例えば、自分が相手に好意を寄せていると自覚したとき二人の関係は変化するのだろうか。きっとこれまでのただの仲良しでいることはできないのだろう。自然にもっと先を、その先へと手を伸ばしたくなってしまう。相手が望んでいないものまで自分が欲してしまう。恐らくそれは、ごく自然で当然の心理だ。好きなものはより知りたいし、手放したくない、独り占めしたいという気持ちになる。
だからこそ、これまで通りにはいかないんだ。きっとそれは友達でい続けるためには不必要で無用で余計な感情だから。
それなら俺は…。俺は一体どうすればいいのだろうか。
× × ×
昨日、奉仕部で聞いた答えが頭の中でぐるぐると延々に回り続けていた。彼女たちの示した答えに照らし合わせた結果、俺は彼女が、渋谷凛という少女が好きなのだと分かった。ここまではいい。だが、問題はここからだ。
自らの思いに気付いた俺は、これから一体どうすればいいのだろうか。
どうせならそこも含めて昨日聞いておけばよかったと思ったが、多分ここから先は他人の答え通りに動いていいものじゃない。自分で考えて、自分で行動しなければ意味がないんだと思う。
あれから、ずっと考えていた。
考える時間が多いのはぼっちの数少ない利点だ。こういうときだけは本当にぼっち最高!と思える。
だが、どれだけ考えたところで、具体的な答えは全く見えてこない。行き着く先はどれも曖昧模糊としており、解としては不完全すぎるものだ。考えては考え直してをただひたすらに繰り返していた。
考える時間が多いといっても限られていることには変わりはない。
今は、渋谷がアイドルとしての仕事が忙しく、学校に顔を出していないからいいが、次に会ったときに俺はきっと今まで通り接することができないだろう。
だからこそ、その時までに答えをしっかりと導き出さなければならない。
それが俺のためでもあいつのためでもあると思うから。
深い場所で考え事をしていた意識が覚醒すると、時刻がすでに昼休みになっていることに気付いた。考えることに没頭していたせいで時間の経過を感じることができなかったらしい。通りで腹が減っているわけだ。
腹が減っては戦はできぬという言葉もあることだし、まずは昼飯をとることにしよう。
鞄から財布を取出し購買へと向かおうと、教室を出たところで不意に声をかけられたような気がして後ろを振り向くと、平塚先生が立っていた。
「比企谷、少し待ちたまえ」
「どうかしたんですか?」
わざわざ声をかけられるようなことをしたかと自らの記憶を辿るが、どうやら全く覚えがないのないので、ごく自然になんの悪気もなく聞き返す。
すると平塚先生は、全く困ったやつだといわんばかりに大きなため息をついた。
「君は本当に困ったやつだな…。先ほどの授業が何の授業だったか覚えているか?」
「…いや、忘れました」
「だろうな。先ほどは私の授業だよ。私が君を指名しても待ったく反応しないから少し心配したぞ」
そういいながら平塚先生は俺の頭を小突いた。
「あぁ、それはすみませんでした」
「次回から気をつけるようにな」
「…はぁ。すみません。それじゃ」
特にそれ以上話すこともないので、話を切り上げて購買に向かって歩き出すと、なぜか平塚先生も一緒についてきていた。
なにこの人、ストーカーなの?俺の事大好きなの?
「…職員室はこっちじゃないですよ?」
「そんなことは、わかっている。…ただ君がとても悩んでいるように見えたからな。少し助言をしてやろうと思ってな」
そういって先生は俺の肩をポンと叩いた。それから俺の数歩前を歩き出す。自然と俺が付いていくという形になった。先生はこちらを向くことなくそのままの体制で歩きながら語り掛ける。
「何について悩み考えているのかは大体わかる。君たち二人を見ていれば何となく伝わってくるからな。きっと君が思っているほど問題自体は難しくないのだよ。大事なのは君がどうしたいかだ。望んではいけないことなどないんだ。君たちはまだ若い。お互いの気持ちは包み隠さず伝えるべきだと思うがね」
そこで一度区切ると、先生は振り返ってこちらを向き少し寂しそうな表情をした。
「…ただ、それは君にとっては難しいことなのかもしれないな。とにかく後悔のないような選択をしたまえ。今が全てではないが、今しかできないこともある。それを忘れないことだ」
「…うす」
もう一度、俺の肩をポンと叩いて先生は去っていった。
俺がどうしたいか、か…。
先生が立ち去った後で、先ほど言われたことを考えながら誰もいない廊下でただ一人立ち尽くした。
× × ×
結局あれから考え続けたが答えが見えないまま、放課後を迎えた。
困ったなー、どうっすかなこれ。と思いながら周りを見渡すと教室には俺以外誰もいない状態だった。
とりあえず教室にいてもしかたないから部活に顔出しとくか。
…いや、それもなんかだるいな。いっそのこと帰っちまうか。どうせ行ってもすることねーだろうし。
机の中に入っている荷物をカバンの中に入れて立ち上がる。
時計を見ると結構いい時間になっていて、夕日の朱色が教室内に差し込んでいてなんとも幻想的であった。
そんな景色に後ろ髪惹かれるような気持ちになりながら、教室の扉を開けようと手を掛けた瞬間、扉が勝手に開いた。
どうやらおれの知らぬ間に手動の扉が自動ドアにかわっていたようだ。でなければ、怪奇現象だろう。
まぁそのどちらでもないわけで。
なんならその二つのどちらかのほうが全然よかったのに。
「…っと。びっくりした」
言葉とは裏腹に落ち着いた様子で渋谷凛がそこに立っていた。
タイミングとしてはおおよそ最悪であり、この上ないほどの間の悪さで、今一番会いたくない人間に遭遇してしまった。
なのに、最悪で会いたくなかったはずなのに、会えたことに喜んでいる自分がいた。その瞬間に、ああやっぱり好きなんだなと再度自覚した。
「…どうした、こんな時間に」
「ライブの出演が決まったから、本格的に学校にこれなくなるから休学の手続きをしに来たの」
少し恥ずかしそうに、渋谷は言った。その表情からは、誇らしげで自信に溢れている様子がはっきりと読み取れた。
「…そうか。まぁ、なに、おめでとさん」
「うん。ありがと」
「で、なんでここに?」
「なんとなく…なんだけどね。八幡に会えるような気がしたから」
「ほーん」
「でもまさか本当に会えるとは思わなかった。私の勘も馬鹿にできないね」
「…だな」
テキトーに相槌を打って返答していると、袖をぐいっと引かれた。どうやらあまりにもテキトーすぎて怒ったらしく、顔にちゃんと話聞いてんの?と書いてあるようだった。
「ちゃんと聞いてるよ」
「ねぇ、久しぶりに会ったんだしちょっと話そうよ。八幡に聞いてもらいたいこと沢山あるんだ」
そういいながら渋谷は俺の席の椅子と自分の席の椅子を引いた。
なんとなくコイツが隣にいる感覚が懐かしくて、その感覚がしっくりきて、柄にもなく笑ってしまった。
× × ×
学校を休んでいる間何をしていたのかを渋谷は話してくれた。
島村卯月と本田未央と三人でユニットを組んだこと。少しの時間だがラジオに出演したこと。CDデビューが決まったこと。同じ事務所のアイドルのこと。事務員のこと。プロデューサーのこと。
他にもいろいろなことを楽しそうに話してくれた。
楽しそうに話をする姿は、今までのどんな時よりも魅力的でアイドルを精一杯楽しんでるんだなということが伝わった。
だから聞いてみたくなった。聞くまでもないことだけど、改めて問うた。
「なぁ渋谷、アイドル楽しいか?」
「正直大変だけど、それでも楽しいよ」
今までで一番の笑顔がそこにあった。
彼女は今、アイドルが楽しくてしかたないんだ。きっと大変なことも楽しめているのだから、いつかきっとトップアイドルになる日も来るのだろう。
俺が彼女に抱いている恋慕や好意はきっと彼女の邪魔にしかならないのだろう。
誰よりも好きな人だからこそ邪魔をしたくないし、枷になりたくない。
誰よりも好きだからこそ、一番の理解者でありたいし、応援したい。
彼女を好きだという気持ちは、きっと本物だ。
けれど、だからこそ、この気持ちは伝えるべきでないと思う。
自らの中に秘して隠して匿って。
そうやっていつか消えてなくなるまで心の中でひっそりと飼い続ける。
それでいいんだ。
俺がどうしたいか?
そんなもん決まってる。
好きなことを全力でやっている彼女を応援する。
隣にいれなくてもいい。傍にいれなくてもいい。
彼女が幸せそうに楽しめるならそれでいいんだ。
どうか彼女がいつまでも輝けますように。
柄にもなくそんなことを願いながら、彼女に別れを告げた。
了
更新遅くなって申し訳ないです。
4話目を書いてから随分日にちが経ってしまったものですから、いろいろとおかしなところがあるかもしれません。
誤字脱字等含めまして、おかしな部分がありましたら感想欄にてお願いいたします。
また、アドバイス等も募集しておりますので重ねてお願いいたします。