この作品は短編集ですので、細かい設定上の矛盾などには目を瞑っていただけると助かります。
感想、アドバイス等は常に募集しております。
隣のアイドル
眼を見張るような黒髪に、息を呑むようなスタイル。
加えて、整った顔立ちに無愛想な表情。
単純に美しいと思った。
それが彼女の第一印象だった。
× × ×
転校生という名目で俺たちのクラスに紹介された少女は、気怠げに、機械的に、自己紹介をした。
「渋谷凛。よろしくね」
たったそれだけ。
たった二言だけで、自己紹介は終わった。
全く紹介になっていないんですけど、それ。
かくいう俺も2年になって最初のクラスでの自己紹介は同じような感じであった。
けれども、俺がやった時と、彼女の時の反応はまるで違う。
俺の場合は、根暗なつまんないやつ。という評価がくだされ、彼女の場合は、クールだとか孤高といった評価になる。
実に不愉快極まりない。なにが不愉快って、それが全然間違ってないから非常に不愉快なのである。
世間の見る目は正しいようだ…。
紹介が終わると、平塚先生と目が合った。
いや、合ってしまったというべきであろうか。
先生の口角はニヤリと上がっていき、三日月の形を形成したところで、口が開かれる。
「廊下側の後ろの空いてるあそこに座ってくれたまえ。なに、困ったことがあれば隣の奴にでも頼ればいい」
こういう場合、隣の席の奴がお世話係というか、面倒をみることになるのは当然のことなのだろう。
まぁなんだ、隣になった奴はしっかり面倒見てやれよ。転校生はまだ右も左もわからないんだからさ。
……頑張ってね、俺。
荷物を持って俺の隣まで歩いてきたその少女は、俺の隣の椅子を引いて席に座る。
いやいや、あのアラサー教師なに考えてんだよ。なぜよりによって俺の隣を選んでしまったのか。
隣がいなくて内心踊るほど喜んだ数日前の席替えの時の俺の気持ちを返して!!
とにかく俺にお世話とか、面倒を見るとかは無理。
俺はお世話される側の人間なので、その逆はないです。はい。
チラリと視線を横に向けると、丁度目が合ってしまった。
さすがに気まずいので、即行で机に伏せて寝たふりの姿勢をとる。
これからは、積極的にこの寝たふりを使っていこう。
「…よろしくね」
「………ああ」
彼女には、俺の寝たふりが通用しないようです。
これが彼女との初めての会話だった。
朝のHRが終わると、例のごとく、彼女の周りには人が集まりだした。皆口々に言いたいこと、聞きたいことを喋るせいで、渋谷という彼女も困惑しているようであった。
それよりなにより、困惑しているのは俺であった。
僕の席の周りであんまりはしゃがないでね?すごい居場所なくなるから。いや、もともと居場所ないんだけどね…。
ともあれ、さすがにこの場所に居続けるのは精神的に疲れるので、わざと大きめの音を立てて椅子から立ち上がり、教室を後にする。
去り際に「なにあれ?うざくない?」とか聞こえたけど、多分空耳。
その後少し大きめの声で、由比ヶ浜がみんなを宥めているのが聞こえた。
ごめんね、ガハマさん。余計な心配かけちゃって。
行く場所も特にないので、自販機でマッ缶を買って壁にもたれ掛かりながら口に運ぶ。
ふっ、この暴力的な甘さがたまらねぇな。
飲み続けて糖尿病になりそうな飲み物ランキング栄えある第1位だからな。俺の中のランキングだけど。
まぁ、世の中苦いことばっかりだからコーヒーぐらいは甘くていい。
このキャッチコピー採用されねーかなー。
ほとんどが空になり、教室に戻ろうとしたとき、不意に声をかけられた。
「ねぇ、さっきありがとね」
振り返るとそこには、渋谷が立っていた。
先程よりか、幾らか柔らかい表情になっていた気がした。
「別に御礼を言われるようなことしてねーよ。後、授業始まるからもう戻れ」
追い払うかのごとく手を動かして、立ち去ることを強要する。けれど、彼女は不思議そうな顔をして首をかしげる。
「もう授業なら一緒に戻ったほうがいいじゃん」
「いや、ほら俺体調悪いから」
「じゃあ保健室連れてってあげる。あ、でも場所わかんないや」
なにこの子、ひょっとしてお馬鹿さんなのかな?
最初のクールのイメージは何処へいっちゃったの?
「いや、先戻れよ。色々とあんだよこっちにも」
「ふーん。でも私教室どこか分かんないよ?」
そういえば転校生は右も左もわからないものでしたね!もちろん教室の場所なんて覚えてるはずないか。
「しゃーねーな」と言いかけたところで、授業の始まりのチャイムが鳴った。
ちなみに1限の授業は現国。つまり教師は平塚先生である。ここまで、言えば後はわかるな?
遅刻したら鉄拳制裁が待っていること間違いなし。
必然的に俺のとる行動の選択肢は一つ。
「…さぼるか」
独り言のように呟いて、屋上へと足を向けた。
屋上へ行く途中で気付いたことがある。
後ろから女の人が付いてきてる。別にホラー的なことじゃなく、渋谷凛という女子が俺の後ろを付いてきているのだ。
「…なぁ、おまえだけでも教室戻れよ。多分おまえ1人なら許してもらえるぞ」
「おまえじゃない。凛」
「…で、おまえだけでも…」
「凛」
俺の言葉を遮って自分の名前を主張してくる。
おまえは、川なんとかさんの弟かよ。まぁアイツのおかげで、川なんとかさんの名字忘れないですむけどね?
いや、既に忘れちゃってますねぇ…。
「…渋谷だけでも戻ったほうがいいぞ」
一瞬逡巡するように思考した後、渋谷が口を開く。
「…まぁそれで許してあげる。アンタの名前は?」
「…比企谷だ。あと人の話はちゃんと聞け」
「名字じゃなくて、下の名前は?」
「…八幡だ。比企谷八幡」
「変わった名前だね」
「うるせぇほっとけ」
階段を登りながら話をする。
いや、この場合微妙に通じてないから話をしていることになるのか甚だ疑問ではあるが。
「で、なんだっけ?八幡」
「は、え、いや、なんで名前で呼んでんだよ」
急に名前で呼ばれたことに驚き、階段を踏み外しそうになったが、なんとか堪えて2段ほど下にいる渋谷を見る。
「別にいいでしょ?減るもんじゃないし」
「俺の精神力が減ってくんだよ…。それに、俺と一緒にいてもいいことなんもないからやめとけ」
「八幡、嫌われてるの?」
純粋な興味の目で見られるとなんとも返しに困るものである。
丁度少し前に、文化祭が終わったところだ。
俺の悪評はちょくちょく耳にする。
今のところ実害がないので、さして気にもしていないが恐らく現段階では中々の嫌われ者ではないだろうか。
「まぁそうだな。総武高校のいないものから、嫌われ者に進化した感じだ」
自信満々にそう答えると、渋谷は、クスッと笑みをこぼした。
「ふふっ。八幡ってなんかおもしろいね」
「…おまえも物好きだな」
最後の階段を登りきり、外へ繋がっている扉を開く。
そのまま陰になっているところへ行き、腰掛ける。
こうして、座ると文化祭のときのことが少し頭をよぎるが、さして気にすることでもないので、その記憶はそのままどこかへ捨て去った。
俺の座ったすぐ隣に渋谷が腰掛ける。
いやちょっと近いからね?あんまり近いとドキドキしちゃいますから。もっとぼっちのこと考えて!
渋谷が座った後に、人1人が座れるぐらいのスペースをとって、横に移動した。
「私ね、これでも一応アイドルなんだ」
彼女は雲ひとつない晴れた空を見ながら呟く。
「まぁまだ全然売れてないんだけどね」
「…アイドルねぇ……」
「あ、今ちょっとバカにした?」
「別にそんなんじゃねぇよ。…ただまぁ、なに、売れたらいいな」
「……ぷっ。似合わないね。そういうセリフ」
「…うるせぇよ」
ひとしきり笑い終えた渋谷は優しい笑顔でこちらに微笑む。
「でも、ありがとう」
そうやって素直に感謝を言葉にされると少し照れてしまう。彼女はきっと、思ったことは口にするタイプなのだろう。俺とはまるで真逆の人間なのかもしれない。
「…あ、でも学校のみんなには言わないでね。色々と面倒になりそうだし」
「安心しろ。俺にそーゆーの言う相手いないし、俺が言っても誰も信じない」
「じゃあ安心だ」
何故俺にだけそのことを教えたのか、いまいち理解できないけれど、そういって笑顔を向けてくれる彼女を見たらまぁいいかと思えてしまう。
なんだよ、そんないい表情もできんじゃねーかよ。
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