みくにゃんこと、前川みくは慌てて眼鏡を掛け直して、周囲を警戒するように首をグルングルン回した。どうやら周りに人がいないことを確認できて、少し落ち着いたようで呼吸を整えながら俺のほうへと向きなおった。
「ビックリさせないでほしいにゃ。というかなんでみくのこと知ってるのにゃ?確かにそこそこ有名ではあるけど」
若干誇らしげに胸を張りつつ、さりとて怪訝そうに尋ねる。
そんなに胸を張られると、その、すごく…素晴らしいです。なにがとは言いませんが。
胸に釘付けにされている視線を無理やり引き離し、彼女を改めて観察する。
よく見ると顔のパーツはきっちり整っており、肌もきめ細かく、色も普通の人と比べると綺麗なぐらい白い。端的に言えば美少女である。アイドルというのも納得の可愛さだろう。
「…え、無視?」
観察するのにあまりに夢中になってしまい、彼女の問いに答えるのをすっかり忘れていた。
「あぁすまん。昨日買った雑誌に載ってたからだな」
「てことは、みくのファンってことでいいのかにゃ?ふふん。サインと握手ぐらいならしてあげてもいいにゃ!」
この女、俺が自分目当てで雑誌を買ったとでも思っているのだろうか。だとしたら随分とおめでたい思考をしている。残念だったな、俺はやよいちゃんに惹かれただけだ。あと小町に引かれた。
しかも、もし俺がファンだったとしても態度がだいぶ上からである。アイドルってもっと媚び売ってるものなんじゃないか普通(偏見)こいつほんとにアイドルなのか…?
例え本物のアイドルだろうと偽物であろうと、別に彼女に対して特に感情もないので、必然的に握手もサインもいらない。それよりはやく帰りたいし。
「いや、結構です。じゃ、俺はこれで」
興味なさげにそう吐き捨て、前川の横を通りすぎる。
…通りすぎようとしたところで後ろから首元を引っ張られた。
「ぐえっ。……なんだよ」
「ちょっと待つにゃ!」
「いや、それは首元掴む前に言うべきセリフだろ」
「細かいことは気にしないの!そんなことより、折角みくがサービスしてあげるって言ってるのにそういう態度は失礼だと思うにゃ」
「いやいや、態度云々はブーメランだろ。あと別にサービスなんて頼んでないし、求めてもない。なんならファンでもないし、存在についても昨日初めて知ったレベルだ。さらに言えば詳しくは何にも知らない。ついでに知ろうとも思わない」
「…………」
少し言い過ぎてしまっただろうか。前川は口をパクパクさせながら呆然と立ち尽くしている。きっと彼女の人生でこんなこと言われたことはないんだろうなぁなどと考えながら、さながら屍のようになっている彼女の横を通りすぎる。さすがにもう俺の歩みを止めるような気力は残っていないらしく、今度こそ無事に通り過ぎることができた。
× × ×
中間試験が近いからというわけでもないが、帰宅した俺はリビングで教科書とノートを広げて勉強をしていた。別に数学の赤点が怖いから勉強をしているわけでもない。それは断じて違う。
そもそもうちの学校はテストの点数が悪かった生徒には特別な補修をすることはあれど、赤点をつけることは滅多にない。ソースは毎回補修に出ているけれど赤点をつけられたことがない俺と由比ヶ浜。恐らく卒業式では、その栄誉が称えられて、補修皆勤賞とかいう賞がもらえる。不名誉すぎるな…。
なので、今回も例のごとく数学は捨てる。というか既に捨てた(過去形)
再三口にしているように、受験には使わない科目だし、社会に出たらコンピューターがやるだろうと思われるので、そう考えるとますますやる気はでないし、やる気を出そうとする気概すらない。いっそのこと教科書ごと捨ててやろうか!などど考えながら休憩がてらコーヒーを淹れに台所に立つ。
インスタントのコーヒーの袋を開けてカップにぶち込みお湯を注ぐ。そこに牛さんが描かれた練乳をこれでもかというぐらいに絞り出す。あとは何回かかき混ぜれば比企谷家特性コーヒーの完成である。なお、飲むのは俺だけの模様。
コーヒーを淹れ終えて、リビングに戻ると先ほどまで俺が座っていた場所がカマクラに占拠されていた。不機嫌そうに俺を見上げるその表情は、まるで「お前の席ねーから!」と言ってるかのようである。
さすが我が家の猫だけあって憎たらしいな。俺より家族カーストが低かったら蹴とばしてどかしているところだったが、生憎俺のほうが立場的には下なのでおとなしくその場を譲った。猫に負けたとかではない。決して。ただ俺が愛猫家なだけ。
カマクラの隣に座ると、珍しく俺のほうに寄ってきて脚のうえに座った。いや、重いからね、君。
「どーした?遊んでほしいのか?」
頭をなでてやると嫌そうな表情で顔を背けた。なんと腹立たしい猫であるか。今に始まったことでもないけれど。
顔を背けたカマクラが一点を集中して見つめているので何かと思いそちらに目をやると、猫用の餌が入ってる袋が置いてあった。
「腹減ってただけかよ。本当にかわいくねーな」
渋々カマクラの名が書かれたエサ入れにキャットフードをいれて与えてやると、喜び勇んで食らいつきあっという間に全て平らげた。
食べ終わって満足したのか、リビングの扉をあけて颯爽とどこかに消えていった。
「本当にかわいくねー猫だな」
× × ×
中間試験と並行して行われるのが、職場見学である。我が校では基本的に毎年行われているので3年生になってもそれは変わりない。けれど、3年生ともなるとある程度進路については考えが決まってきているので行先については結構具体的なところまで要求することができる。といっても、うちは進学校なので大半が大学に進むのだが。
「ゆきのんはどこに行くか決めたの?」
「いいえ。まだ決めかねているところよ」
奉仕部でももっぱらの話題はその職場見学についてだ。これについては、奉仕部に限った話題でもなく、どこのだれでも話題にしているだろう。多分。ほかの人と会話しないから分からんけど。
「ヒッキーはどうするの?」
「自宅だな」
「即答!?」
大げさに驚く由比ヶ浜。と、その隣で頭痛でもするかのようにこめかみのあたりを抑える雪ノ下。
「あなたまだ専業主夫になるだなんて言っているのね…」
俺のモットーは初志貫徹なので。てへぺろ。
「まぁ実際は戸塚に任せる感じだな。俺は特に見たいとこないし。むしろ戸塚だけを見てたいまである」
「それはさすがにキモイし…」
雪ノ下と由比ヶ浜が呆れた顔をしてこちらを見てくるが、この状況にも慣れたものである。嫌な慣れだな。
紅茶が淹れられた湯呑を手に取って口に運ぼうとした時、奉仕部の扉がノックされた。
「どうぞ」
雪ノ下がいつものごとく声をかける。
まずノックした時点で、平塚先生でないことは明白、さらに騒がしくて暑苦しい空気も感じないので、材木座も除外。となると、戸塚か?戸塚だよな?戸塚しかいないよな?
「し、失礼しまーす」
俺の期待とは裏腹におどおどした様子で入ってきたのは女子だった。というか前川みくだった。昨日の今日でなんか気まずいので、とりあえず目線を合わせず顔を体ごと背けて知らん顔することにした。
「まぁとりあえず座んなよ」
手近にあった椅子を引っ張って由比ヶ浜が前川に勧める。
「あ、ありがとうございます」
「それでどのような要件かしら?前川さん」
おっかなびっくりに座った前川に紅茶を差し出しながら問いかける。
「実は、ちょっと人を探してて…」
「それなら生徒である私たちのところへ来るより教師に聞いたほうが早いのじゃないかしら」
「平塚先生に聞いたら、ここに行けって言われて…」
またあの独身アラサー教師の差し金か。これは嫌な予感がするぞ。あの人が絡むと大抵面倒なことになるんだよなぁ…。
雪ノ下も俺と同じようなことを考えたのか、小さくため息をつき再び前川のほうに向きなおる。
「そうね、では協力させてもらうわ」
「あたしも手伝う!」
「まずは、あなたの探しているという人について教えてちょうだい」
前川はうんうん唸りながら目を瞑って考えだし、やがて口を開いた。
「名前とかはちょっとわかんないんだけど…。身長は170センチくらいで、体系は細身かな?声はちょっと低めだったかなぁ…あと髪の毛がなんか跳ねてた」
「それだけでは当てはまる人数が多すぎるわね…」
3人が腕を組んだり唸りながらも当てはまる人物について考えている。
当然俺も奉仕部の一員なわけだから考えてはいる。完全によそ見して、前川に顔を見られないようにしてるけど。
しかし、その特徴よく知ってる気がするなぁ…。気のせいだよな?な?
すると、前川がなにかを思いついたかのように「あっ!」と声を上げた。
「あと、目がなんか特徴的だった!」
雪ノ下と由比ヶ浜が無言でこっちを睨んでくる。いや、待て、その特徴だけで俺と決めつけるのはいささか早急すぎやしませんかね…。
「ヒッキー…」
「比企谷君…」
「な、なんだよ」
「なーんか様子が変だと思ったんだよね…。ほら!ちゃんと前川さんのほう向いて!」
「はい、すみませんでした…」
おとなしく前川のほうに体ごと向き直り目線を合わせる。
なんとなく気まずくなり目をそらすが、一向に反応がない。ただの屍のようだ。
さすがに、心配になり声をかけようとすると、何度か瞬きした後に再起動し始めた。
「見つけたにゃあああ!!!」
どうやら見つかってしまったようだ。
更新遅くなって申し訳ないです。
4月の半ばくらいからは恐らく時間が取れるようになるので、なるべく早く更新したいと思います。
感想、アドバイス等あればお願いします。
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