東方物部録   作:COM7M

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返信やミス修正が中々できず申し訳ありません。


やはり飛鳥時代って難しいですね。時代背景を書くには室町以降の方が楽かもしれない。





思惑

 

遂にこの日がやって来た、やって来てしまったと言うべきか。友人二人の記念すべき日であるにも関わらず、我の心境は非常に複雑なものだった。嫉妬と喜びが混ざり合う嫌な感覚。いっそのこと純粋に祝福できたら、あるいは潔く妬めたのならよいものの、二人との強い関係がそれを許してはくれなかった。

嶋宮、馬子殿の館の一室。モヤモヤとした感情で包まれていた我は、辺りに誰もいないのを確認すると、喉まで出かかっていた溜息を開放した。ずっと前から、この日を境に踏ん切りを付けようと決めていたが、この調子だと今後もズルズルと引きずりそうだ。何もかも捨てて逃げたくなってきた。複雑な心境が徐々に悪い方向へと進んでいき、暗い心境が溜息となって外に現れる。

そんな時、綺麗な声と共に部屋の扉が開かれ、諸悪の根源たるお方が入って来た。

 

「ハァ…。神子様…」

 

「ど、どうしました布都!?」

 

いつもなら元気に頭を下げて挨拶するところだが、崩壊したダムの如き勢いで気力が放出されているこの状況では無理だった。むしろ、神子様のお召し物が袴であることが、ダムの崩壊を進ませた。この時代の袴の見た目は現代人の知る袴とは大なり小なり違うが、用途は同じだ。

ああ…、男用の衣装であるのに、どうしてここまで様になってしまうのか。ぼんやりとその原因を探っていると、やはり一番は凛とした瞳によって中世的に見える顔立ちだろうか。それ以外もあった。少女漫画の様に細い体の線が、平凡な男には一生出せない色気を醸し出しており、それ以前に神子様の高貴な雰囲気が服を着こなしている。また、神子様の背丈がこの時代の女性の平均よりも遥かに高い身長もあってか、普段の凛々しさがより一層際立っておられる。

余談だが、この時代の男性の平均身長=現代の女性の平均身長+数センチと思って構わない。その為女性の平均身長はそれよりも更に低い、150cm前後なのだが、我はその平均よりも更に10cm低い140強。現代だと小学高学年相当。畜生め。

 

「…いいですね、神子様は。背が高くて」

 

「えっ、ええ!? よりによって今その話?」

 

一般人なら聞こえない、すぐに消えてしまう程度の声で呟いたのだが、神子様の聴力は誤魔化せなかった様だ。

我を心配して下さっているのか、神子様は俯いた我をひょこっと覗き込む。変わらず我の視線は動かず、また神子様の体制も動かないまま寸秒が経過する。

神子様は我の両手をそっと手に取ると、その芸術作品の様に繊細な手で挟むように、我のそれを包み込んでくれた。

 

「私は、まだ布都の事を諦めている訳ではありませんよ」

 

「…えっ?」

 

その言葉に思わず顔が上がってしまった。

 

「こう見えて私、結構独占欲が強くてね。布都の様な可愛い娘はそう簡単に逃がしませんよ」

 

我の手を包み込んでいた温もりは消えており、神子様の手は我の顎を軽く固定し、もう片方の手は腰に回されていた。大好きな神子様の顔が、互いの息が感じられる距離にある。刹那、神子様とキスした感覚が、四年の時を遡って数秒前の事の様に甦る。体の髄まで蕩けそうになる奇怪な雰囲気に包まれ、心臓がバクバクと高まる。倫理や道徳、人間社会に生きていく上で必要なものが一瞬にして排除されてしまう。

もう一回。もう一度なら許してもらえる。きっと大丈夫。

気が付けば我の思考は神子様ともう一度キスする事で一杯になっていた。まるで禁断の果実を求めるイブの様に、神子様の唇に近づいていく。が、それ等が重なり合う事は無かった。

 

「悪い布都。今日は誰よりも屠自古を見てあげないといけないので、ここまで」

 

「えっ…?」

 

我の唇に触れたのは愛する人の唇では無く、白くほっそりとした指だった。

人をその気にさせておきながら、済まなそうな顔どころかニコッと笑みを浮かべながら彼女はそう言った。感情が爆発していた我は一瞬、情けなくも目の奥から涙が出てきたが、変わらず笑顔を崩さない神子様を見ていると、呆れからか爆発していた感情は収まった。

神子様だけでなく、自分にも呆れていた。今まで抱いていた疑問が一つ解決してしまったのだ。よく物語に登場する、家族を捨ててまで浮気をする馬鹿な女が頭を過った。彼女等の心境は我には一生理解できないと思っていたが、神子様のせいで我もその馬鹿な女の一人に入ってしまったようだ。

言葉にするのは難しいが、強いて言うなら奉仕の心か。理由も無く、ただひたすらに愛する人を尽くしてあげたい、愛らしくも惨めな感情。それが夫と言う鎖から馬鹿な女を解放する。

 

「またいつか、キスして下さいますか?」

 

「ええ、それをあなたが望むなら。でも今日は、ね?」

 

「そう、ですな。何しろ今日は神子様と屠自古の婚礼なのですからの…。ハァ…」

 

改めて自分で口にすると、やはり妬ましさからの嘆息が漏れる。せめてもの愛情表現なのか、宥めるようによしよしと撫でる。

神子様に頭を撫でられるのは心地よく好きなのだが、そもそもの原因はあなたです。

 

何とか神子様に触れたかった我は、少しの間なら抱き合うくらいはいいだろうと謎の結論に到り、早速行動に移そうとしたのだが遅かった。

近くの部屋の扉が開く音が耳に届き、それを合図に我等はわざとらしく距離を取って、唐突に世間話を始めた。

 

「布都、そろそろ始まるぞ…って、神子様もいたのっ?」

 

近くの部屋から出て来た足音の発生源は、扉を開けるや神子様の姿を見て目を丸くした。それからすぐにムスッとした顔に変わり、露骨に神子様を睨みつけた。我と神子様の関係を少なからず知っている彼女だからこそ、我等が二人っきりで居たことに嫉妬したのだろう。

 

「…神子様。まさか私との婚儀の日に、他の女を口説いたりしてないよね?」

 

「勿論。今日はあなただけを見ていると約束しましたから」

 

今の神子様の言葉、現代日本だったら“今日は”の部分がアウトになってしまうが、一夫多妻が当たり前のこの時代では問題無い発言だ。現に屠自古も嬉しそうに頬を染めている。

 

「それにしても、とてもよく似合ってますよ。一瞬我を忘れるほど見惚れてしまった」

 

早速始まる神子様の口説き文句。だが今回ばかりは神子様の口説き文句は大げさでは無かった。

神子様が袴を着ているのなら、相手である屠自古もまた特別な衣装を着ていた。今の今まではその身支度に時間が掛かっていたのだ。

屠自古の着ている服は、表裏白一色で仕立て上げられた白無垢(しろむく)と呼ばれる物に似ていた。我の知っている白無垢は端的に言うなれば真っ白な和服なのだが、和服と呼ぶにはいささか形が違う。しかし神子様の袴にも言える事だが、どちらも後の婚礼衣装の片鱗が見られる。

因みに一応我も、屠自古と同じ婚礼衣装を着て馬子殿と婚儀を上げたのだが、互いに幸せを求めた結婚ではない為にアッサリと終わった。

 

「嬉しい…。本当に私、神子様と結婚できるんだ」

 

「これからは晴れて夫婦だ。夫が女だと締まらないか」

 

「そんなこと無い。相手が神子様なら夫とか妻とか関係ないから」

 

「フフッ、そうか。いやなに、屠自古に不満が無いのならよかった」

 

「神子様に不満なんて…。不満が無いのが不満なくらいです。いや、口説き癖があるのが不満か」

 

「それは…善処しよう」

 

「する気無い癖に。いいんだよ。神子様は神子様なんだから」

 

あ~、今すぐ月でも降って来ないものか。あるいは御柱が降ってきても、地面からミシャクジが出てきても構わんのだが。

好きな方が他の女とイチャイチャしている姿を見るのはここまでイライラするものなのか。いくら今日が一生に一度の婚儀とは言え、気に食わない。今なら二人を殺した後に自殺できる気がする。

 

「ええい! 我の部屋でイチャコラやるならさっさと出て行かんか!」

 

「はいはい。分かりましたよ、母上様」

 

「だー! 母と呼ぶでない!」

 

 

 

 

散々悩んでいた神子様と屠自古の結婚式も、一度始まればすぐに終わった。本当にこれで結婚ができたのかと思うほどに簡略なものだが、幸せそうな屠自古の笑みを見る限りそれは間違いなく事実なのだろう。

馬子殿と結婚してからは、家系図的には屠自古は娘となり、その屠自古の伴侶である神子様は義理の息子。恋愛至上主義の平安時代ならいざ知らず、この時代ではどう接してよいのやら。

そう悩んでかれこれ二つの月が流れたが、神子様との間に生まれた新たな関係性は、決して悪い方向には進まなかった。神子様の身内になったのもあってか、ここ数年間ほとんど会えなかったのが嘘のように、短い周期でお会いできている。

もっとも、以前の様に和気あいあいと二人っきりで語り合う事はできなくなり、やはり神子様と会う時は周りの視線を気にしてしまう。しかし神子様はさほど気にしていないのか、今までと変わらず接してくれ、それが我に笑顔を与えてくれる。

 

さて、物部と蘇我の争いもめっきり減り、徐々に平和ボケして来たある日のこと。神子様の案で、昔の様にいつもの三人で山に行くことになっていたのだが…。

 

「何故おぬしと二人で山を登らねばいかんのだ」

 

「それはこっちの台詞だ。ハァ…、神子様に急用が無ければ神子様と二人っきりで山を歩けたのに」

 

ガックシと項垂れながらのどかな山道を歩く我と屠自古。屠自古の申した通り、神子様は何やら急用ができたらしい。ならばわざわざ屠自古と二人で山に行く必要もないのだが、二人仲良く山に行くのもよいでしょう。そう神子様に言われたら我等は拒否できず、嫌々ながらここまで来たのだ。常々思うが我等は神子様に弱すぎる。もう少しバシッと言っても天罰は下らんと思うが。

にしてもこいつ。

 

「さらりと我を省くな。親不孝者め」

 

「どこの娘が親の浮気を応援するんだよ。お前には父上がいるだろうが」

 

「ハッ、寝言は寝て言え。そんなに馬子殿が好きなら変わってやってもよいぞ」

 

馬子殿は醜男ではないが、かと言って良くも無い、ごく普通の男だ。そもそも容姿以前に、我は未だに彼が苦手だ。彼もまた我には妻としての多くを望んでいない様に見え、彼とは夜を共にするどころか、政治以外の話をすることも珍しいくらいだ。

しかし彼の不満点よりも、我が想い人である神子様の美点の方が数多くある。未だ我が心が神子様から離れられるのも、現状に不満がある事よりも、神子様に魅入られているからと言えよう。

 

「冗談ぬかせ。例え国一つをくれたって誰にも渡さない」

 

「おぬしもたいがい馬鹿な女じゃのう。仮にも相手は女だと言うに…」

 

「それに関しては…なんも言えないな。神子様がもっと平凡なお方なら変わっただろうけど」

 

我の皮肉に対して屠自古は苦笑して返した。この皮肉は屠自古だけでなく、自分への皮肉でもあった。

屠自古の言う通り、神子様がもっと普通の女の子であれば我も屠自古もこうはならなかっただろう。上司と部下の関係で、無難に付き合っていたはずだ。

だが実際の神子様は身分・容姿・才能、その全てを持って世に現れたお方だ。むしろ神子様の虜になっているのが我等二人なだけ、神子様は自重していると言えよう。

 

「まっ、惚れた弱みって奴さ。それよりさっきから気になってたんだが、お前の腰にあるのって剣か?」

 

屠自古の視線と交差させるように視線を落とすと、腰にはわずかに曲がった黒い棒があった。その黒い棒こそ剣を収める鞘、そして鞘に納められている剣こそ四年の歳月を経てこの世に生まれた新たな武器、刀だ。武器倉の主人曰く、まだ試作段階らしいが、ほぼ完成品に近いとのことで試運転も兼ねてこうして手元に置いていた。実際試し切りもしたが、その切れ味は今まで使っていた剣が錆びた棒に思えるほど。

 

「屠自古にしてはよい着眼点ではないか。これは刀と言ってな。我が物部氏の宝剣、布都御魂剣を模して造られた新たな武器だ」

 

「これが武器、ね…。にしては細くて弱っちそうだ」

 

この美しい造形を見てその反応とは。

 

「フッ、やはり屠自古は凡人じゃのう」

 

「お前は何かにつけて私を罵倒しないと気が済まないのか。陰険女」

 

「事実を言うて何が悪い」

 

口喧嘩をしている我等だが、声の抑揚は平坦で、互いの顔すら見向きもせずにトコトコと山道を歩いていた。もはやこの手の喧嘩は日常茶判事であり、最近では感情的に殴り合いをすることもなくなった。

 

「おおかた私よりも自分の方が神子様にお似合いだと思ってるんだろ」

 

「よう分かったな、全くのその通りだ。全てにおいてお前より我の方が上だ」

 

「青娥をぶっ潰した後はお前だからな。チビで貧乳の小娘」

 

「その頃にはお前は灰になっておるがの」

 

そうこう言い合っている間に山の中腹に到着した。我はまだ大丈夫だが、貧弱な屠自古の為に休憩することにしよう。自分の優しさに涙が出てきそうじゃ。

我等は木々に囲まれた中にポツンとあった石に背中合わせで座ると、どちらとも分からぬ静かな息が響いた。

葉の天井から漏れた太陽の光が我等の体を温めてくれ、優しい風が肌を優しく撫でてくれる。背中にいる屠自古も少しは役に立つようで、ぬくぬくとした人肌が心地よい。この三つが我の意識を曖昧なものにさせ、ゆっくりと眠りの世界へと誘おうとする。

だが一つ、ある気配が我の心地よい昼寝の時を邪魔していた。

 

「にしても神子様の急用って何だろうな? 父上との会談は無い筈だし、物部との会談ならお前の耳に入っているだろ?」

 

「すまん屠自古。ちとお前と話す余裕は無さそうじゃ。我から離れるなよ」

 

「は? お前なに言って――」

 

屠自古がこちらに振り向いた刹那、木の上から屠自古目掛け矢が飛んできた。我は素早く屠自古を抱き寄せると、空いたもう片方の手で飛んできた矢を掴んだ。矢の先端から麻酔効果のある液体と同じ匂いがしたので、すぐさま投げ捨てる。

 

「えっ? な、なにっ?」

 

驚いている屠自古を尻目に、矢が飛んできた方向へ札を投げつける。すると小さな爆発音と共に木の上から悲鳴が聞こえ、上から黒装束に身を包んだ男が落ちて来た。

暗殺者にしては随分と手応えの無いな。残りの連中もこの程度か…いや、命が掛かった戦いでの慢心は自殺行為に等しい。

そうしている間にもまた四方から同じように矢が飛んでくる。全てを目で捉えている訳では無いが、何万回も聞いた弦の音が四つ重なっていたのでそれが分かった。先程札を飛ばした際に取り出しておいたもう一枚の札に素早く力を籠め、我等を囲むように四角形の結界を生成すると、矢は結界に遮られ地面に落ちる。

 

「言っておくが(得意分野)で我を殺す事は容易い事ではないぞ。もっとも、その程度の腕なら剣を持とうと我を殺せそうもないが」

 

挑発が効いたのか、それとも元より結界を張られたら戦略を変える予定だったのか。四人の男達は木から飛び降りると、その手に短刀を持って我等に飛び掛って来た。

 

「屠自古、結界から出るで無いぞ。それと嫌なものを見たくないなら目を瞑っておれ」

 

「ちょっ! 布都!?」

 

腰を低くし構えながら結界の外に出ると、前から飛んできた男に一閃を繰り出した。男はそれを受け流そうと短刀を前に出すが、それはただの一閃では無い。刀を抜く際に鞘との摩擦で力を溜め、切っ先が鞘から出た時にその力が速度となって放出される技。後に抜刀術と呼ばれるものであった。

男が構えていた短刀は子供のおもちゃだったのか。そう思える程に刀の切れ味は鋭いもので、ひび割れ一つなく真っ二つに割り、そのままの勢いで男の胴体を切り裂く。切り口から赤い液体がしぶきとなって放出される。

ッ…この手で人を斬ったのは初めてだが、これは想像以上にキツイな…。

だが今は罪悪感を覚えている場合では無い。死体となった男の横を前転しながら横切ると、先ほどまで我がいた場所を三つの刃が空振りした。

 

「おっと」

 

受け身を取って体制を整えていると、三人の男達が飛び掛ってきていた。三人は横一列になると、タイミングを合わせ斬りかかってくる。三人からの同時攻撃。並大抵の輩ならこの時点で詰みになっているだろうが、伊達にフットワークを重点に置いた鍛錬を続けて来ただけはある。一つは体の重心をズラして避け、一つは刀を交じり合わせ、一つは鞘を使って受け止めた。瞬時に相手の攻撃を理解し、同時に三つの行動を行う。いくら鍛錬を積んできたとは言え、普通の人間にはほぼ不可能だろうが、神道の力で五感が研ぎ澄まされている今の我なら容易い事であった。

三人の男の攻撃が20回程続いただろうか。三人掛かってきても小娘一人殺せない焦りからか、三人の息が合わなくなり、攻撃が一点に集中した。男達は自らの失態に目を開いたがもう遅い。三本の剣は体制を低くした我の頭上でガチンと音を立ててぶつかり合い、音が鳴ると同時に男達の胴体から鮮血が飛び散った。

 

「ぐああああっ!」

 

三人の痛々しい悲鳴が重なり合い、僅かな差はあれど、ほぼ同じタイミングで地面に倒れ伏す。刀をヒタヒタと流れている血をブンと振って飛ばし、男達に切っ先を向ける。

 

「誰の命で我と屠自古の命を狙う?」

 

戦闘不能状態で脅されているのにも関わらず、彼らは口を割ろうとはしなかった。仮にも暗殺を命じられた者達だ。そう簡単に口を割ろうとはしないだろう。

ならここに更に一つ条件を付けようとするか。単純だが人間の醜い本心が見られる方法で。

 

「…最初に答えた一人のみ助けてやろう。あとの二人は四肢を切り落とした後で殺す」

 

意識して目を鋭くし、無様に横たわっている彼等に告げた。途端、今まで無表情だった彼らの顔に焦りが見られた。そして男の一人が、騙されるな、と声を震わせながら他の二人に告げた。

正直なところ、我の精神は初めて人を傷つけ、殺めてしまった事への罪悪感で滅入っていた。未だ刀を持つ右手には、彼らの肉を斬った生々しい感覚が残っている。この状況では彼らに止めを刺すどころか、四肢を切断するなど不可能だ。

だが少しはポーカーフェイスが上手くなっていた様だ。心情が顔に出る事はなかったらしく、真ん中に倒れていた男が切羽詰まった声で、一人の男の名を上げた。

 

「も、守屋様に命じられました! ほ、ほら、言ったぞ!」

 

「き、貴様! 戯言をぬかしよって!」

 

「我等を裏切るつもりか!?」

 

こいつらの黒装束を見て一瞬忍者を連想させたが、この無様なやり取りを見る限り、我の思い描く忍者とは違うらしい。

足元で始まる罵り合い。人間の汚い部分。我が意図してやった事とはいえ、やはり見ていて気分がいいものではない。

元よりこれ以上殺生を繰り返すつもりはなかったので、我は裏切り者の男と、彼の口から出た守屋への嫌悪感から息を吐くと、刀を収めた。

 

「な、何を!? こいつらを殺し俺を助けてくれるのではないのですか!?」

 

「元よりおぬしらを殺すつもりはない。が、救う気もない。三人仲良く旅の薬師が来るのを待っておればよかろう」

 

これ以上彼らの相手をする暇は無かった。

この暗殺が守屋の仕業だとするなら、これは反逆である。今は一刻も早くこの事を父上、馬子殿、そして神子様に伝えるべきだ。

 

「き、きさっ――」

 

彼らを無視して屠自古の元へ歩み寄ろうとした刹那、裏切り者の男の声が不自然な形で途切れ、激怒していた二人の男の声もプツッと消えた。

えっ、と声を漏らしながらぎこちなく振り向いた瞬間、頭が真っ白になった。

 

「ひっ!」

 

屠自古の息を飲む声が聞こえた気がしたが、茫然としている我は屠自古を心配する余裕はなかった。

我の視界に映るのは、首から上にある頭が無い、斬り口から噴水の様に血を吐き出す三つの肉塊。鋭い何かで切断されたのか、リアルなマネキンかと思うほど切断部分はきれいだ。

恐怖や嫌悪感。そんなものは感じない。感じる暇も無かったのだ。ただ茫然と、先ほどまで罵り合いをしていた、生きた人間たちの姿が脳裏に浮かぶ。

 

「あら。物部様と言えど、人の死は慣れていないようですね」

 

敬語だが馴れ馴れしく感じる気に食わない口調。甘く色っぽい、わざとらしい声。

あれから一度も彼女と会ってはいないが、この声を間違えようは無い。

 

「…青娥」

 

「はぁ~い。いつも笑顔であなたの隣に現れる。霍青娥ですわ」

 

フワフワとまるで綿の様にゆっくりと降りて来たのは、青を主に置いた衣服を纏っている仙人、霍青娥そのものだった。あれから四年の月日が流れるが、成長した我等とは違い、青娥には月日を感じさせる変化は一つも無い。唯一四年前と違うのは、彼女の纏っている羽衣が赤い液体で汚れており、今もなおヒタヒタと液体を垂らしていることか。

 

「な…ぜっ――」

 

上手く言葉が出て来なかった。何故彼らを殺した? 何故ここにいる? 何故また我等の前に姿を現した?

青娥に対する疑問は、混乱した頭でどうにかできるものではなかった。仮に疑問が一つだけだとしても、今は舌すら回らない。

 

「うふふ。彼らを殺したのは、私の存在を知られたくないから。ここにいるのは物部様にお伝えする事があるため。あなた方の前に姿を見せたのは、世が大きく動き始めたから。説明はこの程度でよいでしょうか?」

 

「あ…あ、あぁ…」

 

落ち着け。落ち着くのだ。今この場で道徳を青娥に説いたところで何の意味も無い。彼女の晴れやかだが胡散臭い雰囲気は、今しがた三人の男を殺した奴が出せるものではない。彼女にとって、殺した三人の男は物語の背景、それ以外の何物でもないのだ。

覚られてもいいから深呼吸をするのだ。今は人の生死については何も考えるな。彼女は我等に対して友好的だが、いつ牙を剥くか分からん。青娥を刺激せぬように話を進めろ。

 

「我に、伝えたい事、とは、なんだ?」

 

「ええ、そうでしたわ。物部様、こんなところにいる場合ではありません。あなたのお父様とお母様が例の守屋さんから襲撃を受けております」

 

「なっ!? なんだと!?」

 

襲撃!?

だとすれば我等の暗殺はクーデターの一端に過ぎないのか。いや、ただの時間稼ぎとも考えられる。だが時間稼ぎが目的なら下手に我に刺激を与える必要はないから、やはり我等の命を取るのも目的?

違う! 今はあれこれ考えている場合では無い。

ブンブンと首を大きく横に振ると、急いで身体能力強化の術を発動する。

 

「あら。ひょっとして助けに行かれるのですか?」

 

「当たり前だろう!」

 

「それは結構な事ですが、そこで気絶している屠自古ちゃんはどうするの?」

 

「ッ! お前が連れて帰って来い! とにかく我は急ぐ!」

 

普通なら気絶した屠自古を青娥に預ける事など絶対にしないが、切羽詰まった状況ではこうするほか無かった。

我は荒々しく青娥に命じると、駆け足でその場から立ち去った。我が願うは父上と母上の安否のみ。

 

「はぁ~い…。うふふ、面白くなってきたわ。屠自古ちゃん、あなたも少しは使えそうね」

 

 

 




布都ちゃんよ(神子様へ)叫べ アイ ルァ ヴェッ トゥルルルル 


飛鳥時代の婚礼衣装はググっても分かりませんでした。おそらく特別な衣装を着ないのかもしれませんが、この作品では袴と白無垢ということで。


白蓮165 神子162 一輪160 屠自古157 こころ156 青娥155 布都142くらいのイメージ(小並感)
神子様はこころちゃんより小柄派の方もいますが、イケメン神子様が好きなのでこのくらいと想像。(それでもひじりんより低いのが重要)

あと、何かとは言いませんが
白蓮>超えられない壁>青娥&一輪>屠自古>こころ>神子≧布都


人間組が妖怪と殴り合いしているのを見る限り、ある一定ラインまでの身体能力強化はそこまで難しくないのでしょう(適当)
達人の指の動きを五倍にしたら矢を掴めるらしいので是非挑戦してみてください。



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