東方物部録   作:COM7M

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風邪ひいて遅れました。
でも一番の理由は見直しが面倒くさかったからです。
なら見直ししなければいいじゃんと思われる方もいるかもしれませんが、見直しは絶対に大事です。作品をよくするもっとも単純で大事な事が見直しだと思います。
だからと言って書き終わって二週間以上放置して見直しするのはどうかと思うのですよ。
とどのつまり非力な私を許してくれ。





物部の軍が生駒山へと移動している。その伝令を聞いた私はすぐに軍を生駒山へと出発させた。同時に使いの一人に生駒山の大まかな地図を書かせ、数十個の木製の駒も持って来させた。そこが間違いなく決戦の舞台となる。なれば必然的にそこの地形を把握する為の地図と、兵士に見立てた駒が必要だった。

注文した品は、本拠地となる生駒山近くの広場に着いた頃には完成されており、それ等を受け取ると机の上に広げた。宮にある机に比べ随分と不格好な机の上に広げられた地図を、私の他に叔父上や、秦河勝(はたのかわかつ)膳臣賀挓夫(かしわでのおみかたぶ)と言った我等蘇我に仕えてくれている氏の長達もそれを見る。

 

「物部の軍はこの川沿いを拠点としているはずだ」

 

私は地図の上に書かれた川の傍に適当な数の駒を置いていく。山で防衛をするなら水に困らない川の傍が一番だ。増水や氾濫を恐れて少し離れた場所にいる可能性も十分にあるが、かと言ってわざわざ川から遠く離れた場所に陣を構えるとも思えないので、川沿いにいると見てよいだろう。私の言葉に皆異論は無い様で、首を縦に振っている。

 

「山での防衛になる以上、敵兵の士気は決して高く無いはず。河勝、そんな時あなたはどうする?」

 

「一気に駆け上がって問題ないと。士気の低い兵士など勢いに押されすぐに逃げ出しましょう」

 

「だが敵とて馬鹿では無い。山での防衛が兵士の士気を下げるとは分かっているはず。それに見合う利点があるのではないでしょうか?」

 

河勝の言葉に叔父上が続ける。妻を失い、娘を人質に捕らえられてもなおその冷静な判断力。尊敬すべきか恐れるべきか。少なくとも今は前者か。

元々この国は大きな争いが少なく、山攻めはおろかここまで大規模の戦の前例が無いので、この戦がどう動くのかは読みにくい。叔父上の言う通り、まずは相手の立場になって動いていかなければならないな。

 

「ああ、こちらから攻める以上向こうの方が地の利がある。それだけでも厄介だが、向こうの方は既に数日前から生駒山に籠っている。兵一人一人が地形の把握もできているはずだ。これだけでも私達の方が不利と言える」

 

「ならば下手に攻めずにここで牽制していましょう。そうすればいずれ向こうが根を上げます」

 

今度は河勝の隣に立っていた膳殿が案を出し、数人の者達がそれに賛同するように首を振る。私もそれが効率的でよいとは思うが、山に籠もるからには、こちらが攻めて来なかった時の為に何らかの対策をするだろう。

我等を挑発するに当たって一番効果的なのはやはりあれか。

敵の立場になりどのような挑発をしてくるのかを考えていると、まるで答え合わせするかのように私達の前に伝令が駆け寄って来た。

 

「た、大変です! 山の麓に降りて来た敵が、仏にとんでもないことを!」

 

「大変なことだと! それはなんだ!?」

 

河勝の大きな怒鳴り声に伝令は僅かに肩を震わせながらも、河勝に負けない声量で話し始めた。他人より耳がよい私にはいささか喧しいが、戦場での伝令はこれが普通なのだろう。

 

「仏像を石の様に蹴ったり、真っ二つに折ったり燃やしたり、あまつさえ小便をかけたりと」

 

「なっ、なんと罰当たりなっ!」

 

伝令の言葉を境にさっきまで牽制しようと言っていた膳殿はもちろん、彼の意見に賛同していた者達の顔が憤怒へと変わる。唯一それを重大に受け止めていないのは私だけだった。冷静な叔父上もまた、仏を愚弄する行為に並々ならぬ怒りを抱いている。

そう、我等蘇我を挑発するに当たってもっともよいものこそこれだ。敵の挑発だと頭では理解しているが、怒りが止まらないのだ。私も一応仏教徒の端くれ。彼等とまではいかないが、楽しい報告では無い。

このまま敵の挑発を放っておいては、いずれ我慢できずに勝手に突撃する者も現れるだろう。そうなる前に一度、敵の挑発を止める為にもここは一度突撃を試みるか。

 

「敵の仏への愚弄、見過ごすわけにはいかん。まずは一度仕掛けようと思うが異論は無いな?」

 

「はっ!」

 

私の問いに全員の返事が重なり、小さく頷いてそれに返す。

我が軍は三千の大軍。それを大胆に三十に別けた計三十個の部隊で動くことにした。できるだけ数を減らすことで、山の中でも臨機応変に戦えるようにするのだ。

本当はもっと別けたかったが、あまりに戦力を分断したら一方的にやられてしまう。足場の悪い山での戦いな以上、敵も戦力を細かく分けて攻撃してくるだろうから、百人くらいが丁度よいだろう。

まずは七つの部隊を山へと向かわせることにした。

 

 

 

 

「敵軍。七つの部隊が接近中です! 一部隊百前後と思われます」

 

「凄いな。布都嬢の読み通りではないか…」

 

山に来てから早数日。その間にいくつかの小屋を作れたとは言え、それでも多くの兵が野宿となり結果として士気が落ち始めていた。まさか我等を騙してここに連れて来たのかと思っていたが、彼女の読み通りの展開になったことで、拙者の中に芽生えていた疑心は晴れていった。

この山の地図をぼんやりとした瞳で眺めている布都嬢を見ながら、拙者は彼女に声を掛けた。

 

「布都嬢、今からどうする?」

 

ここには拙者の息の掛かった者しかいない為、布都嬢に敬語を使う必要は無い。他の有力者はここから別の場所で待機しており、そうさせたのは拙者では無く布都嬢だった。何故わざわざ自分の不利な状況を作り出したのか、最初不審に思っていたが、もう布都嬢の敵対心は拙者には無い。彼女の心は豊聡耳皇子ただ一人に向けられているのだ。実に単純で分かりやすく、故に扱いやすい。

 

「…狼煙を上げればよかろう。それが最初の合図であろうが」

 

今にも消えそうな声で呟くと、あれからずっと着ている男物の着物に頬を寄せる。どんなに賢く武に長けていても、所詮は女子。心は男にくらべてずっと、脆くて浅はかなものだ。

しかし最初は不気味に感じていた彼女の行動も数日共にしていれば慣れるもので、今では周りの兵達も彼女の奇行に目もくれなかった。

 

「狼煙を上げろ!」

 

「はっ!」

 

拙者の合図と共に、既に用意されていた複数の薪に火が灯される。火はすぐに薪全体に広まり、やがて薪らは大きな煙を上げて空へと昇った。万が一この合図が見えなければ作戦は失敗になるので、念には念をと複数の薪を同時に燃やしていた。

無事に下に合図は伝わったのか、豆粒の様に小さい蘇我の軍の右翼側から物部の騎馬隊が現れた。騎馬隊は歩兵とは比にならぬ速度で敵の前線部隊に突撃……することはなく、ある程度離れた場所で馬を止め、騎馬上から矢を撃って攻撃した。騎馬上で矢を射るのは非常に困難である為、弓と馬の心得のある者達だけで作られた少数精鋭だ。故に敵を射抜く矢の数は決して多くはないが、それでも敵からすればたまったものではない。すぐに敵の歩兵部隊は矛先を騎馬隊へと変えて突撃した。すると騎馬隊は応戦するのではなく、歩兵部隊から背を向けて距離を取った。戦場にあるまじき姿だが、また一定の距離を保つと足を止め、矢を放つ。敵も負けじと矢を放っているが、こちらは精鋭のみで構成した部隊だ。飛距離も当然こちらが上であり、敵の矢は騎馬隊に届いていない。

 

「騎馬隊は命令通りに動いておるか?」

 

「ああ、だが他五つの部隊はそのままこちらに来ている」

 

「読み通りか。では麓にいる本隊にギリギリまで引き寄せるようにと伝えろ」

 

布都嬢は拙者ではなく、彼女の隣に待機していた一人の男にそう告げた。すると男は少し離れた場所でポツンと立っている男の元まで走り、布都嬢の命令を伝える。それを聞いた遠くに立っていた男は小さく頷くと、走るのではなく大声で先ほど布都嬢が命じた通りの内容を叫んだ。声での伝達にすることで命令を素早く送っているのだ。

因みにすぐ近くの男が叫ばずに走っているのは、一々叫ばれると鬱陶しいからとのこと。

 

「神子様。戦では情報伝達の早さも大切なのですよ。例え二百の兵を削っても…」

 

そう、この山には計二百人の兵達が部隊も組まずに突っ立っている。ただでさえこちらの方が兵力は下、にもかかわらず兵力を削いでまで情報伝達に力を入れるのが布都嬢の作戦だった。

戦力が落ちた分、その伝達速度は確かであり、麓の開いた場所にいる一人の兵が赤い大きな旗を振った。情報が伝わった合図である。

すると布都嬢は机に広げている地図の上にある駒を動かし、そして取り除いた。取り除かれた駒は、拙者の視界に映る光景と照らし合わせると、蘇我の部隊計五つだった。

 

 

 

 

 

 

「申し上げます! 六部隊、七部隊が他の部隊から離れ、数十人程度の騎馬隊へと突進!」

 

「なに?」

 

新しい伝令を聞いた私はすぐ、六・七部隊の近くに騎馬隊を模した駒を置いた。数十人程度の騎馬隊だと? しかも向こうから突進してくるのではなく、こちらが突進とは…。

 

「詳しく説明しろ」

 

「敵は弓を持った騎馬隊のようで、こちらが近づくと離れる様子」

 

弓、距離を取る…。そうなると騎馬隊は囮、適当な数の兵を釣り上げるエサと考えるのが妥当か。誘導した先には待ち伏せしている兵がいるはず。だが待ち伏せならそこまで兵の数は多くないだろう。ここはあえてエサに釣られ、物量で叩き潰すのが吉か。待ち伏せを見抜かれたとなれば敵の士気は大きく下がる。

 

「分かった。八から十の三つの部隊をそちらに回せ。そして十から二十までの部隊は――」

 

麓へ向かった五つの部隊へ続け。そう言おうとしたが、忙しなくやってきた伝令の男の叫び声により遮られた。

 

「大変です! 麓へ向かった一から五部隊が壊滅しました!」

 

「なんだと!?」

 

「どういうことだ!?」

 

先程の伝令とは違い、今度の伝令には私だけでなく叔父上も驚愕の声を上げ、椅子から立ち上がった。伝令は息を乱しつつも、大声で事を説明した。

 

「麓に敵の大量の部隊が現れ一斉射撃。瞬く間に崩壊しました。千近くはいたと思われます」

 

「しまった…」

 

私とした事が大きな思い込みをしていた。敵は山の地形を利用して、随所に兵を置いた防衛戦をしてくるとばかり考えていたが、山に拠点を構えたとしても地形が安定している麓なら兵を集めて置いておける。つまり今山の中はほとんどもぬけの殻であり、麓に兵が集まっているのだ。となれば麓への攻撃に力を入れるべきか。

 

「二十五から三十を残した全部隊は麓へ突撃しろ。川勝は援軍部隊の将を、膳殿は攻撃部隊の将を務めてください。細かい采配は各自任せますが、決して深追いはしないように。危険を感じればすぐに退却を」

 

「はっ!」

 

二人は声を重ねながら頭を下げると、闘士を纏わせながら早足で去って行った。

 

「山を拠点にすることといい、物部の奴らがここまで器用な戦い方をするとは思えない…。まさかとは思いますが豊聡耳様…」

 

「大丈夫ですよ。布都は私を裏切らない、絶対に」

 

冷や汗を垂らして少し垂れ目になった叔父上に軽く笑みを向けた私は、立った時に転げてしまった椅子を立て直して座ると、また地図上の駒を動かした。敵の攻撃は東、そして正面からか。更に狼煙の上がっていた場所はこの辺りか。なるほど、まったくお前は敵に回せば厄介だよ、布都。

数百の兵を失ったとはいえ、未だこちらの兵力が上。敵も野戦は望まないだろう。本格的に山での戦いが始まる。

私は待機していた兵士の一人を呼ぶと、残った兵を集めるように命じた。

 

 

 

「伝令! 十五部隊、奇襲に失敗し壊滅しました!」

 

「クソッ、やはり敵兵が多いな」

 

十五部隊とは騎馬隊を囮にして奇襲を仕掛ける予定だった部隊。伝令によると、少しは傷跡を残せたようだが、十五部隊を滅ぼした敵はそのままこちらに上ってきているようだ。戦の序盤、布都嬢は本隊を麓に固めて置いておく、至極当然だが大胆な案により敵兵を一気に数百減らすことに成功したが、もう一つの騎馬隊を囮とした作戦は失敗に終わった。こちらの方が被害は少ないものの、元の数がこちらの方が少ない分結果は五分五分と言ったところか。

 

「心配ならおぬしが前線に立てばよかろう」

 

「…いや、拙者もここにいる」

 

これまでの振る舞いから布都嬢がこちらを裏切ることはないと思うが、万一こちらを裏切るような事があれば即刻殺さねばならん。彼女の発言力は物部を束ね、そして分裂させる事ができる。そこは注意するべきだと軍師がしつこく言ってきたので、この場を離れるわけにはいかなかった。いくら布都嬢との口論に負けたとは言え、彼は亡き父上が買っていた軍師()だ。

 

「おぬしが前線に立てば百人力なんじゃがのう。まあよい」

 

それは拙者に限らず布都嬢にも言えることなのだが、軍師になったからには後方で命令を出すことに専念すべきだと、彼女はここから離れようとしない。それは布都嬢を見張り役でもある拙者もここから離れられないのだが、よく考えてみればここは崖沿いだ。いくら布都嬢と言えど、ここから飛び降りる事はできないだろう。すぐ傍に滝に打たれる泉もあるが、それも浅く飛び降りたものなら即死だ。万一裏切ったとしても逃げ道がないのだから、ここまで気を張って見張る必要もないのかもしれんな。

 

「八部隊を後方に下げて囮とし、九を前に出せ。八部隊を追ってきた敵を上下で挟み撃ちにするのだ。無論九は脇道を使って敵にばれない様に動け」

 

「はっ!」

 

「十部隊は十一、十二、十三と組んで中腹の(ひら)けている場所で敵兵を向かい打て」

 

「了解しました」

 

十部隊は通常の兵がいる部隊だが、十一は大盾を持った兵のみで、十二と十三は弓兵で構成されている。開けていると言っても通常の野戦にくらべれば狭い場所であるため、大盾を持った兵は巨大な壁になりうる。布都嬢直々の大楯部隊の訓練光景を見ていたのだが、いかにしてこちらが傷づかずに敵兵を傷つけるかを意識した戦い方を布都嬢は教えていた。巨大な盾の隙間から伸びる槍は非常に脅威である。その後方から弓まで飛んでくるのならなおさらだ。

 

「そして三・四部隊は丸太の用意をしろ。四の道、五の道から敵が上ってくるはずだ。数度転がした後、丸太に続いて突撃しろ」

 

また一人の伝令が少し離れた場所に立っている伝令へと駆ける。騒がしい戦の最中でならここ等で叫んでも敵兵には全く気付かれないだろうし、高度が下がるにつれ配置している伝令の間隔を短くして情報漏洩を防いでいる。

 

「伝令! 二の道から来た敵兵は逃亡!」

 

「そうか。ごくろう」

 

布都嬢はさほど興味なさげに朗報を流したが、二の道は足場も安定して道幅もそれなりにある非常に大事な道だ。ここを防衛できたのはかなり大きい。因みにこの、二の道や三の道などの名称は、基本的に担当する部隊と同じ数字にしており、山を正面から見た場合右から順に一・二としている。できるだけ分かりやすく、なおかつ細かく分ける事によって、より的確な指示ができるのだろう。蘇我がここに来るまでの数日間、一番忙しかったのが伝令部隊の者達と、部隊を率いる部隊長達だった。彼らはこの数日中ほとんど体を動かさず、ひたすら作戦と地図を頭に叩き込まれていた。

拙者はまたチラリと布都嬢が眺めている地図を確認すると、山の中腹の中心地に自軍の駒と敵軍の駒が大きく固まっていた。その他にも敵軍の駒はまばらにいるが、どれも自軍の駒がその進行を防いでいる。布都嬢は駒が密集した部分をトントンと叩くと、また一度豊聡耳皇子の着物に頬を寄せた後、伝令の男に告げた。

 

「おそらく中腹で硬直状態が続く。ここらの兵を支援へと回せ。負傷者を小屋へと運び、矢の補充をさせろ」

 

「っ、待て布都嬢!」

 

拙者は半ば無意識のうちに命令を止めた。ここらの兵を支援に回す。それは即ち、この付近にいる拙者の部下達をここから遠ざけるということだ。布都嬢は支援を理由に、警備を薄くすることが目的ではないかと根拠も無しに疑ったのだ。

 

「…なんじゃ? おぬしは負傷者や矢の尽きた弓兵の支援がいかんと申すか?」

 

「…いや、なんでもない。口を挟んですまなかった」

 

そうだ。この数日布都嬢に注意するようにと念入りに言われたせいで無駄に疑ってしまったが、これまでの伝令の多くが朗報である。布都嬢が今更敵に付くはずがないのだ。

 

 

 

それからも我が軍の防衛が崩れることは無かった。布都嬢の言う通り、中腹の中心が激戦区となっているが、大盾を持った十一部隊の力もあってか大きな被害はでなかった。それでも敵の勢いが衰えた訳ではなく、中腹の戦いは依然激しいものだ。

少し逸れた道から攻めてくる部隊は、あらかじめ仕掛けて置いた罠や奇襲によって脱兎のごとく逃げていった。罠は上から丸太を転がす、落とし穴などだ。前者は周りに木がたくさんあり、尚且つ斜面の多い山では使い勝手がよく、また後者の落とし穴は整備の行き届いていない山の中では見分けるのは困難だ。

どちらも自然の粗さを利用した罠である。山での防衛がどのようなものか見当もつかなかったが、かなりいい方向に働いている。

 

「そろそろよいか。待機していた部隊で一の道を使って、二の道から来る部隊の背後を取る」

 

「何故今この瞬間に? そもそも二の道から敵が来るという伝令はないぞ?」

 

布都嬢の口ぶりからするに何かを待っていたようだが、入ってきた伝令の中には二の道から敵が来ると理由づけるものは無かった。

すると布都嬢は現在激戦区となっている中腹を指さし、そこから二の道までを滑らせる。二の道と激戦区となっている中腹は直接繋がっているわけではないので、待機している部隊を使うなら援軍に回したほうがよいはず。

 

「中腹にいる兵はこちらの方が下。にもかかわらず未だ中腹の部隊は壊滅せず、それどころかこちらが有利。となると敵は正面からではなく、左右から中腹を襲おうとするだろう。そう考えた場合、相手が使う道は二と四」

 

「なら目立たない四の道を使ってくるのが普通ではないか」

 

「いや、四の道は足場が悪い。それに現時点では中腹がこちらの主戦力となっている。四の道を使って少数の兵を送り込んでも大した打撃にはならない。それよりもこちらに悟られてもよいから二の道を使って中腹にいる部隊を叩くのがよいと思うだろう。故に一の道を使って回り込ませ、二の道を上ってきた敵を叩く。中腹と二の道の間にも兵を置いておけばよいだろう」

 

流石物部の天才児。気がおかしくなろうともその頭脳は大人顔負けなんてものじゃない。まだ敵が二の道を使って増援を送り込んでくると決まったわけではないが、彼女についていけば物部は間違いなく勝てる。

勝利を確信した拙者は小さく拳を作り、蘇我の本拠点の方を向いて小さく笑った。

そしてそれから間もなく、また新たな情報が入ってきた。

 

「読み通り、二の道から敵兵が二百ほど来ておりました。現在交戦を開始しましたが、奇襲が成功してこちらが有利です」

 

「やはりか。ご苦労、引き続き情報収集を頼む」

 

布都嬢の一声に伝令は頭を下げてまた忙しなく麓の方へと走っていった。

素晴らしい…。最初の奇襲に失敗したものの、それ以降は全て布都嬢の思い描いた通りに戦が進んでいる。緊張感のない座り方をしているが、その小さい体には建御雷神(タケミカヅチノカミ)が宿っているようだ。いや、現に今、布都嬢には建御雷神(タケミカヅチノカミ)舞い降りているのだ、そうに違いない。我々物部には日の本の神々がついておられるのだ。

異国の神を引き入れた愚かな蘇我共よ。今日が、この戦が貴様らの最後だ。この戦は我々の勝利で終わる。そうなればこの日の本から仏教などと言う邪教は消え去り、また昔のように皆が神道を敬う時代が戻ってくる。

仏教を広めようとした大王及び、息子である豊聡耳皇子には責任を持って死んでもらうつもりだったが、豊聡耳皇子は大人しく布都嬢に渡すのが吉か。万一豊聡耳皇子に危害を加えようものなら、何百もの神を宿して布都嬢は拙者に刃を向けるだろう。いくら拙者が布都御霊剣を持っていようとも、神を宿した彼女に勝てるとは思えない。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。

 

「布都嬢、よくやった。やはり今から拙者も前線に立つ。なにか命令を――」

 

僅かに残っていた布都嬢への不信感がスッと消えた拙者は、布都嬢の肩に手をポンと置いた。布都嬢は一瞬中腹を指さして何か言おうとしたが、拙者の言葉も布都嬢の言葉も男の声によって遮られた。反射的にそちらを向くと、男はまるで妖怪から逃げるかのように全力でこちらに駆け寄りながら、酷く焦った声色でこう言った。

 

「大変です! 蘇我の兵が現れ、人質の娘が逃げ出しました!」

 

なっ――?

刹那、布都嬢の方へ視線を戻すと、眼前に先ほどまで彼女が腰かけていた椅子が飛んできていた。

 

 

 

※超簡略化した地図。参考程度に(PC専用)

 

              「小屋   崖

               (屠自古) 崖

                   」 

        |六 |  川 拠点(布都)  |七|

        |の |  川        |の|

        |道 |  滝 ――崖―――   |道|

        |  |  川    (   中腹    )

      |    |  川  森森(   中腹    )森森森森

      |五|森森|  川 |四|岩森森森森 |三|森森|  二  |森森|一|

      |の|森森     |の|岩森森森森 |の|森森|  の  |森森|の|

      |道|       |道|岩森森森森 |道|森森|  道  |森森|道|

     

 




Qスマホだと最後の地図(爆)が見れないのですがどうすればいいですか?
Aフィールで感じて下さい

Qフィールで感じるとはどういうことですか?
Aフィールで感じるということです


今回は一応戦ということで視点変更がどうしても多くなりました。こういう時は三人称にしたくなるんですよね。三人称に一人称を上手く混ぜつつ書いていればこんなことにはならなかったのですが、難しいので大人しく一人称で進めております。
しかし肝心な戦闘描写は一個もありません。あくまで指揮官側の視点で進めました。

前回の後書きでも似たようなこと言いましたが戦記ものは難しくややこしいので、少々強引ながら一話で終わらせました。次回は布都ちゃんが活躍しますよ。


◇以下今回出て来た二人についての豆知識的なもの
いつも通り雑に調べただけなので、ほどほどにお願いします。

膳臣賀挓夫(かしわでのおみかたぶ)
とりあえず丁末の乱の参加者一覧にあったので拝借したのですが、詳しくはしりませんが、天皇の食膳を(つかさど)る氏族だったとか。(食膳を掌るってどういうことなの…)
ただ聖徳太子の奥さん計四人の内一人が彼の娘のようです。

第一皇女(正妻)
推古天皇(当時は豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと))の娘、菟道貝蛸皇女(うじのかいたこのひめみこ)

刀自古郎女(とじこのいらつめ)
説明不要。可愛い。

橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)
WAKAEAN 気になった人は調べてみてください。

そして膳大郎女(かしはでのおほいらつめ)
産んだ子供は八人と四人の中で一番多く、聖徳太子の愛を一番受けていたと思われる女性。聖徳太子が亡くなる一日前に亡くなった事から、心中したとも言われているみたいです。

聖徳太子の子は十四人のようですが、神子様はどうしたのでしょうか。
やっぱり我等が娘々大先生のお薬ですかね(ゲス顔)


○秦河勝
ご存知の通り秦こころの秦ですね。
河勝は聖徳太子の側近であり、裕福な商人だったらしく朝廷の財政にも関わっていたそうです。平安京や伊勢神宮の建設にも関わっているとか。
今回の戦は丁末の乱の存在を意識して書いているのですが、その丁末の乱では守屋の首を斬ったという話もあるそうです。(他の誰かに弓で射殺されたとも見た気がしますが)
他にも沢山話はあるみたいですが、(これ以上調べるのは面倒なので)これくらいで。


こころちゃんを不純な目で見てしまう今日この頃。全部あのスカートが悪い


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