東方物部録   作:COM7M

8 / 34

一旦皇居から場面が移った為か、早く執筆できました(投稿が早いとは言っていない)




合格

神子様と再会してもう四カ月の月日が流れただろうか。あれから二度程神子様とお会いになる機会があり、前よりもっと神子様の事をお慕いするようになった。神子様は早速女性の口説きを始めたようで、召使の者や会いに来た同年代の女子に対して歯の浮くような台詞を口にしているらしい。天皇の息子というのもあり、神子様が女を口説いている噂は瞬く間に広がっており、周りからはやはり大王のご子息だなとコソコソと言われておる。当然神子様の耳にもその噂は入っているが、元より噂を広げるのが目的だったのでむしろ嬉しそうであった。神子様の正体をしっている者たちの行き過ぎた対応も少し落ち着いてきた様で、前にお会いした時は鼻歌をしておられた。

さて、そんな風に神子様の周りで変化があったものの、我の周りではこれと言った変化はなかった。毎日同じように鍛錬と書物に時間を費やしており、時には召使の手伝いをして庭仕事や料理をしたりと充実した毎日。かれこれ鍛錬を初めてもう一年が経とうとしており、冷たい冬風は暖かい春風に変わり、庭に植えられた草花が開花しようと必死になっている。

変化が無いとは言ったものの、この一年の成果は出ており、毎日の鍛錬のメニューは少し変わっていた。いつの間にか走り込みは最初の30周より20増えた50周。素振りも500から800と随分体力が付いてきた。更には木の剣ではあるが打ち合いも始めており、相手をしてくれる警備の男達には度々世話になっている。しかしいくら練習を積み重ねようとも実際に戦うのを生業としている彼らに敵うことはなく、一日一回一太刀浴びせられるか否か、その程度だ。性別以前に六歳の体格では、筋力やリーチの差で大人に勝つことはほぼ不可能なのは分かってはいるものの、悔しいものは悔しいのだ。

しかしそれは剣の話である。警備の男の中には弓の腕自慢をする男がおり、よくその者とどれだけ正確な矢を放てるかの勝負をするのだが、結果は全戦全勝。初めは子供の遊びに付き合う程度と考えていた男も、今ではすっかり我の前にひれ伏して居る。

そして今日も変わらず、その構図は成り立っていた。

 

「もう勘弁してくださいよ布都様。弓の腕だけが自慢の私だったのに、これ以上自信を壊さないで下さい」

 

「なんじゃ、情けない奴め。四日に一度の勝負くらい良いではないか」

 

「一度じゃないから文句を言っているのですが…」

 

男がチラリと視線を移す。視線の先には、男が放った数本の矢が見事に的の中心付近に綺麗に刺さっていた。的の中心を敵と考えるのなら、しっかり敵の胴体を貫いており、本来なら胸を張って自慢できる結果であろう。突き刺さった矢の筈全てに、もう一本矢が突き刺さっていなければ。

あれから我は更に弓の精度を上げる為に、一度他者に打たせた矢の筈を狙う様にした。そうすることで、今まで頼りにしていた一本目で放った感覚を無くし、矢繋げを文字通り一発勝負になるように自ら追い込んだのだ。

 

「こんな神業を起こせるのですから、もう弓の鍛錬は必要ないのでは?」

 

「鍛錬と言うより我の趣味じゃからのう。しかしおぬしの言う通りでもある。もう少し飛距離が伸びれば鍛錬の幅も広がるのじゃが」

 

弓は我の一番の趣味と言って良いほど好きなのだが、飛距離が伸びない限りは鍛錬のやり方にも限界がある。矢の三本繋ぎの練習もしておるが、二本目以上に集中力が必要となり長続きしないので暇つぶしには向いていない。狩りにでも出たら資源も入るし矢も打てて一石二鳥なのだが、父上も母上もまだ狩りに出るのを許してくれん。まだまだ我は子供である為に致し方ないが。

ということで弓の鍛錬もとい趣味に付き合ってくれている男なのだが、彼には申し訳ないが我の向上心をそそる程の腕は持っていなかった。

 

「布都、ちょっとよいか」

 

「あっ、父上!」

 

回り廊下から庭を見下ろす形で父上が立って居られた。我の隣にいた男は跪き頭を下げるが、娘である我がそこまでする必要はないので、軽く頭を下げると父上の元へ駆ける。父上は走り寄ってきた我の頭をぐしゃぐしゃと荒々しく撫でると、跪いている男へと言う。

 

「いつも布都の相手をしてくれ感謝する。仕事に戻ってよいぞ」

 

「はっ!」

 

「父上、何かご用でしょうか?」

 

ぐしゃぐしゃにされた髪を手櫛で整えながら見上げるように父上の顔を眺めると、嬉しそうに笑みを浮かべた父上の顔があった。

 

「布都、合格じゃ」

 

その合格の意図を聞いたのは、いつも食事をしている居間での事だった。居間には既に母上もおり、三人での会談をなった。最初は何かしでかして怒られるのかと思っておったが、父上は合格と仰っていたのでそれもなかろう。しかし試験らしきものをした覚えもないので不安が消える事はない。

ソワソワしている我がおかしかったのか、二人とも小さく笑って口を開いた。

 

「安心してください布都。あなたは無事に父の試験に合格したのです」

 

「はぁ…試験、でございますか?」

 

う~む、試験…試験…。ダメじゃ、やはり心当たりがない。強いて言うなら弓の腕が既に大人以上のものである事くらいか。しかし弓は他の鍛錬とは違い、我が好んでやっている。無論走り込みも剣の鍛錬も楽しく、好んでやっておるものだが。

 

「ああ、お前が妖怪と戦う術が欲しいと言って一年。お前は用事や風邪の時以外は毎日欠かさず鍛錬に励んだ。これこそが、お前が神道を学ぶための試験だったのだ」

 

髭面であるが随分と爽やかな笑みを浮かべる父上。それでようやく我は合格の意図を掴むことができたが、それと同時に忘れていた大事な事実を思い出した。

 

「そう言えば我は妖怪と戦うために鍛錬を始めたのでしたな」

 

「えっ?」

 

「はっ?」

 

お二人の声が綺麗に重なった。二人の目が点になっているのにも関わらず、我はそれに気づくことができずに手を頭に当てながら苦笑した。

 

「いや~、最近鍛錬が楽しくてすっかり忘れていました。そうかそうか、神道を学ぶための試験だったのですなぁ…。おや、お二人ともどうされました?」

 

ケラケラと笑いながら話したのが癇に障ったのであろうか。二人はまさに開いた口が塞がらない状態になっており、顔は我の方を見ているが焦点が定まっておらん様に見える。何度か声を掛けたが全くの無反応だったので二人の顔の前で手を振ると、ようやく我に返ったのかハッと小さく声を出す。

 

「す、すまんな布都。まさかそこまで鍛錬にのめり込んでいたとは思わなかった」

 

「変わった子とは思っていましたが、まさかここまでとは…」

 

二人とも口調は優しいが、心底我に呆れているのは分かった。そんな反応をされると我自身、立派な目標を持っていながらそれを忘れた自分が急に恥ずかしくなった。同時に心の中で、それだけ懸命に鍛錬をしていたのだと一人で言い訳をする。

 

「まあ兎も角、これからは剣や弓の鍛錬ではなく、神道を本格的にやっていこうと思う。流石のお前も伸び悩んでいた頃みたいだから、丁度良い転換だと思う」

 

「はい!」

 

どこか締りの無いものになってしまったが、どうやら無事に神道への第一歩を許してもらえたようだ。それが嬉しくて嬉しくて仕方なく、思わず父上と母上の元へ飛びかかった。二人とも我を抱きしめ、優しく撫でてくれる。

ついに次の段階に進むことができた。本格的に東方の世界に入る事ができる。この体一つで空を飛び、手の平から火の玉を出し、腕には風を纏わせ、自在に水を操る事ができる。どのような原理や過程でそうなっていくのかはまだ分からないし、我に神道の才能があるかも分からんが、今は純粋に喜ぶとしよう。

 

「では早速、稽古をつけて下さい、父上!」

 

「違いますよ布都、あなたに教えるのは私です」

 

「へ?」

 

 

 

どうやら我が一年前に言った台詞は逆効果だったようである。我は神道(異能の力)を教えて欲しいというニュアンスを込めて妖怪と戦う術が欲しいと言った。しかし父上と母上は言葉をそのまま受け取ったようで、神道を教えるのを渋っておられたらしい。お二人は元より我に対して神道の術を教える気はあったそうだが、その神道を使って妖怪と戦うのならそれ相応の覚悟を見せろとの事。つまり一年前、我は大人しく神道を教えてくれと言えばよかったのに、面倒な台詞回しをした所為で神道を学ぶのに時間が掛かってしまったらしい。

目的地を自分から遠くするとは、何と馬鹿馬鹿しい話であろうか。さほど隠し事はしない我だが、この件は恥ずかしくて神子様にも報告できない。

愚痴はもう一つある。先程まで忘れていたものの、我は神道を行うには健全な肉体が必要であると教えられた為にこの一年鍛錬を続けたが、実際は健全な肉体は関係ないらしい。と言うと少し失礼かもしれないが、現に母上は我の様に体を鍛えていないにも関わらず、神道の術を使っていた。

母上の前には小さい箱が置かれており、その箱の周りをドーム状の赤く薄い膜が覆っている。説明されなくとも、それが結界と呼ばれるものというのは我にも理解でき、まさに前世のサブカルチャーで見たのそのものであった。神道と今までの鍛錬に関係が無い事を伝えられ少しショックを受けたが、自分自身鍛錬が楽しくて神道の事を忘れていたくらいだったのもあり、異能の力をこの目で見た瞬間に感動で悩みは吹き飛んだ。

 

「布都、試しに触ってみなさい」

 

「は、はいっ!…おおっ!」

 

母上に誘われ、恐る恐る人差し指を箱を包み込んでいる結界へと伸ばす。結界に触れると小さくバチッと音を立てて人差し指が弾き返された。僅かながらの痺れに近い感覚はあったものの痛みは無く、むしろ痺れよりも感動の方が大きかった。

 

「これが結界です。我が家はこの結界により、妖怪の手から守られています」

 

「?我が家の周りにはこのようなもの見えませぬぞ?」

 

我は開かれた扉の奥に広がっている外界の光景を眺める。美しい庭と青白い空が広がっているが、目の前にある赤い結界らしきものはどこにもなかった。

 

「これは簡易的でかなり荒く作っているため目で確認することができますが、より力を込めると透明の結界を作る事が可能です。本来結界は見せるものではありませんからね」

 

「確かに見える結界になってしまうと、そこに大事なものを隠していますと言っているようなものですな」

 

母上の話を聞きながらも、何度か結界を突いてみる。変わらず不思議な力によって指は弾かれてしまう。どのような理屈かは分からぬが、本当にこのような摩訶不思議な術を我が使えるのか少々不安になってきた。

 

「ええ、そうです。さて、まず布都にはこの結界を作ってもらいたいのですが、それには霊力を知ってもらわなくてはなりません」

 

「霊力、ですか?」

 

これまた前世で聞いた事のある単語だったが、現世では初めて聞いたので自然に見えるよう首を傾げる。東方だと霊撃なる言葉が使わる事はあったが、霊力はあっただろうか? とは言え、東方に関わらず他の作品で見たことはある。

 

「私達の使う物部神道は己の魂を奮起して作られる精神の力を利用して、術を生み出すものです。故にまずは魂を震わし、そしてそこから生まれた力を操作しなくてはなりません」

 

「むぅ、難解そうですのぉ…」

 

「神道を使えない者のほとんどはこの段階で躓きます。重石を乗せる訳では無いですが、布都がその中の一人に入らないよう願っています」

 

そう言われても、魂を震わせてうんたらかんたらの説明で、はいそうですかこういうことですねとなる訳もない。軽く目を瞑って己の魂なるものを高めようとするが、そんな簡単に魂に関与できたら今頃この世界は異能の者で溢れ返っているであろう。

 

「……母上、コツなどはないのですか?」

 

「流石の物部氏の天才児もいきなりは無理みたいですね」

 

「あ、当たり前です。我とて何でもできる訳ではございませぬ」

 

少しからかい口調の母上に思わずムッとしてしまい、我の表情は仏頂面に変わってしまったようだ。それが微笑ましく思われたのか母上は口元を緩めがら、よしよしと優しい声で宥めてくる。仮にも前世の記憶があるのだが、不思議と母上の声が心地よく、ついつい我の強張った頬も緩む。

神子様の件と言い、我は少々チョロくないであろうか? いや、そんなことは断じてないはず。我は自分にも他人にも厳しい、天下の物部氏の天才児、物部布都じゃ。そんな我がチョロいなど、断じてない。

 

「ふふっ、そうですね。コツかどうかは分かりませんが、強いて言うならば一度心を無にし、自らの中に眠るものの感覚を掴む事かしら」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「それと一応結界までの過程を教えておきます。一通りの流れを知っておいた方が少しはやりやすいでしょう。まずは自分の中で霊力を生み出す」

 

母上は目を閉じてゆっくりと呟く。我もそれに習って目を閉じて霊力を生み出そうとするが、当然それらしき力が現れる事がなかったので、大人しく瞼を開いて母上の姿を目に焼き付けておくことにした。

 

「ゆっくりと体内の霊力を一つに纏め、結界を想像します。結界にも沢山の形や大きさがあります。ですから守りたいもの、今ならこの箱を頭に浮かばせる。次に形状、大きさ、強度を一つずつ頭の中で作り上げていく。そして頭の中で結界が完成したら、霊力を放出する。そうすればほら」

 

「おおー!」

 

母上の合図に合わせて手元にあった箱を包む結界の外側に、更にもう一つドーム状の結界が張られていた。今度は手の平で触れてみたが結果は同じく、軽くバチッと音を立て弾かれた。

改めて一から順に説明して貰ったら、結構細かいプロセスがあり少しホッとした。結界を作るのも抽象的な方法だと思うとやる気が削がれるが、存外具体的なプロセスがそこにはあった。もっとも、根本的な霊力を生み出すのと霊力を放出することは合いも変わらず曖昧であるが。

 

「まずはここまでが目標です」

 

「はい!ところでこの結界を作るまで、母上や他の神道使いの方はどのくらいの時間を要しました?」

 

「そうですね。私は二カ月、他の方は一週間、一か月、半年、一年と人によりけりです。まあ一カ月はともかく、一週間は嘘でしょうね。その方は私よりも霊力が弱いですし、結界も下手ですから。ふふふ」

 

「おっ、おぉ…」

 

どこか母上の笑みが不気味に感じたので、あえてそれ以上追及しなかった。温厚な母上にもライバルが存在することに少々驚きながらも、結局はその人の才能次第という事実を伝えられ、どこか不安な気持ちになった。傍から見れば天才物部布都かもしれんが、実際は前世の記憶があるからそう見えるだけだ。まあ弓に関しては自分でも威張れる才を持っていると自負しておるが。

 

「私は一日中座りながら己の魂を探しましたが、あくまで私はです。中には食事中や入浴中に自らの魂を見つけた者もいるそうですので、布都も自らに合った方法で考えればよいと思いますよ」

 

「分かりました。少々不安もありますが、我は必ず母上の前に強大な結界をお見せしましょうぞ」

 

「期待しています」

 





おかげさまで沢山の方に感想を頂いているのですが、皆さん神子の事を神子様と様付けしてくれるのが特に嬉しかったりします(信者感)
昔は太子様と呼んでいましたが、最近は神子様派です。豊聡耳神子って名前カッコいいですよね。

そんな信者の私ですが、一番好きな名前は四季映姫で、一番オシャレに感じる名前は十六夜咲夜です。咲夜さんの名前が全世界ムーンストレッチとかにならなくてよかった。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。