英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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契約

 

 黄昏の館。

 

 館と呼ばれてはいるが、実際に館な部分はかなり少なく、その敷地のほとんどは高層塔で占められている。乱立するそれらを回廊でつなぎ合わせた、その異様で威容な姿は様々な建築様式が集まるオラリオの中でも珍しく、バベル、アイアムガネーシャの次くらいにオラリオで目を引く建物として、市民に親しまれている。

 

 宴席も終わり、ほろ酔い気分の家族もいる中、これから自分のホームになる場所にやってきたベルが最初に通されたのは、ロキの私室だった。

 

 ロキの部屋は神様の部屋らしく、ベルが故郷で暮らしていた家が二つ三つは軽く入るくらいの広さがあった。中には調度品が色々と飾られており、まるで実際の風景をそのまま落とし込んだかのような精密な絵などベルの目を引くものもあれば、まったく凄さの解らない置物もある。

 

 曲がった角が二本生えた兜などはまだ良い方だ。一番意味が解らなかったのは、背中に蝙蝠のような翼を持ち、紫の服を着て青白い顔をした、長い金髪の男の坐像である。確かに精密ではあるのだろう。しかし、間違ってもベルはこれを自分の部屋に置きたいとは思わなかった。

 

 元より、地上の生物と大きく違うから神なのである。半端もののベルとは違い、とても前衛的な感性をしている神のことだから、今から百年、千年後には、これも地上で持て囃される時がくるのかもしれない。

 

「さっさと契約してまうで。上着脱いでもらえるか?」

 

 脱げという言葉に、思わずベルは身を引いてしまう。神様とは言え、ロキは異性である。男がそこまで恥ずかしがるでもないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。ベルの初心な反応に、ロキは寝台の上でけらけらと笑った。

 

「そこまで逃げんでもえーやん、男の子やろ? うちかて触るんやったら女の子のやわい身体のほーがえーて。エロいことはせーへんから、ほら、さっさと脱いで横になってな?」

 

 どうせなら女の子の方が良いというのは、ベルも同意である。完全に羞恥心が消えた訳ではなかったが、これは必要なことと思ったベルは大人しく上着を脱いで、寝台の上に横たわった。ここで普段ロキが寝ているのだと思うとおかしな気分になりそうだったが、無心になれと脳内で念じつつ、ロキの言葉を待つ。

 

「まず、ベルにウチの神血を与えて、背中にエンブレムを刻んでもらうな。あ、刻む言うても刺青みたいにちまちま掘るんやないで。一瞬で終わるから安心してなー。まぁ、オークに踏みつぶされるくらいの痛みはあるんやけども――あー、ほら冗談やからそんなに怯えんと。痛くない痛くない。安心しぃや?」

 

 不安そうに呻くベルの背中を見ながら、ロキは自分の背筋がぞくぞくするのを感じていた。確かにあれこれ触るなら女の子の方が良いが、ベルの反応は一々初々しい。今時女の子でも、ここまで初心な反応はしない。男の子でもこれはこれでえーかと新しく自分の子供となったベルに、ロキは大いに満足していた。

 

「ほい、これで契約完了や」

 

 契約が完了したベルの背中には、主神であるロキのエンブレムが浮かび上がってくる。滑稽な笑みを浮かべる道化師。ファミリアを作る際、ロキが自分で決めたエンブレムであり、子供たち全員の背にはこれと同じものが刻まれている。

 

 何の加工もしてないエンブレムには、神聖文字で裸のステイタス、スキルが記入されている。それは神聖文字を解読する技能があれば誰でも読めるもので、子供と契約した神がまず最初にすることは、それを他神がおいそれと読めないように細工をすることだった。

 

 多くの子供たちの面倒を見てきたロキには、朝飯前の作業である。もう晩御飯は食べてもうたけれども、と心中で呟きながら、ロキはベルのエンブレムに目を落とし――そして、硬直した。

 

 英雄志願(ヒロイック・ロード)

 

 スキル欄には、そんな名前が刻まれていた。最大派閥の片割れ、その主神であるロキは、他の神よりも多くの契約をこなしているという実績と、そこから得た知識がある。実際に子供の背中に刻まれたステイタス、スキルを見た数では、今はオラリオにいないゼウスやヘラを除けば、一番であるとさえ思っている。

 

 そのロキにさえ、このスキルは見たことがなかった以上、これはレアスキルに違いない。その内容は、こうだ。

 

 英雄志願(ヒロイック・ロード)

 

・大成する

・目指すべきものの形が明確に定まらない限り、効果は持続する。

・思いの丈に応じ、()()()()()効果が増減する。

 

(大成するって何やねん!)

 

 ロキの突っ込みも尤もだった。

 

 子供が経験値を積み、ランクアップするためのシステム構築は、神々が下界で暮らす子供たちのために作ったものだが、そこには曖昧でも許されあえて曖昧にしている部分と、そうでない部分が存在する。

 

 曖昧な部分の代表が、『子供にどんなスキルが発現するか』だ。

 

 可能か不可能かで言えば、子供に任意のスキルを発動させることは実は可能である。

 

 ただ子供を強くしたいのならば、経験値を稼いでレベルアップなどまどろっこしいことはせず、神がこれはと定めた子供に力を注ぎこめば良い。開発された当初の技術ならばそれも可能だったのだが、最初にそのプレイングを提唱したある神が他の神々から総スカンを食らったことで、そういった行為はチートと蔑まれるようになった。

 

 後に『チート行為は厳禁』という不文律ができ、システムはそのように修正されたのだが、技術的には今でも、そういったチート行為は可能であるとされている。

 

 ただ、既存の技術でそれを行おうとすると、どうしても一定以上の神力を使わざるを得なくなり、天界に送還されることになる。子供を強くしようと力を使っても、使った瞬間、今まで強くなった子供たちまで力を失うことになるのだ。ゲームを有利に進めようとしたら即座に参加権すら失うのでは、割に合わない。レベルに関してチート行為を模索する神は、少なくとも表面上はいなくなった。

 

 どんなスキルが発生するか解らないから、子供たちは面白いのだ。ロキは現在のシステムを支持しているし、ほとんどの神もそうだろうと確信している。一部の神はまだこっそりと、どうにかしてもっと簡単にレベルアップをできないものか方法を模索しているらしいが、おそらく上手くはいかないだろう。

 

 逆に、曖昧であると許されないのはスキルの内容、その記述である。

 

 子供はそれに命を預けてダンジョンに潜るのだ、そこに複数の解釈が存在する余地があるようでは、子供の生存率に大きく影響する。記述は可能な限りシンプルで明確に。そういう指針に沿ってテキストは導き出される訳だが、その点『大成する』という表現は、かなり黒に近いグレーだった。

 

 基本的に死なない神には無限に近い時間があるが、地上の子供たちは簡単に死ぬし寿命という避けられない終わりがある。遠い未来の話をされても、それまで生きていない可能性だってあるのだ。

 

 先の短い子供は、最終的な結果だけ示されたらそこだけを見て、足元が疎かになる。地に足がついていては天界にたどり着くことができないが、地に足のついていない子供は、天界どころかダンジョンで死ぬ。

 

 特にベルのような若い子供は、その傾向が強かった。スキルの詳細がある程度掴めるまで、秘匿しておくのが良いだろう。文章を読んだ限り、ステイタスか経験値、あるいはその両方に補正がかかるスキルのようだし、それがどの程度なのかは次のステイタス更新の際にベルに聞き取りをし、直接ステイタスを確認すれば良い。

 

「ま、それも追々やな。ともかく、明日はギルドまでいって、ちゃんと登録済ませてきてや? 長ったらしー説明聞かされるやろうけど、聞いてて損はない話やからちゃんと聞いたってなー」

「了解です!」

 

 服を着込んだベルが部屋を出ていき、しばらく経ってからロキは寝台の上で腕組みをした。

 

 良い子である。歓迎会の時の反応を見るに、他の子供たちに対する受けも悪くない。幹部の中では唯一、ベートが刺々しい態度を取っているが、ツンデレである彼はあれが素だ。いずれベルとも打ち解けるだろう。

 

 目下の問題は、ベルがレアスキルの所有者であるということだ。彼に対してどの程度スキルの内容を秘匿するにしても、行動の端々から情報が漏れないとも限らない。ロキが情報を打ち明けられて、かつ、何かあった時にも彼を守ってやれる者の庇護下に入るのが望ましい。

 

 ロキの脳裏に浮かんだのは一級冒険者の面々だが、彼らに直接頼むというのもそれなりに角が立つ。彼らはファミリアの幹部であり、子供たちの憧れである。レアスキルの所有者というのはあまり大っぴらにできることではないから、他の子供たちにはベルを誰かにつける理由を公言することはできない。

 

 それは他の子供の目には贔屓、と見えるだろう。ロキ・ファミリアの結束はそれほど緩いものではないが、不和が生まれる可能性を主神自ら取り込むのは、できることならば避けたい。

 

 要はどちらを優先するかという問題である。ただレアスキルを持っているだけならば、ロキもそこまで贔屓をしようとは思わなかったが、彼には既に豊穣の女主人亭でシルが目をつけていた。いずれあの女神にも、ベルの存在は知られることになるだろう。子供の可能性を見抜くという点において、あの女神は他の追随を許さない。

 

 契約する前であればまだしも、今は自分と契約し、レアスキルが目覚めている。魅了については何故かそこそこの耐性が付与されていたが、あの女神の前ではそれも絶対とは言い難い。

 

 少し悩んで、ロキはベルの保護を優先させることにした。喧嘩とかせんとえーけどなー、と軽く考えながら、白羽の矢を立てた者に使いを出す。

 

「今日は良い日だった。少し読書でもして気持ち良く眠れると思っていたんだが、そんな私を呼び出したということは、何か重要な案件ということか?」

 

 しばらくして、部屋にやってきた一級冒険者は、ロキを見るなり愚痴を零した。適度の酒を楽しみ、美味い料理を食べた。確かにぐっすり眠るには最高の環境だろう。まだ酔いが抜けきっていないのか、僅かに朱に染まった彼女の顔には神であるロキもくらくらとさせる色香が漂っていたが、今は仕事だ。

 

「ベルのことなんやけどな。ちょっと、頼まれてくれんか?」

「私が面倒を見るということか? それは別に構わないが、角が立つのではないかな。もう少し、レベルが下の人物に任せるのが良いかと思うが……」

「うちもそう思ったんやけどな、こいつを見るとそうも言ってられんのや」

 

 ベルの背中、ステイタスの内容を書き写した物を、彼女に放り投げる。神聖文字で書かれたものだが、高位の魔法使いである彼女にはその程度解読など、朝飯前である。

 

「……なるほどな。確かに監督が必要だろう。情報漏洩を防ぐ、という意味もあるのだな?」

「そういうことや。四六時中一緒におる必要はないけども、できる限り目をかけてくれると助かるな」

「解った。だがそれでも、私一人では手が回らないこともあるだろう。もう一人つけてやりたいのだが、構わないか?」

「細かいとこは任せるわ。近い内に、あいつがちょっかいかけてくるのは確定やろうからな。しっかり頼むで、リヴェリア」

「道化師のエンブレムを受け入れた以上、私にとってもベルは家族だ。万全を尽くそう」

 

 

 

 




当面の監督役はリヴェリア、さらに補佐で他一名がつくことになりました。
基本的にリヴェリアは話を聞くだけで、一緒に動くのは他一名の方になります。

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