東方物部録   作:COM7M

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普通に執筆に時間かかりました。今までの平均文字数からすると文字数換算だけなら三話にカットできそうです。

無事委託販売で、よく神子様を書かれる絵師さんの総集編本が買えたので満足です。




決着

「全軍突撃!」

 

「おおおおおおお!」

 

神子様の掛け声と共に我等は声を上げて一斉に突撃した。

敵軍(物部の軍)はその半数以上が混乱、もしくは逃走しておりもはや物部対蘇我ではなく、蘇我対守屋になっている。当然戦力の差は歴然であり、その差は目視だけでも十倍に近い。だがそれでも布都御魂剣の力は凄まじく、あの音を聞いた者の戦意は明らかに下がっている。

馬に乗って先陣を切っている我は、後ろにいる将兵に向けて伝えた。

 

「逃げ遅れた者もいるだろうから戦意の無い者は殺すな。だがこちらに歯向かうのなら、そいつは逆賊だ。躊躇なく殺せ」

 

「はっ!」

 

将兵は我が今言った事を後ろにいる数千の兵達に伝え、兵達は掛け声を了承の合図にして答える。例え守屋が一撃必殺の布都御魂剣を持っていようとも、今の我なら一人で相手にできる。そうなれば残りの兵を味方に任せておけばよい。

そう考えていたのも束の間、突然敵の前衛が後ろに引き、代わりに弓兵が前衛に出て来た。更に馬上にいる守屋もまた、弓と矢を受け取り、遠くの何かを見ているのか目を細めている。守屋を含む弓兵は、突撃する我等を狙うには弓の向きが上向きであり、その全てが軍の中心に向けられている。敵が何を狙っているのかすぐにわかった。神子様だ。

 

「放て!」

 

守屋の掛け声と共に、数百の矢が一斉に放たれた。我はすぐに馬の背中に立つと腰の刀を抜き、後方へ放物線を描くように大きく跳んだ。下から驚愕の声が聞こえてくるがそれを拾っている余裕はない。我の目の前には軽く見ても五十は超える矢が迫ってきているのだ

我は咄嗟に懐から三枚の札を取り出すと、それを飛んでくる矢へと放つ。三枚の札は空でピタリと不自然に止まると、自身を中心に長方形の結界の壁を作り出す。三つの壁により多くの矢を止めることができたが、中心の結界が一本の矢によってバリンと粉々に破壊された。敵にも当然、守屋を含め結界に通じた神道使いはいる。そやつが結界破壊の力を矢に付与させたのだ。

 

「くっ!」

 

結界を破壊した矢を開いている手で掴み、追ってくる残りの矢を刀で叩き折っていった。だが刀で叩き折るには数が多く、全ての矢を防ぐことはできなかった。体の横を素通りする矢が増える度に顔が青ざめるのが分かるが、足に地を付けるまでの間は一瞬も気を緩めずに空で矢の進行を防ぐ。

着地した辺りには神子様の周りに矢が集中している。神子様のお体には傷一つ無いが、神子様の周りにいた兵士や将の鎧を矢が貫いている。

 

「くぅっ!」

 

重心の移動ができない空中で無茶な動きを連続して行ったからか、手足の筋肉に大きな負担を掛けてしまった。肉離れ一歩手前と言ったところか。

 

「布都!? 大丈夫か!」

 

見上げると神子様が馬上から心配してくれていた。

改めて神子様をお守りすることができた事に実感しホッと胸をなでおろすが、すぐ気持ちを切り替える。

 

「神子様! すぐに後方へ退却して下さい! 乱戦になれば弓が飛んでくることは減ると思いますが、万一ということがあります。それに矢は神子様を狙っておりました。敵は総大将の神子様を殺せば勝機があると思っております」

 

「しかし一度前に出た総大将の私が下がると言うのは兵達の士気に…」

 

「それくらい我や他の将達が何とかします。あなたはご自分の命を最優先に動いてください。それが総大将の何よりの務めであります」

 

神子様は納得のいかぬ表情をされていたが、馬上から戦いの中心地となっている場所を見るとやがて顔を青ざめ、小さく頷いた。

それでよい。元より神子様は後方で策を練り、指示を出すのが務め。我の言葉で物部が全員こちらに(くだ)ると、そこまで楽観的には考えていなかったものの、ここまで急に戦が再開されるとも思っていなかった。確かに総大将の後退は少なからず兵に影響を与えるが、あんなものが相手ではどの道士気は落ちる。

 

布都御魂剣。

我が物部が祀る神剣。それの恐ろしさは、全てを切り裂く切れ味だけではなく、敵から戦意を奪う圧倒的な殺意と覇気だ。かつて我が家に祀られていた時もそうだが、布都御魂剣は刀身を抜かず、ただ置いてあるだけでも常人にも分かるレベルの力を発している。それが強い殺意を持ち、実力者の手に今現在渡っているのだ。

我も守屋が襲撃して来た時と屠自古を助ける時の二度、布都御魂剣の覇気を浴びたが、あれをごく普通の人間が浴びようものならたちまち戦意は喪失する。

事実、最前線からは布都御魂剣の力をその眼前で目の当たりにした者の恐怖する声が聞こえる。このままずっと剣と剣を交えていたら、この兵力差でもこちらが不利になる。何千もの兵をたった一本の剣で切り伏せる事ができるのが、あの布都御魂剣。

 

「弓兵! 構え!」

 

後方から聞こえる神子様の声、正確には神子様のお言葉を代弁する兵の声に合わせ、我は背中に掛けていた弓を構え、矢筒から一本の矢を取り出す。残念なことに背の低い我は、近くにいる馬上にいる将の背中を借り、馬の上に立って視点を高めて標的を探す。戦場を暴れる集団の一番前にいたのですぐに見つかった。

そう、軍議の時神子様が仰っていた守屋を殺す案がこれだ。布都御魂剣は接近戦では、あらゆる矛を折り、盾を砕く無敵の剣。しかし持ち主が死ぬ人間である限り殺す方法はいくらでもある。その最も単純かつ効率的なのが、矢で守屋を殺すこと。

右手の布都御魂剣を振るい、こちらの兵の体を真っ二つに割っていく守屋の姿を遠目だがハッキリと確認すると、一度小さく深呼吸すると矢を掲げた。

 

「放てぇぇぇ!」

 

神子様が上げていた腕を下ろされたのだろう。男の掛け声が戦場に響き渡り、同時に弦が震える音がそこら中から鳴った。当然耳元にあった弦も震えた。

我の放った矢は守屋の額目掛けて一直線に進んでいった。我の矢の他にも、守屋へと飛ぶ矢はいくつもあった。先程守屋が神子様を狙って一斉に放ったように、今度は守屋目掛けて一斉に飛んでいるのだ。しかもその数は数倍にもなり、何よりこの物部布都が放った矢があるのだ。自らの放った矢の行く末を確認しながらも、矢筒からもう一本取り出そうとしたその時、突然守屋の前に、彼の兵士達が立ち塞がった。

小さく驚きの声が出るのと同時に、守屋の前に立ちふさがった兵の一人に我の放った矢が突き刺さった。我の矢だけでは無い。まばたきをする暇も無く、次々と兵士の体に何本、何十本の矢が突き刺さり、肝心の守屋の体には矢は掠りもしていない。

 

肉盾。これが奴等の作戦だった。

盾とは本来人の命を守るための道具だ。故にそれは人の体を隠すほど大きい方が心強いが、大きければ大きいほど持ち運びや使い勝手が困難になってくる。それに対し、人とは見事な盾になると言える。自ら動く為持ち運びは楽であり、瞬時に判断し動くことが可能であり、時に攻撃に転じることも可能な最強の盾だ。

言葉にするだけなら、理解するだけならそれはとてつもなく単純な事だ。余は身代わりなのであり、この時代なら決して珍しい事では無い。

だがそれを受け入れるには尋常ならざる覚悟が必要だ。これは盾になる本人だけの事を言っているのではなく、盾に攻撃する加害者の事を言っている。

 

「ひぃっ!」

 

辺りからそれと同じ、また違ったとしても恐怖心の籠もった小さな悲鳴が上がる。

一切の迷いなく盾となる異常行為、その体に何十もの矢を受けようとも立ち続ける狂気、そして矢でボロボロになりながらも頬を緩めたまま死ぬ盾。一度矢の雨を凌ぐと共に再び突撃してくる、一撃必殺の剣とそれを守る盾達。

これ等の光景を見て恐怖を感じない者がいるのなら、それはまた彼等と同じく狂っている者しかいない。或いは、武士と言う軍事力に特化した者達とその部下達ならこの光景にも怯まず戦えたのかもしれないが、ほとんどの兵は普段作物を耕している農民。例え死を覚悟していようとも、それでも受け入れられないものはある。

 

「怯むな! 矢は確実に効いている! 撃ち続けるのだ!」

 

勇敢な将の一人が掛け声を上げるが、その声が耳に届いた者はごく僅かだった。中には矢を射ぬく者もいたが、矢は人の心そのもの。心に乱れが無ければ矢は自然と自らの望む場所へと飛ぶが、乱れが大きければ大きいほど矢は明後日の方向に飛ぶ。

布都(ふつ) 

布都(ふつ)

布都(ふつ)

徐々にほんの少しだが音が大きくなっていく。我が足場にさせてもらっている馬もまた、その音を拒絶しており、突如音とは反対の方向に体を反転して走り出したので、足場を地面へと戻す。馬に乗っている将も、口では怒っているがどこか安堵の顔が見られる。

 

かつて我の心すらをも恐怖に染め上げ、戦意を失わせる覇気にそれを後押しする非人道的な戦法。おそらく意図せずに守屋は布都御魂剣の力を最大限に引き出したのだ。

 

「やはりこうなったか。今一度戦えると思っておったぞ、守屋」

 

こちらの兵を掻き分けて来たその強面の顔に、我は矢を放った。

 

 

 

 

布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)布都(ふつ)

死へと誘う美しい音が耳から離れない。後方にいながらも、私の耳元でその音が鳴り止む事は無かった。周りの者達も少しは聞こえているようで、皆顔を必要以上に顰めているが冗談じゃない。こんな音を聞き続けていたら間違いなくおかしくなる。私の心が弱いからでは無く、常人よりも遥かに耳がよいからと断言できる。

聞こえる度に体全身に鳥肌が立ち、心臓を鷲掴みされたかのように苦しく、恐怖以外の一切の感情を殺そうとする死が具体化した音。今なら閻魔の癪を振り下ろす音や、牛頭馬頭の笑い声を聞きながらでも安眠できそうだ。

 

「豊聡耳皇子。酷く顔色が悪いです。一度離れた方が」

 

「は、ははっ…。魅力的な案だが河勝、この音は本当に危険だ。士気が下がるなんてもんじゃない。下手すれば私達は音だけで負けてしまう」

 

「いや、まさかそこまでは」

 

「まさか、と思えるならそれに越したことは無い。どの道この音を聞き続けた者は使い物にならん。急ぎ後方にいる音をさほど聞いていない兵を弓を持たせ、細かく別けろ。こちらに付いた物部の兵達にも似たように言え。弓で射殺すのだ」

 

布都(ふつ)

また精神を抉り取る死の音が聞こえ、体の支えが一瞬だけ疎かになってしまった。隣に立っていた河勝が慌てて私の背中に手を回して支えてくれたおかげで怪我は無かったが、このままでは本当に意識が持っていかれる。

 

「よい、か。脱走兵を下手に止めようとはするな。とにかく正常な兵の士気を少しでも維持し、一人一発でもよいから矢を打たせろ。そうすれば、勝て――」

 

「――申し上げます!」

 

未だかつてここまで怒りを覚えた伝令はいなかった。虫の居所が悪いと、真っ当に働いている者に対してこうも殺意を覚えるのか。

静かに伝令を見下ろすと、私の機嫌の悪さを察したのか伝令は肩を震わせて比較的声を抑えて告げた。

 

「げ、現在物部布都様が守屋と交戦しております。周りにも自軍の兵は居りますが皆戦意喪失しており、実質お一人で敵軍を止めており」

 

「なっ! あの馬鹿!」

 

すると私の体は嘘のように動いてくれ、未だ耳に死の囁きが鳴りながらも私はすぐに伝令に叫んだ。

 

「すぐに布都を呼び戻せ! 予定とは違うがこの戦、既に勝ちは決まっておるのだと伝えろ! 河勝もさっさと動きなさい!」

 

「は、はっ!」

 

「ぎょ、御意!」

 

「はぁ…はぁ…」

 

いけない、明らかに正常な判断ができなくなっている。まともに呼吸すらできないのが何よりの証拠だ。

周りの者も今の私を恐れ、肩を縮めている。実質的な権力では私より上の叔父上ですら、今の私はどこか怖いのか、私を見る目に恐れが見える。

…落ち着け。こんな音がなんだと言うのだ。この音が人の心を打ち砕くと言うのなら、既に人の心を捨てた私には効かない。

これ以上作戦を考える必要は無い。河勝に伝えた通りに進めば、数百しかいない守屋の兵はすぐに倒れる。人を盾にして矢の雨を躱しているようだが、それにも限界がある。守屋の剣が私に届くことは無い。

だが考えるべきはそこでは無い。今私がすべきことは、伝令を聞いた布都がどうするか考えること。

 

「布都、お前ならきっと、私の命令を無視して戦うだろうな…」

 

今の私には布都の心を一から十まで考え、読むことはできない。それでもなんとなく、ただの感だが布都は守屋と戦い続ける。その内に籠められた憎しみからか、それともこれ以上民から死者を出したくない善意からか、布都は戦うだろう。

なら私は…。

 

「誰か、小さな白膠木(ぬるで)を持っていないか?」

 

「探せばあると思いますが、何に使うので?」

 

誓願(けいがん)しよう。仏教徒らしくな」

 

 

 

 

我の放った矢は、また一人の兵の体によって遮られた。だがそこに驚きや恐怖は一切無く、これもまた想定通りだと、守屋の間合いに入るまで矢を放ち続けた。時に布都御魂剣で矢を弾きながら、時に味方を盾にしながら守屋と彼の部下は叫びながら近づき、右手に持った布都御魂剣を我へと振った。

布都(ふつ)

やはり間近で聞くとこの音の恐ろしさ、そしてこの音を聞き続けながらも足を止めないコイツ等の精神力に驚かされる。我は直前で守屋の一撃を避けると、守屋のすぐ隣にいた兵士の一閃を刀で受け止め、後方へ飛んで間合いを取る。

そしてすぐさま刀を逆手に持って親指と人差し指を自由にすると、矢筒から二本の矢を取り出し、二本同時に弦に掛け放つ。二本の矢は守屋の隣にいる二人の兵の首を貫通する。

 

「神道こそ、神こそが善なり!」

 

一切怯まずに突き進む守屋一同。意気込んだはいいもの、布都御魂剣に加え百人近くの敵を一人で相手するのは流石に厳しいか。

なんてな…。何を今さら怖気づいておる。もはや壊れたこの心で、いったい何を恐れればよいのか。

 

「ここが貴様の墓場だ、守屋!」

 

叫びながら弓を背に掛け、矢筒の中の矢が飛び出さない様に矢筒の蓋を閉めつつ、守屋へと駆ける。掛け声を上げた手前、守屋を避けるのは締まらないが、見栄えの為に死んでは意味が無い。まずは邪魔な部下達を片付ける為、守屋の間合いに入るギリギリ手前で我は大きく前に飛び、僅か百人近くの敵軍のど真ん中へと飛ぶ。着地に邪魔な奴は札を飛ばして無理やり退かせる。

 

「殺せ!」

 

着地とほぼ同時に、四方八方から槍が伸びて来る。それも予想通りの攻撃であり、予め空中で取り出していた結界用の札を発動させ、透明の壁を作り出して槍を弾く。どれだけ士気が高くとも、突如現れた結界に攻撃を弾かれれば隙は生まれる。ほんの一瞬の隙だが、その一瞬の隙で殺せるのが日本刀。周りにいた男達の首元に日本刀を滑らせるように、我はその場で一回転した。

 

「くがっ…」

 

頸動脈をも刹那の間に斬る事ができるのも日本刀あっての業。

すぐ目に入った一人の男の首を斬る。これもまた、骨を切断せず頸動脈を斬っての殺害。刺せば体から抜き取るまでの間に自分が刺されてしまう。だが下手に斬っても、興奮状態からか感覚が麻痺しているであろうこいつ等の動きを止めるのは難しい。敵軍のど真ん中、一対多数の状況で我が狙うべき部位は首に限られていた。

一人、二人、三人……八人。

おそらくそれくらいの数を殺し、死体が我を守る壁になってきたところで、軍の先頭にいた守屋が我の前へやって来た。

 

「袋の鼠だな」

 

「どこを見て言っておる。おぬしが軍の最前線から離れた今、袋の鼠になったのはおぬしらの方だ。布都御魂剣の力を活かした一点突破、それが唯一無二の勝利だったと言うのに我の乱入程度で足を止めるとは呆気ない」

 

我の四方八方には確かに守屋の軍勢がいるが、足を止め格好の的となった今、それを更にこちらの軍が囲んでいる。おそらく後方で神子様か馬子殿が指示を出していたのか、リカバリーが早かったな。

 

「元より布都嬢、お前が来たら足を止めるつもりだった」

 

守屋は布都御魂剣をチンと鞘に納めると、周りの兵に手を出すなと合図を送った。すると周りの兵達はいやに素直にそれを受け入れ、我では無く周囲の敵へとヘイトを向ける。

 

「ほう? いや…なるほど。そういうことか。我もまた随分感情的な女と思われておる」

 

口調も声色も、頭も冷静だ。守屋の言葉に乗る必要は微塵も無い。後はここから離脱して囲んでいる兵達に矢を打たせればそれで終わる…それは分かっている。だが我の体は、心はそうしなかった。

守屋は端からこうするつもりだったのだ。たった数百の軍勢で既に千弱の兵を戦闘不能の状態にしたが、守屋含め全員の息が上がっている。未だ目は血走っているが布都御魂剣の音を間近で聞き続けて来たのだ、精神もボロボロに違いない。つまるところ、守屋の目的は神子様だったのではなく物部布都。

そして先程の言葉は守屋の挑発。自分の手で、俺を殺してみろとこいつは言っているのだ。屠自古と同じように我を人質とするつもりなのか、それともただの悪足掻きかは分からぬが、またむさ苦しい男に好かれたものだな我も。

 

「上等だ。やはり貴様は我がこの手であの世に送らんと気が済まん」

 

「そうだ、それでいい。お前を倒し、拙者が物部氏を束ねる」

 

牽制状態だった周りの兵達が戦い始め、自然と我等の周りが開けてくる。

 

「世迷言を。どこまでも非論理的な理想主義者だな」

 

「何が悪い。神道に全てを捧げ、神道の為に突き進む、それが拙者の正義だ!」

 

正義と来たか…面白い。正義とは実に不安定で不正確なものだ。我…いや、仏教徒の目からすれば守屋は救いようのない悪であり忌むべき狂信者だ。現に我の知る歴史上の物部守屋もよくそう書かれていた。だが仮にもし守屋が戦で勝っていたのなら、その視点は一転する。守屋は邪教から日の本を救った英雄となったのかもしれない。

正義とはそんなもの、そんなことはとうの昔に知っている。

 

だが、だからこそ我はその正義を否定する。

 

それは数々の民を苦しめたからでも、屠自古を人質にしたからでも、そして我が両親を殺したからでもない。

もっと単純で崇高な正義がこの世にはある。

 

「違うな守屋」

 

「お前から見たら拙者が悪、当然だろう」

 

「違う…」

 

「なに?」

 

勝者が正義となり敗者が悪となる、一人殺せば悪となり百人殺せば正義となる。そんな結果次第で変動するものは本当の正義と言わない。

正義とは、正義とはもっと純粋で、至高であり、美しいもの。

 

「貴様はこの世で最も高貴で偉大なお方、豊聡耳神子様に逆らった」

 

勝った者が正義、ならばそれは――

 

「神子様こそ勝者、故に貴様は敗者」

 

神子様が人を殺す、ならばそれは――

 

「神子様こそ天道、故に陰に潜む者は死を」

 

神子様が仏教を必要とする、ならばそれは――

 

「神子様こそ絶対、故に神道は邪教」

 

そうだ――

 

「神子様こそ正義、故に貴様は悪だ」

 

 

 

 

「ふふっ…、やはり面白わね、あの娘」

 

常々豊聡耳様に依存しているなとは思っていたけど、彼女の存在そのものを正義と考えるだなんて。守屋の事を狂信者と思ってるようだけど、私からすればあの子の方が守屋よりもずっとおかしな狂信者。

あぁ…あの二人より面白いものなんて後にも先にも一つも無い。守屋や彼の部下みたいに狂っている人間なら星の数ほどいるが、豊聡耳様と物部様の異質さは他と違う。彼女等は賢く、論理的で現実的で、民衆を想い動いているが故に面白い。誰から見ても彼女たちは善…いいえ、正義と言うべきね。でもその内にある心は、通常の人間のものを綺麗な球体と見ると、凹凸が激しく多いのだ。

 

「おっといけませんわ。物部様がどうやってあのインチキな剣と戦うのか見学しないと」

 

会話を盗み聞きするだけなら上空(ここ)でもいいけど、やっぱり見るならもう少し近くで見ないと。

物部様の言霊の強さにうわの空になってしまい、少しばかり二人の戦いを見そびれてしまったが、物部様の戦術はすぐにわかった。

布都(ふつ)と一度は死んだ私の耳にもあまり心地よくない綺麗な音が鳴り続ける中、物部様はそれを刀では一切受けずに全て避けきっていた。少しでも誤れば即死になる状況下で、己が身一つで剣を捌こうと思うだけでも並々ならぬ覚悟でしょうけど、思うだけなら誰だってできる。彼女の凄い所は実際にそれを行動に移し、なおかつあの音を耳元で聞きながらも避け続けているところだ。

突きには体を逸らし、横への一閃には屈み紙一重のところで避ける。だが決して凄いのは物部様だけじゃない。守屋もまた凄まじい剣技を繰り広げていた。

まず物部様は避けるだけでなく、それと同時に守屋へと斬りつけている。当然だ。本来回避とは褒められた技では無く、一番良い攻撃の対処法は防ぐだ。物を使って守るのが常識であり、回避なんてものは余程の手練れじゃなければ難しい。誰もが誰も避けれるものなら盾なんて存在しない。なら攻撃を防ぐのではなく避ける利点は、反撃を決めやすい、この一点に限る。攻撃の瞬間こそ防御が一番疎かになる。だからこそ身軽でなおかつ回避なんて度胸のいる事ができる物部様は強いのだ。

そんな物部様の回避からの反撃を守屋もまた避けていた。正確にはその全てを回避しているのではなく、左手に巻いている鉄の鎖で防ぐこともあるが、互いに傷を負っていないことに変わりはない。

 

「…………」

 

既に合戦は終わっていた。守屋の兵達が死んだわけでは無い。二人の闘争心が彼等を恐怖させ、魅了して戦意を失わせているのだ。布都御魂剣の音が鳴りながらも彼等は足を震わせ逃げることなく、二人の戦いを見守っていた。剣と剣の斬り合いでありながら、互いの剣が一切触れることが無い異質な戦いを。

 

「火事場の馬鹿力という奴か。貴様がそれほどの手練れとは」

 

「お前こそ、以前は布都御魂剣を見ただけで戦意を喪失していたのに何故戦える」

 

「我には神子様がいる! それだけだ!」

 

なるほど。心が壊れちゃったのが幸か不幸か、布都御魂剣の放つ覇気と音に動じなく、感じなくなったと言うべきか。にしても…戦場のど真ん中で人妻が義理の息子の名を叫びまくるのはどうなのかしら。って思うのも野暮ね。現にそこを気にする者は私以外に一人もおらず、皆二人の戦いに魅せられている。さっきは野暮な疑問が頭を過ったが、二人の戦いはもはや演武と言っても頷ける程に異質で美しいものだ。もっとも、演の文字を使うには二人の闘志と殺気に似合わず、そこを踏まえた上で言葉に表すならやはり死闘でしょう。

しかし物部様も守屋も所詮は人間。互いに体力や集中力が限界に近付いている。この戦いももうそろそろお終いね。

あら? あの兵達を掻き分けて走って来る馬は…。

 

 

 

 

布都(ふつ)

守屋が振るった布都御魂剣が我の髪を数本ほど斬った。まさに紙一重の回避に、何度目か分からぬ刹那の安堵。今回の振りは少し大きかった、今度こそはと奴の胴を斬りつけようとするが、我の腕の振りを見ると同時に後方へ跳んでカウンターを避ける。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

野獣の如き眼光を負けじと睨みながら息を整える。互いに心身共にもう長くは続かない。

この守屋の動きはやはり我と同じく身体能力の強化に違いない。それが霊力を使ったものか、布都御魂剣の加護かは分からぬ。だが少なくとも守屋への負担は、昔から同じ術を使っていた我よりも重いようで、その使用も我の方がずっと上手(うわて)だ。しかし我もまた、戦意喪失とまではいかんが布都御魂剣の音を間近で聞き、その刀身が肌すれすれをよぎる度に集中力が削がれている。

体力・武術・霊力共に我の方が上、にも関わらずここまで続いているのはやはりあの剣が全てだ。どうやってもあれの存在は無視できるものでは無い。守屋も我が必要以上に警戒しているのが分かってあの剣を使っている。

それでも布都御魂剣は最強ではあるが万能ではない。守屋の集中力も体力の低下と共にかなり低下している筈だ。あとはそこを……狙う!

力強く地面を蹴って守屋へと駆ける。やはり注意が散漫していたのか僅かだが反応が遅く、迎え撃つために少し荒い大振りになった。

 

「今!」

 

全神経を守屋の手、正確には布都御魂剣を振るう右手首に向け、そこに結界を発生させる。

守屋の襲撃(あの日)から時々ある疑問を抱くことがあった。それは、何故母上は我が来るまで無事であったのか。布都御魂剣はありとあらゆるものを斬る。例え我が百の力で振るい、守屋が一の力で振るおうともその剣を持つ者が勝負を制す。母上はあの時結界の中で己の身を守っておられたが、今思い出してもあの結界が布都御魂剣を止められる強大な結界とはとうてい思えない。母上は結界術が得意な方であられたが、かと言ってずば抜けた規格外の結界が貼られるわけでもない。なら母上はどうされておったのか。答えはこの合戦が始まる直前にようやっと分かった。

母上は布都御魂剣を振らせなかったのだ。正確には音を出させなかった。布都御魂剣はその音と共にあらゆるものを切り裂く、それは逆に言うと音が鳴らなければ力を発揮できないのだ。布都御魂剣の弱点を母上が知っておられたのか、咄嗟に思いつかれたのかは分からぬが、母上は守屋が剣を振るう度に瞬時に結界を張って身を守られた。

これが布都御魂剣に対する奥の手。突然手元に透明な壁が発生すれば動揺しない訳が無い。最後はがら空きになった胴を斬るだけ、そう思った刹那――

 

バリン

 

と、まるでガラスが割れたような音が聞こえた。この時代の日本にもガラスは確かに存在するが、戦場のど真ん中でバリンと割れる品は見た事がない。

答えを確認する前に無意識の内に体が動き、地面に体を擦り付けるように滑らせた。心が壊れてもなお生存本能を刺激する美しい音が、確かに頭上で鳴った。

 

「ッ!」

 

今自分がどこで何をしているのか、混乱して状況を上手く呑み込めなかったが、この場に横になっていたら確実に死ぬ事だけは把握できた。何をどうやったのか、恐らく横に転がりながら膝を曲げ、膝のバネを利用して逃げるように跳んだのだろう。ハッと我に返ると、目の前には剣を構えてこちらに走って来る守屋の姿があった。

慌てて刀で迎え打とうと構えるが、ここで我は自分の持つ刀が不自然な程滑らかに折れていることに気が付いた。

 

「お前が結界を使って来る事は分かっていた! 死ねぇっっ!」

 

どうすれば助かるか、不思議と頭だけは妙に冴えていて、案はすんなりと浮かんだ。守屋は我に止めを刺せると思い、これまでにないくらい感情的になっており、いなすのは容易い。大きな結界を生み出して少しだけ時間を稼ぐこともできるし、横へ避けて回避することもできる。一度後方へ大きく跳んで間合いを取ることもできる。

だが先程の全力疾走から突然のスライディング、そこからの超低姿勢からのジャンプ。それは崖から飛び降り、馬上から後ろへ大きく跳ぶ事よりかはずっと簡単だ。だが余りに強引に、硬直状態の筋肉を瞬時に爆発的に動かし過ぎた。

結果、痛みは無いが足が麻痺して動かない。突然足に麻酔を打たれたように足が痺れ、感覚が鈍い。

 

 

終わり…か。人の死とはなんと呆気ないものだろう。あんな剣を横に一振りするだけで人は死んでしまう。布都御魂剣の音は未だに怖いが、死そのものはさほど怖くは無かった。元より前世で一度死んだのだろうし、きっと閻魔に裁かれて輪廻の輪を回るのだ。

でも、死は怖くなくとも神子様と別れるのはどうしようもなく怖い。ずっと、ずっとずっと神子様と一緒にいたかった。あの方のお傍で、あの方を永遠に支えたかった。物事が全て数十分の一の速さに見える。これが走馬灯と言う奴なのか…。

 

神子様と一緒に、幻想郷、行きたかったな…。

 

「布都ッ! これを!」

 

何よりも美しく綺麗で、大好きな声が我の名を叫んだ。神子様だ、神子様のお声だ。背中からでお姿は見えないが、神子様の声を我が聞き間違える訳が無い。

神子様の声が、あの世へと行きかかっていた我の心をこの世へ戻してくれた。

守屋はもう間近に居り、後ろを振り向く余裕は無かったが、神子様が何を投げたのは言葉の雰囲気で分かった。それがハッキリと何かは分からない、どこで手に入れたのか分からない。唯一つ、それが布都御魂剣を受け止められることは、周りの景色が数十分の一の速さに見えている走馬灯の中にいる我には、いや、神子様の事を馬鹿みたいにひたすら考えている我には分かった。

飛んできた何かを、既に剣を振り下ろしている守屋から一切視線を動かさず右手で捉えると、それで布都御魂剣を受け止めた。

 

ガキン!

 

この戦いで初めて、剣がぶつかり合う音が静かに、だがはっきりと響いた。

 

「なっ!?」

 

目の前で起きた事が信じられないのか、守屋は目を大きく開き、我もまたおそらく似たような表情で手に持っているそれを半ば茫然と見ていた。

細長い鉄製のそれは、金持ちの象徴とも言える黄金を装飾にしており、柄には太陽を連想させる黄金が付けられている。我が使っていた刀と比べたらその派手さは月とスッポン。しかし決してけばけばしく無く、後に国宝になるだけあり気品に溢れている。

 

「ば、馬鹿な…? この剣を受け止められる剣が存在するはずが…」

 

「七星剣…。神子様の愛刀だ。後の世、神子様が持つ物は神子様と同じく伝説となり、国宝となるだろう」

 

「くっ、なにを…?」

 

「それだけ偉大なお方と言うことだ!」

 

我は足が痺れていたのも忘れ、無我夢中で守屋を押し返す。布都御魂剣の力を慢心していた守屋は動揺してか我の足に違和感を覚えなかったようだ。弾き飛ばされるや否やすぐに間合いを取り、我の持つ七星剣に視線を奪われていた。

互いに足を麻痺、集中力の散漫と、どちらか万全な状態であったのなら一瞬で勝負が付く状態だった。

だがいくら守屋の気が動転しているとはいえ、身体的デメリットを抱えた我の方が不利なのは変わらない。足が麻痺しているのを悟られるな、下手に動かず七星剣を警戒させろ。

未だ、何故飾太刀の七星剣にこれほどの力が込められているのかは分からぬが、刀身からは只ならぬ力を感じるのは確かだ。守屋もそれが分かっていて攻めるのを躊躇っている。

 

「……」

 

「……」

 

少しだが感覚が戻って来たのはいいが、これ以上こちらから攻めなければ流石に感づかれるかもしれん。我が今使えるものと言えば、邪魔になるので置いていた弓と矢筒が偶然足元にあるのと、小さな結界を発生させる札だが、結界に関しては先ほど破られた一礼がある。なら使うのは。

 

「結界破りの術か。我の事を信じ切っていた割には用意周到じゃな」

 

「お前でなくとも、いずれ阿佐殿のように対処してくるとは思っていたのだ」

 

「やはり我の予想通り、か」

 

我はできるだけ余裕があるようにふるまいながら、ゆっくりと屈んで落ちている弓と矢筒に手を伸ばす。いくら多少の距離はあるとは言え、身体能力が上がっている守屋ならすぐに接近できる距離だ。ここが攻め時と覚られてしまえば、死は免れないだろう。守屋が気になって仕方がないが、余裕を見せる為にはビクビクと震えずに堂々としなければならない。慌てず、遅すぎず、ごく自然に落ちている物を拾う。たったこれだけの事がとてつもなく難しく、長く感じた。

かなり危ない賭けだったが、演技が上手く行ったのか無事落ちている弓と一本だけ矢の入った矢筒を拾う事に成功した。守屋は未だに動いていない。

 

「矢を持ってどうする?」

 

「なに、最後に軽い願掛けでもしようと思ってな」

 

矢筒に残った最後の一本を取り出すと、体を逸らして空へと矢尻を向ける。

大丈夫、大丈夫だ。今の時代の戦の概念はまた変わっている。ひとたび一対一の一騎打ちとなれば周りの者は手出しを禁じられ、また相手が名乗る間は攻撃をしてはいけない。その暗黙のルールがこの時代の日本にはある。その思想が後の元寇の時に日本は苦しむことになるだろうが、今はその思想に助けられている。

スーと深呼吸をして意識を集中させると、それを天高く上に放った。

無事矢を放つ事にも成功し、足も走るのは難しそうだが多少動かすくらいならできそうだ。あとはこの腕次第。

 

「…待たせたな。さあ来い、守屋!」

 

守屋からしても、これ以上の対峙は無駄。故に自然にこっちに来るように挑発すれば違和感を持たずに来る、その考えは間違っていない。

そうだ、頭を使え物部布都。戦いとは腕っぷしだけがものを言うのではない。今我には布都御魂剣を受け止められる剣がある、風向き、風量、細かなタイミング、立ち回り、これを全て考えながら戦え!

 

「うおおおお!」

 

布都(ふつ)

 

ガキン!

 

鎧を斬ろうとも、美しい音以外を発さない布都御魂剣がまた金属のぶつかり合う音を鳴らした。戦場ではごく普通の音が新鮮に感じる。

我は左に一歩ずれて守屋から距離を取り七星剣を素早く振る。

 

「クッ!」

 

守屋は今まで左手に巻いた鎖帷子で刀を防ぐことが多かったが、布都御魂剣を防ぐ七星剣の力は未知数だ。カウンターを決めようと構えていた布都御魂剣を持った右手を動かして身を守った。

棒立ちじゃ怪しまれる。一歩一歩でもいいから少しでも足を動かし、時には体を下げて守屋の思考を奪っていく。守りに入れば違和感に気づかれる可能性がグッと高まるので、とにかく攻める。

 

「ッ!」

 

よし。防戦一方になるまで追い込んだ、我の仕込んだ罠にも気づいていない。あとは――

期を待つだけ。そう勝利を確信すると同時に、視点がグルンと一転した。理由は何か分かった。

足払い。この子供でもできる単純な技の前に、未だ万全じゃない足は負けてしまったのだ。左肩が地面とぶつかり、慌てて視線を頭上に向けると剣が間近に迫っていたので咄嗟に七星剣で受け止める。

 

「ぐうっ!」

 

「チッ! しぶといぞ!」

 

ドゴッと鈍い音と共に腹に激しい痛みが走り、数メートル程地面の摩擦を受けながら流された。

 

「ゲホッ、ゲホッ!」

 

「何かおかしいと思ったらとんだ食わせ者だ。余裕のある態度に戻ったと思ったら突然空に矢を撃ち、今までのようにちょこまかと動き回るのを止めた。拙者がさっきまでいた場所にもう少しで放った矢が落ちて来る、そんなところか」

 

「ふ、ははっ…。間抜けなおぬしなら騙しとおせると思ったのだがの…」

 

このポンコツ足め。せめて立つぐらいできんのかッ。

 

「まだ減らず口を。だがそれもこれで終わりだ。この激戦の勝者が得る名誉がどれほどのものか、お前になら分かるだろう」

 

我を殺せばここにいる者が皆自分に付いてくると。まだそんな非現実的な甘い妄想をしておるのかこいつは…。

 

「やれやれ、いい加減おぬしのお花畑の頭にも飽きて来た」

 

立つのが不可能と判断した我は、自分の足と守屋の思想に呆れて首を小さく振りながら、ゆっくりと我の元へと歩いてくる守屋を見上げる。

 

「それが辞世の句で良いのだな?」

 

守屋は布都御魂剣を構えると、その剣先をこちらに向けて肘を引いた。防がれない様に突きを選ぶか。なるほど、もはや移動できない我には効果的だ。

……ああ、やはり神子様の家臣にして友でもあるだけはある。

 

 

我は天才だ。

 

 

「ああ、さらばだ。守屋」

 

我が言い終えると共に、ブシュッと生々しい音が鳴った。今までの演武とも言える戦いの最後に相応しくない音だ。

 

「がっ…あがっ…ぁ…」

 

言葉では無く、偶然声帯が振動した事によって聞こえた音が消えると、守屋の体がバタンと我の隣に倒れた。その頭上には矢が深々と突き刺さっており、勝利を確信した男は一瞬にして惨たらしい死体へと堕ちた。刺さっている矢は紛れもなく、我が放った最後の一本だった。

 

「放った矢こそ最後の切り札。その読みまで合っておるし、我の足の違和感に気づいたのも誉めてやろう。だが我の方が三枚は上手じゃったの」

 

我は決して守屋を過小評価しなかった。守屋は必ず我の足の違和感に気づくと思っておったし、放った矢も不振に思うと思った。だから我は守屋をある一点へと追い込むような立ち回りをした。守屋からすればその時点でかなり怪しんだのだろう。何しろ我の戦闘スタイルは、ちょこまかと走り回って相手を翻弄する戦い方。それが途端にごり押し戦術となって、動かなくなったのなら自然と冷静になって状況を考え始めるだろう。疑問が浮かんだら今度はどうするか、まずは検証してみるしかあるまい。

相手の足の状態を察知するのに適したのが足払い。そこで我が体制を崩せば、守屋の疑問は一気に確信へと変わる。あとは地面に倒れた小娘を殺すだけだが、自分の頭上から矢が降って来る可能性があるならその場に突っ立っている訳にもいかない。だから守屋は一度移動する為に我を蹴飛ばした。

 

「おぬしに蹴られた時、数メートルも吹っ飛んだのは地面に薄い結界を張って摩擦を減らしておったのだが、流石にそこまで気づかんかったか」

 

物言わぬ死体へとピラピラと見せびらかす様に札をひらつかせる。

にしても、定位置に矢が落ちることを大前提とした策だったがもう二度とやりとうない。神経が疲れるのもだが何より心臓に悪い。

 

「布都!」

 

「神子様!」

 

護衛の兵数十名を周りに構えて神子様がやってきた。当たり前だがその腰には、有事の時は必ず携えている七星剣の姿が見られない。神子様は周りの護衛の兵に馬上から耳打ちすると、兵の一人が大きく頷き、未だポツンと突っ立っている兵達に向けて守屋の手下を捉えるようにと促した。大将にして切り札の守屋を失った今、抵抗しようとする者は一人も居らず、皆武器を捨てている。

 

「まったく、また無茶して」

 

馬から降りた神子様は懐から手の平サイズの布を取り出すと、それで我の頬を拭った。ごしごしと力強くこすられた所為で少し痛かったが、神子様と五体満足のままこうしてお話しすることができた喜びから気にはならなかった。

土と血によって黒茶に滲んだ布を見て呆れたように溜息を吐く神子様に、我はチラリと目線を落とし七星剣を眺めながら言った。

 

「神子様、この七星剣はいったい? 昔拝見した時はただの剣で」

 

「仏です。仏が力をくれたのです」

 

「へ? 何ですか神子様、突然宗教家みたいに」

 

神子様は小さな掛け声と共に曲げていた足を伸ばすと、未だ地面に座り込んでいる我に手を伸ばしてくれた。伸ばされた手を取り立ち上がると、そのまま神子様のエスコートの元、同じ馬に一緒に乗った。

 

「私は宗教家ですよ。頭に一応がつきますがね。ですが本当です、私がこの像を作り、もし布都に勝利を与えてくれるのなら、必ずや四天王を安置する寺塔(てら)を建てると誓願(けいがん)した時、この七星剣に尋常ならざる力が宿った。これ以上でもこれ以下でもありません」

 

「それが本当なら、仏とは随分打算的で、意外と身近にいる存在なのかもしれませんな」

 

「ははっ、違いない」

 

「しかしこの力、さぞかし名のある仏と見えますが四天王…と言うのは?」

 

「四天王は欲界で仏法を守護する者。持国天(じこくてん)増長天(ぞうちょうてん)広目天(こくてもくてん)といるが、おそらくその力は最後の毘沙門天のものだろう。毘沙門天は武に長けた仏と聞く」

 

そうなると我は将来幻想郷に行けることができたら、あの虎娘に礼の一つでもせんといかんのか。いや、そもそも我がいなければ仏教がこの国に広がらなかったのかもしれんのだから、ここはウィンウィンの関係と考えてよいか。

 

「……ふぅ。少し疲れました、神子様…」

 

「お疲れさまです。気の済むまで休みなさい」

 

そこから次に目覚めるまでの記憶はまったくなかった。ただうっすらと、神子様の柔らかな香りに包まれていたこと意外は。

 




論理的って漢字ですけどもはや横文字と言っていい程近代的イメージ(ロジカルシンキングは近代と言うか現代?)
まあそんな事は置いて置き、ついに守屋との決着がつき、山場を越えることができました。いや~予想以上に時間と話数を使いましたが楽しかったです。山場に入ってからもう10話近くでしょうか。

守屋との決着どんな感じにしようかいくつか考えていたのですが、絶対に取り入れたかったのは七星剣に毘沙門天の力を宿す事です。史実でも聖徳太子は白膠木で仏像を彫り、四天王寺の建設を※誓願し、それにより見事守屋の首を射抜いた。はたまた寅年寅日寅の刻(深夜四時)に毘沙門天を召喚したなどの話があります。
※(仏様と誓うこと)『仏教では祈るという言葉を使わないみたいです(今は知りません)』
ともかく上記の話があるのでそれを七星剣の力に宿すと言う形で活かしたかった。でも唯でさえ最近布都の弓の設定が活かされておらず、また守屋は弓で射殺されたという話を聞く為弓を使いたかった。なら最後はやっぱり弓で倒すかと思ったのですが、一騎打ちの状態で普通に弓で倒してもドラマティックでは無い。ならやはり軍師らしく、頭を使い尚且つ意味不明なまでの弓の技量を混ぜるのがよいのでは、と思いこんな形になりました。
七星剣で普通に守屋を斬る話も書いていたのですが根性論となったので、それはこの作品の雰囲気と違うかな~と思ってやめました。叫び声が連続しており、それが逆に緊迫感を殺していたので。


どうでもいい裏事情から話しを変えて人気投票の話。

現在人気投票期間ですが悩んでおりまだ投票しておりません。
悩んでいるのは投票するキャラについてではなく、神子様以外に投票しようかどうか考え中です。東方には魅力的なキャラが多く、当然投票したい好きなキャラは他にもたくさんいるのですが、ただの自己満足と分かっていても神子様一人に投票するのもいいかなと思ったり。
ポイント制だったら躊躇なく神子様に全ポイント使いますがどうしましょう。
神子様以外に投票するならひじみこころ、一輪、映姫様、青娥、純狐とかかなぁ…。

人気キャラよりも少し低めの好きなキャラを投票したい感じです。

◇ 最後に作中のちょっとした豆知識。

牛頭馬頭→地獄の獄卒。

ガラス→紀元前4000年前からあったようです。五世紀頃にはシリアの方で平板のガラス製造に成功したようです。日本でも弥生時代の遺跡から発見されたらしく、バリンと割れる品は飛鳥にはもうあったんじゃないかなぁ~(やけくそ)

毘沙門天→この前ニコ動見てたらですね

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