地と同時に石ころに躓いてしまう。普段ならすぐに受け身を取るだろうが、体が思う様に動いてくれない。地面との激突が怖く思わず目を瞑るが、我がぶつかったのは固い地面ではなく、肌触りのよい着物だった。

 

「おっと、危ない。大丈夫ですか?」

 

神子様が抱き止めて助けてくれたのだ。だが我は感謝の言葉が出ずただただ顔が真っ赤になって、もう頭がグシャグシャになって、静かに神子様の胸へ顔を疼くめる。

ああ、もう駄目だ…。正直いつか来ると思っていた瞬間が、先ほどの神子様の姿をきっかけに現実となってしまった。

 

「さっきから急にどうしたのです?公衆の前で口づけしたのが嫌だったのなら謝りますが…」

 

「ち、違いますッ。むしろ逆で、う、嬉しかった、です……」

 

言ってしまった…。恥ずかしさで頭が爆発して死んでしまいそうだ。

顔を疼くめているので神子様の表情は分からないが、口説くのが趣味な神子様の事だ。きっとニヤニヤと笑っているに違いない。そんな神子様の顔を見るのも嫌だったし、顔が真っ赤になっている自分の顔も見せたくなく、ただギュッと神子様を抱きしめてくっついた。

 

「布都」

 

まるで女神のお告げを聞いているような優しい囁き声。

 

「顔を上げなさい」

 

穏やかな言葉と共に頭に温かな手の平がおかれ、静かに撫でられる。

神子様の命に反する事はしたくなかったが、今の我は冷静に物事を考えられなかった。ただ神子様を抱きしめる力をより強め、維持でも顔を見せないとより強く胸に顔を押し付け、顔を上げたくないと意思表示をした。

 

「……やっ」

 

「…困った子だ。ならそのままでいいからしっかり聞いていなさい」

 

着物を擦りながらコクンと小さく頷く。神子様は何を言われるのだろうか見当が付かず、それが期待を生み出し同時に不安をも生み出す。

もし辛くなる話なら聞きたくない。でも幸せになれる話なら聞いてみたい。

前置きから言葉が告げられる僅か数秒の間、頭の中は相反する思考が何重にも絡み合い、まるで二人の自分がいるようだった。いや、本当にたった二つに分かれているのかも判断できない。

文字通り頭がごちゃごちゃになっている事も、神子様にはお見通しだったのか。まるで我を落ち着かせるように背中に手を回すと、子供を宥めるように背中を擦りながら耳元で静かに呟いた。

 

「布都、結婚しよう」

 

「……えっ?」

 

告げられるであろう数多の言葉を予想していたが、奏でられた言葉はそのどれにも当て嵌まらないもので、一瞬にして頭が真っ白になった。茫然と顔を見上げると、告白したにしては随分と澄ました、いつもと変わらぬ神子様の顔がある。

これが夢か現実か判断するのを思考が逃げている。目の前にいる神子様は現実に存在するものなのか。神子様の姿も、信じられない言葉も、心地よい感触も全て偽物では無いかと疑うが、脳が下した判断によると現実は必ずしも理不尽ではないらしい。

神子様は確かに存在する。目には美しい顔立ちが写り、心臓の鼓動が耳に届き、神子様の体を肌が感じている。

 

神子様は抱きしめていた腕を離し互いに顔を見合わせられる程に距離を置くと、再び我の体を寄せてもう一度ギュッと抱きしめてくれた。

 

「布都が落ち着くまで少し話しますね」

 

はい、と返事を出したかったが未だ心の整理ができていないのか声が出なかった。もっと、もっと神子様の言葉が聞きたい。その一心で、必死に何度も頷いて背伸びをしながら神子様を抱き返す。

 

「私は…恋愛感情がどのようなものなのかよく分かりません。恋がどんなものなのか、布都に告白した今でも正直分からない。でも勘違いしないで欲しい。布都が物部氏の娘だから、回りから結婚しろと言われているから告白した訳ではありません。いや、無いと言えば嘘になりますが、それは限りなく無に等しいと断言しよう。恋は分からない。分からないが、布都とはずっと一緒に傍に居たいと心の底から思っている。何よりあなたが他の者に嫁ぐと思うと想像しただけで不愉快だ。だから私は布都に伝えたい。ずっと私の傍に居てください…いや、傍にいるんだ」

 

ああ…こんなに、こんなに幸せを感じたことがかつてあっただろうか、いや、そんなものはどこにも無い。我の人生にも、他の誰の人生にも、ここまでの幸福を感じられた者は後にも先にも、傍にいろと言われた数秒前の自分たった一人。

ほぼ全ての感覚で捉えていた神子様の姿が、告白によりまた夢か現実か分からなくなってしまう。でも、それでよかった。例え夢であろうと現実であろうと、これ以上無い幸せを覚えられるのなら。

大好きな神子様が自分に告白してくれた。必要だと、ずっと傍にいたいと言ってくれた。それがただただ嬉しく、何度も何度も神子様の言葉が頭の中で繰り返される。

 

これ以上無い幸福が目の前にある。それを手にするだけで、首を一回縦に振るだけで幸せになれる。

 

だから我はその幸せを――

 

「…少し、だけ…、待って…下さいますか…?」

 

遠ざけた。

 

泣きたい気持ちを押し殺し、幸せを掴もうと伸ばす手を切り落としながら、悲しみで痛む喉を震わせた。

神子様は怒るどころか、驚いた表情一つ見せずに小さくクスッと笑みを浮かべて、どうして、と呟いた。体が蕩けそうに甘く、いつの間にかこの世で最も好きな音となっていた危険な声。その誘惑に抗いながら、涙を押し殺しながら己が気持ちを伝える。

 

「神子様は大好きです。とっても、とっても、大好きです。ずっと前から好き、でした。我等は女同士ですが神子様とならそんなこと気にもしません。悠久の時を共に過ごしたいと願っています。これでも、妖怪に襲われた時は…神子様に守ってほしかったと、神子様に白馬の王子役を期待したりもしました」

 

「白馬の王子…また布都は面白い例えをしますね。自分で言うとせっかくの布都の好意が離れてしまうかもしれませんが、容姿はそれほど悪くないし、頭も11にしてはいい方です。権力も、土地も、富も持っていますし、他者が私をどう見ているかは分かりませんが、少なくとも布都に対しては優しく接する事ができると自負しています。子供に恵まれる事はありませんが、それでも布都を幸せにしてやれる」

 

分かっております。謙遜されなくとも神子様は百人が百人とも息を吐く程の美しさを持ち、1400年前の者とは思えぬほどに先を読み、頭もきれる。大王の息子で権力もあり、土地も、富も日本の頂点と言ってもよい。神子様の良い噂は後を絶たず、回りから嫌われている事など万に一つもない。何より神子様が我を幸せにしてくれるのは、誰よりも我が分かっている。

客観的に考えても、物部布都個人として考えても神子様との結婚は喉から手が出る程に欲しい。だが…。

 

「ごめんなさい。まさか本当に断られるとは思わず、少し意地悪してしまいました。布都が望むものはなんとなく分かっています。私にはこの国で最も強い名誉がある。でも、権力に関しては…」

 

「はい…。今の権力は物部と蘇我が握っている…。そしてその頂点は我が父と馬子殿」

 

やはり…神子様は天才だ。神子様の才能は様々な方向で発揮されているが、やはりその原点となるのは並々ならぬ頭脳。数百年に一度の才の持ち主が政治の中心地で生まれたからには、後々起こりうる事も予想できるだろう。

今は平穏な宮だが、いずれ物部氏と蘇我氏の命運を賭けた戦が始まる。これは史実や原作の知識からによる決め付けでは無い。確かに結論に辿り着くまでのきっかけは史実や原作の知識によるものだが、自ら調べるにつれ、史実や原作などと言う非論理的なものではない、生きている本物の情報から後に争いが起こると確信した。

今の物部と蘇我は表面上の仲は良好なものだが、互いに裏では爪を砥ぎ、相手の喉元を狙っている状態である。

ここ数年で物部氏と蘇我氏の持つ武器倉の数は倍以上の数に膨れ上がっており、税収を上げてまで米を貯め戦に備えている。数字的なデータだけ見ても戦う準備をしているのは明らかだが、他にも物部氏の人物が蘇我氏の一部を引き込み、その逆も然り。隙あらば政治的地位を落とそうと足を引っ張り合い、また時には相手の土地の金属を奪うなど、表立って公表されている訳ではないが、これらの噂は珍しくない。

この国は確実に戦に近づいている。

 

「本当に蘇我と物部の戦が始まると?」

 

「…はい。そしておそらく、物部が負けましょう…」

 

「…私が気になっているのはそこです。どうして蘇我よりも武力のある物部が負けると?」

 

神子様の言葉に少し戸惑った。先程史実や原作知識を馬鹿にしたが、結局物部が負けるという予想は非論理的と貶したそれ等によるものだ。だが、決め付けるには材料不足としか言えないが、一応それ以外にも根拠はある。

 

「…まず、上に立つ者が蘇我の方が恵まれております。神子様に馬子殿、勿論他の蘇我氏の者の噂も耳に入ります。馬子殿に関してはまだ数回しかお会いした事がありませんが、彼と神子様の策が合わされば物部がいくら考えようとも読める気がしません」

 

「しかし策が全てでは無い。どんなにすぐれた策があろうとも武力に差があればそれを覆すのは難しい。なにより物部氏にはあなたがいる。さっきの策が読めないという言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

「我は…神子様と戦いたくありません。いえ、戦いません。それも入れて差があると申したのです」

 

自信過剰と取られる発言だったが、我は少しも謙遜しないし神子様もそれについてこれ以上言及しなかった。それに謙遜だけでなく、実際に我に人を束ねる才や、戦略を練る力があるかと言われると答えようがないのもある。それ等は実際に戦にならなければ表に出る事のない、内に隠されたものだから当然だ。いくら頭がよくとも人を束ねる力が無ければ兵士は付かず、兵を束ねようとも状況に応じた判断ができなければ戦に勝つのは難しいだろう。もっとも、それは神子様にも言える事だが。

抱き合っていた我等はいつの間にか雑草の生えた草の上に肩を並べて座っており、互いに顔を見ず、川に映る赤くなってきた太陽を眺めながら語っていた。

 

「それと、物部が穏健派と過激派に分かれているのも小さくはありません。むしろこれが戦の命運を大きく変えると思います。これはその…ハッキリとした理由がある訳では無いのですが」

 

我の頭に浮かぶのは物部守屋。彼は間違ってものんびりと世を過ごすような人間ではない。異教徒である仏教を根絶やしにしようと第一線に立つ姿が容易に想像できる程に彼の闘志は強かった。彼が存在する限り、物部から火種は無くならない。

 

「つまり布都が考えているのは蘇我と物部の仲が今以上に不安定になって来た時、叔父上と結婚して両者の中を安定させようと。確かに、大王の息子と言えば聞こえはいいが、父上が亡き後、私が継げるかも分からない程に天皇の権力は強くない。仮に私と結婚したところで緊迫状態になった両者が安定するとは到底思えない」

 

大王の力は強い。特に民に対してはその名を出すだけで、抗えない理不尽な力が働くだろう。だがトップの役人から見れば大王は結局のところただの役職に過ぎない…それは少し言い過ぎか。しかしそう言ってもあながち間違いでは無いのが現状だ。

 

「はい。それに加え、仮に神子様が次世代の大王に就けば上手く戦を収めることができるかもしれませぬが、正直なところ神子様には次世代の大王にはなってほしくありません」

 

「ふむ。どうして?」

 

「この緊迫状態の中連続で仏教徒が大王の座に就けば、廃仏派…いや、物部が黙ってはおりません。後先考えない野蛮な輩が神子様の命を狙うかもしれません」

 

これもまた結局は史実を元に考察した結果であるので、我がいかに浅はかな思考をしているかが分かる。史実では用明天皇の次の代は崇峻(すしゅん)天皇が即位するのだが、そこには穴穂部皇子(あなほべのみこ)と呼ばれる、欽明天皇の息子の犠牲があった。史実では穴穂部皇子は、物部守屋(ここでは史実通りの物部尾興の息子、物部守屋と呼ぼう)と手を結び、皇位を望んでいた。そして用明天皇の死後、皇位に就こうとした穴穂部皇子だったが、物部と繋がった者に皇位は就かせないと蘇我馬子によって抹殺された。

また、崇峻天皇もとある失言から蘇我馬子に睨まれてしまい、最後は彼に暗殺されるなど、32代天皇は非常に不安定な状況の世に巻き込まれる。神子様に限って暗殺されるような事は無いだろうが、万に一つの可能性もあるので、32代天皇になって欲しくなかった。

 

「ですが馬子殿との結婚はあくまで我等が幼ければの話です。今から八年も絶てば我等は本格的に政治に参加でき、次第に政治的発言力も高まり、我等の力で戦を未然に防ぐことができるかもしれません。神子様が蘇我を束ね我が物部を束ねれば、いつかそのっ…み、神子様と結婚、できましょう…」

 

自分の口から結婚しようと言うのは気恥ずかしく、終わりの方がたどたどしくなってしまう。虚空へと溶けていく動揺丸出しの言葉。それが神子様にどのような印象を与えたかは、すぐに肩を抱き寄せられた事から察せた。

右肩に回された手により、神子様の胸へ抱き寄せられる。ふんわりとした心地よい香りに全身が包まれ、政治の話をして落ち着いていた心臓が思い出したかのようにバクバクと高まる。

 

「すぐに戦が起これば叔父上と、私達が大人になれば無事結婚できる…か。なら後者になるよう祈らないといけないな」

 

神子様は頬が触れ合う様にそっと我を抱きしめてくれ、大人しくも覇気の籠った声で囁いた。神子様が心の底から我との結婚を望んでくれている、それだけでも我は十分に幸せ者だ。

だが今の神子様の台詞は少し可笑しく、笑いから体が小さく揺れる。

 

「私、面白い事でも言った?」

 

「ええ、仏教も神道も信じていない神子様が誰に祈ると言うのですか?」

 

「…フフッ、なるほど確かに可笑しな話だ。だが都合のいい時だけ心の底から祈る。それも宗教の一つでは無いか?」

 

「ですな」

 

クスクスと笑い合う声が消えると、辺りには今まで気にもしなかった自然の音が流れてくる。川のせせらぎや風に靡く草木、巣に帰る鳥の鳴き声等が、我等の間に落ち着いて自然体になれる不思議な空気を作ってくれる。次第に自然の音が耳から遠のいて行き、代わりに神子様の心臓の鼓動が触れ合っている胸から伝わってくる。きっと神子様にも我の心臓の鼓動が伝わっているだろう。互いに顔を見合わせ抱き合っており、神子様の荒一つ無い美しい肌がクッキリと見える程に近い。

我等が後々どうなるのかは分からない。だが今なら、いや、今こそ自分の一番の望みを伝えるべきだ。

最もシンプルで、愛情を伝えられるもの。

 

「…神子様。キス、してもいいですか?」

 

穴があったら今すぐにでも入りたくなる歯痒い台詞だったが、頑張って言う事ができた。

我は神子様が好きだ、大好きだ。今まで性別やら物部と蘇我を理由にその気持ちを押し殺していたが、もうそれもお終いだ。神子様とキスがしたい。甘く蕩ける様な、絶対に忘れられないキスをしたい。

しかし頭の中が桃色一色に染まっていた我に返って来た言葉は、この甘い空気をぶち壊すには十分なものだった。

 

「鱚?はて、鱚とは動詞として使うようなものでしたか?」

 

抱き合って初めて我はここで神子様から視線を逸らした。正確に言うとガクッと項垂れた所為で逸れたというべきか。どちらにせよ頭にクエスチョンマークを浮かばせる神子様の所為で折角の空気がぶち壊しになってしまった。いや、悪いのは我だ。この時代でキスと言えば当然出てくるのは接吻では無く、魚の鱚である。普段は横文字が出ないようにと意識して話しているが、感情が高ぶった所為で無意識に横文字を使ってしまったらしい。

我はハァ…とワザとらしく溜息を吐くと、改めて神子様の目を真っ直ぐと眺める。

 

「魚の鱚ではありません。外国の言葉でキスとは接吻の事を指すのです」

 

「鱚が接吻…?」

 

「いい響きではありませんか、キスって。接吻よりもずっと感情的で、甘く切ない、愛の籠った言葉に聞こえます」

 

囁きながら我は神子様を押し倒し、神子様の視界を遮る様に馬乗りになった。キスを強請られた彼女からはいつもの余裕の見られず、どこか必死に冷静な表情を作ろうとしているのが分かる。

 

「なんだか性格が変わったように見えますよ?」

 

「今までの神子様への想いは忠誠心、それが恋心に変われば少なからず性格も変わりましょうぞ。神子様、キス、してくれますか?」

 

頬を染めながら少しだけ首を傾げ、不安そうな瞳で神子様を眺める。普段女っぽくない我だが、この瞬間だけは不思議と少々わざとらしくお願いができたと思う。お願いの効力はあったのか、神子様は小さく笑みを浮かべると、右手をそっと我の頭に回した。

 

「…ええ、いいですよ」

 

我は小さくありがとう、と告げると神子様の唇に自分のそれを落とした。これまでも手の甲や額に触れた優しい唇が、自分の唇に触れている。神子様が声を奏でる時に動く唇。触れるだけで顔が真っ赤になり、しばらく心臓の鼓動が収まらなかったそれに自分の唇が触れていると、今でも実感ができない。

でもその感情の高ぶりも短かった。所詮は唇が触れ合うだけの子供のキスで、ませた幼稚園児がお遊びにやる程度のものだ。我等のキスはそんな無意味で下賤なものでは無い。

一度触れ合った唇を離し、神子様の顔の全体が見られる程に離れる。

 

「屠自古とは既にされたのですか?」

 

「布都が初めてですよ」

 

「嬉しいです。…もう少し、キスしてもいいですか?」

 

「ああ」

 

了承を得たのでもう一度唇を落とす。チラリと閉じた瞼を空けると、神子様は先ほどまでの我と同じように幸せそうに頬を緩ませて瞼を閉じていた。だがもっと、もっと神子様を感じていたい。我にも、神子様にも忘れられないキスにしたい。そう思った我の行動は早かった。スルリと舌を伸ばすと、神子様の唇の間に入り込み、閉じられた歯を無理やりこじ開けようとする。

 

「んんッ!?」

 

ディープキスを知らないのか、神子様の驚愕の声がこもって聞こえる。驚いた拍子に閉じられた歯が僅かに開き、その間をすり抜けるように舌を忍び込ませる。だが神子様の舌全単体に絡ませるには長さが足りなかったので、顔を少しずらして神子様の口を自分のそれで塞ぎ、舌との距離を縮めた。唇の先端だけが触れ合うものじゃない。舌と唾液が絡み合う濃厚な深いキス。

 

「んっ…んんっ…はぁっ」

 

「むっ…ふ…とっ…ん…」

 

ザラザラとした神子様の舌を、先で、表面で、裏で舐め回していく。次第に神子様も理解したのか、おそるおそると舌を動かして我の舌に合わせる。舐め、舐められ絡み合う舌。背筋がゾクゾクと震え、もはや屋外と言うのも忘れ一心に神子様の舌に絡ませる。神子様の唾液を吸い取ろうとするとはしたない音が鳴り、また神子様がゴクッと喉を鳴らす度に自分の唾液を飲んでいるのだと思うと背徳感がたまらなく押し寄せてくる。呼吸するのも忘れ、舌と同じように指を絡ませ、ただひたすらにキスを続けた。

 

 

 

だが時は我等を待ってはくれなかった。この二年後、物部と蘇我の戦いの切っ掛けとなる疫病が発生した。

 

 




野外でディープキスする幼女達か……ちょっと用事思い出した。


主人公なのにこんなにも布都の意図を伝えるのが難しいなんて。余りに纏めてストレートに話してもそれはそれで味気ないものになってしまうのでそれは避けたのですが、やはり小説は難しい。


(以下紺珠伝についての作者の感想ですのでネタバレ注意です)


……いやですね、紺珠伝と未プレイのタグが一緒にあったら評価を1にしてやろうかと思いましたよ。勿論本文を読んでから評価を付けさせて頂きますし、何より紺珠伝のキャラ(サグメさん)はかなり好みなので、むしろ9をつけて応援したいと思っております。サグメさん大好き。

でもプレイされた方なら私に共感される方もいらっしゃると思います。

…なんだよクラウンピースの弾幕!難しいのは六ボスどころかエクストラレベルじゃないですかヤダー! 歴史に00/99+を沢山刻んでしまいました。
嫦娥(純孤)の弾幕もイライラ棒みたいでうどんげ以外苦戦しましたし、ラスぺに関しては全員二ボムでごり押しでした。

紺珠伝未プレイの方、是非プレイしてみて下さい。そしてクラウンピースの洗礼を受けろ!
(初めて東方をプレイされる方は地霊殿・星蓮船・紺珠伝を避けることを強くお勧めします)

しかし難易度は高かったですが、いつでも中断できて何度でもミスできるというのは精神的に非常に楽で、決めボムを決めていれば案外クリアできました。(エクストラとレガシーは知らん)
特にクラウンピースは意地でも取得しようと一人で盛り上がり、非常に楽しい作品でした。

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