東方物部録   作:COM7M

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思考スパイラル

 

神道の第一歩、結界について教えてもらって早一週間が経過した。毎日一日中座禅をして集中し、己が魂とやらを探しているのだが、これと言った進展がなかった。仏教の修行法である座禅をして考えるのか駄目なのかとも思ったが、他にもいろんな体制をしながら思案していたので関係ないであろう。

そもそも最初の段階が曖昧すぎるのだ。何が己の魂を見つけるだと、母上に怒鳴るのは見当違いにも程があるであろう。元よりここまで来るのに一年に時間を費やしてきたのだ。余り気を詰めずに気楽にのんびりやろうと心に決めたのだが、それでも気になるものは気になる。可能であれば当然短い期間で突破したいのは誰でも一緒だろう。

 

「むぅ…、難しいのぅ…」

 

「布都様、神道の練習でございますか?」

 

ボーと庭を眺めながらポツリと呟くと、視界にいつも世話になっている召使の女が入ってきた。この家に仕えている彼女も神道については一般人より詳しいようで、我が考えていることが分かったらしい。

余り他人と関わらずに一人で集中していたかったが、普段世話になっている彼女に対する礼として小さくコクンと首を縦に振ると、彼女はなにやら納得した表情になる。

 

「実はですね、私も昔布都様と同じ練習をしたことがあります」

 

「ほぅ?」

 

途端、自分でも分かる程の早さで召使の女の話に興味が湧いた。

 

「神道が使える者の方が羽振りも圧倒的に良かったので、何とか術を使おうと色々と試してみましたが、結果はご覧の通りです。そもそも物部氏の血を継いでいない私が出来る訳もなかったのですが、ごく稀に血筋に関係なく神道を操れるものがいるのでそこに賭けたのです。今の生活に不満がある訳では無いですが、思い出した時に今でも時折神道を使えないかと陰ながらやっています。私のしがない身の上話はここまでにします。お伝えしたいのは私の長年の経験からするに、深く考えすぎても時間が掛かるだけかもしれません。ここ一週間、布都様は考え込んでいられます。ここは一度、以前の生活に戻すのも手かと思います。出過ぎたことを申し、すいません」

 

「よい、気にするな。おぬしの言う通り、我は少し考えすぎてしまったのかもしれん。ここはまた体でも動かそうぞ」

 

そうじゃ、先程も自分でも詰め込み過ぎはよくないと思っていたところではないか。

その事を改めて教えてくれた召使に礼を言うと、我は早速靴を履いて庭へと跳んだ。彼女はニコリと微笑むと、仕事があるとの事で家に入って行った。

いつも通りの生活、それをしていく中で霊力を見つけていくのが精神的にも肉体的にも一番良い方法であろう。ならばいつも通り準備体操をし、走り込みをして汗を流していくのが良いだろうと、我は一週間ぶりの走り込みを開始した。

 

走り込みを終えたのにだいたい一時間近く掛かる。走るスピードは徐々に上がっているが、周回数が多くなると必要な時間が伸びるのは当然であろう。一回での周回数が増えた為、最近では走り込みの回数は一日二回に減らした。そうせんと体力もだが、一日が鍛錬だけで終わってしまう。

 

「はっ…、はっ…」

 

自分に合った呼吸のペースに合わせて足を進める。グルグルと敷地内を走りながらも、考えるのはやはり霊力の事。不思議と体を動かしている時の方が集中力が高まっており、答えは見つからないもののそれが逆に清々しく感じられた。

走り込みを終え、自分で汲んできた井戸水を飲みながら大の字になって空に浮かぶ太陽を眺める事十分。呼吸も落ち着いてきたところで次は剣の練習だ。早速二本の木製の剣を手に取って、門の前で立っている二人の男へと向かう。

 

「おーい、そこの門番!我と勝負だ!」

 

我がビシッと指を指しながら大声を上げると、二人の門番がほぼ同時に振り返る。その内の一人、指を指した方の男が返事をした。

 

「おっ、久しぶりですね布都様」

 

「聞いて下さいよ布都様。こいつここ最近神道の鍛錬に布都様を取られた所為で落ち込んでいたんですよ」

 

「お、おい!それは内緒だと言っただろ!」

 

からかわれた門番はどうやら末っ子の様で、召使の女曰く我の事を妹の様に思ってくれているそうな。だからか剣の手合せを渋る事無く手合せしてくれる。因みにもう片方の男が、弓の練習を手伝ってくれる男だ。

それとこれは余談になるが、まだ剣が発展していないこのご時世、基本的に農民階級の者が使う武器は槍であった。しかしこの十市軍は武器倉が多くあり、この男の家はその内の一つである為に剣を持っている。商人階級の彼がわざわざ警備の仕事しているのは、一つは彼が末っ子故に店を継げなかったのと、単純に武器を作るよりも振るった方が性に合うからだそうだ。

慌てる男の姿が絵に書いた様で笑みがこぼれた。

 

「ハッハッハ!そうかそうか、すまんかったのう。こう見えて結構悩んでおったのじゃ。しかし深く考えるのは性に合わん!いつも通り手合せ願うぞ」

 

「畏まりました。じゃあ俺の分までよろしくな」

 

普段は一日中門の前で立っているだけの仕事であるが、この時は我の名の元、雇い主公認で休むことが出来る。休むと言っても我の鍛錬の相手なのだが、六歳児の相手なら休憩も同然だろう。自分で言って少し悲しくなるが、実際彼との実力差はまだまだ大きい。

嬉しそうに持ち場を離れる男に対し、もう片方の弓の男はわざとらしく落胆する。

 

「ったく、剣が強いお前が羨ましいぜ。俺はもう布都様の弓の練習に付き合えないかもしれないっていうのに」

 

「なんじゃ、我の練習に付き合いたいのなら構わんぞ」

 

「ハハッ、手加減してくれるのならお願いします」

 

「なら無理じゃな。我は誰であろうと容赦はせんぞ~」

 

「くぅ~、手厳しいです」

 

以前は身分の格差により召使の者達とは大きな壁を感じていたが、いつからか気楽に話し合えるようになった。当然どんなに壁が薄くなろうとこの時代の身分の差は大きく、彼等が我に対して無礼な行為をしたり溜口で話すのは許されないが、それでも他所と比べたら仲の良い方であろう。

 

家の庭は門を潜ってすぐのところは広場になっており、いつもここで鍛錬をしている。我は手に持った大人向けの長さの剣を男へと投げる。見事キャッチした男は一礼すると静かに剣を構えた。

一週間ぶりとは言えそれまでの四カ月間は毎日やっていたので、一々細かな挨拶やルール確認などはしない。我も静かに一礼すると、ゆっくりと子供向けの短い剣を構える。

 

「行くぞ!」

 

掛け声と共に剣を前に出して男へと飛びかかった。日頃走り込みをしているお陰か、それとも生まれながらのものなのか、この体は非常に瞬発力が高く身軽に動くことができた。毎度同じ手でありながら、男はいつも一瞬驚いたように目を開きつつ、突き出された剣を受け流す。カンと木がぶつかり合う音と共に剣を持った手が大きく横へずらされてしまい、右手がばんざいの状態になる。どんなに男が手加減してくれようとも筋力の差は大きく、突きを受け流された我には大きな隙が生まれてしまう。打ち合いを初めてしばらくはこの時生まれる隙を狙われて終わるワンパターンのものであったが、最近は違った。男が剣を我の方へ振る前に、本来なら初動の硬直で固まっている体の重心をずらして半ば無理やりに動かす。重心がずれるに従い自然と足も動き、傍から見れば地面に倒れているように見えるだろう。だが当然打ち合いの途中でそのような致命的な隙を見せる訳も無く、倒れている方の足で体を支え、その力を利用して更に男へと襲い掛かる。

 

「ハァッ!」

 

また再びカンと音が響く。今の一連の流れはかなり短い間に行われた出来事なのだが、男の足が後ろへ下がる事はなかった。

一度間合いを取る為に後方へと跳んで体制を整え、またすぐに跳びかかる。今度は横切りを繰り出したのだが、男はそれに合わせて剣を垂直にして防ぎ、素早い腕と手首の動きを利用してすぐさま我に切りかかってきた。

 

「くうっ!」

 

「流石ですね布都様。ですがまだまだ力の入れ過ぎで動きが硬いです!」

 

男は途端に振り下ろした剣に込めた力を抜き、スルッと剣を滑らせた。力み過ぎていた我の体は男の方へバランスを崩し、地面に激突しそうになった。慌てて受け身を取ろうとしたがその心配は無駄だったようで、男が我を抱きかかえてくれた。ルール上体に剣を当てれば勝ちになる。我の体に剣が当たった訳では無いが、この時点で我の負けは決まっていた。

 

「大丈夫ですか布都様?」

 

「うむ、助かったぞ。しかし、なかなかどうして素早い足捌きというのは難しいのぅ…」

 

「当然ですよ。俺も沢山の剣士を見た訳じゃありませんが、少なくとも布都様の様に動く者はいませんでしたし」

 

先程の戦い方で分かるかもしれんが、我の戦い方は俊敏に動く速さを利用するものを理想としていた。と言うのも、実際に原作の物部布都の細かい身長を知っている訳では無いが、ネット上ではロリ扱いしている輩もおったし、栄養が偏っているこの時代では140半ばにいかぬかもしれん。そう考えた場合、成長したあとも男性と剣を交える事があるのなら、やはり六歳の今と同じく体格による絶対的な差が生まれてしまう。

ならばどうするか。無論剣を交える前に弓で倒すのが一番現実的かつ安全な策だが、あくまで前提として既に剣を交えている状態の話だ。そうなるとやはり剣技で相手の上を行く事が端的かつ理想な答えであるが、まだ流派が存在しないこの時代で素人の我が剣技を磨くのは困難だと考えた。ならば剣技では無く、素早く小さい体を動かして相手を翻弄する戦いはどうであろうかと考えて今に至る。幸いと言うべきか反射神経や動体視力はかなり良い方で、自己評価であるが戦闘スタイルは我に合っていると思う。現に速さを意識した戦い方をしてからは、男は少しずつだが本気を出してきたそうな。

 

「俺も偉そうな事は言えませんが、やはり身軽な戦い方をするのなら、相手の攻撃を受けずに避ける事が大事だと思いますよ」

 

「避けるか…。またえらい難題が出たものじゃ」

 

前世で見た剣技を売りにした映画を思い出した。その映画は今までどこか冴えなかった日本のアクション映画のイメージを吹き飛ばすもので、作中では度々剣と剣を交えて戦っていた。その際に相手の剣を躱しつつ攻撃する場面が幾度も見られたが、実際に剣を始めればそれがいかに難しいかがよく分かる。難しいどころか、そもそも普通の人間に出来る代物ではない。

 

「ムムム…、考え込んでも仕方ない。とりあえずもう一回じゃ、もう一回頼むぞ!」

 

「はい、了解しました!」

 

結局一回では終わらず、気が付けば神道の事を忘れて一時間以上夢中になって剣をぶつけ合っていた。その間一度だけ男に一太刀浴びせることができ、いつもより気持ちよく剣の鍛錬を終える事ができた。その一太刀は男に言われた通り、素早く剣を避けてからのカウンターだった。剣を避けた時に生じる好機を付くことができたのだ。

しかしそれは男の横への一閃が、我が僅かながら膝を下げていた為に空振りになったという、子供であるが故に生じた偶然であった。いくら背丈が期待できぬこの体でも今よりはずっと大きく成長する筈なので、今回の様な躱し方は期待できぬ。

などと少し自分に厳しい意見を持っておったが、回避からのカウンターの実践的価値を知る事ができたので非常に満足だった。あの無防備になった胴体へ浴びせた一太刀の感覚は、一度クールダウンした今でも鮮明に残っている。

 

「では私はそろそろ持ち場に戻ります」

 

「仕事中すまんかったの。また今度もよろしく頼む」

 

「俺でよければいつでもお相手しますよ」

 

男は我の隣に木の剣を置き、持ち場へ戻って行った。

周りに人がいないのを確認するとふぅ…と溜息を吐く。神道に続き、また新たな難題が増えてしまい、どう対処するべきかを考え始めた。結局は我の努力次第なのだが、それでも頭で考えてこその人間だ。深く複雑に物事を考えられる脳を持ったからこそ人間は強いのじゃ。

思考が脱線しかけたので修正をしようか。さてさて、では改めて相手の攻撃の対象方法だが、いかに相手の攻撃を見切るかが重要となるであろうが、その後の躱す動作も大事だ。いかに素早く確実に、そして相手に悟られない方法で避けるかが大事だと思う。そうなるとただしゃがんで躱すだけではなく、体を反転させたり、時には空へ跳んで回避したりできれば相手は震撼するであろう。だが前者はともかく後者は普通の人間に出来る事ではなく、聖白蓮の様に何らかの方法で肉体強化でもしない限り人の身である限りは不可能な芸当だ。そうなると結局頼れるのは神道(異能の力)だったりする訳で。

神道、思考、鍛錬、思考、神道、思考の順にグルグルと同じ道を何度も繰り返す。この負のループは前世でやっていた某ハンティングゲームにどこか近い気がする。そのゲームは武器や防具を強化してより強いモンスターと戦うのだが、その武器と防具を作るには強いモンスターの素材が必要になる。その素材を手に入れる為に武器や防具を強くする必要になるが、そもそもの目的は強いモンスターを倒すためと、ループ状態に陥る時があった。解決策としては自分の腕を上げる事かコツコツ装備を鍛えていくことだが、それには多かれ少なかれ時間が必要になる。今の我はまさにその状態だ。

 

駄目じゃ。せっかく深く考えない方がよいと召使に言われたばかりだと言うのに、また思考の輪に入っておる。しかし考えるなと言われて考えを止められる程器用ではない。このままだと今後の鍛錬だけではなく頭の中でもループ状態に陥ってしまう可能性があるので、とりあえず声を出して他の事に集中することにした。

 

「震えろ~我の魂よ~。ふ~る~え~ろ~」

 

軽く喉を震わせると、声がビブラートモドキになって庭に響く。だがそれで我の魂が響くことは無く、また今までの思考の渦からも脱出できなかったので、何度か同じ言葉を繰り返す。それでも駄目なので今度は体をメトロノームのように一定間隔で左右に揺らしていき、呪術の如くひたすら震えろと繰り返す。第三者が今の我を見ているのなら、その瞳には気怠そうに同じ言葉を繰り返して体を揺らす豪族の少女と、面妖な光景が映っているであろう。

自分がいかにアホな事をしているか自覚はあるが、構わずに暫くの間体を揺らし続けた。

歌と呼べるのか定かではない声が庭に響いてから暫く。意味不明な行動の成果か目的の一つだった思考停止状態になる事ができ、ただ歌うだけの人形となっていた。

そんな時、我の名を呼ぶ心地よい声が耳に届いた。

 

「随分と愉快な歌ですね布都」

 

「えっ?」

 

一瞬無意識下で彼女を求めていた為の幻聴かと疑った。少年の様にも少女の様にも聞こえる中性的な、凛々しくも優しさの籠った声。前世を含め、さほど声の良し悪しを意識しなかった我だがこの大好きな声だけは聞き間違える筈はない。

一秒にも満たない速さで振り返ると、そこには我が最も慕っている神子様の姿があった。

 

 

 





思考スパイラル…もうちょっとオシャレな言い回し無いんですかねぇ(呆れ)

皇居を出てまた物部家に戻りましたが、やはり神子様がいないと物足りないです。
ほのぼの(グダグダ)と話が続いているこの小説ですが、飛鳥時代はそこまで伸ばさない予定です。飛ばす時は飛ばします。


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