英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ロキ・ファミリアの入団試験

 

 

 

 

 

 

「この中から、ベルが一番強いと思う奴を選んだってや。もちろん、誰かに質問したりするんはナシやで。大切なのはフィーリングや!」

 

 フェンリルが示した中には、人間もいればエルフやドワーフ、獣人もいた。年齢も性別も様々で、中にはベルよりも小さい少年までいる。その少年はベルと目が合うと、にこやかにほほ笑んで手を振ってくれた。思わず手を振り返しながら、この少年もここにいるということは、強い人なんだろうなぁ、と思う。

 

 戦闘に関して素人であるベルには、彼らが自分より強いということはすぐに理解できても、どの程度強いかというのは全く理解できない。まして質問もしないで最強を見つけ出せというのは、無理難題に近い。

 

 こうなったらもう誰か一人を適当に選んでみようか。奥まったところに座っている灰色髪の獣人の人なんて、そこはかとなく強そうだし……そこまで考えたところで、ベルはあることに気づいた。きょろきょろとロキ・ファミリア全員の席を確認し、条件に合致する席を一つ見つけたが、その席は空だった。

 

「あそこ、フェンリルさんの席ですか?」

「質問はなしって言うたけど、それくらいならえーか。せやで、あれはうちの席や」

「じゃあ、フェンリルさんが一番強くて、一番偉いんだと思います」

 

 ベルの答えに、ロキ・ファミリアの面々だけでなく、事の成り行きを見守っていた周囲の客までもが騒めいた。見当違いの答えを出した故の失笑、という訳ではなさそうだから、完全に的外れという訳ではなさそうである。

 

「――なんで、そう思ったん?」

「ここに集まってるロキ・ファミリアの皆さんの席を、一度に見渡せるのはあの席だけですから。そういう席に座って気を配れる人はきっと、誰よりも強くて、偉いんじゃないかと思いました」

「……なんやー、嬉しいこと言ってくれるやないの。フィン! この子、えー子やで!」

「それじゃあ、この場で決めるってことで良いのかい?」

「この子さえ良ければな。ベル。君さえ良ければ、うちのファミリアに入らへんか? 今なら色々サービスしたってもえーで?」

「…………すいません、うちのファミリアというのは」

「うちはうちや。うちの名前はロキ。このファミリアの主神様やで?」

「そ、そんな方とは知らず大変な失礼を」

「えーて、えーて。偽名使こうてからかおう思ったんはうちの方やからな。まさか、うちを選ぶとは思わんかったけどなー。で、どないするん? うちは寛大やから、シルの顔を立てて返事を待つー、言うんでもええけども」

「いえ、ぜひ、お願いします」

「そか。やったで、皆! 家族が増えたで! 今日はこのままベルの歓迎会や!!」

 

 ロキの声に、居並んだロキ・ファミリアの面々は杯を掲げて雄叫びを挙げた。三々五々に乾杯をし直し、料理を次々に注文する。ロキに伴われ、ファミリアの輪の中に入れられたベルは、次々に握手や抱擁を求められ、自己紹介を繰り返した。

 

「僕はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアの団長だ。新しい家族を歓迎するよ。おめでとう、ベル」

 

 先ほど、にこやかに手を振ってくれた少年は、あろうことか団長だった。神であるロキを除けばおそらく一番強くて一番偉い人である。彼を知らず、見た目の印象だけで選んでいたら、おそらく正解することはなかっただろう。ロキの問いがひっかけどころかいじわる問題であったことに、ベルは今さらながらに気づいた。

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴだ。副団長をしている。困ったことがあったら言うと良い。で、こいつが――」

「アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしく」

 

 恐ろしく容姿の整ったエルフの女性が、やはりおそろしく容姿の整った人間――にベルには見えた――の少女を紹介してくれる。金色の髪に金色の目というのは、よく見る特徴ではないから、知らないだけで何か別の種族の血が入っているのかもしれない。神秘的な容姿と言っても良かったが、自己紹介をする際でも芋のフライが刺さった串を手放さず、もぐもぐと食事を続けているのは、美少女らしからぬ小動物的な魅力があった。

 

「ティオネ・ヒリュテよ。よろしく、ベル」

「ティオナ・ヒリュテだよ。中々鋭いね、君」

 

 容姿が似ている上に家名が一緒だから、姉妹なのだろう。似すぎているから、双子かもしれない。褐色の肌はアマゾネスという種族の特徴である。

 

「後は……ほら、ベート、自己紹介くらいしなよ!」

「うるせえな……ベート・ローガだ。雑魚に用はねえ。面倒くせえことは物知り婆にでも聞け――」

 

 ベートの言葉を遮るように、すっ飛んできた杯が彼の頭を直撃した。それを放り投げたリヴェリアは、そんなこと知らないとばかりに涼しい顔をして、別の酒を飲んでいる。頭に一撃を貰い、中身を頭から被ったベートは怒りで顔を真っ赤にしてふるふると震えていたが、リヴェリアを一睨みしただけで、不機嫌そうに隅の席に戻った。

 

「口は悪いが根は悪い奴ではないんじゃ、許してやっとくれ。儂はガレス・ランドロック。今も残っている中では一番の古参ということになるかの。まぁ、年の功が役に立つこともある。物知り婆ほどではないが――おっと」

 

 飛んできた木製の皿を、ガレスはしっかりと受け止めた。攻撃を止められたと悟ったリヴェリアは既に次弾の準備を完了していたが、料理を運んできたミアが彼女の頭に拳骨を落とした。

 

「お前も良い年なんだから、つまらないことはやめな。ガレス、私の店でくだらないことをしたら、いくらあんたでも叩きだすよ!」

「あの小娘が肝っ玉母さんになるとは、儂も年を取ったもんじゃ――待て待て、もうやめるから料理と酒を持って帰るな!」

 

 最大手ファミリアの古参ドワーフの軽口も、食堂でその女将さんには通用しなかった。身を翻し酒と料理を持って戻ろうとしたミアに追いすがったガレスと他数名は、説教された後に蹴りを貰っていた。

 

「クラネルさん」

「リューさん。聞いてください! 僕、ファミリアに入れました!」

 

 声を挙げ、ベルはリューの手を握った。その光景を遠目に眺めていた面々、特にリューの同僚であるウェイトレスたちと、ロキ・ファミリアのエルフたちが次の瞬間に訪れるベルの大惨事を想像して眉根を寄せたが、殴り飛ばして投げ飛ばすはずのリューは、少し困った顔をするだけだった。

 

 ウェイトレスも、ロキ・ファミリアのエルフも、リューがどれだけ触れられることに嫌悪感を示すかは良く知っている。そんな彼女が、初対面であるはずの男性に、手を握られても抵抗していないのだ。

 

 これは驚天動地の事柄である。先ほどまでベルのファミリア入りを祝すムードだった酒場の中は、すぐに別の空気に変わってしまった。

 

「なんやー、うちのベルはもうお嫁さんを見つけたんかー?」

 

 子供の色恋沙汰が大好きなロキが、まず真っ先に乗ってくる。自分が何をしたのか、遅まきながらに察したベルは逃げようとしたが、その両脇は一瞬にしてティオナとティオネに押さえられてしまった。逃げようと抵抗しても、すさまじい腕力で抑え込まれてしまう。一体この細い体のどこにそれだけの力が、と戦慄するベルの目の前で、同じく逃げようとしたリューは同僚のウェイトレスに取り押さえられていた。

 

 そのままロキが座っていた席に二人で引きずられていく。もっとも、リューは今仕事中だ。こんなつまらないことで人手を失うなど、あのミアが許すはずが……と雇い主である女将を見れば、彼女は呆れた様子でリューを見ると、もう知らないとばかりに調理に戻った。

 

「それで、リュー。ベルさんのどこが気に入ったんですか?」

 

 最初に質問してきたのは、何とシルだった。酔客を恋に落とすような可憐な笑みを浮かべているのに、目は欠片も笑っていない。内心で、相当に怒っているのだろうが、リューには何が彼女の気に障ったのか解らなかった。必死にこの状況を打破しようと頭を巡らせるが、怪物に囲まれてもそこから抜け出す手腕はあっても、こういう質問攻めには弱かった。

 

 隣のベルを見れば、彼もこういう状況には慣れていないのだろう。また、ミアに飲まされた弱い酒が回っているのか、顔を真っ赤にしている。これでは戦力にならない。

 

 見渡せば、人、エルフ、ドワーフ、獣人。オラリオに集まる種族が、すべて集まっているような気さえする。周囲を埋め尽くす全員が、自分とベルの答えを今か今かと待っているのが解った。

 

 これはしばらく離してくれそうにない。どうせ酒の席でのバカ話だ。何を言っても笑い話で済ませてくれるだろうと、諦めの境地に達したリューは、よく考えもせずに最初に脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

「彼は私の、運命の人です」

 




前の話と一緒になるはずだった物なので、短めです。

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