やはり比企谷八幡は捻くれている。   作:秋乃樹涼悟

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遅くなってしまいすみません。



本物にも色々ある。

とある日、いつものように面接練習を終え、読んでいたラノベの新刊が出たことを思い出しながら駐輪場へと向かっていたときのこと。

ケータイが鳴りマナーモードをし忘れたのか、ピロリンと小さく響いた。

面接中に鳴らなくてよかったと安堵しメールを確認する。

 

8月7日 一色いろは

用件:今日暇ですよね?

『せんぱいお疲れ様です☆

突然なんですけど今日暇ですか?暇ですよね?w

これから可愛い可愛い後輩のお買い物に付き合って欲しいんです( ^ω^ )

16時に千葉駅で待ってます^_−☆

 

☆追伸☆

メール見てなかった〜とか無しですよ(^^)

小町ちゃんにも既にせんぱいとお買い物行くって言ってあるので。

でわでわまた後で(≧∇≦)』

 

たった1通のメールで逃げ道を潰されあざとい後輩の荷物持ち決定になってしまった。

しかも小町にそれを言ってあるって…

もし家に帰って見なかった事にしてもどのみち小町に家から追い出されるだろう。

 

とりあえず制服のままではあまりうろちょろするのもアレなので家へと向かう。

 

照りつく太陽は頭の真上で、夏の暑さが全身に刺さった。

 

 

 

 

待ち合わせの場所で一色を待つ。

服装は我が妹の完全コーデである。

飲み終えたMAXコーヒーの缶は既に空っぽで、2本目を買おうかと思った頃に一色は来た。

時間を見ると約束の5分ほど前だった。

 

そして一色はメガネであった。

前の黒縁メガネとはまた違うもので、どこか文学少女のような雰囲気だ。

 

「せんぱ〜い。待たせちゃいましたか?」

「いや、別に待ってはないな。約束の時間よりは早いし、この場合待つのは時間を過ぎてからだろう。だがその第一声がなんかあざとい」

 

せんぱ〜いってなんだよ。なんか恥ずかしいだろ。

 

「せんぱい、そこは普通に『いや、待ってないよ』でいいじゃないですかぁ?これだから捻くれぼっちのせんぱいは」

 

俺への不満を漏らしながらメガネを左手で上げた。

その仕草は自然で、かけ慣れているように見えた。

前よりも一色のメガネ度が上がっている。

 

「でわでわ行きましょう、せんぱい」

「そうだな。さっさと買い物終わらせて、家帰って本でも読みたいし」

 

まあ実際は本を読んでいる暇はあまりない。

具体的な目標と、その為に必要なものを身につけなければならない。

かと言って勉強漬けなわけではない。

 

真面目にやったって大抵うまくいかないし、俺みたいな奴がやったってすぐに飽きてしまうだろう。

人間、適度にサボらないといけないと俺は思う。

 

真面目な人には悪いが、真面目に生きてもいいことは少ない。むしろ貧乏くじを引かされるまである。

 

まあ俺の場合、大体が無条件で貧乏くじを引くのだが。

 

「なあ一色、買い物なら戸部でも良かったんじゃないか?」

 

貧乏くじなら全部戸部に引いてほしい。

いい奴なんだけどな。

 

「ほら、戸部先輩って部活とか忙しそうじゃないですかぁ?」

「俺も戸部も受験生なんだけどな」

 

サッカー部はまだ引退していないのか、夏休み中部着姿の葉山や戸部を見かける。

色々大変そうである。

 

「ほら、行きますよ。せんぱい」

そう言って一色は俺の手を強引に引っ張って歩き出した。

 

不意に一色の髪から甘い香りがした。それはビターなチョコレートと、甘いコーヒーのようなにおいだった。

 

 

最初に入ったのは女の子が好きそうな服が揃っているお店だった。早くもお家に帰りたくなった。

 

「…せんぱいはどんなのが好きなのかなぁ…」

「葉山ならなんでも褒めてくれそうだけどな」

「そうですねー、葉山先輩ならちゃんと褒めてくれそうですよねー」

 

メガネ越しにジト目で俺を見る一色。

なんだよ、もっと私を褒めて下さいってか?嫌だよ恥ずかしい。

 

「…はぁぁ。まあいいです。次のお店行きましょ」

 

なんだか一色が小町に見えてきた。

 

 

 

次に入ったのはちょっとオシャレな雑貨屋だった。

ダイソ○のような雰囲気は一切なく、明らかにワンランク上な品揃えである。

猫のデザインのされたブックカバーがニ千円。

こんなものを買うのは猫ノ下さんくらいのものである。

まあ猫ノ下さんにプレゼントする機会でもあればこれにしようとは思う。機会があれば、の話だが。

 

「せんぱいせんぱい、このシャーペン可愛くないですか?」

 

一色が手に持っているのは犬と猫の顔がデザインされたシャーペンだった。

犬と猫、というだけで由比ヶ浜と雪ノ下が頭の中に浮かぶ。

 

「いいなそれ。由比ヶ浜と雪ノ下にお揃いであげたら喜びそうで」

「…せんぱい、女の子とのデート中に他の女の子の話をするのはいろは的にポイント低いです」

 

今度はメガネ越しに一色に睨まれてしまった。

この気持ちは何だろう。なんか複雑。

なぜか俺の中に喜びを感じる。おそらくこれは一色に睨まれてしまったからではなく、メガネの一色に睨まれてしまったからだろう。

俺も大分変態だな。

 

というか小町にも似たようなことを言われた気がする。

 

「今は私とデートしてるんですから、私のことを考えていて下さい。ほら、試しに私を褒めてみて下さい」

 

デートしているというよりかはただの荷物持ちだろ。

 

「…褒めないといけないのか?」

「こんな私ですから褒めるところはたくさんあるじゃないですか?」

 

ほら、私って可愛いじゃないですかぁ?

 

そう聞こえる。いやまあ可愛いけどね。

俺が一色を褒めるところなんてひとつしかない。

 

「…まああれだな。メガネが似合ってて、いいと思うぞ。黒縁のときも良かったが…」

「……ありがとうございます」

 

目を逸らし両手でメガネの両サイドを上げる一色。

頬はほんのり赤くなっている。

 

いやお前が照れるなよ、こっちまで恥ずかしくなっちゃうだろうが。

褒めろと言われて褒めたらこれである。

案外こういうのも理不尽な気がする。特に悪い意味ではない。

 

不意に一色のケータイが鳴った。どうやらラインらしい。

それに返事するとすぐに一色はケータイをしまった。

 

「私お会計してきますね」

 

そう言った一色は先ほどのシャーペンと、ちょっと高級感のあるメモ帳とボールペンを買っていた。

一色が使う、にしては堅いイメージだが、生徒会長である一色にならむしろ合っていると思った。

 

 

 

「せんぱい、帰る前にクレープ食べて行きませんか?」

 

日が暮れかかっている頃、一色を送るため駅まで歩いているとキャンピングカーのようなクレープ屋があった。

 

クレープ屋を指差しながら俺を見る一色。

目はレンズ越しでも輝いているのがわかる。

 

一色のたまに出る女の子なところが可愛いと思う。

普段はただあざといだけなのだが…

 

「たまにはいいかもな」

「やった!せんぱい、早く行きましょ」

 

一色は俺の手を引っ張りクレープ屋まで走った。

握られた手は暖かった。

 

「お兄さん、クレープ下さいな♪」

 

一色って、クレープそんなに好きなのか?浮かれ過ぎだろ。

なんか子供っぽくなってる気がする。

 

「お、いいね〜カップルでご来店かぁ。青春だね〜」

「そんなんですよぉ〜」

「いや、一色嘘つくな。別に付き合ってないだろ」

 

なぜそこでそれを肯定するのかわからん。

むしろ普通は勢いよく否定すると思うのだが。

 

「そうか、カップルじゃないのか。じゃあ君たちがカップルになることを祈ってお兄さんはサービスしちゃおう」

 

なんでそうなる…

 

「ありがとうございま〜す」

 

だからなんで一色はそれに乗っかるんだよ…

 

もしかして全てが計算⁈サービスしてもらうがためか⁉︎

一色怖い。もとい女の子怖い。

 

俺と一色はクレープを買い、食べながら駅へと歩く。

不意に隣から視線を感じた。デジャブ。

隣を見ると一色が食べたそうに俺のクレープを見ている。

やっぱ一色と同じやつ買えばよかった…

 

「…味見するか?」

「はい!」

 

一色は即答すると同時に俺のクレープにかぶりついた。

 

「せんぱいのも美味しいですね。コーヒーの苦味と甘さがいい感じです。コーヒーの香りもいいですね」

 

いつから一色はグルメレポーターになったのだろうか。

そしてこの幸せそうな顔。

 

「せんぱいもどうぞ」

「いや、俺は遠慮しとく」

「間接キスでも気にしてるんですかぁ?いいじゃないですか、私と間接キスできるんですから」

 

よく自分で言っていて恥ずかしくないよな…

俺だったら死にたいほど恥ずかしいんですけど。

 

「…それとも、本物欲しいですか?」

 

そう言った一色は俺に一歩近づき顔を近づけてくる。

一色の、綺麗な目と唇に意識がいく。吸い込まれそうだ。

 

心臓の音の感覚が速くなるのがわかる。

理性の壁が崩壊しそうになる。

一色の唇との間は近づく一方だ。

 

「…一色、からかうな。行くぞ」

辛うじて残った理性でなんとかなった。

俺は一色から目を逸らし頭を撫でた。

 

その後一色は喋らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『いろは先輩、どうでした?』

「やっぱりだめだった」

『そうでしたか。まあまた明日頑張りましょう。明日はみんな呼んでありますけどね』

「そうだね。…じゃあ明日、学校で。ありがとね、小町ちゃん」

 

 

 

 

 

 




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