東方物部録   作:COM7M

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二話でお気に入り10行けば満足かなと思っていたのですが、既に25人の方に登録してもらい嬉しい限りです。
更には評価もつけて頂きました。この場をお借りして感謝申し上げます。




神道(体育会系)

アホのように騒ぐ蝉が五月蠅い季節。我は夏が嫌いだ。正確には飛鳥時代に来て嫌いになった。理由など言わずもがな、エアコンが無い、夜の蚊が喧しい、そしてなにより水分補給が大事という考えがない。農民達の間でもそうなのかは分からんが、病人でもないのに倒れる者は貧弱で、それくらい気合で何とかしろという根性論が通ってしまう、少なくともこの物部家の中では。

 

「はぁっ…はぁっ!」

 

太陽燦燦(さんさん)とはよく言ったものだ。蝉の鳴き声と混ざった太陽の放つ熱光線は、もはや辛いを通り越して清々しいまでに容赦なく我を襲う。

 

「どうした布都!まだ10周だぞ!」

 

「は、はい!」

 

物部家敷地内全体に響き渡るほどの父上の咆哮により、フラフラになっている足に力を込めて再び走り出す。そう、我は今物部家の敷地内をこの暑い中ランニングしていた。

決して父上の躾でも体罰でもない。このランニングこそが異能の力を手に入れる第一歩…らしい。我はもっと魔方陣的なものを想像しておったのだが、何でも父上の教える異能の力、神道は健全な精神を持つことで初めて特訓が許されるそうな。古代ローマの(名言)、健全なる精神は健全なる身体に宿る理論は飛鳥時代には既に伝わっておったのか、健全な精神を作る為にはまず身体を丈夫にしないければならぬらしい。我の知っておる神道使いには東方Projectに出てくる腋巫女、博麗霊夢と東風谷早苗がいるが、いくら我の精神が現代の俗世に塗れたものでも、あの二人に比べたら綺麗なものじゃと思うぞ。

 

だからと言うて父上が許すまでは次のステップに進むことはできない。今我が出来るのは少しでも早く一回30周のランニング一日三回に慣れ、次の段階に進むこと。実際一週間このランニングをやっていたが、たった一週間でも随分と体力がついてきた。三日目までは10周で限界が来て毎回倒れておったが、今は自分のペースを見つけたのもあり、今は倒れずに30周走る事ができる。五歳の体ゆえ一周に掛かる時間は決して早くはないが、それでも足を止めない限り父上は怒る事はない。因みに物部家の敷地は横縦共に100~120はある。草花や木があり壁に沿って直線的に走ることはできないため、実際は横縦共に100弱と考えてよかろう。なんにせよ30周は辛すぎるぞ。

 

それから数十分後、なんとか無事に30周終えると、父上が座っておられる回り廊下に横になる。体は蒸し暑く汗で服はベトベト、荒い呼吸の所為で声を出すのがつらく、今にも心臓が破裂しそうな程バクバクいっておる。

 

「ようやった布都。ほら、水じゃ」

 

普段なら感謝の一つでも申すが、今はその様な余裕はない。我は奪い取るように父上の持っておる湯呑を取ると一気飲みする。喉が潤うより感覚よりも心臓近くに水が通る感覚が心地よく、少しだけ呼吸が落ち着いた。

 

「はぁ…はぁ…ふぅ…。助かりました父上。やはり走り込みの後の水は最高でありますな」

 

「てっきりこの一週間で根を上げると思っておったが、やはりお前はそこ等の女子とは違うの」

 

父上は褒めて下さったのだが、我の顔は逆にしかめっ面になった。それに気づいた父上は不思議そうに我の顔を見る。

 

「我をまだ女子として見ておったのですか!我は将来妖怪から皆を守るのですぞ。もし剣を振るえと仰るなら柄を持ち、矢を放てと仰るなら弓を引きます!」

 

走り込みで無くなった体力が不思議と戻り、父上の隣で飛び跳ねて剣を振り下ろすポーズを取り、空の弓を目一杯引いて父上へと放つ。父上は暫く豆鉄砲を食らったようにしておったが、やがて大声を上げて笑い、近くに座っていた召使いの一人に命じた。

 

「ハッハッハ、流石儂の娘じゃ。例の物を持って来い」

 

「畏まりました」

 

どこかへ行った召使いは、両手に小さな木の剣と弓を持ってやって来た。もしやと思い父上の顔を見ると、ニッと笑みを浮かべて我の銀の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

 

「そう言うと思っており、既にお前の体にあった剣と弓を作らせておったのだ。よしっ、今日からは走り込みの後に素振りだ」

 

「はい!」

 

その日から毎日の日課に素振りが追加された。父上のご指導を受けてからというもの、毎日走り込み、素振り、読書、走り込みと今までとは打って変わって忙しくなり、充実した毎日となった。毎日筋肉痛とまめの痛みに耐える日々になったが、不思議と嫌では無い。前世では特別スポーツマンという訳でも努力家でもないのに日々の鍛錬が楽しく感じられるのは、失礼かもしれんが母上を見ているからであろう。家事をする訳でもなく、父の政治の手伝いをする訳でもなく、ただただ一日を過ごす日々。

勿論母上は大好きである。最初は渋っておったが、鍛錬を始めてからは我を応援してくれるし、時には優しく褒めて下さる。まさに理想の母と言える素敵な方であるが、将来母上の様に一日を暇に過ごして終わるのはいやじゃ。

 

「ハッ!」

 

ブンと木で作られたおもちゃの剣を振るう。我が手に持っているコレを木の剣と呼んでおるのは、文字通りこれは木を削った、ただの剣だからだ。まだ木刀や竹刀すら存在しない時代とは流石1400年前。流派という概念が存在するかも分からん。この時代に日本刀が無いと気づいたときは随分と落ち込み、いっそ我が自ら作ってやろうかとも思ったが、日本刀に関しての知識はほとんどなく、とても開発できそうにない。

 

「鍛錬の途中申し訳ありません布都様、そろそろお食事の時間ですよ」

 

「うむ!あい分かった!」

 

伝言役の召使に礼を言うと、汗を拭き、井戸水で手を洗う。

どうやら疲れが溜まっていたのだろう。父上と母上と一緒に晩御飯を食べた後、いつの間にか我は柔らかい布団に包まれながら、眠りの世界に旅立っていた。

 

 

 

 

布都が眠ったのを確認した儂、物部尾興は静かに布都が眠っている襖を閉じた。妻のいる部屋まで戻ると、彼女は器に酒を注いで儂を待っていた。妻の隣に座り、注がれた酒をグイッと飲む。やはり一日の終わりの酒は上手く、もう一杯寄越す様にと彼女の近くに器を置く。

 

「布都は、変わった子ですね」

 

「そうじゃな…」

 

布都は変わった子だ。赤ん坊の頃から妙に大人しく手の掛からない子だった。三歳からは発音が変だったもののたくさんの言葉を使い、気がつけば今の年寄り臭い口調になっていた。

更に数カ月前には大王のご子息、神子様と話の馬が合ったそうだ。神子様の才は我々豪族の中でも有名だ。僅か六つでありながら難解な書物を解き、大人びた雰囲気と力強い覇気を持つ並々ならぬお方。その方と馬が合うと言うことは、儂の贔屓目無しに布都も神子様と同じ天才なのだろう。

 

「確かに変わっておるが、とても良い子だ」

 

「ええ」

 

注がれた酒を今度は軽く一口飲み、呟く。妻も優しい笑みを浮かべながら頷いた。

一週間前の発言には驚かされた。一体女子が何を考えているのかと、普通なら儂は引っ叩いておいただろう。だが布都が、才児である布都が、ただ何の考えも無しに言うとは思わなかった。儂たちには妖怪から身を守る為と言ったが、他にも理由があるのかもしれん。だが何にせよ、息子に恵まれなかった我等夫婦にとって、いや、儂にとっては娘が神道を引き継ぐことができるのは喜ばしいこと。

 

「布都は凄いぞ。あの年でもう毎日三回30周の走り込みをしておる。剣の振り方も悪くない。弓はまだやっておらんが、きっと良い才能を持っておるだろう」

 

「ふふっ、分かっていますよ。いつも見ているのですから。ほんと、あんなに可愛らしいのに男の子の様にやんちゃで」

 

儂も大概親馬鹿であるが、妻も我と同じく召使の者達によく布都の事を自慢しておる。

布都なら立派に神道を引き継いでくれるかもしれんな。

 

 

 

 

翌日もまた朝のランニングと素振りが終わると、父上から試しに弓もやってみろと言われた。あまりあれこれやっていると器用貧乏になってしまうかもしれんが、弓の興味もかなりあった。と言うのも、原作でも物部布都は弓を使う攻撃をやっておった。ゲーム内ではキャラ性能がそもそも低く、弓での攻撃も決して強くはなかったが、原作の布都も弓の試はあったのだろう。

試しに父上が手本を見せてくれた。我に見せるためにゆっくりとした動作で矢を持ち弦にひっかける。そして数秒ほど呼吸を整えると弦を引き、20メートル程の距離にある的へ目掛けて矢を放った。風を切る音と共に放たれた矢は、的の中心から少し離れた左上に突き刺さった。生まれて初めてこの目で弓を見ると、今まで地味だと思っていた弓への評価が変わった。確かに見ただけだとただ矢を飛ばしているだけ。されどその静かさの中には獅子の如き荒ぶる力が込められており、我は一目で弓に惚れた。

 

「わぁ~っ、カッコいいですぞ父上!」

 

「そうであろう。よいか布都、弓にもっとも大切なのは心を落ち着かせること。剣とは違い弓は己との戦い、自らに負けたら矢は当たらん。それは争いの場でも変わりはない」

 

「はい!我も早くやりたいです!」

 

「分かった分かった。じゃがまずは構えからだ」

 

父上のご指導の元弓の構え、持ち方、各部位の名称について教わった。構えや持ち方に関してはさほど難しくは無く、名称も覚えずとも実践へ直接的な影響もない。じゃが実際に矢を弦につがえる作業に入った途端、急に構えや持ち方がボロついてくる。構えや正しい持ち方を意識すると矢がポロッと零れてしまい、矢を持つことに集中すると今度は逆側に影響が出る。そもそも弓も矢も小さめの子供用ではあるが、それでも未だ小さい五歳児の手の平には大きすぎる。

 

「ハッハッ!流石のおぬしも手こずっておるのう」

 

娘が頑張っているのにも関わらず父上は嬉しそうに笑っていた。何かと飲み込みの早い我も、平凡なところはあるのじゃと少し安心されておるのかもしれん。じゃが甘いぞ父上。せっかく前世の記憶を持っておりながら、ただの平凡な子供で終わるなどそんな勿体ない事はせん。

我は先程の父上の様に一度深呼吸をすると弓を構えながらゆっくりと矢を拾い、余計な力を入れずに静かに弦に掛けていく。周りの事は一切考えない静かな、自分と20メートル先の的だけの世界を作る。五歳児の力であそこまで届くかは分からんが、矢を目一杯引いた。ただの素人が力任せに引いてもすぐに地面に落ちるだろうが、不思議とこのやり方で合っている気がした。

シュンと弦が空を切る音と共に矢が放たれる。真っ直ぐと直線的に放たれた矢は導かれるように的の中心に当たった。やったと両手を上げて喜ぶのも束の間。どうやら威力が低かったようで矢は的に突き刺さることはなく、ポロッと地面に落ちてしまった。

 

「なぁっ!?せっかく中心に当たったというのに何故刺さらん!うむむ、やはり我ではまだまだ力不足ということかのう」

 

我は的まで駆け寄ると足元に落ちていた我の放った矢を的に突き刺す。矢尻に問題がある訳でもなくすんなり刺さったので、やはり威力が足りんのだろう。まあこれに関しては仕方がない。下手に小さい頃から筋力をつけても悪いと言うし、筋力に関しては今後に期待だ。

矢を持って父上の元まで戻ると、父上は何故か目を白黒させており、見かねて我がちょんちょんと服を引っ張るとようやく気付いたのか、ハッと我に返る。父上は威厳を示すかのように腰に両手を当てきつい口調で話し始めるが、その声はどこか震えているようにも聞こえた。

 

「布都よ、確かに中心に当てる事はできたがまだまだ未熟だ。たかが一回的の中心に当てただけで喜んではならん。これからは弓の訓練も定期的に行うぞ」

 

「畏まりました!ご指導の方お願いしますぞ!」

 

それから数十分ほど弓の練習を続けたが、その間に父上は自分の手の平と我の顔を交互に見合わせた後、何度も深い溜息を吐いておった。その父上の姿を、母上はクスクスと笑っておったが、理由の分からぬ我は首を傾げるだけだった。

 

 




今回は修業風景についての話でした。展開のペースはこんな感じですかね。予定では布都と神子が若い内にある程度の大きなイベントを終える予定ですので。

それと布都は周りから見れば天才ですが、それは前世の記憶を持っているから当然です。しかし弓だけは本物の才を持っています。参考にした守屋は弓の名人らしいので。
因みに東方では物部守屋の妹が布都ちゃんの名前の元ネタだったと思いますが、原作設定では守屋の立ち位置に布都ちゃんがいたので(兄妹間の話を書けない私は)守屋と妹の布都姫をフュージョンしました(さすわた)


走り込みで汗塗れの布都ちゃん……閃いた!


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