英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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暗躍していた旧友

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は聞かせてもろうたで」

 

 ベルたち、自分の子供から事情を聞いたロキは、にこにこと笑いながらヒュアキントスの前に立った。笑顔ではあるが、その目は全く笑っていない。自分の子供が殴られたのだ。情の深い女神ならば、当然の反応である。自らの主神でないとは言え、神の怒りをその身に受けたヒュアキントスは、冷や汗が止まらなかった。

 

 その横で、騒動の原因の一つであるベル・クラネルを殴った団員は、平然としていた。『貴様のせいで!』と怒鳴りたい気分ではあったが、団員が何かをしでかした時、責任を取るのが団長の仕事だ。些事であれば部下に丸投げしたところで、誰も責めはしないだろうが、これは勅命を受けての行動中であり、団長であるヒュアキントスも同道していた最中のことだ。対応を他人任せにすることはできなかった。

 

「アポロンの命令で動いてたなら話は早いな。今すぐ、アポロンをここに連れてきてもらえんか?」

 

 自分たちの不始末のために主神を呼び出すなど冗談ではないが、オラリオにおいて神の言うことは絶対で、それは自分の主神でなくても同様だ。ヒュアキントスはすぐに、ホームへ使いを出した。

 

『ロキ・ファミリアとトラブル。神ロキは既にあらしまし。早急にご足労願う』

 

伝えたのはそれだけだったが、たったそれだけでどの程度の危機なのか理解してくれるだろう。

 

 伝令を出してしまえば、ヒュアキントスにはもうすることがない。人が減った食堂の中で、さりとて帰る訳にもいかず。神ロキが『白兎』の手当てをしているのを、複雑な感情で眺めながら待つこと、十分少々。

 

「やぁ、待たせたねロキ」

 

 ヒュアキントスたちの主神であるアポロンが、姿を現した。アポロン・ファミリアの面々は、団長であるヒュアキントスまで含めて、残らず膝をつく。太陽の神たる偉丈夫は、そんな自分の子供たちを見降ろしながら、悠然とロキの前に立つ。

 

 そうすると、神ロキの小柄さが目立った。勢力こそオラリオでも最大規模であるが、ロキ本人にそれほど威圧感というものはない。豊満な体つきをした女神が多い中で、ロキはまさに少年のように華奢である。その点、真逆の容姿をしている女神フレイヤと良く対比されるのだが、ロキ本神はそれを特に気にしていた。

 

 では犬猿の仲かと言えば、これがそうでもない。対立こそしている。率いる組織のため、子供のため、隙あらば相手の寝首を掻こうと影日向に戦いを続けているが、そういうものと離れると、二神の仲はそう悪いものではなかった。オラリオ七不思議の一つである。

 

「いやぁ、そんなに待っとらへんよ。足運んでもろうて悪いなぁ」

 

 にこにこと、人好きのする笑みを浮かべたロキであるが、その糸目はちっとも笑っていない。どういう事情であれ、子供が一方的に殴られた現場に居合わせたのだ。ここが親の貫禄の見せどころとばかりに、ロキは土足大股でアポロン・ファミリアに切り込んでいく。

 

「で、うちの子が貴様んとこの子供に殴られた訳なんやけども、どう落とし前つけてくれるん? しかもなんや、聞けばこいつら貴様の命令で動いとったそうやないか」

 

 せやからお前の責任も重大やな、という言外の言葉に、アポロンは涼しい笑みを浮かべて応えた。

 

「そこの小さな彼女が先に、僕の子供に『おいた』をしたんだ。落とし前ということであれば、こっちの方が先だと思うんだけどね」

「せやな。それは別に間違っとらん。正直うちも、盗人がどうなろうと知ったこっちゃないんやけどな……その過程でうちの子供に手を挙げたんなら、話は別や。こっから先はうちが仕切る。そっちには引いてもらおか」

 

 最大ファミリアらしい大上段からの物言いであるが、それなりに筋は通っている。『戦争遊戯』にまで発展して白黒つけることは、弱いファミリアの方からすれば避けたい事態だ。別に叩き潰してしまっても構わないロキ・ファミリアからすれば、これでも譲歩していると言えるだろう。そこに至る事情はともかくとして、子供が殴られたことに対する対処としても、穏便であると言える。

 

 リリルカ・アーデを債権としてみた場合、ロキはそれを放棄しろと言っている。それも冒険者個人としてみれば決して安い金額ではないが、ファミリア全体として見れば微々たるものだ。これを放棄したところで金銭的な痛手はないし、元よりない袖は振れぬと私刑にかけようとしていたところである。ロキ・ファミリアに屈する形とはいえ、それを避けることになるのだからファミリアの面子も幾分保たれることだろう。

 

 だが、その債権の放棄が簡単でないことはヒュアキントスもよく理解していた。ロキの言い分が通ればリリルカはそのまま当局に引き渡され、公式に裁判を受けて順当にいけば冒険者としての身分を剥奪され、オラリオを去るだろう。

 

 リリルカが盗みを働いたのはアポロン・ファミリアだけではないと聞いている。私刑にかけようと思っていた連中も他にあるだろうが、ロキ・ファミリアから『債権としてのリリルカを放棄せよ』と圧力をかけられたのは、現時点ではアポロン・ファミリアだけで、おそらくこれからも増えることはない。

 

 つまるところ、リリルカ・アーデに何かあれば、そのツケをアポロン・ファミリアが支払わされる可能性が高いのだ。大手には大手の、中堅には中堅の競争がある。アポロン・ファミリアの権威失墜を狙っているファミリアは多くあり、この条件は彼らにとってはひたすらに都合が良い。

 

 加えて、アポロン・ファミリアも末端まできっちりと統率が取れている訳ではない。勝手に『白兎』を殴った団員がいたのが良い例だ。主神の命令は団員にとって絶対ではあるが、全員がヒュアキントス程にアポロンに忠誠を誓っている訳ではない。

 

 濡れ衣だとしても、ロキは最大限に陰険さでもって攻撃してくる可能性がある。本当に団員がリリルカに手を出したら、それこそ尻の毛まで残さない程にむしり取っていく。最大手と中堅の間には本来それくらいの力の差があるのだ。

 

 だから、普通に考えれば内心でどう思っていたとしても、ロキの提案は受け入れざるを得ない。ここでリリルカを放棄し、団員の行動をしっかりと制限し言い含めておく。リリルカが一度オラリオを出て行ってしまえば、後は知ったことではない。冒険者でなくなりさえすれば、リリルカも進んでオラリオに残ったりはしないだろう。それで万事が解決する。それが最良の手段であると、ヒュアキントスだけでなくその場に居並んだ多くの冒険者がそれを理解していたのだが、

 

「断る。僕は君の提案に従うつもりはないよ」

 

 アポロンは、ロキの提案を真っ向から跳ね除けた。誰の予想からも外れた行動に、ロキも僅かに目を見開く。自分たちの所よりも強いファミリアからの譲歩の提案を突っぱねることが、どういうことなのか。理解していない神はオラリオにはいない。確認、というよりも最後通告のつもりで、ロキは先ほどよりも強いトーンでアポロンに問うた。

 

「うちの提案を断ると、貴様はそう言ったんやな?」

「ああ、言った。何でもかんでも自分の思い通りにいくと思ったら大間違いだよ」

 

 神だけでなく多くの冒険者が心の中で思っても、決して口にはしなかったことをアポロンは平然と口にした。相手は、あの(・・)ロキである。主神の命令ならば何でもすると豪語して憚らないヒュアキントスでさえ、これから起こるだろうことを想像して、背筋が凍った。

 

 これから、非常に良くないことが起こる。それはもう、誰の目にも明らかだった。

 

「アポロン。つまりはウチに、喧嘩を売っとるって、そういうことか?」

「そういうことだね。ついでだ。ここで宣言しておこうじゃないか。私、アポロンは君、ロキのファミリアに対して『戦争遊戯』を申し込む」

 

 ヒュアキントスは、主神にばれないように大きく息を吐いた。これで頭を下げれば済む、という話でさえなくなってしまった。娯楽を何より重んずる神々の集まるオラリオだ。自由な立場の神とはいえ、証人のいる中で宣言された『戦争遊戯』の成立を撤回することはできない。『戦争遊戯』が開催されるとなれば翌日には『神会』も招集される。詳しい内容はその会合で決定するのだろうが、いずれにせよ、これでアポロン・ファミリアとロキ・ファミリアの対立は決定的となった。

 

 あまりの展開に心情的においていかれる者がほとんどの中で、しかし、この流れに違和感を覚える者もいた。かつて欺瞞の神と呼ばれ、トリックスターの名をほしいままにしたロキと、ヘファイストス・ファミリア団長という責任ある立場にある椿である。

 

 この『戦争遊戯』の成立は、どう考えてもおかしい。ロキ・ファミリアからはともかく、アポロン・ファミリアにとって見ると採算が取れる可能性は少ない。無論、金銭などに変えられない面子の問題ということもあるだろうが、『戦争遊戯』は勝敗如何によってファミリアそのものが吹っ飛ぶ可能性もある。自分たちよりも明らかに強いファミリアに、自分から喧嘩を吹っ掛けることはまずない。

 

 にも関わらず、アポロンは開戦に踏み切った。これを聞いて、ロキと椿は同時に着想する。

 

 彼らには何か、勝つ算段があるのだ。

 

 そこまで考えて、アポロンの後ろで糸を引いているのが誰か、ロキにはすぐに当たりがついた。ロキの目が、ヘルメスへと向く。神々の伝令者たる彼は、ゼウスやヘラがこの街にいた頃は彼らの同胞として活躍したが、彼らがオラリオを去ってからはロキと何かと縁の深いフレイヤの傘下に降っていると目されている。

 

 実際には、ヘルメスにはヘルメスの思惑があるのだろうがそれはともかく、現状、最もフレイヤと通じている神は誰かと問われれば、ロキでなくてもヘルメスの名を挙げるだろう。ロキの視線を受けて、ヘルメスは悪びれた様子もなく、肩を竦めてみせた。

 

 そもそも、今日一緒に行動しているのも、ヘルメスからの提案である。この店を選んだのも彼、となればこの状況を導くよう動いていたことも間違いはない。ロキは脳内で算盤を弾く。無論のこと、フレイヤが絡んだとて負けるつもりはないが、あの女のことだ。何をしてくるか解ったものではない。

 

「解った。その提案、うけたるで。細かい詰めは『神会』でやな」

「ああ、明日を楽しみにしているよ」

 

 余裕たっぷりのアポロンの表情は、まるでもう勝ったつもりでいるかのようだった。反対に、団長であるヒュアキントスの顔色は優れない。話はまだ神同士で詰めている段階で、子供たちにはまだ伝えていないらしい。

 

 アポロン・ファミリアが去った後、食堂を支配したのは沈黙だった。巻き込まれることを恐れた客は既に退店していたし、中で神が争っていると知って店に踏み込んでくる者もいない。店内に残っているのはベルたち数人とロキとヘルメス。後は食堂の従業員だけだった。

 

「ロキ! 戦うなら私にやらせて!」

「待ちぃや、ティオナ。どうやって戦うか解らんやろ。男限定みたいなおかしなルールつけられたらどないするねん」

 

 気持ちの逸るティオナに、ロキは深々と溜息を吐いた。『戦争遊戯』に大枠で決められることは、それを行う際のルールのみだ。どういう内容で戦うかは事前に開催される『神会』で決定される。特殊なルールが付帯することはあまりないが、既にフレイヤの手が回っている以上、特殊なルールが適用されることも考えておかなければならない。

 

 多少、特殊なルールを用いられたところで自分のファミリアが負けるとは思えなかったが、念には念を入れなければならない。

 

「ヘルメス。貴様はフレイヤに付くってことでかまへんのやな?」

「明言は避けておきたいけど、今回はそういうことになるかなぁと思うよ」

「そか。なら、()()()()()()()()によろしく言っといてくれんか? うちはこれから忙しくなりそうやからな」

「解った。必ず伝えておくよ」

 

 苦笑を浮かべて、ヘルメスは去っていった。個人的には信用ならない相手だが、あれでもゼウスには信頼されていた男神だ。フレイヤに肩入れしているのも事実だが、時に蝙蝠野郎と揶揄されるバランス感覚は神々の中でも卓越している。既にフレイヤに肩入れしていると言っても、相手側に何の保険もかけないということはあるまい。

 

「さて……思ってたんと違う決着になりそうやけど、それは今はええわ」

「ティオナ、黄昏の館まで伝令や。フィンに今のことを伝えて幹部全員集めてや」

「了解」

「それからおちびちゃん。君はうちで預かる。ソーマの子供やて聞いてるけど、それは今のうちらには関係ない。君を起点に話が起きた以上『戦争遊戯』が終わるまでうちかアポロンどっちかの預かりや。でもアポロンは君を見たのに置いて行った。せやからうちらのもんや。文句は言わせんで」

 

 有無を言わせぬロキの剣幕に、リリルカはこくこくと頷いた。何しろかかっているのは自分の人生だ。このまま上手く話が進んだとしても刑務所行きか追放だが、当面、私刑にかけられるところだったのを救われたのだ。不満がない訳ではないが文句を言える立場ではない。

 

 リリルカが従う風なのを見て、ロキは視線をベルに移した。殴られた頬は腫れており、隣にはレフィーヤが付き従っている。地上の子供たちを超越した神が見れば、一目で二人の間に強い信頼があることが解る。子供が見ても仲良しの恋人か新婚夫婦と思うだろうが、それはそれだ。

 

「今すぐ仕返ししてやりたいとこやけど、ごめんな。その代わり、毟り取れるだけ毟り取って泣かしたるから、それまで我慢してな」

「あの、僕のせいでごめんなさい……」

「ベルに責任なんてあらへんよ。ベルは正しいことをしたんや。うちはそれを信じて尊重するし、うちの子供たちは皆同じ意見や。誰が相手でも負けへんよ。大船に乗ったつもりでいてな。それから椿。頼みがあるねんけど」

「言われると思っておったよ。何だ?」

 

 

「ちょ~っとキナ臭い話になりそうやから、ベルを個人的に匿ってくれん?」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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