東方物部録   作:COM7M

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これは経験不足からか性格からかは分かりませんが、どうも話を区切るのが不得意で掘り下げて行きたいタイプなんですよね、それも中途半端に。ですので綺麗に話をカットしている小説を見ると、これなんだよなぁ…としみじみ思います。



脱出

私が狭い掘立小屋から広々とした自然豊かな世界に飛び出せたのは、外の見張りの男達の悲鳴が聞こえてすぐだった。いったい何が起こったのか、寝転がっていた体を起こして立ち上がると、武装した複数の男たちがゾロゾロと小屋の中に入って来た。

他の男達よりも少し豪華な防具をしている一人の男が、私の前まで来ると膝まずいた。

 

「蘇我屠自古様でございましょうか?」

 

「あ、ああ…。ひょっとしてお前たちは」

 

「豊聡耳皇子のご命令により助けに参りました。ご無事で何よりです」

 

神子様が私を助けるために遣いを寄越してくれた。まだ敵陣のど真ん中だというのに、その事実がただただ嬉しくて自然と頬が緩んだ。

やっぱり神子様は私の事を捨てないでくれたんだ、よかった…。

嬉しさと安心からか、涙が一粒だけ零れた。男は空気を読んでくれたのか、静かに懐から一足の靴を取り出して私の前に置いた。そう言えばここに来るまでも籠で運ばれたから履物が無いんだった。この辺の気遣いも神子様らしい。ちょっとしたところに隠れた神子様の優しさを頂くのも、ずいぶんと久しぶりな気がする。私は急ぎつつも丁寧に靴を履いたのだが、もっと急ぐべきだったのだろうか。小屋の外から、戦が始まってから何度も耳に入って来た、伝令の男の声がした。

 

「蘇我がここにいるぞーっ!」

 

「くっ! もうバレたか!」

 

「隊長! 既に来た道は断たれております!」

 

「お、おい! 私も詳しくは分からないが、今戦の中心地は麓の方なんだろう? なら敵はそんなにいないんじゃ…」

 

私はバレた不満を言っているのではなく、強行突破できるのではないかと思ってそう聞いた。すると男は申し訳なさそうに小さく頭を下げると、周りの男達に命令を下した後に返してくれた。

 

「敵に覚られぬよう少数で来たので、敵が少しでも集まってしまえば…」

 

そ、そんな…。ようやく神子様の元へ帰れると思ったのに、結局ここから出られないなんて…っ。ずっと待っていた希望が一瞬にして、弱弱しい蝋燭の火のように消えてしまった。それはずっと狭い場所に幽閉されていた私には残酷な運命であり、私はこの時初めて仏の存在を疑った。真に仏が人を救うのなら、今ここでその加護を私に与えてほしい。

しかし私に希望の道を照らしてくれたのは仏ではなく、私を助けに来てくれた男だった。男の手は少し震えていたが、その内で何を思ったのか、ピタリと震えは止まると力強い瞳で私を見つめてこう言った。

 

「敵に見つかった場合は、なんとしてでもあなた様を物部布都様の元へお届けせよと、豊聡耳皇子から命を受けました。我々が道を開くのでどうか!」

 

「なっ!? お、お前等はどうするんだよ! こんな敵陣の中で残りでもしたら…。それに布都だって今は!」

 

「お願いします! 今はそれしか道が無いのです!」

 

「隊長! もう時間がありません!」

 

その身を挺して私に道を作ってくれる、だから男は手を震わせていたのだ。初めて会った私の為に、彼らは命を張って戦ってくれる。なら私は今ここで迷っている訳にはいかなかった。彼等の意志を無駄にしない為にも、私は大きく頷いて、彼に続いて掘っ立て小屋から飛び出した。

 

三十以上の物部の兵達がすぐ傍まで来ており、布都の元へ続く道からも十人近くの男達がこちらにやって来ていた。前方と後方の敵を合わせるとパッと見ただけでも四十五。それに対しこちらの兵はわずか十五だ。

 

「突撃! なんとしても屠自古様の道を作るのだ!」

 

「はっ!」

 

隊長の掛け声に、残り十四人の兵達の気迫の籠もった声が重なる。私を守る方法は至極簡単だった。前から来る敵をまるで騎馬兵の如き力で押しのけつつ、後ろから来る兵が近づいて来たら二人が足止めをする。単純で、残酷な戦法。私の足が遅いばかりに、私を入れた十六人の部隊は一人、また一人と少なくなっていった。

別れる間際、私に豊聡耳皇子とお幸せになって下さいと、皆笑顔でそう言ってくれる。神子様と婚礼の儀を上げた時にも同じ言葉を何度も言われたが、今の私にはその言葉がとてつもなく重く聞こえた。皆私より年上の男達だ。彼等には一人ひとり愛すべき妻がおり、そして子がいるのだろう。彼等は愛すべき家族を捨ててまで、私の為に命を使ってくれる。

 

「ぐああぁぁっ!」

 

また一人、私と神子様の幸せを願ってくれた男の悲鳴が聞こえる。これが、これが戦なのかよ…っ。こんな命のやり取りが、こんな悲しい戦いでほんとに世が変わるのか…。

私は恥を捨て、ボロボロと涙を零しながらひたすら走り続けた。つい先ほど知り合ったばかりの男達の死が、まるで長年の友や兄弟の死のように胸が痛むのだ。

 

「なんでだよ! なんでお前たちは自分だけ助かろうとしないんだよ!」

 

すると男達は一瞬私の方に顔を向けると、こんな状況でありながら何故か笑顔を私に向けた。まただ、死んでいった男達も同じように笑顔だった。どうしてこんな状況で笑える…。

 

「私達は屠自古様から土地を貰い、恵みを貰い、そして仏の教えを頂いた。私達はその恩を、税や戦と言った方法で返しているのです」

 

「ええ。そのおかげで私達は今こうしてこれまで生きて来られたのです」

 

返って来た彼等の意志は、また私には分からなかった。私は彼等に米粒一つとしてあげていないのだ。私はただ屋敷の中で毎日平和に過ごして来ただけで、彼等に土地を与えたのも、仏の教えを伝えたのも父上やお爺様達だ。恵みに関しては父上もお爺様も関係なく、彼等の努力の賜物によるものだ。

それでも彼等が嘘を吐いているようには見えない。こんな状況でわざわざ嘘を吐く理由も無い。彼等は本心からそう言ってくれるのだ。

 

「っ! ありがとう…。絶対、神子様と幸せになるから」

 

だから私は、これ以上彼等の意志を弱めない様にそう言った。

私が布都の元へたどり着いた時には、隊長以外の全員がその命を絶った。

 

 

 

 

刹那、布都嬢の方へ視線を戻すと、顔面に先ほどまで彼女が腰かけていた椅子が飛んできていた。拙者は咄嗟に両腕を交差させて顔面への直撃を回避し、後ろへ大きく跳んだ。交差する直前に、彼女の小さな腕が拙者の腰にある布都御魂剣に伸びているのが見えたからだ。

拙者は受け身を取るよりも布都御魂剣を渡さない事に集中し、一度彼女から離れるとすぐさまそれを抜いた。

 

「裏切り者ォォ!」

 

待機していた部下の数人が大声を上げながら彼女に突撃する。神道も使えない者が数人束になったところで彼女には敵わないと頭では理解していたが、感情がそれを拒んでいるのか、口が上手く動かずに部下を止めることはできなかった。

我が部下達の雄々しき突撃に対し、彼女は面倒くさそうに頭を掻きながら、地図を置いていたボロい木の机を蹴って彼等へと飛ばした。いくら木でできていると言っても大人数人分の距離を飛ぶものではない。予想だにしなかった攻撃に部下たちは対応できずに、机の突進をもろに受けた。そして彼女は倒れた部下の一人が手にしていた剣を奪い取ると、ひるんでいる部下たちの首を躊躇なく刎ねた。

 

「やはりボロじゃのう…。ちと斬っただけですぐ駄目になる」

 

彼女は力を失いバタリと倒れた三つの死体を気にも留めず、血に染まった剣を捨てた。

刹那、真っ白になっていた頭は怒りの炎で包まれた。

 

「貴様ぁぁぁっ!」

 

「ふふっ。おぬしが我に怒鳴るのか? 見当違いにも程があるぞ。こやつらが死んだのはおぬしが招いた結果じゃ」

 

「お前、いつから…っ!」

 

拙者は剣先を彼女に向けながら、唾が飛ぶのも気にせずに怒りのまま問うた。すると彼女は何を驚いたのか目を開き、そしてケラケラと腹を抱えて笑った。つい先日布都御魂剣を向けた時はその闘気を当てられただけで戦意を喪失したというのに、今は布都御魂剣に脅えている様子すら見られない。

 

「我等家族を殺しても文一つで物部が皆自分に従うと思っていた事といい、つくづくおぬしは馬鹿じゃのう。屠自古が人質になっておらんかったら、戦にすらならんかったかもしれんな」

 

「それでは!」

 

「ああ、端からおぬしに付く気は無い。我がおぬしの言葉を信用すると思ったのか? おぬしの言葉よりも妖怪の言葉を信ずるほうがまだ容易いわ」

 

彼女は拙者をニヤニヤと馬鹿にした顔で、嘲笑うように罵って来た。少しでも情報を聞き出そうと考えていたが我慢の限界だ。拙者は小さく、彼女の後ろに回っていた部下の一人に、彼女を殺す様に合図を送った。

だが部下の攻撃は空振りに終わった。気が付けば、一瞬の内に部下の後ろに回り込んでいた彼女は、部下の腰に掲げた短剣を奪い取り、それで首を掻き切った。同時に、近くにいた部下の一人にその短剣を投げつけ、目にも止まらぬ速度で飛ぶ短剣は部下の眉間に突き刺さった。

顔色一つ変えずに人を殺すそれは、まるで悪鬼の如き所業。

 

「なんじゃその目は? 我が妖怪にでも見えるか?」

 

「そうだ! 部下の命を弄ぶ貴様を妖怪以外の何と呼ぶ!」

 

「お~お~、これはまた見事なブーメランじゃのう。我が両親を殺し、我が門番を殺し、我を支えてくれた者を殺したおぬしが、命を弄ぶじゃと? …ふざけるのも大概にしろよクソガキ」

 

聞き慣れない単語が耳に入ったが、それが何かと考えようとは思わなかった。そんな余裕は無かったのだ。

自分より年下の、それも狂った小娘にガキ扱いされた。それは成人し、妻を持ち、今や物部を率いている拙者に対する最大の屈辱の言葉だった。

 

「殺す! 殺してやる!」

 

「布都ぉおおおお!」

 

拙者は怒りに任せ斬りかかろうとしたが、拙者の叫び声をもかき消すほどの女子の大声により、良くも悪くも冷静さを取り戻した。そこには人質にしていた蘇我の娘がこちらに走って来る姿があった。そうだ、豊聡耳皇子もこいつも、この娘を人質に要求を呑んだ。二人にとってこの娘の存在はそれほど大きいのだ。

なら…!

 

「その娘をなんとしても捕らえろ! その娘さえ人質にすれば奴は手も足も出ない!」

 

「ッ…屠自古! さっさとこっちに来んかノロマ!」

 

奴はそう言って娘へと駆け寄ろうとするが、同じく拙者も娘へと駆け寄ると、小さく舌打ちをして足元に転がっている小石を投げて来た。女子の投石など普通は怖くも無いが、投げる者があの布都嬢なら話は別だ。拙者もまた小さく舌打ちをして足を止め、投石の軌道から逸れた。彼女は娘へと向かっている部下達にも同じように投石をして足を止めようとしたので、それを止める為に彼女の方へと向かう。

 

「ええい! 生憎今貴様の相手をしている暇は無い!」

 

彼女は拙者から離れながらも器用に体勢を崩して石を拾い、それを投擲してくる。しかしいくら速かろうと所詮は石、鎧を着ている拙者が注意すべきは顔のみ。事実投石は顔面を狙ったものが多く、正確であるがそれ故に弾きやすい。

 

「豊聡耳皇子はどうした! 彼がいなくては心が落ち着かんのではないのか!」

 

「ああ! 貴様の所為かおかげか、今でも神子様が愛おしくて集中できぬ。詫びの一つでもしたいのなら、今すぐ屠自古をこちらに渡して神子様に会わせて欲しいものじゃ」

 

どうやら拙者はもちろん、部下たちも裏切りを受け冷静に分析できていなかったようだ。今まで奴の気迫に押されていたが、よく見ると手足が不自然に震えているのが分かる。それでも拙者の部下たちが手も足も出なかった事を見ると、やはりとんでもない輩だ。

 

「屠自古様! 今です!」

 

聞き慣れない男の声に反射的に振り向くと、蘇我の一人の兵士がこちらの兵士四人を相手に戦っていた。しかし四人を相手にできたのは少しの間だけ。すぐに男は四人の一斉攻撃を避けられずに串刺しになった。だがその僅かな時間が二人の少女の再会を許してしまった。

 

 

 

 

心臓が破裂しそうな程にバクバクして、足が石の様に重い中、私は自分の為に犠牲になってくれた名前も知らない彼等の意志に押されて布都の元までたどり着くことができた。

 

「布都!」

 

無我夢中で嫌いな奴の名前を呼ぶと、布都は緊張感の無い場違いな笑みを浮かべて、嫌みったらしい声で言った。

 

「まったく、おぬしのせいで――」

 

「みんな、みんな死んでしまった…。私の所為で…!」

 

名前も知らない十五人の男達の死に様が脳裏に焼き付く。

惨たらしいとか、悲しいとか、そんな感情は一切なかった。ただひたすらに、私はごめんなさいと何度も心の中で謝りながら、布都に心の内を話した。

 

「…それが戦じゃ。お前を助けた者達だけでは無い。麓では大勢の兵達が死んでいる。その者等一人一人に友がおり、家族がいる。そんな当たり前の事を分かってない輩が世には沢山――ッ!」

 

私を励ましているのか貶しているのか分からない布都の言葉は区切れ、代わりに私の体は一瞬だけ空を飛んだ。

 

「つくづく空気の読めん輩じゃのぅ」

 

グルグルと目まぐるしく動いていた視界が安定すると、先程まで私達がいた場所には剣を構えた守屋が立っており、まるで血に飢えた野獣のような瞳で私達を睨みつけていた。

 

「蘇我の娘と接触できるように立ち回ったのは素直に褒めよう。だがそこからどうやって逃げるつもりだ?」

 

そこで私はようやく、布都がいた場所が崖際だったこと。そして私達は崖を背に、ギリギリなところで立っている事に気づいた。四方からは守屋の手下が武器を持って一歩ずつこっちに近づいている。

 

「布都、お前ならこんな奴等武器が無くても勝てるだろ?」

 

「あほう。いくら我でもそんなことできるわけなかろうが」

 

ギリギリと布都は歯を鳴らしながら、私の手を取って一歩また一歩後ろへ下がっていく。布都も恐怖を感じているのか手が震えている。

当たり前だ。現に私だって体が震えている。前方には数十人の敵兵。後ろは断崖絶壁。

 

「それにそろそろヤバくての…」

 

「これ以上にヤバい事でもあんのかよ?」

 

前面の虎、後門の狼を絵に描いたこの状況に付け加え、まだヤバい事があるってのか?

空から御柱でも降って来て、地面からミシャクジが這い出て来るでもない限り、これよりヤバい状況にはならないだろうが。

だが現に布都の手の震えは尋常じゃないし、手汗もびっしょりだ。まさか本当に御柱が降ってミシャクジが出て来ないだろうな…。

前面の虎、後門の狼よりも、何かに脅える布都が怖くなり私の体も震えてしまう。

 

「ああ……もう数日神子様に会ってない」

 

……は?

 

「ここ数日妄想に妄想を重ねて耐えてきたがもう限界じゃ」

 

「はぁっ!? そんな事!? この敵陣のど真ん中にいて、かつ逃げ道も無い状況でそれ!?」

 

私の予想を一周回った上で斜め下を行く言葉に思わずずっこけてしまい、崖から滑り落ちそうになってしまった。慌てて布都の体を掴んで体制を整え、深い溜息を吐きながら布都の顔を見ると、布都が冗談ではなく本気でそう言っているのが分かった。

真っ青な顔に光の感じられない瞳。口元は不敵な笑みを作っているが、無理やり作っているのが分かる。

 

「漫才はそれで終わりか? さてどうする。このまま飛び降りて死んでもらっては困る。それなら…」

 

「お生憎じゃな。貴様の言葉を信ずるくらいなら妖怪の言葉を信ずる方がマシと言ったじゃろう。そういう訳だ。我等はここから飛び降りる」

 

刹那、私の体がふわっとした感覚に包まれた。木から飛び降りる時に一瞬感じるもの。私は高い所が好きで昔はよく木登りをしていたものだが、今後木登りをすることは無いだろう。私はこの時を境に高所恐怖症になってしまった。

 

「へ? うわああああああ!」

 

「馬鹿な!? ここから飛び降りただと!?」

 

守屋と共感することは一生無いと思ったが今は例外だ。ここから飛び降りるなんて馬鹿に決まっている。

体全身、特に顔に逆風を感じるがそれよりも死を間近に感じる。近所の店よりも遥か近く、死が、来世への扉が私のすぐ隣にまでやって来ている。

 

「口を閉じろ。舌を噛むぞ」

 

布都はそれだけ言うと空中で私を両腕で抱きかかえ、崖を蹴って軌道を大きく逸らした。逸れた先には出っ張った岩があり、それをまた足場にして大きく横を跳び、また似たような方法で横へ跳んだ。そうやってジグザグに飛びながら落下の勢いを殺したのか、ただのカッコつけなのかは分からないが、いつの間には私は地面に立っていた。いや、私は布都に抱きかかえられているので私自身は足を地面に付いていないが、布都の足は地面についている。

 

「…お前逃げようと思えばいつでも?」

 

「おぬしを待っておったんじゃ。すまん、急ぐぞ」

 

それから布都は、猪も茫然として口を空ける速度で山を駆け下りて行った。私は道中何度か布都に声を掛けたが、布都は神子様、と呟くだけで私には何も言わなかった。

守屋と戦っている姿を見て、最後に会った時のこいつは演技だと思っていたが、やはり布都は本当におかしくなってしまったのだろうか。それでも布都は私を助けるために一人で守屋の元へやって来た。

…また助けられたんだな、布都に。

 

「布都様、それに屠自古様!」

 

演技とは言え軍師をやっていただけあり、現在どこで戦いが起こっているか把握していた布都は、争いを避けて無事に蘇我軍の本拠地までやって来た。私を抱えたままここまで走って来た所為で限界なのか息が荒いが、それでも布都は周りの兵達を無視して一直線に駆けて行く。

そして遂に、私にとっても布都にとっても会いたかったあの人の姿が映った。

 

「神子様!」

 

私と布都の声が重なる。椅子に座っていた神子様は私達の姿を見てホッと胸を下ろし、そしてずっと見たかった優しい笑みを浮かべてくれた。

だがその刹那、私の視界はぐるりと一回転し、背中に痛みが走った。

 

「神子様ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「うわっ!」

 

近くから魂の籠もった布都の叫び声と、驚く神子様の声がする。ここで私は、自分が布都に投げ飛ばされて地面と激突したことに気づいた。

視界いっぱいに広がる空のように、心が爽やかな青色に包まれた。

なるほど、日の本の頂点に立つ蘇我の娘である私は。私の義理母でありながら私の夫を狙う性悪女に。履きつぶした靴のように捨てられたのか。うん、我ながら実に冷静に状況判断できている。

 

「おい! 布都!」

 

怒りに震える拳をぶつけようと立ち上がった私だが、振り上げた右手はストンと落ちた。

 

「んっ…ふぅ…んあっ…。みこ、さまっ…」

 

「ふ、と…。せ、めて…、あとで…ん…」

 

接吻。唇と唇を触れ合わせる、愛情表現の一つである。抱き合うよりもっと強い愛情表現であり、それは特別な人としかやってはいけないもの。

それが今まさに私の目の前で繰り広げられていた。しかもあろうことか、二人は舌を絡ませている。

わたっ…、私だってまだっ、唇と唇が触れ合う接吻しかして、ないのに…っ。

しかし脱力している私も、周りにいる父上や他の者達も無視して二人の接吻は続いていた。神子様は止めようとしているが布都に押さえ付けられているようだ。

 

「ハァ…、ハァ…、みこ、さまっ…」

 

「ちょっと、布都!?」

 

布都は一度神子様から唇を離すと、あろうことか外、しかも沢山の視線の中で帯を解き、服を脱ごうとした。チラリと布都のヘソが見えてようやく我に返った私は、すぐさま二人に駆け寄って目いっぱい布都の頭を殴った。力加減を間違えた所為で手が痛かったが関係ない。

 

「ハァ゛…ハァ゛…。な、何してる布都!? おまっ、おまっ…! と、とにかく服を整えろ!」

 

すると布都は一度キョトンと首を傾げて自分の服を眺め、そして馬乗りにした苦笑している神子様を見、最後に辺り一帯を眺めた。

ここでようやく自分が何をやったのかを思い出したのか、ボンと布都の顔が一瞬にして真っ赤になり、涙目になりながら服を整えて帯を結ぶと、ここまで走って来る時よりも更に速く走って行った。が、途中でピタリと止まると、また神子様の方へ駆け寄り、神子様の後ろに隠れて顔を背中に押し付けた。

 

「……」

 

「ア、アハハハ…。ま、まあ屠自古。布都も色々あったのです。周りの者もこの件は他言無用とする、さっさと散りなさい」

 

神子様の一声により辺りの一般兵は勿論、ある程度の位を持っている者も気まずさにゾロゾロとこの場を去って行く。その中には父上の背中もあったが、私はどう話しかけていいか分からなかった。

 

「……死にたい……」

 

羞恥に染まった布都の呟きが聞こえた私は、神子様を睨みつけながら小さく溜息を吐いた。

私達三人だけとなった蘇我の本拠地には、神子様の乾いた笑い声が寂しく響いていた。

 




今回の描写、どこかのっぺりしてるなと思いつつ、どこを修正していいのか分からない無能っぷり。

そして行き着く先は結局百合。


今回改めて、布都ちゃんよりも屠自古の口調の方が難しいと感じました。もう少し~やんよをナチュラルに入れていきたいのですが、それが意外と難しい。なにより布都ちゃんは横文字が使えるメリットを持っているので書きやすいんですよね。プライドとかの言葉を一々誇りとかその他の日本語に変更するのがめんどうです。
幻想入りしたら神子様がイデオロギーとかバリバリ横文字使っていたのですが、時代背景が飛鳥だと流石に自重しないと。それでも青娥が横文字使ったら違和感を覚えないのがまた彼女らしいです。

神子様の口調は敬語と威厳のある口調を私の気分で混ぜております。ある意味それが一番らしいかなと思いますが、やはり神霊・心綺楼・深秘録どれも微妙に違うので最初は結構悩んでいました。
個人的に深秘録の男口調がドストライクですが、いざ書くとなると神&心ミックスが神子様らしい気がします。まだ子供ですので、もう少し大人になったら口調もまた変わるかもしれません。
神霊の神子様と結婚して、心の神子様のファンクラブに入って、深秘録の神子様の駒遣いになりたいです。

今後書籍以外で神子様の出番は期待できませんが、布都ちゃんの自機化は可能性はあるので(設定欄での登場が)楽しみです(お燐と星ちゃんを見ながら)

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