東方物部録   作:COM7M

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更新が遅れて申し訳ありません。
書きたいとは思っていたのですがどうもパソコンを前に置くと意欲がなくなってしまい、試しにスマホで執筆したら(執筆速度は遅いですが)進みました。
必ずしもパソコンが効率いいと言う訳ではないみたいです。

それと今回一ヶ所間違ったルビを振っているのですが、わざとです。




交渉

「ここから出せ! 脳筋外道醜男!」

 

「仏教徒だけあり下品な女子だ」

 

「ハッ、悪いことはすぐに仏教に繋げる。まるで子供だな」

 

気絶していた私が意識を取り戻した時には、既にこの狭い部屋に閉じ込められていた。ここがいったいどこで、どういった経緯でここに連れてこられたのか。混乱していた私の前に現れたのは、気絶した私をここまで運んだと語る青娥だった。青娥は私の質問を一切受け付けず、ここが物部守屋の館で、今私は人質となっている事だけ伝えると、クスクスと見た目だけは上品に笑いながら壁に穴をあけて部屋から出て行った。私もその穴を潜ろうとしたが、青娥が抜けるとすぐに穴は塞がってしまい、それからは誰一人としてこの部屋に入ってきていない。

私を閉じ込めている物部守屋の事は知っている。何たって過激な廃仏行為を率先してやっていた奴の名だ。何度父上の口からその名が忌々しげに出てきたか、両手だけでは数えきれない。

そして今現在も変化のないまま閉じ込められている私は、閉じ込めている張本人、物部守屋が偶然近くを通ってきたのでこうやって怒鳴っていた。

一応大切な人質として扱われているのか部屋は綺麗だが、私の背丈で大の字に寝っ転がるのがギリギリなくらいに狭くて非常に居心地が悪く、その不満も込めた怒鳴りだった。

 

「私を人質にしたって無駄だぞ。父上はそんなに甘い性格じゃない」

 

「ギャーギャーと煩いぞ。やれやれ、布都嬢といい最近の女子は随分と活発だな…」

 

「私をあいつと一緒にするんじゃねぇ!」

 

扉をバンバンと叩きながら格子の隙間から部屋を覗く守屋へと怒鳴るが、奴は呆れ顔をするだけでまともに取り合ってくれない。

ちくしょう…。神子様や父上の足枷になりたくないのに、どうすればいいんだよ。

 

「それと、もう騒ぐのは止めた方がいい。あまり生意気な態度を取るなら、馬子に送ったこの文の通りになるぞ」

 

すると守屋は一枚の文を格子の隙間から部屋に落とした。

文の最後の方に汚れがあることから、本来ならこの文を父上に送る予定だったのだろうが、この時の私は細かい所を気にする余裕も無かった。

本当に強い女なら、この文を見てもなお戦い続けるのだろうが、私にはできなかった。そこに書かれている内容は、父上が要求に応えなければ私を公衆の面前で犯し、最後には拷問して殺すと書かれたもの。私も蘇我も頭領の娘。いくら政治に興味が無くとも、それでも役人達の汚い話はどうしても耳に入ってくる。話の中には下品に笑いながら、拷問をして白状させたと言う役人の声が入った事もある。私はその時、その下品な役人に対して嫌悪感を抱くことはあっても、拷問された人の事を可哀想だと思いはしなかった。いや、少しは哀れみを持ったのかもしれないが、それもほんの僅かだ。だって、私には無縁の話であり、噂話で終わる事であり、非現実な世界だからだ。だが私は今、その非現実の世界に立たされている。

政治の裏側が視覚化した言葉の連なりは、私の心を恐怖に染め上げ、足腰の力を奪うのには十分な力を持っていた。

 

「お前程の美人を犯したいと思っている男は大勢いる。どいつもこいつも豊聡耳皇子の様な美男子とは程遠い男ばかりだ」

 

「……っ!?」

 

言葉が出なかった。たった一枚の文を見せられただけで屈してしまった事が悔しかったが、一思いに殺すよりも惨たらしい屈辱と拷問を自分が受けると思うと、歯がガタガタ震えて何も言えない。

布都だったら、布都の様に強かったら私だって戦えるのに…っ。

 

「布都嬢が来てくれるのを祈っておくのだな。拙者とて本心ではない」

 

「っ…よく言う。こんな事書いておいて」

 

「それを書いたのは拙者では無い。もっとも、お前がどう思おうが構わないが」

 

吐き捨てるようにそう言うと、守屋はどこかへ去って行った。

また一人っきりの静かな空間に戻ると、私は開かれた文をクシャクシャに丸め込み、扉を背もたれに座り込んだ。

 

「嫌だよ…助けてよ神子様…」

 

さっきまで粋がっていたのに、たった一枚の紙を渡されただけで瞳の奥から涙が溢れ出てしまい、自分でも情けない奴だと思う。

でも怖い。拷問も凄く怖い。拷問と言うくらいだから、きっと殺してくれと悲願するような苦しみなのだろう。でもそれ以上に、私の身体を神子様以外の奴に触れさせたくなかった。神子様は何もできないこんな私を愛してくれる。そんな気持ちを裏切りたくない。

……もし布都が私の立場だったらどうだろう。強いあいつの事だ。こんな文なんか見せられても一歩も怯まずに、自分なりの方法で戦い続ける筈だ。結局私は布都に何一つとして勝てない。政治もよく分からない、歌もそんなに上手くない、剣も振れないし容姿だってあいつの方が可愛い。唯一勝っているのはあいつより成長したこの身体くらいだけど、そんなもの勝ったとは言えない。

 

「なんで私はこう…嫌な奴なんだ…」

 

気が付けばいつもいつも布都に嫉妬している。布都は神子様との結婚を捨ててまで、物部と蘇我の平和のために父上と結婚した。私は絶対にそんなことできないし、そもそも思いつきもしない。

私が神子様の正妻になってからも、布都は私を暗殺者の手から守ってくれた。わざと私を殺す事だってできたのに。

 

不意に脳裏に浮かんだ、私を見捨てて幸せそうに口づけしている神子様と布都の姿。二人はこんな弱い私とは違い、真っ直ぐで優しい。きっと私を助けようと今も何か策を考えてくれるだろう。

でも私なんかを助けるために、将としても優秀な布都を送り込んで来るとは思えない。私の身と布都の身では価値が違う。結局私は好きでもない男達に汚され心を殺された後、体まで殺されるのだ。

狭い部屋の片隅でその時が来ないことをひたすらに祈り続けてどれくらいの時間が流れただろう。扉の隙間から漏れる太陽の光が作り出す影が、この文を見た時に比べると大きくズレている事に気付いたとき扉が開いた。開かれた扉からは二人の屈強な男が入ってきて、私を見下ろしながら言った。

 

「おい、守屋様がお呼びだ。出ろ」

 

「えっ?」

 

嘘…? まさかもう?

でも非力な私がこの男から逃げられる訳がなく、それが二人となれば抵抗すら許されないだろう。

半ば茫然とした頭で立ち上がると、二人の男達に広々とした一室に連れられた。まずはここで犯されるのかと想像するだけで吐きそうだったが、部屋の中には複数人の男に囲まれた女の姿があり、少なくとも今すぐに犯される心配は無いだろうと安堵の息が出た。男に囲まれた女こそ、守屋が要求していた布都その人だったのだ。

だが安心したのはほんの一瞬で、私は不思議とすぐに現実を見る事ができた。確かに布都は私を助けてくれる存在だが、それは同時に守屋が欲しがっている重要な人材。私なんかの為に差し出してよい相手ではないのだ。

 

「馬鹿野郎! なんでここに来てんだよ! 私なんかほっとけば…っ!」

 

「神子様におぬしを頼むと言われた。だからここに来ている」

 

私の方をチラリと見ながらそう呟いた布都の顔は、何処と無く辛そうだった。顔色が悪いと言うよりも生気がないような、理由もなくそう感じられた。

 

「よく来てくれた布都嬢。まずはその事に礼を言おう」

 

「っ…。父上と母上を殺しておいて、よくのこのこと我の前に顔を出せるな」

 

なっ? 布都のご両親を殺した!?

それが本当なら守屋は物部から見て反逆者じゃないか。何故守屋に多くの兵が付いている?

 

「全ては仏教を滅ぼすため。戦乱の世に犠牲はつきものだ」

 

こいつ、あろうことか自分で殺しておきながら、布都にそう言うのか。しかも一瞬たりとも戸惑いや動揺を見せていない。コイツの中では神道が全てであり、その他の宗教は忌むべき邪教。邪教を滅ぼすためなら同族を殺すことも躊躇は無いのか。

布都の背中は怒りから震えている。

 

「それで……おぬしは屠自古を人質に我に何を望む」

 

「ああ、襲撃の甲斐あってか無事に物部の軍勢を集めることに成功した。だが父上と尾興殿の仲の悪さを知ってる者からすると、今回の反逆は蘇我だけでなく拙者も怪しく見えるらしくてな。ここで拙者を疑ってくるとは予想してなかったが、布都嬢が生き残っていてよかった」

 

怪しいも何もてめぇが犯人じゃねぇかと、怒鳴りつけようとしたが、後ろにいる男二人に押さえつけられそれは叶わなかった。

そういやこいつ等、守屋が布都のご両親を殺したって聞いてもなんも反応しなかった…。守屋の息の掛かった奴等ってことか。

 

「布都嬢は拙者の元で軍師として働いてもらう。もっとも、軍師と言っても形だけだが」

 

なるほど、そう言うことか。政治に詳しくない私だが、守屋の考えは実に分かりやすかった。要は布都をどこか適当な位に置いておくことで、自分への疑いを晴らしたいのだ。

物部本家の生き残りの布都が自軍にいることは、それだけで兵士の士気はあがり、集まってきた有力者達の信用も得られる。

だがそれはあくまで布都が大人しくしていればだ。あのじゃじゃ馬な布都がそんな要求に答える訳がない。

 

「……分かった」

 

しかし布都の答えは私の予想とは裏腹のものだった。

 

「な、何言ってんだ布都! 私の事なんか気にすんな! さっさとそいつらを倒して、お前のご両親を殺したのはそいつだって叫べよ!」

 

そうだ。今僅かにでも守屋へ疑いの目が向けられているのなら、それを利用しない手はない。守屋を疑っている有力者の前で真実を語ればそれで事は済むのだ。

だが布都はそうしようとせず、ただ生気の無い瞳で私を見つめてくる。

 

「叫んだらどうなる? 人質のおぬしは無惨な死を迎えるだろう」

 

「それくらいの覚悟、神子様と結婚した時からできてるさ!」

 

「そうか…。おぬしは我とは違い強い女だ。そうかもしれん。まこと、凄い事だ。だが神子様にはおぬしを捨てる覚悟は無かった。我もまたそんな神子様を捨てる事はできない」

 

布都は今までに無いくらい静かに、冷淡に告げた。いや、告げると言うよりも、ただ言葉を並べただけだ。錯覚なんかじゃない。明らかに布都の様子がおかしい。

心がこの場所に存在せず、まるでどこか遠くをぼんやりと見ている。

守屋もまた布都の変化に気づいたのか、嬉しそうに頬を緩めている。

 

「何言ってんだよ布都! 今ここでそいつを止めなかったら大きな戦が起こるんだぞ! お前の大好きな民が沢山死ぬことに―-」

 

物部の軍、蘇我の軍と言っているが、結局その兵士のほとんどが徴兵された民。布都に会うまでの私は、民のことを、私達豪族に奉仕するだけの存在と思っていた。だが布都の話を聞く内にその考えは変わった。自分がいかに愚かだったのか気付いたのだ。民こそ力であり、財産であり宝である。そう私に語る布都の真剣な表情は今も鮮明に覚えている。

だが私の言葉は、酷く冷たい布都の声によって遮られた。

 

「それがどうした?」

 

「……え?」

 

「民など、物部など、蘇我など、もうどうでもいい。ただ神子様が我の隣にいてくれたら……。あぁ、神子様……」

 

布都は虚ろな瞳をしながら、身に纏っている服をギュッと抱き締める。感情に身を任せていたので今まで気付かなかったが、それは普段神子様が着ておられる男物の着物だった。

もはや普段の布都を知らずとも、今の布都が異常なまでに神子様に執着しているのは誰の目からしても明らかだ。守屋の側にいた男達も、守屋と同じようにニヤニヤと布都を笑っている。

何笑ってんだよ……。こうなった原因はお前達なんだろうが……っ!

 

「ハッハッハ! なるほど、布都嬢の考えは分かった。ならこの娘の身の保証に加え、拙者に協力したらもう一つ約束しよう」

 

「……神子様…愛しております…」

 

「……ふん、一度しか言わんぞ。この戦、我等物部の勝利は約束されている。だが念には念を入れるべきだ。布都嬢、おぬしが本当に飾り物ではなく軍師として働いてくれるのなら、豊聡耳皇子には一切危害を加えないと約束しよう」

 

何だよその条件。そんなの信用できるわけ。

 

「分かった。……だが、神子様に傷一つ付けてみろ。貴様等の家族と嶺民を皆殺しにしたあと、永遠の苦痛を与えてやる」

「っ!?」

 

刹那、先程まで勝利を確信して笑顔だった男達の表情が恐怖に塗り変わった。それは私も、私を拘束している兵も、守屋も同じだった。布都の声が、人の心を感じられない残虐な妖怪の声に聞こえたのだ。

布都の言っている事は嘘でもハッタリでもない。このおかしくなった布都ならやりかねない。今もなお神子様と呟いているこの女なら本当にやりかねないと、声を聞いた全員が心の底から恐怖している。

私はまだよかった。だが布都の殺気を当てられている守屋の側にいた男の内一人が、その殺意に耐えらなかったのかバタリと口から泡を吹いて倒れた。

 

「と、とにかく交渉は成立だ。だからその殺気を納めるのだ」

 

布都にその言葉は聞こえていなかったのか、虚ろな瞳で何もないところを見上げ、またもう一度神子様の名を告げた。守屋に対しての返事は無かったが、布都から放たれていた殺気はスッと消えた。

 

「も、守屋殿。ほんとうにこのような気狂い(きぐるい)が軍師として役に立つのですか?」

 

「ああ、間違いない。それにおかしくなったからこそ使える。万一我々に不利な状況を作ろうとすれば、その小娘を晒し者にすればいい。そうなれば豊聡耳皇子を傷つける事になる。今のこの女にそれは出来ない」

 

守屋の視線が私の方に向くが守屋の言葉は耳を通り抜け、気にもならなかった。

私はただ、おかしくなってしまった布都の背中を眺めているしかできなかった。





う~ん、難しいですな。戦記ものが上手い人って、普段どんなもの見ているのでしょうか。

にしてもなんかドロドロしてきたなぁ。いやぁ、楽しいです(ゲス顔)
こう布都ちゃんって凄く涙目にさせたくなりますよね。布都斬りてぇ…。


前回投稿してすぐのお気に入り増減を見ると、やっぱりここ数話は特に人を選ぶ回だと思います。特に前回は、しばらく時間を置いて自分で見てみると正直な話、違和感を覚えたりもしました。しかしまた数日置いて見てみたら我ながらよく書けてんじゃんとも感じたので、その時の心境によってもまた感じ方が大きく変わるのかもしれませんね。
まあ小説ってんなもんだと思いますん。
で、まあ行き着いた結論ですが、少なくともシリアスな話は朝読むもんじゃねぇなと思い、昼に投稿しました。


そんなことよりも大事な話があります。
実はですね、最近特に神子様がセクシーで悩ましいです。装飾品着けている神子様の手足首色っぽいよぉ。もえ先生のマントにくるまる神子様がもう……ね?
一度神子様の色気に気付いてしまうともう遅いです。

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