東方物部録   作:COM7M

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何話か前の感想で”申す”の使い方が間違っているよと教えていただいたのですが、先日ようやく修正できました。おそくなり申し訳ありません。


それと今さらですが、基本的に前書きは端的にして、書きたいことは後書きに長々と書いております。前書きは(基本)真面目で後書きと感想は砕けた感じと思って頂ければ。
前書も結構ふざけていますが。

ここ最近の感想で胸の話が多いのも後書きの所為。


不安定

生まれて初めて隣でもぞもぞと動く何かによって起こされた。目覚めは悪くない方の筈だが体が酷く重くまだ睡魔に身を委ねたい欲求がある。特に昨晩何をしたのか、何故か右手が筋肉痛で地味に痛い。どうして体がこうなってしまったのか未だ思考が追いつかず、ぼんやりした頭と視界のまま隣を見ると、そこに裸の布都の寝顔がありようやく昨晩の事を思い出した。

そうか…。私は昨晩、布都と枕を共にしたのか。

意識がハッキリしたのと同時に、昨日味わった布都の身体の感触も甦る。彼女の舌、耳、首筋、僅かに膨らんだ胸、その先端にある桃色の果実、そして彼女の中。私はそれらを文字通り、欲望のままに味わい続けていた。抱いている最中は夢中になっていたが冷静に思い返してみると、恥ずかしさのあまりに顔に手を当ててしまう。

上品さの欠片も無かったな…。しかし布都のあの声を聞いていたらどうにも歯止めが利かなかった…。

脳裏に過る布都の甘い声。媚薬を盛ったのかと疑われるほどに布都の身体は敏感で、私が一度指を撫でるだけで布都は高くて甘い声を何度も漏らした。その声がまた私を獣へとさせたのだろう。

やれやれ…。周りが思うほど女に興味がある訳じゃなかったがそれも今日でお終いのようだ。

だが他の女が布都と同じ様に、同性()を興奮させられるとは思わない方がいいか。私からあそこまで理性を失わせる布都は間違いなく極上の素質を持っている。それを他の女に求めるのは贅沢と言えよう。

私は小さくフッと笑みを浮かべると、未だスヤスヤと心地よく眠っている布都の頭をそっと撫でる。昨日起きた惨劇に巻き込まれた少女には見えない、穏やかな寝息だ。

 

「んっ…み、こ…さま…だい、すき…」

 

「嬉しい事を言ってくれる…」

 

寝言でも私を求めてくれる。それはどんな言動で示すよりも信頼できる、正直な感情なのだろう。

このまま布都の寝顔を眺めながら癒されたいが、そろそろ起こして服を着せないと不味いか。疲れている布都を起こすのは気が引けたが、裸の布都を誰かに見られたら色々と面倒な事になってしまう。私は彼女を優しく(さす)り、そして頬を擽る様に撫でて耳元で囁いた。

 

「布都、起きて」

 

「う、うぅん…みこ、さま?」

 

「ええ、おはよう布都」

 

布都はしょぼしょぼと、薄らと開いた瞼を幾度か動かしながら私の名を呼んだ。次第に意識がハッキリとしてきたのか私の顔と肌を見、同じように自分の衣一つ着けていない身体に視線を動かし、昨晩の出来事を全て思い出したのだろう。布都の顔が一瞬にして、まるで太陽の様に真っ赤に変わり全身を布団で隠した。

 

「あ、ああ…えっとそのあの…」

 

「布都。まずはお互い服を着ましょうか。話はそれからです」

 

「は、はい…」

 

それから服を着た私達だったが、部屋は依然と静かだった。布都はただただ顔を真っ赤にして俯き、私から軽く声を掛けてもより一層顔を真っ赤にしてまたすぐに俯くだけだった。その初々しい反応が溜まらなく愛らしく、私までほんのりと頬が熱くなるのを感じる。

と、一見すれば微笑ましいやり取りの様に見えるが、布都は今もなお苦しみを抱え続けているのだ。それは私と一晩を共にし、幸せを感じている今だからこそ、より一層重くなっているに違いない。

布都に告げるべきか…いや、今はまだその時ではない。とりあえず今は少しでも布都に幸せを感じてもらいたい。

少し離れたところに肩を縮めて座っている布都の後ろに回ると、背中からふわりと抱きしめた。

 

「あなたは何も悪くない…。悪いのは人の悪しき欲です。あなたはこれ以上戦わなくていい、罪を感じなくていい。あなたはただひたすらに良き事を行ったのです…誰よりも」

 

「神子様…」

 

私の名を呼ぶ掠れた声と共に、布都の顔が私の方を向く。その頬は赤く可愛らしいが、それとは裏腹に瞳には涙が浮かんでいる。罪悪感から逃れるために私に抱かれることを望んだが、今は抱かれた事がまた罪悪感となって布都の重石になっている。それはきっと、私が抱えている石がまるで小石に感じられる程だろう。

私は彼女の瞳に溜まった涙を撫でるように拭い、そして彼女にキスをした。柔らかな感触が唇から感じられる、触れるだけの少々物足りなく思えるキス。けれどそれは激しいキスをするよりもずっと、私の中に芽生えた確かな愛情を伝えられるものだと思えた。

 

「布都、私はこれから守屋を討伐する為の軍を用意します。既に昨晩の時点である程度命令は出していましたが、叔父上もこちらにいらすだろうから本格的な軍議が始まる。あなたはどうします? 少しでも嫌なら――」

 

ここにいなさい。そう言おうとしたが、私の口からそれが出る事は無かった。

 

「行きます。我は守屋を絶対に許しません。我がこの手で、奴の首を刎ねて父上と母上の敵を取ります」

 

復讐か…。止めるべき、何だろうか? 私が読んだ書物の一つには、憎しみからは争いしか生まないと書いてあるものがあったが、果たして本当にそうだろうか。布都には何一つとして汚点は無いのにも関わらず、彼女は放心状態になるほど追い詰められていた。そんな彼女に復讐をするなと言える輩がいるのなら、随分と幸せな頭をしている。

しかし守屋へ復讐を果たすまでの間に、布都の身は危険に晒される。心理的な面からすれば復讐の手助けをしてやりたいが…。

 

「分かった。だがお前は戦う必要はない。私と共に後方での指示に専念してもらう」

 

「で、ですが布都御魂剣を持つ守屋を相手にできる手練れは…」

 

だからこそだ。一撃必殺の神剣の前に布都を出すわけにはいかない。

 

「強いのは剣であって彼はただの人間だ。倒し方はいくらでもある。お前はそれを私と一緒に考えるのだ。さて、と。寝床から一緒に出るのは不味い。私は一度自室に戻るので布都は後から来てください」

 

前線に立てないのが不満なのか、頬を膨らませながら渋々と頷いた。普段凛々しい布都の、こんなにも愛らしい姿を見られるのは私以外にそういない。そう思うと、布都の一挙一動のどれもが愛おしい。私はクスッと笑みを浮かべると、扉を開き廊下へ足を出したが、そこから先に足が進むことはなかった。突如部屋からドタッと物音がしたのだ。

何事かと慌てて振り向くと、一瞬時が戻ったのかと疑った。そこには昨晩の様にガタガタと体を震わせ、虚ろな瞳でジッと私の方を見つめる布都の姿があった。

 

「どうした布都!?」

 

私は急いで彼女に駆け寄ると、まるで病人の様に血色が悪くなった唇が微かに動いた。

 

「いか、ないで…」

 

「布都?」

 

彼女の言葉の意味が瞬時に理解できなかった。確かに私達は、今流れているこの時だけを考えたら別れる事になるが、またすぐに再開できる。行くなと言うには短すぎる別れだ。

それでもしばらくあその状態が続き、私が何度か布都の名を呼び続けていると目が覚めたようにハッと我に返り、体の震えは止まり血色がよくなった。

 

「わ、我は…」

 

「どうした布都? やはり昨日の事が…」

 

「み、神子様が離れた途端、急に頭が真っ白になって…それで、えっと…」

 

布都自身、己の心境が理解できていないのだろう。これ以上追及しても布都を混乱させるだけなので、私は静かに布都を抱きしめて宥めた。

 

「気にしないで。落ち着くまで一緒にいます」

 

「は、はい…すみませぬ…」

 

それから少し世間話でもして布都を落ち着かせ、また部屋を出ようとしたのだが、布都は同じような状態になってしまい私は部屋から出ることができなかった。その時も布都は私に向って小さく、行かないでと呟いた。またすぐに会えると言っても彼女の耳には入らず、彼女の名を呼びながら手を握っていると元に戻ってくれた。

だが今度はハッキリとおかしくなっていた時の事を覚えていたらしく、彼女はサーと顔を青くした。

 

「み、神子様。我は…。我は、壊れて…」

 

「大丈夫。大丈夫だ」

 

掠れた声で必死に私の手を握る布都。それは離れたくないと訴えて助けを乞いており、私の手を握り閉める力とは裏腹に弱弱しい布都の心境が感じられた。

常日頃役人達の愚痴を聞いていた私は人の心には詳しい方だと思っていたが、人生経験の浅い私が熟知できるほど人の心とは簡単なものではないと改めて知らされた。両親の死が脳裏に浮かぶのか、人を斬った感触を思い出すのか、それとも昨晩の行為から私は布都の心にとって無くてはならない大きな拠り所となってしまったのか。そのどれかかもしれないし、どれでも無い他の何かが原因なのかもしれない。ただ一つ言えるのは、今の布都は私と離れてしまったら心が不安定になってしまう事だった。

いくら動揺していても布都もそれには気づいたようで、自分の心がおかしくったという事実がまた彼女を傷つけていた。

彼女は小さく嗚咽を漏らしながら、ごめんなさいと何度も私に謝った。

 

「うっ、ひっぐ、我には、気にせずに、行ってください。す、少しすれば、大丈夫なはずです」

 

「…そんなあなたを一人にできる訳ないでしょう。ほら、一緒に行こう」

 

私が手を差し伸べると、布都は絶対に離さないと言わんばかりの力でギュッと手を握り絞める。少々痛かったが、小動物の様に必死な彼女は不謹慎ながら可愛らしい。

結局自室に戻るまでの間、手を握っている姿を何人もの侍女や使用人たちに見られ、その度に布都は涙目になってごめんなさいと謝ってきた。敷地的な面から見ると宮は広いが、人間関係は狭い。特に噂好きの侍女達の事だから、昼には宮中に私達が手を繋いで歩いていた事は広まるだろう。されば色々と面倒な事になるだろうが、それもまた一興と考える事にした私は、布都の頭を撫でて励ました。

私の自室に着いても布都は私の手を一向に放そうとはせず、時折謝りながら私に寄り添っていた。それは部屋に呼んだ蔵人(くらうど)に指示を出している時も変わらなかった。

 

「今日にでも討伐隊を出す。既に大王の許可は取っており、指揮権は私にあるとのこと」

 

「し、しかし豊聡耳様はまだ十五…。それにその…」

 

蔵人はチラリと私に寄り添う布都へと視線を移す。蔵人の視線が怖かったのか、布都はビクッと肩を震わせ逃げる様に私の背中に隠れた。

布都が叔父上の妻であることは周知の事実。それは私よりも武力を持っている権力者の妻を寝取っているということ。ただでさえ情勢が混乱している中で、これ以上余計な火種を起こしたくない気持ちが蔵人の中にはあるのだ。無論蔵人の思考は正常であり、当然であり、ごく一般的だ。だから布都を抱き、情勢が混乱している真っ只中でも傍に置いておきたいと思う私の思考は異常であり、意外であり、奇抜なものなのだ。

自分がおかしいのは分かっている。それでも私は布都の傍にいてやりたい。

 

「彼女の話はお前の耳にも入っているはずだ。今彼女はとても傷ついている、私が傍にいてやらねばならない。叔父上には私から直々に話をする」

 

「しかし…」

 

「私に同じことを言わせる気か?」

 

「申し訳ありません。すぐに軍議の準備をして参ります」

 

深々と頭を下げた蔵人は急ぎ足で部屋から出て行くと、蔵人とすれ違う様に一人の男性が部屋に入って来た。

それは鬼の様な形相をした叔父上の姿だった。ドタドタと足音を立てるその姿には余裕が見られない。

まずは様子を見るか。

 

「叔父上、守屋の話は聞きましたか?」

 

「その事でお話が…布都さんはご無事でしたか」

 

部屋に入ってせわしなく一礼した叔父上は、そこでようやく布都の存在に気づいた様だ。だが仮にも自分の妻である布都と私が手を握っているのにも関わらず、素っ気無い言葉だった。

 

「私の妻が…暗殺されました。おそらく…いや、間違いなく守屋の仕業です!」

 

「なっ? 叔母上がか?」

 

掠れた声で叔母上の死を伝えた叔父上は、彼らしくない感情的な声を上げて守屋の名を叫んだ。

 

「はい……。それだけでなく……屠自古が守屋に捕まりました」

 

「なんだとッ!?」

 

何故屠自古が守屋の手に落ちている!? 

昨日の布都の侍女から聞いた話によると確か屠自古は青娥に任せたはず。こちらに来てないので叔父上の館(嶋宮)に運ばれたと思っていたから気にもしていなかった。チラリと布都の方を見ると、私と同じように目を見開いて驚いている。

…しまった。昨晩は侍女から話を聞いてすぐに布都が現れた為に気づかなかったが、そもそも守屋が布都と屠自古の居場所を知っている時点でおかしいのだ。あれは私達三人だけの個人的な話だから、知っているのは一部の人間に限られている。

クソッ! 信用できぬ女とは分かっていたがここに来て私を裏切るか。

 

「そして守屋は我等が尾興を襲撃したと話を広め、国中の物部の軍勢を集めております。勿論こちらも昨晩から兵を掻き集めております」

 

「ええ、私も戦の準備を進めております。ひとまず軍議を行いたいと思いますが、それはその文を見てからにしましょう」

 

先程から気になっていた、叔父上の懐にある一枚の文に視線を向けながらそう言った。それはグシャグシャに握り閉められたのか皺だらけになっており、それだけ面白く無い事が書かれているのだろう。

私は叔父上から文を受け取ると、隣にいる布都にも見えるように開いた。そこに書かれていたのは、人が書いたとは思えない残酷な言葉が書かれた文だった。最低限の礼儀は未だ弁えているのか言葉自体は丁寧なものだが、書いてあるのを簡単にまとめると。布都を寄越せ、もしそうしなければ人質となった屠自古を公衆の面前で犯し、最後には惨たらしい拷問の末に殺すと。

ここまで性根の腐っていた奴だったか守屋…っ。 

グシャッと無意識の内に文を握っており、文にまた皺が増える。

 

「豊聡耳様。奴に下手な時間を与えてはいけません! 妻だけでなく屠自古も殺されたら私はっ!」

 

「み、神子様…。何故守屋は我を欲するのでしょうか? もはや奴にとって我には何の価値も…」

 

言われてみれば確かにそうだ。そこで怒りに我を忘れていた事に気づき、一旦深呼吸をする。

屠自古を人質に要求するならば、こちらがギリギリ要求に応えられる範囲内で、戦力を奪おうとしてくるはずだ。例えば武器を寄越せ、兵糧を寄越せ、叔父上を殺せと。だがそのどれでも無く、布都を寄越せと言っている。

反逆を起こした守屋がどうやって戦力を集められたのかは分かる。襲撃を始める前に、各地に蘇我が尾興殿を殺したと嘘の文を送ったのだ。先に偽の情報を広める事で後から我等が否定しても、裏切られた末に尾興殿を殺され、感情的になった物部の者達は誰も信じないだろう。仮に民達の間で真実が広まろうとも、それも結局蘇我が広めた噂で片づけられる。

……そうか。だから守屋が布都を欲しているのだ。ならば守屋は下手に布都を傷つける事はできない。これは上手く行けば…。そうするには敵地にいる布都からの情報が必要となるが、手荒な真似はされなくとも監視はあるだろうからそれは難しい。

 

「……」

 

「神子様?」

 

「…そうだった。そもそもお前は私から離れられないのだったな」

 

私の悪い癖だ。物事を考えるにあたり、一度決めてしまった前提条件を中々変えられない。その結果が今の状況を生み出したと言ってもいいのだ。

 

「離れられない? あえて黙っていましたが布都さん。あなたの心が私に無いのは分かっていましたし、それをとやかく言うつもりはありませんが、私の前では隠そうとはしませんか?」

 

「…すいませぬ馬子殿…。でも、その…」

 

叔父上の言葉は正論だった。私達に対し怒鳴り散らさないだけ、叔父上はまだ客観的に物事を見てくれている。

布都も心は衰弱しているが、思考力まで衰えている訳では無いので叔父上の言葉は尤もだと理解している。だがその上で、布都は私から離れられないのだろう。

 

「叔父上。今の布都の反応を見ても分かる通り、彼女はご両親の死が原因で非常に心が不安定なのです。私が言っても嫌味に聞こえるだけかもしれませんが、今は多めに見てやってください」

 

「…分かりました。では私は軍議室に向かいますので、豊聡耳様もお早く」

 

愛する妻が殺され、娘が人質にされている叔父上の心境もまた辛いものだろう。よく見ると目の下に隈を浮かばせている叔父上は、少し猫背になりながら部屋を去って行った。

叔父上が去った事でまた私と布都の二人っきりの空間に戻る。前線に出るなと言ってすぐに、布都を敵地のど真ん中に送り込むのは随分と都合のいい話だ。だから私はその話題を言おうにも言えなかったのだが、無言の間は露骨だったか布都からその話題を振って来た。

 

「神子様…我の力が、必要なのですね?」

 

やはり布都は自分の力が必要不可欠だと気付いたか。

 

「だがあなたは――」

 

「大丈夫、です…」

 

そんな顔をされて大丈夫と言われても説得力が無い。仮に無理やり布都に作戦を遂行させたとしても、私から離れたら作戦どころか何も出来なくなってしまうのだ。そんな彼女に大役を任せられない。

かと言ってそれ以外に屠自古の身を守る方法はかなり限られる。

 

「布都。今あなたは屠自古の事は考えなくていい。あなたはこれ以上背負ってはいけない」

 

「だ、大丈夫です。その、神子様が普段身に着けているものがあればきっと…。それを神子様として思えば、神子様からもは、離れ、られ、る、かも…」

 

「私から離れるとすらまともに言えないのですよ。今のあなたではとても。それに、仮に私の所持品を持って正常を保てたとしても、それを奪われたらどうするのです?」

 

「そ、それは…。でも屠自古が!」

 

分かっている。私とて屠自古を助けたい気持ちは一緒だ。だがこの状態の布都を守屋の手に渡せばどうなるかは分からない。些細な言葉に騙されるかもしれないし、下手すれば殺されるかもしれないのだ。

しかし布都を守屋の元へ送るのが最善策な事に変わりない。

 

「……なら私の服を置いておく。それで一度離れ、もし布都がしばらくの間大丈夫だったらそれで話を進める。駄目なら大人しく諦めなさい」

 

「は、はい…」

 

私が上着を脱いで布都に与えると、彼女は切なげな表情をしながらそれを受け取った。上目遣いで見つめてくる布都の頭を軽く撫で、部屋から立ち去った。背中からは微かに乱れた吐息が聞こえたが、聞こえないふりをした。

軍議室に向かう最中に視界に井戸水を汲む侍女の姿が入り、私は何も考えずにフラフラとそちらに歩み寄る。私の姿を見て驚いた侍女だが、空の容器を持って来いと命じるとすぐさま持って来てくれた辺り、やはり宮に仕えているだけはある。

侍女を下がらせ一人になった私は、桶に映るゆらゆらと揺らめく自分の顔を見ながら呟いた。

 

「…布都。すまない…」

 

彼女の心は壊れてしまった。人の心とは決してもろいものでは無い。きっと昨日の布都の周りで起きた出来事を、別の誰かが体験した場合、必ずしも心が壊れるとは限らないだろう。だが布都は壊れた。それはきっと、どこまでも真っ直ぐに進んできた、純粋な彼女だからこそそうなってしまったのだ。

侍女が持ってきた容器で桶の水を汲む。容器いっぱいに入った透き通った水。きっと一昨日までの布都はこれだったのだ。容器は布都そのもの、水の透明さは布都の真っ直ぐで純粋な心で、容器いっぱいの水は今まで布都が積み重ねて来た、努力や人間関係や、愛情や信頼と言ったもの。だが昨日、この水は変わった。

私は屈んで砂をひと掴みすると、それを容器の中に放り込んだ。途端に水は土色に濁り、汚らしい土が容器に広がる。そして汚れた水を一度地面に捨てると、一度空の容器を眺める。この空っぽな容器が、私に抱かれる前の布都。

そして今度は空の容器で土を掬った。水を掬った時の様に容器いっぱいとはいかないが、今の布都の心は、土がいっぱいに詰まったこの容器なのだろう。今まで自分が貯めて来たものの代わりとして、私と言う名の土を無理やり心に敷き詰めている。

…やはり、抱くべきでは無かったのだろうか。空になった容器を一気に満たすのではなく、少しずつでいいから時間を掛けていれば。

 

「私はどこまで間違えればよい…。何が天才だ。何が神の子だ」

 

「神子様…?」

 

私の名を呼ぶ彼女の声が耳に入り、慌てていつもの表情を作ってそちらを振り向くと、僅かに体を震わせながら、私が着ていた衣服を大事に抱きかかえている布都の姿があった。

 

「大丈夫で、ございますか?」

 

「それは私が言いたい。僅かに体が震えているが、どうだ?」

 

「我は平気、です。これなら…」

 

付き合いの長い私でなくとも、無理して告げた言葉だと分かるだろう。でもこれ以上布都を止めても、それはまた彼女を苦しめる要因となるだろう。守屋が布都の身柄を要求している以上、屠自古を助けるには布都の力に頼らざるをえない。

 

「…分かった。軍議室に行こう。そこで私の考えを伝える」

 

「はい」

 

私は布都の手を握ると、彼女の手を引っ張って軍議室に向かった。

 

「布都。お前の心がどうなろうとも、お前が望む限り私はお前の傍にいよう」

 

「えっ?」

 

「だから、今回だけは耐えてくれ…。屠自古を、頼む…」

 

「…はい。我にお任せを…」

 

 





なんだかなぁ…シリアスな百合っていいよね(恍惚)
ヤンデレ百合はポエム斬りを思い出します。
でも私の中のヤンデレはヤンデレの妹CDみたく傷つけるのではなく、今回の布都ちゃんみたく文字通り病気なのが好きです。

正直神子様視点はあまりやりたくなかったのですが、布都ちゃんがおかしくなってしまった以上仕方ない。布都視点にしても、やはりどこかで客観的に布都の心境を説明しないと布都の重みがあまり伝わらないので。

案の定と言うべきか、青娥は色々と引っ掻き回しますね。原作では既に神子様が世を収めた後で会ったらしいですが、こんなに無意味に話を引っ掻き回せるキャラは放置できません。まさに東方界のナイアルラトホテプ(リアル童貞)
とりあえず困ったら青娥か嬢娥の所為にしよう。
でも真面目な話、紫とか原作意識したらそこまで便利キャラじゃないと思うんですよね。(というか紫は便利過ぎて逆に不便)それよりも人に惹かれやすい青娥は非常に使いやすい……気がしますん。

まあなんでこんな話をするのかって言うと、わざわざ執筆する気は無いですけど脳内で時折他キャラ憑依を稀に想像しているからです。
うどんげかナズーリンの憑依はいいなと思っております。特にうどんげの能力は東方一好きです。厨二過ぎてもうね。
そう考えるとやはり従者組は結構動かしやすい気がします。しかしくんぬしさんも言っていましたが、妖夢は主人公にするには使いにくい。
そして私の中の憑依最難関が純孤です。

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